日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第三十九話『華族』 破

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 朱に染まった摩天楼の並木が宵闇に沈んでいく。
 そんなこうこく首都とうきようの街並の中、一台の高級車が黒塗りの長い車体に、夜の街を装う灯をまとって走っている。
 広々とした客席には、三人の男女が腰掛けている。
 主から食事の誘いの命を受けた、第一皇子の近衛侍女・しきしま、誘いを受けたうること、そしてその彼女を送り届けることにした、第二皇女の侍従・かいいんありきよの三名である。

 ことの正面にすわしきしまかいいんは、並ぶと背丈が変わらない。
 かいいんも長身ではあるので、しきしまが女としては相当なのだ。
 長身の女といえば、ことは既にびやくだんあげを見慣れている。
 しかし、どこか抜けているびやくだんに比べると、しきしまりんとした所作は逆に長身が映える程だ。

 だが、ことしきしまにあまり良い印象を持っていなかった。
 彼女は済ました事務的な態度、気取った丁寧な態度を装っているが、その実第一皇子側の要求ばかりを押し付けてくる。

うる様、これより我が主・かみえい殿下に再びまみえられるわけで御座います。くれぐれも、あのかたしんきんを損ねられることなきよう願います」
しんきん? 仮にも一国の皇子様とする訳ですもの。それなりの、さわしかろう態度で接しますよ」
「それなり、では困ります。誠心誠意、あの御方のしんきんにご配慮くださいませ。あの御方が喜べとおつしやれば歓喜に胸を震わせ、楽しめと仰れば享楽に身を委ね、あの御方の賜る全てに全身全霊で最上の謝意をしめしください」

 ことあきてて溜息を吐いた。
 これでは先がおもられる。
 自らの行く末をうれえずにはいられなかった。

「随分とまあほうの様にへつらった態度を要求するのですね。他人をお人形か何かだとでも思っているのかしら、彼は……」
かみ殿下のこころじゆんしんにしてえんだいきゆう。その器のおおしきことは三千世界ずいいちなる、しんさいえいばつの御方であらせられます。侮られることまかりません」
「では、貴女あなた達がわざわざ人形を演じて、彼を道化に祭り上げているというわけね。主君に恥をかせて、本当に良く出来た臣下ですこと」

 ことたまらず、しきしまを辛辣な言葉でとがめてしまった。
 脇ではかいいんが顔を青くしている。
 しきしまことの言葉を受け止める様に目を閉じる。

「……わたくしの使命は……あの御方の夢をまもりすることです」
「それは随分……言い得て妙ね」

 しきしまの吐いた言葉を、ことは少し意外に思った。
 ことに言われた内容を自覚しているような物言いだったからだ。
 その上で、ことはもう少し話を突っ込む。

「でも、人間はいつまでも夢見る少年少女ではいられないでしょう」
「その時は……」

 しきしまは少し言葉に詰まった。
 正しく人形の様だった表情に、初めて色が宿る。
 青白い、底知れぬ畏れが胸の奥底から湧き上がった様に。

「その時は思い知ることになるでしょう。しんばんしよう、三千世界は余すことなくあの御方を幸福にするために、まんぷくたらしめる為に存在していたのだと。それこそが、あらゆるものの存在意義だったのだと……」

 ことは感じた。
 しきしまは、決して主君たるかみえいのことを盲目的に崇拝している訳ではない。
 彼の何かをすさまじく畏れ、不本意ながら従っているのではないか。

しきしまさん、もしかして貴女あなたは……」
うる様、その先は決して口になさらぬよう。わたくしただ、あの御方に変わってほしくない。あの御方に、今の純粋なこころのままで居てほしい」

 移ろう景色がしきしまの横顔を照らす。
 彼女のかすかな表情が、宵闇に隠れていくようだ。

「あの御方はこの上無く心地良い夢を御覧になられているのです。その夢があってこそ、この世界はあの御方にとって真に愛すべきものであると信じていただけているのです。あの御方の大いなる愛が世を包む限りにかせられて、あの御方のあれししは至上のふくいんであるとわたくしは心より信じます。なにとぞ、あの御方の夢を、幻想を壊してしまわぬよう切に願います」

 ことしきしまの静かな言葉に切実を感じた。
 畏れも忠誠心もおそらくは本心なのだろう。
 ことはや反論する気も起きなかった。
 そんな二人に、かいいんが話題を変える。

御婦人方メドモアゼル、間も無くうる様のお召物を見繕う、たつかみ殿下御用達の洋裁店へ到着するでしょう。きゅうごしらえ故、一点物を仕立てることは出来ませんが、きっ皇太子殿下のおんまえさわしき装いが御用意出来るかと存じます」

 自動車は宵に沈む街を走っていく。



    ⦿⦿⦿



 区のこうじまち御所たつかみていからすぎなみ区のきのえ公爵邸までは遠く、徒歩での所要時間は八時間程度である。
 しんって身体能力を強化された航が夕刻に出発して急いでも、辿り着く頃には夜になってしまうのは仕方の無いことだった。

 さきもりわたるず、とうきよう駅できのえ公爵邸の最寄駅であるおぎくぼ駅までの路線を確認した。
 そしてその線路を目印に走っていき、おぎくぼ駅の道案内板できのえ邸近傍の公園へ行く道筋を調べる。
 これらは、一昨日の夜にこときのえ邸付近の地図を電話端末から確認していて、特に最寄り駅近くを通る線路はつぶさに調べていたことが助けになった。
 もつとも、何気なくのぞんでいたわたることの不興を買ったが、かくわたるきのえ邸の最寄駅と近辺の公園を覚えていたのだ。

すがこうこく一の貴族の邸宅、でかい門だ。だが逆に助かる。で間違い無いな」

 目的地に辿り着いたわたるは右腕にちようきゆうどうしんたいの光線砲ユニットを形成した。
 今この時にも、きのえからどんな目に遭わされているか分からない。
 貴重な弾数といえど、出し惜しみしている場合ではないだろう。

 わたるは先ず一発、光線砲で門を破壊した。
 異変に気付いた使用人との交戦を覚悟したが、思いの外静かなものだ。

「行くか」

 わなの可能性も顧みず、わたるきのえ邸の敷地内へと侵入した。
 じゆつしきしんを発動したわたるは、奇妙な充実感に包まれていた。
 何やらすこぶる調子が良い。
 今なら光線砲を、五発と言わず十発は撃てる気がする。

 そしてしばらく庭を進むと、わたるはこの邸宅の異変に気が付いた。
 で火がくすぶっており、何やら人の死体が燃えている。
 わたるが侵入する前に、何者かとのいざこざがあったのだろうか。

「こっちとしては手間が省ける。このまま本館へ殴り込んでやる」

 わたるは走る速度を上げた。
 このまま誰とも遭遇せずに、六摂家最後の公爵・きのえくろ辿たどければ良い――そう思っていた。
 だが、こうこく最大の貴族の邸宅に不法侵入したという事実は、そんな甘い算段をわたるに許さない。

「来たか、めいひのもとの民。貴様はさきもりわたるだな?」

 一人の男がわたるの前に立ちはだかる。
 長身の、鍛えられた武芸者を思わせる男だった。
 まげ状に結った長髪とかみしもに似た服装が、にもといった風情を帯びている。

はたさいぞうめ、あやつろうぜきで衛兵が消えて素通りではないか。お陰でこのわたしが出る羽目になろうとはな……」
「お前は……きのえくろの側近か?」
わたしつきしろさく。この邸宅の主であるきのえくろきようの秘書にして、こうどうしゅとう青年部長だ。これより御相手つかまつる」

 わたるは今目の前に居るこの男の立ち姿を見ただけでただものではないと感じた。
 つきしろさくにはわたりりんろうともたかつがいよるあきとも違う、歴戦の戦士の風格がある。

「出来れば通してほしいし、かなうならはたという女性の居場所に案内してほしいんだがな」
ずうずうしい要求だ。はた嬢よりもむしろ自分の身を心配するが良い。貴様はわたしの仕える公爵・きのえくろ、華族の頂点、こうこく貴族社会の総本山とも呼べる邸宅に不法侵入したのだ。ならば当然、このわたしと手合わせする義務があると思わないか?」

 もちろんわたるも話せば通じるとは思っていない。
 つきしろの言葉は尤もであるし、戦って押し通る他無いだろう。
 わたるは右腕の光線砲を構えた。
 対するつきしろは右手を前に突き出す。

そうしんきくすいりゅうながやり

 つきしろの手に光の粒が集まり、長さ三メートル程のやりが形成された。

そうしんだと? 何だ、それは?」
じゆつしきしんとは系統の異なるしんの深化、そのもう一つの発露だ。極めて珍しく、数え切れる程しか使い手はおらんがな」

 つきしろは槍を構えた。

「尤も、そんなことはどうでも良いこと。貴様はこの場で死ぬのだからな。ではいざ、参る!」

 つきしろの圧が大幅に上がり、わたるは衝突を予感した。
 夜のきのえ邸、その広大な庭園で一つの戦いが始まろうとしていた。
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