日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第五十三話『息絶えぬ限り希望を絶やさず』 急

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 こんじきの光に満ちた空間で、ことじんのうに己の全てをぶつけていた。

(勝つ!)
たたきのめす!)

 両者の闘志が、意地が、きようが、霊魂が、存在の全てが心身のせめいを演出し、闘いの歌会をはやてる。
 たとえるならばこれは神々の黄昏ラグナロク
 見届けるは神の視座のみ。

『千倍速!!』

 今、ことの拳が久々にじんのうの顔面を捉えた。
 手数と重さを兼ね備えた猛攻で、とうとうじんのうの超反応による防御を破ったのだ。
 じんのうは大きくるも、宙返りしながら大きく間合いを離して体勢を立て直す。

うることさん、ちやしないで。しんを使い過ぎたら元の状態に戻っちゃう』

 ことのうたかの声が鳴る。
 もし彼の忠告通り、この融合状態が解除されてしまえば、今度こそ完全に望みはついえてしまう。
 だがことには勝負を急がねばならない理由があった。

わかっているわ。でも、じんのうの攻撃は全体攻撃で、回避手段が無い。大き過ぎる確定ダメージが入ると解っている以上、最高速で威力を高めないといけない」
『でも……』
「大丈夫。貴方あなたかげわたしの体はまだまだ耐えられるから」

 ことは改めてじんのうに向かっていった。
 じんのうも全身から光を放ち、全方位攻撃で迎撃してくる。
 ことが負うダメージは決して小さくないものの、彼女は決して止まらない。

(対等の地平に立ったのに、千倍速の拳を何発も当てているのに、じんのうは平然としている。やはり依然として力の差が大き過ぎる。でも……!)

 ことは確信していた。
 確かに、同じ第四段階「神の領域」でも、両者のしんには途方も無い差がある。
 しかし、それはことの能力で押し切れない差ではない。
 そして、今は平然としていても継ぎの攻撃に耐えられるとは限らないのがことの能力の真骨頂である。

 対するじんのうも、それは百も承知している。
 ことも勝負を急いでいるが、じんのうにとってもことの攻撃を何度も食らう訳には行かない。
 今、じんのうは初めて敵対者の圧をその肌で感じていた。

(何十年振りか、己の命運が生と死のはざゆたっているこの心地は……!)

 じんのうことに肉薄され、冷や汗をいた。
 対することは再度己の力を振り絞り、持てる力の全てをぶつけようとする。

「アアアアアアアッッ!!」

 間合いを詰めたことの拳がうなる。
 じんのうは防御に出る余裕も無い。

『千倍そ……!?』

 ことの拳は空を切った。
 不意にじんのうの姿がこつぜんと消えたのだ。
 ことが狙いを外す訳が無い。
 じんのうは恐ろしい速度でことの攻撃を回避したのだ。

うるよ、なんじに一つ絶望的な事実を告げてやろう」

 ことは声のする方へ振り返った。
 じんのうはるか上空から見下ろしている。
 その姿にはかつて無い力と威厳が満ちていた。

なんじちんと対等の地平に立った。この決闘空間『げんそういき渾沌神籬まろがれのひもろぎ』に招かれ、『しん葦牙狀代あしかびのかたしろ』の姿を解放して戦う資格を得た。しかし、ちんの全力をその身に受ける羽目になったという意味ではかえって大いなる災禍に見舞われたというべきであろう」

 じんのうの全身がこれまでに無くまばゆい光を放つ。
 しかしそれは全方位攻撃の予兆というよりは、力をめているといった様相だ。

「先程も言ったとおり、ちんの真の力をそのまま発揮してしまえば世界は耐えられん。もしこの空間に入らずに今の力を振るえば宇宙のすべてがろうそくを吹き消すが如くやすく消え去るであろう。だが、それはちんの望むところではない。何故なぜならばちんは破壊者ではなく、支配者だからだ。ちんはこの絶大なるしんもつて永久不変の支配体制をく。せきたる臣民を最も偉大なる民族・強大なる国家へと導き、三千世界の盟主たらしめる。そしてじんのうしんばんしように君臨してべるのだ。絶え間なく、とこしえに。それこそが我が千年のこうこく、永遠のしんこくである」

 じんのうの光が両手に集約する。
 おそらく、これは全方位攻撃ではない。
 だがことはそれでもじんのうの攻撃を回避出来ないと予感していた。

(だったら……!)

 ことは歯を食い縛った。
 かわせないならば、躱さずに突っ切る。
 今までも全方位攻撃に対してそうしてきたのだから、やることは何も変わらない。

「来い!」
「良いだろう。凡てを容易くして余りあるちんの全身全霊、絶対の支配者が振るうこんしんの破壊暴威、受けて無に帰すが良い!」

 じんのうの両腕が突き出され、極大の光柱が刹那の間も置かずにことんでほとばしった。
 本来ならば即座に消滅して何一つとして感じられぬところだろうが、超絶に感覚力を高められたことはこの世に存在し得る凡ての苦痛を全身にたたけられた様な圧力を全身でゆっくりと感じていた。
 おそらく、無間地獄や大紅蓮地獄の苦痛はこのようなものなのだろう。

 一方で、じんのうは確かな手応えに勝利を確信した。
 まぐれも無く全身全霊を込めた、究極の破壊力がさくれつしたのだ。
 うることじんのうにとって空前絶後の強敵であろうと、跡形も残らず消えたはずだ。
 実際、消える筈だった。

 だが光が収まった時、じんのうは両目を皿の様に見開いてきようがくした。
 じんのうの目の前には、全身の肉がえぐられて骨をしにしたことが迫っていたのだ。
 片側のまぶたほおちて眼球と奥歯を剥き出しにしたその姿にははや嘗ての美貌の面影など全く無い。
 生きて動けるのも不思議な状態だが、それでもことじんのうなおも肉薄し、拳を振り被っていた。

「あり得ぬ!」
「ガアアアアアアッッ!!」

 ことの拳がじんのうに襲い掛かる。
 だがそれは今までとは比べるべくもない、力任せで大振りの雑な拳だった。
 じんのうは容易く躱す。
 しかし、拳は鼻先をかすめた。

「ぐっ!」
「オオオオオオオオッッ!!」

 ことは鮮血をきながら追撃の蹴りを振るう。
 この連撃までは躱し切れず、じんのう鳩尾みぞおちに蹴りを食らった。
 当然、二発の攻撃は共に千倍速の超撃である。
 そしてとうとう、じんのうは己の体に異変を覚えた。

「がはっ……!」

 わずかな吐血。
 しかし、それは闘いのすうせいける決定的な変曲点である。
 じんのうは大きく蹴り飛ばされたが、それ以上にことと間合いを引き離した。
 彼は今初めて戦局に焦燥を覚え、逃げ腰となって身を退かせたのだ。

 対することにとって、これは明確な勝機である。
 相手に少しでもダメージが入った以上、次の攻撃が決まれば確実に勝利となる。

(ここが勝負所! 必ず決める!)

 ことは気を抜くとバラバラに千切れてしまいそうな肉体にむちって最後の気力を振り絞る。
 後少し、じんのうたおすその時まで保つようにと強く念じながら、決着へ向けて飛び掛かっていった。

 一方、迎え撃つじんのうの胸中には敗北の予感が何度も去来していた。

(いかん、全身全霊のしんで仕留め切れんとはすがに想定外。損傷も蓄積し、最早全方位攻撃を繰り出すしんは無い。後一撃でも受けてしまえば終わる……!)

 じんのうは皇位に就いてから初めて敵対者を畏怖していた。
 追い詰められた彼は考える。

 同じ地平に立ったとはいえ、力量はまだ自分の方が圧倒的に上だった筈だ。
 にもかかわらず、自分の方が逆に窮地に立たされているのは何故か。
 全身全霊のしんで攻撃しても、ことこたえられたのは何故なのか。

 何故耐えられる、何故立ち向かって来られる。
 あれ程に、無残な程に傷付きながらも命に手を掛けようとしているその力は何処どこから来たのか。
 何が自分との差を詰めたのか。

 じんのうはその答えを何となく察していた。
 しかしそれはたまらなく腹立たしく不愉快なものだった。

「愛故かッ! 祖国の民への愛ッッ! すなわちこの状況、ちんに民への愛が足りぬが故かぁッッ!!」

 ことじんのうも、互いに国のために戦っている。
 二人は共に、この闘いの結果如何によって自らの国を揺るがすことになってしまう。
 故に、闘いに負けられないのは実はじんのうも同じである。

 だが、その本質は両者で大きく異なる。
 ことの出発点は愛する人を守りたいという思いである。
 わたるから、家族から、親しい人々から、彼らと共に日々を生きた国へ、同じ様な思いで営む同胞はらからへと守るべき対象を広げ、命を投げ出す闘いに身を投じた。

 対するじんのうず国家である。
 恭順する者に惜しみ無く際限無く与えつつ、はんぎゃくする者を生かさず殺さずなぶろうとする君主論をかざしながら、絶対的な支配体制を維持しようとしている。
 それはひとえに、彼の民衆に対する拭い切れぬ不信感に立脚した思想だ。

 今日の時代に於けるおおやまみかどさわしきは、民に寄り添い共に歩む道へと至りし天皇なり、力の支配にたのみ民の上に君臨しようとするじんのうあらず――闘いを前にしたことの言葉が、その裏に含んだ真意を伴って脳裡によぎる。

「認めぬ!」

 じんのうてのひらに光が収束する。
 全方位攻撃では無い、通常のしん解放攻撃でことにと止めを刺そうと試みる。

(あの様子、敵も最早限界は近い! 押せば倒れる状態ではないか! ならば全方位攻撃など必要無い! この一撃を炸裂させればちんの勝ちよ!)

 まんしんそうこともまた、一撃でたおれてしまうだろう。
 いや、それ以前に闘いが長引けばそれだけで体力が底を突いて力尽きるかも知れない。
 だが、じんのうはそれを良しとしない。
 彼の圧倒的強者・支配者としての自負がそれを許さない。

 逃げ切りではなく、あくまでもせる。
 帰還して体制を奪還した時から、じんのうにとって勝利とは自らの力でつかむものだ。
 それこそがじんのうの矜持であった。

「負けぬ、逃げぬ! ちんじんのう! 森羅万象を統べる者! 三千世界の大帝なり!!」

 意を決したじんのうもまた、自らことに接近する。
 彼にとって、数十年振りに魂をじように載せて賭けに出たのだ。

 対することも、そんなじんのうの決意を察して加速した。
 この神々の黄昏ラグナロクいよいよ最終局面。
 交錯の後に立っているのはいずれか一人のみ。
 それは互いの国の命運を決することをも意味する。

 日本とこうこく、その二本に別れた線が交わり、火花を散らす。
 間も無く決着の刻。

(凡てを出し切る! 骨も残さない!)
(何も変わらぬ! 叩きのめすのみ!)

 二人は互いの間合いに入った。
 ことは必殺の拳を振るう。
 両者とも限界が近い今、武の心得があることの方が攻撃の動作は圧倒的に速い。
 それは互いに承知の上である。

 じんのうにとっての賭けとは、この一撃を完璧に躱さなければならないということだった。
 全神経を研ぎ澄まし、凡てのしんを回避の為の近くに総動員する。

 ことの拳は空を切った。
 もくかなったじんのうは光る掌を突き出し、攻撃終わりに合わせようとする。
 至近距離からのカウンター、回避は困難だ。
 ことにとって致命的な光がじんのうの掌から解放され、力の奔流となって襲い掛かる。

 しかし、ことてんぴんは生半可なものではない。
 この状況から彼女は、わざと足を滑らせる様に体勢を崩し、上体を反らしてじんのうの攻撃を躱したのだ。
 それは勝利を掴み、愛する者を守る為の、執念の底力である。

 だがじんのうはそこから、攻撃の為に突き出した右手を振り下ろし、ことの乳房をわしづかみにした。
 小さな手の指が肉に食い込み、こんのレオタードに血がにじむ。
 身体を掴んで直接攻撃をたたもうというこの状態、ことは逃れる術が無い。
 まさにこれこそがじんのうの真の狙いだった。

「滅せよオオオォッッ!!」

 じんのうは勝利を確信するも、しかし気付いていなかった。
 何故ことが足を滑らせるだけでなく、わざわざ上体を反らしたのか。
 そう、これは追撃の予備動作。
 ことは身体をねじり、回し蹴りを、決着の一撃をじんのうに向けて振るっていた。

「アアアアアアアアアッッ!!」

 胸に指を突き立てたじんのうもまた、ことのこの一撃を回避する手段が無い。
 今度はことの方が全身全霊、己の身も心も人生も何もかもを振り絞った攻撃を繰り出す。

『一万倍速ッッッッ!!』

 ことの回し蹴りがじんのう蟀谷こめかみに炸裂した。
 そのさくれつおんは、この決闘空間でなければ森羅万象の凡てを無に帰すすさまじい圧で響き渡った。

 ごうおんと共に光の空間は砕け散り、じんのうは猛スピードで「ていじょう」本社の屋上庭園の入り口近くに激突し、クレーターを作った。
 同時に、こともまた庭園の塀近くに落下した。

 倒れ伏した両者の身体は元の大きさに戻った。
 ことの方は身体から光があふれ、漏れて集まってたかの姿をかたどった。
 全ての力を出し切った二人は元通りに分離したのだ。
 ことは一人、拳を握り締めた。

「勝った……。勝った……!」

 ことの片目に涙が溢れていた。
 先程の悔し涙ではなく、大願成ったばんかんの涙である。

わたしが間違っていたわ……」

 ことほほみを浮かべ、傍らに横たわるたかの頭をでた。
 この勝利は彼の力無しにはなかった。
 さきもりわたるが結んだ縁こそがこの勝利につながったのである。
 一人では何一つとして為し得ない無力な存在とは自分の方だったではないか。

 その時、ことの第六感がはしった。
 離れた場所で倒れ伏すじんのうの心臓が動いている。
 虫の息ながら、まだ辛うじて生きているのだ。

「殺さないと……、やり遂げないと……」

 ことじんのうに向けて身体をわせる。
 もう立ち上がることは出来ないが、じんのうを命拾いさせる訳には行かない。
 しんを使い果たしてしまえば当分は戻らないが、それでも期間が空けば復活してしまう。
 そうなれば、この闘いそのものがもともくとなってしまう。

(それだけは避けないと……。大丈夫、しんの無い今のじんのうただの人。むしろ人よりもか弱い痩せた小男。今のわたしでも、ほとんど唯の女と変わらない力しか残っていないわたしでも、首を絞めれば簡単に息の根を止められる……)

 動かないじんのうこと
 満天の月ときらぼしが、主をうしなおうとしているとうきょうの夜景が、柔らかな虹色の光で満身創痍の男女を照らしていた。
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