日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第三十三話『十字架との戯れ』 序

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 こうこくとちしゆうつのみや市、さきもりわたるうることは線路沿いをみちなりに北上し、市街地を少し離れた場所へ出ていた。
 本来はこの二人もワゴン車に同乗し、今頃はとうきように入っていたはずなのだが、出発直前に襲撃してきたたかつがいよるあきに応戦してしまったのだ。
 先行した八人に追い付かなければならない二人が逆方向に進んでいるのは、前日にびやくだんあげから「とうきようへ入るには手続が必要で、普通に追い掛けたのでは立往生必至である」という旨の連絡を受けたためだ。
 その問題に、ことは何か考えがあるらしかった。

「ねえ、まだ歩くの?」

 わたることから詳しいことを何も聞かされていなかった。
 たかつがいから受けた能力にる筋力減少はかなりかいふくしたものの、依然本調子とは言いがたい。
 普段より歩みの遅い彼がことに付いて行くのは大変だった。

「腹減ったんだけど」
「朝御飯は食べたでしょ?」
「歩きっぱなしだと体力使うじゃないか」
「気のせいよ。しんを身に付けているんだから、空腹感は生理現象のごりに過ぎない。身体的パフォーマンスに影響は無いわ」

 確かに、歩くペースが落ちている訳ではない。
 わたるももうしんを使えるようになって一箇月以上つのだから、その程度のことはわかっている。
 わたりりんろうに山を歩かされた飢餓訓練よりははるかにマシな状況だ。

 しかしそれにしても、ことは平気でどんどん前へ進む。
 彼女もまた、いや彼女の方が遥かにたかつがいの能力に因る筋力低下を受けている筈なのに、その影響をじんも見せない。

「別に飯くらい食って休憩しても良いだろ?」
「駄目よ。目的地に遅れる訳には行かないわ」
「だからさ、何処どこまで歩くんだよ」
「もう少しよ。地図のアプリにれば、もう少しで川に出る筈だから……って、ん?」

 電話端末で現在位置を確認しようとしたことが少し眉を寄せた。
 画面に何か気になる情報が流れたらしい。

「前言撤回。近くの小売店コンビニで何か買って行きましょう」
「何かあったの?」
「相手の方が遅れるっていうニュースが入ったのよ。だったらわたし達が急いでも同じだから、のぞみ通り何か食べましょうってこと」
「要領を得ないなあ。きよらないよ、そういう説明すべき事を思わせ振りに隠す態度ってさ。ちゃんとコミュニケーション取りなよ」

 わたるの言葉に機嫌を損ねたのか、ことは顔をしかめた。

「前言再撤回。やっぱりこのまま目的地まで行って待つことにしましょうか。そういうことを言うなら、精々ひもじい思いをするが良いわ」
「ごめんなさい言い方がマジで悪かったですせつかくに水を差してしまい申し訳御座いませんでしたあんぱん食べたいです」

 わたるが直角に頭を下げて早口で謝ると、ことは小さくほほむ。

「冗談よ」
「じゃあ、あんぱんでも食べながら話そうか」
「そうね。でも、人前でするような話でもないから、目的地に着いてから説明するわ」

 わたること小売店コンビニへと入店した。

「別に貴方あなたはあんぱんに限らず好きな物を買って良いのよ」
「そうかい? じゃあガッツリ頂こうかな」
「但し、食べ歩けるものにしておきなさいよ」
「ちぇ」

 わたることはそれぞれの食事を購入し、引き続き目的地を目指した。
 どうやら川に架かった橋で何かを待たなければならないらしい。

「さっきも言ったけど、詳しいことは着いたら話すわ。恋人同士の振りでもして、なるべく自然に、怪しまれないようにしましょう」
「恋人同士……?」

 わたるは少し、ことの言葉に動揺した。
 振りをするだけとはいえ、恋い焦がれる相手と二人切りで橋上から川を見るだけでもそういう雰囲気の絵になってしまうかも知れない。
 胸の高鳴りは抑えようがない。

「丁度わたしも、わたるとはまだまだ色々と話しておきたいから……」

 道中、ことはそんな意味深なことをつぶやいていた。
 わたるの胸に心地良い風が吹いた様な気がしたが、同時に胸騒ぎもかすかな声を鳴らしていた。



    ⦿⦿⦿



 目的地の橋へと向かう途中、線路は道から離れていき、見えなくなった。
 ことは特に気にする様子も無く、そのままみちなりに進んでいく。
 しばらく歩くと、地図の通りに大きな川が見えてきた。
 この先の橋で時を待つのだという。

「で、これからどうするって言うんだよ?」

 わたるが尋ねると、ことかたわらに掛かったもう一本の橋を指差した。
 今居る道と比べて高架になっており、川の向こう岸の更なる先に向かって道路と並んで伸びていた。

「あれを使うのよ」
「あれ?」
「地図を見れば一目瞭然だと思うわ」

 そう言うと、ことは電話端末を取り出した。

「ほら、これこれ」
「っ……!」

 わたるは胸の高鳴りを感じた。
 見せられた画面の地図が問題だったのではない。
 地図を見せると言って、ことわたるに身体を寄せてきたのだ。

「あの、ことさん……? 一寸ちよつと近いんじゃありません?」
「あら、何よ。恋人同士の振りをするって言っておいた筈だけど?」
「い、いや……、そ、それはまあ……そうだけど……その……」

 こと取次筋斗しどろもどろになるわたるの反応をたのしむ様にクスリと笑った。
 目を細めて口角を上げ、意地悪くらかう様な表情だ。

からの眺め、結構良い景色だと思わない?」
「ま、まあ確かに……そうだけど……」

 橋の下では大きな川が悠々と流れている。
 日本国の十倍を超える面積を誇るこうこくは、河川の規模もまるで違う。
 周囲を見渡すと、市街地から随分離れて長閑のどかな田端が広がっている。
 世界にわたること、二人切りで取り残された様な気分にもなってくる。

「此処まで来ると、もう誰もわたし達の邪魔はしないわね」
「ず、随分意味深だけど、心置き無く、話が出来るって、そういうことだよね?」
「さあて、どうかしらね。ふふ……」

 心做しか、ことは何処かわたると二人切りでたたずむこの状況を楽しんでいるようにも見える。
 彼女はわたるに、更に身を寄せてきた。

「ほら、わたるも自然に振る舞って」
「自然にって言われても……」
「肩でも抱けば良いんじゃない?」
「こ、こうかな?」

 わたるは言われるがまま、ことの肩に恐る恐る手を回した。
 肌と肌が触れ合う、心地良い感触に鼓動が速くなる。
 先日再会のよろこびから抱き合った時よりも、腕にはっきりと彼女の抱き心地が伝わってくる。

 たおやかな細身の体、筋肉すらも真珠麿マシュマロの様に柔らかで、吸い込まれそうだ。
 しかし、同時に確かな力強さを秘めているのも感じる。
 別のたとえを用いると、雲の様にふわふわのパン生地の中にどっしりとしたあんの重量感がありありと伝わってくる様な、そんなところだろうか。

すごいな……」
「何が?」
「あ、いや……」

 思わず突いて出た言葉を拾われて、わたるは返答に窮した。
 凄い体だと素直に伝えるのも誤解を招きそうだ。

「相変わらずパワフルだなって思ったんだ。正直、ぼくはまだたかつがいの能力から完全に恢復した訳じゃないからな。きみも同じ能力を受けたはずなのに、もうピンピンしているなんて凄いよ」

 とつに考えた説明だが、丸切りうそという訳でもない。
 ことの身体能力に感心したのは本心だ。

わたしもまだ全然本調子じゃないわ」
「そうは見えないけど?」
「まあ、わたしの場合は元々の身体能力がズバ抜けているからね」
「自分で言うなよ……」

 ことは特段気を大きくしているといった様子は無い。
 ただ当然の客観的事実を述べた、といった感じだ。

「とはいえ、すがこうこくでも最上位の貴族だけあって、相当の実力者だったわね。加減していたとはいえ初撃をかわされたのは驚いたわ」
「まあ、じゆつしきしんの能力の一つだろうけどね。でも圧倒的に強いというのも嘘じゃなかったな。正直、今でもよく勝てたと思うよ」
「相手の油断を突き、本気を出す前に片付けるのも立派な勝利よ。でも、そうしないと勝てない相手だったのも間違い無いわね」

 二人は昨日のたかつがい戦を振り返る。

「一万以上も能力があるって、もっととんでもない力もあったんだろうな」
「でしょうね。おそらく、筋力を弱体化させる能力が最初に花開いて使い慣れていたんだわ。あの男の男女観、性的こうをそこに照らし合わせると、何か隠された別の一面も見えてくる気がするわね……」
「全く、とんでもないチートだったよ。早いうちに撃退出来て良かった」

 わたるあんしていた。
 ことの脅しでたかつがいは完全に萎縮していたし、もう襲って来ることはないだろう。
 わたる達だけでなく、他の仲間達の事もたかつがいから守れたのだ。
 しかし、ことの表情はどこか浮かなかった。

「まだ安心出来ないわ。あの男は六人居る摂関家当主の一人に過ぎないもの」
「てことは、きのえくろってやつも含めて残る五人も同じレベルってこと?」
「その可能性が高いわ。血筋が良い者は比例して力を増す、それがしんに因る強さの構造だから……」

 わたるは気の遠くなる思いがした。
 そして同じ頃、先行した仲間達にその同レベルの強敵が襲い掛かっているとは知る由も無かった。



    ⦿⦿⦿



 隔離された闇空間の中、きゅうは傷だらけになって倒れ伏していた。
 そんな彼を、上等な洋服に汚れ一つ無い男女が見下ろしている。

「ぐ、くそ……」

 は震える手で拳を握り、立ち上がろうとする。

「これがこうこく最高の貴族、六摂家当主の実力か……。二人どころか一人相手でも全く勝てる気がしない……」

 息も絶え絶え、吐血すらしながら立ち上がるを、どうあきつら殿でんふしあざけるような細目で眺めていた。
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