日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第二十九話『色魔』 序

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 びやくだんあげがワゴン車を出してすぐ、彼らは想定外の欠員に気が付いた。

さきもりわたるが居ないだと!?」

 騒然とする車内で、きゆうは頭を抱えた。
 うること以外の全員が乗車したと確認する暇が無かった。
 特に、たかつがいよるあきの襲撃時に丁度乗車するところだったさきもりわたるのことはもっと注意深く見ておくべきだった。

「どうします? 戻りますか?」

 びやくだんに判断を仰ぐ。
 けんしわを寄せながらも、苦渋の決断を下す。

「いや、このまま行こう」
「なんだと? さきもりはどうすんだ?」

 あぶしんが反発する。
 他の者達も、到底納得出来ないといった表情を浮かべている。
 もちろんとて本心ではない。
 しかしそれでも、今から戻ることなど出来なかった。

「戻ってしまうとうる君がわざわざあの場を引き受けて我々を先に行かせた意味が無くなってしまう。車を出してしまった時点で、あいつらを待つ選択肢は無いんだ」
「で、でも……!」
きみ達まで危険にさらすわけにはいかない!」

 ずみふたの言葉を強く遮った。
 どちらかというと、自分自身に言い聞かせていた。

さきもりわたるうることと共に戦う選択をしたのだろう。やつだ。あいつはこうこく貴族の戦力というものをわかっていない。うることに任せておくべきだった。しかし、こうなってしまっては信じるしかない……!)

 きのえくろと敵対するとわかった際、まっさきに危惧したのはこうこく上位の貴族と戦いになることだった。
 しんかんせんで襲ってきた侯爵・たいまさひろがそうだったように、こうこくの貴族は例外無くとうえいがんを常用し、しんの訓練を積んでいる。
 そして上位になればなるほど、高い戦闘能力を持つのだ。
 しかしそれを換算しても、は強く信じることが出来た。

うる君が一緒なら大丈夫だ。彼女は絶対にさきもり君を連れて我々に追い付く」
「わかりました。では、このままとうきょうへ向かいますねー」

 八人はわたることが追い掛けてくると信じ、先に約束の地・たつかみていへと向かった。



  ⦿⦿⦿



 わたることは大通りでたかつがいよるあきたいしていた。
 それは通りを丸ごと人払いしてしまったかのような、明らかに異様な光景だった。

 右腕に形成した光線砲ユニットの砲口をたかつがいに向けるわたるは下手に動き出すことなく、じっと相手の様子をうかがっている。
 対するたかつがいは何をするでも無く、ただ立っていた。
 もし光線砲が発射されればその時点でアウトだというのに、わたるの動きに意識を向けているとは思えない。

 ことも構えを取り、たかつがいと一定の距離を保っている。
 先程見せられた敵の能力を前に、かつに近付くのは危険だと判断して警戒しているのかも知れない。

 そんなことの方をチラチラと窺いながらではあるが、たかつがいたたずまいは余裕に満ちていた。
 あまりにも戦闘の緊張感が無い気配は底知れず不気味なものを感じさせる。
 上質な素材でたくましい体型に合わせて仕立てられたえんふくが風に揺れてなびいている。

「成程、貴様らはそういう関係なのか……」

 たかつがいは意味深に口を開いた。
 そして愉悦に口角を上げる。

「ならばまとめて飼ってやるのも面白いな。纏めてめにして、わたしの情婦にしてやろう。そうすればずっと一緒に居られるぞ? まあわたしおすの強さにひれした後は大抵の場合、めすは雌ちした雑魚ざこ雄に対して感情が冷めてしまうがな」

 たかつがいよるあきは女癖が悪いだけでなく、自分のものにした女の恋人をも女にして食ってしまう悪癖がある。
 実はそこには大きな理由があり、それこそが彼の自信の源、余裕の所以ゆえんなのだ。

 ふ、とたかつがいの姿が消えた。
 その動きは、わたるはおろかことにすら察知出来なかった。
 二人は警戒を強めるも、たかつがいはあっさりとわたるの背後を取った。

わたる!」

 ことに呼ばれるまでもなく、わたるは振り向きざまに後跳びで距離を取った。
 間一髪、たかつがいの魔の手につかまることは避けられた。
 理外にきようじんことと違い、わたるの場合は掴まれて筋力を弱体化させられれば終わっていただろう。

 わたるは改めて右腕の砲口をたかつがいに向けた。
 しかし、撃つことは出来なかった。

(駄目だ! 今撃ってもきつかわされる!)

 何故なぜか予感があった。
 たかつがいはまだ何かを隠している。
 いきなりあらわれておいて、自ら己の能力の全貌をペラペラしやべるのはあまりに間抜けだし、かたられた能力だけでは説明出来ないことも起こっている。

 わたるは左腕にも光線砲ユニットを形成した。
 力を出し惜しみするような相手ではないと悟ったのだ。
 更に、わたるは思考を巡らせる。

 光線砲の弾数上限は、わたりりんろうに看破された様に、五発が限度だ。
 その内一発は既に撃ってしまっている。

(さっきぼくはあいつを撃った。けんせいの為で殺すつもりは無かったが、いけ好かない鼻っ柱を焼き払ってやろうと思った。だが、あいつは寸でのところでぼくの狙撃に気付いて、速度を緩めたんだ。だから、鼻先をかすめることしか出来なかった……)

 おそらく、闇雲に撃っても躱されるのは間違いない。
 わたり戦の時の様に、思考の完全な外側から回避不能の射撃をする必要がある。
 そのためには、何か別の武器が要る。

(となると、これが一番か……)

 わたるは右手に日本刀を形成した。
 正確には、ちょうきゅうどうしんたい・ミロクサーヌ改の日本刀をした切断ユニットだ。
 本来の力を発揮するにはしんが足りず、ただの鈍刀としてしか使えないが、それでもわたるの中では今のところ光線砲に次ぐ強力な武器である。

「刀? 剣術のたしなみがあるのか?」
「無い」

 たかつがいの問いに、わたるは正直に答えた。
 うそを吐いても、どうせ太刀筋ですぐにバレるだろう。
 たかつがいは口元に冷笑を浮かべる。

「生兵法で侍の魂たる刀を振るうとは、日本男児の風上にも置けん奴だ」

 わたるは身構えた。
 たかつがいの闘気が自分に向けられている。
 全神経をこの一戦に向けなければ、あっという間に掴まって戦闘不能にされてしまう。
 たかつがいからわたりの比でない圧が放たれていた。

 再び、たかつがいの姿が消えた。
 わたるは即座に背後の気配を察知し、振り向きざまに刀をはらった。

(ワンパターンが!)

 たかつがいは拳を振るわんとしていたが、わたるの反応が早く、攻撃は失敗に終わった。
 逆に、わたるの迎撃によって繰り出した拳を剣線が横切り、たかつがいの右手首が斬り落とされた。

「え?」

 あまりにもあっさり大ダメージが通ったので、わたるは拍子抜けしてしまった。
 部位の欠損はしんですら修復出来ない大傷である。
 わたり以上の強敵を予感していたわたるにとって、この展開は完全に予想外だった。

 一方、たかつがいは異様なほど落ち着いて斬られた右腕を見詰めている。
 まるで、泥が跳ねた自信の衣服を見る様な冷めた表情だった。

(何だ? この反応は一体何なんだ?)

 わたるたかつがいの様子をげんに思い、刀を構え直した。
 片腕になった相手に、有利を取れた気がしない。
 その予感は当たっていた。
 たかつがいの右腕が光を放ち、斬り落とされた手が元通りに修復されたのだ。

「莫迦な……!」

 信じられない出来事だった。
 先程も述べたが、通常はしんで部位欠損を修復することは出来ない。
 あるとすれば、わたりの様にそう言う能力のじゆつしきしんを使える場合だけだ。

しんで部位欠損は治らないはずだろ? じゆつしきしんか?」

 困惑するわたるを見て、たかつがいは不敵に笑っている。

「そうだ。わたしじゆつしきしんだ」
「どういうことだ……。さっきから次から次へと違う能力を使っているように見える……こいつのじゆつしきしん、能力の全貌が見えない……!」
「当然だろう。わたしじゆつしきしんの全貌を把握出来る者など、果たしてこの世に何人居るか……。次から次へと違う能力を使っているように見える、だと? 使っているのだよ、事実としてな」

 たかつがいは得意気に両腕をひろげた。

じゆつしきしんというものは千差万別。だがその中でもまれに、『他人の能力をとくする能力』が存在する。条件は様々で、使い勝手はピンからキリまであるがな。わたしもその使い手の一人というわけだ。わたしの条件は、寝た相手のじゆつしきしんを写し取るというもの。故にわたしは、一人で幾つもの能力を行使することが出来るのだよ」

 わたるの額から嫌な汗が流れた。
 拳速を覚えたというのも、触れた相手の筋力を衰えさせるというのも、姿を消して背後を取るのも、欠損した部位を修復するのも、全ては寝た相手から得た能力だということか。
 もしかすると、わたる達をいきなり襲撃してきたことも、日曜の昼間にもかかわらず大通りに人の気配が全く無いことも、何もかもたかつがいが他人から得た能力を行使したということなのか。
 誰かと寝れば寝るだけ、その相手の能力を際限無く得ることが出来るとすれば、たかつがいは一体どれだけの能力が使えるのだろう。

「気になるか? わたしが一体幾つの能力を持っているのか……」

 思考が読まれたわたるあと退ずさった。
 たかつがいきようがくの事実を告げる。

「十八の時にこのじゆつしきしんに覚醒して三十年、わたしは毎晩のように男女を問わずとぎの相手をとっかえひっかえしてきた。この意味が解るか?」

 とんでもない計算である。
 おそらく、普通の人間ならば同じ能力に目覚めたとして身に付ける能力の数はたかが知れているだろう。
 だが、六摂家の嫡男として生まれたたかつがいにはそれを実現出来る権力がある。

「その反応、態々確認するまでもないな。そう、わたしが持つ能力の数は一万以上だ。高々一つや二つの能力を知られたとしても痛くもかゆくもない。わたしには無数の勝ち筋があり、そして貴様らにはまさに万に一つの勝ち目も無いというわけだ」

 たかつがい嗜虐的サディスティックに手をねくりまわしている。
 わたるかつて無い危機を感じていた。
 これ程の脅威、そうあらがえば良いか見当が付かない。

わたる! 気をしつかり持ちなさい!」

 戦いを見失いかけていたわたるに、ことしつが飛んだ。

こと……」
しんの強さは持ち主の神性に依存するわ。つまり、高貴な家柄の人間はそれだけで有利に立つことが出来る、そういうシステムになっているの。それに、そういう生まれの人間は当然に自信満々だしね。確かに、今までの敵とは次元の違う相手に間違い無いわ」

 わたるは励まされるどころかますます自信を無くしてしまう。

「余計に気後れするようなこと言わないでよ……」
「それが駄目なのよ。自信と誇りを持って戦わなければしんが鈍って不利になるだけ。わたしが言ったことを思い出しなさい」

 ことは不敵に笑い掛けた。

貴方あなたはとんでもないことをやってのけた、すごい男なのよ」

 わたるのうに一昨日の夜がよぎる。
 あの時、わたることと良い雰囲気になった。
 だが、何かが怖くなって告白に踏み切れなかったのだ。

(あの時の不安の正体、それは今も分からない。でも……)

 わたるは気を取り直して構えた。
 地に着いた足の裏に確かな力を感じ、気力を腹から手足の爪先、そして脳天にまで巡らせる。

(もうヘタレは卒業しないといけない! ここで弱気になっているようじゃいつまでっても駄目なままだ! 戦いの中で得た情報から勝ち筋を導け! 何度くじかれようが、決して戦意を折るな! け! 自信と誇りを持って! 最後まで!)

 わたるは己を奮い立たせた。
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