日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第四十話『天敵』 序

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 その光景を見て、はたは後悔していた。
 地下室でるされてむちたれるのは今日初めてではない。
 卓上に並べられたおぞましい拷問器具を使われるのも、いずれ避けられないことだったろう。

 だがこの日、は既に愛する人を一人うしなっている。
 それはきのえ公爵家で自分が受けている待遇を、知己の伯爵・ひばりしきおりに伝えてしまったことに始まった悲劇である。

 ひばりしき伯爵家は旧華族とつながる有力な新華族で、はた男爵家とも家族ぐるみでの縁がある。
 また、当主のひばりしきおりこうどうしゆとうを創設した一人であり、その動機には六摂家から受けた或る仕打ちの強い恨みがあった。
 そんなひばりしき家に、が六摂家の一角・きのえ公爵家で受けている待遇が伝われば、彼女の実家であるはた男爵家にまで伝わってしまうのは当然だった。
 結果的にの弱音が父の男爵・はたさいぞうの討ち入りを招き、命を落とす遠因となってしまった。

 今、父を奪った公爵・きのえくろの前に、愛する人がもう一人現れてしまった。
 そうせんたいおおかみきばあおもり支部から脱出させて以来、二度と会うことは無いと思っていた男・さきもりわたる
 それが今、いつかの夜と同じ怒りのきのえに向けている。
 の現状をかで知って駆け付けたとすれば、その遠因もまた自分がひばりしきに泣きついてしまったことだろう。

さきもり様、おやめください! わたくしのことは構わず、貴方あなたは御自身の帰国だけをかんがえください! 貴方あなただけでなく、他の者の身も掛かっているのですよ!」

 は声を振り絞ってこう叫んだが、もう手遅れだろう。
 きのえくろは今更引き下がったところで許すような男ではない。
 わたるは事の重大さがわかっているのだろうか。

「やめない。貴女あなたを傷付けたこの男を、絶対にこのままにはしない。帰国のことは心配しなくて良い。こいつをぶちのめしておれのやったことを不問にさせれば済む」
さきもり様、貴方あなたは一体何をおつしやっているのですか? それで済むはずが無いでしょう!」

 は困惑を禁じ得なかった。
 わたるが何を言っているのか解らない。
 事の重大さが解っているかどうかではなく、怒りのあまり既に前後不覚になっているのかも知れない。
 あの夜もその激情が奇跡を起こしたのだろうが、今はそれがあだになったとしか思えない。

「ほおぉう……?」

 わたるの物言いに、きのえは若々しい額に青筋を浮き立たせて怒りをしにしていた。
 大礼服によわい七十代とは思えぬ筋肉の張りが浮き上がる。
 わたるきのえ、二人の怒りが闇の中で牙を向き合い激しい火花を散らしていた。

「初めてだ……。だいこうに対し、ここまでめた口を利いた下郎は……」

 ろうそくの灯でれんの壁に映ったきのえの影がゆらりと揺れる。
 彼の方から先に仕掛けるつもりだ。

「その両腕……既に能力は発動済みなのか。ならば面倒だが、ちらも手動で能力を発動して解析せねばならん。大した手間ではないがな。どぉれ……」

 きのえは両腕をひろげた。
 彼の能力は相手が能力を発動しようとした時に自動的に発動するのだが、一方でこの様に自分の意思で発動することも出来るのだ。

「覚悟せよ! 貴様の能力を丸裸にし、無用の長物に改変してやろう! 『じゆつしきしん・発動』!」

 きのえしんわたるの潜在意識に接続し、じゆつしきしんの詳細な内容を読み取ろうとする。
 そうしてきのえにとって都合の良いように改変されてしまえば、もうわたるすべは無い。
 は絶望から目を背けた。

 しかし、ここで異変が起こった。
 いな、というより、起こる筈の事が何も起こらなかった。

「む、どうした……?」

 きのえは何やら戸惑っている。

何故なぜ時が止まらぬ? 解析出来ぬ? 潜在意識からじゆつしきしんの内容が何も読み取れぬではないか。もう一度、『じゆつしきしん・発動』!」

 きのえは再度能力の発動を試みたようだが、やはり何も起こらない。
 きのえいらちから舌打ちした。

「チッ、何だ。間違いかと思ったが、潜在意識にじゆつしきしんの内容が刻まれていないということか。つまりやついまだにじゆつしきしんに完全覚醒していないということではないか」

 そう、きのえの読み通り、わたるの第三段階、じゆつしきしんの覚醒は未だに不完全なままである。
 それは前日にうることも指摘している。
 そして、わたるはこの状態に至るために、潜在意識に作り出したことの幻影から呼び掛けを必要としている。
 つまり、わたるは潜在意識ですら自分の能力を理解していないのである。

 きのえから、というより、も含むじゆつしきしんの使い手からすると、これは信じられないレベルの未熟さである。
 きのえの表情からは怒りがせ、代わりに侮蔑的な冷笑が浮かび上がる。

やその程度の分際でだいこうに大口をたたいたとはな。そんな雑魚ざこに能力など必要無い。皇別摂家の当主として、圧倒的なしん量のみでせてくれる!」

 胸の前に持って来たきのえの両てのひらの間に巨大な光の球が形成される。
 きのえくろこうこくでも最上位の貴族である。
 その家柄故に備えた強大なしんは、身体能力の強化を通り越して攻撃のエネルギーに転化すらしてしまう。
 それを解き放つだけで、きのえは充分過ぎる破壊力をもつて敵の軍勢を跡形も無く消滅させてしまうのだ。

「消えよむしァ!」

 きのえは腕を突き出し、わたるに向けて光の破壊エネルギーを解き放とうとした。
 しかしその瞬間、わたるの射撃がきのえの右膝にてられ、きのえは体勢を崩した。

「うぐぁアッッ!!」

 光のエネルギーは上方に向けて放たれ、天井を擦り抜けていった。
 きのえは崩れそうになるも、すぐに膝の傷を修復して体勢を立て直す。

「ば、な。だいこうの耐久力を突破する威力だと……?」

 しんが強大になれば、当然に第一段階である耐久力や回復力・生命力もそれに比例して上昇する。
 きのえにとって、じゆつしきしんに完全覚醒していない相手の攻撃などでもない筈だった。
 しかし、わたるが形成しているのはちょうきゅうどうしんたいの光線砲ユニットである。
 その破壊力は、きのえの耐久力を以てしても貫通されてしまう程ものだった。

「そう来るのならだいこうにも別の戦い方がある……!」

 きのえは再び両腕を拡げた。
 きのえの能力は相手のじゆつしきしんを解析し、その能力を改変、そして自分自身にも相手に合わせた能力をでつげるというものだ。
 彼は今、この第三の能力を使い、わたるにとってどうしようもない理不尽な能力を身に付けて反撃しようとしていた。
 しかし、わたるの射撃が素早く両肩を貫く。

「ぐああっっ!?」

 既にきのえわたるを攻撃しており、この動きも警戒されて当然だった。
 はやきのえは自分の能力を発動させてもらえない。
 わたるの怒りが冷徹にきのえを攻め立てる。

「おのれ! 雑魚の分際で調子に乗るな!」

 きのえは素早く肩の傷を修復し、再び単純な破壊力を掌から解き放とうとする。
 だが、これもわたるの早撃ちで腕を貫かれて未然に防がれてしまう。
 きのえは強大すぎるしんと強力過ぎる能力に頼るあまり、基礎的な戦闘力を全く鍛えていなかった。

「この……この下郎が! だいこうを誰と心得る!」
「お前が誰だろうと、くちげんをしに来たんじゃないんだよ」
「おのれェッ! ガアアアアアッッ!!」

 打つ手が無くなって錯乱したのか、きのえは闇雲にわたるへと飛び掛かった。
 だが当然、そんなわるきがわたるに通る筈が無い。
 わたるは光線砲ユニットできのえの顔面を殴り飛ばした。
 きのえは卓上へと倒れ、自身で用意した拷問器具を派手にぶちけた。

「莫迦な……こんな……! うおっ!?」

 きのえは卓上から転げ落ちた。
 そして迫る来るわたるの怒りに満ちた眼を仰ぎ見る。
 それはさながら、天敵であるもうきんるいにらまれた蛇といった構図であった。
 実際、じゆつしきしんを解析出来ないにもかかわらず強力な能力を使う脅威の未覚醒者・さきもりわたるは、こうこく貴族でも最強の能力者である筈のきのえくろにとって、まさかの天敵だった。

「莫迦な! 冗談じゃない!! こんなぼんくらが! 逆に才能が無さ過ぎてだいこうを追い詰めるだと!? あり得ぬ! あってはならぬ!!」
「追い詰められている割には随分莫迦にしてくれるな。どうする? 降参するか?」

 きのえみし、屈辱をめている。
 彼が負った傷はすぐに跡形も無く修復され、戦闘の継続には何ら支障は無いだろう。
 だが、このままではきのえに勝ち目は無かった。
 その事実が、彼にとってがたい事実が、尻餅をいたきのえを壁際まで後退させる。

「畜生……畜生ォォォッッ!!」

 きのえは壁の煉瓦の一つを殴ってくぼませた。
 すると勢い良く壁が崩れ、隠し通路が現れた。
 きのえわたるに背を向けると、一目散に通路へと逃げ込んで行った。

「何だ、こんなものか。あんなのがぼく達を狙ってた、六摂家当主とかいう大貴族の親玉なのか?」

 あまりにも一方的に叩きのめして退散させてしまい、わたるはすっかり拍子抜けしてしまった様だ。
 頭を掻くその表情からも怒りが抜け、元のいとけない童顔が戻ってきている。
 そんなわたるが、吊るされていたを解放する。
 思わぬ再会、またしても劇的に助けられただったが、その胸中は感動よりも戸惑いの方が大きかった。
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