日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第三十五話『償還過程』 序

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 こうこく首都とうきよう、その栄華を極めた街並の人波の中、男女が一際足早に小走りしている。
 道行く人々とは違い、さきもりわたるうることは何かを探す様にちらちらに視線を行ったり来たりさせる。
 丁度区の、ことたかつがいよるあきに絡まれた辺りだ。
 とうきように入れないのではないかという仲間達の懸念はあったが、二人はどうにか同じ地へと辿たどいていた。

「そこら中にしんを使った形跡が残されているわ……」
「そうだね。それくらいぼくにもわかるよ」
びやくだんさんのしんだわ」
「それと、のも混じってる」

 二人はげんそうなで空を見上げてつぶやいた。
 別れて先行した仲間が何らかの異変に巻き込まれたことに間違いは無かった。

「気になるわね……。無事なのかしら」

 ことは眉根を寄せた。
 と、そこへ一人の男が駆け寄ってきた。

「あれ? あげねえさんのお友達じゃないッスか」

 男は何やらことのことを知っている風である。
 わたるは口をへの字に曲げ、男の行く手を遮る様にふさがった。
 ことれしく近寄ってくる男に対し、わたるは露骨にけんごしだった。

「誰ですか、貴方あなた?」
一寸ちよつとわたる……」

 ことはそんなわたるとがめ、肩をつかんで後ろへ引き下がらせた。

貴方あなたわたしびやくだんさんとディスコに入った時に声を掛けてきた人ですね。どうかしましたか? 悪いけどわたし達、急いでいるんですが……」
「何、ディスコ? どういうことだこと?」
わたる貴方あなたは黙ってて」

 再び出しゃばろうとしたわたることは腕で遮った。
 わたるは怒った番犬の様にうなごえを上げている。
 そんな嫉妬をしにする同行人に男は若干たじろいだ。

「か、彼氏ッスか?」
「違います。不快な思いをさせてごめんなさいね。こいつのことは一切気にしなくて構いませんから」

 秒で否定することの反応にわたるはショックを受けてしょた。
 気にしなくて良いと言われた男だったが、それでも遠慮がちに一歩引きながら話を続ける。

「お、おれはただこの辺は今危ないよって言おうとしただけだったんスけど……」
「何かあったんですか?」
「実はついさっきまで、空でどうしんたいが暴れてたんスよ」

 男の言葉に、二人に緊張が走った。
 わたるの嫉妬にあきれていたことも、ことの情無い言葉に消沈していたわたるも一気に真顔になった。
 男は一層怖がって引き気味に顔をらせる。

「た、多分かの貴族が私兵を動かしたんスよ。たまにあるんスよね、はんぎやく者を見付けて始末するために貴族が動くことって。だからもしかしたら、この辺に叛逆者が潜んでいるかもしれないッス」

 貴族の私兵、という言葉にわたることの懸念は一層強まる。
 先程からしこに感じるけんしんびやくだんあげしんが、もしどうしんたいに襲われて応戦したものだとしたら、つじつまが合ってしまう。
 こうこく最大の貴族である六摂家の力ならどうしんたいが出て来るのもあり得ることは、既につのみや警察署で経験している。

「この道の向こうにどうしんたいの砲撃が開けた穴があるッスよ」
「教えてくださってありがとうございます。わたるたつかみていに向かうよりも先にみんなを探した方が良さそうね」
「ああ、そうだね」
「それはそうとして、貴方あなたからもちゃんと謝ってお礼を言っておきなさい」

 ことに咎められてわたるは渋々男に軽く謝罪と謝意を述べた。
 二人はず仲間達との合流を試みる。



    ⦿⦿⦿



 閉ざされた薄闇の中で、派手な格好をした女が少女とまがう女に追い詰められていた。
 そうせんたいおおかみきばの最高幹部「はつしゆう」の一人・はなたまは首に掛けていたファーを失い、ピンク色のラメが輝く際どいボディコンシャスドレスは至る所で無残に破れてボロボロになり、厚化粧も乱れている。
 相対する六摂家の一角・とおどう公爵家の女当主・とおどうあやは小柄な体に身に付けたそでにも、髪をすっぽり覆うように掛けた被衣かつぎにも一切の乱れが無い。
 二人の間に争いが生じていたとして、形勢は一目瞭然だった。

 そんな二人の脇では、まゆづきが縄で縛られてすわらされている。
 彼女はどちらにも加勢出来ず、成り行きを見守るしかなかった。

(なんてじゆつしきしん……。おおかみきばの女も相当強かったのに、あの小さい人には手も足も出ていない。そりゃそうよね。理不尽過ぎる、誰も勝てっこない能力だもの……)

 とおどうあやが無傷な理由、それは単に彼女の圧倒的な能力にある。
 それは戦っているはなの方が嫌という程思い知っているだろう。
 はなは膝を突いて血を吐き、口惜しそうにとおどうを仰ぎ見ている。

「六摂家当主、これ程の化物とは……。わたしが今まで戦ってきたいぬ共とはまるで次元の違う強さだ……」
「ふん、そもそも貴様らきような叛逆者の賊共が真の強者とまとにぶつかることはめつにあるまい。大部分の活動は地主や企業、金融機関といった抵抗手段の乏しい弱者を安全圏から襲うなどという情けないものじゃ。我ら六摂家当主は皇族方を除けばこうこくける最高戦力、貴様らがわずかにでも及ぶと思うが間違いじゃろう」

 とおどうの丸く大きな眼はぞうほのおを宿して静かに燃えていた。
 はなされて身震いしながらも、歯を食い縛って立ち上がった。

「黙れ! 決着はまだ付いちゃいない!」

 はなの髪が伸び、一本の長縄状に編み込まれた。
 それはまさに、まゆづきの体を拘束している縄だ。

じゆつしきしん鞭韻鞭鸚鵡ベインベノム

 長縄状の髪がはなの手に握られ、先端が片喰かたばみ紋様に光った。
 これがはなたまじゆつしきしんの形である。

 はなは髪の長縄をむちの様にとおどうへ向けて振るう。
 この時、その先端の速度は音速を優に超える。
 これは総合力で彼女を上回るわたりりんろうすら出せない速度であり、そのままでもかなりの攻撃力を誇る。
 加えて、先程光った先端には毒が帯びており、打たれると皮膚から浸食してじわじわと衰弱していき、最終的には死に至るのだ。

 恐るべき能力、そうせんたいおおかみきばで三番手の戦闘力という看板に偽り無しのじゆつしきしんである。
 だが、とおどうは無関心を貫いてただその場に立っていた。

「下らん技名なんぞ付けおって。無駄じゃというにの……」

 はなの鞭がとおどうを打ち据える、かに思えた。
 だが鞭の先端はとおどうにあたる直前で急旋回し、そのままはな自身へと襲い掛かる。

「くっ、またか!」

 はなは自らの攻撃をかわそうとする。
 だが、その動きが止まった。
 はなすべ無く自らの鞭を胸に受けてしまった。

「うぐアアアアッッ!!」

 はなは痛みに悲鳴を上げて倒れた。

「な、何故なぜ動けなかった……?」
「簡単じゃよ。宇宙の法則が貴様にそれを許さんかったのじゃ」

 とおどうは苦痛に顔をゆがめるはなを冷たく見下ろす。

「この空間は我が用意した小宇宙じゃ。しかも、単なる隔離空間として用意したわけではない。三千世界の何処かで無数に存在するという多元宇宙から、我にとって都合の良い物理法則を持った宇宙を見繕って入れ替えたものじゃ。しかも状況に合わせて、任意の相手の周囲だけ別の法則を持った宇宙に入れ替えることも可能。わば我が用意した空間に於いて、我は神にも等しい存在となるのじゃ」

 宇宙が誕生したのは約百三十八億年前とされる。
 それ以前の世界は無限に只管ひたすらに広がる無の空間であったとされ、正の因子と負の因子が誕生と消滅を繰り返し、渾沌まろがれたる均衡を保っていた。
 ある時その均衡が破れ、爆発的に「存在」が膨張。
 新たなる秩序が生まれたのが、宇宙の誕生と言われている。

 それは日本書紀に記されたてんかいびゃくの様子をほう彿ふつとさせなくもない。

 しかし、その均衡の崩壊がえんだいきゅうなる無の空間にたった一箇所だけで生じたと言い切れるだろうか。
 それらは無数に生じ、無数の宇宙として膨張し続けているのではないか。
 ――そう考えた説が多元宇宙系マルチバースの一つ、泡宇宙である。

 更に、宇宙の物理法則そのものがこの均衡の崩壊によって生じたものだとすれば、異なる宇宙では異なる物理法則が働いている可能性がある。
 それが無数に存在するとすれば、何処かには自分の要望を十全に満たす物理法則を持った宇宙もまた存在するだろう。

 とおどうあやじゆつしきしんとは、それ程の途方も無いスケールを持ったすさまじい能力である。
 いかはなが強力な戦士であろうと、あまりにも次元が違い過ぎる。

「うぐううううっっ!」

 はなうめごえを上げた。
 鞭の先端が服の破れた箇所から肌に当たったのだ。
 肌はどす黒く変色し、毒が彼女自身をむしばんでいる。

「貴様の胸中を当ててやろうか、小娘。先程までは後悔しておった。敵同士とはいえ、そこに居るもう一人の小娘と共闘すべきじゃったとな。貴様らが出会って即戦いになったところを見ると、どうやらお得意の内ゲバが生じたらしいの。ま、取るに足らん女二人とは言え、つぶし合うならば潰し合わせるのが得策と思い静観しておった。しかし状況が変わり、我自身が働かなくてはならなくなった。故に出て来たのじゃが、貴様はもう一人の女との決着を先延ばしにし、一旦拘束して我に挑みかかった。これが間違いだったという後悔が、先程までの心境じゃろう」

 あおめるはなを見下ろし、とおどうは少女の様な顔に歪んだ笑みを浮かべた。

「しかし、今は後悔を通り越して絶望しておる。何故なら我の能力は、共闘したところでどうにかなるものではないからじゃ。わいしようなる身で我らに、こうこくに戦いを挑んだのが抑もの間違いじゃった、そのような絶望が今の貴様の心境! どうじゃ、当たらずも遠からずといったところじゃろう!」

 毒に苦しむはなとおどうの小さな足が踏み付ける。

「ぐはっ! がはっ!」
「ははははは! 言っておくが我の能力にって貴様の毒すらも我の思うがまま! 元の宇宙とは比較にならぬ程の苦しみにさいなまれるが、元の宇宙では到底考えられん程にしぶとく生き延びてしまう、そんな宇宙法則をけてやったわ! だから死ぬまでの間、精々苦しむが良い! どうせ叛逆者は確定死罪じゃ! ただ殺すのでは面白くないわ!」

 何度もしつようはなを踏み付け、必要以上にいじとおどうには異様な程の憎悪が宿っている。
 だが、そんな様子を見守るまゆづきは奇妙な程落ち着いていた。
 この光景にまゆづきが抱いた感情は、恐怖ではなく単なる困惑だった。

(何だろう……? 明らかにおかしい様に思えるのに、この感覚はどういうこと?)

 まゆづきのうに、二人の男の顔が浮かんだ。
 死んだ仲間の殺人鬼・おりりょうと、拉致の実行犯・わたりりんろう――共に人殺しを何とも思っていない男である。
 ただ後者はまゆづきを恐怖させたが、前者とは普通に接することが出来た。

 今、まゆづきとおどうに抱いた感情は、おりに対するそれに近い。
 つまりまゆづきは、とおどうの憎悪を異常だとは思えなかった。
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