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第二章『神皇篇』
第五十三話『息絶えぬ限り希望を絶やさず』 急
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金色の光に満ちた空間で、魅琴は神皇に己の全てをぶつけていた。
(勝つ!)
(叩きのめす!)
両者の闘志が、意地が、矜持が、霊魂が、存在の全てが心身の鬩ぎ合いを演出し、闘いの歌会を囃し立てる。
喩えるならばこれは神々の黄昏。
見届けるは神の視座のみ。
『千倍速!!』
今、魅琴の拳が久々に神皇の顔面を捉えた。
手数と重さを兼ね備えた猛攻で、とうとう神皇の超反応による防御を破ったのだ。
神皇は大きく仰け反るも、宙返りしながら大きく間合いを離して体勢を立て直す。
『麗真魅琴さん、無茶しないで。神為を使い過ぎたら元の状態に戻っちゃう』
魅琴の脳裡に幽鷹の声が鳴る。
もし彼の忠告通り、この融合状態が解除されてしまえば、今度こそ完全に望みは潰えてしまう。
だが魅琴には勝負を急がねばならない理由があった。
「解っているわ。でも、神皇の攻撃は全体攻撃で、回避手段が無い。大き過ぎる確定ダメージが入ると解っている以上、最高速で威力を高めないといけない」
『でも……』
「大丈夫。貴方の御陰で私の体はまだまだ耐えられるから」
魅琴は改めて神皇に向かっていった。
神皇も全身から光を放ち、全方位攻撃で迎撃してくる。
魅琴が負うダメージは決して小さくないものの、彼女は決して止まらない。
(対等の地平に立ったのに、千倍速の拳を何発も当てているのに、神皇は平然としている。やはり依然として力の差が大き過ぎる。でも……!)
魅琴は確信していた。
確かに、同じ第四段階「神の領域」でも、両者の神為には途方も無い差がある。
しかし、それは魅琴の能力で押し切れない差ではない。
そして、今は平然としていても継ぎの攻撃に耐えられるとは限らないのが魅琴の能力の真骨頂である。
対する神皇も、それは百も承知している。
魅琴も勝負を急いでいるが、神皇にとっても魅琴の攻撃を何度も食らう訳には行かない。
今、神皇は初めて敵対者の圧をその肌で感じていた。
(何十年振りか、己の命運が生と死の狭間で揺蕩っているこの心地は……!)
神皇は魅琴に肉薄され、冷や汗を掻いた。
対する魅琴は再度己の力を振り絞り、持てる力の全てをぶつけようとする。
「アアアアアアアッッ!!」
間合いを詰めた魅琴の拳が唸る。
神皇は防御に出る余裕も無い。
『千倍そ……!?』
魅琴の拳は空を切った。
不意に神皇の姿が忽然と消えたのだ。
魅琴が狙いを外す訳が無い。
神皇は恐ろしい速度で魅琴の攻撃を回避したのだ。
「麗真よ、爾に一つ絶望的な事実を告げてやろう」
魅琴は声のする方へ振り返った。
神皇が遥か上空から見下ろしている。
その姿には嘗て無い力と威厳が満ちていた。
「爾は朕と対等の地平に立った。この決闘空間『夢幻争域・渾沌神籬』に招かれ、『化至深為・葦牙狀代』の姿を解放して戦う資格を得た。しかし、朕の全力をその身に受ける羽目になったという意味では却って大いなる災禍に見舞われたというべきであろう」
神皇の全身がこれまでに無く眩い光を放つ。
しかしそれは全方位攻撃の予兆というよりは、力を溜めているといった様相だ。
「先程も言ったとおり、朕の真の力をそのまま発揮してしまえば世界は耐えられん。もしこの空間に入らずに今の力を振るえば宇宙の凡てが蝋燭の灯を吹き消すが如く容易く消え去るであろう。だが、それは朕の望むところではない。何故ならば朕は破壊者ではなく、支配者だからだ。朕はこの絶大なる神為を以て永久不変の支配体制を布く。赤子たる臣民を最も偉大なる民族・強大なる国家へと導き、三千世界の盟主たらしめる。そして神皇は森羅万象に君臨して統べるのだ。絶え間なく、常しえに。それこそが我が千年の皇國、永遠の神國である」
神皇の光が両手に集約する。
おそらく、これは全方位攻撃ではない。
だが魅琴はそれでも神皇の攻撃を回避出来ないと予感していた。
(だったら……!)
魅琴は歯を食い縛った。
躱せないならば、躱さずに突っ切る。
今までも全方位攻撃に対してそうしてきたのだから、やることは何も変わらない。
「来い!」
「良いだろう。凡てを容易く掻き消して余りある朕の全身全霊、絶対の支配者が振るう渾身の破壊暴威、受けて無に帰すが良い!」
神皇の両腕が突き出され、極大の光柱が刹那の間も置かずに魅琴を呑み込んで迸った。
本来ならば即座に消滅して何一つとして感じられぬところだろうが、超絶に感覚力を高められた魅琴はこの世に存在し得る凡ての苦痛を全身に叩き付けられた様な圧力を全身でゆっくりと感じていた。
おそらく、無間地獄や大紅蓮地獄の苦痛はこのようなものなのだろう。
一方で、神皇は確かな手応えに勝利を確信した。
紛れも無く全身全霊を込めた、究極の破壊力が炸裂したのだ。
如何に麗真魅琴が神皇にとって空前絶後の強敵であろうと、跡形も残らず消えた筈だ。
実際、消える筈だった。
だが光が収まった時、神皇は両目を皿の様に見開いて驚愕した。
神皇の目の前には、全身の肉が抉り取られて骨を剥き出しにした魅琴が迫っていたのだ。
片側の瞼と頬が削げ落ちて眼球と奥歯を剥き出しにしたその姿には最早嘗ての美貌の面影など全く無い。
生きて動けるのも不思議な状態だが、それでも魅琴は神皇に尚も肉薄し、拳を振り被っていた。
「あり得ぬ!」
「ガアアアアアアッッ!!」
魅琴の拳が神皇に襲い掛かる。
だがそれは今までとは比べるべくもない、力任せで大振りの雑な拳だった。
神皇は容易く躱す。
しかし、拳は鼻先を掠めた。
「ぐっ!」
「オオオオオオオオッッ!!」
魅琴は鮮血を振り撒きながら追撃の蹴りを振るう。
この連撃までは躱し切れず、神皇は鳩尾に蹴りを食らった。
当然、二発の攻撃は共に千倍速の超撃である。
そしてとうとう、神皇は己の体に異変を覚えた。
「がはっ……!」
僅かな吐血。
しかし、それは闘いの趨勢に於ける決定的な変曲点である。
神皇は大きく蹴り飛ばされたが、それ以上に魅琴と間合いを引き離した。
彼は今初めて戦局に焦燥を覚え、逃げ腰となって身を退かせたのだ。
対する魅琴にとって、これは明確な勝機である。
相手に少しでもダメージが入った以上、次の攻撃が決まれば確実に勝利となる。
(ここが勝負所! 必ず決める!)
魅琴は気を抜くとバラバラに千切れてしまいそうな肉体に鞭打って最後の気力を振り絞る。
後少し、神皇を斃すその時まで保つようにと強く念じながら、決着へ向けて飛び掛かっていった。
一方、迎え撃つ神皇の胸中には敗北の予感が何度も去来していた。
(いかん、全身全霊の神為で仕留め切れんとは流石に想定外。損傷も蓄積し、最早全方位攻撃を繰り出す神為は無い。後一撃でも受けてしまえば終わる……!)
神皇は皇位に就いてから初めて敵対者を畏怖していた。
追い詰められた彼は考える。
同じ地平に立ったとはいえ、力量はまだ自分の方が圧倒的に上だった筈だ。
にも拘わらず、自分の方が逆に窮地に立たされているのは何故か。
全身全霊の神為で攻撃しても、魅琴に持ち堪えられたのは何故なのか。
何故耐えられる、何故立ち向かって来られる。
あれ程に、無残な程に傷付きながらも命に手を掛けようとしているその力は何処から来たのか。
何が自分との差を詰めたのか。
神皇はその答えを何となく察していた。
しかしそれは堪らなく腹立たしく不愉快なものだった。
「愛故かッ! 祖国の民への愛ッッ! 即ちこの状況、朕に民への愛が足りぬが故かぁッッ!!」
魅琴も神皇も、互いに国の為に戦っている。
二人は共に、この闘いの結果如何によって自らの国を揺るがすことになってしまう。
故に、闘いに負けられないのは実は神皇も同じである。
だが、その本質は両者で大きく異なる。
魅琴の出発点は愛する人を守りたいという思いである。
航から、家族から、親しい人々から、彼らと共に日々を生きた国へ、同じ様な思いで営む同胞へと守るべき対象を広げ、命を投げ出す闘いに身を投じた。
対する神皇は先ず国家である。
恭順する者に惜しみ無く際限無く与えつつ、叛逆する者を生かさず殺さず嬲ろうとする君主論を振り翳しながら、絶対的な支配体制を維持しようとしている。
それは偏に、彼の民衆に対する拭い切れぬ不信感に立脚した思想だ。
今日の時代に於ける大日本の帝に相応しきは、民に寄り添い共に歩む道へと至りし天皇也、力の支配に恃み民の上に君臨しようとする神皇に非ず――闘いを前にした魅琴の言葉が、その裏に含んだ真意を伴って脳裡に過る。
「認めぬ!」
神皇の掌に光が収束する。
全方位攻撃では無い、通常の神為解放攻撃で魅琴にと止めを刺そうと試みる。
(あの様子、敵も最早限界は近い! 押せば倒れる状態ではないか! ならば全方位攻撃など必要無い! この一撃を炸裂させれば朕の勝ちよ!)
満身創痍の魅琴もまた、一撃で斃れてしまうだろう。
否、それ以前に闘いが長引けばそれだけで体力が底を突いて力尽きるかも知れない。
だが、神皇はそれを良しとしない。
彼の圧倒的強者・支配者としての自負がそれを許さない。
逃げ切りではなく、あくまでも捻じ伏せる。
帰還して体制を奪還した時から、神皇にとって勝利とは自らの力で掴むものだ。
それこそが神皇の矜持であった。
「負けぬ、逃げぬ! 朕は神皇! 森羅万象を統べる者! 三千世界の大帝也!!」
意を決した神皇もまた、自ら魅琴に接近する。
彼にとって、数十年振りに魂を俎上に載せて賭けに出たのだ。
対する魅琴も、そんな神皇の決意を察して加速した。
この神々の黄昏も愈々最終局面。
交錯の後に立っているのは何れか一人のみ。
それは互いの国の命運を決することをも意味する。
日本と皇國、その二本に別れた線が交わり、火花を散らす。
間も無く決着の刻。
(凡てを出し切る! 骨も残さない!)
(何も変わらぬ! 叩きのめすのみ!)
二人は互いの間合いに入った。
魅琴は必殺の拳を振るう。
両者とも限界が近い今、武の心得がある魅琴の方が攻撃の動作は圧倒的に速い。
それは互いに承知の上である。
神皇にとっての賭けとは、この一撃を完璧に躱さなければならないということだった。
全神経を研ぎ澄まし、凡ての神為を回避の為の近くに総動員する。
魅琴の拳は空を切った。
目論見が叶った神皇は光る掌を突き出し、攻撃終わりに合わせようとする。
至近距離からのカウンター、回避は困難だ。
魅琴にとって致命的な光が神皇の掌から解放され、力の奔流となって襲い掛かる。
しかし、魅琴の天稟は生半可なものではない。
この状況から彼女は、わざと足を滑らせる様に体勢を崩し、上体を反らして神皇の攻撃を躱したのだ。
それは勝利を掴み、愛する者を守る為の、執念の底力である。
だが神皇はそこから、攻撃の為に突き出した右手を振り下ろし、魅琴の乳房を鷲掴みにした。
小さな手の指が肉に食い込み、紫紺のレオタードに血が滲む。
身体を掴んで直接攻撃を叩き込もうというこの状態、魅琴は逃れる術が無い。
まさにこれこそが神皇の真の狙いだった。
「滅せよオオオォッッ!!」
神皇は勝利を確信するも、しかし気付いていなかった。
何故魅琴が足を滑らせるだけでなく、態々上体を反らしたのか。
そう、これは追撃の予備動作。
魅琴は身体を捩り、回し蹴りを、決着の一撃を神皇に向けて振るっていた。
「アアアアアアアアアッッ!!」
胸に指を突き立てた神皇もまた、魅琴のこの一撃を回避する手段が無い。
今度は魅琴の方が全身全霊、己の身も心も人生も何もかもを振り絞った攻撃を繰り出す。
『一万倍速ッッッッ!!』
魅琴の回し蹴りが神皇の蟀谷に炸裂した。
その炸裂音は、この決闘空間でなければ森羅万象の凡てを無に帰す凄まじい圧で響き渡った。
轟音と共に光の空間は砕け散り、神皇は猛スピードで「帝嘗」本社の屋上庭園の入り口近くに激突し、クレーターを作った。
同時に、魅琴もまた庭園の塀近くに落下した。
倒れ伏した両者の身体は元の大きさに戻った。
魅琴の方は身体から光が溢れ、漏れて集まって幽鷹の姿を模った。
全ての力を出し切った二人は元通りに分離したのだ。
魅琴は一人、拳を握り締めた。
「勝った……。勝った……!」
魅琴の片目に涙が溢れていた。
先程の悔し涙ではなく、大願成った万感の涙である。
「私が間違っていたわ……」
魅琴は微笑みを浮かべ、傍らに横たわる幽鷹の頭を撫でた。
この勝利は彼の力無しには為し得なかった。
岬守航が結んだ縁こそがこの勝利に繋がったのである。
一人では何一つとして為し得ない無力な存在とは自分の方だったではないか。
その時、魅琴の第六感が奔った。
離れた場所で倒れ伏す神皇の心臓が動いている。
虫の息ながら、まだ辛うじて生きているのだ。
「殺さないと……、やり遂げないと……」
魅琴は神皇に向けて身体を這わせる。
もう立ち上がることは出来ないが、神皇を命拾いさせる訳には行かない。
神為を使い果たしてしまえば当分は戻らないが、それでも期間が空けば復活してしまう。
そうなれば、この闘いそのものが元の木阿弥となってしまう。
(それだけは避けないと……。大丈夫、神為の無い今の神皇は唯の人。寧ろ人よりもか弱い痩せた小男。今の私でも、殆ど唯の女と変わらない力しか残っていない私でも、首を絞めれば簡単に息の根を止められる……)
動かない神皇に這い寄る魅琴。
満天の月と煌星が、主を喪おうとしている統京の夜景が、柔らかな虹色の光で満身創痍の男女を照らしていた。
(勝つ!)
(叩きのめす!)
両者の闘志が、意地が、矜持が、霊魂が、存在の全てが心身の鬩ぎ合いを演出し、闘いの歌会を囃し立てる。
喩えるならばこれは神々の黄昏。
見届けるは神の視座のみ。
『千倍速!!』
今、魅琴の拳が久々に神皇の顔面を捉えた。
手数と重さを兼ね備えた猛攻で、とうとう神皇の超反応による防御を破ったのだ。
神皇は大きく仰け反るも、宙返りしながら大きく間合いを離して体勢を立て直す。
『麗真魅琴さん、無茶しないで。神為を使い過ぎたら元の状態に戻っちゃう』
魅琴の脳裡に幽鷹の声が鳴る。
もし彼の忠告通り、この融合状態が解除されてしまえば、今度こそ完全に望みは潰えてしまう。
だが魅琴には勝負を急がねばならない理由があった。
「解っているわ。でも、神皇の攻撃は全体攻撃で、回避手段が無い。大き過ぎる確定ダメージが入ると解っている以上、最高速で威力を高めないといけない」
『でも……』
「大丈夫。貴方の御陰で私の体はまだまだ耐えられるから」
魅琴は改めて神皇に向かっていった。
神皇も全身から光を放ち、全方位攻撃で迎撃してくる。
魅琴が負うダメージは決して小さくないものの、彼女は決して止まらない。
(対等の地平に立ったのに、千倍速の拳を何発も当てているのに、神皇は平然としている。やはり依然として力の差が大き過ぎる。でも……!)
魅琴は確信していた。
確かに、同じ第四段階「神の領域」でも、両者の神為には途方も無い差がある。
しかし、それは魅琴の能力で押し切れない差ではない。
そして、今は平然としていても継ぎの攻撃に耐えられるとは限らないのが魅琴の能力の真骨頂である。
対する神皇も、それは百も承知している。
魅琴も勝負を急いでいるが、神皇にとっても魅琴の攻撃を何度も食らう訳には行かない。
今、神皇は初めて敵対者の圧をその肌で感じていた。
(何十年振りか、己の命運が生と死の狭間で揺蕩っているこの心地は……!)
神皇は魅琴に肉薄され、冷や汗を掻いた。
対する魅琴は再度己の力を振り絞り、持てる力の全てをぶつけようとする。
「アアアアアアアッッ!!」
間合いを詰めた魅琴の拳が唸る。
神皇は防御に出る余裕も無い。
『千倍そ……!?』
魅琴の拳は空を切った。
不意に神皇の姿が忽然と消えたのだ。
魅琴が狙いを外す訳が無い。
神皇は恐ろしい速度で魅琴の攻撃を回避したのだ。
「麗真よ、爾に一つ絶望的な事実を告げてやろう」
魅琴は声のする方へ振り返った。
神皇が遥か上空から見下ろしている。
その姿には嘗て無い力と威厳が満ちていた。
「爾は朕と対等の地平に立った。この決闘空間『夢幻争域・渾沌神籬』に招かれ、『化至深為・葦牙狀代』の姿を解放して戦う資格を得た。しかし、朕の全力をその身に受ける羽目になったという意味では却って大いなる災禍に見舞われたというべきであろう」
神皇の全身がこれまでに無く眩い光を放つ。
しかしそれは全方位攻撃の予兆というよりは、力を溜めているといった様相だ。
「先程も言ったとおり、朕の真の力をそのまま発揮してしまえば世界は耐えられん。もしこの空間に入らずに今の力を振るえば宇宙の凡てが蝋燭の灯を吹き消すが如く容易く消え去るであろう。だが、それは朕の望むところではない。何故ならば朕は破壊者ではなく、支配者だからだ。朕はこの絶大なる神為を以て永久不変の支配体制を布く。赤子たる臣民を最も偉大なる民族・強大なる国家へと導き、三千世界の盟主たらしめる。そして神皇は森羅万象に君臨して統べるのだ。絶え間なく、常しえに。それこそが我が千年の皇國、永遠の神國である」
神皇の光が両手に集約する。
おそらく、これは全方位攻撃ではない。
だが魅琴はそれでも神皇の攻撃を回避出来ないと予感していた。
(だったら……!)
魅琴は歯を食い縛った。
躱せないならば、躱さずに突っ切る。
今までも全方位攻撃に対してそうしてきたのだから、やることは何も変わらない。
「来い!」
「良いだろう。凡てを容易く掻き消して余りある朕の全身全霊、絶対の支配者が振るう渾身の破壊暴威、受けて無に帰すが良い!」
神皇の両腕が突き出され、極大の光柱が刹那の間も置かずに魅琴を呑み込んで迸った。
本来ならば即座に消滅して何一つとして感じられぬところだろうが、超絶に感覚力を高められた魅琴はこの世に存在し得る凡ての苦痛を全身に叩き付けられた様な圧力を全身でゆっくりと感じていた。
おそらく、無間地獄や大紅蓮地獄の苦痛はこのようなものなのだろう。
一方で、神皇は確かな手応えに勝利を確信した。
紛れも無く全身全霊を込めた、究極の破壊力が炸裂したのだ。
如何に麗真魅琴が神皇にとって空前絶後の強敵であろうと、跡形も残らず消えた筈だ。
実際、消える筈だった。
だが光が収まった時、神皇は両目を皿の様に見開いて驚愕した。
神皇の目の前には、全身の肉が抉り取られて骨を剥き出しにした魅琴が迫っていたのだ。
片側の瞼と頬が削げ落ちて眼球と奥歯を剥き出しにしたその姿には最早嘗ての美貌の面影など全く無い。
生きて動けるのも不思議な状態だが、それでも魅琴は神皇に尚も肉薄し、拳を振り被っていた。
「あり得ぬ!」
「ガアアアアアアッッ!!」
魅琴の拳が神皇に襲い掛かる。
だがそれは今までとは比べるべくもない、力任せで大振りの雑な拳だった。
神皇は容易く躱す。
しかし、拳は鼻先を掠めた。
「ぐっ!」
「オオオオオオオオッッ!!」
魅琴は鮮血を振り撒きながら追撃の蹴りを振るう。
この連撃までは躱し切れず、神皇は鳩尾に蹴りを食らった。
当然、二発の攻撃は共に千倍速の超撃である。
そしてとうとう、神皇は己の体に異変を覚えた。
「がはっ……!」
僅かな吐血。
しかし、それは闘いの趨勢に於ける決定的な変曲点である。
神皇は大きく蹴り飛ばされたが、それ以上に魅琴と間合いを引き離した。
彼は今初めて戦局に焦燥を覚え、逃げ腰となって身を退かせたのだ。
対する魅琴にとって、これは明確な勝機である。
相手に少しでもダメージが入った以上、次の攻撃が決まれば確実に勝利となる。
(ここが勝負所! 必ず決める!)
魅琴は気を抜くとバラバラに千切れてしまいそうな肉体に鞭打って最後の気力を振り絞る。
後少し、神皇を斃すその時まで保つようにと強く念じながら、決着へ向けて飛び掛かっていった。
一方、迎え撃つ神皇の胸中には敗北の予感が何度も去来していた。
(いかん、全身全霊の神為で仕留め切れんとは流石に想定外。損傷も蓄積し、最早全方位攻撃を繰り出す神為は無い。後一撃でも受けてしまえば終わる……!)
神皇は皇位に就いてから初めて敵対者を畏怖していた。
追い詰められた彼は考える。
同じ地平に立ったとはいえ、力量はまだ自分の方が圧倒的に上だった筈だ。
にも拘わらず、自分の方が逆に窮地に立たされているのは何故か。
全身全霊の神為で攻撃しても、魅琴に持ち堪えられたのは何故なのか。
何故耐えられる、何故立ち向かって来られる。
あれ程に、無残な程に傷付きながらも命に手を掛けようとしているその力は何処から来たのか。
何が自分との差を詰めたのか。
神皇はその答えを何となく察していた。
しかしそれは堪らなく腹立たしく不愉快なものだった。
「愛故かッ! 祖国の民への愛ッッ! 即ちこの状況、朕に民への愛が足りぬが故かぁッッ!!」
魅琴も神皇も、互いに国の為に戦っている。
二人は共に、この闘いの結果如何によって自らの国を揺るがすことになってしまう。
故に、闘いに負けられないのは実は神皇も同じである。
だが、その本質は両者で大きく異なる。
魅琴の出発点は愛する人を守りたいという思いである。
航から、家族から、親しい人々から、彼らと共に日々を生きた国へ、同じ様な思いで営む同胞へと守るべき対象を広げ、命を投げ出す闘いに身を投じた。
対する神皇は先ず国家である。
恭順する者に惜しみ無く際限無く与えつつ、叛逆する者を生かさず殺さず嬲ろうとする君主論を振り翳しながら、絶対的な支配体制を維持しようとしている。
それは偏に、彼の民衆に対する拭い切れぬ不信感に立脚した思想だ。
今日の時代に於ける大日本の帝に相応しきは、民に寄り添い共に歩む道へと至りし天皇也、力の支配に恃み民の上に君臨しようとする神皇に非ず――闘いを前にした魅琴の言葉が、その裏に含んだ真意を伴って脳裡に過る。
「認めぬ!」
神皇の掌に光が収束する。
全方位攻撃では無い、通常の神為解放攻撃で魅琴にと止めを刺そうと試みる。
(あの様子、敵も最早限界は近い! 押せば倒れる状態ではないか! ならば全方位攻撃など必要無い! この一撃を炸裂させれば朕の勝ちよ!)
満身創痍の魅琴もまた、一撃で斃れてしまうだろう。
否、それ以前に闘いが長引けばそれだけで体力が底を突いて力尽きるかも知れない。
だが、神皇はそれを良しとしない。
彼の圧倒的強者・支配者としての自負がそれを許さない。
逃げ切りではなく、あくまでも捻じ伏せる。
帰還して体制を奪還した時から、神皇にとって勝利とは自らの力で掴むものだ。
それこそが神皇の矜持であった。
「負けぬ、逃げぬ! 朕は神皇! 森羅万象を統べる者! 三千世界の大帝也!!」
意を決した神皇もまた、自ら魅琴に接近する。
彼にとって、数十年振りに魂を俎上に載せて賭けに出たのだ。
対する魅琴も、そんな神皇の決意を察して加速した。
この神々の黄昏も愈々最終局面。
交錯の後に立っているのは何れか一人のみ。
それは互いの国の命運を決することをも意味する。
日本と皇國、その二本に別れた線が交わり、火花を散らす。
間も無く決着の刻。
(凡てを出し切る! 骨も残さない!)
(何も変わらぬ! 叩きのめすのみ!)
二人は互いの間合いに入った。
魅琴は必殺の拳を振るう。
両者とも限界が近い今、武の心得がある魅琴の方が攻撃の動作は圧倒的に速い。
それは互いに承知の上である。
神皇にとっての賭けとは、この一撃を完璧に躱さなければならないということだった。
全神経を研ぎ澄まし、凡ての神為を回避の為の近くに総動員する。
魅琴の拳は空を切った。
目論見が叶った神皇は光る掌を突き出し、攻撃終わりに合わせようとする。
至近距離からのカウンター、回避は困難だ。
魅琴にとって致命的な光が神皇の掌から解放され、力の奔流となって襲い掛かる。
しかし、魅琴の天稟は生半可なものではない。
この状況から彼女は、わざと足を滑らせる様に体勢を崩し、上体を反らして神皇の攻撃を躱したのだ。
それは勝利を掴み、愛する者を守る為の、執念の底力である。
だが神皇はそこから、攻撃の為に突き出した右手を振り下ろし、魅琴の乳房を鷲掴みにした。
小さな手の指が肉に食い込み、紫紺のレオタードに血が滲む。
身体を掴んで直接攻撃を叩き込もうというこの状態、魅琴は逃れる術が無い。
まさにこれこそが神皇の真の狙いだった。
「滅せよオオオォッッ!!」
神皇は勝利を確信するも、しかし気付いていなかった。
何故魅琴が足を滑らせるだけでなく、態々上体を反らしたのか。
そう、これは追撃の予備動作。
魅琴は身体を捩り、回し蹴りを、決着の一撃を神皇に向けて振るっていた。
「アアアアアアアアアッッ!!」
胸に指を突き立てた神皇もまた、魅琴のこの一撃を回避する手段が無い。
今度は魅琴の方が全身全霊、己の身も心も人生も何もかもを振り絞った攻撃を繰り出す。
『一万倍速ッッッッ!!』
魅琴の回し蹴りが神皇の蟀谷に炸裂した。
その炸裂音は、この決闘空間でなければ森羅万象の凡てを無に帰す凄まじい圧で響き渡った。
轟音と共に光の空間は砕け散り、神皇は猛スピードで「帝嘗」本社の屋上庭園の入り口近くに激突し、クレーターを作った。
同時に、魅琴もまた庭園の塀近くに落下した。
倒れ伏した両者の身体は元の大きさに戻った。
魅琴の方は身体から光が溢れ、漏れて集まって幽鷹の姿を模った。
全ての力を出し切った二人は元通りに分離したのだ。
魅琴は一人、拳を握り締めた。
「勝った……。勝った……!」
魅琴の片目に涙が溢れていた。
先程の悔し涙ではなく、大願成った万感の涙である。
「私が間違っていたわ……」
魅琴は微笑みを浮かべ、傍らに横たわる幽鷹の頭を撫でた。
この勝利は彼の力無しには為し得なかった。
岬守航が結んだ縁こそがこの勝利に繋がったのである。
一人では何一つとして為し得ない無力な存在とは自分の方だったではないか。
その時、魅琴の第六感が奔った。
離れた場所で倒れ伏す神皇の心臓が動いている。
虫の息ながら、まだ辛うじて生きているのだ。
「殺さないと……、やり遂げないと……」
魅琴は神皇に向けて身体を這わせる。
もう立ち上がることは出来ないが、神皇を命拾いさせる訳には行かない。
神為を使い果たしてしまえば当分は戻らないが、それでも期間が空けば復活してしまう。
そうなれば、この闘いそのものが元の木阿弥となってしまう。
(それだけは避けないと……。大丈夫、神為の無い今の神皇は唯の人。寧ろ人よりもか弱い痩せた小男。今の私でも、殆ど唯の女と変わらない力しか残っていない私でも、首を絞めれば簡単に息の根を止められる……)
動かない神皇に這い寄る魅琴。
満天の月と煌星が、主を喪おうとしている統京の夜景が、柔らかな虹色の光で満身創痍の男女を照らしていた。
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