日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第一章『脱出篇』

第二十五話『人外の暴威』 破

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 こうこくつのみや、とある高級旅館で、二人の背の高い男女がしゅうしょうろうばいしていた。

「早くしろびゃくだん!」
せっかくのんびり晩ご飯食べようと思ってたのに!」

 きゅうびゃくだんあげが慌ただしく玄関を飛び出し駐車場を走る。
 は第二皇女・たつかみよりこうこく宮内省を通じて、拉致被害者達との合流場所に指定された宿だ。

 彼らは前日の夜に到着し、わたる達が尋ねて来る時を今か今かとびていた。
 しかし、日没が近付いた頃にことは何やらそわそわとし始めた。
 何やら嫌な胸騒ぎを覚えていたようだった。

  そして完全に日が落ちた頃、ことだけでなくも異常なしんの増幅をはっきりと感じた。
 ことはすぐさま窓を開けて外へと飛び出していった。
 びゃくだんは、彼女をこの日借りてきた貸自動車レンタカーで追い掛けようとしているのだ。
 遠隔操作で一台の車の施錠が解除される。

びゃくだんおれが先導する。お前は後から追い掛けて来い」
「え!? 二台出すんですか!?」
「当たり前だろう! 六人の拉致被害者と合流する可能性が高い! 全員乗せるために二台借りたんだろうが!」

 が乗り込もうとしていた車の隣に止めてあったもう一台が解錠された。

「運転するのは全然良いんですけど、さんの後を走るのかあ……」
「なんだびゃくだん、文句でもあるのか?」
「いや無いです、無いですよ。そりゃわたししんの探知がくありませんからね。仕方ないのでチンタラ付いて行きますよ」
「……何が言いたいのかは知らんが急ぐぞ」

 二人はそれぞれの車の運転席に乗り込んだ。



    ⦿⦿⦿



 一方、先んじて宿を飛び出したことわたるわたりの間に割り込んで周囲を見渡した。
 わたるを始め、拉致された友人達は全員居る。
 ただ、人数が合わないし、聞いていた人間がらず聞いていない人間がる。

 十五歳の少女・はらひなと連続殺人犯・おりりょうが居ない――ことは推察する。
 おそらく、今日此処へ辿たどくまでに死んでしまったのだろう。
 代わりに、知らない幼い少年と少女が居る。
 桜色の髪はことも気になるところだが、今は大した問題ではない。

 目下、重大なのはわたる達がそうせんたいおおかみきばという組織に相当苦しめられたということだ。
 そして目の前に居る異形の男こそ、おおかみきばの一員としてわたるさらった人物に間違い無い。
 海浜公園で感じた残存しんと、男が今じゅつしきしんで発揮しているしんが一致するからだ。

 ことは理解した。
 目の前の男は、到底許すことの出来ないくそろうだ。

 多くの人の平穏な日常を突然壊した。
 多くの人の幸福な人生を突然奪った。
 その蛮行の前には、どんな弁明も美辞麗句も通用しない。

 しかし、ことにはそれ以上に許せないことがあった。
 彼女の怒りは、正義感から来るものではない。
 目の前の光景から導き出させる、ほぼ確信に近い推察が駆り立てたものだ。

 よくもわたしの大切な人達をひどい目に遭わせたな!

 熱を帯びた空気が、ことの肌に触れる。
 むせびそうな血の匂いが、ことげきりんで転がす。

 絶対に許さない――ことわたりにらむ。
 泣こうがわめこうが、失禁して命乞いをしようが、お前のことは許してやらない。
 この拳が再び、実に十五年越しに、容赦なく降り注ぐだろう。

 今更後悔してももう遅い、覚悟しろ!――ことは硬く拳を握り締めた。

    ⦿

 ことの装いは、非常にシンプルなものだった。
 紫紺のホルターネックレオタード、革の指出しグローブ、ハイソックスサイズのファスナー付き地下足袋、それだけである。
 なまめかしい女体の曲線美と素肌の艶を惜しげも無く強調しながら、どこかりんとした気品を感じさせる、不思議なちだった。

 一陣の熱風が、長い黒髪を舞わせている。

こと、どうして此処に……?」

 思わず尋ねたおさなじみに、彼女は振り向かない。
 まっぐに異形の男を見据えていた。

「良いから、そこですわって休んでいなさい。あの男はわたしがぶちのめすから」

 ことは静かな怒りを秘めたそうぼうに男を映していた。
 わたるを、ふたを、を、そして見知らぬその仲間達を散々苦しめたであろう悪漢・わたりに向けて構えた。

 わたりげんそうな目付きでことのことをめるように見ていたが、やがて何かを悟ったように口角をゆがみ上げた。

「成程、かつしゅりょうДデーから聞いたことがある。通常、しんとはとうえいがんを服用することによって身に付けるものだが、ごくまれに生まれついて備えている者が居るらしいな。女、貴様はそれだろう」

 そう、わたる達もまたことからしんを感じ取っていた。
 とうえいがんを服用したとは思えず不可解だったが、わたりいわくあり得ないことでもないらしい。
 ことわたりに一言も答えない。
 ただわたりを睨んでいる。

「様子を見るにさきもりの顔見知りのようだな。めいひのもとにもしんの使い手が居たとは驚いた。余裕が無い中で新たな乱入者の相手をせねばならんのかと、少し焦ったぞ。だが、ククク……」

 わたりの笑い声がわたる達に不安をあおる。
 いや、笑い声だけではない。
 わたりだけでなく、わたる達にも今は分かるのだ。
 ことがどれほどのしんを秘めているのかが、手に取るように。

「その程度のしんで誰をぶちのめすと言ったんだ? まさかこのおれに勝てるつもりでいるのか? おい女だ!」

 そう、ことから感じられるしんではわたりには遠く及ばないと、わたる達にもはっきりと分かってしまう。

こと、駄目だ! 逃げろ!! こいつは並大抵の相手じゃないんだ! じんかいかいてんのテロリストとは比較にならない! 頼むから逃げてくれ!!」

 わたるは懇願の叫びを上げた。
 ややもすると、この後に予想し得る結果は自身の死よりも恐ろしいかも知れない。

 ことわたりに殺されてしまう。
 嫌だ、そんなのは絶対に嫌だ!
 だが、わたりはそんなわたるの心境を知った上でぎゃく的な笑みを浮かべる。

「まさに、飛んで火に入る夏の虫とはこのことだな! 何も変わるものか、尻尾を巻いて逃げたところで、誰一人として逃がしはせん!」

 わたりは再び八本のやりを振り回して威圧する。
 ことは顔色一つ変えないまま構えた。

「澄ました顔をしても滑稽なだけだぞ! とうえいがんが存在せず自分以外にしんの使い手が居ない環境、自分の特別さを疑うことなく存分にてんになれるのだろう! だがなかかわず大海を知らず! 思い知って鼻っ柱が折れる様はさぞかし見物だろうなァ! そして更に運が悪いことに、今のおれは格下相手に手を抜いたりはせん! 貴様の知り合い共に足下をすくわれ掛けたから、うさぎを狩るの如く全力でたたきのめしてやるのよ! さっそうと助けたつもりの知り合い共が頑張って貴様の全ての希望をついえさせたわけだ! 精々地獄で感謝し合うが良い!」

 わたりの槍が動きを止め、きっさきを一斉にことへ向けて力をめる。
 風がいだ。
 それは暴威が嵐となってすさぶ前の静けさを思わせた。

こと! やめろ!!」

 わたるの叫びは届かない。

何処どこの馬の骨か知らんが、名を知る必要も無い! たったの二秒で終わりだ!」

 八本の槍が一斉に、相変わらずのすさまじい速度でことに襲い掛かる。
 ばんきゅうす、ことが蜂の巣にされてしまう――わたるは目を背けたくなった。

 だがその瞬間、八本の槍はことに届くことなくきっさきが千切れ飛んで宙を舞った。
 目をみはわたりの表情は、苦痛というよりは何が起きたか理解出来ないといった様相だった。

「え?」

 しかも、わたりことを見失っていた。
 わたりだけでなく、その場に居た誰もが目の前からことが消えたと錯覚した。
 誰一人として動きを捉えられないまま、ことわたりの懐まで間合いを詰めていた。

 ことは拳を振り被る。
 わたりは腕でとっに顔を防御しようとする。
 しかし、全く間に合わなかった。
 わたりがピクリとも動かぬうちに、ことの拳がわたりに突き刺さった。

 顔面ではなく、ちょうきゅうどうしんたいに匹敵する堅固な装甲に守られた鳩尾みぞおちに。

「おッ……っ……ごォッ……っ……!?」

 わたりは息も出来ずに苦痛のうめごえを上げた。
 足下へ甲殻にも似た肉片がバラバラとこぼちる。
 どうやらじゃばらの装甲が砕けたらしい。

 わたりは鳩尾を両腕で押さえ、目を皿の様に瞠り、よだれを垂らしてけいれんしていた。
 子鹿の様に震える脚がよたよたと前へ出て、膝を突く。

雑魚ざこが。ゴチャゴチャとい」

 冷たく言い放つことの声を背に浴び、わたりはその場につくばって倒れた。
 あまりにも信じられない出来事に、わたる達は皆ぜんとする他無かった。
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