日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第四十話『天敵』 破

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 高く高く上っていく昇降機エレベーターの中に、三人の男女が並んでいる。
 うることを挟んで二人の侍従と侍女――かいいんありきよしきしまが、まるで護衛する様に、あるいは逃がさぬとでもうかの様に構えている。
 部屋全体を取り囲む窓の外では、こうこく首都とうきようの華々しい夜景が小さくなっていく。
 この最上階に居を構える高級料理店に、あの男が待っている。

 ことは息を整えた。
 これから会う相手は一国の皇太子である。
 生半可な気持ちで前には出られない。
 そんな彼女に、しきしまが念を押す。

うる様、車内でわたくしが申し上げましたこと、ゆめゆめお忘れ無きよう……」

 ことは何も答えない。
 そしてしきしまもそれ以上は何も言わなかった。
 最初から答えなどはいていない、これは要求ではなく命令だ、といったところだろうか。

 昇降機エレベーターが止まり、ゆっくりと扉が開く。
 見るからに上質な赤じゆうたんに踏み出すと、居並ぶ従業員達が一斉に頭を深く下げた。
 そして洋装に身を包んだ一人の男が三人の前に出て、うやうやしく挨拶する。

「いらっしゃいませ。うる様、で御座いますね。お連れ様がお待ちで御座います。案内いたしましょう」

 三人は先導に従い、店内を歩いて行く。
 すがは皇族、この階を占める高級料理店を貸し切りらしく、他に客は見当たらない。
 そして店の奥、壁一面の大窓からきらぼしの様な夜景が一望出来る特等席では、食卓の脇にゴシックスタイルの服装を身にまとった女が控えており、席には白金色の長く美しい髪をした偉丈夫がことに背を向けてすわっていた。

「殿下、お連れ様が御来店です」

 店員のしらせを受けて、男はおもむろに立ち上がった。
 二一六センチの長身が高々とそびち、圧倒的な存在感を示してはばからない。
 偉丈夫――こうこく第一皇子・かみえいことの方へ振り向くと、眉目秀麗な顔に満面の笑みを浮かべた。

「来たか、びたぞ」

 かみは両腕をひろげ、ことに歓迎の意思を表した。

「相変わらず実に見目うるわしい。壮健そうで何よりだ」

 対して、ことかみに頭を下げる。

「御無沙汰しております、皇太子殿下。本日はお誘いにあずかり、光栄の至りに存じます」
「まあそう硬くなるな。おれの事も名前で呼んでくれて構わん。さあ、席に着くが良い。の料理はとうきように数ある名店の中でも絶品中の絶品。このおれが保証する」

 ゴシックスタイルの装いを身に着けたかみの近衛侍女・りゆういんしらゆきが上座の椅子を引き、かみが席に着くよう促した。
 一瞬、席に向かうことりゆういんが合ったが、心做しかりゆういんの視線には敵意が潜んでいる。
 一方でことは、そんなりゆういんとがめる様なかいいんの視線もまた背後から感じていた。

(どうやら思っていたよりも複雑な事情がありそうだ。しきしまさんは何か事情や思うところあってかみえいに表面上盲従している。りゆういんさんはわたしかみに誘われたことを快く思っていない。そして、かいいんさんはそんな状況からわたしを守ろうとしている……)

 そして上座に腰掛けたことは、かみと相対した。

(何一つ他意の見えないな笑顔……まるで子供みたい……)

 ことは車内でしきしまと話した内容を思い出していた。

(いや、「みたい」じゃなくて、本当に子供なのか……)

 しきしまの話から推察するに、かみえいの世界観は生まれたままの全能感――幼児的万能感を修正されずに保っているに違いない。
 それを思えば、先日大人しく引き下がってくれたのは、むしろ奇跡的であった。
 あの後、第二皇女・たつかみによって航達との合流に道筋が立ったということは、宣言通りに助力してくれたのだろう。
 それを思えばかみえいの人柄は、まま放題に育った割に純粋で善良なのかも知れない。

て、ずは食事だ。大事な話もあるが、それは此処の料理にひとしきり舌鼓を打ってからにしようではないか」

 胸を弾ませ心を躍らせる感情を隠そうともしないかみの様子に、ことは引き続きしきしまの言葉を思い出した。

わたくしただ、あのかたに変わってほしくない。あの御方に、今の純粋なこころのままで居てほしい』

 ことしきしまの言葉が少しわかる様な気がした。



    ⦿⦿⦿



 たつかみていは騒然としていた。
 さきもりわたるが血相を変えて出て行ったと、使用人の一人から第二皇女・たつかみと女公爵・とおどうあやに報告が上がったのだ。
 たつかみとおどうわたるが飛び出した詳細な時間や彼が前後に取った行動から、原因をはた男爵からの電話が漏れたこと、目的をきのえ公爵邸へ殴り込みを掛けに行ったのだと推察した。
 緊急の事態に、たつかみとおどうだけでなく日本国の者達も同室に集め、話し合いの場を設けて卓を囲っていた。

「あの! たつかみ殿下がわざわざ御食事の機会を設けられてまで御忠告なさった言葉をその日の内から無視しおって!」

 とおどうは激怒していた。
 当日の朝、たつかみははっきりと外を出歩かないように伝えていたはずだった。
 そのたつかみもまたけんしわを寄せ、白地あからさまに立腹を表に出している。

殿、はたは彼らの恩人だと言っていたね……」
「はい。おおかみきばに潜入していた、部下のという男が脱走時の詳細を伝えてくれました。はたの尽力無しに、今回の脱出劇はあり得なかったと」
「成程。危険を顧みず、わらわの忠告に背いてまで、強大な相手のもとへと無謀にも立ち向かっていったというわけか。勇敢で結構な事じゃないか」
「なんで一人出て行くんじゃ! 我らに相談せんか! 頭がおかしいのか!」

 一方で、わたるの仲間達もそれぞれの考えを述べる。

「ま、要するに例のきのえとかいうやつをぶちのめせば良いんだろ?」
あぶ君、流石にそういう訳じゃないと思う。さきもり君が何を考えているか解らないよ……」
「今回ばかりはずみに同意なのだよ」
「思い返せば、彼には少し向こう見ずなところはあったけど……」

 おそらく深く考えていないあぶしんを除き、おおむわたるの行動にはいや定的なようだ。
 また、彼らを預かっているきゅうびやくだんあげも困り果てていた。

一寸ちよつとこれは拙いですねー。きのえくろに帰国を阻む大義名分を与えちゃいますよー」
すめらぎ先生にこのこと伝えて、日本国としての対応を検討してもらわねばならんな」

 共通しているのは、さきもりわたるがこの様な行動に出た事について、皆理解に及んでいないということだ。
 否、ただ一人だけ想像の付いている人物が居た。
 たつかみが手をたたき、全員の注意を引いた。

「帰国に関しては多少の問題ならばせるだろう。元々、きのえに対抗する手立てを打っているからね。それに関しては、先程わらわの弟・第三皇子のみずちかみけんから連絡があった。きのえの件も含めて、く事が運べばさきもり君のことはどうにかなるだろう」

 日本国の面々にあんの空気が流れた。
 しかし、たつかみは溜息を吐いて付け加える。

「但し、さきもり君の事は帰国まで拘禁させてもらう」
「え? な、何もそこまで……」

 ずみふたたつかみの言葉に疑問を呈したが、たつかみの眼は一片たりとも揺るがない。
 日本とこうこくでは人権に対する扱いが異なり、強行的な措置にためいが無い――その違いがよく現れた眼だった。
 ふたがたじろいだのも無理は無い。

わらわは思い違いをしていた。さきもりわたるのことを、単なるおひとしでれいごと好きの甘ちゃんだと思っていた。だが、どうやらそうではない。知り合いに一人、似た様な人物を知っている……」

 たつかみの眼にはうれいの光が宿っていた。

さきもりわたるは狂人なんだよ。彼は自分の中に行動規範を支配する何者かをまわせている。わば奴隷なんだ。それの命令を受けてしまうと決して他人の言う言葉に折れなくなってしまうし、後先考える余裕も無く行動に出てしまう。仮令たとえその先にどんな破滅が待っていようとも……」

 に落ちない、といった様子の皆を横目に、たつかみは席を立った。

「行くところがある。とおどう、悪いがもう一度留守を預かってくれ」
かしこまりました、たつかみ殿下」

 たつかみは一人、部屋を後にした。



    ⦿⦿⦿



 きのえ公爵邸、れんづくりの地下室でわたるは、解放されて力無く崩れ落ちるの体を抱き留めた。

さきもり様……嗚呼ああさきもり様。わたくしために何ということを……」
「気にしなくて良いさ。さっきも言ったけど、あいつをとっちめて不問にさせれば済む」
「そのような道理、通る筈が無いでしょう。貴方あなた、正気ですか?」

 大丈夫、とわたるに根拠無く言い聞かせた。
 わたるの行動に戸惑いの表情を見せているものの、その眼を潤ませてわたるをじっと見詰めている様子から、おもいは今も変わっていないと見て取れる。

 しかしその時、二人の再会に激しい地響きが水を差した。

「な、なんだ!?」
「ま、まさかきのえ公爵はちようきゆうを出すつもりでは?」
「なんだと!?」

 わたるは戦慄した。
 きのえちようきゆうどうしんたいを持っていることは、つのみや警察署で襲撃を受けたことからわたるも承知している。
 しかしこんな場でもしちようきゆうが起動され、わたるに向けてその暴を解き放ったとしたら、被害はきのえ邸にとどまらず、周辺の市街に甚大な破壊とさつりくもたらすだろう。
 少なくとも、ろくにその力を発揮しないままことに機体を解体されて守られたつのみや警察署の程度では済むまい。

 ならばこのままにはしておけまい。
 わたるの眼を見てただす。

さん、きのえが逃げた先にちようきゆうがあるということですか?」
「はい。私軍とは別に集めているようです」
「つまり、きのえが動かそうとしている機体の他にもまだちようきゆうはあるんですね?」

 わたるは決意を固めた。

ぼくが撃墜して止めます。さんは屋敷の人達を避難させてください」

 わたるはそれだけ言い残すと、きのえの後を追って隠し通路の奥へと急いだ。
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