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第二章『神皇篇』
第四十六話『子少女』 急
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宙に浮かぶ狛乃神を中心に、地上の航と新兒、そして焔の翼で狛乃神よりも高い位置に浮かぶ繭月の三人が、それぞれ三角形の頂点に位置して取り囲む。
戦いは圧倒的に狛乃神が優位に立っていた。
皇族ならではの強大すぎる神為を前に、航達の能力は彼女に全くダメージを与えられていない。
根尾や白檀が能力を行使しようにも、狛乃神には何もされていないも同然に変化を与えられない。
「良い事を教えよっか。抑も、家柄が良いってどういうことだと思う? それは皇族に血筋が近いってこと。六摂家は勿論、貴族達は多かれ少なかれ皇族と血縁関係を持つことで力を強めてきた。つまり、皇族に近付くことで貴族達は神性を高めるの。私様達皇族はその総元締め。そりゃ別格だよねえ……」
狛乃神は嗜虐的な笑みを浮かべ、余裕を見せる。
彼女の言うとおり、日本人にとって帝とは民族統合の象徴であり、神の血を引く総本家の様なものだとも言われている。
皇祖神たる天照皇大神は日本人の総氏神とされる。
「だからま、貴方達の如き雑魚が私様に敵う筈無いし。大人しく殺された方が楽に死ねるっしょ。でもそれじゃつまらないから、無駄な抵抗をしてくれるのは大歓迎だけどさ」
これは神々の戯れ、暇潰しなのかも知れない。
少女の無邪気な戯れが、航達の命運を俎板の上に載せ、包丁を首筋に当てて怯える様を楽しんでいるのだ。
実際、航達はどうしても威圧され、恐怖してしまう。
だが、彼らは決して折れない。
今までも何度も絶望的な状況を乗り越えてきた。
そして今回、一人の男に策があるという。
「虻球磨、その策で行けるんだな?」
新兒は直前、一つの手を考えたらしい。
その内容を航も繭月も聞かされていない。
のんびりと内緒の相談を出来る様な状況でもない。
「まず俺があいつを攻撃する。その後、合図を出すからそのタイミングで呼ばれた方が光線砲か結晶弾を撃ってくれ。狙いはその時判る筈だからよ」
そういうわけで、新兒は普通に、聞こえる様に、最低限度の内容を航と繭月に伝えた。
二人はただ新兒の指示に従えば良いという訳である。
「どんな浅知恵か知らないけど、精々無駄に足掻きなよ」
狛乃神の周囲の空気が歪んだ。
幼稚にして脅威の暴がまたしても振るわれようとしている。
航達に緊張が奔った。
動いたのは新兒である。
両手を狛乃神に向けた彼の能力、その主な用途は、空気中の水蒸気を凝固させて自身に纏うというものだ。
しかし実のところ、その本質は二つの過程に分けられる。
一つは必要な水分を周囲から集めるということ、もう一つは水の三態――即ち氷・水・水蒸気という固体・液体・気体の状態を変化させ、氷を作ることである。
重要なのは、空気中の水蒸気を氷にして目に見える氷、それも武器や防具に出来る程度の氷を得るには、相当の範囲から水分を集めなければならないということだ。
新兒の能力は主に近接格闘の能力だが、必要な効果範囲は実を言うと極めて広いのだ。
この空港のすぐ近くには海がある。
つまり今、新兒には状態変化させて使える水が大量に存在するのだ。
「喰らえっ!!」
その大量に集めた水が巨大な氷に変わる。
但し、それを身に纏うのは新兒ではない。
狛乃神は一瞬にして氷の中に閉じ込められた。
確かに、能力そのもので彼女の行動を制約することは出来ない。
しかし、彼女に関係無いところで能力が行使されることまで無効化される訳ではない。
今回、狛乃神自身が凍り付いた訳ではなく、彼女の周囲に集まった水が凍り付いたのだ。
それでも、氷の中から狛乃神の声が航達の意識に直接語り掛けてくる。
『こんなことしても無駄。こんなの、すぐに破れるし』
狛乃神は不敵な笑みを浮かべている。
彼女の言うとおり、氷には既に内側から罅が入っている。
だが新兒はそのようなこと既に織り込み済みだった。
「繭月さん!」
新兒の合図に、空かさず繭月は燃え盛る結晶を狛乃神に、彼女を覆う氷に撃ち込んだ。
氷は一瞬で融解し、狛乃神は一転して水中に囚われた。
「ゴボッ!?」
突然のことに狛乃神は動揺する。
しかし水が液体になったということは、抜け出すことも容易になったということだ。
狛乃神は両腕で水を掻き、勢い良く上方へ飛び出した。
そして、新兒は既に次の手を打っていた。
「うぎッ!?」
狛乃神が飛び出した方向には、既に大量の鋭利な氷の粒が浮遊していたのだ。
彼女はそこへ勢い良く突っ込んだ。
慌てていたので、出せる全速力で。
その驚異的な速度で、鋭利な氷の粒に自ら衝突した彼女は、肌に僅かな掠り傷を負った。
「岬守!」
合図が出されるまでもなく、航は既に光線砲を狛乃神に向けていた。
狙いも分かっている。
ただ狛乃神を撃つだけでは、彼女にダメージは入らない。
しかし、既にほんの僅かな掠り傷を負ったその蟻の眉間程の裂け目ならば、確実に耐久力が落ちているだろう。
航の光線砲が狛乃神の肩を貫いた。
漸く初めて、彼女に此方の攻撃が通ったのだ。
「ぐううっっ!!」
狛乃神は怒りの籠った目で航を睨み付ける。
だが空かさず、再び新兒が彼女を氷の中に閉じ込めた。
「もう解るよな、繭月さんよ!」
「ええ!」
繭月の結晶弾が再び氷を融かし、狛乃神を水中に捕える。
この作業の狙いは二つある。
一つは彼女を捕える物体を固体から液体に変化させ、脱出しようとする狛乃神の力を受け流してしまうこと。
もう一つは、彼女が勢い良く移動して脱出する、という状況を作ることだ。
水中に囚われた狛乃神は勢い良く水を掻いて外へと脱出する。
この時、彼女は水の外へと「浮上」しようとする筈だ。
上下が不覚になる訳ではないのだから、水の外へ出ることを意識すれば、自然と上方に向かって飛び出す筈である。
つまり、新兒が鋭利で細かい氷の粒で罠を張るべき範囲はある程度絞られる。
後は、狛乃神自身のスピードを利用して彼女の肌にほんの僅かな傷を作る。
それが恢復してしまうまでの、ほんの僅かな一瞬、須臾、刹那の隙に航が光線砲を撃ち、ダメージを与える。
――以上が新兒の策、その全容である。
どうやら有効だった様で、航は狛乃神の肩へ二発目のダメージを与えた。
(行けるぞ! このままダメージを与え続ければ狛乃神にも限界が来る筈! 今のところ、僕が撃った光線砲は三発! 今の僕には全部で十発、残り七発の光線砲が撃てるんだ! もう少しダメージが大きいところ、胴体を狙えれば……!)
新兒の作戦には二つの穴があった。
一つは、狛乃神が新兒の仕掛けた罠に頭から突っ込む関係上、どうしても掠り傷は体の胸から上に集中してしまうということだ。
しかも傷を負った時点で反射的に頭を腕で庇ってしまう為、実質的に航の狙いは腕に絞られてしまう。
光線砲が二発とも肩を撃ち抜いたのはそういう理由だ。
そしてもう一つは、狛乃神がこの仕掛けに慣れてしまった場合、素直に上方へ脱出してくれなくなる、ということだ。
狛乃神は三ループ目の水中に囚われているが、これまでと違って慌てて動いてはいない。
そして冷静に水中で留まり、不敵な笑みを浮かべて全身から光を放つ。
『舐めるな……!』
瞬間、航は嫌な予感を覚えた。
狛乃神が発する光が巨大な熱量と共に膨れ上がり、航達の目を眩ませる。
「ぐああああッッ!!」
「あああああッッ!!」
視界を失った航は新兒と繭月の悲鳴を聞いた。
何か良からぬ事が起きている――そう感じた航は咄嗟に体を伏せた。
「チッ、一人逃れやがったか、ウザいなもう……」
光が弱まり、航の視力も少しずつ戻ってきた。
顔を上げた彼の目に飛び込んできたのは、気を失い倒れ伏している新兒と繭月だった。
ただ倒れているだけでなく、二人とも腹の辺りから血を流している。
「虻球磨、繭月さん……! 糞、いったい二人に何が……?」
その時、航は背中に奇妙な悪寒が走り抜けた様な気がした。
航は混凝土に手を突き、それを軸に体を回しながら振り返って立ち上がった。
そんな航の前方、夜空を見上げると、そこには両腕を交差させた狛乃神が浮いていた。
彼女の周囲からは水も氷の粒も全て消え失せ、その両手は羽根の付いた小さな鏃を指と指の間に八本持っていた。
『武装神為・天羽羽矢金鏃』
狛乃神の姿を見た瞬間、航は新兒と繭月を襲った攻撃を理解した。
敵は目にも留まらぬ速さで此方の間合いに入り、一切の反応を許さぬまま一撃で戦闘不能に追い込む拳を放つ、そんな圧倒的身体能力を発揮している。
そのような状態で、あの様な小さな鏃を投げ付けてきたら、果たして躱せるのだろうか。
(武装神為、甲公爵邸で推城が使ってた奴か!)
航は走った。
兎に角狛乃神に狙いを付けさせないのが必須だと感じたからだ。
狛乃神の手から八つの鏃が投げ付けられる。
動き回ったことが功を奏したのか、幸い鏃は悉くが外れ、混凝土に底の見えない穴を開けただけだった。
「チッ、チョコマカと逃げやがってウザいなぁ……。私様、やっぱこれ狙い難いわ……」
狛乃神はそれ以上武装神為を形成しなかった。
破られれば大量の神為を失う筈の武装神為をあっさりと捨てるその行動は、彼女が膨大な神為を持つことの証左である。
狛乃神の次の行動が更にそのことを裏付ける。
「面倒臭いから遊びは終わりにするか……」
狛乃神は片腕を天に突き上げた。
上向きに拡げられた掌の上に西瓜大の紅い光の球体が出現し、夜空へと立ち上っていく。
(なんだ? 何をする気だ?)
警戒する航は球体から目を離せない。
すると球体は一気に膨れ上がり、夜空を覆い隠す巨大な天井と化した。
「なっ!?」
漫画をよく読む航にはすぐに理解出来た。
狛乃神が掌から出現させた紅い光の球体は想像を絶する大きさにまで膨張したのだ。
この後、彼女が取る行動も容易に想像出来る。
灼熱の紅炎が巨大な天井から飛び出しては折り返し、再び天井に吸収される。
「やめろ! そんなものを落としたら巻き込まれるのは僕達だけじゃない! 空港ばかりか周りの街も何もかも消し飛ぶぞ!」
「舐めるなよ。私様達皇族の神為が破壊するのは潰したい相手だけじゃん。この攻撃で死ぬのは貴方達だけだから安心しろし」
狛乃神は冷酷にそう告げると、突き上げた腕を勢い良く振り下ろした。
同時に、紅い天井がゆっくりと降下し始める。
「死ね」
紅い天井が航達に迫る。
その灼熱は近付くだけで蒸発してしまうのだと解るが、一方で呑み込まれた空港の建屋や飛行機は一切傷付いた様子が無い。
つまり彼女が言う様に、この攻撃は航達だけを破壊するのだ。
こんな物を繰り出せるのなら、航達に最初から勝ち目など無かった。
この戦いは狛乃神にとって、本当に暇潰しの戯れだったのだ。
「糞ッ!! 諦めて堪るか!!」
航は光線砲を迫る天井の向こうに隠れた狛乃神に向けて撃った。
しかし、航からの攻撃は天井に吸収されて狛乃神まで届かない。
それでも尚、航は光線砲を撃ち続ける。
「諦めが悪いにも程があるっしょ……」
狛乃神は呆れた様に言い放った。
彼女の言う様に、最早航には為す術は無い、かに思われた。
「死んで……死んで堪るか……!」
航は十発全ての光線砲を撃ち尽くし、それでも空を睨んだ。
為す術は無くとも、尚も生きる意思を迫り来る紅い天井に向け続ける。
それは無意味な抵抗の意思の筈だった。
しかしその時、突然天井が動きを止めた。
まるで何かにぶつかってそれ以上進めない、という様相だった。
「何?」
狛乃神は困惑している。
航にも何が起きたのか解らなかった。
だがその時、動きを止めた紅い天井は別の天井によって更に覆い隠された。
それは鏡の様に航達の姿を映す。
「え?」
航は驚き、そして何かを予感し、期待した。
鏡といえば、似た様な能力の使い手に心当たりがある。
「まさか……」
激しい爆圧音が鳴り、天を覆った鏡が砕け散った。
その向こうには、狛乃神が口惜しそうな顰め面で飛行機の上を睨み付けていた。
降り頻る金剛石と銀の破片が煌星の様に輝く中、航は狛乃神の視線の先に小さな二つの人影を認めた。
「幽鷹君に……兎黄泉ちゃん……?」
飛行機の上に立っていたのは双子の兄妹・雲野幽鷹と雲野兎黄泉だった。
そしてもう一人、痩せた大人の男が背後から航に近寄ってくる。
『岬守……』
知っている声だった。
航は半信半疑で振り返った。
見たい様な見たくない様な、そんな二つの気持ちが鬩ぎ合っていた。
『……よぅ……』
男の姿を見て、航は瞠目した。
予感していたが、信じられなかった。
「虎駕……!」
振り返った航が見たのは、半透明に光り輝く虎駕憲進の姿だった。
戦いは圧倒的に狛乃神が優位に立っていた。
皇族ならではの強大すぎる神為を前に、航達の能力は彼女に全くダメージを与えられていない。
根尾や白檀が能力を行使しようにも、狛乃神には何もされていないも同然に変化を与えられない。
「良い事を教えよっか。抑も、家柄が良いってどういうことだと思う? それは皇族に血筋が近いってこと。六摂家は勿論、貴族達は多かれ少なかれ皇族と血縁関係を持つことで力を強めてきた。つまり、皇族に近付くことで貴族達は神性を高めるの。私様達皇族はその総元締め。そりゃ別格だよねえ……」
狛乃神は嗜虐的な笑みを浮かべ、余裕を見せる。
彼女の言うとおり、日本人にとって帝とは民族統合の象徴であり、神の血を引く総本家の様なものだとも言われている。
皇祖神たる天照皇大神は日本人の総氏神とされる。
「だからま、貴方達の如き雑魚が私様に敵う筈無いし。大人しく殺された方が楽に死ねるっしょ。でもそれじゃつまらないから、無駄な抵抗をしてくれるのは大歓迎だけどさ」
これは神々の戯れ、暇潰しなのかも知れない。
少女の無邪気な戯れが、航達の命運を俎板の上に載せ、包丁を首筋に当てて怯える様を楽しんでいるのだ。
実際、航達はどうしても威圧され、恐怖してしまう。
だが、彼らは決して折れない。
今までも何度も絶望的な状況を乗り越えてきた。
そして今回、一人の男に策があるという。
「虻球磨、その策で行けるんだな?」
新兒は直前、一つの手を考えたらしい。
その内容を航も繭月も聞かされていない。
のんびりと内緒の相談を出来る様な状況でもない。
「まず俺があいつを攻撃する。その後、合図を出すからそのタイミングで呼ばれた方が光線砲か結晶弾を撃ってくれ。狙いはその時判る筈だからよ」
そういうわけで、新兒は普通に、聞こえる様に、最低限度の内容を航と繭月に伝えた。
二人はただ新兒の指示に従えば良いという訳である。
「どんな浅知恵か知らないけど、精々無駄に足掻きなよ」
狛乃神の周囲の空気が歪んだ。
幼稚にして脅威の暴がまたしても振るわれようとしている。
航達に緊張が奔った。
動いたのは新兒である。
両手を狛乃神に向けた彼の能力、その主な用途は、空気中の水蒸気を凝固させて自身に纏うというものだ。
しかし実のところ、その本質は二つの過程に分けられる。
一つは必要な水分を周囲から集めるということ、もう一つは水の三態――即ち氷・水・水蒸気という固体・液体・気体の状態を変化させ、氷を作ることである。
重要なのは、空気中の水蒸気を氷にして目に見える氷、それも武器や防具に出来る程度の氷を得るには、相当の範囲から水分を集めなければならないということだ。
新兒の能力は主に近接格闘の能力だが、必要な効果範囲は実を言うと極めて広いのだ。
この空港のすぐ近くには海がある。
つまり今、新兒には状態変化させて使える水が大量に存在するのだ。
「喰らえっ!!」
その大量に集めた水が巨大な氷に変わる。
但し、それを身に纏うのは新兒ではない。
狛乃神は一瞬にして氷の中に閉じ込められた。
確かに、能力そのもので彼女の行動を制約することは出来ない。
しかし、彼女に関係無いところで能力が行使されることまで無効化される訳ではない。
今回、狛乃神自身が凍り付いた訳ではなく、彼女の周囲に集まった水が凍り付いたのだ。
それでも、氷の中から狛乃神の声が航達の意識に直接語り掛けてくる。
『こんなことしても無駄。こんなの、すぐに破れるし』
狛乃神は不敵な笑みを浮かべている。
彼女の言うとおり、氷には既に内側から罅が入っている。
だが新兒はそのようなこと既に織り込み済みだった。
「繭月さん!」
新兒の合図に、空かさず繭月は燃え盛る結晶を狛乃神に、彼女を覆う氷に撃ち込んだ。
氷は一瞬で融解し、狛乃神は一転して水中に囚われた。
「ゴボッ!?」
突然のことに狛乃神は動揺する。
しかし水が液体になったということは、抜け出すことも容易になったということだ。
狛乃神は両腕で水を掻き、勢い良く上方へ飛び出した。
そして、新兒は既に次の手を打っていた。
「うぎッ!?」
狛乃神が飛び出した方向には、既に大量の鋭利な氷の粒が浮遊していたのだ。
彼女はそこへ勢い良く突っ込んだ。
慌てていたので、出せる全速力で。
その驚異的な速度で、鋭利な氷の粒に自ら衝突した彼女は、肌に僅かな掠り傷を負った。
「岬守!」
合図が出されるまでもなく、航は既に光線砲を狛乃神に向けていた。
狙いも分かっている。
ただ狛乃神を撃つだけでは、彼女にダメージは入らない。
しかし、既にほんの僅かな掠り傷を負ったその蟻の眉間程の裂け目ならば、確実に耐久力が落ちているだろう。
航の光線砲が狛乃神の肩を貫いた。
漸く初めて、彼女に此方の攻撃が通ったのだ。
「ぐううっっ!!」
狛乃神は怒りの籠った目で航を睨み付ける。
だが空かさず、再び新兒が彼女を氷の中に閉じ込めた。
「もう解るよな、繭月さんよ!」
「ええ!」
繭月の結晶弾が再び氷を融かし、狛乃神を水中に捕える。
この作業の狙いは二つある。
一つは彼女を捕える物体を固体から液体に変化させ、脱出しようとする狛乃神の力を受け流してしまうこと。
もう一つは、彼女が勢い良く移動して脱出する、という状況を作ることだ。
水中に囚われた狛乃神は勢い良く水を掻いて外へと脱出する。
この時、彼女は水の外へと「浮上」しようとする筈だ。
上下が不覚になる訳ではないのだから、水の外へ出ることを意識すれば、自然と上方に向かって飛び出す筈である。
つまり、新兒が鋭利で細かい氷の粒で罠を張るべき範囲はある程度絞られる。
後は、狛乃神自身のスピードを利用して彼女の肌にほんの僅かな傷を作る。
それが恢復してしまうまでの、ほんの僅かな一瞬、須臾、刹那の隙に航が光線砲を撃ち、ダメージを与える。
――以上が新兒の策、その全容である。
どうやら有効だった様で、航は狛乃神の肩へ二発目のダメージを与えた。
(行けるぞ! このままダメージを与え続ければ狛乃神にも限界が来る筈! 今のところ、僕が撃った光線砲は三発! 今の僕には全部で十発、残り七発の光線砲が撃てるんだ! もう少しダメージが大きいところ、胴体を狙えれば……!)
新兒の作戦には二つの穴があった。
一つは、狛乃神が新兒の仕掛けた罠に頭から突っ込む関係上、どうしても掠り傷は体の胸から上に集中してしまうということだ。
しかも傷を負った時点で反射的に頭を腕で庇ってしまう為、実質的に航の狙いは腕に絞られてしまう。
光線砲が二発とも肩を撃ち抜いたのはそういう理由だ。
そしてもう一つは、狛乃神がこの仕掛けに慣れてしまった場合、素直に上方へ脱出してくれなくなる、ということだ。
狛乃神は三ループ目の水中に囚われているが、これまでと違って慌てて動いてはいない。
そして冷静に水中で留まり、不敵な笑みを浮かべて全身から光を放つ。
『舐めるな……!』
瞬間、航は嫌な予感を覚えた。
狛乃神が発する光が巨大な熱量と共に膨れ上がり、航達の目を眩ませる。
「ぐああああッッ!!」
「あああああッッ!!」
視界を失った航は新兒と繭月の悲鳴を聞いた。
何か良からぬ事が起きている――そう感じた航は咄嗟に体を伏せた。
「チッ、一人逃れやがったか、ウザいなもう……」
光が弱まり、航の視力も少しずつ戻ってきた。
顔を上げた彼の目に飛び込んできたのは、気を失い倒れ伏している新兒と繭月だった。
ただ倒れているだけでなく、二人とも腹の辺りから血を流している。
「虻球磨、繭月さん……! 糞、いったい二人に何が……?」
その時、航は背中に奇妙な悪寒が走り抜けた様な気がした。
航は混凝土に手を突き、それを軸に体を回しながら振り返って立ち上がった。
そんな航の前方、夜空を見上げると、そこには両腕を交差させた狛乃神が浮いていた。
彼女の周囲からは水も氷の粒も全て消え失せ、その両手は羽根の付いた小さな鏃を指と指の間に八本持っていた。
『武装神為・天羽羽矢金鏃』
狛乃神の姿を見た瞬間、航は新兒と繭月を襲った攻撃を理解した。
敵は目にも留まらぬ速さで此方の間合いに入り、一切の反応を許さぬまま一撃で戦闘不能に追い込む拳を放つ、そんな圧倒的身体能力を発揮している。
そのような状態で、あの様な小さな鏃を投げ付けてきたら、果たして躱せるのだろうか。
(武装神為、甲公爵邸で推城が使ってた奴か!)
航は走った。
兎に角狛乃神に狙いを付けさせないのが必須だと感じたからだ。
狛乃神の手から八つの鏃が投げ付けられる。
動き回ったことが功を奏したのか、幸い鏃は悉くが外れ、混凝土に底の見えない穴を開けただけだった。
「チッ、チョコマカと逃げやがってウザいなぁ……。私様、やっぱこれ狙い難いわ……」
狛乃神はそれ以上武装神為を形成しなかった。
破られれば大量の神為を失う筈の武装神為をあっさりと捨てるその行動は、彼女が膨大な神為を持つことの証左である。
狛乃神の次の行動が更にそのことを裏付ける。
「面倒臭いから遊びは終わりにするか……」
狛乃神は片腕を天に突き上げた。
上向きに拡げられた掌の上に西瓜大の紅い光の球体が出現し、夜空へと立ち上っていく。
(なんだ? 何をする気だ?)
警戒する航は球体から目を離せない。
すると球体は一気に膨れ上がり、夜空を覆い隠す巨大な天井と化した。
「なっ!?」
漫画をよく読む航にはすぐに理解出来た。
狛乃神が掌から出現させた紅い光の球体は想像を絶する大きさにまで膨張したのだ。
この後、彼女が取る行動も容易に想像出来る。
灼熱の紅炎が巨大な天井から飛び出しては折り返し、再び天井に吸収される。
「やめろ! そんなものを落としたら巻き込まれるのは僕達だけじゃない! 空港ばかりか周りの街も何もかも消し飛ぶぞ!」
「舐めるなよ。私様達皇族の神為が破壊するのは潰したい相手だけじゃん。この攻撃で死ぬのは貴方達だけだから安心しろし」
狛乃神は冷酷にそう告げると、突き上げた腕を勢い良く振り下ろした。
同時に、紅い天井がゆっくりと降下し始める。
「死ね」
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その灼熱は近付くだけで蒸発してしまうのだと解るが、一方で呑み込まれた空港の建屋や飛行機は一切傷付いた様子が無い。
つまり彼女が言う様に、この攻撃は航達だけを破壊するのだ。
こんな物を繰り出せるのなら、航達に最初から勝ち目など無かった。
この戦いは狛乃神にとって、本当に暇潰しの戯れだったのだ。
「糞ッ!! 諦めて堪るか!!」
航は光線砲を迫る天井の向こうに隠れた狛乃神に向けて撃った。
しかし、航からの攻撃は天井に吸収されて狛乃神まで届かない。
それでも尚、航は光線砲を撃ち続ける。
「諦めが悪いにも程があるっしょ……」
狛乃神は呆れた様に言い放った。
彼女の言う様に、最早航には為す術は無い、かに思われた。
「死んで……死んで堪るか……!」
航は十発全ての光線砲を撃ち尽くし、それでも空を睨んだ。
為す術は無くとも、尚も生きる意思を迫り来る紅い天井に向け続ける。
それは無意味な抵抗の意思の筈だった。
しかしその時、突然天井が動きを止めた。
まるで何かにぶつかってそれ以上進めない、という様相だった。
「何?」
狛乃神は困惑している。
航にも何が起きたのか解らなかった。
だがその時、動きを止めた紅い天井は別の天井によって更に覆い隠された。
それは鏡の様に航達の姿を映す。
「え?」
航は驚き、そして何かを予感し、期待した。
鏡といえば、似た様な能力の使い手に心当たりがある。
「まさか……」
激しい爆圧音が鳴り、天を覆った鏡が砕け散った。
その向こうには、狛乃神が口惜しそうな顰め面で飛行機の上を睨み付けていた。
降り頻る金剛石と銀の破片が煌星の様に輝く中、航は狛乃神の視線の先に小さな二つの人影を認めた。
「幽鷹君に……兎黄泉ちゃん……?」
飛行機の上に立っていたのは双子の兄妹・雲野幽鷹と雲野兎黄泉だった。
そしてもう一人、痩せた大人の男が背後から航に近寄ってくる。
『岬守……』
知っている声だった。
航は半信半疑で振り返った。
見たい様な見たくない様な、そんな二つの気持ちが鬩ぎ合っていた。
『……よぅ……』
男の姿を見て、航は瞠目した。
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