日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第五十四話『誤算』 序

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 こうこく皇宮の宮殿はじんのうの寝室、一人の大柄な男が扉を開けて中の様子をうかがっている。
 手指に小包を下げて、さながら何かの土産を持って来たといった様子だ。

「おらんか……。また眠れず何処どこぞでそがれているのか……」

 男は扉を閉め、寝室を後にした。



    ⦿⦿⦿



 皇宮の敷地内、宮殿から目と鼻の先にそびつ巨大穀物企業「ていじよう」本社の中腹にこしらえられた屋上庭園では、かつて無い異変が起こっていた。
 日が暮れても枯れないよう改良されたようの花木が植えられた美しい庭園は見る影も無く、衝突後のくぼみとひび割れが壮絶な闘いの余韻を物語っている。

 その一際大きな窪みの中に、皇宮の主たるじんのうの、少年の様な身体が横たわっていた。
 まさかの敗北を喫した彼は指一本動かせないまま絶体絶命の様相だ。

ちんが……敗れた……! 身体が癒えん、しんが失われておる……!)

 それはじんのうにとってばかりでなく、こうこくという国家そのものにとってあってはならない誤算だった。
 これまで強大な覇権国家として世界情勢をほしいままにしてきたこうこくだが、その力の根幹こそがじんのうしんなのだ。
 それが今、闘いに敗れたことで消失した。

 じんのうを含め、皇族は全員が生まれながらにしんを身に付けている。
 こういった手合いはとうえいがんって後天的に身に付けた者達と異なり、敗北によってしんを失った場合、回復までに相当の期間を要するのだ。
 じんのう程の他と一線を画す強大なしんの場合、それが数年に及んでもおかしくはない。

 その空白期間、こうこくは国家の要となるエネルギーやインフラを大きくがれることになる。
 直ちに国が亡くなるものではないが、影響力の急激な減退は避けられない。

(いかん! いかん! いかん!!)

 じんのうは迫り来る気配を察知し、焦燥に駆られる。
 間違い無く、自分をここまで追い込んだうることが止めを刺そうとしているのだ。

 で死ぬ訳には行かない。
 ただでさえ、間違い無く国が乱れるのだ。
 それでも、生きてしんを回復出来ればまだ立て直すことは出来る。
 だがこのまま殺されてしまうと、それによって混乱は致命的な程に深まってしまうだろう。

(このじんのうにあるまじき失態……! 逃れなければ……! 本来ならば敗走などまからんが、背に腹は代えられぬ……! ちんはまだ死ねんのだ……!)

 その時、じんのうは立ち上がったことを仰ぎ見た。
 はやこれまで――じんのうに避けられぬ運命が突き付けられた、かに思われた。

 だが、ことが立ち上がった瞬間に彼女の足場が崩れ落ちた。
 闘いで大きな損傷を受けた屋上庭園は、彼女が立ち上がるべく力を込めたことで応力の均衡が破れて耐久性を失ったのだ。
 丁度じんのうだけを屋上に残し、庭園は半壊して下の階へと沈んだ。

「はぁ……はぁ……」

 首の皮一枚つながったじんのうだが、ほんの少し寿命が延びただけだろう。
 現に、崩落した下の階ではことが立ち上がろうとしている。
 このまま彼女が上の階に上ってくれば、じんのうは止めを刺されることになる。

    ⦿

 後一歩のところで突然の崩落に巻き込まれたことは、下の階でれきを持ち上げる。
 彼女もまたしんほとんど使い果たした上、肉体も無残な程にボロボロで、自慢のりよりよくも殆ど発揮出来ない。
 それでも、彼女はまずこの瓦礫から一人の少年を救出したかった。

たか……君……! 待ってて……! 貴方あなたを死なせはしない……!」

 瓦礫の下からくもたかを掘り出そうとすることは、初めてその容姿に見合った非力さに苦しんでいた。
 抱える物の重量に腕が辛くなるのも初めての経験だ。
 それでも彼女は、息を切らしながら瓦礫をひっくり返す。

(この下だ……)

 ことは乾いた雑巾から最後の一滴を絞り出す様に大か瓦礫に力を込めて転がした。
 その下には、意識を失ったままのたかが寝そべっていた。
 どうやら息はある。
 ことひとず胸をろした。

じんのうに止めを刺したら……貴方あなたたつかみていくるませまで運ぶわ。わたしの姿を見られる訳には行かないけれど、たつかみ殿下なら貴方あなたのことも無下にはしないはずさんも貴方あなたの行方を捜しているだろうし、たつかみ殿下にも問い合わせるでしょう。貴方あなたたつかみ邸に保護され、さんの要請で日本国に送り届けられる筈」

 少し前まで、ことじんのうさえ殺せば後は自分もどうなろうが構わないと思っていた。
 だが今は、たかの身を案じ助かる算段を付けるというもう一つの義務感を抱いている。
 彼がいなければ、ことは今こうして立っていない。
 自分の使命を果たすことなど出来なかっただろう。

 たかへの多大な恩義に報いるためにも、ず彼女は彼を瓦礫の下から救出した。
 じんのうに止めを刺す、人生を懸けた使命を果たすさいの花道を歩むのはその後だ。

 ことは崩れた屋根の上、じんのうの横たわる階上をにらみ上げた。
 万全の状態なら跳び上がってすぐだが、今の彼女は重い体をって階段から上階に昇らなければならない。

 それは皮肉な運命だった。
 たかを助けずにじんのうへの止めを優先していれば、彼女は使命を果たせはしただろう。
 しかし、運命は招かれざるもう一人の男をこの場に呼び寄せてしまった。
 あまりにも不穏な気配に、ことは息をんだ。

「なんだ……これは……?」

 屋根の上から声がした。
 姿こそ、ことからは死角になって見えないが、聞き覚えのある声だ。

(な、何故なぜあの男がこのタイミングで此処に?)

 それはことにとって最悪の来訪者だった。
 すがに焦燥を感じざるを得ず、彼女はとつたかを抱えて柱の陰に隠れる。

ばんさんかいはとうに終わって、とっくに皇宮を出た筈でしょう! 第一皇子・かみえい!)

 ことが身を隠すと同時に、かみえいの父を呼ぶ大声が聞こえてきた。
 天井の上で、彼が横たわる父に駆け寄る気配がした。
 じんのう暗殺まであと一歩のところでろうぜきが皇族に露見するという、最悪の事態である。
 ここへ来て、ことは窮地に追い込まれた。

「おい守衛! おれだ、ていじよう取締役の第一皇子・かみえいだ! 屋上庭園で陛下御不予! 激しく争った賊が潜んでいると思われる! 建物全ての出入り口を完全封鎖し、緊急巡視機構を全稼働させろ! 賊は発見し次第おれしらせよ。陛下のいのちを脅かせし者、無事ではあるまいが他の者では手に負えまい。このおれが直々に始末を付ける!」

 不穏極まり無い命令が天井の上から聞こえ、少し間を置いて建屋中の電灯が全点灯した。
 更に、監視カメラの様な機械が壁や床から多数顔を出し、首を振りながら動き回る。
 幸いなことに、ことが落ちた部屋は床に備わった一つ分のカメラしか生きておらず、その動きにさえ気を配れば簡単には見付からないだろう。
 だが、すぐ上には父親を殺され掛けて怒り心頭の第一皇子が控えている。

(あの男がこっちに意識を向ければこんな場所すぐにバレる! どうする? 一旦退くか?)

 どう考えても状況は詰みだが、ことなおも手段を考えて必死で脳髄を稼働させる。

(こんな体じゃこの階から飛び降りたら死ぬ。次は無い。何とかこの場で隙を見付けてじんのうを仕留めるしか無い……!)

 ここまで来て、諦めることなど出来ない――ことの思いとは裏腹に、状況は進退窮まって閉じていく。
 視界が暗転する。
 一筋の光すら差し込む余地のない手詰まりがすぐそこまで迫っていた。



    ⦿⦿⦿



 かみえいは善意の男である。
 そして、思い立ったが吉日として行動を起こすことに一切ためいが無い。
 彼がていじようの屋上庭園を訪れた経緯は、超高級で絶品のしに舌鼓を打ったところから始まった。
 彼はふと、これを父であるじんのうに食べさせたいと考えたのだ。

 かみは気が早かった。
 倶楽部の社交員ホステスは彼の言葉を後日酒宴を催すものと受け取ったが、その真意は斜め上のものだった。
 彼は料理長に父親の土産を造らせ、包ませたのだ。
 時間をおけば料理の状態が劣化するという懸念はあったが、彼には倶楽部から皇宮まで刹那のうちに移動する力がある為、問題は無かった。

 最初、かみは御所は父の寝室を訪問した。
 しかし、父の姿が見えなかったので、心当たりを巡ってみることにしたのだ。
 彼は、父親が眠れない夜にいくつかの場所で黄昏れる癖があることをく知っていた。
 その中でも父が最も気に入っていたのがこの屋上庭園だった。

 そうと思い立てば、やはり彼は躊躇い無くそこへ行く。
 屋上庭園は研究として品種改良された芙蓉を栽培しているが、それは来客へ向けた広報の為である。
 基本的に外部の人間に公開されているからこそ、じんのうはいつでも気軽に一服するし、ことのことも招くことが出来たのだ。
 そして気軽に訪れることが出来るのは、会長であるじんのうの血族として取締役に名を連ねる第一皇子の彼も同じである。

 庭園にやって来た彼が目にしたのは、信じがたい光景だった。
 跡形も無く崩壊し、床が一部崩落した庭園に父であるじんのうが傷付き倒れていたのだ。

「父上ええェッッ!!」

 かみは父の元へ駆け寄り、床に膝を突いて容態を確認する。
 息はあるが、かなり危険な状態だった。
 状況からして、父はこの場で何者かと戦い、そして敗れてこの様な姿になったのだ。
 信じがたいことだが、理解したかみはすぐさま行動した。

「おい守衛! おれだ、ていじよう取締役の第一皇子・かみえいだ!」

 先ずは守衛に電話連絡し、賊の退路を断って建物内をくまく探させる。
 その間、仲間の救援があってはいけないので近衛師団にも連絡し、建物を包囲させる。
 更に、じんのうをこの場から救助してすぐに処置を始められるように侍従長と侍医もたたこしてこの場に来させる。

「父上、わたしがおわかりか! 何事に見舞われたもうた!」
えい……か……」

 じんのうかすれた声で息子の呼び掛けに途切れ途切れ応えた。

「よくぞ……参った……。なんじかげで……命拾いした……ぞ……」

 初めて見る父の弱々しい姿に、かみは戸惑いを覚えていた。
 正確には、自分の中に芽生えた奇妙な感情の処理に困っていた。
 胸が高鳴り、体が震えてこわる。
 自らの力の制御が極めて不安定になっている。

「誰が……何故こんなことを……!」

 かみは階下に人の気配を感じた。
 小柄な人間が二人、いずれも大きく傷付いている。

「賊はに居るな? 崩落に巻き込まれたか……」

 しゆにんを追い詰めんと、かみは立ち上がった。
 どういうわけか、今の彼には殺害に躊躇いが無い。
 それどころか、賊の顔を拝んだ上で積極的にちゅうさつしようと考えていた。
 基本的に善意の人である彼にとって、極めて珍しいことだ。

 だがその時、かみはるか上空にまばゆい光を感じた。
 ありの一穴の様な小さな点が大きくなり、こんじきの巨大な光が庭園の脇に降り立つ。

「何……?」

 それは巨大な人型のロボット「ちようきゆうどうしんたい」だった。
 しかし、全てのどうしんたいを開発した筈のかみにすら、その機体には覚えが無かった。
 それもその筈、彼の目の前に胸部をさらしているそれはこうこくどうしんたいではない。

な……。このちようきゆうは一体……?」

 事態に困惑するかみの前に、階下で窮地に追い込まれたことの前に、日本国産のちようきゆうどうしんたい・カムヤマトイワレヒコがその威容を見せ付ける様に降り立った。
 その機体にまといしこんじきの光が夜の闇を切り裂き、この場の注目と主導権を一身に集めていた。
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