日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

文字の大きさ
186 / 315
第三章『争乱篇』

第五十六話『激震』 序

しおりを挟む
 てきいくまんありとても、すべてがふせいなるぞ。がふせいにあらずとも、かたたゞしきだうあり。じゃはそれせいかちがたく、ちょくきょくにぞかちぐりかたこゝろいってつは、いしためしあり。いしためしあり。などておそるゝことやある。などてたゆたふことやある。
 かぜにひらめくれんたい記紋しるしのぼあさひこよ。はたとびだんぐわんに、やぶるゝほどこそほまれなれ。ひのもと兵士つはものよ。はたになぢぞすゝめよや。たおるゝまでもすゝめよや。かるゝまでもすゝめよや。はたになぢぞぢなせそ。などておそるゝことやある。などてたゆたふことやある。
 やぶれてぐるはくにはぢすゝみてぬるはほまれかはらとなりてのこるより、たまとなりつゝくだけよや。たたみうへにてことは、なすべきみちならず。むくろていにかけられつ、ざらしになしてこそ、武士ものゝふわめ。などておそるゝことやある。などてたゆたふことやある。

『敵は幾万(しんたいせんせんけいやまだましい)』
===============================================



 西暦二〇二六年七月八日水曜日――後の時代にいて、日本国としんせいだいにつぽんこうこくの間に勃発した争い――通称「日本戦争」が開始されたのはこの日の夜、両国間の海域「こうかい」にてどうしんたい同士の交戦が生じた時とされる。
 戦いを先に仕掛けたのはこうこくだったのか、はたまた日本だったのか、それは解釈が分かれることになるが、開戦当初に於ける日本の見通しは絶望的であったという見方はおおむね共通する。
 しんせいだいにつぽんこうこくは、この世界に顕現するまで絶対的な覇権国家として君臨していた米国をワンサイドで撃破した新たなる超大国であり、人口と国土面積は双方ともに日本国の十倍である。
 更には無尽蔵のエネルギー資源、空間転移によるノータイム侵攻や波動そうさいによるレーダー探知のほぼ完全なる無効化を実現する軍事技術、超常的な力を持つ兵士を擁する兵力、それらを総合した未知の文明力を有する脅威のチート国家に対し、日本国はすべ無く敗北するであろうと予想された。

 しかし、日本国はこうこくが顕現して以来、この事態に備えて多くの手を打っていた。
 一国での対応は不可能と、数多くの国との連携を深めていた。
 それらに国々には、かつこうこくに煮え湯を飲まされ、表立っては対立出来なくなったこの国も含まれる。

「そうか、ついに日本とこうこくは戦争になったか……」

 一夜明けて七月九日木曜日。
 ホワイトハウスの自席にて、米国の大統領はその報告を聞いて静かにつぶやいた。

「我が国は四年前の敗戦以来、こうこくとの間に屈辱的な同盟関係を結ばされている。よって本来、日本に肩入れすることは出来ない。しかし、日本国との同盟関係も依然として維持されているためこうこくにも肩入れすることもまた出来ない。至急、その旨をこうこく側に通達してくれ」
「大統領、日本へはどのような対応を?」
「言うまでもないだろう」

 大統領はけんしわを寄せ、卓上に両肘を突いた。
 
「日本とこうこく、双方に対して直接的な支援は一切しない。しかし、この戦争による混乱は間違い無く世界経済に深刻な影響を与え、またインド太平洋地域でならず者国家が新たな軍事的行動を起こすきっかけにもなりかねない。関係国には支援せざるを得んだろう。それらの国がたまたま日本国を助けようとも、我々が介入出来るところではない」
「例えば、今までも我が国の支援を受ける一方で友好国に我が国と敵対する国が入っている例はいくらでもありますからね」
「それになる措置を取るかはその時々の情勢次第で、必ずしも制裁を加える訳ではない。今の我々は国の立て直しに精一杯で、いたずらに他国と敵対している余裕は無い。よって、こうこくと敵対する日本国に我が国の支援が横流しされようと黙認せざるを得ない。そうなる程にアメリカの威信を破壊し尽くしてくれたのは、他ならぬこうこくだ」
「皮肉なものです。我が国がこしらえた憲法を理由に片務的な安全保障条約を押し付けてきた日本のやり口を思い出しますな……」

 米国はこうこくに敗れ、半ば属国の様な状態に陥っていた。
 しかし、覇権国家への返り咲きを諦めた訳ではない。
 そんな米国の心理を見抜き、このような提案を秘密裏に打診したのは他ならぬ日本政府だった。

「我が国の嘗ての敵にしてふるき友人の健闘を祈ろうではないか」

 大統領はそのけんちようらいほのおを宿し、意味深に口角を上げた。



  ⦿⦿⦿



 同日、こうこく皇宮は宮殿の大広間では、政府高官ががんくびそろえて沈痛な空気を醸し出していた。
 同じ席に、貴族院議員でもある第一皇女・かみせいを初めとした皇族も渋い顔を並べている。

 じんのうが襲撃され、意識不明の重体に陥った――それはこうこくの存亡を大きく揺るがす一大事である。
 まだ公表されてはいないが、近い内に全土でインフラ毀損への大掛かりな対処を強いられるだろう。
 その報がこうこく政府・上位貴族にもたらした激震は建国以来類を見ないものだった。
 今日、皇宮ではその方策を話し合うべく政府首脳と軍上層部の面々が朝早くから緊急招集されたのだ。

「それにしても、一体なんですかこの為体ていたらくは?」

 第一皇女・かみせいいらち混じりに口を開いた。
 まつぐ下ろした長くあでやかな黒髪に、張り詰めた弓弦の様にりんと背筋を伸ばした長身、れいまなしをたたえた美貌が、雲一つない晴天の様に澄み渡った声で放たれた叱責を殊更高圧的に演出し、政府や軍の高官を萎縮させていた。

「皇宮へ侵入した賊に襲われた陛下がいのちを取り留められたのは偶々皇太子殿下が参られたから。こうこく本土へ侵入した敵の兵装が臣民に向かなかったのはしゆにんの回収で手一杯だったから。いずれも一歩間違えば取り返しの付かぬ事態、致命的な損害となってもおかしくはなかった。侍従達も近衛師団も国防軍も……皆揃いも揃って何をけているのですか」

 かみせいに問い詰められてあおい顔をしない者はこうこくに存在しない。
 してや昨夜起きた事態は、相手が誰であっても申し開きの利かない大失態である。
 通常ならば内閣は総辞職に追い込まれ、軍の上層部はまとめて首をえられてもおかしくはない。

 しかし、その中にあって唯一人、この男だけは怒れる第一皇女をなだめることが出来る。

「姉上、その辺にしておいたらどうだ。今は過ぎたことを追求する時ではないだろう」

 第一皇子・かみえいが腕を組み、落ち着いた様子で姉を制した。
 白金色の髪と茶金色の肌を初めとした浮き世離れした色彩感と、二メートルを優に超える筋骨隆々とした体格の威圧感が、静かなたたずまいながらも強烈な存在感を示している。

「父上の絶対的な強大さ、新皇軍の圧倒的な強力さ故、緩みが生じてしまっていたということだろう。皆、今回の一件は猛省し、二度と無きよう深く心に刻んでもらいたい」

 かみの言葉に、政府や軍の高官達はますます縮こまった。
 声の主との体格差がその小ささをより強調してすらいる。
 だがそんな彼らにかみが掛けるのは、ただただ苦言ばかりではなかった。

「しかしだ、余はそれでもなおなれらを信じている。栄えあるこうこく臣民は、偉大なる大和民族は必ずや再起し、この難局を乗り切れると信じて疑わん。だからずはその方策を話し合うべきだ。この場はその為の緊急会合だろう」

 弟の言うことももつともだと思ったのか、かみは肩を落として大きく息を吐き、それ以上は追求しなかった。
 そんな中、逆にかみの言葉を受けて一人の閣僚が発言しようとしていた。

「ではかみ殿下、一つよろしいですかな?」
ごく伯爵か、申してみよ」

 ごくやす――昨夜、皇族のばんさんかいに招待された新華族・ごく伯爵家の当主である。
 この男はのうじよう内閣の閣僚もまた務めていた。

「この国難に対処するに当たり、権限の所在を明確にしておく必要があります。ぞんの通り、昨夜は政局としても激動の一日でして、内閣総理大臣でありましたのうじようづき氏が急死しており、暫定的に副総理内務大臣がその職務を代行しております。わたしとしては、このままのうじよう内閣の顔触れを引き継ぐ形でふみあき氏が内閣総理大臣を正式に就任すべきかと存じます」
「ふむ……」

 かみは姉の方へ目を遣った。

「姉上、貴族院議員としてどう思う?」
「良いのではないですか? 責任の追及は後回しにしたばかりですからね。、頼みますよ」
かしこまりました」

 ふみあきは深々と頭を下げた。
 そんな彼を、一人の皇族がにらんでいる。
 第二皇女・たつかみに強い不信感を抱いていた。

 のうじよう内閣は元々、日本国との開戦に消極的であった。
 しかしながら、のうじよう前首相は不可解な展開の末に日本国への軍事侵攻をほのめかし、そのまま急死した。
 そののうじよう内閣で不測の事態に総理職を引き継ぐ副総理内務大臣・ふみあきもまた、慎重派だと思われていた。
 だが実際は、このこそが開戦へと踏み切ったのだ。

 たつかみは皇族で最も穏健な考えの持ち主である。
 大抵の場合、こうこくで日本国への武力行使に積極的か消極的かという二つの派閥の争いについて、日本国の吸収そのものに反対している者は極めて少ない。
 両者の立場は、あくまでもその結果に向かう筋道の差である。
 たつかみは、その極めて少ない考えの持ち主だ。

 そんなたつかみが、今のを信用出来ないのは当然である。
 しかし、たつかみが真に警戒すべきはではない。
 今この場で、が正式に総理大臣職を引き継ぐよう進言したのも、彼女にとって良からぬ者にとってその方が都合が良いからだ。

「では、このごくやすのうじよう内閣から引き続き、遠征軍大臣として新総理のもと尽力しましょうぞ」
「宜しくお願いします、ごく伯爵。推挙、感謝いたします」

 に頭を下げられたごくは不気味にほくんでいた。
 この男にはもう一つの顔がある。

「では先ず、遠征軍大臣としてわたしが最初の議題を。じんのう陛下を欠いた状態で、如何にしてめいひのもとを制圧し吸収するか、皆様の知恵をお借りしたい」

 ごく伯爵家は新華族の中でも最も格が高いとされる一族である。
 その理由は、現当主の父こそがじんのうに帰還を上奏し、しんせいだいにつぽんこうこく建国の切掛を作ったからである。
 その父、ごくさぶろうとはうることそう
 つまり、日本国とこうこくの間で良からぬ事をたくらみ、暗躍する黒幕集団の一人である。

 ごくやすは政治的に父のかいらいである。
 すなわち、彼の父・ごくさぶろう――黒幕のしゆかいであるりゅういんしらゆきに与えられた名を閏閒うるまみつなりという男は、軍関係の閣僚を傀儡として操り、こうこくの軍に影響力を伸ばしているのだ。
 故に、ごくは断固たる意思で戦争をすいこうしようとしている。

ごく……。貴様、こうこくがこの様な状況にありながら、尚も外国に手を伸ばそうというのか……!」

 怒りに震えるたつかみを、ごくは冷笑的な眼で見下ろしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

優しい世界のシリウスさん

みなと劉
ファンタジー
ギルドで毎日仕事をコツコツとこなす青年シリウスは 今日も掲示板とにらめっこ。 大抵は薬草採取とか簡単なものをこなしていく。 今日も彼は彼なりに努力し掲示板にある依頼書の仕事をこなしていく

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

才能は流星魔法

神無月 紅
ファンタジー
東北の田舎に住んでいる遠藤井尾は、事故によって気が付けばどこまでも広がる空間の中にいた。 そこには巨大な水晶があり、その水晶に触れると井尾の持つ流星魔法の才能が目覚めることになる。 流星魔法の才能が目覚めると、井尾は即座に異世界に転移させられてしまう。 ただし、そこは街中ではなく誰も人のいない山の中。 井尾はそこで生き延びるべく奮闘する。 山から降りるため、まずはゴブリンから逃げ回りながら人の住む街や道を探すべく頂上付近まで到達したとき、そこで見たのは地上を移動するゴブリンの軍勢。 井尾はそんなゴブリンの軍勢に向かって流星魔法を使うのだった。 二日に一度、18時に更新します。 カクヨムにも同時投稿しています。

処理中です...