日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第二十八話『昼餉』 序

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 天皇すめら御命おほみことせ、いまよりつかまつきたれるすめおほかみひろまへまほたまはく、すめおほかみはしたまひのまにまに、ところそこいはみやばしらひろて、たかはらたかりて、あめかげかげさだまつりて、かむぬしかむづかさそれのつかさくらゐかばねさだめてたてまつかむたからは、とらしかしかがみすずきぬがさうまならべて、あかるてるにぎあらそなまつりて、くにたてまつれる調つぎざきとりならべて、みかのへたかり、みかはら滿ならべて、やまものは、あまからあをうなばらものひろものものおきいたるまで、くさぐさのもの橫山よこやまごとたかして、たてまつおほみてぐらたひらけくきこしめして、天皇すめらかきときいはまつり、さきはまつりて、よろづおほさしめたまへと、稱辭竟たたへごとまつらくとまほす。
 またまほさく、まゐりてつかまつたちおほきみたちまへつぎみたちもものつかさのひとたちをも、まもりまもりまもたまひて、天皇すめら朝廷みかどに、たかひろに、ごとく、たちさかえしめつかまつらしめたまへと、稱辭竟たたへごとまつらくとまほす。

えんしきのりひらののまつり
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 しんせいだいにっぽんこうこく首都とうきょう特別行政区区、林立する摩天楼が一角だけ、穴が開いた様にパタリと途切れる区域がある。
 その中央に見える「皇宮」と呼ばれる建築物の中、盛り立てられた小高い丘の上に構えられたじんのうの住まい「御所」は、地上二階地下一階の鉄筋コンクリート造和風宮殿である。
 またその脇には、皇族と縁の深い独占巨大穀物企業の地上七階建て本社棟がそびえている。

 こうこくの近代史は日本国と異なり、この地域が首都としての機能を持ったのはじんのう帰還後、すなわち八十年前のことであり、皇宮と御所はこうにある旧御所の外観をして建てられた新しいものである。
 これは、じんのうが米国から帰国し、選挙と内戦を経て旧ヤシマ人民民主主義共和国政府の勢力を鎮圧する際に拠点としたのがこのとうごくへいの都市一帯であったため、そのまま首都としたことに由来する。
 もちろん、築数十年となれば充分古いのだが、日本国の皇居や京都御所の歴史には到底及ばない。

 西暦二〇二六年七月五日日曜日午前十一時四十五分。
 御所内部、松の大板張りの天井に薄紫のシャンデリアが備え付けられ、くろかげいしの床を薄らと照らす優雅な回廊を、燃える様なあかい髪の第二皇女・たつかみが足早に歩いて行く。
 えんいろえんふくまとった、にも男装麗人といった趣のしいちではあるが、その表情には怒りが見て取れる。

 まなじりを決したその視線の先には彼女の姉であり、じんのうもうけた最初の子女である第一皇女・かみせいの姿があった。
 一七七センチの長身、長くまつぐ伸びた美しい黒髪、透き通る様な白い肌に、色彩の対比を織り成すような紫紺のドレスを纏い、張り詰めたづるの様に背筋を伸ばした出で立ちには高貴さとせいさを、グラマラスな肉付きと引き締まった腰のくびれ、いろこうさいこうばいいろの唇にわくてき微笑をたたえた表情には妖艶さと底知れなさを醸し出している。

「おや、御機嫌良う。そんなに肩を怒らせて、どうしました?」

 妹の姿に気が付いて振り向いた彼女は、鈴を転がすような声で尋ねた。
 その甘美な響きには、穏やかさの裏に有無を言わせぬ支配者の迫力が潜んでいる。

「姉様、お伺いしたいことが御座います」

 たつかみはその迫力に負けじと切り出した。
 彼女にはどうしてもはっきりさせておかなければならないことがあるのだ。
 その理由には、姉の政治的な立場があった。

「昨日、はんぎやく者による拉致事件の被害者がつのみや警察署で襲われた件、姉様のお耳にには届いておりますか」

 第一皇女・かみせいは皇族で唯一、貴族院議員としての政治活動を積極的に行っている。
 彼女は表向き、なる派閥に属さない独立した立場を貫いているが、実際には皇族という権威を背景として全ての派閥に強い影響力を持っている。
 また、その背景故に貴族閥と相対的に近くなってしまうことは否めない。
 つまり、政争の情勢によっては前内閣総理大臣・きのえくろに加担することもあり得ると、たつかみはそう懸念していた。

「ええ、知っておりますよ。それがどうかしましたか?」
「では、その黒幕については何かぞんではないですか?」

 かみは眉をひそめた。
 妹の問いが、暗に自分を黒幕と疑っているということは充分察することが出来る。

 かみは己の政治的立場について、公平中立をうたっている。
 あくまで議会に送られる予算案や法案を国益に沿って審査し、改善点や賛否を一議員の立場で示すにとどめている。

 しかし当然、そんな彼女の内心にも主義主張はある。
 かみせいはその実、武力に物を言わせて日本国を吸収することもいとわない考えを持っている。
 貴族閥に主戦派がばつしているのは、実のところきのえくろだけでなく彼女の影響も無視出来ない。

 もしたつかみの懸念が当たっていたとすれば、かなり危険な事態だった。
 拉致被害者を帰国させる上で、きのえくろよりもはるかに大きな壁となるだろう。

「このわたくしがあのような蛮行を指示したと、そう疑っているのですかまえは?」

 そのこわいろには明らかに不快感がにじんでいた。
 たつかみは姉の表情から真意を読み取ろうと、更に追求する。

「そこまでは申しておりません。しかし、姉様の周囲に群がる者共はいかでしょう」
「議員が臣民の命を脅かすなどあってはならぬことです。主義主張はどうあれ、彼らは皆こうこくを導く誇り高き者達です。根拠も無くそのような疑いを掛け、おとしめることまかりません」
きのえ公爵も等しく、ですか?」

 妹・たつかみが出した名前に、姉・かみは手に持っていた黄金の扇で口元を隠した。
 これは妹・たつかみが幼少期から散々見せられてきた、姉・かみが不快な表情を隠す仕草である。
 妹は思わずたじろいだ。
 皇族達の教育には侍従達だけでなく、母親代わりだった第一皇女も関わっており、その影響で上下関係が染みついているのだ。

きのえが何を申しているのかは知りませんが、彼の立場とわたくしは何の関係もありません」

 かみの声色は明らかにそれ以上の詮索を拒んでいた。
 だが、たつかみにとっては充分だった。
 この反応は、姉がきのえたくらみと無関係だと証明しているに等しい。

「申し訳御座いません。りように御座いました」

 たつかみは姉に頭を下げた。
 姉の真意を確かめることは重要だが、これからのことを考えるとあまり不興を買うわけにはいかない。

わかればよろしい」

 たつかみはほっと胸をろした。
 この場はこのまま引き下がるが、後で姉には頼まなければならないことがある。
 この問答で、その為に「自分はきのえと何の関係も無い」という言質も取れた。

「なんだ、二人そろって難しい顔をしてどうした?」

 そんな二人のところへ、二メートルを優に超す偉丈夫が歩み寄ってきた。
 こうぜんしょくの肌にはっきんしょくの長い髪をした皇位継承者、第一皇子・かみえいだ。
 第一皇女・かみせいの二つ下の弟、第二皇女・たつかみの七つ上の兄にあたる。

「おや、皇太子殿下、御機嫌良う」
「姉上、と何かあったのか?」
「なんでもありませんよ。少しわたくしについて誤解していたようです」
「何?」

 かみの、りゅうりょくしんが妹・たつかみへ向いた。

「どういうことだ?」
「そうを責めることはありません。既に誤解は解けましたし、謝罪も受けました。わたくしの間にはもう何のわだかまりもありません。そうですよね、?」
「はい。づかいありがとうございます、姉様」

 二人の言葉を聞いて、かみは安心した様にほほんだ。
 その顔色が薄らと青みを帯びる。

「ならば良い。せつかくの、二月に一度の家族の集まりなのだ。父上の前で険悪な空気を見せることがなくて良かった。さあ、休所にて残る者達を待とうではないか」

 かみは満面の笑みを浮かべて姉と妹の背に手をり、回廊を進む様に促す。

「兄様が最後です。というか集合は十一時ですよ。今いらっしゃった兄様は一人遅刻です」

 そんな三人のもとへ、もう一人の男が現れた。
 ごうしやな軍の儀礼服を身に纏った、筋肉質な男だ。

「おお、

 第二皇子・しやちかみ――第一皇子の三つ下の弟で、第二皇女の四つ上の兄である。
 その服装が示すとおり、皇族でありながら軍に所属しており、若くして大佐の階級を持つ。
 いろの髪が特徴だが、それ以上にせいかんながらもどこか余裕の無い気難しそうな顔立ちが印象的である。

「どうせまた遅くまで遊び歩いていたのでしょう。げんに襟を正し、ほうとう癖を直されては如何か。あまり素行が臣民の目に付くと、廃嫡論が出かねませんよ。ま、わたしはそれでも一向に構いませんがね」

 しやちかみは鼻を鳴らし、皮肉めいた笑みを浮かべた。
 しかし、そんな弟を姉がとがめる。

めつなことを言うものではありません。第一皇子・かみえいは陛下の後を継ぎ高御座にけになられるにきんおうけつたいです。最上の敬意を欠いてはなりません」

 姉の過分な賞賛に、かみは得意気に、満足気に目を細めて微笑んだ。
 対してその弟・しやちかみまぶしい日差しを避ける様に目を背けて自嘲的に微笑んだ。

「冗談ですよ、わたしが兄様を腐すのはいつも。姉様のおつしやることは、言われるまでもなくわたしが誰よりも存じ上げております」

 そんな第二皇子の表情に何か思うところがあるのか、かみはそれ以上言葉を続けなかった。
 代わりにもう一人、別の女声が回廊の奥から呼び掛ける。

ししにいさまーっ! 御到着なら早く来てーっ! わたしさまもう腹ぺこなんですけどー!」

 そこでは派手な装飾と化粧が施された制服姿の女子高生が、しびれを切らした様子で腰に手を当てて立っていた。
 末っ子の第三皇女・こまかみらんは十六としで、長女のかみとは歳が十四も離れている。
 緑色の派手なツインテールにラメの着いた顔は、如何にもな「ギャル」といった様相だ。

「待たせていたか。三人とも、行くぞ。父上もきつお待ちだ」

 自分が遅れてきたことを棚に上げ、かみは姉と弟妹を引き連れるように回廊を進む。

    ⦿

 五人は食堂に入った。
 既に一人の青年が着席している。
 食卓の長机は決して派手な装飾を施されてはいないものの、見事な一枚板はそれだけで最上級の素材と仕上がりが見て取れる。
 部屋の装飾も、これ以上無い静かな高級感と気品に満ちている。

「お久し振りです、ししにいさま

 長兄に挨拶した青年は第三皇子・みずちかみけん――たつかみの二つ下でこまかみらんの三つ上である。
 京紫色の髪をした優男だが、気弱そうな顔付きと細身の体が、兄二人の屈強な体格と比較して如何にも頼り無さげに見える。

けんなれは相変わらず細いな。のように軍で鍛えたらどうだ?」

 右の一番奥の席に腰掛けるかみの横では、しやちかみが多分ないらちを含んだ目を兄に向けている。
 だが兄は全く気付いておらず、他の者も指摘する様子は無い。
 どうやらそういう習慣が皇族間で共有されているらしい。
 弟も例に漏れず、苦笑いを浮かべて言葉を返す。

ししにいさまぼくしゃちにいさまほど勇敢ではありません。そのようなことはなかなか……」
「虫も殺せないみずちにいさまに軍人なんて務まる訳ありませんよねー」

 妹・こまかみらんが左の一番手前に腰掛けながら、正面の兄をらかった。

らんなれはまた随分派手になったな」
こうこくは世界一の大国なんですよ、ししにいさま。身に付けたくなるわいいものは余りに余っているんです。当然じゃないですか?」
「成程、それはそうかも知れんな」

 六人の皇子と皇女が全員席に着いた。
 残すところは中央最上位の上座のみである。
 無論、六人の父親であるじんのうの席だ。

「揃ったようだな」

 誰も居ないはずの席から男の声が鳴った。
 深く、落ち着いた渋みのある、世界一の大国に君臨する国家元首としての威厳に満ちた声だ。

「二月振りに我が子達の壮健な顔ぶれを見られて、ちんは心よりうれしく思う」

 男の気配が空席に舞い降りた。
 間も無く、皇族達七人の会食が始まる。
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