日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第四十四話『愛と哀しみの夜想曲』 破

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 たつかみていでの昼食会を終えたわたる達は、こうこくのうじようづき首相と面会するために官邸に入った。
 ことは別行動で、かいいんたつかみと共に皇宮のばんさんかいへと向かっている。
 また、くも兄妹はたつかみ邸に残っていおり、面会を経ずに空港で合流する予定だ。

 わたる達を出迎えたのは三人の男女だった。

「お初に御目に掛かります。のうじよう内閣外務大臣のづきれんろうです」
「副総理内務大臣のふみあきです」

 高級将校の軍服を着た初老の男達だった。
 わたる達は皆して頭を下げ、代表してきゆうが二人と握手を交わした。
 次に歩み出てきたのは、三十代後半とおぼしき眼鏡の女である。

「外務省のそうげんかずです。ただいまよりお一人ずつお呼びしますので、順々に応接室へとお入りください。首相ののうじようが面会いたします」

 くい、と眼鏡を上げる仕草がにもエリートといった趣の女であった。
 だがふと、わたるはあることを思い出す。

(そういえばこうこくの上流階級には今まで眼鏡の人を見なかったな……)

 考えてみれば、こうこく貴族はみなしんを身に付けており、視力がいちじるしく向上するはずであるのだから、当然の現象なのだろう。
 わたる達の中でも、ずみふたは元々眼鏡を掛けていた。
 しかし、初日の崩落で壊れてしまって以来、ずっと裸眼でここまで来た。

(ということは、このそうげんさんというひとは庶民からたたげの官僚なんだな……)

 そんなことを思うわたるや仲間達の脇では、きゆうびやくだんあげ内相とづき外相に連れられて別室へと向かっていた。
 どうやら政治的な話を調整するらしい。

 わたる達の方も、のうじよう側の準備が出来たらしく、そうげんが名前を読み上げる。

「ではあぶしん様、どうぞお入りください」

 どうやら五十音順らしい。
 ということはあぶしんの後にずみふたけんしんと続いて、わたるは四番目、最後にまゆづきという順番だ。
 わたるしんを見送り、自分の存在を確かめる様に一つ深呼吸した。
 どのような未来が待っていようと、無事に帰れることだけは確かだと実感していた。

 仮令たとえこの場にことが居なくとも……。



    ⦿⦿⦿



 所変わって皇宮の食堂では、皇族達の晩餐会が開かれていた。
 招かれた客人は二人、うることと一人の老翁である。

「それにしても、お美しいお嬢さんだ。自慢ではないが、我が一族の女達と同じ血を引くと確信出来る顔立ち……。いやはやこのごく、誠に驚き、そして感心いたしました」

 老翁の名はごくやす――新華族・ごく伯爵家の当主であり、うる家の近縁としてことと養子縁組しようという相手である。

 一方でことは、最奥の上座に構える少年の様な小男に視線をくぎけにしていた。

(間違い無い……。彼が、じんのう……! もう一つのこうこくべる偽りのみかど……!)

 桜色の髪に黄金色の衣装をまとった、少年とまがう姿のじんのうは、しかしながら見目形に似合わぬ威厳を纏っていた。
 その印象は涼やかで、こうごうしくすらある。

えいからも提案されているが、婚姻の勅許には条件がある」

 じんのうは深く渋みのある声で告げる。

うることなんじうる家はちんく知っておる。しかし、めいひのもとの一族を新華族として遇することは出来ぬ。これでは未来の皇后として華族の忠誠を集めるのはいささか難しい。そこで、なんじには婚姻の前にうる家の近縁たるごく伯爵家の養子となってもらう。ごくよ、なんじをこの場に呼んだのはその為だ」
「はい、このごくもつたいなき栄誉、恐悦ごくに存じます」

 ごくしかを擦る様に平身低頭してじんのうの言葉に応えた。
 もしことかみえいの求婚を受けて皇后になるとしたら、先にこの男を親として仰ぐことになる。

(……うる家の近縁だと? こんな男が?)

 ことは少しけん感を覚えた。
 しかし気を落ち着かせる様に深呼吸し、事態をもうとする。
 だがその時、一人の皇女が声を上げた。

「その件ですが、もうさまししにいさま、一つよろしいでしょうか」

 第二皇女・たつかみである。
 ことたつかみわたるを助けてもらった恩があり、また味方の立場であると認識している。
 そんなたつかみから、婚姻の勅許を前に一つ提案があるらしい。



    ⦿⦿⦿



 しんふたに続き、今はのうじようと面会している。
 しかし、どうも彼の面会は前の二人と比べてやたらと長かった。

「なあ、あぶ?」
「何だ、さきもり?」
「いや、お前やずみさんと比べてやつは随分遅いなって……」
「うーん、なんかめてんのかね?」

 そんなことをしんと話していると、ようやは話し終えて退室してきた。

「随分長かったじゃないか、

 わたるは少しあんしてに話し掛けた。
 しかし、か上の空だ。

「ん、ああ……」

 は気のない返事だけを吐いて、他の仲間達を避ける様に距離を置いて待合室の椅子に腰掛けた。

「では続きまして、さきもりわたる様、お入りください」

 そうげんに名前を呼ばれたわたるは応接室に入った。
 そこで出迎えた人物の姿にわたるは息をむ。
 高級将校の軍服を身に纏った、厳しさを前面に押し出した様なちの女、しんせいだいにっぽんこうこく内閣総理大臣・のうじようづきが待ち受けていた。

すげえ……本物だ……!)

 おおよそ世界にとって、こののうじようこそがこうこくの顔である。
 有名人とのかいこうわたるは興奮を禁じ得ず、身震いを抑えられなかった。

 ただ、素直に喜んで良い相手ではない。
 こうこくのこれまでの所業から、行政の長としてそれを主導したのうじようのことは危険な独裁者・侵略者・虐殺者・犯罪者と見る国際世論の方が強いのだ。
 被害に遭った米国や中露は表立って批難しない、出来ないが、官民共に内心穏やかではないだろう。

 だがそれでも、わたるのうじようと話しているうちに「世間で言われている程悪い人物ではない、話の通じる相手ではないか」という印象を抱き始めていた。
 そこにこそ、大物政治家という存在の恐ろしさがある。

 わたるは思った。

(このままだと丸め込まれてしまうな……)

 ふと、のうじようが個別に面談すると言い出した狙いをわたるは理解した。
 補償の内容を一人一人と話し合いたい、などと言っており、一見それはおのおのの事情に配慮した細やかな対応に思える。
 だが、政治的な交渉のプロであるのうじように比べ、わたる達は何の背景も無い一般人である。
 である以上、勝手知ったる日本政府の代表に一任した方が有利な条件を引き出せる可能性は高い。

(要するに、言い包める気か……)

 それに加えて考えてみれば、この一箇月強の損失などは帰国してから実感することであり、今この場でわかる筈が無い。
 結局、わたる達はのうじようの提案をまるみにするしかないのだ。

すがは政治家、腹黒いもんだ……)

 わたるむしろ感心した。
 そこで、ふとのうじように確かめてみたくなった。

「あの、のうじよう首相」
「何か御不明な点でも?」

 のうじようにゆうな笑みをわたるに向けている。
 高圧的な世間のイメージとのギャップで、思わずほだされそうになってしまう。

ぼく達とのこの面会、首相自らが考案されたのですか?」
「面白い質問をなさいますね、さきもり殿」

 のうじようは真顔で少し考え込んでから答える。

さきもり殿にはきのえくろきようのことで大きな借りがありますからね。事情もぞんでしょうしお答えしましょう。昨日付で正式にわたしの秘書となった、元きのえ卿秘書のつきしろさくより提案があったのです。この度、こうこくの統治にける力不足により多大なご迷惑をお掛けした皆様お一人ずつとしつかり向き合うべきだと。わたしもそれはもつともだと得心し、この場を設けさせて頂いたのです」

 つきしろさく――わたるはその名を聞き、きのえ邸での交戦を思い出した。
 思っていたよりもあっさりと片付いてしまって拍子抜けしたきのえよりも、寧ろつきしろの方が強者の印象が強い。
 また、つきしろきのえを陥れた男でもある。

(あまり手放しに信用出来る男じゃない。それはもちろんそうだ。だが、それにしても……)

 わたるは一抹の不安を覚えた。
 昨晩、つきしろたいした感覚は果たして本当に強者と戦う緊張感だけだったのだろうか。

(なんだ、この得も知れぬ胸騒ぎは……?)

 わたるのうじようの背中越しに執務室への扉を見ていた。
 その先に、ひどく不気味な気配を感じたのだ。

のうじよう首相、つきしろ氏は今どちらに?」
「執務室で事務処理をさせていますが、それが何か?」
「いえ……」

 ふと、わたるのうつきしろの姿が浮かんだ。
 明かりの消えた執務室で扉を背にしてこの会話を盗み聞きしているつきしろが、何やら邪悪にほくむイメージである。

 結局わたるろくに自分の主張を通せず、おおむのうじようの言う補償内容をまされてしまった。

    ⦿

 全員の面会が終わった。
 前日に聞かされていたとおり、外は日が沈んで時刻は既に夜である。

「皆様、お疲れ様でした」

 そうげんが眼鏡を上げつつ挨拶をしてきた。

「これより、皆様にははね国際空港へ移動していただき、たつかみ邸より出発なさいますくもたか様・くも様、そしてうること様と合流し、晴れて帰国と相成ります」
「え? ことも?」

 わたるは思わずそうげんに尋ねた。
 てっきりことは皇太子の求婚を受け、こうこくに残るものだとばかり思っていた。

「少し御家族で話し合ってからお答えを決めるべきだと、たつかみ殿下より御提案がなされました。それは尤もだと、じんのう陛下もかみ殿下も御納得なさり、今回は帰国していただくという結論となりました」

 つまるところ、たつかみの助け船で極めて薄い首の皮一枚つながったというところだろう。

様、ありがとう……)

 たつかみに心から感謝するわたるだが、ここから先が望み薄なことに変わりは無い。
 しかし、終わっていないというただそれだけでわたるは救われる思いがした。

「では、参りましょうか」

 そうげんわたる達を案内しようとする。
 いよいよこうこくを離れる時が来たのだ。
 しかしその時、一人の男が声を上げた。

「待ってください」
?」

 が何やら思い詰めた顔をしてそうげんに詰め寄った。

「あの、もう一度のうじよう閣下とお話の場を設けていただけませんか?」
君、何を言っているんだ?」

 は驚いた様子でに迫る。
 しかし、は脇目も振らずそうげんを訴える様に見ていた。

「……承知いたしました。首相にお伝えします」
「なんだと……?」

 思いの外、まるで織り込み済みであった様に話を進めるそうげんわたる達は戸惑いを隠せない。
 そんな仲間達には目もれず、そうげんの案内で別室へと招かれた。

「では、様以外の皆様は空港へお進みください」

 訳もわからないまま、わたる達は一足先に用意された車に乗り、空港へと向かった。
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