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第三章『争乱篇』
第五十六話『激震』 急
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巨大な格納庫、両脇の壁に全高二十八米の超級為動機神体・ミロクサーヌ零式が数機立ち並んでいる。
その足下で皇國軍の技師達が疎らに散り、端末の画面と睨み合っている。
普段から急な出撃に備え、為動機神体は万全の状態に維持されているのだ。
そんな中、中央の歩行帯を長身の男が一人、奥へ向けて歩いていた。
赤い軍服が異彩を放つも、襟には少佐の階級章が光る、奇妙な出で立ちの男だった。
貴公子を思わせる、端整な顔立ちの男だった。
男に気付いた何人かの技師が彼に向けて敬礼の姿勢を取る。
彼の向かう先には数人の軍人達が横一列に並び、前を通る彼に切れのある動きでこれまた敬礼して出迎える。
この場に居る者達は皆、この男の部下なのだ。
「輪田少佐、全員出撃準備、整っています」
「で、あるか。御苦労」
男・輪田衛士少佐は立ち止まり、整列する部下達の方へ身体を向けた。
居並ぶ彼らは皆、緊張に表情を強張らせている。
輪田は小さく口元を綻ばせた。
「そう固くなるな。いつも通りに行こう」
輪田は部下達が今回の出撃に不安を覚えていると察知しているらしい。
無理も無いことだった。
「御言葉ですが少佐、神皇陛下の神為が得られないとなると、為動機神艦の援護は期待出来ません。また、機体の再生も不可能でしょう。これは嘗て無い、困難な任務ですよ」
「だろうな。参謀本部も、随分と我が隊の能力を高く評価してくださっているらしい。私も正直、少し重荷に感じているよ。しかしだからこそ、この重大な任務に際し、君達と共に出来て良かったと思う。いつも通り、私の背中を預けさせてくれ。そして共に、皇國の威信を示そうではないか」
輪田に言葉を掛けられた部下達の顔付きが変わった。
皇國の遠征軍に於いて、輪田隊は最も華々しく活躍し、数々の戦果を上げてきた優秀な部隊である。
そして輪田は皇國最強の英雄として名高い男だ。
そんな彼に殿を任された信認と、彼自らが先陣を切るという信頼が隊員達に誇りと自負心を思い出させた。
と、そこへ一人の男が歩いてきた。
彼もまた特殊な紫色の軍服を身に着け、異彩を放っている。
輪田と同程度の年齢だが階級章は大佐を示しており、隊の責任者である輪田よりも更に位が高いらしい。
その場の兵や技師達は一様に眼を丸くしていた。
「これはこれは鯱乃神殿下、お久し振りです。前回の『武装戦隊・狼ノ牙』叛乱鎮圧以来ですかな。いや、部下の手前では鯱乃神那智大佐とお呼びすべきでしょうか……」
第二皇子・鯱乃神那智。
瑠璃色の髪をした精悍な顔つきのこの男は輪田と士官学校の同期であり、国防軍最強の為動機神体操縦士として輪田とライバル関係にある。
皇國最強と呼ばれる輪田が一歩先んじている上、今回もその輪田が華々しい活躍の機会を与えられたことに、鯱乃神が内心穏やかでないであろうことはこの場の誰もが察するに足るところである。
「流石は遠征軍の誇る輪田隊だ。皆士気が高く、良い顔付きが揃っている。皇國最強の英雄・輪田衛士少佐の教育の質が窺い知れるな」
「誠、良い部下に恵まれました。御褒めに与り、光栄に存じます」
輪田と鯱乃神、二人の視線が交錯する。
「輪田少佐、上層部が今回君の出撃を決めたのは、皇國の情勢不安を他国に察知されたくないという外交戦略上の事情、国家の面子によるものだ。皇宮会議で鬼獄大臣がはっきりとそう仰っていたよ」
「やはりそうですか。であるならば、期待に応えない訳には参りませんな」
「ああ。本来ならば前回遠征軍の手を借りた恩返しをしたいところだが、遺憾ながら私には命令が下りなかった。無念だよ、あの時の借りを返せないことがな」
基本的に、諸外国との戦争で外征するのが遠征軍であり、防衛や国内の叛乱鎮圧が国防軍の役目である。
鯱乃神が今回の任務に参加しないのは管轄外であるから当然なのだが、二人の間には遺恨がある。
六年前に武装戦隊・狼ノ牙が蜂起した際、その鎮圧は国防軍だけでは手が足りず、遠征軍との共同作戦となった。
そこで華々しく活躍したのもまた輪田であり、鯱乃神はその機会をみすみす渡してしまったのだ。
「輪田少佐、皇國最強の為動機神体操縦士という君の称号、それは孰れ必ず私のものにする。しかし今は、済まんな……」
「御気遣い、誠に痛み入ります」
「成果を期待している。頼んだぞ、我が親友にして目標よ」
鯱乃神は敬礼する輪田に背を向け、その場を歩き去って行った。
「皆、聞いただろう。鯱乃神殿下が軍の垣根を越えてまで激励にいらしてくださった。何としても緒戦の勝利を持ち帰ろうではないか!」
「はい、少佐!」
輪田隊の士気が更に上昇した。
部下達を奮い立たせた輪田の下へ、一人の女性軍人が歩み寄る。
「少佐、こちらをどうぞ」
「ありがとう、多岐川中尉」
輪田は部下の一人・多岐川真澄中尉から戦国時代に南蛮趣味の武将が身に着けていたような兜と烏天狗の面具を模した仮面を受け取った。
これこそは「仮面の撃墜王」という輪田の異名の由来であり、彼が武家の棟梁の末裔としての矜持を胸に戦う決意の表れである。
仮面を装着した輪田は更に奥へと進み、突き当たりに立たされる一機の為動機神体と相対した。
超級為動機神体よりも更に一際大きい、一点物の特殊な機体である。
その威容は皇國最新鋭の超級為動機神体の中にあって、別格の神々しさを放っていた。
輪田は両腕を拡げ、朗々と謳い上げる。
「掛けまくも畏き吾が戦機神社の大前に、輪田衛士少佐恐み恐みも白さく。皇軍、常も大神の広き厚き恩頼を蒙奉りて、高天原に神留り坐す皇が親神漏岐神漏美命以ちて依奉りし豊葦原瑞穂国を安国と平けく知食すに、海に陸に空に棚知らず猛び進みては、四方の敵を戡し、別の倭を定め、愈々は皇国存亡の分け目に至り、天地開闢に顕れし大祖神の御稜威を示され、兵の行く手を弥益益に守り給ひ幸へ給へと、恐み恐みも白さく」
為動機神体は通常、一定の訓練を修了すれば乗り手を選ばない。
訓練の難度に依る選別は経るものの、その水準に達しさえすれば期待通りに乗り熟すことが出来るよう、設計されている。
極々限られた選ばれし者にしか扱えないのは量産兵器として欠陥品であると、全ての為動機神体を生み出した第一皇子・獅乃神叡智は考えている。
彼ならば例えば、量産機の試作型としては日本国産の「金色の機体」の様な、操縦士を限定してしまう機体など作らないだろう。
しかしそれは、あくまで量産を前提とした機体に限る。
片手の指で数えられる程度しか存在しないが、特別な操縦士が持てる力の全てを駆使することを前提とした特別機も、皇國は有している。
並の操縦士では扱いきれない為、量産機ではまず導入出来ない超絶的な技術が注ぎ込まれた「お遊び」の機体である。
それは一点一様の、最強水準の操縦士に与えられる専用機である。
今、その機体が忘却の彼方から目を覚まそうとしていた。
実戦起動を前にしたその機体の振動で格納庫の空気が震える。
「御、起動遊ばせ給へ! 特級為動機神体・ツハヤムスビ!!」
全高三十六米の機械巨人兵器が、その両眼から鋭くも眩い光を放った。
⦿⦿⦿
皇國首都統京は紋京区、鬼獄伯爵邸。
当主の遠征軍大臣・鬼獄康彌は皇宮での会議から帰宅して早々、本館へ向かう道から脇へと逸れて離れへと向かった。
敷地の隅に立てられた小さな建屋へは、何重にも重ねて立てられた鳥居を潜って辿り着く。
しかし鳥居の形はどこか歪で、黒い色も相俟って神聖さよりも不気味さが勝っている。
建物の扉を開くと、鬼獄の目の前には地下へと下る階段があった。
鬼獄はそれをゆっくりと降っていく。
地中の小さな部屋は暗く、蝋燭に灯を点して漸くその片隅が朧気に見える。
安置されていたのは、歪んだ陰陽太極図の意匠が施された小さな祠だった。
鬼獄が観音開きの扉の封を解くと、中には鏡が入っていた。
「御報告に参りました、持国天様」
鬼獄は鏡に向かって恭しく頭を下げた。
すると鏡に映っていた鬼獄の姿が揺らめき、別の老翁の姿へと変わった。
『皇國の侵攻計画に支障は無いのだろうな、息子よ』
鏡に映る軍服の老翁は鬼獄康彌の父親・鬼獄魅三郎――麗真魅琴の曾祖父だ。
この老翁こそは神皇を皇國に帰還させ、脅威の国家を築く切掛を与えた男である。
「やはり、第二皇女と第三皇子、それから国防軍大臣の反対に遭いました。しかし、何れも問題無ありません。皇女と皇子はこれ以上の妨害工作を封じられ、国防軍大臣は此方の意見に折れました。最終的な結論は我々の意見の丸呑みですよ」
『そうか、それは良い。しかし、問題は侵攻の成否だ。四方や負けることはあるまいな』
「まさか。懸案事項には手を打ちました。日本国が頼みとする『金色の機体』には皇國の最高戦力を送り込みました。明日には日本国唯一の対抗手段が失われ、大勢は決するでしょう」
鬼獄親子は鏡越しに歪んだ笑みを突き合せた。
『広目天の媛様に良い報告が出来そうだな』
「お任せください」
『ふむ、ところでだ』
鏡の中の男は話題を変える。
『その媛様から、神瀛帯熾天王の一員として新たなる名を賜った。これからは儂の名を閏閒三入と思うが良い。閏年の閏に、門構えに月の閒、三入は三に入ると書く』
「ほう、それはそれはお目出度う御座います。閏閒三入ですか。その字ですと『うるまみいる』とも読めますな」
『うむ、愚かなるお前の兄が儂・鬼獄魅三郎に破魔の矢を掛けるという意味を込め、本名の入彌を逆さにして母親の姓を付けたのが麗真魅射の由来だというが、その滑稽な願いとやらを奪い取るのは実に痛快だと思わんか?』
「成程、確かに……」
小さな部屋で唯一の明かりである蝋燭の灯が揺れている。
それはまるで、二人の目に点る憎悪の焔の様であった。
「持国天様、私は兄とは違います」
『うむ、お前は出来た息子じゃ』
鬼獄康彌の中には、終ぞ相見えることの無かった腹違いの兄・麗真魅射への対抗意識があった。
彼が敢えて父親の傀儡に徹しているのはこの為だ。
斯くして、皇國は裏で陰謀を巡らせる者達の意図を叶えるべく、日本国への侵攻を開始してしまった。
その足下で皇國軍の技師達が疎らに散り、端末の画面と睨み合っている。
普段から急な出撃に備え、為動機神体は万全の状態に維持されているのだ。
そんな中、中央の歩行帯を長身の男が一人、奥へ向けて歩いていた。
赤い軍服が異彩を放つも、襟には少佐の階級章が光る、奇妙な出で立ちの男だった。
貴公子を思わせる、端整な顔立ちの男だった。
男に気付いた何人かの技師が彼に向けて敬礼の姿勢を取る。
彼の向かう先には数人の軍人達が横一列に並び、前を通る彼に切れのある動きでこれまた敬礼して出迎える。
この場に居る者達は皆、この男の部下なのだ。
「輪田少佐、全員出撃準備、整っています」
「で、あるか。御苦労」
男・輪田衛士少佐は立ち止まり、整列する部下達の方へ身体を向けた。
居並ぶ彼らは皆、緊張に表情を強張らせている。
輪田は小さく口元を綻ばせた。
「そう固くなるな。いつも通りに行こう」
輪田は部下達が今回の出撃に不安を覚えていると察知しているらしい。
無理も無いことだった。
「御言葉ですが少佐、神皇陛下の神為が得られないとなると、為動機神艦の援護は期待出来ません。また、機体の再生も不可能でしょう。これは嘗て無い、困難な任務ですよ」
「だろうな。参謀本部も、随分と我が隊の能力を高く評価してくださっているらしい。私も正直、少し重荷に感じているよ。しかしだからこそ、この重大な任務に際し、君達と共に出来て良かったと思う。いつも通り、私の背中を預けさせてくれ。そして共に、皇國の威信を示そうではないか」
輪田に言葉を掛けられた部下達の顔付きが変わった。
皇國の遠征軍に於いて、輪田隊は最も華々しく活躍し、数々の戦果を上げてきた優秀な部隊である。
そして輪田は皇國最強の英雄として名高い男だ。
そんな彼に殿を任された信認と、彼自らが先陣を切るという信頼が隊員達に誇りと自負心を思い出させた。
と、そこへ一人の男が歩いてきた。
彼もまた特殊な紫色の軍服を身に着け、異彩を放っている。
輪田と同程度の年齢だが階級章は大佐を示しており、隊の責任者である輪田よりも更に位が高いらしい。
その場の兵や技師達は一様に眼を丸くしていた。
「これはこれは鯱乃神殿下、お久し振りです。前回の『武装戦隊・狼ノ牙』叛乱鎮圧以来ですかな。いや、部下の手前では鯱乃神那智大佐とお呼びすべきでしょうか……」
第二皇子・鯱乃神那智。
瑠璃色の髪をした精悍な顔つきのこの男は輪田と士官学校の同期であり、国防軍最強の為動機神体操縦士として輪田とライバル関係にある。
皇國最強と呼ばれる輪田が一歩先んじている上、今回もその輪田が華々しい活躍の機会を与えられたことに、鯱乃神が内心穏やかでないであろうことはこの場の誰もが察するに足るところである。
「流石は遠征軍の誇る輪田隊だ。皆士気が高く、良い顔付きが揃っている。皇國最強の英雄・輪田衛士少佐の教育の質が窺い知れるな」
「誠、良い部下に恵まれました。御褒めに与り、光栄に存じます」
輪田と鯱乃神、二人の視線が交錯する。
「輪田少佐、上層部が今回君の出撃を決めたのは、皇國の情勢不安を他国に察知されたくないという外交戦略上の事情、国家の面子によるものだ。皇宮会議で鬼獄大臣がはっきりとそう仰っていたよ」
「やはりそうですか。であるならば、期待に応えない訳には参りませんな」
「ああ。本来ならば前回遠征軍の手を借りた恩返しをしたいところだが、遺憾ながら私には命令が下りなかった。無念だよ、あの時の借りを返せないことがな」
基本的に、諸外国との戦争で外征するのが遠征軍であり、防衛や国内の叛乱鎮圧が国防軍の役目である。
鯱乃神が今回の任務に参加しないのは管轄外であるから当然なのだが、二人の間には遺恨がある。
六年前に武装戦隊・狼ノ牙が蜂起した際、その鎮圧は国防軍だけでは手が足りず、遠征軍との共同作戦となった。
そこで華々しく活躍したのもまた輪田であり、鯱乃神はその機会をみすみす渡してしまったのだ。
「輪田少佐、皇國最強の為動機神体操縦士という君の称号、それは孰れ必ず私のものにする。しかし今は、済まんな……」
「御気遣い、誠に痛み入ります」
「成果を期待している。頼んだぞ、我が親友にして目標よ」
鯱乃神は敬礼する輪田に背を向け、その場を歩き去って行った。
「皆、聞いただろう。鯱乃神殿下が軍の垣根を越えてまで激励にいらしてくださった。何としても緒戦の勝利を持ち帰ろうではないか!」
「はい、少佐!」
輪田隊の士気が更に上昇した。
部下達を奮い立たせた輪田の下へ、一人の女性軍人が歩み寄る。
「少佐、こちらをどうぞ」
「ありがとう、多岐川中尉」
輪田は部下の一人・多岐川真澄中尉から戦国時代に南蛮趣味の武将が身に着けていたような兜と烏天狗の面具を模した仮面を受け取った。
これこそは「仮面の撃墜王」という輪田の異名の由来であり、彼が武家の棟梁の末裔としての矜持を胸に戦う決意の表れである。
仮面を装着した輪田は更に奥へと進み、突き当たりに立たされる一機の為動機神体と相対した。
超級為動機神体よりも更に一際大きい、一点物の特殊な機体である。
その威容は皇國最新鋭の超級為動機神体の中にあって、別格の神々しさを放っていた。
輪田は両腕を拡げ、朗々と謳い上げる。
「掛けまくも畏き吾が戦機神社の大前に、輪田衛士少佐恐み恐みも白さく。皇軍、常も大神の広き厚き恩頼を蒙奉りて、高天原に神留り坐す皇が親神漏岐神漏美命以ちて依奉りし豊葦原瑞穂国を安国と平けく知食すに、海に陸に空に棚知らず猛び進みては、四方の敵を戡し、別の倭を定め、愈々は皇国存亡の分け目に至り、天地開闢に顕れし大祖神の御稜威を示され、兵の行く手を弥益益に守り給ひ幸へ給へと、恐み恐みも白さく」
為動機神体は通常、一定の訓練を修了すれば乗り手を選ばない。
訓練の難度に依る選別は経るものの、その水準に達しさえすれば期待通りに乗り熟すことが出来るよう、設計されている。
極々限られた選ばれし者にしか扱えないのは量産兵器として欠陥品であると、全ての為動機神体を生み出した第一皇子・獅乃神叡智は考えている。
彼ならば例えば、量産機の試作型としては日本国産の「金色の機体」の様な、操縦士を限定してしまう機体など作らないだろう。
しかしそれは、あくまで量産を前提とした機体に限る。
片手の指で数えられる程度しか存在しないが、特別な操縦士が持てる力の全てを駆使することを前提とした特別機も、皇國は有している。
並の操縦士では扱いきれない為、量産機ではまず導入出来ない超絶的な技術が注ぎ込まれた「お遊び」の機体である。
それは一点一様の、最強水準の操縦士に与えられる専用機である。
今、その機体が忘却の彼方から目を覚まそうとしていた。
実戦起動を前にしたその機体の振動で格納庫の空気が震える。
「御、起動遊ばせ給へ! 特級為動機神体・ツハヤムスビ!!」
全高三十六米の機械巨人兵器が、その両眼から鋭くも眩い光を放った。
⦿⦿⦿
皇國首都統京は紋京区、鬼獄伯爵邸。
当主の遠征軍大臣・鬼獄康彌は皇宮での会議から帰宅して早々、本館へ向かう道から脇へと逸れて離れへと向かった。
敷地の隅に立てられた小さな建屋へは、何重にも重ねて立てられた鳥居を潜って辿り着く。
しかし鳥居の形はどこか歪で、黒い色も相俟って神聖さよりも不気味さが勝っている。
建物の扉を開くと、鬼獄の目の前には地下へと下る階段があった。
鬼獄はそれをゆっくりと降っていく。
地中の小さな部屋は暗く、蝋燭に灯を点して漸くその片隅が朧気に見える。
安置されていたのは、歪んだ陰陽太極図の意匠が施された小さな祠だった。
鬼獄が観音開きの扉の封を解くと、中には鏡が入っていた。
「御報告に参りました、持国天様」
鬼獄は鏡に向かって恭しく頭を下げた。
すると鏡に映っていた鬼獄の姿が揺らめき、別の老翁の姿へと変わった。
『皇國の侵攻計画に支障は無いのだろうな、息子よ』
鏡に映る軍服の老翁は鬼獄康彌の父親・鬼獄魅三郎――麗真魅琴の曾祖父だ。
この老翁こそは神皇を皇國に帰還させ、脅威の国家を築く切掛を与えた男である。
「やはり、第二皇女と第三皇子、それから国防軍大臣の反対に遭いました。しかし、何れも問題無ありません。皇女と皇子はこれ以上の妨害工作を封じられ、国防軍大臣は此方の意見に折れました。最終的な結論は我々の意見の丸呑みですよ」
『そうか、それは良い。しかし、問題は侵攻の成否だ。四方や負けることはあるまいな』
「まさか。懸案事項には手を打ちました。日本国が頼みとする『金色の機体』には皇國の最高戦力を送り込みました。明日には日本国唯一の対抗手段が失われ、大勢は決するでしょう」
鬼獄親子は鏡越しに歪んだ笑みを突き合せた。
『広目天の媛様に良い報告が出来そうだな』
「お任せください」
『ふむ、ところでだ』
鏡の中の男は話題を変える。
『その媛様から、神瀛帯熾天王の一員として新たなる名を賜った。これからは儂の名を閏閒三入と思うが良い。閏年の閏に、門構えに月の閒、三入は三に入ると書く』
「ほう、それはそれはお目出度う御座います。閏閒三入ですか。その字ですと『うるまみいる』とも読めますな」
『うむ、愚かなるお前の兄が儂・鬼獄魅三郎に破魔の矢を掛けるという意味を込め、本名の入彌を逆さにして母親の姓を付けたのが麗真魅射の由来だというが、その滑稽な願いとやらを奪い取るのは実に痛快だと思わんか?』
「成程、確かに……」
小さな部屋で唯一の明かりである蝋燭の灯が揺れている。
それはまるで、二人の目に点る憎悪の焔の様であった。
「持国天様、私は兄とは違います」
『うむ、お前は出来た息子じゃ』
鬼獄康彌の中には、終ぞ相見えることの無かった腹違いの兄・麗真魅射への対抗意識があった。
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