日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

文字の大きさ
154 / 315
第二章『神皇篇』

第四十八話『夢から醒めた血塗れの天使』 序

しおりを挟む
 るされたあかい月、熟れた果実は地に落ちる。
 にじられて悲痛に叫び、靴裏を鮮血に染める。

 たとえるなら、彼の恋はわくおどり
 月明かりの下、軽やかに舞う姿に青年はずっと魅せられていた。

 だが、その足腰を支える背景に積み重ねられたあまを彼は知らなかった。
 そしてその一投足が地を踏み締める度、まわむし達がつぶされる断末魔で描かれた地獄絵図も見えていなかった。

 今、彼はその報いを受ける。
 きつそれは残酷な仕打ちだろう。
 屹度それは甘美な一時だろう。
 その時、彼女は天使の様に笑っているだろうから。



    ⦿⦿⦿



 さきもりわたるうることの立つ滑走路は月明かりの舞台と化していた。
 不穏な熱と風が二人を包み込み逆巻いている。
 突如ことから告げられた言葉をわたるのみめないでいた。

「何を……言っているんだ?」

 わたるは困惑から同じ言葉を繰り返す。
 こともまた、いらち交じりに同じ言葉を返す。

貴方あなたとはもうでお別れだと言っているのよ。今まで楽しかったわ」

 わたるはしつこく問い返した。
 ことの言葉が冗談か何かの間違いだと思いたかったのかも知れない。
 だが返ってきた言葉はしつように変わらない。
 わたるには理解が出来なかった。

「お別れって何だよ……? 突然何を言い出すのか全然わからないよ! こうこく皇太子とは結婚しないんだろ? だったらどうしてこうこくに残るなんてことになるんだ!」

 つい先程までわたることと帰れるのだとかであんしていた。
 散々な目に遭い、最悪の悲劇に見舞われた中で、それだけは救いだった。
 だが今、それすらも否定されようとしている。
 到底納得出来るはずが無かった。

 そんなわたるに対し、ことなく答える。

「使命を果たすためよ。しかるべき時が来てしまったが故に」
「使命だって?」

 ことは深く溜息を吐いた。
 ひどく煩わしそうに、乱暴に息を吐き捨てた。

わたしには……うる家にはじいさまの代よりの宿命があるの。偽りのみかどべるこうこくから日本を守る使命が。わたしはその為に生まれ、二十二年間生きたと言っても過言ではないわ」

 ことの表情に暗い陰影が差した。
 それはさながら、闇の住人を思わせる様相だった。
 否、そんな筈は無い。
 わたるはずっとことと縁を持ち、小中高大と一緒に成長してきたのだ。

ことが……? そんな訳無いだろう。何年一緒だったと思ってるんだ?」
しても無駄よ。わたるだって気付いていたでしょう。うる家が普通じゃないってことに。この世界にあらわれた日からほのめかしてきたでしょう。わたしこうこくに、最初からつながりがあったことを……」

 ことに言われるがまま、わたるは思い返す。
 確かに得体の知れない違和感はあった。
 中学時代、ことの家で異様な写真を見たこと、葬式の日に出会った彼女の祖父が奇妙で嫌なをしていたこと。
 高校時代に起きた「じんかいかいてん」のテロやその大元の組織「じんかい本流」と彼女との関わりが仄めかされていたこと、そして拉致事件からわたる達を助けにこうこくへ乗り込んできた際、随分としんこうこくの事情に詳しいことも判明した。

「そう、わたしは最初から知っていた。いずれこの世界にしんせいだいにっぽんこうこくと呼ばれる超大国が顕現し、日本に戦争を仕掛けてくることを知っていたの」
「戦争を……日本に……」
「今日の出来事をきっかけに、もうこうこくが仕掛けてくるのは時間の問題となったと見て良いわ。そうなった時、わたしには速やかにやらなければならないことがあるのよ」

 ことの眼から光がせた。

わたしの使命、それはこうこくが日本に戦争を仕掛けてくる状況になったとき、敵の国力の要たる国家元首『じんのう』を暗殺すること。こうこくの力は大部分をじんのうの強大なしんに依存している。つまりじんのうが潰れれば、こうこくは日本と戦争をしている場合ではなくなる。そうやって日本をせんと破滅から守る為、うる家は御爺様の時代から力を蓄えてきたのよ」

 それは本来、荒唐無稽な内容だった。
 しかしそれを頭ごなしに否定するには、わたるこうこく顕現の日以来あまりにも多くの事態を経験しすぎた。
 その一つ一つに含まれたピースがことの言葉でジグソーパズルのように組み上がり、一つの像を結ぶ。
 しかし、それはれられない絵だった。

「急に……そんなこと言われても……」
「そ。でもじっくりと時間を掛けて相談していたら、貴方あなたは受け容れてくれたの? 快くわたしを万歳三唱で戦地に送り出してくれたの?」

 無理だろうな――わたるはそう認め、うつむく他無かった。

「確かに、わたしにも良くないところはあったわね。苟且かりそめの人生で築いた人間関係をり過ぎてしまった。特に貴方あなたとの腐れ縁はね」
こと……」
「別れを切り出したらさぞ貴方あなたは未練がましく、うつとうしく泣いてすがるだろうと考えたら、煩わしくて仕方が無かったわ。だからつい、ギリギリまで問題を先送りにしてしまった。本当に、面倒な男と関係を持ったものだわ……」
「そんな……」

 わたるにとって、ショックな言葉だった。
 こととの関係を永遠にしたいと願いながら、一歩を踏み出せなかったわたる
 わたるとの関係を絶ちたいと願いながら、一歩を踏み出さなかったこと
 勝手知ったる仲だと思っていた二人が互いに向けていた感情は、実はあまりにも残酷な対立関係だったのだ。

「案の定、貴方あなたの反応は本当にうざったいわ。この際だから言っておくけれど、自分の残り香を嗅いだり身体をジロジロ見てたりしてくるような男、迷惑じゃないと思う? 今まで我慢してあげたのは、どうせいつかは終わりにするとわかりきっていたからよ。だからこれからは本当に気を付けなさいね。もう優しくゆるしてくれる寛大な幼馴染は居ないのだから」

 わたるは何も言い返せなかった。
 思い返してみれば、ことの態度はずっと素気なかった。
 こうこくで再会する前は、本当に冷淡な態度になっていた。

 ここ数日の良好な関係は何かのまぐれだったのだろうか。
 けんしんの見立ては的外れだったのだろうか。

 そんなわたるの思いをに、ことは続ける。

「ま、それを差し引いて総合しても、居心地の良さはギリギリでプラスだったわね。だから感謝も伝えたし、わたしの使命も説明した。それに、貴方あなたの帰るべき日常はちゃんと守ってあげるわ。だからさっさと飛行機に乗りなさい」
「待てよ!」

 わたるは大声を張り上げた。
 一方的な物言いに、感情をぶつけずにはいられなかった。

じんのうって、皇族の親玉だろ! あんなとんでもないやつらの! いくらきみでも無事に済む相手なのか!」
わたるにしては鋭いわね。その通り、おそらくこれはわたしにとって玉砕前提、文字通り決死の戦いになるわ」
「そんなの認められる訳無いだろ!」

 わたるたまらずことの手首をつかんだ。

きみと離れ離れになるなんて、して死にに行かせるなんて絶対に嫌だ! 一緒に帰ろう! きみが嫌がることはもう二度としないから! だから行かないでくれよ!」
「甘ったれるな。もう貴方あなたとは終わりなのよ」

 ことわたるの手を振り払った。
 泣き出しそうな顔の男と、能面の様な顔の女が向き合っている。
 わたることの、かつて無い程に冷たい表情がショックだった。
 しかし、そんなことよりも永久とわの別れを迎える方が耐えられない。

きみの……すべきことは解った……」
「そ、聞き分けてくれて助かるわ」
「ああ、だったら……」

 わたるかたみ、震えながら声を絞り出した。

「だったらぼくも、こうこくに残る。ぼくきみと一緒に戦う」

 その言葉を発した瞬間、わたるは全身にすさまじいかんが走り抜けるのを感じた。
 ことの表情が一瞬にして悪鬼羅刹の様相を呈したのだ。
 それは初めて会った、あの幼き日のそれを思わせた。
 あまりの変貌、圧力の変化に、周囲の空気が凍り付き、夜の風がどうこくの様に震えだした。

わたる……げんにしろよ、お前。重ねた年月の長さに免じて、最後まで努めておん便びんに接してやっていれば、付け上がりやがって……」

 刹那、ことわたるの足を掛けて転がした。
 月明かりで影を帯びた彼女の表情が針のむしろの様な殺気をまとっている。

こうこくに残る? 一緒に戦う? それで、わたしの足を引っ張るの? 借り物の力に頼ってなお、第三皇女ごときに勝ちきれない様な雑魚ざこが、わずかにでもわたしの役に立てると? 思い上がるのも大概にしろよ」

 わたることを見上げ、その立ち姿に心の底から震え上がった。
 ことは今一度、わたるに勧告を繰り返す。

「もう一度言う。わたしのことは置いて日本に帰れ」
「嫌だ……!」

 それでも、わたるは屈せず即答した。
 どれだけすごまれようが、決して譲る訳には行かなかった。

 一方で、ことの表情は再び能面の様な冷たい無表情に戻っていく。
 夏の夜さえく様な冷気を全身にたたえ、わたるを見下ろしている。

「もう良い……」

 ことわたるの胸倉を掴み、身体を起こした。
 そしてかさず、もう一方の手でわたるの顔面を激しく殴り付けた。
 凄まじい威力にわたるは横転し、後頭部を強打して混凝土コンクリートを跳ねた。
 あまりの衝撃に、わたるは一瞬意識が飛び、気が付けばうつぶせで地面を見ていた。

わいそうに、半端にしんが鍛えられたから気絶出来なかったのね。良いわ、かえって好都合」

 ことは拳を握り、指の関節を鳴らした。
 わたるはその姿を見上げ、心の底からの畏怖を感じていた。

わたる、そこまで言うならチャンスをあげるわ」
「ち、チャンス?」
「今からわたし貴方あなたを痛め付ける。沢山沢山、嫌という程じっくりたっぷりとボコボコにする。貴方あなたに与えるチャンスは二つ。一つは、わたしに一撃でも入れること。貴方あなたごときに攻撃をもらうようではノーチャンスだと認め、失意のもと一緒に日本へ帰ってあげる。もう一つは、耐え抜いてわたしを根負けさせること。その根性があればおとりや肉盾としてくらいは使えるだろうから、のぞみ通り貴方あなたのことも戦いに連れて行ってあげる」

 一陣の冷風が、長い黒髪をなびかせる。
 月明かりが、レオタードに強調されたしなやかな肉体の隆線をいろどる。
 連理の枝は今、腐って落ちようとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

優しい世界のシリウスさん

みなと劉
ファンタジー
ギルドで毎日仕事をコツコツとこなす青年シリウスは 今日も掲示板とにらめっこ。 大抵は薬草採取とか簡単なものをこなしていく。 今日も彼は彼なりに努力し掲示板にある依頼書の仕事をこなしていく

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

才能は流星魔法

神無月 紅
ファンタジー
東北の田舎に住んでいる遠藤井尾は、事故によって気が付けばどこまでも広がる空間の中にいた。 そこには巨大な水晶があり、その水晶に触れると井尾の持つ流星魔法の才能が目覚めることになる。 流星魔法の才能が目覚めると、井尾は即座に異世界に転移させられてしまう。 ただし、そこは街中ではなく誰も人のいない山の中。 井尾はそこで生き延びるべく奮闘する。 山から降りるため、まずはゴブリンから逃げ回りながら人の住む街や道を探すべく頂上付近まで到達したとき、そこで見たのは地上を移動するゴブリンの軍勢。 井尾はそんなゴブリンの軍勢に向かって流星魔法を使うのだった。 二日に一度、18時に更新します。 カクヨムにも同時投稿しています。

【収納】スキルでダンジョン無双 ~地味スキルと馬鹿にされた窓際サラリーマン、実はアイテム無限収納&即時出し入れ可能で最強探索者になる~

夏見ナイ
ファンタジー
佐藤健太、32歳。会社ではリストラ寸前の窓際サラリーマン。彼は人生逆転を賭け『探索者』になるも、与えられたのは戦闘に役立たない地味スキル【無限収納】だった。 「倉庫番がお似合いだ」と馬鹿にされ、初ダンジョンでは荷物持ちとして追放される始末。 だが彼は気づいてしまう。このスキルが、思考一つでアイテムや武器を無限に取り出し、敵の魔法すら『収納』できる規格外のチート能力であることに! サラリーマン時代の知恵と誰も思いつかない応用力で、地味スキルは最強スキルへと変貌する。訳ありの美少女剣士や仲間と共に、不遇だった男の痛快な成り上がり無双が今、始まる!

処理中です...