日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

文字の大きさ
94 / 315
第二章『神皇篇』

第二十八話『昼餉』 急

しおりを挟む
 しんせいだいにっぽんこうこく首都とうきょう特別行政区すぎなみ区、そこに居を構えているきのえ公爵邸は、ゴルフ場を含んだ広大な庭地に西洋城を思わせる館が建つ豪邸である。
 更に、内装に至っては外観以上にきらびやかに貴金属や宝石が装飾されており、ややもすれば皇宮の御所以上にごうしやであるかもしれない。

 そんな廊下のあかじゆうたんの上を、一人の女中が台車にティーセットを乗せて運んでいる。
 台車といっても車輪は無く、脚が浮いていて絨毯を傷めることなく運搬が出来る様になっている。
 細かいところだが、こうこくの高い文明力が見て取れる。

 運搬しているのは長い黒髪をポニーテールにまとめた背の高いメイド服の美女、男爵令嬢・はたである。
 は書斎の前で立ち止まり、一つ深呼吸してから扉を軽く三回たたいた。

「御主人様、お申し付けの通りお茶を持って参りました」
「入れ」

 扉の奥から低い男の声がした。
 たった一言の響きにすら、その主の尊大な人間性がにじているかのような声だ。

「失礼します」

 は扉を開け、台車と共に入室した。
 書斎の奥では一人の男が椅子を机と反対方向に向け、すわったまま窓の外を眺めている。
 の入室も意に介さず背中を向ける態度はただただ不遜であった。

「お茶をしいたします。よろしいでしょうか」
「うむ」

 は胸の内に不快感と恐怖心をとどめ、努めて平静を装いつつ紅茶をカップに注ぐ。

「御砂糖はいつもどおりで宜しいでしょうか」
「いや、今日は少し気を張って疲れておる。角砂糖一つ多くせよ」
かしこまりました」

 ここで初めて、男は椅子を回して正面を向いた。
 は文句一つ言わずに男の指示に従い、紅茶を準備する。

「お待たせいたしました」
「良い香りだ。せんな者にしてはしつけが行き届いておる」

 紅茶を差し出したの眉尻がピクリと動いた。
 彼女は自身の家にそれなりの誇りを持っている。
 しかし、それを下賤呼ばわりされようと、は目の前の男に逆らえなかった。

「どうした? 褒めてやったのだぞ? 何ぞ不服でも?」

 男の声に不機嫌な心中が滲み出る。
 彼は少しでも機嫌を損ねるとすぐ態度に出るのだ。

「滅相も御座いません。貴方あなた様のめにあずかり、光栄のあまり戸惑いました。なにとぞ御容赦を」

 男はにらみ上げた。
 見た目は朱夏の最中にあるオールバックの紳士といった様相だが、その実の三倍以上を重ねた年齢をけんしわだけに刻んだ厳しい目付きである。

「お前は何か勘違いしているようだな」

 にも恐ろしげな声に、の背筋が震えた。

はた男爵家……新華族などというぽっと出の新参者が貴族をかたるなど勘違いも甚だしい。貴族とは、しん政府以前よりみかどの臣下としてお仕えした我ら旧華族のことをいう。だいこうはその中でも最高位の六摂家当主、より正確には、世が世なら帝にすらなり得た皇別摂家の当主よ。お前ごとき、だいこうに言わせれば下賤そのもの。本来ならば側仕えすることすらがましいと心得よ」

 にとっては、ともすれば侮辱的ですらある言葉だが、彼女は心を押し殺すしかない。
 男も言うとおり、二人は家柄が違い過ぎるのだ。

 六摂家・すなわち摂関家の中でも、きのえ家といちどう家は幕藩体制の時代に臣籍降下した皇族が養子に入り、その血筋を受け継いでいる。
 かつてはたかつがい家もそこに含まれていたが、革命のあおりを受けて皇別摂家としては断絶の憂き目に遭い、現在は殿でん家の男子が養子に入った血筋を受け継いでいる。
 故に、きのえ家といちどう家は皇別摂家と呼ばれて六摂家の中でもまた一段と皇族に近く、それに見合った権威がある。

 そんな背景から、は素直に頭を下げるしかなかった。
 彼に掛かればはた家など簡単に消し飛ぶのだ。

「申し訳御座いませんでした。肝に銘じ、以後気を付けますので何卒御慈悲を……」
「ふん、まあ良い。丁度例の件に次の手の目途が立ち、一息吐こうとしていたところだ。そんな折にな叱責を続けることもない」
「寛大なお心に感謝申し上げます、きのえ公爵閣下」

 は目の前の主、きのえくろおおなほど深々と頭を下げた。
 もつとも、この男に対してはそれくらいで丁度良い。
 きのえくろは敬うのは皇族のみ、対等に扱うのですらいちどう家が加わるのみで、他の摂関家ですら見下している。
 してや侯爵以下の家などごみ同然にしか思っていない。

「あやつが例の集団と同行する女に恨みを抱いているのは幸いだった。摂関家にあるまじき失態もばんかいさせねばならん」
「一石二鳥の素晴らしい一手かと。すがに御座います」

 の言葉が終わるや否や、きのえはティーカップをの額に投げ付けた。

「お前はいつだいこうを褒められるほど偉くなった?」
「申し訳御座いません……」

 は慌てて再び頭を下げた。

「まるで身の程をわきまえておらんな。今夜だいこうの寝室へ身一つでさんじよ。たっぷりと躾け直してやる」
「……畏まりました」

 夜に寝室に呼び出したと行っても、を抱くわけではない。
 徹底的に他者を見下すきのえは、如何に美女と言っても「下賤の者」を抱いたりはしない。
 寝室で行われるのは、もっと凄惨なせつかんである。

(これではわたりの方がまだマシだ……)

 きのえに下がるよう命じられたは、悟られぬように主を呪うしかなかった。

    ⦿

 きのえの書斎を後にするの後ろ姿を、二人の男が見詰めていた。
 二人の使用人、執事の子爵・くろこうふなかずと秘書のつきしろさくであった。

つきしろ殿、はた男爵令嬢をお呼びしたのは貴方あなただとか。心中お察しします」

 壮年の執事・黒小路が溜息を吐いた。
 長身の偉丈夫・つきしろは黙ったまま何も答えない。

「公爵は元からあのようなひどかたではなかった。嘗ては摂関家以外の者にも敬意を持って接していた。特におんみきのりきようのことはもう一人の父の様に慕っておいでだった。それがあの、若き日の巴里パリ留学からすっかり人が変わってしまった……」
「そのおん公爵をうしなってしまったことが余程のことだったのでしょうな……」
ぞんでしたか……」
「大恩ある相手を奪われた憎しみは世界を焼き尽くすほどのものなのでしょう……」

 つきしろは何を思ってか、を細めて書斎の扉を見詰めていた。



    ⦿⦿⦿



 再びつのみや、工事中のビルの前に一台のワゴン車がまっている。
 運転席にはびやくだんが、助手席にはが坐り、残るメンバーの乗車を待っていた。
 そんな大通りは、昼間にしては異様なほど静まりかえっている。

「どうした、こと?」

 自動車に乗ろうとするわたるは、最後に残ったことに声を掛けた。
 彼女だけは車に乗ろうとせず、誰も居ない通りを見詰めている。
 そう、誰も居ない、人っ子一人見当たらない日曜昼の大通りを。

 それはまるで、世界がことれて、ことためだけに街中の景色を切り取って用意したかの様だった。
 しかし、彼女の発したたった一言が状況を静から動へと転換させる。

「このしん、来ている!」

 ことつぶやくや否や、車内に脚を掛けてスライドドアをまたいでいたわたるの背後に筋肉質な男があらわれた。
 上質な会食服タキシードを纏った、適度な運動で健康的に日焼けした男に、ことは見覚えがあった。

 ことは即座に男の顔面へ拳を放った。
 しかし男はこれを紙一重でかわし、彼女の手首をつかむ。

「久し振りだな、女。わたしを忘れたとは言わさんぞ。そして、お前の拳速はあの時既に把握している」

 男は端正な顔をゆがませて笑い、ことの手首を力一杯握り締めた。

たかつがいよるあき……!」

 この男、たかつがいよるあきことが会ったのは、ほんの数日前のことだ。
 きのえ家と同じ六摂家の当主であり、ことに声を掛けて無礼を働いたことでけんもほろろに振られている。
 おそらく、その時のふくしゆうしんきのえと利害を一致させたのだ。

たかつがいだと!? うる君!」
「先に行ってください! わたしも後から行く!」

 動揺が走った車内へことが一喝した。
 それに呼応する様に、びやくだんは扉を閉めて発車させた。

「クク、自己犠牲か。だがこのわたしがあの時のように不覚を取ると思うなよ。先程言ったように、わたしの能力は既にお前の拳速を把握しているのだ。そして、このたかつがいよるあきのもう一つの能力とは……!」

 ことは一瞬目をすがめた。
 どうやらただ手首を掴まれているだけではないらしい。

「気付いているか? わたしに触れたものは触れた時間だけ筋力が衰えるのだ。一ミリ秒につき一%の割合でな。たかが一%と思って甘く見るべきではないぞ。それが意味するところは、一秒触れれば筋力が二万分の一以下になるということだ。て、もう何秒触れ続けた? お前が如何に怪物的な身体能力の持ち主だろうが、今やわたしが腕を掴んでいるから立っていられるに過ぎん。はやわたしの慰み者になるしか道は無い! あの時言ったように、お前には雌として雄にびることを存分に教えてやろうではないか! 楽しみにしておけ! ははははは!!」

 勝利を確信し、高笑いするたかつがい
 しかし、ことたかつがいの手を強引にほどき、返しの手首で彼の顔面に強烈な裏拳をたたんだ。
 たかつがいは大きくり、尻餅をいた。

「で?」

 ことたかつがいを横目に見下ろし、長台詞にたった一文字で冷たく返した。
 そんなことの態度にげつこうしたのか、たかつがいは後方に宙返りして起き上がると、その反動を利用して勢い良く彼女に飛び掛かる。
 しかしその時、たかつがいの鼻先を一筋の光線がかすめた。

「誰だ!」
ぼくだ!」

 光線の発射元、たかつがいが視線を向けた先に居たのはわたるだった。
 わたるは右腕にちょうきゅうどうしんたい・ミロクサーヌ改の光線砲を形成し、たかつがいを撃ったのだ。

ことの前にぼくがお前の相手をしてやる! 薄汚い手でことに触りやがって! ただじゃ置かないからな!」

 たかつがいは怒りとも愉悦ともつかぬ歪んだ表情を浮かべた。
 二人の視線は交錯し、一触即発といった様相だ。

「良い度胸だ、小僧……。では貴様からわたしの雄に屈服させてやろう」
「お前、ぼくが一番嫌いなタイプの男だな……」

 そんな二人を、ことは恨めしそうに見詰めている。

、なんで一緒に乗って行かなかったのよ……」

 わたる達の帰国への道程、その第二幕は早くも不測の事態に陥り、最初の戦いが幕を開けようとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

優しい世界のシリウスさん

みなと劉
ファンタジー
ギルドで毎日仕事をコツコツとこなす青年シリウスは 今日も掲示板とにらめっこ。 大抵は薬草採取とか簡単なものをこなしていく。 今日も彼は彼なりに努力し掲示板にある依頼書の仕事をこなしていく

才能は流星魔法

神無月 紅
ファンタジー
東北の田舎に住んでいる遠藤井尾は、事故によって気が付けばどこまでも広がる空間の中にいた。 そこには巨大な水晶があり、その水晶に触れると井尾の持つ流星魔法の才能が目覚めることになる。 流星魔法の才能が目覚めると、井尾は即座に異世界に転移させられてしまう。 ただし、そこは街中ではなく誰も人のいない山の中。 井尾はそこで生き延びるべく奮闘する。 山から降りるため、まずはゴブリンから逃げ回りながら人の住む街や道を探すべく頂上付近まで到達したとき、そこで見たのは地上を移動するゴブリンの軍勢。 井尾はそんなゴブリンの軍勢に向かって流星魔法を使うのだった。 二日に一度、18時に更新します。 カクヨムにも同時投稿しています。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

異世界帰りのハーレム王

ぬんまる兄貴
ファンタジー
俺、飯田雷丸。どこにでもいる普通の高校生……だったはずが、気づいたら異世界に召喚されて魔王を倒してた。すごいだろ?いや、自分でもびっくりしてる。異世界で魔王討伐なんて人生のピークじゃねぇか?でも、そのピークのまま現実世界に帰ってきたわけだ。 で、戻ってきたら、日常生活が平和に戻ると思うだろ?甘かったねぇ。何か知らんけど、妖怪とか悪魔とか幽霊とか、そんなのが普通に見えるようになっちまったんだよ!なんだこれ、チート能力の延長線上か?それとも人生ハードモードのお知らせか? 異世界で魔王を倒した俺が、今度は地球で恋と戦いとボールを転がす!最高にアツいハーレムバトル、開幕! 異世界帰りのハーレム王 朝7:00/夜21:00に各サイトで毎日更新中!

【収納】スキルでダンジョン無双 ~地味スキルと馬鹿にされた窓際サラリーマン、実はアイテム無限収納&即時出し入れ可能で最強探索者になる~

夏見ナイ
ファンタジー
佐藤健太、32歳。会社ではリストラ寸前の窓際サラリーマン。彼は人生逆転を賭け『探索者』になるも、与えられたのは戦闘に役立たない地味スキル【無限収納】だった。 「倉庫番がお似合いだ」と馬鹿にされ、初ダンジョンでは荷物持ちとして追放される始末。 だが彼は気づいてしまう。このスキルが、思考一つでアイテムや武器を無限に取り出し、敵の魔法すら『収納』できる規格外のチート能力であることに! サラリーマン時代の知恵と誰も思いつかない応用力で、地味スキルは最強スキルへと変貌する。訳ありの美少女剣士や仲間と共に、不遇だった男の痛快な成り上がり無双が今、始まる!

処理中です...