日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

文字の大きさ
138 / 297
第二章『神皇篇』

第四十二話『夜行歌劇』 急

しおりを挟む
 みなとあかさか御用地かみてい
 先んじて戻っていた二人の近衛侍女が、居並ぶ使用人達と共に主の第一皇子・かみえいを出迎える。

「お帰りなさいませ、かみ殿下」
「うむ。本日は大義であったぞ、しきしま

 しきしまはこの日、うることを迎えに行った。
 ただ、実はことのドレスアップを考慮して居らず、かいいんありきよに任せきりにしてしまい、おまけに予定していた時間に遅れてしまうという失態を犯してもいた。
 にもかかわらず、かみほど気にしていないらしい。
 そのような大らかさは、会食中にもう一人の近衛侍女が演じた失態にも発揮される。

「お帰りなさいませ。先程は大変失礼いたしました」
りゆういんなれが気に病むことはない。姉上からおれへの電話、それも父上の勅命に関する連絡だ。逃さずに済みむしろ感謝している」

 りゆういんしらゆきは会食中に電話を鳴らしてしまった。
 しかしかみが言う様に、鳴ったのはかみの電話であり、また無視出来ない緊急の連絡だったので、仕方の無い部分も大きい。
 また、そもそりゆういんに自身の電話を預けているのは、かみから彼女への信頼のあかしである。
 先に述べたしきしまの失敗に関して、会食の時間をずらしたのは連絡を受けたりゆういんの機転だった。

 侍女としての二人の能力では、実のところしきしまの方に難があり、反面りゆういんが優位に立っていた。

 かみは上着を使用人に預け、半裸で二人の近衛侍女を引き連れ歩く。

ずは風呂だ。けがれをはらわねばならん」
かしこまりました」
ともいたしますわ、殿下」

 今夜もかみみに二人の近衛侍女を引き連れるし、寝室で二人を抱くだろう。
 既にことに対して妻問いの答えを待つ状態だが、その様なことは気にしない。
 どこまでも都合の良い世界観で夢見る様に生きる彼は、広くちようあいを分け与えれば皆が喜ぶと簡単に考えており、またそれが否定された経験も無い。

(しかしそんなかみ殿下の考えが、めいひのもとで生きたうることに通用するとは限らない。明日、改めてくぎを刺しておくべきか……)

 しきしまの頭には、こうこくと環境や価値観の違う日本国と交わることへの懸念があった。
 そんな彼女の考えを見透かす様に、りゆういんほくむ。

しきしまちゃん、貴女あなたの考えていることは分かっているわよぉ……」
りゆういん殿……」
「心配しなくても、あたくし達三人の関係は何も変わらないわぁ。に未来の皇太子妃殿下、皇后陛下といえども、かみ様の大いなる愛を賜るよろこびをとがめることなど許されない、あたくしと違って貴女あなたは初めてだから怖いのはわかるけれどねぇ……」

 しきしまりゆういん、二人はそろってかみの近衛侍女という名の愛人であるが、実のところおかに居た時間はりゆういんの方がはるかに長い。
 それはしきしまへ来た経緯いきさつが関係している。

「そうだ、しきしまよ。後でなれに話がある。心にとどめておくが良い」
「お話、で御座いますか?」

 唐突な主の言葉に、しきしまは珍しく疑問符を付けた。
 その隣では、りゆういんけんしわを寄せて唇をとがらせている。

「うむ、湯浴みが済んだら露台バルコニーで話すとしよう。りゆういんは先に寝室で待っていろ」
「……畏まりましたわ、殿下」

 りゆういんは顔を隠す様に深々と頭を下げた。
 そして顔を上げると、小声でしきしまささやいた。

「そう緊張しなくても大丈夫よぉ。かみ様の寛大さはぞんはず。間違っても、お役御免なんて話にはならないわぁ」

 言葉の上ではしきしまを気遣っているりゆういんだが、その裏には腹黒いものが渦巻いているとはっきり解った。
 元々、かみの近衛侍女はりゆういんただ一人だったのである。

りゆういん、まるでそういう話になって欲しいと言いたげだな。なって欲しいのだろうな。お前はそういう女だ……。だがしかし、わたくしかみ様のそばを離れるつもりは一切無い。離れる訳にはいかないのだ……)

 しきしまは溜息を吐いた。

「畏まりました、殿下。お伺いします」
「うむ、りゆういんの気遣うとおりだ。なれを脅かす類の話をするつもりはないから安心するが良い」

 かみはそのようなりゆういんの意図に全く気付いていないようだった。
 貴龍院は蝋人形のように感情の消えた表情で二人を見ていた。
 その眼には良からぬ感情が渦を巻いて燃えていた。




    ⦿⦿⦿



 一台の高級車が夜のとうきようを走り抜ける。
 会食を終えたことが、かいいんに連れられて帰路に就いていた。

「お疲れ様でした。皇族のおんまえに出られるのはさぞかし緊張なさったでしょう。本日はゆっくりとお休みになると良いですよ。御希望なら個室を御用意いたしましょう」
づかいありがとうございます。本日は助かりました」

 会食中、かいいんは終始、かみの両近衛侍女に眼を光らせていた。
 場合によっては二人がことを害すると考えていたのだろうか。

うる様、しきしま殿の言葉は深刻に受け止めずとも大丈夫ですよ」

 かいいんは意外なことを言い出した。

「近い内に、改めてお食事の席へ招かれ、本日の答えを求められるでしょう。ですが、未来のこうこく皇后という立場が重荷に感じられるのでしたら、無理をせず御辞退なさってください」
「それは……良いのでしょうか?」
「はい。かみ殿下は対話の出来るかたであらせられます。誠意を持ってお話しすれば、御無理はおつしやりますまい。どうしても心苦しいようでしたら、わたくしこと添えして構いません」

 ことは、しきしまとは真逆のかみ評に戸惑いを覚えた。
 かいいんの秀麗なほほみには凍える少女を優しく包み込む様な安心感がある。
 さながら、とぎばなしの王子様であった。

かいいんさんは……皇太子殿下のお人柄を御存知なのですか?」
「ええ。一応、皇族方はわたくしの遠い親戚の様なものですから」
「遠い親戚……ですか」
「はい」

 かいいんは少し恥ずかしそうに目を背けた。

「我がかいいん家は元は宮家でして、しん維新政権下で臣籍降下の折に華族として侯爵位を賜ったのです。その縁で、皇族方とは今もそれなりにお付き合いがあるのですよ」

 貴族の中で最も格の高い公爵と比べ、第二位の侯爵は一枚下がる印象があるかも知れないが、実はそうとも言い切れない。
 公爵家は摂関家や旧将軍家、その他最有力の貴族が十二の席を有するが、侯爵家は旧大名家や臣籍降下した元皇族が含まれるのだ。
 その血筋、家柄は決して公爵に引けを取るものではない。

 しかしかいいんの様子からして、彼にはその家柄を殊更にひけらかすつもりはないらしい。
 ただ、彼の高貴な振る舞いにはその血筋に対する自負心があるのかも知れない。
 その発露が王子様然とした紳士的な態度であるならば望ましいことだろう。

 そんなかいいんが、かみについて不誠実なうそを吐くとは思えない。
 きつ、彼の言う為人ひととなりかみの一面ではあるのだろう。
 一方で、しきしまの懸念も理解出来る。
 今日会った印象は、彼女の言葉を裏付けるかの如く子供染みたものだったからだ。

「少し考えます……」

 そんなことを話しているうちに、車はたつかみ邸に到着した。



    ⦿⦿⦿



 たつかみ邸の待合室では、主の第二皇女・たつかみが大層立腹した様子で腕を組んで椅子に腰掛けていた。
 その向かいでは弟である第三皇子・みずちかみけんが居心地悪そうに肩を縮めている。
 どうやらみずちかみに連れ帰られたたつかみが目を覚まし、気を失っている間の成り行きを知ったらしい。

けん、姉様を止めようとは思わなかったのか」
「あのひとは止めても聞かないでしょう。ぼくたつねえさまと仲良く夢の中へいざなわれるだけだよ」

 待合室には二人の皇族の他に六摂家当主の女公爵・とおどうあやくもたか兄妹が控えている。
 たつかみくも兄妹の呼び掛けで目を覚ましたのだ。

ぼくだって、彼をこのままきりんねえさまに預けておいて良いなんて思っていないよ」
「本当か? それなら良いんだが……」
「現に、たつねえさまの目覚めを待っていたのは彼を連れ戻す算段を相談するためだよ」
「解ったよ。きみを信じよう」

 どうにかたつかみは納得したようだ。
 そこへ、食事に出掛けていたことかいいんが戻ってきた。

「これはこれはみずちかみ殿下、せつかくお越しのところ、不在にしており申し訳御座いません」
「良いよ、かいいん。突然だったからね。それと、ちらししにいさまに見初められた女性か、成程ね……」
「殿下、あまりそういったことを仰るのは……」
「おっと、失礼」

 ことみずちかみに礼をする。

「初めまして。うることと申します」
「ああ、申し遅れたね。第三皇子・みずちかみけんだ」

 軽く挨拶を済ませたことだったが、彼女はすぐにこの場の異様な雰囲気に気が付いたらしい。

「何か……あったのですか?」
「うん、落ち着いて聴いてほしいんだけど……」

 事のあらまし――航の取った行動とそのてんまつを聞かされたことは、見る見る顔に怒りをあらわにしていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた

ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。 今の所、170話近くあります。 (修正していないものは1600です)

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

神樹の里で暮らす創造魔法使い ~幻獣たちとののんびりライフ~

あきさけ
ファンタジー
貧乏な田舎村を追い出された少年〝シント〟は森の中をあてどなくさまよい一本の新木を発見する。 それは本当に小さな新木だったがかすかな光を帯びた不思議な木。 彼が不思議そうに新木を見つめているとそこから『私に魔法をかけてほしい』という声が聞こえた。 シントが唯一使えたのは〝創造魔法〟といういままでまともに使えた試しのないもの。 それでも森の中でこのまま死ぬよりはまだいいだろうと考え魔法をかける。 すると新木は一気に生長し、天をつくほどの巨木にまで変化しそこから新木に宿っていたという聖霊まで姿を現した。 〝この地はあなたが創造した聖地。あなたがこの地を去らない限りこの地を必要とするもの以外は誰も踏み入れませんよ〟 そんな言葉から始まるシントののんびりとした生活。 同じように行き場を失った少女や幻獣や精霊、妖精たちなど様々な面々が集まり織りなすスローライフの幕開けです。 ※この小説はカクヨム様でも連載しています。アルファポリス様とカクヨム様以外の場所では公開しておりません。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす
ファンタジー
 病院で病死したはずの月島玲子二十五歳大学研究職。目を覚ますと、そこに広がるは広大な森林原野、後ろに控えるは赤いドラゴン(ニヤニヤ)、そんな自分は十歳の体に(材料が足りませんでした?!)。  時は、自分が死んでからなんと三千万年。舞台は太陽系から離れて二百二十五光年の一惑星。新しく作られた超科学なミラクルボディーに生前の記憶を再生され、地球で言うところの中世後半くらいの王国で生きていくことになりました。  べつに、言ってはいけないこと、やってはいけないことは決まっていません。ドラゴンからは、好きに生きて良いよとお墨付き。実現するのは、はたは理想の社会かデストピアか?。  月島玲子、自重はしません!。…とは思いつつ、小市民な私では、そんな世界でも暮らしていく内に周囲にいろいろ絆されていくわけで。スーパー玲子の明日はどっちだ? カクヨムにて一週間ほど先行投稿しています。 書き溜めは100話越えてます…

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

処理中です...