日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第四十六話『子少女』 急

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 宙に浮かぶこまかみを中心に、地上のわたるしん、そしてほのおの翼でこまかみよりも高い位置に浮かぶまゆづきの三人が、それぞれ三角形の頂点に位置して取り囲む。
 戦いは圧倒的にこまかみが優位に立っていた。
 皇族ならではの強大すぎるしんを前に、わたる達の能力は彼女に全くダメージを与えられていない。
 びやくだんが能力を行使しようにも、こまかみには何もされていないも同然に変化を与えられない。

「良い事を教えよっか。そもそも、家柄が良いってどういうことだと思う? それは皇族に血筋が近いってこと。六摂家はもちろん、貴族達は多かれ少なかれ皇族と血縁関係を持つことで力を強めてきた。つまり、皇族に近付くことで貴族達は神性を高めるの。わたしさま達皇族はその総元締め。そりゃ別格だよねえ……」

 こまかみぎやく的な笑みを浮かべ、余裕を見せる。
 彼女の言うとおり、日本人にとってみかどとは民族統合の象徴であり、神の血を引く総本家の様なものだとも言われている。
 皇祖神たるあまてらすすめおおかみは日本人の総氏神とされる。

「だからま、貴方あなた達の如き雑魚ざこわたしさまかなはず無いし。大人しく殺された方が楽に死ねるっしょ。でもそれじゃつまらないから、無駄な抵抗をしてくれるのは大歓迎だけどさ」

 これは神々の戯れ、ひまつぶしなのかも知れない。
 少女の無邪気な戯れが、わたる達の命運をまないたの上に載せ、包丁を首筋に当てておびえる様を楽しんでいるのだ。
 実際、わたる達はどうしても威圧され、恐怖してしまう。

 だが、彼らは決して折れない。
 今までも何度も絶望的な状況を乗り越えてきた。
 そして今回、一人の男に策があるという。

あぶ、その策で行けるんだな?」

 しんは直前、一つの手を考えたらしい。
 その内容をわたるまゆづきも聞かされていない。
 のんびりと内緒の相談を出来る様な状況でもない。

「まずおれがあいつを攻撃する。その後、合図を出すからそのタイミングで呼ばれた方が光線砲か結晶弾を撃ってくれ。狙いはその時わかる筈だからよ」

 そういうわけで、しんは普通に、聞こえる様に、最低限度の内容をわたるまゆづきに伝えた。
 二人はただしんの指示に従えば良いという訳である。

「どんな浅知恵か知らないけど、精々無駄にきなよ」

 こまかみの周囲の空気がゆがんだ。
 幼稚にして脅威の暴がまたしても振るわれようとしている。
 わたる達に緊張がはしった。

 動いたのはしんである。
 両手をこまかみに向けた彼の能力、その主な用途は、空気中の水蒸気を凝固させて自身にまとうというものだ。
 しかし実のところ、その本質は二つの過程に分けられる。
 一つは必要な水分を周囲から集めるということ、もう一つは水の三態――すなわち氷・水・水蒸気という固体・液体・気体の状態を変化させ、氷を作ることである。

 重要なのは、空気中の水蒸気を氷にして目に見える氷、それも武器や防具に出来る程度の氷を得るには、相当の範囲から水分を集めなければならないということだ。
 しんの能力は主に近接格闘の能力だが、必要な効果範囲は実を言うと極めて広いのだ。
 この空港のすぐ近くには海がある。
 つまり今、しんには状態変化させて使える水が大量に存在するのだ。

「喰らえっ!!」

 その大量に集めた水が巨大な氷に変わる。
 但し、それを身に纏うのはしんではない。
 こまかみは一瞬にして氷の中に閉じ込められた。

 確かに、能力そのもので彼女の行動を制約することは出来ない。
 しかし、彼女に関係無いところで能力が行使されることまで無効化される訳ではない。
 今回、こまかみ自身が凍り付いた訳ではなく、彼女の周囲に集まった水が凍り付いたのだ。
 それでも、氷の中からこまかみの声がわたる達の意識に直接語り掛けてくる。

『こんなことしても無駄。こんなの、すぐに破れるし』

 こまかみは不敵な笑みを浮かべている。
 彼女の言うとおり、氷には既に内側からひびが入っている。
 だがしんはそのようなこと既に織り込み済みだった。

まゆづきさん!」

 しんの合図に、かさずまゆづきは燃え盛る結晶をこまかみに、彼女を覆う氷に撃ち込んだ。
 氷は一瞬で融解し、こまかみは一転して水中にとらわれた。

「ゴボッ!?」

 突然のことにこまかみは動揺する。
 しかし水が液体になったということは、抜け出すことも容易になったということだ。
 こまかみは両腕で水をき、勢い良く上方へ飛び出した。
 そして、しんは既に次の手を打っていた。

「うぎッ!?」

 こまかみが飛び出した方向には、既に大量の鋭利な氷の粒が浮遊していたのだ。
 彼女はそこへ勢い良く突っ込んだ。
 慌てていたので、出せる全速力で。
 その驚異的な速度で、鋭利な氷の粒に自ら衝突した彼女は、肌にわずかなかすきずを負った。

さきもり!」

 合図が出されるまでもなく、わたるは既に光線砲をこまかみに向けていた。
 狙いも分かっている。
 ただこまかみを撃つだけでは、彼女にダメージは入らない。
 しかし、既にほんの僅かな掠り傷を負ったそのありけん程の裂け目ならば、確実に耐久力が落ちているだろう。

 わたるの光線砲がこまかみの肩を貫いた。
 ようやく初めて、彼女にちらの攻撃が通ったのだ。

「ぐううっっ!!」

 こまかみは怒りのこもった目でわたるにらける。
 だが空かさず、再びしんが彼女を氷の中に閉じ込めた。

「もうわかるよな、まゆづきさんよ!」
「ええ!」

 まゆづきの結晶弾が再び氷をかし、こまかみを水中に捕える。
 この作業の狙いは二つある。
 一つは彼女を捕える物体を固体から液体に変化させ、脱出しようとするこまかみの力を受け流してしまうこと。
 もう一つは、彼女が勢い良く移動して脱出する、という状況を作ることだ。

 水中に囚われたこまかみは勢い良く水を掻いて外へと脱出する。
 この時、彼女は水の外へと「浮上」しようとする筈だ。
 上下が不覚になる訳ではないのだから、水の外へ出ることを意識すれば、自然と上方に向かって飛び出す筈である。
 つまり、しんが鋭利で細かい氷の粒でわなを張るべき範囲はある程度絞られる。

 後は、こまかみ自身のスピードを利用して彼女の肌にほんの僅かな傷を作る。
 それがかいふくしてしまうまでの、ほんの僅かな一瞬、しゆせつの隙にわたるが光線砲を撃ち、ダメージを与える。

 ――以上がしんの策、その全容である。
 どうやら有効だった様で、わたるこまかみの肩へ二発目のダメージを与えた。

(行けるぞ! このままダメージを与え続ければこまかみにも限界が来る筈! 今のところ、ぼくが撃った光線砲は三発! 今のぼくには全部で十発、残り七発の光線砲が撃てるんだ! もう少しダメージが大きいところ、胴体を狙えれば……!)

 しんの作戦には二つの穴があった。
 一つは、こまかみしんの仕掛けた罠に頭から突っ込む関係上、どうしても掠り傷は体の胸から上に集中してしまうということだ。
 しかも傷を負った時点で反射的に頭を腕でかばってしまうため、実質的にわたるの狙いは腕に絞られてしまう。
 光線砲が二発とも肩を撃ち抜いたのはそういう理由だ。

 そしてもう一つは、こまかみがこの仕掛けに慣れてしまった場合、素直に上方へ脱出してくれなくなる、ということだ。
 こまかみは三ループ目の水中に囚われているが、これまでと違って慌てて動いてはいない。
 そして冷静に水中でとどまり、不敵な笑みを浮かべて全身から光を放つ。

めるな……!』

 瞬間、わたるは嫌な予感を覚えた。
 こまかみが発する光が巨大な熱量と共に膨れ上がり、わたる達の目をくらませる。

「ぐああああッッ!!」
「あああああッッ!!」

 視界を失ったわたるしんまゆづきの悲鳴を聞いた。
 何か良からぬ事が起きている――そう感じたわたるとつに体を伏せた。

「チッ、一人逃れやがったか、ウザいなもう……」

 光が弱まり、わたるの視力も少しずつ戻ってきた。
 顔を上げた彼の目に飛び込んできたのは、気を失い倒れ伏しているしんまゆづきだった。
 ただ倒れているだけでなく、二人とも腹の辺りから血を流している。

あぶまゆづきさん……! くそ、いったい二人に何が……?」

 その時、わたるは背中に奇妙なかんが走り抜けた様な気がした。
 わたる混凝土コンクリートに手を突き、それを軸に体を回しながら振り返って立ち上がった。
 そんなわたるの前方、夜空を見上げると、そこには両腕を交差させたこまかみが浮いていた。
 彼女の周囲からは水も氷の粒も全てせ、その両手は羽根の付いた小さなやじりを指と指の間に八本持っていた。

そうしんあめのはやのかなやじり

 こまかみの姿を見た瞬間、わたるしんまゆづきを襲った攻撃を理解した。
 敵は目にも留まらぬ速さでちらの間合いに入り、一切の反応を許さぬまま一撃で戦闘不能に追い込む拳を放つ、そんな圧倒的身体能力を発揮している。
 そのような状態で、あの様な小さなやじりを投げ付けてきたら、果たしてかわせるのだろうか。

そうしんきのえ公爵邸でつきしろが使ってたやつか!)

 わたるは走った。
 かくこまかみに狙いを付けさせないのが必須だと感じたからだ。
 こまかみの手から八つの鏃が投げ付けられる。
 動き回ったことが功を奏したのか、幸い鏃はことごとくが外れ、混凝土コンクリートに底の見えない穴を開けただけだった。

「チッ、チョコマカと逃げやがってウザいなぁ……。わたしさま、やっぱこれ狙いにくいわ……」

 こまかみはそれ以上そうしんを形成しなかった。
 破られれば大量のしんを失う筈のそうしんをあっさりと捨てるその行動は、彼女が膨大なしんを持つことの証左である。
 こまかみの次の行動が更にそのことを裏付ける。

「面倒臭いから遊びは終わりにするか……」

 こまかみは片腕を天に突き上げた。
 上向きにひろげられたてのひらの上に西すい大のあかい光の球体が出現し、夜空へと立ち上っていく。

(なんだ? 何をする気だ?)

 警戒するわたるは球体から目を離せない。
 すると球体は一気に膨れ上がり、夜空を覆い隠す巨大な天井と化した。

「なっ!?」

 漫画をよく読むわたるにはすぐに理解出来た。
 こまかみが掌から出現させた紅い光の球体は想像を絶する大きさにまで膨張したのだ。
 この後、彼女が取る行動も容易に想像出来る。
 しやくねつの紅炎が巨大な天井から飛び出しては折り返し、再び天井に吸収される。

「やめろ! そんなものを落としたら巻き込まれるのはぼく達だけじゃない! 空港ばかりか周りの街も何もかも消し飛ぶぞ!」
「舐めるなよ。わたしさま達皇族のしんが破壊するのはつぶしたい相手だけじゃん。この攻撃で死ぬのは貴方あなた達だけだから安心しろし」

 こまかみは冷酷にそう告げると、突き上げた腕を勢い良く振り下ろした。
 同時に、紅い天井がゆっくりと降下し始める。

「死ね」

 紅い天井がわたる達に迫る。
 その灼熱は近付くだけで蒸発してしまうのだと解るが、一方でまれた空港の建屋や飛行機は一切傷付いた様子が無い。
 つまり彼女が言う様に、この攻撃はわたる達だけを破壊するのだ。

 こんな物を繰り出せるのなら、わたる達に最初から勝ち目など無かった。
 この戦いはこまかみにとって、本当に暇潰しの戯れだったのだ。

くそッ!! 諦めてたまるか!!」

 わたるは光線砲を迫る天井の向こうに隠れたこまかみに向けて撃った。
 しかし、わたるからの攻撃は天井に吸収されてこまかみまで届かない。
 それでもなおわたるは光線砲を撃ち続ける。

「諦めが悪いにも程があるっしょ……」

 こまかみあきれた様に言い放った。
 彼女の言う様に、はやわたるにはすべは無い、かに思われた。

「死んで……死んで堪るか……!」

 航は十発全ての光線砲を撃ち尽くし、それでも空をにらんだ。
 為す術は無くとも、尚も生きる意思を迫り来る紅い天井に向け続ける。

 それは無意味な抵抗の意思の筈だった。
 しかしその時、突然天井が動きを止めた。
 まるで何かにぶつかってそれ以上進めない、という様相だった。

「何?」

 こまかみは困惑している。
 わたるにも何が起きたのか解らなかった。
 だがその時、動きを止めた紅い天井は別の天井によって更に覆い隠された。
 それは鏡の様にわたる達の姿を映す。

「え?」

 わたるは驚き、そして何かを予感し、期待した。
 鏡といえば、似た様な能力の使い手に心当たりがある。

「まさか……」

 激しい爆圧音が鳴り、天を覆った鏡が砕け散った。
 その向こうには、こまかみが口惜しそうなしかつらで飛行機の上を睨み付けていた。
 しき金剛石ダイヤモンドと銀の破片がきらぼしの様に輝く中、わたるこまかみの視線の先に小さな二つの人影を認めた。

たか君に……ちゃん……?」

 飛行機の上に立っていたのは双子の兄妹・くもたかくもだった。
 そしてもう一人、痩せた大人の男が背後からわたるに近寄ってくる。

さきもり……』

 知っている声だった。
 わたるは半信半疑で振り返った。
 見たい様な見たくない様な、そんな二つの気持ちがせめぎ合っていた。

『……よぅ……』

 男の姿を見て、わたるどうもくした。
 予感していたが、信じられなかった。

……!」

 振り返ったわたるが見たのは、半透明に光り輝くけんしんの姿だった。
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