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第二章『神皇篇』
第四十六話『子少女』 破
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一方、翅田空港の第六滑走路では、第三皇女・狛乃神嵐花がその恐るべき力の一端を見せていた。
狛乃神は一見すると、装いが派手なだけで極普通の少女、所謂ギャルに過ぎない。
だが彼女の佇まいはその場で対峙する者達に嘗てない困難を予感させた。
少女一人に対して岬守航・虻球磨新兒・繭月百合菜・根尾弓矢・白檀揚羽の五人掛かりであるにも拘わらず、彼らは若干気圧されている。
それ程までに、狛乃神嵐花が放つ威圧感は群を抜いていた。
この人数で掛かっても、真面にやり合っては勝てない――この場に居る全員がそう直感していた。
晴れていた、否「晴らされていた」夜空に暗雲が引き寄せられる。
月を中心に渦を巻き、星々を覆い隠していく。
それはまるで、日の本とは対極に航達の行く道を限定しようとしているかの様だった。
潮の匂いが漂っている。
それは死の芳香を思わせた。
宛ら、海神が永遠の抱擁へと誘っているかの様だった。
風が逆巻く。
根拠の無い展望の悪さを全員が感じていた。
但し一つ言えるのは、神為を身に付けた航達の第六感は人並み外れて冴えており、気のせいでは決して済ませられないということだ。
「みんな、聴け」
そのような状況下で、戦い方の方針を示して指示を出すのは根尾である。
「俺がメインで戦う。繭月さんと白檀は援護を御願いする。岬守君と虻球磨君は久住君と白檀を守ってくれ。相手の戦力が気の遠くなる程に絶大なのは君達も感じているとおりだろうが、この中で俺にだけは希望がある」
根尾は右手を開閉した。
全ては彼が持つ、その手の能力に懸かっている。
「どうにか隙を見て一瞬でも彼女に触れ、一気に石化させる!」
全員が無言で頷いた。
対する少女、第三皇女・狛乃神嵐花はケラケラと嘲笑う。
「ウケる。出来る訳無いじゃんそんなこと。ま、精々楽しませろ。明日も学校だし夜更かしは出来ないけれど、瞬殺じゃつまんないし」
狛乃神の圧が更に急上昇した。
それだけで、航達は押し潰されそうになる。
少女の双眸がまるで獲物を物色する猛禽類の様に赫い、今にも襲い掛からんと全員を射竦める。
嵐の前の静けさか、逆巻いていた風が凪いだ。
次の瞬間、狛乃神は刹那のうちに航の目前に移動した。
まさに目にも留まらぬ速さ、誰一人として彼女の動きを認識出来ないまま、その拳が航の顔面に叩き込まれたという結果だけを見せられた。
航の後頭部は大きく嫌な音を立てて滑走路の混凝土に叩き付けられた。
「はーい先ず一人」
起き上がる様子の無い航の有様に、残る四人に激しい動揺が奔る。
そんな彼らに狛乃神の無慈悲な戯れは続く。
「ぐはっ!!」
今度は根尾の腹部を貫手が貫いていた。
またしても気が付いた時には狛乃神の攻撃が終わっていた。
「はーい、早くも作戦破綻っと」
「そんな! こんなにあっさり!?」
何も出来ないまま要の根尾を潰され、援護を任された繭月は驚愕の声を上げた。
狛乃神はというと、背中から突き出た血塗れの右腕を不快そうに振っている。
「あーあ、制服に汚い血が付いちゃった」
今度はそんな彼女に狛乃神の視線が向いた。
左拳が振り上げられ、その猛威が次なる犠牲者を生み出そうとしていた。
しかし、そんな彼女の右腕を根尾の両手が掴み、繭月の元へと行かせない。
「は?」
「はぁ……はぁ……。させるか……! 命に代えてもここで終わらせる……!」
根尾は鬼気迫る表情で両腕に力を込める。
全霊を尽くし、狛乃神を石化させようとしているのだと一目で解る姿だった。
しかし、狛乃神の体に変化は見られない。
「な……何……?」
根尾は記録の限界に挑む重量挙げ選手の様に顔を顰め、継続して力を込めるが、狛乃神は一向に石化しない。
「莫迦な!? 何故石にならない!?」
根尾は青褪めた顔に困惑の表情を浮かべていた。
そんな彼を横目に見る狛乃神の表情は対照的に冷め切っている。
「あのさ、なんで皇族たる私様が貴方の如き雑魚の思い通りにならなきゃいけないの? なんで勝手な決め事に従わせられると思うかな? 逆だろ。そっちが私様に従えよ」
狛乃神は右腕を根尾の腹部から無造作に引き抜き、掴んでいた両手を引き剥がした。
そしてその勢いで体を回し、振り上げていた左肘で根尾の蟀谷を打ち据えた。
「ガッ……!!」
根尾は堪らず俯せに倒れ伏した。
解き放たれた狛乃神は今度こそ繭月に狙いを定める。
「危ねえ!」
新兒が繭月の前に躍り出て、狛乃神の次なる攻撃から守ろうとする。
だがそれは狛乃神の手間を省いただけだった。
狛乃神は新兒・繭月との擦れ違い様に顎へ両拳を突き上げ、二人の体を宙へ舞い上げた。
あっという間に、残るは白檀唯一人である。
「はひっ!」
戦闘能力の乏しい白檀は腰が退けてしまっていた。
それでもどうにか狛乃神と向き合い、右手を突き出して音波攻撃を放とうとする。
しかし、彼女が攻撃した方向に狛乃神は居なかった。
白檀はその長い腕の間合いの内側に、狛乃神を簡単に接近させてしまっていた。
「んー、貴女はなんだか弱そうじゃん。じゃ、これかな」
狛乃神は右手の中指と親指を曲げる。
そして中指の爪を親指の関節に押し付け、所謂「デコピン」の形を作って白檀の眼前に差し出した。
白檀は咄嗟に幻惑能力を発動し、周囲を極彩色で包み込む。
だが、狛乃神は真直ぐ白檀から目を逸らさない。
「だから無理だって言ってんじゃん。貴女じゃ私様を従わせらんないの。身の程を弁えろよ、雑ー魚」
狛乃神の中指が親指から弾かれ、指先が白檀の眉間に叩き付けられた。
見た目は何のこともない戯れの様な攻撃だが、実態としてその威力は極めて強烈だった。
一九三糎の白檀の体が昏倒し、後頭部が混凝土に打ち付けられる。
白檀もまた動かなくなった。
以上五人、既に倒された久住双葉を含めると六人もの神為使いがあっさりと倒れ伏した。
彼らはいとも容易く、為す術も無く狛乃神嵐花というたった一人の少女を前に全滅の途を辿ったのだ。
「えーもう終わり? めっちゃ手加減してあげたのに、貴方達いくらなんでも雑魚過ぎっしょ! もう一寸くらい粘ってくれなきゃ私様つまんないし!」
狛乃神は唯一人、気を失った日本国民六人の中心で腕を組んで不満を叫んだ。
彼女曰く、これ程までに圧倒的な力で航達を蹂躙しておいて尚、かなり手加減していたらしい。
それはあまりにも理不尽なほど絶大な暴力だった。
狛乃神はわざとらしい程に大きな溜息を吐いた。
「ま、良いや。終わりならとっとと誅殺しちゃおっと」
狛乃神は駄々を捏ねた子供がおもちゃに対して急速に興味を失った様に冷めた表情で周囲を見渡すと、宙に浮かんでゆっくりと上昇していく。
光を放つその姿は夜に輝く太陽の様に力強く、神々しい。
それは宛ら「神子」と呼ぶに何ら躊躇いを要しない威容だった。
しかしその時、地上から一筋の白色光が狛乃神の肩に照射され、激しい爆発を起こした。
虹色の爆煙が立ち込め、狛乃神の体を包み込む。
「はぁ……はぁ……冗談じゃない……! そう簡単に終わって堪るかよ……!」
航がふらつきながらも辛うじて起き上がり、右腕に形成した光線砲で狛乃神を撃った。
彼は顔面だけ異様に打たれ強い。
その特性が彼に立ち上がる余力を残したのだ。
朦朧とした意識で放った射撃故に上手く狙いは定まらなかったが、どうにか航は狛乃神に光線砲の一撃を入れることに成功した。
しかし航は嫌な予感を覚えた。
これまでの戦いで、光線砲で撃った相手が爆発したことなど記憶に無かったからだ。
そんな航が見詰める中で、虹色の煙が薄くなり、中の人影が濃くなっていく。
軈て、航には絶望的な答えが突き付けられた。
「あー吃驚したな、もう……」
煙が晴れ、姿を見せた狛乃神は、輝きこそ失われていたが無傷で平然としていた。
光線砲の照射を受けたのに全くダメージが無い――それは航にとって初めてのことで、そしてショックであった。
これは超級為動機神体の兵装であり、通常は決まりさえすれば勝負が決する一撃必殺の破壊兵器なのだ。
それが全く通じていない事実に、航は愕然としていた。
「そんな……。こんなことって……」
衝撃を隠し切れない航。
しかしいつまでもショックを受けていては立ち上がった甲斐も無い。
航はすぐに、光線砲を再度狛乃神に向けた。
「懲りない奴……」
狛乃神の全身が薄らと光を帯びる。
航の射撃で中断された攻撃を再開するつもりらしい。
しかしその時、今度は燃え盛る結晶が狛乃神の背後から数発撃ち込まれた。
繭月百合菜が焔の翼を生やし、狛乃神と同じ位置高さに浮かび上がっていた。
彼女もまた再び起き上がり、戦線に復帰したのだ。
更に地上では、新兒もまた起き上がろうとしている。
繭月と新兒は狛乃神から二人纏めて攻撃を食らった。
そのせいで、他の者達を気絶させた攻撃よりも注意が分散され、若干威力が低かったのだろう。
「あーウザ……」
狛乃神は悪態を吐いた。
繭月の結晶弾でも、その体にはやはり傷一つ付いていない。
「岬守、大丈夫かよ?」
「虻球磨こそ。それに繭月さんもよく起きてくれました」
「何とかね。でも、相当拙い状況ね」
航と繭月の表情は渋かった。
その理由は、単に狛乃神の力が圧倒的だからでは無い。
というより、その力の程度が単に「圧倒的」という次元では言い表せない。
「それにしても、解らねえよ」
唯一、新兒だけはそこに思い至っていなかった。
「なんであいつには根尾さんの石化能力が効かなかったんだ?」
説明が遅れたが、根尾の能力は航達全員が知っている。
直接行使するところを知っているのは白檀だけだが、他の者も又聞きしている。
航を第一皇女・麒乃神聖花の邸宅から救出する過程で、丹桐士糸の石化を解くという過程を挟んだからだ。
つまり彼らは皆、根尾が触れて能力を行使すれば、狛乃神は当然に石化すると思っていた。
「どういう能力なんだ?」
「いや、多分能力とかそういうのじゃない」
航ももまた、狛乃神に能力が通じないところを目撃していた。
根尾の石化が不発だった時は意識を失っていたが、彼は白檀の幻惑が狛乃神に通じなかった現場を目撃したのだ。
更に、光線砲を射撃で爆発を起こしたという奇妙な現象が、航に一つの仮説を与えた。
「彼女は……狛乃神嵐花は単純に強過ぎるんだ。能力というのは、謂わば自分のルールを相手に押し付けるということ。触れたに相手を石化させる、つまり触れられた相手は石化するというルール。相手を幻惑するというルール、つまり相手は幻惑されるというルール。それは言い換えれば、自分のルールという鎖で相手を雁字搦めに縛ることに等しい……」
航はシャツを破って脱ぎ捨てた。
それは細かく編まれた繊維を無理矢理引き千切ったということだ。
「けれども、鎖そのものを引き千切るくらいに力が強い相手は、そもそも鎖で束縛出来ない。銃で撃っても傷一つ付かない相手を、銃で脅して従わせることは出来ない。同じように、強過ぎる彼女を僕達の能力というルールに従わせることは出来ない。従わせたければ、同じくらい強くなければならない」
航の引き締まった上半身には、彼がこの一月余りで経験してきた凄まじい体験が練り上げられている。
しかしその経験の中でも、狛乃神嵐花という相手は群を抜いて高い山である。
「これが皇族……。皇國の最高権威に連なる、現人神の血統……」
神為とはその人物の内なる神性である。
高貴な背景の持ち主はそれだけ有利な立ち位置に在る。
つまり、元々現人神として崇敬を集める、最も高貴な血統「日本人にとっての皇族」は別格であると言える。
渋い表情が彼の苦境を雄弁に物語る。
だがそれでも、航は折れない。
「なんとか……戦い方を見付けないと……!」
そんな航の諦めない姿勢が新兒と繭月にも伝搬する。
三人の表情に力が戻った。
対して、狛乃神は不服な様子を見せている。
「そこまで解ってまだやる気なんだ。ま、楽しませてくれるんなら別に良いけど」
航・新兒・繭月が狛乃神を取り囲み、各々構えを取る。
狛乃神は宙に浮かび、唯々泰然自若といった様相で佇んでいる。
そんな中、新兒が不敵な笑みを浮かべた。
「策ならありそうだぜ、岬守・繭月さん」
蟻の一穴程だが、突破口が開けられようとしていた。
狛乃神は一見すると、装いが派手なだけで極普通の少女、所謂ギャルに過ぎない。
だが彼女の佇まいはその場で対峙する者達に嘗てない困難を予感させた。
少女一人に対して岬守航・虻球磨新兒・繭月百合菜・根尾弓矢・白檀揚羽の五人掛かりであるにも拘わらず、彼らは若干気圧されている。
それ程までに、狛乃神嵐花が放つ威圧感は群を抜いていた。
この人数で掛かっても、真面にやり合っては勝てない――この場に居る全員がそう直感していた。
晴れていた、否「晴らされていた」夜空に暗雲が引き寄せられる。
月を中心に渦を巻き、星々を覆い隠していく。
それはまるで、日の本とは対極に航達の行く道を限定しようとしているかの様だった。
潮の匂いが漂っている。
それは死の芳香を思わせた。
宛ら、海神が永遠の抱擁へと誘っているかの様だった。
風が逆巻く。
根拠の無い展望の悪さを全員が感じていた。
但し一つ言えるのは、神為を身に付けた航達の第六感は人並み外れて冴えており、気のせいでは決して済ませられないということだ。
「みんな、聴け」
そのような状況下で、戦い方の方針を示して指示を出すのは根尾である。
「俺がメインで戦う。繭月さんと白檀は援護を御願いする。岬守君と虻球磨君は久住君と白檀を守ってくれ。相手の戦力が気の遠くなる程に絶大なのは君達も感じているとおりだろうが、この中で俺にだけは希望がある」
根尾は右手を開閉した。
全ては彼が持つ、その手の能力に懸かっている。
「どうにか隙を見て一瞬でも彼女に触れ、一気に石化させる!」
全員が無言で頷いた。
対する少女、第三皇女・狛乃神嵐花はケラケラと嘲笑う。
「ウケる。出来る訳無いじゃんそんなこと。ま、精々楽しませろ。明日も学校だし夜更かしは出来ないけれど、瞬殺じゃつまんないし」
狛乃神の圧が更に急上昇した。
それだけで、航達は押し潰されそうになる。
少女の双眸がまるで獲物を物色する猛禽類の様に赫い、今にも襲い掛からんと全員を射竦める。
嵐の前の静けさか、逆巻いていた風が凪いだ。
次の瞬間、狛乃神は刹那のうちに航の目前に移動した。
まさに目にも留まらぬ速さ、誰一人として彼女の動きを認識出来ないまま、その拳が航の顔面に叩き込まれたという結果だけを見せられた。
航の後頭部は大きく嫌な音を立てて滑走路の混凝土に叩き付けられた。
「はーい先ず一人」
起き上がる様子の無い航の有様に、残る四人に激しい動揺が奔る。
そんな彼らに狛乃神の無慈悲な戯れは続く。
「ぐはっ!!」
今度は根尾の腹部を貫手が貫いていた。
またしても気が付いた時には狛乃神の攻撃が終わっていた。
「はーい、早くも作戦破綻っと」
「そんな! こんなにあっさり!?」
何も出来ないまま要の根尾を潰され、援護を任された繭月は驚愕の声を上げた。
狛乃神はというと、背中から突き出た血塗れの右腕を不快そうに振っている。
「あーあ、制服に汚い血が付いちゃった」
今度はそんな彼女に狛乃神の視線が向いた。
左拳が振り上げられ、その猛威が次なる犠牲者を生み出そうとしていた。
しかし、そんな彼女の右腕を根尾の両手が掴み、繭月の元へと行かせない。
「は?」
「はぁ……はぁ……。させるか……! 命に代えてもここで終わらせる……!」
根尾は鬼気迫る表情で両腕に力を込める。
全霊を尽くし、狛乃神を石化させようとしているのだと一目で解る姿だった。
しかし、狛乃神の体に変化は見られない。
「な……何……?」
根尾は記録の限界に挑む重量挙げ選手の様に顔を顰め、継続して力を込めるが、狛乃神は一向に石化しない。
「莫迦な!? 何故石にならない!?」
根尾は青褪めた顔に困惑の表情を浮かべていた。
そんな彼を横目に見る狛乃神の表情は対照的に冷め切っている。
「あのさ、なんで皇族たる私様が貴方の如き雑魚の思い通りにならなきゃいけないの? なんで勝手な決め事に従わせられると思うかな? 逆だろ。そっちが私様に従えよ」
狛乃神は右腕を根尾の腹部から無造作に引き抜き、掴んでいた両手を引き剥がした。
そしてその勢いで体を回し、振り上げていた左肘で根尾の蟀谷を打ち据えた。
「ガッ……!!」
根尾は堪らず俯せに倒れ伏した。
解き放たれた狛乃神は今度こそ繭月に狙いを定める。
「危ねえ!」
新兒が繭月の前に躍り出て、狛乃神の次なる攻撃から守ろうとする。
だがそれは狛乃神の手間を省いただけだった。
狛乃神は新兒・繭月との擦れ違い様に顎へ両拳を突き上げ、二人の体を宙へ舞い上げた。
あっという間に、残るは白檀唯一人である。
「はひっ!」
戦闘能力の乏しい白檀は腰が退けてしまっていた。
それでもどうにか狛乃神と向き合い、右手を突き出して音波攻撃を放とうとする。
しかし、彼女が攻撃した方向に狛乃神は居なかった。
白檀はその長い腕の間合いの内側に、狛乃神を簡単に接近させてしまっていた。
「んー、貴女はなんだか弱そうじゃん。じゃ、これかな」
狛乃神は右手の中指と親指を曲げる。
そして中指の爪を親指の関節に押し付け、所謂「デコピン」の形を作って白檀の眼前に差し出した。
白檀は咄嗟に幻惑能力を発動し、周囲を極彩色で包み込む。
だが、狛乃神は真直ぐ白檀から目を逸らさない。
「だから無理だって言ってんじゃん。貴女じゃ私様を従わせらんないの。身の程を弁えろよ、雑ー魚」
狛乃神の中指が親指から弾かれ、指先が白檀の眉間に叩き付けられた。
見た目は何のこともない戯れの様な攻撃だが、実態としてその威力は極めて強烈だった。
一九三糎の白檀の体が昏倒し、後頭部が混凝土に打ち付けられる。
白檀もまた動かなくなった。
以上五人、既に倒された久住双葉を含めると六人もの神為使いがあっさりと倒れ伏した。
彼らはいとも容易く、為す術も無く狛乃神嵐花というたった一人の少女を前に全滅の途を辿ったのだ。
「えーもう終わり? めっちゃ手加減してあげたのに、貴方達いくらなんでも雑魚過ぎっしょ! もう一寸くらい粘ってくれなきゃ私様つまんないし!」
狛乃神は唯一人、気を失った日本国民六人の中心で腕を組んで不満を叫んだ。
彼女曰く、これ程までに圧倒的な力で航達を蹂躙しておいて尚、かなり手加減していたらしい。
それはあまりにも理不尽なほど絶大な暴力だった。
狛乃神はわざとらしい程に大きな溜息を吐いた。
「ま、良いや。終わりならとっとと誅殺しちゃおっと」
狛乃神は駄々を捏ねた子供がおもちゃに対して急速に興味を失った様に冷めた表情で周囲を見渡すと、宙に浮かんでゆっくりと上昇していく。
光を放つその姿は夜に輝く太陽の様に力強く、神々しい。
それは宛ら「神子」と呼ぶに何ら躊躇いを要しない威容だった。
しかしその時、地上から一筋の白色光が狛乃神の肩に照射され、激しい爆発を起こした。
虹色の爆煙が立ち込め、狛乃神の体を包み込む。
「はぁ……はぁ……冗談じゃない……! そう簡単に終わって堪るかよ……!」
航がふらつきながらも辛うじて起き上がり、右腕に形成した光線砲で狛乃神を撃った。
彼は顔面だけ異様に打たれ強い。
その特性が彼に立ち上がる余力を残したのだ。
朦朧とした意識で放った射撃故に上手く狙いは定まらなかったが、どうにか航は狛乃神に光線砲の一撃を入れることに成功した。
しかし航は嫌な予感を覚えた。
これまでの戦いで、光線砲で撃った相手が爆発したことなど記憶に無かったからだ。
そんな航が見詰める中で、虹色の煙が薄くなり、中の人影が濃くなっていく。
軈て、航には絶望的な答えが突き付けられた。
「あー吃驚したな、もう……」
煙が晴れ、姿を見せた狛乃神は、輝きこそ失われていたが無傷で平然としていた。
光線砲の照射を受けたのに全くダメージが無い――それは航にとって初めてのことで、そしてショックであった。
これは超級為動機神体の兵装であり、通常は決まりさえすれば勝負が決する一撃必殺の破壊兵器なのだ。
それが全く通じていない事実に、航は愕然としていた。
「そんな……。こんなことって……」
衝撃を隠し切れない航。
しかしいつまでもショックを受けていては立ち上がった甲斐も無い。
航はすぐに、光線砲を再度狛乃神に向けた。
「懲りない奴……」
狛乃神の全身が薄らと光を帯びる。
航の射撃で中断された攻撃を再開するつもりらしい。
しかしその時、今度は燃え盛る結晶が狛乃神の背後から数発撃ち込まれた。
繭月百合菜が焔の翼を生やし、狛乃神と同じ位置高さに浮かび上がっていた。
彼女もまた再び起き上がり、戦線に復帰したのだ。
更に地上では、新兒もまた起き上がろうとしている。
繭月と新兒は狛乃神から二人纏めて攻撃を食らった。
そのせいで、他の者達を気絶させた攻撃よりも注意が分散され、若干威力が低かったのだろう。
「あーウザ……」
狛乃神は悪態を吐いた。
繭月の結晶弾でも、その体にはやはり傷一つ付いていない。
「岬守、大丈夫かよ?」
「虻球磨こそ。それに繭月さんもよく起きてくれました」
「何とかね。でも、相当拙い状況ね」
航と繭月の表情は渋かった。
その理由は、単に狛乃神の力が圧倒的だからでは無い。
というより、その力の程度が単に「圧倒的」という次元では言い表せない。
「それにしても、解らねえよ」
唯一、新兒だけはそこに思い至っていなかった。
「なんであいつには根尾さんの石化能力が効かなかったんだ?」
説明が遅れたが、根尾の能力は航達全員が知っている。
直接行使するところを知っているのは白檀だけだが、他の者も又聞きしている。
航を第一皇女・麒乃神聖花の邸宅から救出する過程で、丹桐士糸の石化を解くという過程を挟んだからだ。
つまり彼らは皆、根尾が触れて能力を行使すれば、狛乃神は当然に石化すると思っていた。
「どういう能力なんだ?」
「いや、多分能力とかそういうのじゃない」
航ももまた、狛乃神に能力が通じないところを目撃していた。
根尾の石化が不発だった時は意識を失っていたが、彼は白檀の幻惑が狛乃神に通じなかった現場を目撃したのだ。
更に、光線砲を射撃で爆発を起こしたという奇妙な現象が、航に一つの仮説を与えた。
「彼女は……狛乃神嵐花は単純に強過ぎるんだ。能力というのは、謂わば自分のルールを相手に押し付けるということ。触れたに相手を石化させる、つまり触れられた相手は石化するというルール。相手を幻惑するというルール、つまり相手は幻惑されるというルール。それは言い換えれば、自分のルールという鎖で相手を雁字搦めに縛ることに等しい……」
航はシャツを破って脱ぎ捨てた。
それは細かく編まれた繊維を無理矢理引き千切ったということだ。
「けれども、鎖そのものを引き千切るくらいに力が強い相手は、そもそも鎖で束縛出来ない。銃で撃っても傷一つ付かない相手を、銃で脅して従わせることは出来ない。同じように、強過ぎる彼女を僕達の能力というルールに従わせることは出来ない。従わせたければ、同じくらい強くなければならない」
航の引き締まった上半身には、彼がこの一月余りで経験してきた凄まじい体験が練り上げられている。
しかしその経験の中でも、狛乃神嵐花という相手は群を抜いて高い山である。
「これが皇族……。皇國の最高権威に連なる、現人神の血統……」
神為とはその人物の内なる神性である。
高貴な背景の持ち主はそれだけ有利な立ち位置に在る。
つまり、元々現人神として崇敬を集める、最も高貴な血統「日本人にとっての皇族」は別格であると言える。
渋い表情が彼の苦境を雄弁に物語る。
だがそれでも、航は折れない。
「なんとか……戦い方を見付けないと……!」
そんな航の諦めない姿勢が新兒と繭月にも伝搬する。
三人の表情に力が戻った。
対して、狛乃神は不服な様子を見せている。
「そこまで解ってまだやる気なんだ。ま、楽しませてくれるんなら別に良いけど」
航・新兒・繭月が狛乃神を取り囲み、各々構えを取る。
狛乃神は宙に浮かび、唯々泰然自若といった様相で佇んでいる。
そんな中、新兒が不敵な笑みを浮かべた。
「策ならありそうだぜ、岬守・繭月さん」
蟻の一穴程だが、突破口が開けられようとしていた。
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貧乏な田舎村を追い出された少年〝シント〟は森の中をあてどなくさまよい一本の新木を発見する。
それは本当に小さな新木だったがかすかな光を帯びた不思議な木。
彼が不思議そうに新木を見つめているとそこから『私に魔法をかけてほしい』という声が聞こえた。
シントが唯一使えたのは〝創造魔法〟といういままでまともに使えた試しのないもの。
それでも森の中でこのまま死ぬよりはまだいいだろうと考え魔法をかける。
すると新木は一気に生長し、天をつくほどの巨木にまで変化しそこから新木に宿っていたという聖霊まで姿を現した。
〝この地はあなたが創造した聖地。あなたがこの地を去らない限りこの地を必要とするもの以外は誰も踏み入れませんよ〟
そんな言葉から始まるシントののんびりとした生活。
同じように行き場を失った少女や幻獣や精霊、妖精たちなど様々な面々が集まり織りなすスローライフの幕開けです。
※この小説はカクヨム様でも連載しています。アルファポリス様とカクヨム様以外の場所では公開しておりません。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
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高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
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