日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第五十四話『誤算』 破

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 第一皇子・かみえいにとって、この日は今までの生涯で最も目まぐるしい変化に見舞われた一日に違いない。
 つい数時間前は、うることとの婚約について父であるじんのうの勅許を頂くべくばんさんかいに招待していた。
 結局のところ縁談は一旦保留になったものの、晩餐会が終わった時点で彼は自身とこうこくの明るい未来を信じて疑わなかっただろう。
 その後、二人の近衛侍女を連れて超高級倶楽部クラブで飲み直していた時間も、まだ上機嫌だった。

 近衛侍女らと飲み終わり、父と晩酌をしようと考えて皇宮へ来たところから、運命は急転落する。
 父を探してやって来たていじよう本社の屋上庭園で、彼は信じがたい光景を目撃した。
 父・じんのうが何者かと争い、そして傷付き敗れて倒れている。
 突然の事態に、彼はく動いたと言って良い。

 彼は手際良くしゆにんの退路をふさぎ、更に隠れ場所の目星も付けた。
 その首尾は下の階に潜む敵をあっという間に追い詰めたと言える。
 だが、いざ始末を付けようとしたときに、予期せぬ来訪者がよこやりを入れたのだ。

 かみの目の前に一機のちようきゆうどうしんたいが、彼の知らない金色の機体が突如として降り立った。
 全てのどうしんたいを設計開発した彼の覚えに無い機体ということは、こうこく以外の国が皇宮まで送り込んできたということだ。
 それはあってはならない事態だった。

「国防軍は何をやっている……! ちようきゆうどうしんたいが本土に上陸する意味は充分わかっているはずだろう……!」

 かみの懸念は一つ。
 地形座標の測定され、情報を本国へ送信されてしまうと、そこから友軍の大量展開につながってしまうということだ。
 こうこくの兵力には及ぶべくもなかろうが、とうきようの街並が戦場になってしまう被害は尋常ではない。
 そうなる前に破壊しなければ――かみは拳を握り締めた。

 だが次の瞬間、彼の足場は大きく揺れた。
 くだんちようきゆうが下の階に両拳を突き入れたのだ。
 直後、かみの不安定な足下から女の叫び声が聞こえた。

「は、離せ!」

 聞き覚えのある、信じたくない声だった。
 金色の機体が手を引き出し、かみの足下が崩れ落ちた。

「ぬおおっ!?」

 かみとつに重傷の父・じんのうを胸に抱え、崩落の衝撃から守る。
 着地してすわんだ彼は父のみを案じ声を掛ける。

「父上、大丈夫か!」
「ゲホッ! ぜぇ、ぜぇ……」

 じんのうは吐血して息を乱すばかりで、息子に応える余裕は無さそうだ。
 かみの頭上では、金色の機体が手に女と少年をそっと包んでいる。

うる……こと……っ!」

 かみは金色の機体を仰ぎ見て、自身が求婚した相手であるうることの姿を認めた。
 そして、じんのうの命を奪おうとした下手人が彼女であると知ることになった。

「まさか……そんな……!」

 どうもくするかみだが、きようがくの事態はまだ終わらない。
 機体の両から光が消えた。
 これは実戦機動状態を脱したことを意味する。

 かみには操縦士の意図が不可解だった。
 先程から、この金色の機体は何をしようとしているのか。
 何故なぜわざわざ、整備のために最低限の挙動しか取れない状態に切り替えたのか。
 このままこうこくを攻める気は無いのか。

 その時、金色の機体の首元が開いた。
 内部から一人の青年が現れ、機体の手に向けて飛び降りた。

「あの男は……!」

 青年のことも、かみは知っている。
 きのえ公爵邸で会ったのはつい昨日のことだ。

さきもりわたる……! そうか、そういうことか!」

 かみの中で点と点が線で繋がった。
 じんのうを暗殺しようとしたうること
 そのことの窮地に駆け付けたさきもりわたる
 こうこくに乗り込んできたちようきゆうどうしんたい

「貴様らめいひのもとの……! 全ては最初からこれを狙って……!」

 どの段階からかははっきりわからないが、うることが自分に近付いた狙いにじんのう暗殺があったこと、それを日本国が国家としてほうじよする為にちようきゆうどうしんたいしたこと、さきもりわたるがその操縦士として下手人であるうることを回収しようとしていること――それらがかみの中で一つのストーリーとして組み上がった。

「何の所以ゆえんがあって……! ただで済むと思うなよ……!」

 かみは今、自身が抱いている感情を理解し始めていた。
 幸か不幸か、彼はこれまでこの様な感情を抱く機会にほとんど恵まれなかった。
 そうか、これが怒りなのか。
 降り掛かった理不尽を前に、相手を理解しようという要求に不快感が勝り、処罰感情が芽生える。

 そんなかみを尻目に、わたるはまず左手の中からくもたかを背負い上げた。
 彼は素早い動きでたかを首元の出入り口まで運ぶと、機体内部へと声を掛ける。

ちゃん、たか君を頼む」
「ハイです!」

 わたるは何者かにたかを預けると、今度は右手に飛び移った。
 このままことのことも回収するつもりだろう。

こと、帰るぞ」
「何を言って……!」
「帰るぞ!」

 わたることを強引に抱え上げた。
 ことは暴れ、わたるから離れようとするが、体力を消耗し過ぎて本来の力をまとに発揮出来ない様だ。
 そんな二人のことを、かみも手をこまねいて唯見ている訳ではない。

「帰るだと? 帰すとでも思っているのか!」

 かみは怒りに満ちた眼でわたる達をにらみ上げ、改めて拳を握り締める。
 その仕草だけでわたるは大いにたじろいでいた。
 だがその時、かみの腕の中でじんのうがまたしても吐血した。

「父上! っ、このままでは……!」

 かみは一つのジレンマに悩まされていた。
 わたることをこの場から逃がす訳にはいかないが、じんのうを捨て置くと命に関わる。
 現に、彼の腕の中でじんのうは意識を失った。
 父にもしものことがあってはならないという気遣いが縛りとなり、彼は敵への対応に集中出来なかった。

 その隙に、わたるは首元の入り口へと戻っていた。
 このままことを連れ込んでしまえば、後は再び金色の機体・カムヤマトイワレヒコを実戦起動させてこの場から去るのみである。

 と、そんな現場に大勢の足音が駆け足気味に近付いてきた。
 どうやら、かみが連絡した近衛師団の一部が突入してきたらしい。
 かみはその到着を今か今かとびていた。

ひとず白兵の先遣隊でていじよう本社を包囲し突入する指揮か、それで良い。どうしんたいの部隊が遅れるのは致し方無し、金色の機体はこの場でおれが破壊すれば良い。だがその為には父上の玉体を近衛師団の先遣隊に預けなければ。早く来い! 父上がおれから離れたら、しゆの間にこなじんと砕いてくれる!)

 強大なしんを持つ皇族の前にはちようきゆうどうしんたいしん無効化機能など意味を成さない。
 当然、かみにとって金色の機体を破壊することなどやすい。
 両者のどちらに勝利のてんびんが傾くか、それは時間との勝負だった。
 今のところは、ことを機体に連れ込んで発進させれば良いわたるの方に分があるといえるだろう。

 しかし、ことことで諦めが悪かった。
 彼女の体が光を放ち、膝でわたるの背中を打つ。
 どうやら彼女は最後のしんを振り絞って賭けに出たらしい。
 強い衝撃を受けたわたることの身体から手を離してしまっていた。

「このままじんのうにダイブして……!」
「させない!」

 ことわるきにかみも身構えた。
 かなうべくも無い捨て鉢の攻撃に出ようとしたことだったが、そんな彼女の手首をすんでの所でわたるつかんだ。

「離せ! じんのうを殺させろ!」
「駄目だ!」

 わたることを抱き寄せた。

「離せというのよ!」

 ことなおも身体からかすかな光を発し、肘でわたるの脇腹を打つ。
 わたるは苦痛に顔をゆがめるが、もう手を離す様なヘマはしなかった。
 おまけにことの光が収まり、同時に肘が裂けて血が噴き出す。

「うぐっ……!」

 どうやらりよりよくを真面に発揮出来ないことじゅつしきしんで威力を積み重ねてわたるを打っていたようだが、肝心のしんが尽きてしまって打ち止めのようだ。
 わたることを連れて機体の中へ入り込み、首元の扉を閉めた。

 はや逃亡まで一刻の猶予も無い――かみに焦りが募る。

「兵はまだか……!」

 かみとて、一層このまま金色の機体を破砕してしまおうという考えが何度ものうよぎってはいた。
 しかし、じんのうの容態が全てに優先することは言うまでもない。
 そんな彼の元へ、ようやく声が届いた。

「殿下! しますか!」
「よく来た! 陛下はだ! 玉体は任せる! 既に意識が無い故丁重にはこびしろ!」

 れきが退けられ、近衛師団の兵士がその狭い隙間を縫う様に天井と壁が抜けた部屋に足を踏み入れてきた。
 後はじんのうの玉体を預ければ、漸くかみは自由に動ける。

 一方、金色の機体ことちようきゆうどうしんたい・カムヤマトイワレヒコもまた両眼を青く光らせ、実戦機動状態に再突入している。
 機体の発進が早いか、かみの攻撃が早いか、運命の行方は西部劇の早撃ちの様な対決に委ねられていた。

かみ殿下、陛下は我々にお任せください!」

 担架を持った二名の兵がかみの傍らにさんじ、じんのうの玉体を載せて運び出す。
 父親をている必要が無くなったかみは拳を振り被り、金色の機体を破壊しようとする。

 しかしその時、機体が金色に激しく発光した。
 波動そうさい機構を発動させた際に真意を抑えられずに輝いてしまう欠陥の為だが、今回はそれが功を奏した。

「ぐぁっ!! くらましか、しやくな!」

 光に目がくらんだとて、かみが目標を見失う訳ではない。
 しかし、突然のことに一瞬だけ気が紛れてしまっただけでも、それは決定的な隙となる。
 かみが再び目を開けたとき、金色の機体は既にその場から影も形も消し去っていた。

「おのれ……!」

 かみは激しくみした。
 まんまと取り逃がしてしまったことに、怒りが行き場を求めてうごめいていた。

「おのれぇっ……!」

 十機を超えるちようきゆうどうしんたい・ミロクサーヌれいしきが皇宮の周辺に飛来した。
 近衛師団所有のものが漸く配備されたのだろうが、既に時は遅い。
 じんのうを襲った不測の事態、それに対する自身を含めたこうこく側の、もろもろの不手際と失態。
 かみはその両目を青白く光らせて皿の様に見開いていた。

「覚えておけよ貴様らァッ! 絶対にこのままでは済まさんぞ! その身柄、必ずし、おれと父上の前にひざまずかせてやるからなァッッ!!」

 かみの怒号が空気を揺らした。
 その風圧はすさまじく、近衛師団のちようきゆうどうしんたいは激しいあおりを受け、装甲が大きくひびれる程だった。
 寝静まったとうきようの街道や摩天楼にもしこに亀裂が生じており、その怒りの程がうかがえる。

 しかし、罅割れたのはこうこくの物理的な部分だけではない。
 今回の事態は、しんせいだいにっぽんこうこくという国家そのものを揺るがす大事件である。
 そして、夢の中にだけ生きてきたかみえいの世界にもまた、わずかな亀裂が生じたのであった。
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