日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第五十三話『息絶えぬ限り希望を絶やさず』 破

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 ことは自分でも驚く程落ち着いていた。
 自分の力が今までとは比較にならない領域まで引き上げられたのだと、心の底からに落ちていた。
 今になって、初めてじんのうと同じ地平に立てたのだと理解出来る。
 それはつまり、今までの自分がに無力で、無謀極まりない挑戦をしていたのかを、確かな実感としてれざるを得ないということだ。

 ことの心はいでいる。
 そんな彼女は自身の内側にもう一人、くもたかの存在を感じていた。
 胸の奥に意識を向ければ、声が聞こえる。

うることさん、勝手なことをしてごめんなさい』

 たかことに語り掛けてきた。

ぼくだってみんなを、貴女あなたを守りたかった。ぼくの、ぼく達のことを助けてくれたから。力になりたい。そのためにみんなに付いて行ったから』

 ことは一つ溜息を吐いた。

「ありがとう」

 彼女の心に芽生えたのは限りない感謝だった。
 たかが自分の側に付いているのは偶然である。
 聞いた話によると、彼はわたるによってそうせんたいおおかみきばの研究所から助けられたらしい。
 わたると結んだ縁が、巡り巡って希望をつなぐ縁となってことを助けたのだ。

 そう、希望が繋がったのだ。
 ことは今、この状態ならばじんのうに届き得ると予感していた。
 同時に、先程までの戦いがあのような帰結に至ったことも納得していた。
 たかと一つになったことで初めて、じんのうの力がほどのものか正しく理解したのだ。

「今ならわかる。わたしの力がどれ程、じんのうに対して引き離されていたのか。刺し違えようとしたことさえもがどれ程に無謀で、身の程知らずで、滑稽な試みだったのか」
「ほう……」

 ことじんのうの視線が交錯した。
 静かに相手を見詰めることに対し、じんのうの方は鋭い目付きでにらかえしている。
 それは明らかに先程までの余裕とは様子が異なっていた。

「それが認識できる程に『理解を深めた』ということか。なんじもまた、ちんの深みに達したと……」
「ええ。しんにここまでの段階があると今までは想像だに出来なかったけれど、今は違う……!」

 そう、ことが到達したじんのうと同じ地平とは、しんの新たな段階である。

ちんと同じ『第四の段階』に至った。ならばどうする? その借物の、苟且かりそめの力で今一度ちんに牙をくか?」

 じんのうの表情・目付き・たたずまいは明らかに変わっている。
 たとえるならば、先程までの彼はことのことをただ排除すべき異物、小虫程度に考えていた。
 だが今は明確に彼女を敵として認識している。
 ことの方もそれを察し、闘志を燃やす。

「無論! この期に及んでなりりなど構わない。仕えるものは全て使い、勝てる見込みには惜しみなくを命を注ぎ、じんのう、貴様を討つ!」

 ことは構えを取った。
 対するじんのうは両腕をひろげ、彼女と同じ目線まで宙に浮上する。
 同時に、彼の体がこんじきに激しく発光した。
 攻撃ではなく、秘めたる何かが顕在化しようとしているかの様だ。

「あいわかった。ちんもこれより、己の段階にさわしき真の力をもつて御相手しよう」

 じんのうの発した光が周囲の景色を包み込んでいく。

げんそういき渾沌神籬まろがれのひもろぎ

 唯景色が変わったというよりは、相対する二人の周囲が全く別の空間に変化した。
 二人を包み込むのは金色の光に満ちた二人だけの決闘空間である。

 更に、じんのうの体がさながら画像を拡大、ズームアップするかの如く大きくなっていく。

しん葦牙狀代あしかびのかたしろ

 縮尺にして一.二五倍――身長にして一八〇センチまでじんのうの小柄な体はサイズアップした。
 急激に威圧感を増したじんのうだが、対することなおも落ち着いている。
 たかと同化して感覚を共有している彼女は、不思議と自分達にも同じことが出来るという確信があった。

ぼく達も行くよ!』
「出来るのね?」
『うん!』

 こともまた、じんのうと同じように体を拡大していく。
 同じ縮尺で、二人のサイズ差は元通りとなった。
 光に包まれている以外は一切が存在しない無の空間にいて、見方によってはじんのうが巨大化し元に戻ったようにも見えるかも知れない。
 かく二人は、この異様な空間で異様な状態となり相対している。

「やはりなんじも同じ規模の器にまで付いて来おったか」
「器?」
「第四段階の深みに至ったしんはこれまでと全く次元が違う。本領を発揮する為には、人の体そのままでは器が足りぬのだ。故に、相応しき規模にまで拡大してやらねばならぬ。そうすることで真の力が湧き上がる。これを『しん葦牙狀代あしかびのかたしろ』と呼ぶ」
あしかび……日本書紀に於けるてんかいびやくから原初の神が生じたくだりたとえに使われた記述か」
「うむ。そしてこの力を発揮してしまった場合、その存在の強大さに世界そのものが耐えられん。故に、専用の決闘空間を用意する必要があるのだ。てんかいびゃく前の、渾沌まろがれたる新たな異空間をな。これを『げんそういき渾沌神籬まろがれのひもろぎ』と呼ぶのだ」
「先程から随分と神話の引用が多いのね」

 じんのうは両腕を更に大きく拡げ、同時に顔を上げてことあおり気味に見下ろす。

ようしんの第四段階とは、喩えるならば『神の領域』である」
「神の領域……」
「一つ試してやろう」

 突如、じんのうの両眼が激しく光った。
 こととつに身をねじって回避行動を取る。
 同時に二筋の光線が胸元をかすめた。
 ことは自分でも驚きを禁じ得なかった。

かわせた……! 今、明らかに見てから動いたのに……!」
「間違い無いようだな。今の攻撃を回避し得たことこそ、なんじもまた神の領域に到達した何よりの証拠なのだ」

 もしことが今の攻撃を回避出来なかったら、一瞬にして心の臓を貫かれて即死していただろう。
 しかも、じんのうは光線によってそれを狙ってきたのだ。
 見てからでは絶対に回避出来ない攻撃を、全く予備動作を伴わず、である。
 通常ならばこれは文字通りの必殺技に違いない。

 だが今、ことじんのうの攻撃を察知してから回避した。
 第六感で予測して躱したのではない。
 超常の感覚で、攻撃が放たれた事実を感知してから回避行動を取ったのだ。
 これは世の理、その大前提を覆す異常事態である。

「物理学に於いて、光速は絶対の最大速度である。すなわち、あらゆる現象は真空中の光の速度を超えてでんしない、とされる。正確には、光速を超える速度で生ずる汎ゆる現象を観測することは不可能なのだ。我々にとって、この世界が存在するのは何故なぜか、物理現象が存在するのは何故か。それはひとえに、生命体がそう観測するからだ。そして我々に世界を観測せしめる最高速度の存在が光だ。これ以上の速度は生命体にとって感知不可能、観測出来ぬ。観測し得ない以上、それは世界に存在しないのと同じ」

 じんのうとうとうと語り続ける。

「例えば一光年先の星のまたたきは一年って初めて届く。光よりも速く届かぬが故、一年経って初めて瞬きが観測される。瞬きの影響もまた、一年経たねば観測されず、存在し得ぬ。だが、瞬きそのものは間違い無く一年前に起こっている。ではもし、この星が瞬いたことを半年で伝える別の何かが存在したとすると、どうなる?」
「超光速粒子・タキオン……」

 ことが連想したのは、光速を超えるとされる仮想の粒子である。
 通常、物理学では現実に存在しないとされる。

なんじは既に理解していよう。人はしんを身に付けたとき、生命力や耐久力、かいふく力、持久力や身体能力、知覚能力など、あらゆる力を爆発的に向上させる。そしてそこに上限は無い。当然、五感を超えた六感の感知能力もしんの理解が深まる程に際限無く向上する」

 しんの理解が深まるにつれ、人は強大な力を身に付けていくというのは今更説明するまでも無いだろう。
 そこにはいくつかの段階があり、第三段階に達したとき「じゅつしきしん」と呼ばれる超常の異能に覚醒する。
 そしてじゅつしきしんの能力・術理は時に物理現象をも逸脱する。
 しんが世の理を超越し得るというのは、第三段階から見られる事実である。

しんによる知覚能力の向上、それが光速をも超越したとき、第四段階として『神の領域』に到達したといえる。その深みは第三段階までとは全く次元を異にする。第三段階を深海の底とするならば、第四段階は縮退星ブラックホールの深淵。そして絶対的物理指標である光速を超越するが故、神の領域に達したしんの発揮し得る力は物理的に無限大となるのだ」

 ことは改めて理解した。
 勝てるはずが無かった。
 どれだけ破壊力を積み上げても、命に届く筈が無かったのだ。
 第四段階「神の領域」に到達したじんのうしんが発揮する耐久力を打ち破るのは無限の果てを目指す無謀だったのだ。

「でも今は、今なら……!」
「うむ、先程の攻撃を躱した事実からも自明なように、なんじしんも今や神の領域に達しておる。つまり、条件は同じ。これまでは有限の力で無限に挑む無謀であったが、なんじも同じ地平に立った以上、有限同士の戦いに戻ったのだ。はや、勝利のてんびんちんに傾くとも限らぬ」

 じんのうの威圧感が一気に増した。
 本気で来るつもりだ。
 今やことはこの強大無比なる敵の力を正確に把握出来る。
 同じ地平に立ったとはいえ、依然として力の優位はじんのうに有ると手に取る様に解る。

「よく言う。これだけ圧倒的な力を痛い程に感じさせておいて」
「そうでも無いぞ。確かに単純な力ではちんが圧倒的に勝ってはいるだろう。しかし、武を極めしなんじの小手先の技は決して侮れん。力のちんか、技のなんじか、この神なる決闘空間にて決着を付けようではないか!」

 望むところ、とことは黙ってうなずいた。
 相対する両者はこれより、究極の戦いを演じる。

 先に動いたのはことだった。
 相変わらず驚異的な速度でじんのうとの間合いを一気に詰める。

「おおおおおおッッ!!」

 ことの拳がうなる。
 神の領域に達したしんって、別次元の威力が備わった究極の破壊の暴である。
 狙いはけん
 しかしじんのうは顔の前で両腕を交差させて防御した。

「ぬぅっ……!」
「くっ!」

 先程まではされるがままだったじんのうも、今は防御行動に出ざるを得なかったのだろう。
 素人の動きではあるが、反応速度は圧倒的なしんたまものだ。
 しかし拳の威力を殺すことは出来なかったと見え、相対的に小柄な体が大きく後方へはじんだ。

「やはり……体の芯に響く重圧よ。なんじに拳を向けられた者は皆、今のちんと同様の感覚なのであろう。それもまた一興……!」

 じんのうの体が光を放った。
 その刹那、ことは身に覚えのある圧力に襲われた。
 じんのうから全方位に放たれた光が、凄絶なる破壊の圧となってことの全身にたたけられたのだ。
 この威力もまた、相変わらず一発で意識を途切れさせるすさまじいものだ。

 だがこととどまった。
 たかと融合したかげで爆発的に高まったしんが、彼女をこの上なく強力に助けている。

「う……オオオオオオオッッ!!」

 ことほうこうし、再びじんのうに飛び掛かる。
 だがじんのうは再度、全方位攻撃を容赦無く仕掛けてくる。
 強烈な圧力が血の洗礼を浴びせる様にことの肉をえぐった。
 それでも、ことは痛みを意に介せずじんのうに突っ込んで行く。

「ガアアアアアッッ!!」

 肉薄すること
 じんのう、全方位攻撃によるたびの迎撃。
 ことは威力を受け流す様に体を横回転させた。
 そしてそのまま、じんのう蟀谷こめかみ目掛けて後回し蹴りを放った。

『千倍速!!』

 こともまた、持てる力の全てを懸けて勝負を掛ける。
 腕でガードしたじんのうが再び大きく弾け飛んだ。

「これは……全身全霊を以て迎え撃たねばちんとてわれかねんな……!」
「それが対等の地平に立つということ! じんのう、覚悟!」

 神の領域に於ける二人の戦いは最高潮を迎えようとしていた。
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