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第二章『神皇篇』
第四十四話『愛と哀しみの夜想曲』 急
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皇國首都統京は巨田区、翅田国際空港。
航達はVIP専用と思われる特別待合室に通され、出発について空港の事務員より説明を受ける。
「当空港には六つの滑走路が存在し、一般にはその内四つが使用されております。残る二つの滑走路は、政府要人の急な外遊や有事に於ける軍の利用を拡張する目的で用意されたもので、普段は使用されておりません。港内の混乱を避ける為、皆様にはその二つのうち第六滑走路から離陸する飛行機に御搭乗いただきます」
皇國は航達を極秘の内に日本国へ返したいと考えているらしい。
そこで、一般の旅行客と接触しない様にこの様な措置が執られたのだ。
その時、別の事務員が特別待合室に入ってきた。
二人の事務員が何やら小声で連絡を譲受し、航達にその内容を告げる。
「皆様、もう間もなく首相官邸と龍乃神邸よりの乗用車で御連れ様方が合流される見込みです。つきましては、滑走路へお進みになってお待ちください」
「滑走路で合流するのですか?」
根尾が怪訝そうに事務員へ尋ねる。
「そのような指示を承っております」
「誰からですか?」
「首相官邸よりです」
航もまた、根尾と同じく不可解に思った。
このまま待合室で魅琴や虎駕と合流すれば良かろうものの、何故態々滑走路へ移動するのか。
「官邸の誰ですか?」
航は事務員に尋ねた。
どうにも嫌な予感がする。
事務員は首を傾げて答える。
「外務省の総源氏ですが、それが何か?」
「そう……ですか」
まだモヤモヤするが、一先ず航達は指示に従うことにした。
もしここで「総理秘書官からです」と答えられていたら、推城の存在から疑念は一気に深まっていただろう。
結果、航達の運命は大きく変わることになる。
⦿
夜の闇に滑走路の灯が土瀝青の星が如く光っている。
搭乗予定の航空機も十人での帰国にしては少々大袈裟な存在感を放ちながら航達を出迎えた。
そんな、夏の熱気が立ち込める滑走路で待機していた航達の許へ、二人の男女がやって来た。
虎駕が総源に連れられてきたのだ。
「龍乃神邸の御三方は未着のようですね」
総源は航達の顔触れを見渡して言った。
「虎駕、取り敢えずお前もこっちに来いよ」
航は総源の後に控えたままの虎駕を手招いた。
しかし、虎駕はその場を動こうとしない。
「いや、俺は此処で良いのだよ」
虎駕は神妙な面持ちで、何処か余所余所しさを醸し出していた。
そして固唾を呑み、総源に申し出る。
「総源さん、話を済ませてしまいましょう」
「それは全員が揃ってからの方が宜しいのでは?」
「いや……」
虎駕は渋い表情を浮かべ、一瞬後めたそうに目を伏せた。
「麗真のことは待たなくて構いません。さっさと終わらせてしまいたい」
「何のことだ? 一体なんだって言うんだ、虎駕」
航は虎駕の様子に、言い様の無い不穏さを感じていた。
いや、航だけでなく、根尾や新兒も同じように眉根を寄せている。
そんな航達を、虎駕は思い詰めた様な目で真っ直ぐと見詰めていた。
「今から説明するのだよ」
「畏まりました。では、残りの方々の到着は待たず、お別れの挨拶を始めましょう」
総源が告げた言葉に、航達は動揺から一様に瞠目した。
「ち、ちょっと待ってください。何ですか、別れって……?」
「聞いたとおりなのだよ、岬守。俺は皇國に残り、帰化するのだ」
「な、何を言っているんだお前!?」
航は理解が全く追い付かなかった。
虎駕は突然何を言い出すのか。
聞き間違いを疑った方がまだ自然である。
航は努めて穏やかに問い質そうとするが、動揺から声が大きくなってしまう。
「帰化って、皇國臣民になるっていうのか?」
「そうなのだよ」
「冗談にしても笑えないぞ、それは」
虎駕は冗談を言う様な男ではない。
彼の変に無駄な真面目さは航も能く知っている。
そして問い詰めるのは何も航だけではない。
「岬守君の言うとおりだ。何を考えている、虎駕君!」
根尾が航の後から割り込んだ。
双葉も新兒も繭月も、白檀さえも虎駕を取り囲み、皆して詰め寄る。
そんな面々に対し、虎駕は冷静さを装って答える。
「冗談などではないのだよ。悟ったのだ、俺の居るべき場所は日本国ではなく、皇國の方なのだと。日本人の誇りを守る道はあっちでは拓けないのだと。既に能條首相閣下も了承済みで、神皇陛下も快く受け容れてくださるだろうと太鼓判を押していただいている」
虎駕は淡々とした口調で言った。
しかしその眼には並々ならぬ情念が渦巻いている。
航には到底信じられなかった。
正気の判断だとはとても思えなかった。
「能條に何を言われたんだ? 帰国を諦めざるを得ない理由があるのか? 僕達に出来ることなら何でもするから早まるなよ」
「何も言われていないのだよ。寧ろ面談の時、此方から色々と相談させていただいた」
「相談……だって? 何故能條に?」
「一昨日から色々と考えていたのだよ」
虎駕の表情に次第に感情が表われだした。
眉間に皺を寄せ、怒りとも憎しみとも哀しみとも取れる複雑な負の感情を刻み付けている。
「このまま日本で生きていたって何も無い。誇りも歴史も伝統も国柄も、何もかもじわじわと奪われていくだけだ。信念を持った真面な愛国者は極めて少なく、大抵は左翼共に上手く言い包められて大切な物をどんどん切り売りする敗北主義者か、出来もしないことを謳い上げて敵対者を口汚く罵るしか能の無い商業扇動家しか居ない。ただでさえ多勢に無勢なのに獅子身中の虫や無能な味方ばかりで、もう日本に望みなんかないのだよ!」
「虎駕君、君は自分で何を言っているのか解っているのか!」
根尾は声を荒らげていた。
一昨日といえば、彼は虎駕と話をしており、険悪に途切れている。
虎駕の心に邪念が生まれたのはその時だろうか。
「俺が何を言っているか? 何を言ってもどうせ聞き入れてなんかくれない癖によくそんなことが言えますよね」
「なんだと?」
「俺が何度、誰かに国を憂える心を訴えてきたと思います? でも真剣に取り合われたことなんか一度も無い。良くてなあなあで誤魔化され、酷い時には一笑に付されてきた」
虎駕の視線が航と双葉に向いた。
航は瞬時に、今まで虎駕から国や政治のことを熱心に話されたことを思い出した。
確かに、航は虎駕からそういう政治的な話を持ち掛けられることに辟易していた。
だが同時に虎駕がそういったことにのめり込んで人生の道を踏み外す様な気がしたから、あまり深入りしないよう何度も忠告したのだ。
「いつもそうだ。日本が日々国を思い勤しんできた俺に与えてきたものはいつも、侮蔑と、嘲笑と、挫折感と、疎外感ばかりだ……!」
しかしどうやら、それが却って虎駕を傷付け追い詰めていたらしい。
航には、自分がどうすれば良かったのか分からなかった。
そんな航達を見渡し、虎駕は乾いた笑みを浮かべた。
「でも皇國は違う。俺の言葉に真摯に耳を傾け、敬意を払ってくれる。一桐様は俺のことを婿養子に迎えたいとまで言ってくれたし、能條閣下も目に涙を滲ませて感動してくれた。皇國は国を愛する者の価値を知っている。守るべき日本の価値を知っている」
虎駕の訴える声に、徐々に哀しみが籠っていく。
「あっちの日本人は愛国者をどれだけ冷遇しても良いと思っている。最後まで後回しにしても良いと思っている。技術者や研究者と違って、たった一つの祖国を捨てることなど出来なかったからだ。今まではそうだった。だが生憎、今はもう一つの、より強くて偉大で然るべき敬意を払ってくれる日本が存在するのだよ。俺達は別に、金なんか求めちゃいなかったのに……」
航は言葉を失った。
思っていた以上に虎駕の心は極まっていた。
言葉を素直に受け取ると、航のことも内心では憎々しく思っていたということになる。
哀しみを訴える虎駕に対し、逆に航はそんな哀しみを覚えた。
だが、そんな中で激しく食って掛かったのは根尾だった。
彼は虎駕の胸倉を掴んで怒鳴る。
「何を莫迦なことを言ってる! 今からでも遅くはないから考え直せ!」
「何故今更引き留めようとするんですか? 莫迦なことばかり言う様な男が自分から出て行くんです。厄介払いしてしまえば良いじゃないですか」
「そうはいくか! 君は本来の真面な判断力を失っている! 皇國がどれだけ異常な国か、合法性に拘る君が分からない筈が無い!」
根尾は虎駕の目を真っ直ぐに見て、切迫した様子で訴える。
「今まで皇國でどんな目に遭った? 叛逆者と認定した相手を、私軍を持った貴族が当たり前の様に殺しに来る国だぞ? 皇國は法治国家・国民国家と呼べるか極めて怪しい国だ! それでも君はなりたいのか、『皇國臣民』に!」
一気に捲し立てた根尾は肩で息をしていた。
虎駕は目を背け、少し思う処がありそうな様子を見せている。
航は考えた。
根尾の言う様に、虎駕は自分の判断を迷い無く信じている訳ではなさそうだ。
皇國は決して真面ではない――それを訴えれば、虎駕の心を取り戻せるかも知れない。
「虎駕……」
航は静かに口を開いた。
「虎駕、僕は昨日の夜、身に覚えの無い謀叛の罪を着せられそうになった男を見た。それも皇族にだ。結局その男は自ら死を選んだが、当の皇族はこんなことを言っていたよ。『罪の有無などどうでも良い。ただ排除したかっただけだ』とね。男はそんな理由で濡れ衣を着せられ、今まで生きてきた誇りを奪われそうになった」
虎駕は目を暇って航の方を見た。
根尾の手が虎駕の胸倉から離れ、航と虎駕が向き合う。
「虎駕、根尾さんの言う通り考え直せ。皇國は屹度、お前が思っている様な国じゃない。このまま帰化すれば、お前は絶対に後悔する」
虎駕は黙ったまま俯き閉口していた。
内心揺れているのは間違い無いだろう。
しかしその時、唐突に夜空に映像が現れた。
それは皇國がこの世界に顕現してから何度か見せられた現象だ。
だが映し出された映像はいつもの政府公報ではない。
何やら隠し撮り臭い対談の様子だった。
「能條と……虎駕の面会……?」
それは首相官邸で行われた面会の様子だった。
しかし映像の虎駕と能條はどちらも不自然で、酷く人工的な物に見える。
航達は訳も分からず空を見上げていた。
当の虎駕も、呆然と映像を見詰めている。
『あいわかった。貴殿の思いは能く理解した。虎駕殿、私は大変感銘を受けた。我が皇國としては、貴殿の様な思いを抱える物に全力で応えたい』
『能條……閣下……』
二人の会話が聞こえてきた。
内容的に追加面談の様子だろうか。
『貴殿のことは是非皇國臣民として迎え入れたい。初めて明治日本より皇國を選ぶ者だ、爵位も与えられるだろう。働きによっては伯爵になることもあるかも知れん』
『そ、そこまでの待遇を……』
虎駕はその場で尻餅を搗いた。
航の言葉で引き返す気になったのかもしれないが、この様な形で大々的に知らしめられれば、もう戻れない。
だが、彼に降りかかった厄災はこれで終わりでは無かった。
音声が切り替わり、不自然に人工的な口調で虎駕の声が響く。
『働キマス。皇國ノ為ニ働カセテクダサイ。明治日本ノ吸収ニ全力ヲ尽クシマス』
「は!?」
虎駕は驚いた様子で声を上げた。
全く身に覚えがない、といった反応だ。
『明治日本ノ心ヲ挫クニハ、過去ノ大敗ヲ再現スルノガ早イト思イマス。都市ヲ空襲シテ焼ケ野原ニシテクダサイ。特ニ、広島ト長崎ヲ核攻撃スルノハ効果的デショウ』
『私としては武力行使は避けたいと思っている。明治日本の皇族や天日嗣を喪っては本末転倒の結果になるのだ。極力、穏便な手段で自発的に吸収を選んでもらいたい』
能條の声は自然だった、明らかに棒読みでおかしいのは虎駕の声だけだ。
『皇位継承権者ノ一人ガ海外訪問中デス。今ナラバドレダケ派手ニ明治日本ノ本土ヲ攻撃シテモ皇族ハ絶エマセン。三種ノ神器ハ伊勢神宮ト熱田神宮、ソレカラ皇居デス。コレラ三箇所ヲ避ケレバ問題ハ無イト思イマス』
『成程……』
能條の音声も切り替わり、二人して不自然な棒読みで対話しているという映像になった。
『ツマリ逆ニ、今ナラ武力デ一気ニ吸収ヘ持ッテ行ッテモ問題無イ。ナラバ善ハ急ゲカ。アイワカッタ。早速宣戦布告シ、上陸作戦ヲ軍ニ伝達シヨウ』
『宜しくお願いします。爵位の件も……』
「ち、違う……! 俺はこんなこと頼んでない……!」
虎駕は両手で頭を抱え、激しく狼狽していた。
刑法第八十一条・外患誘致罪。
外国と通謀して日本に武力を行使させる罪で、法定刑は死刑のみという最も重い犯罪として規定されている。
また、この罪は未遂でも既遂同様に罰せられる為、通謀が発覚した時点で死刑しかない。
尚この罪の構成要件は「外国との通謀」「日本国への武力行使」「通謀と武力行使の間の因果関係」であるとされる。
映像の中の虎駕は皇國という外国と通謀し、日本国への武力行使を訴え、そしてこの訴えによって穏健派の能條に心変わりさせている。
「こんなの全世界に見せ付けられたら俺は……! 俺は……!!」
「落ち着け虎駕! どう見てもAI生成だと判り切ってる!」
「うわあああああっっ!!」
虎駕は半狂乱になってその場から逃げ出し、海の方角へと走っていく。
「虎駕!!」
航も虎駕を追い掛けて駆け出した。
航達はVIP専用と思われる特別待合室に通され、出発について空港の事務員より説明を受ける。
「当空港には六つの滑走路が存在し、一般にはその内四つが使用されております。残る二つの滑走路は、政府要人の急な外遊や有事に於ける軍の利用を拡張する目的で用意されたもので、普段は使用されておりません。港内の混乱を避ける為、皆様にはその二つのうち第六滑走路から離陸する飛行機に御搭乗いただきます」
皇國は航達を極秘の内に日本国へ返したいと考えているらしい。
そこで、一般の旅行客と接触しない様にこの様な措置が執られたのだ。
その時、別の事務員が特別待合室に入ってきた。
二人の事務員が何やら小声で連絡を譲受し、航達にその内容を告げる。
「皆様、もう間もなく首相官邸と龍乃神邸よりの乗用車で御連れ様方が合流される見込みです。つきましては、滑走路へお進みになってお待ちください」
「滑走路で合流するのですか?」
根尾が怪訝そうに事務員へ尋ねる。
「そのような指示を承っております」
「誰からですか?」
「首相官邸よりです」
航もまた、根尾と同じく不可解に思った。
このまま待合室で魅琴や虎駕と合流すれば良かろうものの、何故態々滑走路へ移動するのか。
「官邸の誰ですか?」
航は事務員に尋ねた。
どうにも嫌な予感がする。
事務員は首を傾げて答える。
「外務省の総源氏ですが、それが何か?」
「そう……ですか」
まだモヤモヤするが、一先ず航達は指示に従うことにした。
もしここで「総理秘書官からです」と答えられていたら、推城の存在から疑念は一気に深まっていただろう。
結果、航達の運命は大きく変わることになる。
⦿
夜の闇に滑走路の灯が土瀝青の星が如く光っている。
搭乗予定の航空機も十人での帰国にしては少々大袈裟な存在感を放ちながら航達を出迎えた。
そんな、夏の熱気が立ち込める滑走路で待機していた航達の許へ、二人の男女がやって来た。
虎駕が総源に連れられてきたのだ。
「龍乃神邸の御三方は未着のようですね」
総源は航達の顔触れを見渡して言った。
「虎駕、取り敢えずお前もこっちに来いよ」
航は総源の後に控えたままの虎駕を手招いた。
しかし、虎駕はその場を動こうとしない。
「いや、俺は此処で良いのだよ」
虎駕は神妙な面持ちで、何処か余所余所しさを醸し出していた。
そして固唾を呑み、総源に申し出る。
「総源さん、話を済ませてしまいましょう」
「それは全員が揃ってからの方が宜しいのでは?」
「いや……」
虎駕は渋い表情を浮かべ、一瞬後めたそうに目を伏せた。
「麗真のことは待たなくて構いません。さっさと終わらせてしまいたい」
「何のことだ? 一体なんだって言うんだ、虎駕」
航は虎駕の様子に、言い様の無い不穏さを感じていた。
いや、航だけでなく、根尾や新兒も同じように眉根を寄せている。
そんな航達を、虎駕は思い詰めた様な目で真っ直ぐと見詰めていた。
「今から説明するのだよ」
「畏まりました。では、残りの方々の到着は待たず、お別れの挨拶を始めましょう」
総源が告げた言葉に、航達は動揺から一様に瞠目した。
「ち、ちょっと待ってください。何ですか、別れって……?」
「聞いたとおりなのだよ、岬守。俺は皇國に残り、帰化するのだ」
「な、何を言っているんだお前!?」
航は理解が全く追い付かなかった。
虎駕は突然何を言い出すのか。
聞き間違いを疑った方がまだ自然である。
航は努めて穏やかに問い質そうとするが、動揺から声が大きくなってしまう。
「帰化って、皇國臣民になるっていうのか?」
「そうなのだよ」
「冗談にしても笑えないぞ、それは」
虎駕は冗談を言う様な男ではない。
彼の変に無駄な真面目さは航も能く知っている。
そして問い詰めるのは何も航だけではない。
「岬守君の言うとおりだ。何を考えている、虎駕君!」
根尾が航の後から割り込んだ。
双葉も新兒も繭月も、白檀さえも虎駕を取り囲み、皆して詰め寄る。
そんな面々に対し、虎駕は冷静さを装って答える。
「冗談などではないのだよ。悟ったのだ、俺の居るべき場所は日本国ではなく、皇國の方なのだと。日本人の誇りを守る道はあっちでは拓けないのだと。既に能條首相閣下も了承済みで、神皇陛下も快く受け容れてくださるだろうと太鼓判を押していただいている」
虎駕は淡々とした口調で言った。
しかしその眼には並々ならぬ情念が渦巻いている。
航には到底信じられなかった。
正気の判断だとはとても思えなかった。
「能條に何を言われたんだ? 帰国を諦めざるを得ない理由があるのか? 僕達に出来ることなら何でもするから早まるなよ」
「何も言われていないのだよ。寧ろ面談の時、此方から色々と相談させていただいた」
「相談……だって? 何故能條に?」
「一昨日から色々と考えていたのだよ」
虎駕の表情に次第に感情が表われだした。
眉間に皺を寄せ、怒りとも憎しみとも哀しみとも取れる複雑な負の感情を刻み付けている。
「このまま日本で生きていたって何も無い。誇りも歴史も伝統も国柄も、何もかもじわじわと奪われていくだけだ。信念を持った真面な愛国者は極めて少なく、大抵は左翼共に上手く言い包められて大切な物をどんどん切り売りする敗北主義者か、出来もしないことを謳い上げて敵対者を口汚く罵るしか能の無い商業扇動家しか居ない。ただでさえ多勢に無勢なのに獅子身中の虫や無能な味方ばかりで、もう日本に望みなんかないのだよ!」
「虎駕君、君は自分で何を言っているのか解っているのか!」
根尾は声を荒らげていた。
一昨日といえば、彼は虎駕と話をしており、険悪に途切れている。
虎駕の心に邪念が生まれたのはその時だろうか。
「俺が何を言っているか? 何を言ってもどうせ聞き入れてなんかくれない癖によくそんなことが言えますよね」
「なんだと?」
「俺が何度、誰かに国を憂える心を訴えてきたと思います? でも真剣に取り合われたことなんか一度も無い。良くてなあなあで誤魔化され、酷い時には一笑に付されてきた」
虎駕の視線が航と双葉に向いた。
航は瞬時に、今まで虎駕から国や政治のことを熱心に話されたことを思い出した。
確かに、航は虎駕からそういう政治的な話を持ち掛けられることに辟易していた。
だが同時に虎駕がそういったことにのめり込んで人生の道を踏み外す様な気がしたから、あまり深入りしないよう何度も忠告したのだ。
「いつもそうだ。日本が日々国を思い勤しんできた俺に与えてきたものはいつも、侮蔑と、嘲笑と、挫折感と、疎外感ばかりだ……!」
しかしどうやら、それが却って虎駕を傷付け追い詰めていたらしい。
航には、自分がどうすれば良かったのか分からなかった。
そんな航達を見渡し、虎駕は乾いた笑みを浮かべた。
「でも皇國は違う。俺の言葉に真摯に耳を傾け、敬意を払ってくれる。一桐様は俺のことを婿養子に迎えたいとまで言ってくれたし、能條閣下も目に涙を滲ませて感動してくれた。皇國は国を愛する者の価値を知っている。守るべき日本の価値を知っている」
虎駕の訴える声に、徐々に哀しみが籠っていく。
「あっちの日本人は愛国者をどれだけ冷遇しても良いと思っている。最後まで後回しにしても良いと思っている。技術者や研究者と違って、たった一つの祖国を捨てることなど出来なかったからだ。今まではそうだった。だが生憎、今はもう一つの、より強くて偉大で然るべき敬意を払ってくれる日本が存在するのだよ。俺達は別に、金なんか求めちゃいなかったのに……」
航は言葉を失った。
思っていた以上に虎駕の心は極まっていた。
言葉を素直に受け取ると、航のことも内心では憎々しく思っていたということになる。
哀しみを訴える虎駕に対し、逆に航はそんな哀しみを覚えた。
だが、そんな中で激しく食って掛かったのは根尾だった。
彼は虎駕の胸倉を掴んで怒鳴る。
「何を莫迦なことを言ってる! 今からでも遅くはないから考え直せ!」
「何故今更引き留めようとするんですか? 莫迦なことばかり言う様な男が自分から出て行くんです。厄介払いしてしまえば良いじゃないですか」
「そうはいくか! 君は本来の真面な判断力を失っている! 皇國がどれだけ異常な国か、合法性に拘る君が分からない筈が無い!」
根尾は虎駕の目を真っ直ぐに見て、切迫した様子で訴える。
「今まで皇國でどんな目に遭った? 叛逆者と認定した相手を、私軍を持った貴族が当たり前の様に殺しに来る国だぞ? 皇國は法治国家・国民国家と呼べるか極めて怪しい国だ! それでも君はなりたいのか、『皇國臣民』に!」
一気に捲し立てた根尾は肩で息をしていた。
虎駕は目を背け、少し思う処がありそうな様子を見せている。
航は考えた。
根尾の言う様に、虎駕は自分の判断を迷い無く信じている訳ではなさそうだ。
皇國は決して真面ではない――それを訴えれば、虎駕の心を取り戻せるかも知れない。
「虎駕……」
航は静かに口を開いた。
「虎駕、僕は昨日の夜、身に覚えの無い謀叛の罪を着せられそうになった男を見た。それも皇族にだ。結局その男は自ら死を選んだが、当の皇族はこんなことを言っていたよ。『罪の有無などどうでも良い。ただ排除したかっただけだ』とね。男はそんな理由で濡れ衣を着せられ、今まで生きてきた誇りを奪われそうになった」
虎駕は目を暇って航の方を見た。
根尾の手が虎駕の胸倉から離れ、航と虎駕が向き合う。
「虎駕、根尾さんの言う通り考え直せ。皇國は屹度、お前が思っている様な国じゃない。このまま帰化すれば、お前は絶対に後悔する」
虎駕は黙ったまま俯き閉口していた。
内心揺れているのは間違い無いだろう。
しかしその時、唐突に夜空に映像が現れた。
それは皇國がこの世界に顕現してから何度か見せられた現象だ。
だが映し出された映像はいつもの政府公報ではない。
何やら隠し撮り臭い対談の様子だった。
「能條と……虎駕の面会……?」
それは首相官邸で行われた面会の様子だった。
しかし映像の虎駕と能條はどちらも不自然で、酷く人工的な物に見える。
航達は訳も分からず空を見上げていた。
当の虎駕も、呆然と映像を見詰めている。
『あいわかった。貴殿の思いは能く理解した。虎駕殿、私は大変感銘を受けた。我が皇國としては、貴殿の様な思いを抱える物に全力で応えたい』
『能條……閣下……』
二人の会話が聞こえてきた。
内容的に追加面談の様子だろうか。
『貴殿のことは是非皇國臣民として迎え入れたい。初めて明治日本より皇國を選ぶ者だ、爵位も与えられるだろう。働きによっては伯爵になることもあるかも知れん』
『そ、そこまでの待遇を……』
虎駕はその場で尻餅を搗いた。
航の言葉で引き返す気になったのかもしれないが、この様な形で大々的に知らしめられれば、もう戻れない。
だが、彼に降りかかった厄災はこれで終わりでは無かった。
音声が切り替わり、不自然に人工的な口調で虎駕の声が響く。
『働キマス。皇國ノ為ニ働カセテクダサイ。明治日本ノ吸収ニ全力ヲ尽クシマス』
「は!?」
虎駕は驚いた様子で声を上げた。
全く身に覚えがない、といった反応だ。
『明治日本ノ心ヲ挫クニハ、過去ノ大敗ヲ再現スルノガ早イト思イマス。都市ヲ空襲シテ焼ケ野原ニシテクダサイ。特ニ、広島ト長崎ヲ核攻撃スルノハ効果的デショウ』
『私としては武力行使は避けたいと思っている。明治日本の皇族や天日嗣を喪っては本末転倒の結果になるのだ。極力、穏便な手段で自発的に吸収を選んでもらいたい』
能條の声は自然だった、明らかに棒読みでおかしいのは虎駕の声だけだ。
『皇位継承権者ノ一人ガ海外訪問中デス。今ナラバドレダケ派手ニ明治日本ノ本土ヲ攻撃シテモ皇族ハ絶エマセン。三種ノ神器ハ伊勢神宮ト熱田神宮、ソレカラ皇居デス。コレラ三箇所ヲ避ケレバ問題ハ無イト思イマス』
『成程……』
能條の音声も切り替わり、二人して不自然な棒読みで対話しているという映像になった。
『ツマリ逆ニ、今ナラ武力デ一気ニ吸収ヘ持ッテ行ッテモ問題無イ。ナラバ善ハ急ゲカ。アイワカッタ。早速宣戦布告シ、上陸作戦ヲ軍ニ伝達シヨウ』
『宜しくお願いします。爵位の件も……』
「ち、違う……! 俺はこんなこと頼んでない……!」
虎駕は両手で頭を抱え、激しく狼狽していた。
刑法第八十一条・外患誘致罪。
外国と通謀して日本に武力を行使させる罪で、法定刑は死刑のみという最も重い犯罪として規定されている。
また、この罪は未遂でも既遂同様に罰せられる為、通謀が発覚した時点で死刑しかない。
尚この罪の構成要件は「外国との通謀」「日本国への武力行使」「通謀と武力行使の間の因果関係」であるとされる。
映像の中の虎駕は皇國という外国と通謀し、日本国への武力行使を訴え、そしてこの訴えによって穏健派の能條に心変わりさせている。
「こんなの全世界に見せ付けられたら俺は……! 俺は……!!」
「落ち着け虎駕! どう見てもAI生成だと判り切ってる!」
「うわあああああっっ!!」
虎駕は半狂乱になってその場から逃げ出し、海の方角へと走っていく。
「虎駕!!」
航も虎駕を追い掛けて駆け出した。
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その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。
女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。
剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。
大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。
魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。
*表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
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ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
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【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
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東北の田舎に住んでいる遠藤井尾は、事故によって気が付けばどこまでも広がる空間の中にいた。
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