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第二章『神皇篇』
第五十四話『誤算』 急
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その後、超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコは立ちはだかる近衛師団を初めとした皇國軍の為動機神体の包囲網を無事突破し、皇海上を北上して日本国は横田飛行場へと向かっていた。
機内の操縦室「直靈彌玉」には前後の操縦席「荒魂座」と副操縦席「和魂座」にそれぞれ二名ずつの乗員が所狭しと並んで坐っている。
操縦席には操縦士の岬守航と、その脇に救助され意識を失っている雲野幽鷹が、副操縦席には其処彼処の肉が抉れてボロボロの状態に追い込まれた麗真魅琴と、兄を求めて付いて来た雲野兎黄泉が位置取っていた。
「幽鷹君、大丈夫か? 生きてはいるけど、死んだ様に眠っている……」
航は幽鷹の状態を心配していた。
普段と様子が違うことには兎黄泉も気が付いているらしい。
「御兄様のことですから、今までとは違う新しい力を使ったのかも知れません。その様子だと、当分は目を覚まさないかも知れないですね……」
「そうか……」
航が理解出来たこと、それはそこまで幽鷹が尽力して尚も魅琴の完璧だと思われた四肢の筋がズタズタに引き裂かれ、それでいて相手には止めを刺しきれなかったという、神皇の凄まじいまでの強大さだった。
その相手は魅琴以外には到底対処出来ず、魅琴ですら単独では対処し切れなかった。
航は自らの脇腹を摩る。
痛むのではなく、寧ろ魅琴に打たれたにも拘わらず大して痛まず、思う処があった。
「全く、惨めなものね……」
そんな航の仕草を気取ったのか、魅琴は自嘲的に呟いた。
ボロボロの、二目と見られない無残な姿を晒し、為すべきと心に誓った使命を為すことも出来ず、その使命を選ぶべく自ら切り捨てた男に命を拾われたのだ。
彼女がそういった心境に至るのも無理は無いだろう。
暫し、気不味い沈黙が流れた。
航はどういう言葉を掛けようか、迷って考えを巡らせる。
事の経緯が経緯だけに、優しい慰めの言葉など出て来ない。
唯一つの感情を持って、残酷な言葉を告げてしまった。
「魅琴、君の負けだ」
航の言葉を受け、魅琴は舌打ちして恨めしそうな眼で睨む。
「判りきったことを……! 結果を見れば一目瞭然でしょう。あんな態度で貴方を突き放しておいて、結局一人じゃ何も出来なかったんだもの。助けに入ってみたら私がこの様で、嘸かし溜飲が下がったことでしょうね……!」
魅琴の震える手は指が拉げ、拳を握り締めることすら出来ない。
唯わなわなと震えることでしか、彼女は自分の感情を表せないでいた。
「でもあそこであの男さえ、第一皇子さえ現れなければ、邪魔さえ入らなければ最後まで殺し切れていたのに……!」
魅琴は無事な片目から涙を零し、声を殺して噎び泣いていた。
彼女は神皇との戦いに日本の国運、その全てを背負って挑んだのだ。
その無念は計り知れない。
しかしそれを差し引いても、次に出て来たのは筋違いの批難だった。
「航、貴方も邪魔をした……! 貴方が手を離してくれていれば、まだ最後のチャンスはあったのに……! 貴方の……貴方のせいで……」
「魅琴、もう黙れ」
航は静かな、しかし少し強めの語調で魅琴の言葉を遮った。
これ以上は聞きたくなかった。
屹度、彼女自身も言えば言うほど辛く、惨めな気持ちが増すだけだろう。
現に魅琴は俯き、航への批難を取り止めた。
「ごめんなさい。流石に最低だったわ……」
「うん、悪いけれど第一皇子が出て来た時点で暗殺成功の目は無くなっていただろう」
「解ってはいるのよ。唯、受け容れられなかった。私が生きてきた意味が、自分の人生が無価値だったってことを……」
航は一つ溜息を吐いた。
やはり、彼女にはどうしても伝えなければならない。
「君は何も解っていないよ。さっき僕は君の負けだと言った。でも、それは神皇との戦いのことじゃない。その勝ち負けは今の僕にどうこう言えるようなレベルのものじゃない」
「え……?」
顔を上げた魅琴に対し、航は背中越しにその真意を伝える。
「君は僕との勝負に負けたんだ。結局君は僕の御節介を止められなかったんだからな。君は僕に、自分を嫌わせることが遂に出来なかった。だから空港でやったあの勝負は君の負けなんだ」
航の言葉を受け、再び魅琴の目線が下がった。
その表情は先程までの自嘲に加え、航への呆れも多分に含んでいた。
「成程ね。確かに仰るとおりだわ。あれで見棄ててくれないのなら、一体どこまでやれば良かったのよ……。今まで何一つとして私に勝ったことなんか無かった癖に……」
「これこそが君の生涯で一番無謀な勝負だったんだよ」
「そ……。それはしんどいわね。どんな傷よりも胸が痛むわ。私はもう一生、貴方と向き合える気がしないもの……」
「それは僕が困るな……」
航は席の下で足を動かし、一つの操作を行う。
『あ、もしもーし』
「白檀さん、度々済みません。岬守です」
室内に白檀揚羽の声が鳴った。
航は機体の通信機能を使い、白檀に電話を掛けたのだ。
「申し訳無いですけど、近くに皇大臣はいらっしゃいますか? 貴女の番号しか分からなくて……」
『あ、じゃあ替わりますねー』
白檀の声が皇奏手を呼び出した。
『もしもし。お電話替わりました、皇です』
「岬守です。雲野兎黄泉と共に皇國に入り、麗真魅琴と雲野幽鷹を回収。皇國勢力圏も無事突破しましたので、間も無く横田飛行場へ帰還します」
『そうですか……! 良かった、本当に良かった……!』
「後三十分くらいで着くと思います」
『解りました。それで、娘の状態と戦果をお聞かせ願いますか? 今後の方針に関わりますので』
「はい。まず、超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコは輸送任務中に何度か敵機と交戦したものの、損傷は無し。魅琴は神皇暗殺に失敗して重傷を負っています。但し、神皇も昏睡状態に陥った模様。雲野幽鷹も昏睡し、当分は目を覚まさないであろう、とのことです。僕が把握している分には以上ですね」
『成程……』
皇の声はどこか安堵している様に聞こえた。
『娘は神皇を殺せなかった。しかし、状況から察するに神皇もまた神為が底を突いたということですね。おそらく、互いに当分は神為が戻らないでしょう。皇國は国家として巨大なエネルギー源・インフラに大打撃を受け、軍を本来の形では運用出来なくなる。日本国としては首の皮一枚繋がった、といったところかしら……』
そう、魅琴は神皇の暗殺を完遂こそ出来なかったが、日本を全く救えなかった訳ではない。
皇國とは依然として国力・軍事力差があるものの、一先ず暫くは戦うことが出来る状態に持っていった。
『そして岬守さん、貴方はこれから始まる戦いに一筋の希望を示してくれました。感謝します』
「いいえ、大臣。それはまだ……」
『……そうですね。ところで、この会話は娘に聞こえていますか?』
「はい」
姿こそ見えないが、魅琴は自分に言葉を向けられると聞いて顔を上げた。
『魅琴ちゃん、貴女の話に乗った私が軽率だった。監視役に根尾と白檀を付けたつもりだったけれど、貴女が死地へ向かうのを止められるべくも無かった。この上で貴女に死なれてしまったら、私はあの世で魅弦さんに顔向け出来なかったわ。貴女を連れ戻す為に岬守さんを危険な目に遭わせてしまったこと、どうか許してほしい。そして、生きて帰って来てくれそうで、本当に良かった』
魅琴は応えを返すのに少しの間を要したようだ。
「御母様、駄目な娘でごめんなさい」
『およしなさい。さっきも言ったけれど、貴女の御陰で日本国の命運は保たれたのよ。どのような経緯であれ、それは貴女の決意と行動が引き寄せたもの。命懸けで国を救った者を貶めるのは、それが仮令自分自身のことであってもおよしなさい。それは一億人以上の人生を救ったことを意味するのだから。それらの価値の総和が、そのまま貴女の価値なのだから』
娘を咎める皇の言葉を聞いた航は小さく笑みを零した。
そこには一つの納得があった。
「皇大臣、幼馴染の母親だというのに、今日は随分久々にお目にかかりましたね。でも出発前と今と、既に二回も貴女が魅琴の母親なのだと腑に落ちましたよ」
『岬守さん、後のことは何卒宜しく御願いいたします』
「はい、なるべく早くに戻ります」
航は皇との通話を切った。
皇が自分の言いたかったことをかなり言ってくれた。
電話をして良かったと思いながら、航は改めて魅琴に声を掛ける。
「そういうことだ、魅琴。自分のことを無意味だの、無価値だの、そんな風に言うもんじゃない。君の身を案じ、無事に帰ることを願って尽力してくれた人は僕以外にも大勢居るんだ。君のお母さんも、幽鷹君も、兎黄泉ちゃんも、勿論根尾さんも白檀さんも……」
「それを言いたいが為に御母様に繋いだの?」
「そうだね。ま、実を言うと僕も人のことは言えないんだけどね。君のことで色々と揺れ動いて、帰る気が無くなっちゃったこともあったし……」
「そ……」
魅琴の表情が漸く綻んだ。
気が抜けて笑ってしまった、といったところだろうか。
「航、随分酷い事をしたし、酷い言葉をぶつけてしまったわね。本当にごめんなさい」
「魅琴、まずは帰ってゆっくり休もう。色々あって疲れているだろう? 僕達のことは、落ち着いてから沢山話そうじゃないか。今までのことも、これからのことも……」
二人の心が再び繋がっていく。
ボロボロになった絆は切れていなかった。
ならばまた堅固に結び直せば良い。
心做しか、室内が明るくなった気がした。
「航、助けに来てくれて、本当にありがとう」
「ああ、もうすぐだ! やっと日本に帰れるぞ!!」
超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコは後十数分で日本に入る。
今漸く、漸く、岬守航の帰国への長い長い旅路は終点へと辿り着こうとしていた。
⦿⦿⦿
所変わり何処かの闇の中、蝋燭の燈火だけが邪悪な円卓を怪しく照らしていた。
囲って膝を突き合わせるは四人、美女・少年・偉丈夫・老翁。
ゴシックファッションに身を包んだ長身の美女・貴龍院皓雪が深々と溜息を吐いた。
「まさか神皇が敗れるとは……大誤算だったわね。私の尋常ならざる眼を以てしても見えなかった……」
一連の事態の中、四人は暗躍を重ねていた。
立体駐車場での、六摂家当主と八社女征一千による襲撃に失敗したときから、今回の大掛かりな仕掛けが動いていたのだ。
狙いは大きく二つ、拉致被害者と日本政府の使者を闇に葬ることと、日本と皇國を開戦させることである。
四人は先ず、甲夢黝の排除へと動いた。
理由としては、推城朔馬を当時の首相・能條緋月の許へと戻らせる必要があったからだ。
その為、推城は皇道保守黨青年部長としての立場を利用し、水徒端早辺子の訴えが水徒端賽蔵と十桐綺葉に、そして皇族へと伝わるように取り計らった。
能條の許へ戻った推城は、続いて能條を陥れて隠れ主戦派である小木曽文章に首相を交代させる。
序でに能條の軽はずみは発言を演出して軍事行動の理由を付け易くする布石も打つ。
事態が動いたら、そこからは航達の排除に作戦を移す。
貴龍院皓雪によって第三皇女・狛乃神嵐花を動かし、拉致被害者や日本政府の使者を全員葬り去る。
その間、魅琴が空港に到着しないよう八社女征一千ともう一人の老翁で妨害を仕掛ける。
後は、魅琴と武装戦隊・狼ノ牙の手で狛乃神を、神皇の手で魅琴を始末してしまい、一連の工作で接触した相手を全て消し去る。
以上が、今回この四人の仕掛けた策の全容である。
発起人である軍服の老翁は猫面を外し、狂気に満ちた白髭面を曝していた。
「まあ、良いではありませんか。鼠共の排除はあくまで序でに御座います。我々にとって重要なのは兎にも角にも、皇國の軍事力によって皇室を、日本国を滅ぼすことなのですから喃」
「しかしな、『持国天』よ」
髷を結った裃姿の偉丈夫・推城朔馬が老翁に厳しい眼を向けた。
「果たして、神皇の神為を抜きにした新皇軍でも日本国の軍勢を制圧出来るのか?」
「それは問題ありますまい。この儂が保証しますぞ」
老翁は胸を張るが、推城は尚も怪訝そうな眼をしていた。
そんな彼を宥めるように口を開いたのは総角髪をした朝服の少年・八社女征一千だった。
「ま、愈々となれば僕の組織を利用して別のオプションを発動するまでさ。その為の下準備も済んだからね」
今回、八社女が首領補佐として籍を置く叛逆組織「武装戦隊・狼ノ牙」も動きを見せた。
それもまた、彼らの思惑から事態が逸れたときの為の保険である。
「まあ済んだことはもう良いでしょう」
貴龍院が白い歯を見せて笑った。
「朔馬君は御苦労様。ここからは貴方の仕事よ」
他の三人の視線が老翁へと集まる。
「畏まりました。今回の策に引き続き、必ずや日本に悪夢を齎しましょうぞ。この鬼獄魅三郎が……」
「ああ、それだけれどね」
貴龍院は一枚の紙を差し出した。
「今回のことを鑑みて、貴方に相応しい名前を考えておいたわ。御覧なさい」
老翁・鬼獄魅三郎は差し出された紙に書かれた文字を見て北叟笑む。
「成程。確かに、儂が名乗るにこれ以上の名は無いでしょうな」
「歓迎するわ、鬼獄魅三郎改め、閏閒三入君。ようこそ、私達『神瀛帯熾天王』の盟へ……」
闇の中、四人は日本の存亡を脅かす恐ろしい陰謀を巡らせていた。
そしてその中には、魅琴が神皇暗殺の使命を背負うことになった元凶たる曾祖父・鬼獄魅三郎の姿があった。
閏閒三入と名を変えた彼は、憎悪と狂気に満ちた眼で蝋燭を睨んでいた。
そして一筋の光すらも拒むかの如く、その燈を吹き消してしまった。
機内の操縦室「直靈彌玉」には前後の操縦席「荒魂座」と副操縦席「和魂座」にそれぞれ二名ずつの乗員が所狭しと並んで坐っている。
操縦席には操縦士の岬守航と、その脇に救助され意識を失っている雲野幽鷹が、副操縦席には其処彼処の肉が抉れてボロボロの状態に追い込まれた麗真魅琴と、兄を求めて付いて来た雲野兎黄泉が位置取っていた。
「幽鷹君、大丈夫か? 生きてはいるけど、死んだ様に眠っている……」
航は幽鷹の状態を心配していた。
普段と様子が違うことには兎黄泉も気が付いているらしい。
「御兄様のことですから、今までとは違う新しい力を使ったのかも知れません。その様子だと、当分は目を覚まさないかも知れないですね……」
「そうか……」
航が理解出来たこと、それはそこまで幽鷹が尽力して尚も魅琴の完璧だと思われた四肢の筋がズタズタに引き裂かれ、それでいて相手には止めを刺しきれなかったという、神皇の凄まじいまでの強大さだった。
その相手は魅琴以外には到底対処出来ず、魅琴ですら単独では対処し切れなかった。
航は自らの脇腹を摩る。
痛むのではなく、寧ろ魅琴に打たれたにも拘わらず大して痛まず、思う処があった。
「全く、惨めなものね……」
そんな航の仕草を気取ったのか、魅琴は自嘲的に呟いた。
ボロボロの、二目と見られない無残な姿を晒し、為すべきと心に誓った使命を為すことも出来ず、その使命を選ぶべく自ら切り捨てた男に命を拾われたのだ。
彼女がそういった心境に至るのも無理は無いだろう。
暫し、気不味い沈黙が流れた。
航はどういう言葉を掛けようか、迷って考えを巡らせる。
事の経緯が経緯だけに、優しい慰めの言葉など出て来ない。
唯一つの感情を持って、残酷な言葉を告げてしまった。
「魅琴、君の負けだ」
航の言葉を受け、魅琴は舌打ちして恨めしそうな眼で睨む。
「判りきったことを……! 結果を見れば一目瞭然でしょう。あんな態度で貴方を突き放しておいて、結局一人じゃ何も出来なかったんだもの。助けに入ってみたら私がこの様で、嘸かし溜飲が下がったことでしょうね……!」
魅琴の震える手は指が拉げ、拳を握り締めることすら出来ない。
唯わなわなと震えることでしか、彼女は自分の感情を表せないでいた。
「でもあそこであの男さえ、第一皇子さえ現れなければ、邪魔さえ入らなければ最後まで殺し切れていたのに……!」
魅琴は無事な片目から涙を零し、声を殺して噎び泣いていた。
彼女は神皇との戦いに日本の国運、その全てを背負って挑んだのだ。
その無念は計り知れない。
しかしそれを差し引いても、次に出て来たのは筋違いの批難だった。
「航、貴方も邪魔をした……! 貴方が手を離してくれていれば、まだ最後のチャンスはあったのに……! 貴方の……貴方のせいで……」
「魅琴、もう黙れ」
航は静かな、しかし少し強めの語調で魅琴の言葉を遮った。
これ以上は聞きたくなかった。
屹度、彼女自身も言えば言うほど辛く、惨めな気持ちが増すだけだろう。
現に魅琴は俯き、航への批難を取り止めた。
「ごめんなさい。流石に最低だったわ……」
「うん、悪いけれど第一皇子が出て来た時点で暗殺成功の目は無くなっていただろう」
「解ってはいるのよ。唯、受け容れられなかった。私が生きてきた意味が、自分の人生が無価値だったってことを……」
航は一つ溜息を吐いた。
やはり、彼女にはどうしても伝えなければならない。
「君は何も解っていないよ。さっき僕は君の負けだと言った。でも、それは神皇との戦いのことじゃない。その勝ち負けは今の僕にどうこう言えるようなレベルのものじゃない」
「え……?」
顔を上げた魅琴に対し、航は背中越しにその真意を伝える。
「君は僕との勝負に負けたんだ。結局君は僕の御節介を止められなかったんだからな。君は僕に、自分を嫌わせることが遂に出来なかった。だから空港でやったあの勝負は君の負けなんだ」
航の言葉を受け、再び魅琴の目線が下がった。
その表情は先程までの自嘲に加え、航への呆れも多分に含んでいた。
「成程ね。確かに仰るとおりだわ。あれで見棄ててくれないのなら、一体どこまでやれば良かったのよ……。今まで何一つとして私に勝ったことなんか無かった癖に……」
「これこそが君の生涯で一番無謀な勝負だったんだよ」
「そ……。それはしんどいわね。どんな傷よりも胸が痛むわ。私はもう一生、貴方と向き合える気がしないもの……」
「それは僕が困るな……」
航は席の下で足を動かし、一つの操作を行う。
『あ、もしもーし』
「白檀さん、度々済みません。岬守です」
室内に白檀揚羽の声が鳴った。
航は機体の通信機能を使い、白檀に電話を掛けたのだ。
「申し訳無いですけど、近くに皇大臣はいらっしゃいますか? 貴女の番号しか分からなくて……」
『あ、じゃあ替わりますねー』
白檀の声が皇奏手を呼び出した。
『もしもし。お電話替わりました、皇です』
「岬守です。雲野兎黄泉と共に皇國に入り、麗真魅琴と雲野幽鷹を回収。皇國勢力圏も無事突破しましたので、間も無く横田飛行場へ帰還します」
『そうですか……! 良かった、本当に良かった……!』
「後三十分くらいで着くと思います」
『解りました。それで、娘の状態と戦果をお聞かせ願いますか? 今後の方針に関わりますので』
「はい。まず、超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコは輸送任務中に何度か敵機と交戦したものの、損傷は無し。魅琴は神皇暗殺に失敗して重傷を負っています。但し、神皇も昏睡状態に陥った模様。雲野幽鷹も昏睡し、当分は目を覚まさないであろう、とのことです。僕が把握している分には以上ですね」
『成程……』
皇の声はどこか安堵している様に聞こえた。
『娘は神皇を殺せなかった。しかし、状況から察するに神皇もまた神為が底を突いたということですね。おそらく、互いに当分は神為が戻らないでしょう。皇國は国家として巨大なエネルギー源・インフラに大打撃を受け、軍を本来の形では運用出来なくなる。日本国としては首の皮一枚繋がった、といったところかしら……』
そう、魅琴は神皇の暗殺を完遂こそ出来なかったが、日本を全く救えなかった訳ではない。
皇國とは依然として国力・軍事力差があるものの、一先ず暫くは戦うことが出来る状態に持っていった。
『そして岬守さん、貴方はこれから始まる戦いに一筋の希望を示してくれました。感謝します』
「いいえ、大臣。それはまだ……」
『……そうですね。ところで、この会話は娘に聞こえていますか?』
「はい」
姿こそ見えないが、魅琴は自分に言葉を向けられると聞いて顔を上げた。
『魅琴ちゃん、貴女の話に乗った私が軽率だった。監視役に根尾と白檀を付けたつもりだったけれど、貴女が死地へ向かうのを止められるべくも無かった。この上で貴女に死なれてしまったら、私はあの世で魅弦さんに顔向け出来なかったわ。貴女を連れ戻す為に岬守さんを危険な目に遭わせてしまったこと、どうか許してほしい。そして、生きて帰って来てくれそうで、本当に良かった』
魅琴は応えを返すのに少しの間を要したようだ。
「御母様、駄目な娘でごめんなさい」
『およしなさい。さっきも言ったけれど、貴女の御陰で日本国の命運は保たれたのよ。どのような経緯であれ、それは貴女の決意と行動が引き寄せたもの。命懸けで国を救った者を貶めるのは、それが仮令自分自身のことであってもおよしなさい。それは一億人以上の人生を救ったことを意味するのだから。それらの価値の総和が、そのまま貴女の価値なのだから』
娘を咎める皇の言葉を聞いた航は小さく笑みを零した。
そこには一つの納得があった。
「皇大臣、幼馴染の母親だというのに、今日は随分久々にお目にかかりましたね。でも出発前と今と、既に二回も貴女が魅琴の母親なのだと腑に落ちましたよ」
『岬守さん、後のことは何卒宜しく御願いいたします』
「はい、なるべく早くに戻ります」
航は皇との通話を切った。
皇が自分の言いたかったことをかなり言ってくれた。
電話をして良かったと思いながら、航は改めて魅琴に声を掛ける。
「そういうことだ、魅琴。自分のことを無意味だの、無価値だの、そんな風に言うもんじゃない。君の身を案じ、無事に帰ることを願って尽力してくれた人は僕以外にも大勢居るんだ。君のお母さんも、幽鷹君も、兎黄泉ちゃんも、勿論根尾さんも白檀さんも……」
「それを言いたいが為に御母様に繋いだの?」
「そうだね。ま、実を言うと僕も人のことは言えないんだけどね。君のことで色々と揺れ動いて、帰る気が無くなっちゃったこともあったし……」
「そ……」
魅琴の表情が漸く綻んだ。
気が抜けて笑ってしまった、といったところだろうか。
「航、随分酷い事をしたし、酷い言葉をぶつけてしまったわね。本当にごめんなさい」
「魅琴、まずは帰ってゆっくり休もう。色々あって疲れているだろう? 僕達のことは、落ち着いてから沢山話そうじゃないか。今までのことも、これからのことも……」
二人の心が再び繋がっていく。
ボロボロになった絆は切れていなかった。
ならばまた堅固に結び直せば良い。
心做しか、室内が明るくなった気がした。
「航、助けに来てくれて、本当にありがとう」
「ああ、もうすぐだ! やっと日本に帰れるぞ!!」
超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコは後十数分で日本に入る。
今漸く、漸く、岬守航の帰国への長い長い旅路は終点へと辿り着こうとしていた。
⦿⦿⦿
所変わり何処かの闇の中、蝋燭の燈火だけが邪悪な円卓を怪しく照らしていた。
囲って膝を突き合わせるは四人、美女・少年・偉丈夫・老翁。
ゴシックファッションに身を包んだ長身の美女・貴龍院皓雪が深々と溜息を吐いた。
「まさか神皇が敗れるとは……大誤算だったわね。私の尋常ならざる眼を以てしても見えなかった……」
一連の事態の中、四人は暗躍を重ねていた。
立体駐車場での、六摂家当主と八社女征一千による襲撃に失敗したときから、今回の大掛かりな仕掛けが動いていたのだ。
狙いは大きく二つ、拉致被害者と日本政府の使者を闇に葬ることと、日本と皇國を開戦させることである。
四人は先ず、甲夢黝の排除へと動いた。
理由としては、推城朔馬を当時の首相・能條緋月の許へと戻らせる必要があったからだ。
その為、推城は皇道保守黨青年部長としての立場を利用し、水徒端早辺子の訴えが水徒端賽蔵と十桐綺葉に、そして皇族へと伝わるように取り計らった。
能條の許へ戻った推城は、続いて能條を陥れて隠れ主戦派である小木曽文章に首相を交代させる。
序でに能條の軽はずみは発言を演出して軍事行動の理由を付け易くする布石も打つ。
事態が動いたら、そこからは航達の排除に作戦を移す。
貴龍院皓雪によって第三皇女・狛乃神嵐花を動かし、拉致被害者や日本政府の使者を全員葬り去る。
その間、魅琴が空港に到着しないよう八社女征一千ともう一人の老翁で妨害を仕掛ける。
後は、魅琴と武装戦隊・狼ノ牙の手で狛乃神を、神皇の手で魅琴を始末してしまい、一連の工作で接触した相手を全て消し去る。
以上が、今回この四人の仕掛けた策の全容である。
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「まあ、良いではありませんか。鼠共の排除はあくまで序でに御座います。我々にとって重要なのは兎にも角にも、皇國の軍事力によって皇室を、日本国を滅ぼすことなのですから喃」
「しかしな、『持国天』よ」
髷を結った裃姿の偉丈夫・推城朔馬が老翁に厳しい眼を向けた。
「果たして、神皇の神為を抜きにした新皇軍でも日本国の軍勢を制圧出来るのか?」
「それは問題ありますまい。この儂が保証しますぞ」
老翁は胸を張るが、推城は尚も怪訝そうな眼をしていた。
そんな彼を宥めるように口を開いたのは総角髪をした朝服の少年・八社女征一千だった。
「ま、愈々となれば僕の組織を利用して別のオプションを発動するまでさ。その為の下準備も済んだからね」
今回、八社女が首領補佐として籍を置く叛逆組織「武装戦隊・狼ノ牙」も動きを見せた。
それもまた、彼らの思惑から事態が逸れたときの為の保険である。
「まあ済んだことはもう良いでしょう」
貴龍院が白い歯を見せて笑った。
「朔馬君は御苦労様。ここからは貴方の仕事よ」
他の三人の視線が老翁へと集まる。
「畏まりました。今回の策に引き続き、必ずや日本に悪夢を齎しましょうぞ。この鬼獄魅三郎が……」
「ああ、それだけれどね」
貴龍院は一枚の紙を差し出した。
「今回のことを鑑みて、貴方に相応しい名前を考えておいたわ。御覧なさい」
老翁・鬼獄魅三郎は差し出された紙に書かれた文字を見て北叟笑む。
「成程。確かに、儂が名乗るにこれ以上の名は無いでしょうな」
「歓迎するわ、鬼獄魅三郎改め、閏閒三入君。ようこそ、私達『神瀛帯熾天王』の盟へ……」
闇の中、四人は日本の存亡を脅かす恐ろしい陰謀を巡らせていた。
そしてその中には、魅琴が神皇暗殺の使命を背負うことになった元凶たる曾祖父・鬼獄魅三郎の姿があった。
閏閒三入と名を変えた彼は、憎悪と狂気に満ちた眼で蝋燭を睨んでいた。
そして一筋の光すらも拒むかの如く、その燈を吹き消してしまった。
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