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第二章『神皇篇』
第四十七話『世紀の申子』 破
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飛行機の上から雲野幽鷹と雲野兎黄泉が滑走路上で始まろうとしている戦いを見下ろしている。
死者との邂逅と別れを終えた残光が、砕け散った金剛石と銀箔の破片に乱反射し、混凝土の舞台に長く留め置かれている。
「兎黄泉で良かったのですか、御兄様?」
そんな中、雲野兄妹の妹・兎黄泉が兄・幽鷹に問い掛けた。
彼女は岬守航に神為を貸し与えた。
結果、彼は第三皇女・狛乃神嵐花とどうにか独力で戦えるだけの強大な神為を得たのだ。
しかし、実は貸し与えられる神為量を兄妹で比較すると兄の方が大きい。
更に、兄は三回まで貸し与えることが可能だ。
「兎黄泉が貸してしまったら、御兄様はそれに重ね貸しすることは出来ません。しかし、御兄様が二回分、三回分貸し与えることは出来ます。あのお姉さんに対抗するには兎黄泉の神為だけでは足りなそうですよ」
実は今まで幽鷹と兎黄泉が同時に神為を貸与する場合は必ず別々の相手に行っていた。
抑も、基本的に神為は本人のものだけを自由に扱うことが出来る。
例外はあるが、少なくとも生身の上ではそれが原則である。
神為とは内なる神性であり、己の中に神を見出すことによって超常的な力を得るのだ。
つまり他者の神為とは、己以外に見出された神であり、これを恣にするのは神への不敬に等しく、烏滸がましいのだ。
この二人が神為を貸し与えた時、貸与相手の中には二人分の神為が混ざる。
幽鷹と兎黄泉は己の神為を貸与相手の神為に限りなく近付けることによってその権を相手に委ねる。
しかしこれが三人分の神為となると上手く混ざらなくなってしまうのだ。
つまり、兎黄泉から神為を借りてしまった航は、その効果が切れるまで幽鷹から追加で神為を借りことは出来ない。
そんな選択の理由を尋ねる兎黄泉の問いに、幽鷹が答える。
「多分、岬守航さんは僕の重ね貸しに耐えられないゆ」
「耐えられない、ですか……。確か大き過ぎる神為が暴走すると、全身から血が噴き出て死んでしまうんですよね」
「うん。それに、今回は兎黄泉ちゃんの様な気がする。こっちはなんとなくだけど……」
「そうですか……」
二つ目の根拠については無いに等しかったが、それでも兎黄泉は納得した。
兄妹の第六感は強大な神為に裏付けられている。
「御兄様がそういうなら、屹度当たっていますね……」
二人はそれ以上言葉を交わさず、航と狛乃神の戦いを見守る。
⦿
航と狛乃神は同時に動いた。
航は光線砲を、狛乃神は鏃の投擲をそれぞれ放った。
二人はそれぞれ、これまた同時に相手の攻撃を紙一重で躱し、互いに向かって行く。
「おおおッッ!!」
「チィッッ!!」
接近した航は零距離での射撃を狙い、砲口を狛乃神の額に当てようとする。
対する狛乃神は鏃を掴んだ指を出し、砲口に押し当てた。
この状態で光線砲を撃つと、鏃に反射して暴発してしまうのは間違い無い。
航は仕切り直しを余儀無くされたが、狛乃神はただ防御しただけではなかった。
「銀河の果てまで飛んで行け」
狛乃神は膝を振り上げ、航に蹴りを見舞おうとする。
凡そ人間の領域を大きく超えた埒外の速度を持った蹴りが放たれた。
しかし航はこれも辛うじて躱す。
汗を飛び散らせながら、航は後ろ跳びで距離を取る。
「危ねえ……!」
間合いを離した航は三度光線砲で狛乃神を狙う。
狛乃神もまた鏃を投擲する。
結果は最初と同じだった。
二人は互いの中点を軸に円を描く様に走って様子を窺う。
恐るべきは狛乃神である。
航がただ光線砲を構えて撃つという簡単な動作を行う一瞬に、狛乃神は武装神為で鏃を形成し、振り被り、勢いを付けて投げ付けるという二手三手多い動作を行う。
更に、二人が互いの攻撃を躱したのがほぼ同時ということは、投擲された鏃の速度は光線砲とほぼ同じ、亜光速ということだ。
だが、二人の表情は逆に平静を保つ航に対して苛立ちを表する狛乃神、といった様相を示している。
それもその筈、同じ紙一重で躱したといっても航は完全に鏃を回避出来ているが、狛乃神は光線砲が服や髪に掠めていた。
航は経験から狛乃神の攻撃の軌道を読めたが、狛乃神は行き当たりばったりで対応しなくてはならなかった。
接近戦で蹴りを回避出来たのも、航には人外の格闘技術の持ち主を知っていたからだ。
「ムカつくし! だったらこれでどうだ!」
狛乃神は両手に一杯の鏃を構えた。
『武装神為・天羽羽矢金鏃・八尋』
両手全ての指間、計八個の鏃が航に投擲された。
否、それだけではなく、何度も、何重も大量投擲が繰り返される。
余談ではあるが、「八」という数字には「単純に数が多い」という意味もある。
「ぐうッ……!」
最初のうちは回避出来ていた航だが、数が多過ぎてどうしても被弾してしまう。
一発が肩を掠めたことで足止めを食らい、そのまま鏃の集中砲火を受けてしまった。
航の居た地点に撃ち込まれた鏃が土埃を上げ、彼の姿を完全に呑み込んだ。
「やったか!」
狛乃神が勝利を確信した野も束の間、土埃の中から一筋の光が彼女の肩を貫いた。
岬守航は健在、姿を眩ましつつ光線砲を撃ったのだ。
この時漸く、狛乃神は土埃の中に金剛石と銀箔が混じっていることに気が付いた。
「糞!」
更に、土埃が晴れると同時に航は日本刀を構えて狛乃神に刺突した。
狛乃神は思わず鏃で受け止める。
航は空かさず連続で狛乃神に斬り掛かる。
尤も、この攻撃自体は光線砲よりも遥かに遅いので、狛乃神にとって回避するのは容易だった。
「面倒臭いな、もう!」
狛乃神は拳打を放ち、航の日本刀を圧し折った。
更に連撃で、全身を発光させて圧を放つ。
航は堪らず弾き飛ばされたが、吹き飛びながらも狙いを定めて発射した光線砲が狛乃神の頬を掠めた。
「しつこいんだよ! 猪口才な真似ばっかりして! 私様の方がずっと強いんだから大人しく負けろよ、雑魚!」
狛乃神は明らかに焦っていた。
ここまでの戦いを見ても解るとおり、実を言うと彼女には搦め手が殆ど無い。
それは単に、圧倒的な神為のゴリ押しで事足りる皇族であるが故に戦う術を全く磨いてこなかった為だ。
彼女達皇族の教育係である第一皇女・麒乃神聖花はこう述べている。
『高貴を極めし皇族たる者、下民相手に小細工を弄すること勿れ。ただ力! 力! 力で圧倒すべし!!』
その教え故、狛乃神は力押しの戦い方を変えない。
掌に光の球を形成し、手を突き出すと同時に力を解放して航に向けて照射する。
「消し飛べ!」
しかし、航は狛乃神の攻撃に砲撃を合わせた。
二つの光が衝突し、激しい爆発を起こす。
航は爆煙を突っ切り、狛乃神へと一気に接近した。
「誰かが云ってた言葉だが、強い奴が勝つんじゃない、勝った奴が強いんだ」
航は今一度日本刀を形成し、狛乃神目掛けて振り上げる。
狛乃神はこれを楽々躱すが、二の太刀、三の太刀と航は追撃を放つ。
「こんな蚊が止まる様な剣技喰らうか……ん!?」
ふと、狛乃神は周囲の異変に気が付いた。
いつの間にか、彼女の周囲には奇妙なものが散らばっている。
彼女を取り囲む様に、其処彼処に煌めく物体が転がっている。
「これは……さっきの大玉が防がれた時の……!」
そう、狛乃神が気が付いた様に、彼女はいつの間にか追い込まれていた。
航が神為を貸し与えられる直前、狛乃神は確かに彼を追い詰めていた。
その時、航を救ったのは巨大な鏡の障壁だった。
それは狛乃神の攻撃によってバラバラに砕け散ったのだ。
つまり、その破片が今、狛乃神を取り囲んでいる。
航は光線砲を構えた。
狛乃神は悟った。
今、彼女には航の砲撃を躱す空間が残されていないのだ。
「ま、待て!」
気付いた時にはもう遅い。
勿論、航は確信を持って狛乃神をこの場所に追い込んだのだ。
砲口が狛乃神に向けられ、一筋の光が放たれる。
狛乃神は直接の射撃こそ辛うじて躱したものの、四方八方を取り囲む鏡に反射して縦横無尽に駆け巡る光はどうしようも無かった。
「あああああああッッ!!」
洗練された神為は破壊したい対象のみを破壊する。
兎黄泉に貸与されて強大な神為を得た航もまた、鏡には反射し狛乃神だけにダメージを与える術を身に着けていたのだ。
狛乃神は為す術無く大量の光線に貫かれ、ボロボロになってその場に倒れ伏した。
「……悪く思わないでくれ。こっちも生き残る為に必死なんだ」
航は一人静かにそう呟くと、能力を解除して手から光線砲ユニットと日本刀を消した。
戦いは航の作戦勝ち、といったところだろう。
しかし、決して楽に勝った訳ではない。
航はその場に膝を突いた。
「ぐっ、さっきの鏃の乱れ打ちが結構堪えたな……」
同時に、航は全身から力が抜けていく様な感覚を抱いた。
力を失う、というよりは強化が元に戻ったといったところか。
兎黄泉による神為貸与の効果が切れたのだ。
「後ほんの少しでも戦いが長引いていたら終わっていたってことか……。ギリギリだったんだな」
航の許へ雲野兄妹がふわりと舞い上がり、ゆっくりと降下してくる。
どうやら二人は何処からともなくこの空港へ飛んできたらしい。
相変わらず不思議な兄妹である。
航は振り返って彼らを迎えた。
「岬守航さん、無事なのですか?」
「ありがとう、兎黄泉ちゃん。助かったよ」
航は気の抜けた表情で兎黄泉に微笑みかける。
「幽鷹君もよく来てくれたな。後は魅琴さえ揃えば帰国出来るぞ」
安堵の表情を浮かべる航だが、すぐに目を見開いて硬直した。
何やら嫌な気配を背後から感じたのだ。
それは彼にとって信じたくない事実だった。
大量の光線砲を受けてズタボロになった狛乃神が、それでもふらつきながら立ち上がってきたのだ。
「帰国は……させないって言ってんじゃん……!」
航は驚愕の中振り返り、雲野兄妹を庇って狛乃神と相対した。
狛乃神は前傾姿勢で、余裕の無い表情を浮かべて上目遣いで航を睨んでいる。
重い足取りで一歩、航に迫る。
瞬間、狛乃神はバランスを崩して倒れそうになるも、何とか堪えた。
「よくもやってくれたよね、岬守航。止めを刺されていたら殺されてたし。でも、貴方は甘いよ。破壊工作なんか出来る器じゃないよね。それだけは信じてあげるよ」
もう一歩、狛乃神は足を前に出した。
今度は力強く混凝土を踏み締める。
心做しか、彼女の体力は少しずつ恢復している様に思える。
「気付いた? 私様の神為は下々の民とは次元が違う。恢復力も別格じゃん。後少しもすれば、貴方が私様に与えたダメージは全快する。それで、そっちはどうする? 今度はそっちの男の子が神為を貸しちゃうのかな?」
狛乃神の言う様に、戦いを継続するには幽鷹から神為を借りるしかないだろう。
しかし、問題は狛乃神のこの恢復力である。
次も、また次も、止めを刺しきれなければ戦いをまた振り出しに戻される。
対する航には、あと三回しかチャンスは無いのだ。
「尤も、こっちは神為を借りる前に潰せばいいだけじゃん! 消し炭にしてやるよ!」
狛乃神は掌を振り被り、光の球を手に纏った。
早く幽鷹から神為を借りなければ、強大な神為の解放により三人とも消し飛んでしまう。
だがその時、狛乃神の背後から何者かが彼女の手首を掴んだ。
力強く握り締められた狛乃神は腕を動かせず、光の球も不発のまま消滅した。
「貴女は……!」
「そこまでよ、狛乃神嵐花」
麗真魅琴が紫紺のホルターネックレオタードを身に纏い、狛乃神の背後に無表情で立っていた。
死者との邂逅と別れを終えた残光が、砕け散った金剛石と銀箔の破片に乱反射し、混凝土の舞台に長く留め置かれている。
「兎黄泉で良かったのですか、御兄様?」
そんな中、雲野兄妹の妹・兎黄泉が兄・幽鷹に問い掛けた。
彼女は岬守航に神為を貸し与えた。
結果、彼は第三皇女・狛乃神嵐花とどうにか独力で戦えるだけの強大な神為を得たのだ。
しかし、実は貸し与えられる神為量を兄妹で比較すると兄の方が大きい。
更に、兄は三回まで貸し与えることが可能だ。
「兎黄泉が貸してしまったら、御兄様はそれに重ね貸しすることは出来ません。しかし、御兄様が二回分、三回分貸し与えることは出来ます。あのお姉さんに対抗するには兎黄泉の神為だけでは足りなそうですよ」
実は今まで幽鷹と兎黄泉が同時に神為を貸与する場合は必ず別々の相手に行っていた。
抑も、基本的に神為は本人のものだけを自由に扱うことが出来る。
例外はあるが、少なくとも生身の上ではそれが原則である。
神為とは内なる神性であり、己の中に神を見出すことによって超常的な力を得るのだ。
つまり他者の神為とは、己以外に見出された神であり、これを恣にするのは神への不敬に等しく、烏滸がましいのだ。
この二人が神為を貸し与えた時、貸与相手の中には二人分の神為が混ざる。
幽鷹と兎黄泉は己の神為を貸与相手の神為に限りなく近付けることによってその権を相手に委ねる。
しかしこれが三人分の神為となると上手く混ざらなくなってしまうのだ。
つまり、兎黄泉から神為を借りてしまった航は、その効果が切れるまで幽鷹から追加で神為を借りことは出来ない。
そんな選択の理由を尋ねる兎黄泉の問いに、幽鷹が答える。
「多分、岬守航さんは僕の重ね貸しに耐えられないゆ」
「耐えられない、ですか……。確か大き過ぎる神為が暴走すると、全身から血が噴き出て死んでしまうんですよね」
「うん。それに、今回は兎黄泉ちゃんの様な気がする。こっちはなんとなくだけど……」
「そうですか……」
二つ目の根拠については無いに等しかったが、それでも兎黄泉は納得した。
兄妹の第六感は強大な神為に裏付けられている。
「御兄様がそういうなら、屹度当たっていますね……」
二人はそれ以上言葉を交わさず、航と狛乃神の戦いを見守る。
⦿
航と狛乃神は同時に動いた。
航は光線砲を、狛乃神は鏃の投擲をそれぞれ放った。
二人はそれぞれ、これまた同時に相手の攻撃を紙一重で躱し、互いに向かって行く。
「おおおッッ!!」
「チィッッ!!」
接近した航は零距離での射撃を狙い、砲口を狛乃神の額に当てようとする。
対する狛乃神は鏃を掴んだ指を出し、砲口に押し当てた。
この状態で光線砲を撃つと、鏃に反射して暴発してしまうのは間違い無い。
航は仕切り直しを余儀無くされたが、狛乃神はただ防御しただけではなかった。
「銀河の果てまで飛んで行け」
狛乃神は膝を振り上げ、航に蹴りを見舞おうとする。
凡そ人間の領域を大きく超えた埒外の速度を持った蹴りが放たれた。
しかし航はこれも辛うじて躱す。
汗を飛び散らせながら、航は後ろ跳びで距離を取る。
「危ねえ……!」
間合いを離した航は三度光線砲で狛乃神を狙う。
狛乃神もまた鏃を投擲する。
結果は最初と同じだった。
二人は互いの中点を軸に円を描く様に走って様子を窺う。
恐るべきは狛乃神である。
航がただ光線砲を構えて撃つという簡単な動作を行う一瞬に、狛乃神は武装神為で鏃を形成し、振り被り、勢いを付けて投げ付けるという二手三手多い動作を行う。
更に、二人が互いの攻撃を躱したのがほぼ同時ということは、投擲された鏃の速度は光線砲とほぼ同じ、亜光速ということだ。
だが、二人の表情は逆に平静を保つ航に対して苛立ちを表する狛乃神、といった様相を示している。
それもその筈、同じ紙一重で躱したといっても航は完全に鏃を回避出来ているが、狛乃神は光線砲が服や髪に掠めていた。
航は経験から狛乃神の攻撃の軌道を読めたが、狛乃神は行き当たりばったりで対応しなくてはならなかった。
接近戦で蹴りを回避出来たのも、航には人外の格闘技術の持ち主を知っていたからだ。
「ムカつくし! だったらこれでどうだ!」
狛乃神は両手に一杯の鏃を構えた。
『武装神為・天羽羽矢金鏃・八尋』
両手全ての指間、計八個の鏃が航に投擲された。
否、それだけではなく、何度も、何重も大量投擲が繰り返される。
余談ではあるが、「八」という数字には「単純に数が多い」という意味もある。
「ぐうッ……!」
最初のうちは回避出来ていた航だが、数が多過ぎてどうしても被弾してしまう。
一発が肩を掠めたことで足止めを食らい、そのまま鏃の集中砲火を受けてしまった。
航の居た地点に撃ち込まれた鏃が土埃を上げ、彼の姿を完全に呑み込んだ。
「やったか!」
狛乃神が勝利を確信した野も束の間、土埃の中から一筋の光が彼女の肩を貫いた。
岬守航は健在、姿を眩ましつつ光線砲を撃ったのだ。
この時漸く、狛乃神は土埃の中に金剛石と銀箔が混じっていることに気が付いた。
「糞!」
更に、土埃が晴れると同時に航は日本刀を構えて狛乃神に刺突した。
狛乃神は思わず鏃で受け止める。
航は空かさず連続で狛乃神に斬り掛かる。
尤も、この攻撃自体は光線砲よりも遥かに遅いので、狛乃神にとって回避するのは容易だった。
「面倒臭いな、もう!」
狛乃神は拳打を放ち、航の日本刀を圧し折った。
更に連撃で、全身を発光させて圧を放つ。
航は堪らず弾き飛ばされたが、吹き飛びながらも狙いを定めて発射した光線砲が狛乃神の頬を掠めた。
「しつこいんだよ! 猪口才な真似ばっかりして! 私様の方がずっと強いんだから大人しく負けろよ、雑魚!」
狛乃神は明らかに焦っていた。
ここまでの戦いを見ても解るとおり、実を言うと彼女には搦め手が殆ど無い。
それは単に、圧倒的な神為のゴリ押しで事足りる皇族であるが故に戦う術を全く磨いてこなかった為だ。
彼女達皇族の教育係である第一皇女・麒乃神聖花はこう述べている。
『高貴を極めし皇族たる者、下民相手に小細工を弄すること勿れ。ただ力! 力! 力で圧倒すべし!!』
その教え故、狛乃神は力押しの戦い方を変えない。
掌に光の球を形成し、手を突き出すと同時に力を解放して航に向けて照射する。
「消し飛べ!」
しかし、航は狛乃神の攻撃に砲撃を合わせた。
二つの光が衝突し、激しい爆発を起こす。
航は爆煙を突っ切り、狛乃神へと一気に接近した。
「誰かが云ってた言葉だが、強い奴が勝つんじゃない、勝った奴が強いんだ」
航は今一度日本刀を形成し、狛乃神目掛けて振り上げる。
狛乃神はこれを楽々躱すが、二の太刀、三の太刀と航は追撃を放つ。
「こんな蚊が止まる様な剣技喰らうか……ん!?」
ふと、狛乃神は周囲の異変に気が付いた。
いつの間にか、彼女の周囲には奇妙なものが散らばっている。
彼女を取り囲む様に、其処彼処に煌めく物体が転がっている。
「これは……さっきの大玉が防がれた時の……!」
そう、狛乃神が気が付いた様に、彼女はいつの間にか追い込まれていた。
航が神為を貸し与えられる直前、狛乃神は確かに彼を追い詰めていた。
その時、航を救ったのは巨大な鏡の障壁だった。
それは狛乃神の攻撃によってバラバラに砕け散ったのだ。
つまり、その破片が今、狛乃神を取り囲んでいる。
航は光線砲を構えた。
狛乃神は悟った。
今、彼女には航の砲撃を躱す空間が残されていないのだ。
「ま、待て!」
気付いた時にはもう遅い。
勿論、航は確信を持って狛乃神をこの場所に追い込んだのだ。
砲口が狛乃神に向けられ、一筋の光が放たれる。
狛乃神は直接の射撃こそ辛うじて躱したものの、四方八方を取り囲む鏡に反射して縦横無尽に駆け巡る光はどうしようも無かった。
「あああああああッッ!!」
洗練された神為は破壊したい対象のみを破壊する。
兎黄泉に貸与されて強大な神為を得た航もまた、鏡には反射し狛乃神だけにダメージを与える術を身に着けていたのだ。
狛乃神は為す術無く大量の光線に貫かれ、ボロボロになってその場に倒れ伏した。
「……悪く思わないでくれ。こっちも生き残る為に必死なんだ」
航は一人静かにそう呟くと、能力を解除して手から光線砲ユニットと日本刀を消した。
戦いは航の作戦勝ち、といったところだろう。
しかし、決して楽に勝った訳ではない。
航はその場に膝を突いた。
「ぐっ、さっきの鏃の乱れ打ちが結構堪えたな……」
同時に、航は全身から力が抜けていく様な感覚を抱いた。
力を失う、というよりは強化が元に戻ったといったところか。
兎黄泉による神為貸与の効果が切れたのだ。
「後ほんの少しでも戦いが長引いていたら終わっていたってことか……。ギリギリだったんだな」
航の許へ雲野兄妹がふわりと舞い上がり、ゆっくりと降下してくる。
どうやら二人は何処からともなくこの空港へ飛んできたらしい。
相変わらず不思議な兄妹である。
航は振り返って彼らを迎えた。
「岬守航さん、無事なのですか?」
「ありがとう、兎黄泉ちゃん。助かったよ」
航は気の抜けた表情で兎黄泉に微笑みかける。
「幽鷹君もよく来てくれたな。後は魅琴さえ揃えば帰国出来るぞ」
安堵の表情を浮かべる航だが、すぐに目を見開いて硬直した。
何やら嫌な気配を背後から感じたのだ。
それは彼にとって信じたくない事実だった。
大量の光線砲を受けてズタボロになった狛乃神が、それでもふらつきながら立ち上がってきたのだ。
「帰国は……させないって言ってんじゃん……!」
航は驚愕の中振り返り、雲野兄妹を庇って狛乃神と相対した。
狛乃神は前傾姿勢で、余裕の無い表情を浮かべて上目遣いで航を睨んでいる。
重い足取りで一歩、航に迫る。
瞬間、狛乃神はバランスを崩して倒れそうになるも、何とか堪えた。
「よくもやってくれたよね、岬守航。止めを刺されていたら殺されてたし。でも、貴方は甘いよ。破壊工作なんか出来る器じゃないよね。それだけは信じてあげるよ」
もう一歩、狛乃神は足を前に出した。
今度は力強く混凝土を踏み締める。
心做しか、彼女の体力は少しずつ恢復している様に思える。
「気付いた? 私様の神為は下々の民とは次元が違う。恢復力も別格じゃん。後少しもすれば、貴方が私様に与えたダメージは全快する。それで、そっちはどうする? 今度はそっちの男の子が神為を貸しちゃうのかな?」
狛乃神の言う様に、戦いを継続するには幽鷹から神為を借りるしかないだろう。
しかし、問題は狛乃神のこの恢復力である。
次も、また次も、止めを刺しきれなければ戦いをまた振り出しに戻される。
対する航には、あと三回しかチャンスは無いのだ。
「尤も、こっちは神為を借りる前に潰せばいいだけじゃん! 消し炭にしてやるよ!」
狛乃神は掌を振り被り、光の球を手に纏った。
早く幽鷹から神為を借りなければ、強大な神為の解放により三人とも消し飛んでしまう。
だがその時、狛乃神の背後から何者かが彼女の手首を掴んだ。
力強く握り締められた狛乃神は腕を動かせず、光の球も不発のまま消滅した。
「貴女は……!」
「そこまでよ、狛乃神嵐花」
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高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
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