日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第三十四話『天竺牡丹』 破

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 仏蘭西フランス皇帝・ナポレオン=ボナパルトのきさきジョセフィーヌは天竺牡丹ダリアを愛する余り、これを独占しようとして自分の花と宣言し、国外への持ち出しを禁じた。
 しかし、波蘭ポーランドの貴族に買収された庭師にってこの禁が破られたと知るや、ジョセフィーヌは怒りの余り天竺牡丹ダリアの栽培を一切やめてしまったという。
 この愛と無関心が移り変わったエピソードを元に、天竺牡丹ダリアには「華麗」「気品」という高貴なイメージの花言葉の他に「移り気」という意味も持つようになった。

 人の愛はあっさりと移ろうものである。
 しかし一方で、一つの愛を生涯にわたり貫き通すしやも居る。
 おそらく、前者はただ気分にる愛で、後者は意志にる愛なのだ。

 気分に依る愛は時代や環境でがらりと立場を変える。
 意志に拠る愛は立場の違いすらも乗り越える。



    ⦿⦿⦿



 爆発によって破壊されたつるの繭から太い木の蔓ががれ、ゆっくりと倒れる。
 蔓から生えていたとげ殿でんの後頭部を突き刺す、かに思えた。

 だが棘が殿でんの頭に刺さった瞬間、彼女の体は煙と化して拡散した。
 殿でん自身の意思に因って変身したというよりは、頭を刺されたことによって煙に変化したといった様相だった。

 ふたようは息を止めた。
 ようの話に拠れば、息を吸った瞬間に終わりだ。
 
『おやおやまぁまぁ、不注意にも不意打ちを受けてしまいましたわぁ。夜道ちゅうものはどんな危険が潜んどるかわからへん、怖い怖い、やねぇ』

 殿でんの声が薄闇の空間に響く。
 不意打ちを食らった、ということは、どうやら殿でんの意思とは無関係に彼女には打撃が一切通用しないらしい。
 また、殿でんの能力にはもう一つの脅威がある。

『ところで、このが拡散状態で居る間ずっとそうやって息を止めとくおつもりですかぁ? 確かにしんを身に付けはった以上は常人よりはるかに長持ちしますけどぉ、それでも限界はありますよねぇ?』

 そう、呼吸を封じられたということは、殿でんがこのまま煙状の拡散状態であり続ければ、それだけでふたようはジリ貧なのだ。
 ふたは顔をらせ、ようの額に冷や汗が流れる。

ようさん、どうすれば良いの?)

 ふたの不安を知ってか知らずか、ようは引いた右手を開いて何やら力をめている。
 何も打つ手が無い、という訳ではないらしい。
 しかし、それを見逃す程殿でんも間抜けでは無かった。

『言うときますけどぉ、このは別に相手の呼吸を待たんでもかまへんのよぉ?』

 その瞬間、煙の中に極々小さな火花が生じた。
 直後、大爆発。
 一気に膨れ上がったすさまじいまでの衝撃と爆風がふたようを吹き飛ばした。

「きゃあああッッ!!」
「あああああッッ!!」

 二人は離れ離れに、遠方まで飛んで行った。
 たった一発の爆発で、ふたまとに立ち上がることが出来なくなってしまった。

「あうぅ……」

 うめごえを上げるふたの視界に、おぼろようの姿がありの様に小さく映った。
 続いてどうにか首だけでも起こして前方を見ると、殿でんの体が煙の状態から元の姿へと集合しつつある。
 敵の能力について、ふたに二つの推察が生まれた。

(声を出しちゃった……。つまり今、わたしは普通に呼吸しちゃってた。このことから、あのひとの能力は距離があると呼吸をしても平気なんだ。それから、多分一度爆発したら一旦元の姿に戻らなきゃいけない。これは突破口かも知れない)

 ふたはどうにかして、この発見をように伝えたかった。
 しかし、たった一発のダメージでいずるようにしか動けなくなったふたにとって、今のようとの距離はあまりにも遠かった。

(傷のかいふくが遅い。たった一発でしんほとんど無くなっちゃったんだ。多分、ようさんも似た様な状態だろう。相手がまた攻撃を仕掛けてくる前に、なんとか手を打たなきゃ……)

 ふたは地面にてのひらを当てた。
 するとそこから細い木の蔓が生え、彼女の体に巻き付いた。
 ふた自身の体は動かなくとも、残されたわずかなしんで植物を生やすことは出来る。
 このか細い木の蔓を操れば、ふたの小さな体をようもとへ運ぶことは出来る。

 木の蔓が伸び、ふたの体はようそばまで届けられた。
 やはりようもまた、殿でんの爆撃に遭ってボロボロになっていた。
 だが彼女はふたと違い、辛うじて立つことだけは出来ている。

ようさん!」
ふたか、良かった。生きていたんだね」

 ふたの足が地に着いたところで木の蔓が消えた。
 そのまま崩れ落ちそうになったふたを、ようが肩を貸して支える。

「うん。聴いてようさん、あの女の能力だけど……」
「ああ、弱点ならある。呼吸に乗じた内部への侵入と破壊は接近してなきゃ使えないし、連続攻撃も出来ないんだ」

 どうやらふたが気付いたことはようも既に把握していたらしい。

そうせんたいおおかみきばは六摂家当主に散々煮え湯を飲まされた。特に、いちどうすえ麿まろ殿でんふしこうこく貴族の中でもはんぎやくちゆうさつ数の二大巨頭なんだ。しつように目の敵にされた分、じゆつしきしんの内容はく把握しているのさ」

 ようは相変わらず右手に何やら力を溜めている。
 だが、二人ともまんしんそうで呼吸が乱れている。
 この状態で敵が再び攻撃を仕掛けてきたら、一巻の終わりだ。

「くすくす、さっきから聞いとるけど、えらい大きく出るんやねぇ……」

 二人の許へ、殿でんが心底からの嘲笑を浮かべつつ歩いてきた。

「六摂家当主の本当の敵は自分達やとかぁ、執拗に目の敵にされたとかぁ、思い上がるのも大概にしてほしおすなぁ。たかだか政権をさんだつしたことのあるヤシマ政府の残党いう程度の連中、このらにとってはただ目障りなだけの、歯牙に掛ける価値も無い小物も小物なんやけどぉ」

 殿でんはそのにゆうを形取った表情に心底からの侮蔑をたたえている。
 だがそんな態度に、ようあきれたように溜息を吐いた。

貴女アンタ、よくもまあ恥ずかしげも無くそんなことが言えるなあ。かつてはヤシマ政府の広告塔として、散々党やあたしひいじいさんへの愛をうたってた癖に」
「は?」

 殿でんの表情が変わった。
 初めて薄ら笑いが消え、細い目を皿の様に見開いたまま額に青筋を浮かべている。

 殿でんふしは見た目に反し、既によわいとしを超えている。
 つまり、八十年以上前のヤシマ人民民主主義共和国時代を経験した数少ない人物なのだ。

 ヤシマ政府にとって、旧体制下で権勢を振るった政治家や資産家、そして華族は粛正や弾圧の対象だった。
 その嵐は一般の市民を巻き込み、国中で猛威を振るった。
 それは革命の一環であり、革命政府の威を借りた持たざる民衆の、暴力に依る持てる者へのふくしゆうであった。

 だがそんな時代にあって、貴族達は何もせずただされるがままだった訳ではない。
 抵抗運動を繰り広げる者達も居れば、表向き革命政府に従順に振る舞ってながらえた者達、そして中には、革命政府に対して積極的に協力し、重要な地位を占めようとした者達も居た。
 殿でん公爵家はその中の筆頭であった。

 そもそも、ヤシマ政府の前身であるヤシマ労働者党を結党した中心人物であり、ヤシマ人民民主主義共和国の国家主席であったどうじようきみどうじよう公爵家の嫡男であり、殿でん公爵家とも交流があった。
 そのつながりからどうじようを支援し、革命に一役買ったのは殿でん家であった。

おやからの又聞きだが、貴女アンタは革命政府の歌姫として、じいさんのどうじようきわみと政略結婚する予定だったらしいね。曾爺さんや爺さんに散々愛を語り、びを売り、革命政府に非協力的な貴族の積極的に摘発しておいて、いざ革命政府がたおれてしんせいだいにっぽんこうこくが建国されると、今度は舌の根も乾かぬうちにその口でこうこくや皇統への愛を唄い、逆にヤシマの残党を積極的に狩るようになった。全く、恥知らずとは貴女アンタためにある言葉だろうよ」

 殿でんふしはその時々の権力者に擦り寄る天才だった。
 彼女の恐ろしいところは、打算で接近している訳ではなく、擦り寄る相手を実際に愛し、その政敵となればどんな相手だろうとあっさり無関心となって切り捨てられるその心変わりの凄まじさにこそある。
 嘗てはどうじよう家を愛してその敵を処刑台に送り、今ではじんのうを愛してその敵であるどうじよう家にまつわる者達を次々と誅殺しているのだ。
 その移り気な愛こそが、殿でんふし最大の処世術だった。

貴女アンタが叛逆者狩りにいそしむのは、そんな自分の過去が恥ずかしかったから無かったことにしたいのかと思っていたよ。でも、そうじゃなかったんだね。無かったことになっているから、恥ずかしげも無く同じ事を繰り返していただけなんだ。でも残念ながら、今の貴女アンタじゃ皇族に媚びを売って身をささげるには歳を取り過ぎてる。ま、貴女アンタを母さんやらばあさんやら呼ぶことになる子が居なくて良かったよと、あたしとしてはそう思うね」

 ようは、そんな殿でんを執拗に挑発する。
 殿でんは先程までの柔和さがうそだったかの様にその表情を醜鬼の如くゆがませた。

「小娘共が……このを怒らせて、そんなに死にたいんか……」

 怒りで口調すらも変わった殿でんが、再び煙状に姿を変える。
 次の攻撃を受けたら死ぬ――ふたようも絶体絶命である。
 だがようはこの瞬間を狙い澄ましたかの様に、右掌に電撃の光球を作り出した。
 ずっと溜めていた力を使う時が来たのだ。

『な、何っ!?』
貴女アンタの能力の正体が無数の微少な金属片だってことは知ってる。だから煙の中で火花が散ると、貴女アンタふんじん爆発を起こす!」
『や、やめろ!!』

 殿でんの能力、その正体をようは完全に把握していた。
 一見、同じ原理で爆発を起こしても意味が無いように思えるかも知れない。
 だが作用と反作用は表裏一体であり、殴った拳側も本来はダメージを受ける。
 自ら意図して拳で攻撃を仕掛ける場合はそのダメージを覚悟に依って軽減出来るが、意図せず攻撃が自爆してしまった場合はダメージをもろに受ける。

 ようの秘策、それは即ち殿でんの攻撃を自爆させ、意図せぬダメージを発生させることであった。

 同時に、ふたようの意図を理解する。
 よう殿でんを挑発したのは、殿でんが再び攻撃に入るタイミングを操る為だった。
 そのタイミングさえわかれば、直前に息を大きく吸い込むことが出来る。
 声を発する為に必要なのは呼気であって吸気ではなく、直前に息継ぎすれば一息に言葉で説明出来るのだ。

らえ!!」

 ようが掌を前方へ突き出して電撃を放つ。
 その間、ふたは足元に掌を差し出していた。
 背の低い木が二人の前に顔を出す。

「ナイスだふた!」

 煙状となった殿でんの中でようの電撃が火花を散らし、殿でんは意図せず爆発させられた。
 同時に、二人は素早くその場に伏せる。
 木々がしやへい物となって爆風が防がれ、二人のダメージは大きく軽減されて吹き飛ばされずに済んだ。

『ぎゃああああああっっ!! おのれよくも……!』

 煙の中に浮かび上がった殿でんの顔が、血走った目でふたようにらけた。
 悪いことに、先程と違って二人は吹き飛ばされなかったので、今息を吸ってしまうと殿でんの煙が体内に取り込まれてしまう。

 そう、呼吸をすると取り込まれてしまうのだ。
 案の定、煙は二人の方へ吸い込まれていく。

『え?』

 だが、煙の行き先は少しだけ方向がズレていた。
 この場にはふたようの他にも呼吸をする生き物が居たのだ。
 煙となった殿でんは、僅かに残った小さな木へと吸い寄せられていた。
 そう、動物だけではなく、植物も呼吸はしているのだ。

(これだけじゃ足りない! もっと大きく成長させないと!)

 ふたは殆ど使い果たしたしんを限界まで振り絞り、残った木を成長させる。
 その大きさは丁度人間程度まで育ち、煙状と化した殿でんの体は完全にまれた。
 更に、地面からは二本の根がようの手元へ伸びてきた。

ようさん、それ使って」
「そ、そうか! これなら!」

 ようは二本の根を両手につかみ、こんしんの力で放電を開始した。
 殿でんを取り込んだ木に高圧電流が流れる。

『ぎ、ギィィィヤアアアアアあぁぁぁぁぁっっ!!』

 木の中から殿でんの悲鳴が鳴り響いた。
 爆発させられた直後で、元の姿に戻らずにそのまま木に吸引されてしまった彼女は、爆発して逃れることも出来ずに通電を受け続けるしかない。

「この機を逃してたまるか!」
『や、やめろおおおおおおおっっ!!』

 ようもまた最後の力を振り絞る。
 勝負はよう殿でんの我慢比べにもつんだ。
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