日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第三十話『六摂家』 序

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 ワゴン車の中で、きゆうは一本の電話を取った。

「もしもし。うる君、連絡を待っていたぞ。さきもり君は?」
『彼もちらで無事です。ただ、敵の能力を受けてしまい、今日は動けそうにありません』

 たかつがいよるあきの相手を引き受けたうることしらせに、ひとず胸をろした。
 彼の雰囲気から二人の無事を悟った他の者たちにもあんが伝搬する。

「良かった。ちらは目立たないように高速道路を使わず一般道を走っている。何処か近場の駐車場で待つことにするから、動ける様になったら追い掛けて来てくれ」

 たかつがいを撃破した以上、合流するのはそう難しくないだろう。
 ことがそのたかつがい、そして第一皇子・かみえいと遭遇したあの日、びやくだんあげのことを今一つ頼りにならないと感じたことにも電話端末を持たせることにした。
 今の彼女には目的地への道筋を調べる手段があるのだ。

『いいえ、ちらはそのままとうきようへ向かってください』

 しかし、ことの提案を断った。
 けんしわを寄せて彼女の真意をただす。

「どういうことだ? 合流出来ない訳でもあるのか?」
ちらの再起はおそらく明日以降になる。それまでみんなのことを足止めにする訳にはいきません。こうしている間にも次の刺客が忍び寄っているかも知れない』

 しばし沈黙し、考える。
 ことの言うこともわからないではなかった。

さん、わたし達はろくせつ当主の一角を撃退したんです。次に襲ってくる相手もおそらく同じろくせつ当主、こうこくでも最上位の貴族でしょう。一箇所にとどまって手をこまねいているのはあまりにも危険です』
「しかし……」
わたし達のことは心配要りません。わたしもちろんのこと、わたるも見違える程たくましくなりました。たかつがいを撃退したのはわたしではなくわたるですから』
「なんだと?」

 にわかには信じられない言葉だった。
 さきもりわたるという男を侮っている訳ではない。
 おおかみきばから自ら逃げ延びてきたことは驚嘆に値する。
 しかしそれでも、ろくせつ当主を乗り越えるとしたらことの力だろうと思っていた。

「……解った。我々はこのままとうきようたつかみていへ向かう」
『ありがとうございます』
「但し、きみ達も必ず無事に辿たどけ。さっききみが言った言葉はそのままきみ達の方にもまるんだからな。きみ達の力をくびっている訳ではないが、それでも油断するなよ」
『問題ありません。誰が相手であろうと、わたしは敗けません』

 ことの返答に、は何かを思う様に目を閉じた。

くれぐれちやはするなよ」
『はい』
「では、たつかみ邸で待つ。必ずまた会おう」
『ええ。ではまた』

 電話を終えたは、びやくだんにこのままとうきようへ向かうように指示した。
 二人を欠いたワゴン車はこのまま一般道を南下していく。



    ⦿⦿⦿



 とうきようは皇宮、御所。
 中庭を一望出来る広縁に、上等な革椅子が小卓を挟んで向き合うように置かれている。
 そこに、若い皇族が二人腰掛けて中庭を眺めていた。
 昼食会も終わり、一息いているところである。

たつねえさま、本気で言っているのかい?」

 第三皇子・みずちかみけんは細面の顔を姉・たつかみに向けて問い質した。
 窓から吹き込む風が京紫色の髪を揺らし、まつの下から除く澄んだ向日葵ひまわり色のあいって、どこかものげな雰囲気を醸し出している。
 膝の上には羽の傷付いたはとを乗せ、何やらてのひらから発する優しい光を当てている。
 そのたたずまいは典型的な、優しく気弱な王子様といった様相だった。

「本気だからこそ、皇族の中ではきみにしか話せないんだ」

 対する第二皇女・たつかみは燃える様なあかい髪と菫青石アイオライトの様な澄んだ眼に力強い意思を感じさせる。
 としが近いこともあって、この二人は皇族の中でも特に関係が良好であった。
 姉・たつかみにとって弟・みずちかみけんは普段見せられない弱みや立場上言えない本音を打ち明けることが出来、かつそうめいさから有意義な回答を期待出来る良き相談相手であった。

けんきみならあるいは解ってくれるような気がしてね」

 弟は答えない。
 掌から発した光が収まり、傷の癒えた鳩が窓の外へと飛び出していった。

「今の鳩には少し悪いことをしてしまってね……。元々はとあるれいじようの飼っていたでんしよばとだったんだ。そのには親友が居て、伝書鳩を通じて手紙のりをしていたらしい」
「それは……また随分と古風で酔狂な話だね」
わいらしいだろう? ところが二人はる理由で険悪になってしまった。というより、どちらかというと飼い主の御令嬢の方が嫉妬から相手を嫌うようになった。相手のはどうにか復縁しようと手紙を送ったんだが、その内容がかえって御令嬢のげきりんに触れてしまった。御令嬢は怒りから飼っていた鳩を深く傷付けてしまい、ぼくの邸宅の門前に捨てて行ってしまったんだ」

 随分と過激な話に、たつかみは苦笑いを浮かべた。

「でもその話のどこに、きみが鳩に悪いことをしたという要素があるんだい?」
ねえさま、二人の女性の仲がこじれた話をどうしてぼくが知っているか、もう分かっているんだろう? とぼけないでおくれよ」
「ああ、また女性二人に甘い言葉を掛けてたぶらかしたのか。きみは優しい男だが女性関係が絡むとたまひどいからな」
「だって、せつかく好意を持ってくれたひとを傷付けたくないじゃないか」

 おそらくは後ろめたさから目を伏せるみずちかみを見て、たつかみあきれたように溜息を吐いた。
 みずちかみは見た目に反して結構なおんなたらしなのだ。
 弟・みずちかみけんにとって姉・たつかみは、そんな醜聞を打ち明けられる絶好の相手だった。
 もっとも、みずちかみが突然こんな話を始めたのは、無意味な話題らしではない。

「まあ、曖昧な言葉でありもしない希望を持たせるのは残酷だと、解らない訳じゃないんだけれどね。でも、大抵の女性は不都合な現実よりも甘い夢想を求めているから仕方が無いでしょう」
「それは……どうかと思うよ、けん
「そう? じゃあさっきのねえさまへの返事ははっきりと言ってあげた方が良いかな」

 弟・みずちかみの視線が姉・たつかみの方へと戻った。
 たつかみの表情も改まる。

「確かに、ねえさまの言うようにめいひのもとの独立性を尊重するのが本来は正しいことだろうと思う。美しくもつともらしい大義を掲げようが、結局は自国の都合で数々の世界線にける日本国を強引に吸収してきたのがこうこくの現実だからね。本道を言えば、こうこくしんの安定した継承を自国だけで目指すべきだ。成程、確かにその通りだろう」

 身構えていたたつかみに安堵の笑みがこぼれた。

「そうか、きみなら解ってくれると思っていたよ」
「でも、それこそ甘い夢想というものだよ。ねえさまこうこくにありもしない希望を持たせようと言っているんだ。それは極めて高い確率で失敗し、残酷で悲惨な結果をもたらすことになる」
「残酷で悲惨?」

 たつかみは眉をしかめ、思わず立ち上がった。

こうこくが今まで行ってきたことが、残酷で悲惨な結果をもたらさなかったとでも?」

 たつかみの語気が強くなる。
 しかし、そんな姉に対して弟は掌を指しだして制止し、もう一方の手で口元に人差し指を立てた。

「駄目だよ、あまり大きな声を出しちゃあ。きりんねえさまに聞かれたらどうするの?」
「っ……すまない……」

 たつかみは再び椅子に腰掛けた。
 先程も述べた様に、姉・たつかみがこのことを弟・みずちかみに話すのは、その内容を他人に聞かせられないからだ。
 特に、政界に通じている第一皇女・かみせいに知られることだけは何としても避けなくてはならない。

「何も、こうこくの行いを肯定するつもりは無いさ。むしろ、それについてはなおのことたつねえさまの言うとおりだと思う。こうこくの繁栄を維持するという、そんな自国の都合で、一体どれ程の血が流れ、どれ程の痛みが生まれたのか……。考えただけで恐ろしいし、辛くなるよ。だからぼくは、今回の転移で全て終わりになってほしい。それも、なるべく穏当な形でね」
「そうか……。すまない、きみの気持ちも考えず、強く言い過ぎた」

 みずちかみは女癖が悪いという欠点こそあるものの、基本的には穏やかで心優しい青年である。
 しかし同時に、現実を前にすると理想や原理原則を貫き切れない臆病さを同時に抱えていた。
 彼が女性関係のトラブルを引き起こすのは、その優しさと臆病さが災いするのだった。

「まあ、こんなことは力による現状変更を辞さないきりんねえさましゃちにいさまには絶対に言えないし、問題が解っていないししにいさまらんに言っても無駄だろうね。けれども、こうこくが変わるという面では希望が無い訳じゃない」
「どういうことだい?」
めいひのもとだよ」

 みずちかみはここへ来て真剣な視線をたつかみに向けた。

「伝え聞くところによると、めいひのもとにはこうこくにとって学ぶべきところが多くある。それを取り入れることが出来れば、こうこくは真の意味で素晴らしい国家に生まれ変わることが出来るかも知れない」
「学ぶべきところ? そこまで言う程のものが? めいひのもとは、言っては難だが、国のあらゆる指標でこうこくの足下にも及ばないだろう?」

 そう、一方でたつかみの考え方も完全に善性のものとはいえない。
 彼女は平和的な人物ではあるが、一方で国家としてこうこくの優位は疑っていない。
 それは弱者に対する上から目線の優しさと誠実さである。
 その点では、みずちかみの方が自国と日本国を引いて見る考え方の持ち主だ。

ねえさま、国家の優れた点は国力や経済力、文明力といった目に見える側面だけでは測れない。こうこくが変わる為に大事なのは何よりも、それを知ることじゃないかな」

 みずちかみは珍しくまっぐな意思を眼に宿している。

「彼らと接しているなら、ねえさまも今に解ると思うよ」

 たつかみはどこかうれしそうにほほむ。

「そうか……。けんも大きくなったね」
「いやいや、相変わらずだよ。臆病で優柔不断で、頭でっかちなだけの小物さ」

 窓の方へ差し出されたみずちかみの指にもんしろちようが止まった。
 鳥のさえずりと共に、穏やかな午後が皇宮を包み込んでいる。
 語り合う中で弟の成長を見たたつかみは満足げな表情を浮かべて立ち上がった。

「じゃ、そろそろわらわは自邸に戻ろうかな」
「うん、ぼくは例の件をきりんねえさまに話してから帰るとするよ」
「ああ、頼んだよ。突っかかってしまったわらわからは頼みにくい」
「お安い御用さ。ぼくきりんねえさまからの覚えが一番良いからね」

 控えていた侍従にふすまとびらを開けさせ、たつかみは部屋を後にした。
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