日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第三章『争乱篇』

第五十六話『激震』 破

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 こうこくの国軍――通称「しんこうぐん」には、陸海空の区別が無い。
 なる環境でも運用可能などうしんたいと、その母艦である要塞の如き空中戦艦「どうしんかん」で全ての軍事力を賄っているため、意味の無い区分けなのだ。
 しかし、一方で「しんこうぐん」は目的に応じた二つの区分けが存在する。

たつかみ殿下。ことですが、遠征軍としてはたびける国防軍の失態が侵攻のめの理由とはなりませんな」
「国防軍の失態、ですと?」

 たつかみに反論するごくだったが、その言葉に別の閣僚が反応した。

ごく遠征軍大臣、わたしに入った報告によりますと、こうこく本土に上陸した敵国ちようきゆうどうしんたいは遠征軍の部隊とも交戦していたはずですが?」
「防衛線を破られた責任を分散するおつもりですかな、こう国防軍大臣? 確かに侵攻を見込んで配備した一部の部隊が交戦したようですが、それはむしろ国防軍にとって有利に働いたのでは? 国防軍が対処する前に敵機との交戦情報が入った筈ですからな」

 このこうしげゆきという男は、ごくと双璧を成すもう一人の軍大臣である。
 こうこくの軍隊は国外への侵攻を主とする「遠征軍」と、国土の防衛や反乱分子への対処を主とする「国防軍」に分かれている。
 二つの軍は元々、しん維新政府の時代に編成された陸海軍を前身としており、両者は何かと衝突する対立関係にある。

「遠征軍の部隊の交戦記録が役に立たなかったのでしょうな」
「国防軍が撃退出来ていれば、今の言葉にはわたしも閉口するしか無いのですがね」

 そんな訳で、このごくこうは互いの管轄に影響されてか、同じ内閣の閣僚でありながら非常に険悪である。
 だがそんな彼らの言い争いも、時と場所を選ばなければなるまい。

「二人共、やめよ。ごくなれに対して説明せねばならんだろう。何故なぜ、遠征軍は侵攻をやめないのか、その理由を」
「お見苦しいところをお目に掛け、恐縮に御座います、皇太子殿下。では、話を本筋に戻しましょう」

 ばつが悪そうに顔を背けるこうを尻目に、ごくせきばらいして話を進める。

「確かに、こうこくじんのう陛下のしんって支えられてきました。それが失われた今、直近は予備電力等が作動し当分はつでしょうが、手を打たなければ決定的なたんを迎えるでしょう。そして何より、じんのう陛下のしんを抜きにした時、我ら遠征軍は侵攻能力の大部分を失う。何より、転移能力が失われるのが痛い」

 こうこくが米国と戦争した時、米国にとって最大の脅威となったのが圧倒的な展開能力である。
 どうしんたいの先遣隊は敵国に上陸した際、ずは本国に自分達の位置情報と地形情報を送信する。
 すると本国ではそれらの分析を行い、結果を基にして強大な武力を直接転移させて送り込むのだ。
 つまり、わずか一機でもどうしんたいが敵国に上陸すれば、その後は母艦となるどうしんかんを始めとした大戦力が一瞬にしてその領土に大量展開される。

 しかしその脅威は、じんのうしんがあって初めて成立する。
 うることじんのうを重体に追い込んだことで、日本国はこうこくの遠征軍が持つ最大の脅威を完全に封じたのだ。

 だがそれでも、ごくは侵攻をやめないと言っている。
 そこには彼なりの理屈があった。

「とはいえ、こうこくは今更侵攻を取り止めることなど出来ないのです、たつかみ殿下」
「どういうことだ?」
「考えてもみてください。こうこくは既に、めいひのもとに対して宣戦布告を通達しているのです。ここで侵攻に及び腰となっては、その事情を勘繰られる。『こうこくは、何か深刻な国難に見舞われ、とても戦争などしていられないのではないか』とね」
「事実ではないか」

 たつかみごくに食い下がる。
 彼女の考えとしては、どうにかごくに、そして内閣に侵攻をおもとどまらせたいのだろう。
 だが、ごくには通用しなかった。

たつかみ殿下、こうこくはこれまで、絶対的な軍事力によってこの世界線に於ける覇を唱えてきました。それが深刻な程に弱体化したと、他国に勘繰られてはどうなりますか? この世界線に於ける大国が、これを機にこうこくを一気にたたこうと考えても何ら不思議では無い。そして、事実としてこうこくが現在弱っている以上、そうなっては非常に拙い」

 たつかみは端正な顔をしかめる。
 ごくが言っているのは、要するにこうこくごうとくよわたたに遭うということだ。
 だがとはいえ、皇族として国が危機に陥ることを許容することも出来ない。
 彼女が苦虫をつぶした様な表情で押し黙るのもむべなることだった。

「だからこそ、こうこくは宣言通りにめいひのもとと戦わなければならないのです。何事も無かったかのごとめいひのもとを制圧し、圧倒的な国力の健在を示さなければならない。この理屈、おわかりですよね?」

 ごくに対し、たつかみはそれ以上反論出来なかった。
 他国を武力侵攻するやり方に疑問を抱いている彼女だったが、国の存亡を盾にされては黙る他無かった。

 が、武力侵攻に消極的な皇族は一人ではない。
 もう一人、たつかみとしの近い弟の第三皇子・みずちかみけんが発言すべく手を挙げていた。

ごく、そうは言うが現実的に可能なのか? もうさまを抜きにしてこうこくは一体どれくらいの期間つ? 諸外国に弱みを見せられないのは国を守る為だろうに、面子にこだわる余り国を崩壊させては本末転倒じゃないか」

 みずちかみの言葉はたつかみとは少し異なる視点からのものである。
 たつかみにあるのは第一に侵略への強い忌避感とそこに拘るごくらへの怒り――すなわち理念の論理であるが、みずちかみはそこに損得勘定を織り交ぜる――即ち功利の論理である。
 たつかみは「侵攻するのは悪事である」という視点でごくに食って掛かるが、みずちかみは「侵攻するのは悪手である」という視点でごくを説得出来る。
 これは理念理想にたのむ論理と比べて相手の考えを変える上で有効であるが、良いことばかりでもない。

「確かに、国内の支えをおろかには出来ません。それはもつともですな」

 新首相・ふみあきみずちかみの言葉を受けて少し考える素振りを見せる。
 これはのうじよう内閣の方針に同調していた彼らしい仕草であるが、その本心は別のところにある。
 一見すると思い止まろうとしているようで、そうではない。

「では先ず、現状の維持が可能な期間を概算でお伺いしましょうか」
「一番の問題は電力でしょう。ていしん大臣のわたしから……」

 最年長の閣僚・ごうむねのり逓信大臣が発言を求めた。
 この男は主戦派とも慎重派とも取れない、中立の立場を取る政治家である。
 しかしそれはつまるところ、どちらにも付き得るということだ。
 日和見主義を貫きながら政争を長年生き残ってきたたぬきである。

「あくまで戦局が悪化しなければ、という前提での話ですが、七月中はどうにかつでしょう。それ以降は、じんのう陛下のしんを皇族方に代替していただかなければなりませんでしょうな」

 その後ごう逓信大臣に続き、内務副大臣・大蔵大臣・農商大臣・鉄道大臣がそれぞれの省庁が所管する分野に於ける見込み期間を述べた。

「ふむ、やはり手をこまねいていれば来月には無理が生じるということですか。となるとごく遠征軍大臣、制圧までの猶予期間は二週間といったところでしょう。いかですかな?」
「充分でしょう。遠征軍はめいひのもとよりもはるかに強大な米国をその半分で降伏させております。どうしんかんの転移が使えずとも問題は無いかと」
「でしょうな」

 は考えた末に納得したふりをしているが、こうなると分かって問い掛けたのだ。
 ごくもその意図は承知しており、してやったりとほくむ。

「しかし、念には念を入れる必要があるでしょう。つきましては、畏れながら皇族方のちからに今の内からおすがりしたく存じますが……」
「ぅくっ……!」

 の視線が見かけ上は恐る恐るといった様相で第三皇子・みずちかみけんと第二皇女・たつかみを経由し第一皇女・かみせいの方へと向いた。

 みずちかみは墓穴を掘った。
 彼は侵攻することは悪手であるという現実的な利の視点で思い止まらせようとしたが、逆に悪手という根拠を覆されてしまえば完全に説得力を失う。
 そればかりか、結果的に彼の言葉は侵攻の懸念点を自らの手で埋め合わせるように求められる口実を作ってしまった。

「仕方ありませんね」

 の嘆願を受け、かみの視線が弟妹の方へと向いた。

わたくしには貴族院議員としての仕事があります。皇太子殿下にはその明達なる頭脳でもろもろの対応策を講じていただかなくてはなりません。は軍人としての任に就かねばならないでしょう。けんまえ達がに見舞われたもうた陛下に替わり、少しでもしんを供給しなさい。二人共、難しい国情は理解しているようですし異論はありませんね」
「くっ……!」

 たつかみみした。
 皇族は全員が圧倒的なしんの持ち主であるが、たつかみみずちかみでは二人合わせてもじんのうしんには遠く及ばない。
 二人にとって父のしんを代替するのは尋常ならざる重荷であり、全てをなげうって専念しなければ務まらないだろう。
 皇族の中でも穏健派の二人が二人共、身動きが取れない状態を強いられてしまったのだ。

「本来はらんにも手伝わせるべきところですが、全く一体何処どこで遊んでいるのやら……」

 かみは溜息を吐いた。
 この場にはもう一人の皇族である第三皇女・こまかみらんの姿が無い。
 昨夜皇宮を出たきり戻っておらず、連絡も付かない状況だった。

「内務副大臣、こまかみ殿下の捜索状況は?」
「はい新総理。ただいま、警察局に総力を挙げて捜索させております」
、一刻も早く見付けさせなさい」
「仰せの通りに……」

 かみの言葉に、は恐縮して頭を下げた。

「駄目だ……このままでは……!」

 たつかみは顔を顰め、なんとかあらがう術を見つけ出そうとしていた。

「やっぱりどうにもならないか。でも、丁度良いかもね。当分もうさまの代わりに専念しなければならないなら、その間は世の中に関わらなくて済む……」

 みずちかみは諦観し、自嘲していた。
 はやこうこくが日本国へ侵攻するのはほぼ確定である。
 だがまだ一人、そこに異議を唱える者が居た。

ごく遠征軍大臣の見込みは甘いのではないですかな?」
こう国防軍大臣……!」

 先程、ごくと口論を繰り広げていたこうだった。
 侵攻に拘る遠征軍と対立する国防軍の代弁者である。

総理もごく遠征軍大臣も一つ忘れている。めいひのもとにはちようきゆうどうしんたいがある。昨日、こうこくの本土へと到達したあの金色の機体があるのです。それはつまり、めいひのもとにはしんを軍事利用しているということ。今度の敵国は我々と同じ土俵に上がっているのです。米国とは状況が全く違います。本当に短期間で制圧出来るのですかな?」

 国防軍の代弁者であるこうにとって、自軍の恥をあげつらうのは不本意に違いない。
 だが逆に、遠征軍の代弁者たるがごくが国防軍の防衛線を突破した金色の機体を侮り無視することは我慢ならなかったのだろう。

 とはいえ、金色の機体をどうにも出来なかったのは遠征軍とて同じである。
 それを考慮していないという指摘はごくにとってある程度は効くと思われた。
 
「なんだ、そんなことですか」

 しかし、ごくは余裕を崩さない。
 彼はこうに指摘されてなお、金色の機体など問題にしていなかった。
 何故なら、遠征軍には強力な切り札が存在するからだ。

「ならばその金色の機体を早々に撃破し、昨日ろうぜきを働いた操縦士を始末してしまえば済むこと。こう国防軍大臣、貴方あなたもお忘れではないですか? 我が遠征軍にはこうこく最強の英雄が居るということを……!」

 その瞬間、第二皇子・しゃちかみが見開かれ、ごくの方へと向いた。
 しゃちかみは国防軍に所属する大佐であるが、その彼にとってごくが言及しようとしている「こうこく最強の英雄」は並々ならぬ関心事らしい。
 ごくはその名を高らかにうたい上げる。

かつてこの地のまつりごとを担っていたづち幕府将軍家のまつえい! 公爵令息にして数多くの戦場ではちめんろっの活躍を演じたこうこくずいいちどうしんたい操縦士! 仮面の撃墜王エースパイロットひろあきら少佐!! 緒戦で彼の駆る特別機にて金色の機体を撃滅する! そしてめいひのもとの心胆を寒からしめるのです!!」

 大広間はどよめきに包まれた。
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