日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

文字の大きさ
186 / 297
第三章『争乱篇』

第五十六話『激震』 序

しおりを挟む
 てきいくまんありとても、すべてがふせいなるぞ。がふせいにあらずとも、かたたゞしきだうあり。じゃはそれせいかちがたく、ちょくきょくにぞかちぐりかたこゝろいってつは、いしためしあり。いしためしあり。などておそるゝことやある。などてたゆたふことやある。
 かぜにひらめくれんたい記紋しるしのぼあさひこよ。はたとびだんぐわんに、やぶるゝほどこそほまれなれ。ひのもと兵士つはものよ。はたになぢぞすゝめよや。たおるゝまでもすゝめよや。かるゝまでもすゝめよや。はたになぢぞぢなせそ。などておそるゝことやある。などてたゆたふことやある。
 やぶれてぐるはくにはぢすゝみてぬるはほまれかはらとなりてのこるより、たまとなりつゝくだけよや。たたみうへにてことは、なすべきみちならず。むくろていにかけられつ、ざらしになしてこそ、武士ものゝふわめ。などておそるゝことやある。などてたゆたふことやある。

『敵は幾万(しんたいせんせんけいやまだましい)』
===============================================



 西暦二〇二六年七月八日水曜日――後の時代にいて、日本国としんせいだいにつぽんこうこくの間に勃発した争い――通称「日本戦争」が開始されたのはこの日の夜、両国間の海域「こうかい」にてどうしんたい同士の交戦が生じた時とされる。
 戦いを先に仕掛けたのはこうこくだったのか、はたまた日本だったのか、それは解釈が分かれることになるが、開戦当初に於ける日本の見通しは絶望的であったという見方はおおむね共通する。
 しんせいだいにつぽんこうこくは、この世界に顕現するまで絶対的な覇権国家として君臨していた米国をワンサイドで撃破した新たなる超大国であり、人口と国土面積は双方ともに日本国の十倍である。
 更には無尽蔵のエネルギー資源、空間転移によるノータイム侵攻や波動そうさいによるレーダー探知のほぼ完全なる無効化を実現する軍事技術、超常的な力を持つ兵士を擁する兵力、それらを総合した未知の文明力を有する脅威のチート国家に対し、日本国はすべ無く敗北するであろうと予想された。

 しかし、日本国はこうこくが顕現して以来、この事態に備えて多くの手を打っていた。
 一国での対応は不可能と、数多くの国との連携を深めていた。
 それらに国々には、かつこうこくに煮え湯を飲まされ、表立っては対立出来なくなったこの国も含まれる。

「そうか、ついに日本とこうこくは戦争になったか……」

 一夜明けて七月九日木曜日。
 ホワイトハウスの自席にて、米国の大統領はその報告を聞いて静かにつぶやいた。

「我が国は四年前の敗戦以来、こうこくとの間に屈辱的な同盟関係を結ばされている。よって本来、日本に肩入れすることは出来ない。しかし、日本国との同盟関係も依然として維持されているためこうこくにも肩入れすることもまた出来ない。至急、その旨をこうこく側に通達してくれ」
「大統領、日本へはどのような対応を?」
「言うまでもないだろう」

 大統領はけんしわを寄せ、卓上に両肘を突いた。
 
「日本とこうこく、双方に対して直接的な支援は一切しない。しかし、この戦争による混乱は間違い無く世界経済に深刻な影響を与え、またインド太平洋地域でならず者国家が新たな軍事的行動を起こすきっかけにもなりかねない。関係国には支援せざるを得んだろう。それらの国がたまたま日本国を助けようとも、我々が介入出来るところではない」
「例えば、今までも我が国の支援を受ける一方で友好国に我が国と敵対する国が入っている例はいくらでもありますからね」
「それになる措置を取るかはその時々の情勢次第で、必ずしも制裁を加える訳ではない。今の我々は国の立て直しに精一杯で、いたずらに他国と敵対している余裕は無い。よって、こうこくと敵対する日本国に我が国の支援が横流しされようと黙認せざるを得ない。そうなる程にアメリカの威信を破壊し尽くしてくれたのは、他ならぬこうこくだ」
「皮肉なものです。我が国がこしらえた憲法を理由に片務的な安全保障条約を押し付けてきた日本のやり口を思い出しますな……」

 米国はこうこくに敗れ、半ば属国の様な状態に陥っていた。
 しかし、覇権国家への返り咲きを諦めた訳ではない。
 そんな米国の心理を見抜き、このような提案を秘密裏に打診したのは他ならぬ日本政府だった。

「我が国の嘗ての敵にしてふるき友人の健闘を祈ろうではないか」

 大統領はそのけんちようらいほのおを宿し、意味深に口角を上げた。



  ⦿⦿⦿



 同日、こうこく皇宮は宮殿の大広間では、政府高官ががんくびそろえて沈痛な空気を醸し出していた。
 同じ席に、貴族院議員でもある第一皇女・かみせいを初めとした皇族も渋い顔を並べている。

 じんのうが襲撃され、意識不明の重体に陥った――それはこうこくの存亡を大きく揺るがす一大事である。
 まだ公表されてはいないが、近い内に全土でインフラ毀損への大掛かりな対処を強いられるだろう。
 その報がこうこく政府・上位貴族にもたらした激震は建国以来類を見ないものだった。
 今日、皇宮ではその方策を話し合うべく政府首脳と軍上層部の面々が朝早くから緊急招集されたのだ。

「それにしても、一体なんですかこの為体ていたらくは?」

 第一皇女・かみせいいらち混じりに口を開いた。
 まつぐ下ろした長くあでやかな黒髪に、張り詰めた弓弦の様にりんと背筋を伸ばした長身、れいまなしをたたえた美貌が、雲一つない晴天の様に澄み渡った声で放たれた叱責を殊更高圧的に演出し、政府や軍の高官を萎縮させていた。

「皇宮へ侵入した賊に襲われた陛下がいのちを取り留められたのは偶々皇太子殿下が参られたから。こうこく本土へ侵入した敵の兵装が臣民に向かなかったのはしゆにんの回収で手一杯だったから。いずれも一歩間違えば取り返しの付かぬ事態、致命的な損害となってもおかしくはなかった。侍従達も近衛師団も国防軍も……皆揃いも揃って何をけているのですか」

 かみせいに問い詰められてあおい顔をしない者はこうこくに存在しない。
 してや昨夜起きた事態は、相手が誰であっても申し開きの利かない大失態である。
 通常ならば内閣は総辞職に追い込まれ、軍の上層部はまとめて首をえられてもおかしくはない。

 しかし、その中にあって唯一人、この男だけは怒れる第一皇女をなだめることが出来る。

「姉上、その辺にしておいたらどうだ。今は過ぎたことを追求する時ではないだろう」

 第一皇子・かみえいが腕を組み、落ち着いた様子で姉を制した。
 白金色の髪と茶金色の肌を初めとした浮き世離れした色彩感と、二メートルを優に超える筋骨隆々とした体格の威圧感が、静かなたたずまいながらも強烈な存在感を示している。

「父上の絶対的な強大さ、新皇軍の圧倒的な強力さ故、緩みが生じてしまっていたということだろう。皆、今回の一件は猛省し、二度と無きよう深く心に刻んでもらいたい」

 かみの言葉に、政府や軍の高官達はますます縮こまった。
 声の主との体格差がその小ささをより強調してすらいる。
 だがそんな彼らにかみが掛けるのは、ただただ苦言ばかりではなかった。

「しかしだ、余はそれでもなおなれらを信じている。栄えあるこうこく臣民は、偉大なる大和民族は必ずや再起し、この難局を乗り切れると信じて疑わん。だからずはその方策を話し合うべきだ。この場はその為の緊急会合だろう」

 弟の言うことももつともだと思ったのか、かみは肩を落として大きく息を吐き、それ以上は追求しなかった。
 そんな中、逆にかみの言葉を受けて一人の閣僚が発言しようとしていた。

「ではかみ殿下、一つよろしいですかな?」
ごく伯爵か、申してみよ」

 ごくやす――昨夜、皇族のばんさんかいに招待された新華族・ごく伯爵家の当主である。
 この男はのうじよう内閣の閣僚もまた務めていた。

「この国難に対処するに当たり、権限の所在を明確にしておく必要があります。ぞんの通り、昨夜は政局としても激動の一日でして、内閣総理大臣でありましたのうじようづき氏が急死しており、暫定的に副総理内務大臣がその職務を代行しております。わたしとしては、このままのうじよう内閣の顔触れを引き継ぐ形でふみあき氏が内閣総理大臣を正式に就任すべきかと存じます」
「ふむ……」

 かみは姉の方へ目を遣った。

「姉上、貴族院議員としてどう思う?」
「良いのではないですか? 責任の追及は後回しにしたばかりですからね。、頼みますよ」
かしこまりました」

 ふみあきは深々と頭を下げた。
 そんな彼を、一人の皇族がにらんでいる。
 第二皇女・たつかみに強い不信感を抱いていた。

 のうじよう内閣は元々、日本国との開戦に消極的であった。
 しかしながら、のうじよう前首相は不可解な展開の末に日本国への軍事侵攻をほのめかし、そのまま急死した。
 そののうじよう内閣で不測の事態に総理職を引き継ぐ副総理内務大臣・ふみあきもまた、慎重派だと思われていた。
 だが実際は、このこそが開戦へと踏み切ったのだ。

 たつかみは皇族で最も穏健な考えの持ち主である。
 大抵の場合、こうこくで日本国への武力行使に積極的か消極的かという二つの派閥の争いについて、日本国の吸収そのものに反対している者は極めて少ない。
 両者の立場は、あくまでもその結果に向かう筋道の差である。
 たつかみは、その極めて少ない考えの持ち主だ。

 そんなたつかみが、今のを信用出来ないのは当然である。
 しかし、たつかみが真に警戒すべきはではない。
 今この場で、が正式に総理大臣職を引き継ぐよう進言したのも、彼女にとって良からぬ者にとってその方が都合が良いからだ。

「では、このごくやすのうじよう内閣から引き続き、遠征軍大臣として新総理のもと尽力しましょうぞ」
「宜しくお願いします、ごく伯爵。推挙、感謝いたします」

 に頭を下げられたごくは不気味にほくんでいた。
 この男にはもう一つの顔がある。

「では先ず、遠征軍大臣としてわたしが最初の議題を。じんのう陛下を欠いた状態で、如何にしてめいひのもとを制圧し吸収するか、皆様の知恵をお借りしたい」

 ごく伯爵家は新華族の中でも最も格が高いとされる一族である。
 その理由は、現当主の父こそがじんのうに帰還を上奏し、しんせいだいにつぽんこうこく建国の切掛を作ったからである。
 その父、ごくさぶろうとはうることそう
 つまり、日本国とこうこくの間で良からぬ事をたくらみ、暗躍する黒幕集団の一人である。

 ごくやすは政治的に父のかいらいである。
 すなわち、彼の父・ごくさぶろう――黒幕のしゆかいであるりゅういんしらゆきに与えられた名を閏閒うるまみつなりという男は、軍関係の閣僚を傀儡として操り、こうこくの軍に影響力を伸ばしているのだ。
 故に、ごくは断固たる意思で戦争をすいこうしようとしている。

ごく……。貴様、こうこくがこの様な状況にありながら、尚も外国に手を伸ばそうというのか……!」

 怒りに震えるたつかみを、ごくは冷笑的な眼で見下ろしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた

ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。 今の所、170話近くあります。 (修正していないものは1600です)

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

合成師

あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。 そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

神樹の里で暮らす創造魔法使い ~幻獣たちとののんびりライフ~

あきさけ
ファンタジー
貧乏な田舎村を追い出された少年〝シント〟は森の中をあてどなくさまよい一本の新木を発見する。 それは本当に小さな新木だったがかすかな光を帯びた不思議な木。 彼が不思議そうに新木を見つめているとそこから『私に魔法をかけてほしい』という声が聞こえた。 シントが唯一使えたのは〝創造魔法〟といういままでまともに使えた試しのないもの。 それでも森の中でこのまま死ぬよりはまだいいだろうと考え魔法をかける。 すると新木は一気に生長し、天をつくほどの巨木にまで変化しそこから新木に宿っていたという聖霊まで姿を現した。 〝この地はあなたが創造した聖地。あなたがこの地を去らない限りこの地を必要とするもの以外は誰も踏み入れませんよ〟 そんな言葉から始まるシントののんびりとした生活。 同じように行き場を失った少女や幻獣や精霊、妖精たちなど様々な面々が集まり織りなすスローライフの幕開けです。 ※この小説はカクヨム様でも連載しています。アルファポリス様とカクヨム様以外の場所では公開しておりません。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

処理中です...