日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第四十七話『世紀の申子』 急

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 こまかみは手を激しく打ち下ろし、ことの手をほどいた。
 自身の握力から力尽くで逃れられたことは驚いたのか、一瞬だけ眉をつり上げる。
 対するこまかみは焦りといらちを表情に出し、けんしわを寄せてことの方へと振り向いた。

「これはこれはねえさま。将来こうこく皇后になろうというかたが、いったい何のおつもり?」

 こまかみは嫌みったらしい口調でことに尋ねた。
 兄嫁と呼んではいるが、既に敵視していることは明らかだ。

 一方のことも、ひどく冷め切ったをしていた。
 恐ろしい程に色の無い、非人間的な表情を浮かべている。
 長い黒髪をなびかせる立ち姿が月明かりに照らされ、凍り付く様な美しさをまとっている。
 紫紺のホルターネックレオタードに強調された身体の隆線がなまめかしい。

こと……」

 わたるの呼び掛けにことは応えない。
 その有様が、わたるにはか不安で仕方が無かった。
 まるでことが、く知る幼馴染の彼女が得体の知れない何者かに思える程だ。

貴女あなたに御姉様呼ばわりされる筋合いは無いわ」
「変なこと言うじゃん。わたしさま貴女あなたが嫁入りする家の末娘だけど?」
「察しが悪いわね。こうこくの皇室はどういう教育をしているのかしら? その嫁入りを断ると言っているのよ」
「それはまたどうして? 世の中にはこうこく臣民になりたくて仕方の無いやつが居る上で、臣民どころか皇族になれるのに」

 ことは少し眉をしかめた。
 彼女もまた、知己たるけんしんに売国奴の汚名を着せる動画を見ている。
 だからこまかみの言葉がかんに障ったのだろう。
 ことは小さく溜息を吐いた。

わたしは日本国民として、うるつるすめらぎかなの間に生まれた娘。基よりこうこくの人間になるつもりは無い。死ぬ時まで、日本国民として命を燃やして輝かせる」

 ことの言葉を聞き、わたるうれしいはずだった。
 第一皇子がことに婚約を申し込んでいるという話を聞いた時はこの世の終わりかと思ったが、彼女は今はっきりとそれを否定した。
 しかし何故なぜか、わたるは異様な胸騒ぎを覚えていた。
 ことの言葉が何処か遠く、霧の向こうから聞こえる様な感覚があった。

「ふーん。ま、別にそれは良いけどね。でも、それならそれでおん便びんに断れば済む話なのに、随分とまあけんごしじゃん」
「その理由、貴女あなたわからない筈が無いでしょう。何故あんなねつぞう動画が大々的に広報されたのか、その理由に予感がある筈よ。これから日本とこうこくの間に何が起こるのか……」

 ことの答えを聞き、こまかみぎやく的な笑みを浮かべた。
 この状況、決裂が嬉しくて仕方が無い、といった様相だ。

「つまり敵対する気満々ってことね。了解。実はわたしさま貴女あなたのこといけ好かないと思ってたんだよね。下民の癖にお高くまっちゃってさ。皇后はもちろん、伯爵家ももつたいいよ」
ごく家なんて知らないわ。わたしうることよ。生まれてから死ぬまでね」

 ことこまかみの間に緊迫した空気が流れている。
 まさに一触即発といったところか。

こまかみらん、大人しく彼らを日本国に帰しなさい」
わたしさまに命令するなよ、下民が」

 にらことこまかみ
 先に動いたのはこまかみだった。
 手にやじりを形成し、ことを切り付けようとする。
 しかし振り被る前にことの拳がこまかみの顔面にさくれつした。

「ぐっ、この!」

 こまかみは構わず攻撃動作を続ける。
 だが今度はことの蹴りが手から鏃をたたとした。
 更にもう一発、顔面に拳が炸裂。
 こまかみは背筋を弓なりにらせた。

「こ、こんな拳打効くか!」

 ことの攻撃に耐える――それだけでこまかみの耐久力は異様である。
 それでも、突如勃発した二人の戦いはことが優位に立っている。
 こまかみの繰り出した拳にことはカウンターを合わせ、たび顔面に強烈な拳をたたんだ。
 彼女の身体が輝きを放ったところを見るに、もとりよりよくではなくしんる身体能力強化を上乗せしたらしい。

「ぐはっ!!」

 空間がはじぶかの様な衝撃に、流石さすがこまかみたまらず片膝を突いた。
 屈辱に表情をゆがめたこまかみは、その体制からことの足首をつかんだ。

「うがああああッッ!!」

 こまかみことの身体を片腕で持ち上げ、手拭いの様に振り回してはことの身体を何度も混凝土コンクリートたたける。
 重金属が落下する様な衝撃音が何度も地響きと共にこだまする。

こと!!」

 わたるは居ても立ってもいられず、光線砲ユニットを形成してこまかみへと向けた。
 とは言え、この状況下で射撃するとことに当たってしまう恐れがある。
 そしてそんなわたるの心配をに、ことはあっさりとこの攻撃から脱出する。
 こまかみの腕が最高点を通る瞬間に回転蹴りの要領で腰をひねって剛腕を振り解くと、そのまま回転蹴りの動作を続けてこまかみ蟀谷こめかみに後回し蹴り、更に地に足を着けて鳩尾みぞおちに後回し蹴りを叩き込んだ。

「が……はっ……!! ば、な……! 皇族たるわたしさまが……こんな女に……!」

 意識をもうろうとさせてふらつくこまかみに、ことは宙返りしながら飛び掛かる。
 そして強烈なかかと落としをこまかみの脳天に叩き付け、彼女の顔面を混凝土コンクリートに激しく叩き付けた。
 こまかみは伏せられた顔面から血を流し、そのまま動かなくなった。

「ふう、末娘でこのレベルか。流石は皇族、と言ったところ……」

 ことは身体に付いたつちぼこりを払いつつ、冷血な眼で倒れ伏したこまかみを見下ろしていた。

こと、大丈夫か?」
貴方あなたが心配する必要は無いわ」

 光線砲ユニットを消して駆け寄ったわたるに対しても、ことの態度はどこかしく冷淡だった。
 それは拉致に会う前の態度とも違う、極めて他人行儀な雰囲気だ。

こと、油断しちゃ駄目だ。すぐに起き上がってくるかも知れない」
「心配要らないと言っているでしょう。完全に気絶しているから当分は起きないわ」
「いや、でも……」
いわね……」

 ことは溜息を吐くと、ぞうに、苛立ちをぶつける様にこまかみの身体を蹴り飛ばした。
 こまかみの身体は風に跳ばされたかみくずの様に滑走路を転がっていく。

「なっ、こと!」
「何よ、文句あるの?」

 ことのぞっとする様な冷たい視線にすくめられ、わたるはそれ以上彼女の態度を追求出来なかった。
 おかしい、明らかに今のことは何かが変だ。
 そんなわたるの困惑を余所に、ことこまかみを前に倒れていった日本人達を担ぎ上げる。

「ほら、さっさと飛行機に積み込むわよ。一刻も早く離陸の準備をしないと」
「あ、ああ……」

 有無を言わさず促されるまま、わたるも仲間を担ぎ上げた。
 こときゅうびやくだんあげずみふたを、わたるあぶしんまゆづきを担いでいる。

「向こうにの遺体もあるんだ。一緒に帰らせてやりたいんだが」
「別に、勝手にすれば?」

 ことわたるに眼も向けず、びやくだんを肩に、ふたを背中に負ってタラップを昇る。
 ない態度だったが、わたるは少し安心した。
 なんとなく、今のことに頼めば無下に断られる予感がしたのだ。

「じゃ、行ってくるね」
「早くしなさいね。その二人は預かっておいてあげるわ」

 先に担いだ三人を飛行機に積み込んだことわたるに向かって手を出し、しんまゆづきを受け取った。
 わたるはタラップを駆け下りると、途中、雲野兄妹と擦れ違う。

きみ達も飛行機に乗っておいてくれるかな?」
「ハイです」
わかった」

 わたるはタラップを昇る雲野兄妹を見送ると、もとへと向かった。

    ⦿

 わたるの遺体を背負って戻ると、タラップの下でことが待っていた。

「どうした、こと?」
「飛行士は何処?」

 質問を質問で返されたわたるだが、ことの問いにはぞっと来るものがあった。

 飛行士が居なければ、当然飛行機は飛ばない。
 呼んでこなければわたる達は帰国出来ない。
 しかし、飛行場の建屋が爆破された今、飛行士が無事かどうかは解らない。
 仮に無事だったとして、この状況でわたる達を日本国へ返してくれるとも限らない。

「探してくるしかないか……」

 わたるいちの希望を信じて破壊された建屋へと向かおうとした。
 とそのとき、夜空の月を背に一台の自動二輪車オートバイが滑走路へ飛び降りてきた。

「お前らは……!」

 一組みの男女が二人で自動二輪車オートバイまたがっている。
 後部にすわる女はわたるの能く知る人物だった。

「久し振りだね、さきもり

 椿つばきよう自動二輪車オートバイから降り、わたることもとへと歩み寄ってきた。
 彼女を連れてきたのは弟のどうじようかげだ。
 二人は何処でのぞていたのか、帰国目前で立往生するわたる達の前に突然現れたのだ。

「何の用だ、椿つばき?」

 わたるは警戒していた。
 知り合いとはいえ、椿つばきようは拉致被害者の中に紛れていたそうせんたいおおかみきばの内通者である。
 つまり、味方の振りをしていた敵なのだ。
 突然の出現に、素直に迎えろという方が無理だろう。

 そんなわたるに、ようは驚くべき事を言い出した。

「飛行士は始末されているよ。ここはあたし達に任せな」
「任せる?」
あたしの弟・かげはどんな機械でも一通り操ることが出来る。卓越した技術がある訳じゃないけどね。つまり、飛行機も操縦出来るんだ」
「何が言いたい?」

 質問するわたるだが、意図は分かっている。
 だが、彼はようを信用していない。
 そんな彼女に、わたるの方から頼み事をすることは出来なかった。

あたし達が貴方アンタ達を帰国させてあげるってことさ」
「何だと?」

 わたるようの目をにらんだ。
 有難い提案ではあるが、素直に受け取ることは出来ない。

「何を考えているんだ?」
「一つはこっちの事情さ。この混乱を機に組織が動くらしい。それを見越して、あたしかげめいひのもとで待機する様に言われているんだ」
「お前ら、まだ日本をそっちの革命ごっこに巻き込む気か……!」

 わたるは流石に怒りの感情を禁じ得なかった。
 おおかみきばの活動で、死ななくても良かった日本人が何人も死んでいる。
 この上まだ日本で何かをたくらんでいるのだ。
 到底容認出来なかった。

 だがよううれいを含んだ眼を伏せた。
 その様子から、ただおおかみきばとしての思惑だけで動く訳では無いと見て取れる。

「そう言われても仕方ないと思う。でも、貴方アンタ達をこのままにはしておけないよ。このままこうこくから帰れないなんて、あっちゃいけないと思う。だから……」

 ようは握り締めた拳を振るわせていた。
 その様子はうそと思えず、わたるから頭ごなしに否定する感情が薄れていく。
 元々帰国したいのは山々なのだ。
 わたるは何処かで、ようを信じる理由を求めていたのかも知れない。

「良いんじゃない? 別に」

 そんなわたるの胸中を知ってか知らずか、ことは素気なく言ってのけた。

「背に腹は代えられないでしょうことに甘えておきなさい」
「あ、ああ。まあことがそう言うなら……」
「ありがとう。かげ、飛行機に乗り込むよ」
「わかった、姉さん」

 ようかげの姉弟はタラップを昇っていった。
 いよいよ、滑走路にはわたることだけが残されている。

ことぼく達も行こう」

 わたることに声を掛けた。
 一時はどうなることかと思ったが、決して無事とは言えないが、それでもどうにか二人そろって帰国する時が来たのだ――そう思っていた。
 だが、ことは動こうとしない。
 それどころか、彼女は信じられないことを言い出した。

わたしは帰らない。こうこくに残るわ」
「え? な、何を言っているんだ!?」

 わたるは我が耳を疑った。
 ことはつい先ほど、こまかみに日本国民として生き、死んでいくと言った筈だ。
 ならば帰国すると、当然そう思っていた。
 しかしことは駄目押しとばかりに繰り返す。

わたしこうこくに残ってやることがある。貴方あなたは仲間達と一緒に帰りなさい」
「じ、冗談言ってる場合じゃないだろ!」

 問い詰めるわたるだが、ことは揺るがない。

「冗談ではないわ。わたる、今までありがとう。貴方あなたとはでお別れよ」

 二人の間に暗い風が一陣吹いていた。
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