日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第二章『神皇篇』

第五十四話『誤算』 急

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 その後、ちようきゆうどうしんたい・カムヤマトイワレヒコは立ちはだかる近衛師団を初めとしたこうこく軍のどうしんたいの包囲網を無事突破し、こうかい上を北上して日本国は横田飛行場へと向かっていた。
 機内の操縦室「なおだま」には前後の操縦席「あらみたまくら」と副操縦席「にぎみたまくら」にそれぞれ二名ずつの乗員が所狭しと並んですわっている。
 操縦席には操縦士のさきもりわたると、その脇に救助され意識を失っているくもたかが、副操縦席にはしこの肉がえぐれてボロボロの状態に追い込まれたうることと、兄を求めて付いて来たくもが位置取っていた。

たか君、大丈夫か? 生きてはいるけど、死んだ様に眠っている……」

 わたるたかの状態を心配していた。
 普段と様子が違うことにはも気が付いているらしい。

にいさまのことですから、今までとは違う新しい力を使ったのかも知れません。その様子だと、当分は目を覚まさないかも知れないですね……」
「そうか……」

 わたるが理解出来たこと、それはそこまでたかが尽力してなおことの完璧だと思われた四肢の筋がズタズタに引き裂かれ、それでいて相手には止めを刺しきれなかったという、じんのうすさまじいまでの強大さだった。
 その相手はこと以外には到底対ところ出来ず、ことですら単独では対処し切れなかった。

 わたるは自らの脇腹をさする。
 痛むのではなく、むしことに打たれたにもかかわらず大して痛まず、思う処があった。

「全く、惨めなものね……」

 そんなわたるの仕草を気取ったのか、ことは自嘲的につぶやいた。
 ボロボロの、二目と見られない無残な姿をさらし、すべきと心に誓った使命をすことも出来ず、その使命を選ぶべく自ら切り捨てた男に命を拾われたのだ。
 彼女がそういった心境に至るのも無理は無いだろう。

 しばし、い沈黙が流れた。
 わたるはどういう言葉を掛けようか、迷って考えを巡らせる。
 事の経緯いきさつ経緯いきさつだけに、優しい慰めの言葉など出て来ない。
 ただ一つの感情を持って、残酷な言葉を告げてしまった。

こときみの負けだ」

 わたるの言葉を受け、ことは舌打ちして恨めしそうなにらむ。

わかりきったことを……! 結果を見れば一目瞭然でしょう。あんな態度で貴方あなたを突き放しておいて、結局一人じゃ何も出来なかったんだもの。助けに入ってみたらわたしがこの様で、さぞかしりゆういんが下がったことでしょうね……!」

 ことの震える手は指がへしやげ、拳を握り締めることすら出来ない。
 唯わなわなと震えることでしか、彼女は自分の感情を表せないでいた。

「でもあそこであの男さえ、第一皇子さえ現れなければ、邪魔さえ入らなければ最後まで殺し切れていたのに……!」

 ことは無事な片目から涙をこぼし、声を殺してむせいていた。
 彼女はじんのうとの戦いに日本の国運、その全てを背負って挑んだのだ。
 その無念は計り知れない。
 しかしそれを差し引いても、次に出て来たのは筋違いの批難だった。

わたる貴方あなたも邪魔をした……! 貴方あなたが手を離してくれていれば、まだ最後のチャンスはあったのに……! 貴方あなたの……貴方あなたのせいで……」
こと、もう黙れ」

 わたるは静かな、しかし少し強めの語調でことの言葉を遮った。
 これ以上は聞きたくなかった。
 きつ、彼女自身も言えば言うほど辛く、惨めな気持ちが増すだけだろう。
 現にことうつむき、わたるへの批難をめた。

「ごめんなさい。すがに最低だったわ……」
「うん、悪いけれど第一皇子が出て来た時点で暗殺成功の目は無くなっていただろう」
わかってはいるのよ。唯、れられなかった。わたしが生きてきた意味が、自分の人生が無価値だったってことを……」

 わたるは一つ溜息を吐いた。
 やはり、彼女にはどうしても伝えなければならない。

きみは何も解っていないよ。さっきぼくきみの負けだと言った。でも、それはじんのうとの戦いのことじゃない。その勝ち負けは今のぼくにどうこう言えるようなレベルのものじゃない」
「え……?」

 顔を上げたことに対し、わたるは背中越しにその真意を伝える。

きみぼくとの勝負に負けたんだ。結局きみぼくせつかいを止められなかったんだからな。きみぼくに、自分を嫌わせることがついに出来なかった。だから空港でやったあの勝負はきみの負けなんだ」

 わたるの言葉を受け、再びことの目線が下がった。
 その表情は先程までの自嘲に加え、わたるへのあきれも多分に含んでいた。

「成程ね。確かにおつしやるとおりだわ。あれでててくれないのなら、一体どこまでやれば良かったのよ……。今まで何一つとしてわたしに勝ったことなんか無かった癖に……」
「これこそがきみの生涯で一番無謀な勝負だったんだよ」
「そ……。それはしんどいわね。どんな傷よりも胸が痛むわ。わたしはもう一生、貴方あなたと向き合える気がしないもの……」
「それはぼくが困るな……」

 わたるは席の下で足を動かし、一つの操作を行う。

『あ、もしもーし』
びやくだんさん、度々済みません。さきもりです」

 室内にびやくだんあげの声が鳴った。
 わたるは機体の通信機能を使い、びやくだんに電話を掛けたのだ。

「申し訳無いですけど、近くにすめらぎ大臣はいらっしゃいますか? 貴女あなたの番号しか分からなくて……」
『あ、じゃあ替わりますねー』

 びやくだんの声がすめらぎかなを呼び出した。

『もしもし。お電話替わりました、すめらぎです』
さきもりです。くもと共にこうこくに入り、うることくもたかを回収。こうこく勢力圏も無事突破しましたので、間も無く横田飛行場へ帰還します」
『そうですか……! 良かった、本当に良かった……!』
「後三十分くらいで着くと思います」
『解りました。それで、娘の状態と戦果をお聞かせ願いますか? 今後の方針に関わりますので』
「はい。まず、ちようきゆうどうしんたい・カムヤマトイワレヒコは輸送任務中に何度か敵機と交戦したものの、損傷は無し。ことじんのう暗殺に失敗して重傷を負っています。但し、じんのうこんすい状態に陥った模様。くもたかも昏睡し、当分は目を覚まさないであろう、とのことです。ぼくが把握している分には以上ですね」
『成程……』

 すめらぎの声はどこかあんしている様に聞こえた。

『娘はじんのうを殺せなかった。しかし、状況から察するにじんのうもまたしんが底を突いたということですね。おそらく、互いに当分はしんが戻らないでしょう。こうこくは国家として巨大なエネルギー源・インフラに大打撃を受け、軍を本来の形では運用出来なくなる。日本国としては首の皮一枚つながった、といったところかしら……』

 そう、ことじんのうの暗殺をかんすいこそ出来なかったが、日本を全く救えなかった訳ではない。
 こうこくとは依然として国力・軍事力差があるものの、ひとしばらくは戦うことが出来る状態に持っていった。

『そしてさきもりさん、貴方あなたはこれから始まる戦いに一筋の希望を示してくれました。感謝します』
「いいえ、大臣。それはまだ……」
『……そうですね。ところで、この会話は娘に聞こえていますか?』
「はい」

 姿こそ見えないが、ことは自分に言葉を向けられると聞いて顔を上げた。

ことちゃん、貴女あなたの話に乗ったわたくしけいそつだった。監視役にびやくだんを付けたつもりだったけれど、貴女あなたが死地へ向かうのを止められるべくも無かった。この上で貴女あなたに死なれてしまったら、わたくしはあの世でつるさんに顔向け出来なかったわ。貴女あなたを連れ戻す為にさきもりさんを危険な目に遭わせてしまったこと、どうかもとしてほしい。そして、生きて帰って来てくれそうで、本当に良かった』

 ことこたえを返すのに少しの間を要したようだ。

かあさま、駄目な娘でごめんなさい」
『およしなさい。さっきも言ったけれど、貴女あなたかげで日本国の命運は保たれたのよ。どのような経緯であれ、それは貴女あなたの決意と行動が引き寄せたもの。命懸けで国を救った者をおとしめるのは、それが仮令たとえ自分自身のことであってもおよしなさい。それは一億人以上の人生を救ったことを意味するのだから。それらの価値の総和が、そのまま貴女あなたの価値なのだから』

 娘をとがめるすめらぎの言葉を聞いたわたるは小さく笑みを零した。
 そこには一つの納得があった。

すめらぎ大臣、幼馴染の母親だというのに、今日は随分久々にお目にかかりましたね。でも出発前と今と、既に二回も貴女あなたことの母親なのだとに落ちましたよ」
さきもりさん、後のことはなにとぞよろしくねがいいたします』
「はい、なるべく早くに戻ります」

 わたるすめらぎとの通話を切った。
 すめらぎが自分の言いたかったことをかなり言ってくれた。
 電話をして良かったと思いながら、わたるは改めてことに声を掛ける。

「そういうことだ、こと。自分のことを無意味だの、無価値だの、そんな風に言うもんじゃない。きみの身を案じ、無事に帰ることを願って尽力してくれた人はぼく以外にも大勢居るんだ。きみのお母さんも、たか君も、ちゃんも、勿論さんもびやくだんさんも……」
「それを言いたいが為に御母様に繋いだの?」
「そうだね。ま、実を言うとぼくも人のことは言えないんだけどね。きみのことで色々と揺れ動いて、帰る気が無くなっちゃったこともあったし……」
「そ……」

 ことの表情がようやほころんだ。
 気が抜けて笑ってしまった、といったところだろうか。

わたる、随分ひどい事をしたし、酷い言葉をぶつけてしまったわね。本当にごめんなさい」
こと、まずは帰ってゆっくり休もう。色々あって疲れているだろう? ぼく達のことは、落ち着いてから沢山話そうじゃないか。今までのことも、これからのことも……」

 二人の心が再び繋がっていく。
 ボロボロになったきずなは切れていなかった。
 ならばまた堅固に結び直せば良い。
 心做しか、室内が明るくなった気がした。

わたる、助けに来てくれて、本当にありがとう」
「ああ、もうすぐだ! やっと日本に帰れるぞ!!」

 ちようきゆうどうしんたい・カムヤマトイワレヒコは後十数分で日本に入る。
 今漸く、漸く、さきもりわたるの帰国への長い長い旅路は終点へと辿たどこうとしていた。



    ⦿⦿⦿



 所変わりかの闇の中、ろうそくとうだけが邪悪な円卓を怪しく照らしていた。
 囲って膝を突き合わせるは四人、美女・少年・偉丈夫・老翁。
 ゴシックファッションに身を包んだ長身の美女・りゆういんしらゆきが深々と溜息を吐いた。

「まさかじんのうが敗れるとは……大誤算だったわね。あたくしの尋常ならざる眼をもつてしても見えなかった……」

 一連の事態の中、四人は暗躍を重ねていた。
 立体駐車場での、六摂家当主とおとせいによる襲撃に失敗したときから、今回の大掛かりな仕掛けが動いていたのだ。
 狙いは大きく二つ、拉致被害者と日本政府の使者を闇に葬ることと、日本とこうこくを開戦させることである。

 四人はず、きのえくろの排除へと動いた。
 理由としては、つきしろさくを当時の首相・のうじようづきもとへと戻らせる必要があったからだ。
 その為、つきしろこうどうしゅとう青年部長としての立場を利用し、はたの訴えがはたさいぞうとおどうあやに、そして皇族へと伝わるように取り計らった。

 のうじようの許へ戻ったつきしろは、続いてのうじようを陥れて隠れ主戦派であるふみあきに首相を交代させる。
 ついでにのうじようの軽はずみは発言を演出して軍事行動の理由を付けやすくする布石も打つ。

 事態が動いたら、そこからはわたる達の排除に作戦を移す。
 りゆういんしらゆきによって第三皇女・こまかみらんを動かし、拉致被害者や日本政府の使者を全員葬り去る。
 その間、ことが空港に到着しないようおとせいともう一人の老翁で妨害を仕掛ける。

 後は、ことそうせんたいおおかみきばの手でこまかみを、じんのうの手でことを始末してしまい、一連の工作で接触した相手を全て消し去る。
 以上が、今回この四人の仕掛けた策の全容である。

 発起人である軍服の老翁は猫面を外し、狂気に満ちたしらひげ面をさらしていた。

「まあ、良いではありませんか。ねずみ共の排除はあくまで序でに御座います。我々にとって重要なのはにもかくにも、こうこくの軍事力によって皇室を、日本国を滅ぼすことなのですからのう
「しかしな、『こくてん』よ」

 まげを結ったかみしも姿の偉丈夫・つきしろさくが老翁に厳しい眼を向けた。

「果たして、じんのうしんを抜きにした新皇軍でも日本国の軍勢を制圧出来るのか?」
「それは問題ありますまい。このわしが保証しますぞ」

 老翁は胸を張るが、つきしろは尚もげんそうな眼をしていた。
 そんな彼をなだめるように口を開いたのは総角あげまき髪をした朝服の少年・おとせいだった。

「ま、いよいよとなればぼくの組織を利用して別のオプションを発動するまでさ。その為の下準備も済んだからね」

 今回、おとが首領補佐として籍を置くはんぎやく組織「そうせんたいおおかみきば」も動きを見せた。
 それもまた、彼らの思惑から事態がれたときの為の保険である。

「まあ済んだことはもう良いでしょう」

 りゆういんが白い歯を見せて笑った。

さく君は御苦労様。ここからは貴方あなたの仕事よ」

 他の三人の視線が老翁へと集まる。

かしこまりました。今回の策に引き続き、必ずや日本に悪夢をもたらしましょうぞ。このごくさぶろうが……」
「ああ、それだけれどね」

 りゆういんは一枚の紙を差し出した。

「今回のことを鑑みて、貴方あなたさわしい名前を考えておいたわ。御覧なさい」

 老翁・ごくさぶろうは差し出された紙に書かれた文字を見てほくむ。

「成程。確かに、わしが名乗るにこれ以上の名は無いでしょうな」
「歓迎するわ、ごくさぶろう改め、うるみつなり君。ようこそ、あたくし達『しんえいたいてんのう』の盟へ……」

 闇の中、四人は日本の存亡を脅かす恐ろしい陰謀を巡らせていた。
 そしてその中には、ことじんのう暗殺の使命を背負うことになった元凶たるそうごくさぶろうの姿があった。
 うるみつなりと名を変えた彼は、ぞうと狂気に満ちた眼で蝋燭を睨んでいた。
 そして一筋の光すらも拒むかの如く、そのを吹き消してしまった。
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