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第二章『神皇篇』
第三十九話『華族』 急
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推城朔馬が航に示した新たな神為の力「武装神為」。
その手に握られた長槍は、神々しさすら感じられる荘厳なものだ。
(見ていて解る。あれは僕が形成する武器とは根本的に違う種類のものだ……!)
航は直感した。
今推城が手に持っている槍は、術識神為で形成したものではない。
何処か別の場所に存在した武器を「召喚」したものだ。
しかしながら同時に、単なる物質の槍ではない。
「気になるか、私の『菊水龍尾ノ長鑓』が……」
槍を構えながら、推城は不敵な笑みを浮かべた。
「冥土の土産に教えてやろう。これは私の心の内にある、私の半身たる神器なのだ」
「神器?」
「遙かなる神代の昔、天孫・瓊瓊杵尊の降臨、その折に天照皇大神は天岩戸の件で献上されし神鏡・八咫鏡を天孫に授け、『これを我と心得て祀り上げよ』と託けたと云う。尊き神は己の得た象徴的器具に己が威光を与え、半身たる神も同然の神器とすることが出来るのだ。つまりっ!」
推城は突然、航に向けて刺突を繰り出してきた。
会話を聞いていた航は一瞬、反応が遅れて鋒が脇を掠めてしまう。
その後も、推城は雨霰の様に鋭い付きを放ってくる。
「ふはははは! ただ説明してやるとでも思ったか! 聴き入っていた貴様は面白い程隙だらけだったぞ!」
「くっ!」
航は推城の猛攻を捌くので手一杯だった。
思えば、推城が物珍しい「武装神為」を披露した時点から、この戦いは始まっていた。
そこに引っ掛かりを覚え、まんまと詳細を説明させてしまったことで航は完全にペースを握られ、先制攻撃とその後の攻勢を許してしまった。
(こいつ、戦い慣れてる!)
航は虎の子の光線砲ユニットを防御に回さざるを得なくなっていた。
このままでは砲口が推城へ向かず、狙撃することなど出来はしない。
かと言って、この手練れを相手に他の武器を形成したところで、生兵法が通用するとは思えない。
(出来れば温存したかった……。だが、この状況を打開するにはこれしかない!)
航は左腕にも光線砲のユニットを形成した。
屋渡との戦いで相手の虚を突いて決め手となった兵装だが、右腕が防御で手一杯になった以上、出し惜しみは出来ない。
航は槍の猛攻を防ぎながら、推城に向けて左手の光線砲を放つ。
「喰らえ!!」
狙いは槍を持つ右腕だった。
しかし、推城は咄嗟に放った光線砲を紙一重のところで躱した。
何度も繰り返すが、光線砲の回避は見てからでは絶対に間に合わず、撃つタイミングと軌道を予測しなければならない。
咄嗟の射撃に対してそれをやってのけた推城は、非常に高度なレベルで航の攻撃を読み切ったのだ。
「こいつ、途轍もなく強い!」
航は再度右で推城を狙うが、これも回避されてしまった。
ただ、この攻撃は間合いを開けて仕切り直しを図る為のものだったので、回避の隙に航の方も距離を取って体勢を立て直せただけでも御の字だ。
「ほう、やるな。あの状態から良く凌いだものだ」
推城は再び話し掛けてきた。
つまり、性懲りも無くまた隙を突いてペースを掴もうとしている。
流石に航も乗りはしない。
右腕の砲口を向け、会話の流れを無理矢理絶った。
「同じ手は通用せんか。ならば純粋な槍術で押し通すのみ!」
推城は再び猛然と航に向かって来た。
凄まじい勢いで槍と刺突が繰り出される――かに思われた。
だが意外にも、推城の攻撃は足だった。
勢い良く繰り出された蹴りが土を巻き上げ、塵埃を航の目にぶつけて視界を奪う。
「ぐっ!」
航は思い知った。
推城朔馬は相手の意表を突くのが非常に上手い。
戦いの中で相手が自分の出方に対してどのような先入観を持つか熟知している。
その上、ただの卑怯者ではなく武芸に於いても相当秀でている。
その姿は、宛ら乱世の武士を彷彿とさせる。
髷に裃という姿が実際の戦い方にも反映された強者だ。
「糞っ!!」
航は再び、苦し紛れに光線砲を撃つしかなかった。
再び推城の腕を狙った射撃だったが、光線は不自然に逸れてしまった。
そしてそのまま、推城は鋭い突きを繰り出す。
視界の定まりきらない航は攻撃を回避し切れない。
「でぇヤアアアアあッッ!!」
槍の鋒が航の胸を捉えた。
死を覚悟した航だったが、槍は先端が僅かに食い込むに留まり、それ以上刺さらない。
「む……?」
視力の戻った航だけでなく、目を眇めた推城も何が起きたか一瞬解らない様子だった。
だが次の瞬間、推城の槍が中腹辺りで折れた。
鋭い刺突の勢い余って、折れた槍先は錐揉み回転しながら飛んで行って、夜の闇に紛れた。
「武器破壊……まさか私の武装神為が敗れるとは……」
実は、刺突の直前に航が放った光線は槍の柄に当たっていた。
不自然に軌道が逸れたのはこの為だった。
つまりその時、推城の槍は既に破壊されていたのだ。
「我が分身たる『菊水龍尾ノ長鑓』が破壊されては詮方あるまい。ここは私の負けとしておいてやろう」
「なんだと?」
航は構えを解かない。
何度も意表を突かれたのだから当然である。
しかし推城はそんな航の目を見て敵意の無い笑みを浮かべると、折れた槍の柄を右へと向けた。
「武装神為は己の内なる神の半身。心の中にある神なる武器を具現化したもの。術識神為と違いどれだけ多用しようとも神為を消耗することは無いが、代わりに破壊されて再構築する場合は大きく神為を失う。つまり、これ以上貴様と戦うのは少々骨が折れる、割に合わんと判断した」
戦う前とは打って変わって、忠誠心の乏しい言葉だった。
航は推城をじっと見ている。
今まで満ち満ちていた圧が消え、確かに神為も大きく失われている。
少なくとも、推城が不利になったのは事実の様だ。
「甲公爵閣下を御守りする道理はあっても、命まで張る義理は無い。あの男の行いが唾棄すべきものであるのも確かだしな。だからこの結果に免じて、貴様の希望に添ってやろうではないか」
推城は右方向を指し示した槍の柄を動かした。
「今我々が立っている道を先に進めば、甲卿が普段寝食する本館に辿り着く。だが、今あそこに彼は居ない。今私が示す先にある小屋は地下室に続いており、そこには意に沿わぬ者を折檻という名の拷問に掛ける道具が揃っている。甲卿は水徒端嬢を甚振るつもりで先程そこへと入っていった」
「何……?」
航の目に怒りの焔が宿った。
甲が早辺子に酷い仕打ちをしていると改めて聞かされ、心穏やかではなかった。
そんな航の様子を見て、推城は何やら謀を含む様に口角を上げる。
「その地下室の更に奥には……」
「案内ありがとう!」
航は推城の話を最後まで聴かぬまま、槍の柄が指し示していた方向へと駆け出した。
推城は背を向けたまま、航を追い掛けようとしない。
航がいなくなった後で、推城の手から槍の柄が消えた。
「思いの外やりおる。八社女の報告よりも出来る男ではないか。神為の大きさも中々のものだ。八社女の見る目が無かったのか、或いは……」
推城の表情から笑みが消えた。
「鷹番夜朗を退けたことで、内なる神の格が上がり、神為量が増したか……」
神為の強さはその者の神性に依存する。
それは自信の裏付けであったり、家格であったり、様々な要因で変化する。
航の神為が乏しかったのは、彼が何の変哲も無い一人の凡庸なる青年で、更には魅琴に劣等感と如何わしい性癖を抱えて自信に欠けていたからだ。
だが今、航は既に鷹番夜朗を打倒している。
それは自信の欠如をある程度解消する勝利であったが、それ以上に「六摂家当主の一角を落とした者」という格が航に備わった。
その事実が航の持つ内なる神を昇格させ、神為を大きく増したのではないか――推城が呟いたのは、そういう推察である。
⦿⦿⦿
煉瓦に囲まれた地下室、その暗闇の中、ゆらゆらと揺れる蝋燭の灯が狂気に満ちた甲の笑みと縛り吊るされた早辺子の姿を照らしていた。
甲の手には物々しい鞭が握られており、既に何発も打ったらしくが血が滴っている。
対して、早辺子は衣服こそボロボロに破れているものの、傷や痣は意外な程少ない。
だが彼女の顔は、憔悴と疲労で有られも無い表情を曝していた。
「貴様の様な、華族とは名ばかりの下賤な者にも東瀛丸が与えられる理由を知っているか?」
早辺子に激しい鞭が撃ち込まれる。
「あぎぃっ!! あぁーっ!!」
「下級貴族の子女は乃公ら真に尊き貴族に仕えるものと相場は決まっておる。神為を身に付けさせれば、身体能力や認識力の面で使用人として役に立ち、耐久力や恢復力の面でそれ以外の用途にも都合が良いのだ。この様にな!」
何度も鞭が跳び、早辺子の絶叫が谺する。
「それにしても、先程から叫んでばかりではないか。少々拍子抜けだぞ」
早辺子は答えない。
父を殺される前ならば許しを乞いもしただろう。
だが今の早辺子には、最早甲に対して配下としての意識など一片たりとも無かった。
「ふん、つまらんな。悲鳴一辺倒では飽きてしまう。ここは少し、趣向を変えてみるとしようか。なあ?」
「っ……!」
卓上に並べられた悍ましい拷問器具が早辺子の眼に留まった。
鞭などが生易しく思える、使用されればそれだけで取り返しの付かない損傷を与えるであろう物が揃えられている。
流石に早辺子の顔から血の気が引いた。
「扨て、何処まで折れずにいられるか、楽しみだな」
甲は小さな鉄の筒を摘まみ上げた。
指サックの様であるが、卵をスライスする調理道具の様に、糸刃がずらりと並んでいる。
おそらく、囚人の指に嵌めて少しずつ輪切りにしていくのだ。
指は神経が集中しているので、地獄の苦しみだろう。
「乃公はこれが好きでな。拷問を終えた後も、愚かな使用人は指の幻肢痛に悩まされ続け、痛む度に乃公に逆らったことを激しく後悔するのだ。貴様も素直になれるぞ」
甲が早辺子の指に器具を嵌めようとした、その時だった。
地下室の扉が蹴破られ、一人の青年が入ってきた。
「お前が甲夢黝か」
青年・岬守航は怒りに満ちた表情で甲を睨み付ける。
甲は器具を卓上に戻すと、航と向き合った。
「身の程知らずの下賤な男めが。乃公を皇別摂家当主、公爵・甲夢黝と知っての狼藉ならば、死の覚悟は出来ておろうな……」
「俺が下賤ならお前は下衆だろ。俺の恩人を、早辺子さんを放してもらうぞ」
今、六摂家当主との最後の戦いが幕を開けようとしていた。
その手に握られた長槍は、神々しさすら感じられる荘厳なものだ。
(見ていて解る。あれは僕が形成する武器とは根本的に違う種類のものだ……!)
航は直感した。
今推城が手に持っている槍は、術識神為で形成したものではない。
何処か別の場所に存在した武器を「召喚」したものだ。
しかしながら同時に、単なる物質の槍ではない。
「気になるか、私の『菊水龍尾ノ長鑓』が……」
槍を構えながら、推城は不敵な笑みを浮かべた。
「冥土の土産に教えてやろう。これは私の心の内にある、私の半身たる神器なのだ」
「神器?」
「遙かなる神代の昔、天孫・瓊瓊杵尊の降臨、その折に天照皇大神は天岩戸の件で献上されし神鏡・八咫鏡を天孫に授け、『これを我と心得て祀り上げよ』と託けたと云う。尊き神は己の得た象徴的器具に己が威光を与え、半身たる神も同然の神器とすることが出来るのだ。つまりっ!」
推城は突然、航に向けて刺突を繰り出してきた。
会話を聞いていた航は一瞬、反応が遅れて鋒が脇を掠めてしまう。
その後も、推城は雨霰の様に鋭い付きを放ってくる。
「ふはははは! ただ説明してやるとでも思ったか! 聴き入っていた貴様は面白い程隙だらけだったぞ!」
「くっ!」
航は推城の猛攻を捌くので手一杯だった。
思えば、推城が物珍しい「武装神為」を披露した時点から、この戦いは始まっていた。
そこに引っ掛かりを覚え、まんまと詳細を説明させてしまったことで航は完全にペースを握られ、先制攻撃とその後の攻勢を許してしまった。
(こいつ、戦い慣れてる!)
航は虎の子の光線砲ユニットを防御に回さざるを得なくなっていた。
このままでは砲口が推城へ向かず、狙撃することなど出来はしない。
かと言って、この手練れを相手に他の武器を形成したところで、生兵法が通用するとは思えない。
(出来れば温存したかった……。だが、この状況を打開するにはこれしかない!)
航は左腕にも光線砲のユニットを形成した。
屋渡との戦いで相手の虚を突いて決め手となった兵装だが、右腕が防御で手一杯になった以上、出し惜しみは出来ない。
航は槍の猛攻を防ぎながら、推城に向けて左手の光線砲を放つ。
「喰らえ!!」
狙いは槍を持つ右腕だった。
しかし、推城は咄嗟に放った光線砲を紙一重のところで躱した。
何度も繰り返すが、光線砲の回避は見てからでは絶対に間に合わず、撃つタイミングと軌道を予測しなければならない。
咄嗟の射撃に対してそれをやってのけた推城は、非常に高度なレベルで航の攻撃を読み切ったのだ。
「こいつ、途轍もなく強い!」
航は再度右で推城を狙うが、これも回避されてしまった。
ただ、この攻撃は間合いを開けて仕切り直しを図る為のものだったので、回避の隙に航の方も距離を取って体勢を立て直せただけでも御の字だ。
「ほう、やるな。あの状態から良く凌いだものだ」
推城は再び話し掛けてきた。
つまり、性懲りも無くまた隙を突いてペースを掴もうとしている。
流石に航も乗りはしない。
右腕の砲口を向け、会話の流れを無理矢理絶った。
「同じ手は通用せんか。ならば純粋な槍術で押し通すのみ!」
推城は再び猛然と航に向かって来た。
凄まじい勢いで槍と刺突が繰り出される――かに思われた。
だが意外にも、推城の攻撃は足だった。
勢い良く繰り出された蹴りが土を巻き上げ、塵埃を航の目にぶつけて視界を奪う。
「ぐっ!」
航は思い知った。
推城朔馬は相手の意表を突くのが非常に上手い。
戦いの中で相手が自分の出方に対してどのような先入観を持つか熟知している。
その上、ただの卑怯者ではなく武芸に於いても相当秀でている。
その姿は、宛ら乱世の武士を彷彿とさせる。
髷に裃という姿が実際の戦い方にも反映された強者だ。
「糞っ!!」
航は再び、苦し紛れに光線砲を撃つしかなかった。
再び推城の腕を狙った射撃だったが、光線は不自然に逸れてしまった。
そしてそのまま、推城は鋭い突きを繰り出す。
視界の定まりきらない航は攻撃を回避し切れない。
「でぇヤアアアアあッッ!!」
槍の鋒が航の胸を捉えた。
死を覚悟した航だったが、槍は先端が僅かに食い込むに留まり、それ以上刺さらない。
「む……?」
視力の戻った航だけでなく、目を眇めた推城も何が起きたか一瞬解らない様子だった。
だが次の瞬間、推城の槍が中腹辺りで折れた。
鋭い刺突の勢い余って、折れた槍先は錐揉み回転しながら飛んで行って、夜の闇に紛れた。
「武器破壊……まさか私の武装神為が敗れるとは……」
実は、刺突の直前に航が放った光線は槍の柄に当たっていた。
不自然に軌道が逸れたのはこの為だった。
つまりその時、推城の槍は既に破壊されていたのだ。
「我が分身たる『菊水龍尾ノ長鑓』が破壊されては詮方あるまい。ここは私の負けとしておいてやろう」
「なんだと?」
航は構えを解かない。
何度も意表を突かれたのだから当然である。
しかし推城はそんな航の目を見て敵意の無い笑みを浮かべると、折れた槍の柄を右へと向けた。
「武装神為は己の内なる神の半身。心の中にある神なる武器を具現化したもの。術識神為と違いどれだけ多用しようとも神為を消耗することは無いが、代わりに破壊されて再構築する場合は大きく神為を失う。つまり、これ以上貴様と戦うのは少々骨が折れる、割に合わんと判断した」
戦う前とは打って変わって、忠誠心の乏しい言葉だった。
航は推城をじっと見ている。
今まで満ち満ちていた圧が消え、確かに神為も大きく失われている。
少なくとも、推城が不利になったのは事実の様だ。
「甲公爵閣下を御守りする道理はあっても、命まで張る義理は無い。あの男の行いが唾棄すべきものであるのも確かだしな。だからこの結果に免じて、貴様の希望に添ってやろうではないか」
推城は右方向を指し示した槍の柄を動かした。
「今我々が立っている道を先に進めば、甲卿が普段寝食する本館に辿り着く。だが、今あそこに彼は居ない。今私が示す先にある小屋は地下室に続いており、そこには意に沿わぬ者を折檻という名の拷問に掛ける道具が揃っている。甲卿は水徒端嬢を甚振るつもりで先程そこへと入っていった」
「何……?」
航の目に怒りの焔が宿った。
甲が早辺子に酷い仕打ちをしていると改めて聞かされ、心穏やかではなかった。
そんな航の様子を見て、推城は何やら謀を含む様に口角を上げる。
「その地下室の更に奥には……」
「案内ありがとう!」
航は推城の話を最後まで聴かぬまま、槍の柄が指し示していた方向へと駆け出した。
推城は背を向けたまま、航を追い掛けようとしない。
航がいなくなった後で、推城の手から槍の柄が消えた。
「思いの外やりおる。八社女の報告よりも出来る男ではないか。神為の大きさも中々のものだ。八社女の見る目が無かったのか、或いは……」
推城の表情から笑みが消えた。
「鷹番夜朗を退けたことで、内なる神の格が上がり、神為量が増したか……」
神為の強さはその者の神性に依存する。
それは自信の裏付けであったり、家格であったり、様々な要因で変化する。
航の神為が乏しかったのは、彼が何の変哲も無い一人の凡庸なる青年で、更には魅琴に劣等感と如何わしい性癖を抱えて自信に欠けていたからだ。
だが今、航は既に鷹番夜朗を打倒している。
それは自信の欠如をある程度解消する勝利であったが、それ以上に「六摂家当主の一角を落とした者」という格が航に備わった。
その事実が航の持つ内なる神を昇格させ、神為を大きく増したのではないか――推城が呟いたのは、そういう推察である。
⦿⦿⦿
煉瓦に囲まれた地下室、その暗闇の中、ゆらゆらと揺れる蝋燭の灯が狂気に満ちた甲の笑みと縛り吊るされた早辺子の姿を照らしていた。
甲の手には物々しい鞭が握られており、既に何発も打ったらしくが血が滴っている。
対して、早辺子は衣服こそボロボロに破れているものの、傷や痣は意外な程少ない。
だが彼女の顔は、憔悴と疲労で有られも無い表情を曝していた。
「貴様の様な、華族とは名ばかりの下賤な者にも東瀛丸が与えられる理由を知っているか?」
早辺子に激しい鞭が撃ち込まれる。
「あぎぃっ!! あぁーっ!!」
「下級貴族の子女は乃公ら真に尊き貴族に仕えるものと相場は決まっておる。神為を身に付けさせれば、身体能力や認識力の面で使用人として役に立ち、耐久力や恢復力の面でそれ以外の用途にも都合が良いのだ。この様にな!」
何度も鞭が跳び、早辺子の絶叫が谺する。
「それにしても、先程から叫んでばかりではないか。少々拍子抜けだぞ」
早辺子は答えない。
父を殺される前ならば許しを乞いもしただろう。
だが今の早辺子には、最早甲に対して配下としての意識など一片たりとも無かった。
「ふん、つまらんな。悲鳴一辺倒では飽きてしまう。ここは少し、趣向を変えてみるとしようか。なあ?」
「っ……!」
卓上に並べられた悍ましい拷問器具が早辺子の眼に留まった。
鞭などが生易しく思える、使用されればそれだけで取り返しの付かない損傷を与えるであろう物が揃えられている。
流石に早辺子の顔から血の気が引いた。
「扨て、何処まで折れずにいられるか、楽しみだな」
甲は小さな鉄の筒を摘まみ上げた。
指サックの様であるが、卵をスライスする調理道具の様に、糸刃がずらりと並んでいる。
おそらく、囚人の指に嵌めて少しずつ輪切りにしていくのだ。
指は神経が集中しているので、地獄の苦しみだろう。
「乃公はこれが好きでな。拷問を終えた後も、愚かな使用人は指の幻肢痛に悩まされ続け、痛む度に乃公に逆らったことを激しく後悔するのだ。貴様も素直になれるぞ」
甲が早辺子の指に器具を嵌めようとした、その時だった。
地下室の扉が蹴破られ、一人の青年が入ってきた。
「お前が甲夢黝か」
青年・岬守航は怒りに満ちた表情で甲を睨み付ける。
甲は器具を卓上に戻すと、航と向き合った。
「身の程知らずの下賤な男めが。乃公を皇別摂家当主、公爵・甲夢黝と知っての狼藉ならば、死の覚悟は出来ておろうな……」
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