日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第五十三話『息絶えぬ限り希望を絶やさず』 序

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 こうこく首都とうきようは繁華街「きん」に一件の超高級がある。
 客層は主に伯爵家以上の華族だが、この夜はその中でも一際の上客が店を貸し切りにしていた。

「相変わらずしは高級料亭と比しても遜色無いな。絶品な上、酒にもく合う。実に良き仕事だ」

 筋骨隆々とした一人の巨漢が社交員ホステスを脇に酒と料理をたのしんでいる。
 今、彼が楽しんでいる日本酒と料理だけでも下手な一流企業社員の年収が軽く吹き飛ぶ程の散財振りだ。
 しかし、この男にはそれをものともしない財力がある。

「畏れ多くも殿下のがねかないまして、光栄の至りに存じますわ」

 社交員ホステスが上客――第一皇子・かみえいさかずきに酒を注ぐ。
 その彼女をかみと挟み、彼の近衛侍女・しきしまが浮かない表情で自身の盃を見詰めていた。

しきしまちゃん、殿下からのせつかくさそいなのよぉ?」

 かみの脇からもう一人の近衛侍女・りゆういんしらゆきがやや嫌みたらしくしきしまくぎを刺した。
 二人にとって、主の機嫌を損ねることは絶対にあってはならぬ事である。
 前日、かみから食事に誘われたうることに対して「全力で持て成されろ」と忠告したのは他ならぬしきしまである。
 しきしまの態度は職責上極めて不適切なものだと、彼女自身が他の誰よりもわかっているはずなのだ。

しきしまよ、なれうれいは妹のことか?」
「はい……」

 かみの問いに、しきしまは小さくうなずきながら答えた。

「御厚意には畏れ多くも深甚なる感謝を抱いております。しかし、今更どのように顔を合わせれば良いか分からないのです」
なれの思いも致し方無かろう。しかし、はたの心境を思うとこのままという訳にも行くまい」
「心得ております。ただ、昨日の今日でしたので……」
「ふむ、ならば近い内にかで改めて場を設けようではないか。丁度……」

 かみは河豚刺しを箸で口に運び、舌鼓を打つ。

「この河豚刺しを父上にも献上したいと思っておったところだ」
「で、殿下。まさかこの店でしんえんを……?」

 社交員ホステスは目を泳がせて戸惑い見せる。
 皇太子を迎えている彼女といえど、じんのうしんりんとなれば次元の違う話だ。
 しかし、かみにそんな社交員ホステスの動揺を気に留める様子は無い。
 彼にとってこれは、自分に最高の持て成しをした倶楽部へのこの上無き褒美であり、よろこびに胸を打ち振るわせているだろうとしか考えていない。

 かみえいは気前よく善意をく人物である。
 ただ、そのときに相手の気持ちや都合をおもんぱかることは無い。
 自分が気分良く施しを行い、相手はこの上なく幸せな気持ちになる――それがかみにとって世界でただ一の人間関係である。
 わば彼は、自分の喜びと他人の喜びの区別が付いていないのだ。

「河豚刺しは父上の好物だからな。さぞよろこびになるだろう」

 かみは夢見心地と行った様子で盃を口に運んだ。



    ⦿⦿⦿



 こうかい上、ちようきゆうどうしんたい・カムヤマトイワレヒコを駆るさきもりわたるはるか前方に敵の気配を察知した。
 先程と同じく、ちようきゆうどうしんたい・ミロクサーヌれいしきの部隊である。
 北西から正体不明のしよう物がこうこくの領海に侵入したので、こうこくの国防軍が小隊を緊急発進させたのだ。

「うおおおおっっ!!」

 わたるはカムヤマトイワレヒコをじゆうおうじんに激しく揺さぶり、流星群の様な光線砲をくぐって進み続ける。

「容赦無く撃ってきやがって!」
『当たり前だろう。遠征軍の石動いするぎ隊が消息を絶った時点で貴様が敵意を持っていることは明らかなのだ。国防軍の誇りに懸けて、貴様を本土まで行かせはせん!』

 隊長機らしき敵機がわたるの前に横から現れた。
 突然の遭遇だったが、わたるは冷静にカムヤマトイワレヒコの手に持った切断ユニットを振るって敵を切り裂こうとする。
 対する敵もミロクサーヌれいしきの切断ユニットで応戦し、両機は空中でつばいの状態となった。

ぼくの後方で海に浮かんでいる仲間を助けに行った方が良いと思うけどな」
『仲間? 遠征軍の連中がか? 我々は国防軍・しもやなぎ隊! 遠征軍とうつもりは毛頭無い。今、我々の関心は貴様だけだ!』
「遠征軍に、国防軍だと……?」

 ミロクサーヌれいしきの胸部が光った。
 わたるとつに自機を翻し、敵の胸から発射された光線を回避した。
 逆に後ろを取ったわたるは、再び切断ユニットを斜め上から振るい、敵を撃墜しようとする。
 敵機は振り向きながら距離を取ったが、わたるの刃が肩をかすめた。

『ぐっ、強い……! だが相手にとって不足無し! 国防軍大尉・しもやなぎはる、参る!』

 わたるのカムヤマトイワレヒコとしもやなぎのミロクサーヌれいしきが再び互いに交錯する。
 だが今度は、わたるの切断ユニットがミロクサーヌれいしきを胴部から真二つに切り裂いた。

『な、なんだとぉ!? おのれぇっ!』

 ミロクサーヌれいしきの背中から球体の操縦室「なおだま」が飛び出し、落下傘をひろげた。
 わたるは自機を旋回させ、再びこうこくへと向かう。
 しかし敵はしもやなぎ単機ではない。

『た、隊長!』
『お待ちください! 今、なおだまの回収を!』

 しもやなぎの部下とおぼしき十数機のミロクサーヌれいしきが集団でわたるに向かってくる。
 わたるいらちを覚えた。
 こんな所で立往生している訳には行かないのだ。

「邪魔だ……! 退けえええッッ!」

 カムヤマトイワレヒコはしもやなぎ隊のミロクサーヌれいしきを光線砲と切断ユニットで次々と撃墜していく。
 まさに千切っては投げ、千切っては投げといった大立ち回りだ。
 わたるはカムヤマトイワレヒコを加速させ、敵機のむれを突っ切っていった。



    ⦿⦿⦿



 うることくもたかと互いにさかさまの状態で向かい合って倒れている。
 無残、無残。
 それは彼女が積み上げてきた人生の全てにとって、あまりにも無残な結末だった。
 ゆうたたえた目からこぼちる涙に込められた無力感は、屈辱感は、敗北感は、果たしてほどのものだろうか。

 壊滅した屋上庭園は、一見すると死闘の爪痕の様に見えるかも知れない。
 しかし、だまりの大花を咲かせることに対し、彼女が命に代えてもうとうとしたじんのうは残酷な程に無傷である。
 この場の惨状は全て、ことすべも無く敗北した跡。
 そして今、じんのうは無情にてのひらを二人に向けて突き出し、止めを刺そうとしている。

 このまま放置しても死を待つばかりのことは、生まれてきた意味さえも跡形も無く消し飛ばされようとしていた。
 実際、己が暴力に絶対の信を置いていたことにとって、この死に様は滑稽でむなしく、惨めなものだ。
 勝てる筈の無い相手だとは解っていたが、それでもことは挑む道を選んだ。
 そして挑戦は無意味な玉砕に帰結し、その結果に伴い日本国は壮絶なる戦禍と悲惨なる滅亡をもたらされるだろう。

 じんのうの掌に光が集積される。
 彼は絶大なるしんもつて、破壊すべき対象を絶対的に消滅せしめる。
 ことじんのう、両者の有様は日本とこうこく、両国の未来を暗示しているかの様だ。
 どうしんたいの大軍が日本国のあらゆる抵抗をがいしゆういつしよくせ、放たれる光線砲は核兵器並みの破壊力を以て国土をかいじんに帰す。

 姿が重なる。
 無慈悲な力で捻じ伏せる超兵器と、逃げ惑うことも出来ずに消し飛ばされる街と人々。
 じんのうの掌から光の柱が放出され、ことたかんだ。
 正しくそれは、どうしんたいがロシア・中国・米国を破壊した暴――光線砲を日本に向けて放つ姿である。

 光が収まった。
 二人が倒れていた場所には血溜りだけが残されていた。
 じんのうはその竜顔に勝利の感慨のひとかけも浮かべず、眉根を寄せて口をへの字に結んだまま手を下ろした。

 いや、その様子は唯の冷徹とはいささか異なっていた。
 じんのうの両眼はまるで何かを探すかの様に左右に動いている。
 そう、まるで仕留め損なった獲物の行方を追う様に。

うしろか……」

 じんのうは何かの気配に気が付いたのか、眉間にしわを寄せた厳しい顔付きで振り返ってやや上方を仰ぎ見た。
 屋内に隠れていたたかを攻撃し、同じ場所に投げ捨てたことと二人まとめて仕留めようという状態から振り返ったのだから、彼の視線の先には庭園の塀がこしらえられている。
 丁度開戦前にじんのうとうきようの夜景を見下ろして両腕を拡げた場所に、一人の女が長い黒髪をなびかせながら立っていた。
 酸素に触れた血で黒く染まったレオタードにうるわしき女体の隆線を包み込んだ美女が、うることが一人で立っていた。

「命拾いしたようだな」

 彼女の体は薄らと光を纏っていた。
 さながら、よみがえった生命力の松明たいまつが絶望の闇を照らしているかの様だ。
 のみならず、ちやな戦い方で二目と見られない状態に破壊された四肢も完全に修繕されている。
 この様な奇跡がしんの尽きたことに起こせる筈も無く、強大なしんを持った何者かが介入したことは明らかだ。

「初めて見る現象だ。ちんの複製たるわらべの力か、興味深い」

 じんのうもすぐにくもたかの仕業だと察したらしい。
 見知らぬ現象とのことだが、それでも看破するとは流石さすがの洞察力である。

「情けない限りね。自分一人の力では何一つせないなんて……」

 言葉とは裏腹に、ことの姿にはの活力と新たな決意が満ちている。
 彼女のつぶやきは自嘲というよりは、自分自身の内側に居る誰かに語り掛けている様だった。

わらべなんじの中に潜んでおるな。なんじしんの源――内なる神「なお」と融合し、貸与に留まらず全てのしんを接続し同化しておる……」

 ことの姿にたかの幻影が重なる。

「丁度えいが考案したこうこくの主力兵器・どうしんたいの操縦原理と同じように……」

 どうしんたいを操縦する際、機体を「外なる神」に見立て、操縦士自身は内なる神の役割となって機体に己のしんを預ける。
 更に、どうしんたいはそれそのものが神をしたものであり、機体そのものにもしんが備わっている。
 操縦士は自身のしんと機体のしんを接続し、互いの力を何倍にも引き上げるのだ。

 今、たかことと融合することによって全てのしんことに委ねた。
 つまり今、ことじんのうの複製人間たるたかしんをそのまま得たばかりか、自身のしんとも接続し互いの力を何倍にも引き上げている。
 その結果、彼女はこれまでとは比べものにならない力を得たのだ。

 言ってしまうと、じんのうは一つのミスを犯した。
 たかに一撃で止めを刺さなかったのは、ことと死にゆく時間を共有させ刃向かった二人を漆黒の絶望に沈めるためだろう。
 だがたかじんのうの複製人間である。
 かつじんのうが革命からの虐待で生死の境をさましんを大幅に増幅させたように、たかもまた死のふちで新たな力に覚醒したのだ。

 たかと融合したことはゆっくりとじんのうと同じ地平に降り立った。
 戦いは思わぬ形で第二局を迎えようとしていた。
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