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第三章『争乱篇』
第五十七話『津速產巢日』 序
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根尾弓矢の運転する高級車に乗せられ、岬守航は日本国東京の街並を横田飛行場まで向かっていた。
席の位置取りは、航が後部座席、助手席には雲野兎黄泉がちょこんと坐っている。
「根尾さん、『事態が動いた』って一体どういうことなんですか?」
航は運転席の根尾に尋ねた。
つい先程まで、この三人は病院へ麗真魅琴と雲野幽鷹の見舞いに行っていた。
それが、根尾に緊急の連絡が入ったとのことで横田基地へ直行することになったのだ。
目的は大体想像が付く。
昨夜、皇國に残って神皇と戦う道を選んだ魅琴を連れ帰る為に、航は国産超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコで皇國へ飛んだ。
その際に限界性能を引き出し、皇海上で敵機と交戦してしまったが為に、カムヤマトイワレヒコは航に適合し、彼にしか操縦出来ない専用機と化してしまったのだ。
そして、現状ではカムヤマトイワレヒコこそが日本にとって皇國への唯一の対抗手段である。
おそらく、航はこれから戦場へ向かう。
車外の景色――何ということのない筈の街道が、航には遠い異国への旅路に見えていた。
「先程、崇神會の現総帥から皇先生に連絡があったそうだ。崇神會は皇國がこの世界線へ転移して来る以前より軍内部に間諜を紛れ込ませていて、特に転移後は軍の動きがかなり能く伝わるらしい。その間諜から、皇國が今日にも尖兵を送り込むつもりだという情報が齎されたのだ」
「そう……ですか……」
航は膝の上で拳を握り締めた。
噛み締める奥歯に力が籠り、心臓が送り出す血液が全身を駆け巡る脈動を感じていた。
敵が来る。
国土を灰燼に帰す力を備えた、恐るべき未知の侵略者を迎え撃たなければならない。
航は胸騒ぎを抑えられなかった。
「岬守君、横田基地に到着したらそこから先は自衛官の案内に従ってくれ。これから先、彼らと共同作戦を採ることになる。呉々も、仲違いは止してくれよ」
「衝突する理由がありませんよ」
これから起こることも露知らぬ平穏な街並を、大いなる愁いを秘めた高級車が飛ばしていく。
⦿⦿⦿
横田飛行場の滑走路を、体のラインにフィットしたラテックススーツを身に着けた男女が一人の青年を連れて歩いている。
先導する二人は奇妙な格好をしているが、胸や肩、腰回りの意匠から自衛官であることが窺い知れる。
目的地に到着した航は根尾・兎黄泉の二人と別れ、代わりにこの二人の自衛官に案内されて搭乗機の許へと向かっていた。
どうやら情報は自衛隊にも連絡されており、彼らも彼らで準備していたらしい。
昨夜航が搭乗した超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコの他にも、一回りか二回り小ぶりの巨大人型ロボット兵器が控えている。
超級はカムヤマトイワレヒコ一機だけだが、壱級は何機か試作されているらしい。
自衛官のイメージに合わない服装はパイロットスーツであり、それを装着したこの二人は壱級為動機神体で航と共に戦うということか。
「岬守さん、お待ちしていました」
居並ぶ為動機神体の前で、同じラテックススーツを着て整列した自衛官達が敬礼して航を出迎えた。
その中から、昨夜この場所へ皇奏手を乗せてカムヤマトイワレヒコを持って来た自衛官が前へ出て来た。
肩の階級章から彼らの隊長を務める上官であると判る。
その片腕には、何やらもう一着のラテックススーツを携えている。
豊中大洋一尉――おそらく三十代半ばの、一見すると週末にバーベキューやフットサルを楽しむアクティブな青年といった趣の男だが、何処か独自の世界を持っている様な、厭世観を感じさせる眼をした男である。
皇の話に拠ると、自衛隊でも最も優秀な為動機神体操縦士とのことだ。
それはつまるところ、圧倒的な強者を相手に戦うことを想定した訓練を積んできたということであり、そんな独特の覚悟を胸に秘めるが故にそういう眼をしているだろうか。
「カムヤマトイワレヒコに搭乗したら、すぐこれに着替えてください」
豊中は手に持っていたラテックススーツを航に差し出した。
受け取ってみると、自衛官が着ているものとかなりデザインが異なる。
取分け首から胸、腹から股間に掛けて拵えられたパッドが自衛官のそれよりも厳重に固められている。
「これは……?」
「為動機神体を操縦する為に作られた特別製のスーツです。皇國兵もほぼ同じ物を装着し、機体との一体感を高めていると聞いています。つまり、これを着ることで為動機神体の性能は更に引き出される。今お渡ししたのは岬守さんの為に仕立てられた一点物の特別仕様品です。操縦席にはヘルメットも準備してありますので、併せて装着してください」
航は渡されたスーツを目の前で拡げ、裏表を交互に眺めた。
前は体を守るパッドが余計な部分を盛り上がらせ、後はぴっちりと体のラインを強調するデザインは、妙にセクシーで少し恥ずかしいかも知れない。
「僕だけ特別なのは、超級用ということですか?」
「それもありますが、何より貴方と我々の立場の違いに因るものです」
「立場の違い?」
「当然でしょう。貴方は我々の仲間ではないのだから」
距離を置く様な豊中の言い草に、航は少し驚いた。
何か不興を買ったのだろうか。
此処に来る途中で根尾に言われたことを思い出す。
しかし、どうやら豊中は航を嫌った訳ではないらしい。
「岬守さん、貴方は本来民間人だ。我々の仲間だけで背負うべき任務を押し付け、共に危険な死地へと赴かせてしまうこと、国民を守る責を負う自衛官として慚愧に堪えません。恥ずかしながら貴方の御力にはどうしてもお縋りしなければならないが、同時に決して死なせる訳にもいかない。貴方のことは自分と仲間が命に代えても守り抜きます」
豊中の眼の色が変わった。
死を覚悟しているかの様な不穏さの中にも、守るべき戦いへの決意の熱が宿っている。
彼だけでなく、部下達からも悲壮だが勇敢な覚悟が熱となって渦巻いていた。
航はその熱に触れ、胸が震えた。
「宜しくお願いします! 皆さん、共に生きて帰りましょう!」
航は力強く応えた。
しかし、それはそれとして「共に戦う者」としての決意は表明しておきたかった。
豊中が言う様な、守られるだけの男として此処に来た訳ではない。
自分が生きて帰るなら、彼らもまた生きて帰れるように力を合わせるべきだ。
とその時、豊中の無線に通信が入った。
『此方特殊管制。南東微東より本邦領空に向け、極超音速で接近する飛翔体有り』
「来たか……!」
航と自衛官達に緊張が奔った。
方位と速度からして、間違い無く皇國から迫り来る為動機神体だ。
しかし、無線から漏れ聞こえてきた声が更なる衝撃を寄越す。
『なんだこの速度は……! ミサイルか? マッハ十五以上、超級為動機神体の三倍の速度は出ている!』
「ミサイルだと!?」
豊中は戦慄していた。
もし為動機神体ではなく核ミサイルだとしたら、そこに波動相殺機能が備わり探知が無効化されてしまっているとしたら、恐ろしい結果を招くことになる。
『いや、ミサイルではない。我々の神為が察知した形状は間違い無く為動機神体だ。だが、超級より更に大型だ!』
「一先ずは核じゃなくて良かったといったところか」
少しほっとした一同だったが、その後に入ってきた情報は再び彼らを戦慄の渦に呑み込む。
『此方特殊管制。敵機位置情報修正。既に領空内に侵入……いや、これはもう……!』
「此方豊中。最新の位置情報を送られたし。オクレ」
『と、豊中一尉、位置情報の状況確認に齟齬有り。敵機・三十六メートル級の為動機神体一機を捕捉。現在位置は……ぎ、銀座上空!』
「なんだと!?」
明らかな緊急事態である。
為動機神体はレーダーで捕捉できないため、神為に因って強化された感覚で察知するしかない。
だが日本国自衛隊で運用され始めたばかりのそれは極めて未熟であり、正確な敵の位置情報を把握するのは困難であった。
一応、超級為動機神体の速度としてマッハ五での移動を想定して位置情報を割り出してはいるのだが、今回は敵の速度が想定外だった為、大幅なズレが生じてしまったのだ。
「糞、拙いぞ! 豊中隊、直ちに出撃する! オワリ!」
豊中はすぐさま号令を掛け、控えていた部隊を壱級為動機神体に載せようと振り向いた。
とその瞬間、金色の機体「超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコ」が勢い良く東の空へと飛び出した。
「岬守さん!? あの野郎いつの間に乗り込んだ!」
自衛官達は航の暴走癖を甘く見ていたらしい。
航の操縦する超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコは東へ、敵が既に侵入してしまった銀座上空へと向けて、豊中隊を置き去りに一人で空を駆けていった。
席の位置取りは、航が後部座席、助手席には雲野兎黄泉がちょこんと坐っている。
「根尾さん、『事態が動いた』って一体どういうことなんですか?」
航は運転席の根尾に尋ねた。
つい先程まで、この三人は病院へ麗真魅琴と雲野幽鷹の見舞いに行っていた。
それが、根尾に緊急の連絡が入ったとのことで横田基地へ直行することになったのだ。
目的は大体想像が付く。
昨夜、皇國に残って神皇と戦う道を選んだ魅琴を連れ帰る為に、航は国産超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコで皇國へ飛んだ。
その際に限界性能を引き出し、皇海上で敵機と交戦してしまったが為に、カムヤマトイワレヒコは航に適合し、彼にしか操縦出来ない専用機と化してしまったのだ。
そして、現状ではカムヤマトイワレヒコこそが日本にとって皇國への唯一の対抗手段である。
おそらく、航はこれから戦場へ向かう。
車外の景色――何ということのない筈の街道が、航には遠い異国への旅路に見えていた。
「先程、崇神會の現総帥から皇先生に連絡があったそうだ。崇神會は皇國がこの世界線へ転移して来る以前より軍内部に間諜を紛れ込ませていて、特に転移後は軍の動きがかなり能く伝わるらしい。その間諜から、皇國が今日にも尖兵を送り込むつもりだという情報が齎されたのだ」
「そう……ですか……」
航は膝の上で拳を握り締めた。
噛み締める奥歯に力が籠り、心臓が送り出す血液が全身を駆け巡る脈動を感じていた。
敵が来る。
国土を灰燼に帰す力を備えた、恐るべき未知の侵略者を迎え撃たなければならない。
航は胸騒ぎを抑えられなかった。
「岬守君、横田基地に到着したらそこから先は自衛官の案内に従ってくれ。これから先、彼らと共同作戦を採ることになる。呉々も、仲違いは止してくれよ」
「衝突する理由がありませんよ」
これから起こることも露知らぬ平穏な街並を、大いなる愁いを秘めた高級車が飛ばしていく。
⦿⦿⦿
横田飛行場の滑走路を、体のラインにフィットしたラテックススーツを身に着けた男女が一人の青年を連れて歩いている。
先導する二人は奇妙な格好をしているが、胸や肩、腰回りの意匠から自衛官であることが窺い知れる。
目的地に到着した航は根尾・兎黄泉の二人と別れ、代わりにこの二人の自衛官に案内されて搭乗機の許へと向かっていた。
どうやら情報は自衛隊にも連絡されており、彼らも彼らで準備していたらしい。
昨夜航が搭乗した超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコの他にも、一回りか二回り小ぶりの巨大人型ロボット兵器が控えている。
超級はカムヤマトイワレヒコ一機だけだが、壱級は何機か試作されているらしい。
自衛官のイメージに合わない服装はパイロットスーツであり、それを装着したこの二人は壱級為動機神体で航と共に戦うということか。
「岬守さん、お待ちしていました」
居並ぶ為動機神体の前で、同じラテックススーツを着て整列した自衛官達が敬礼して航を出迎えた。
その中から、昨夜この場所へ皇奏手を乗せてカムヤマトイワレヒコを持って来た自衛官が前へ出て来た。
肩の階級章から彼らの隊長を務める上官であると判る。
その片腕には、何やらもう一着のラテックススーツを携えている。
豊中大洋一尉――おそらく三十代半ばの、一見すると週末にバーベキューやフットサルを楽しむアクティブな青年といった趣の男だが、何処か独自の世界を持っている様な、厭世観を感じさせる眼をした男である。
皇の話に拠ると、自衛隊でも最も優秀な為動機神体操縦士とのことだ。
それはつまるところ、圧倒的な強者を相手に戦うことを想定した訓練を積んできたということであり、そんな独特の覚悟を胸に秘めるが故にそういう眼をしているだろうか。
「カムヤマトイワレヒコに搭乗したら、すぐこれに着替えてください」
豊中は手に持っていたラテックススーツを航に差し出した。
受け取ってみると、自衛官が着ているものとかなりデザインが異なる。
取分け首から胸、腹から股間に掛けて拵えられたパッドが自衛官のそれよりも厳重に固められている。
「これは……?」
「為動機神体を操縦する為に作られた特別製のスーツです。皇國兵もほぼ同じ物を装着し、機体との一体感を高めていると聞いています。つまり、これを着ることで為動機神体の性能は更に引き出される。今お渡ししたのは岬守さんの為に仕立てられた一点物の特別仕様品です。操縦席にはヘルメットも準備してありますので、併せて装着してください」
航は渡されたスーツを目の前で拡げ、裏表を交互に眺めた。
前は体を守るパッドが余計な部分を盛り上がらせ、後はぴっちりと体のラインを強調するデザインは、妙にセクシーで少し恥ずかしいかも知れない。
「僕だけ特別なのは、超級用ということですか?」
「それもありますが、何より貴方と我々の立場の違いに因るものです」
「立場の違い?」
「当然でしょう。貴方は我々の仲間ではないのだから」
距離を置く様な豊中の言い草に、航は少し驚いた。
何か不興を買ったのだろうか。
此処に来る途中で根尾に言われたことを思い出す。
しかし、どうやら豊中は航を嫌った訳ではないらしい。
「岬守さん、貴方は本来民間人だ。我々の仲間だけで背負うべき任務を押し付け、共に危険な死地へと赴かせてしまうこと、国民を守る責を負う自衛官として慚愧に堪えません。恥ずかしながら貴方の御力にはどうしてもお縋りしなければならないが、同時に決して死なせる訳にもいかない。貴方のことは自分と仲間が命に代えても守り抜きます」
豊中の眼の色が変わった。
死を覚悟しているかの様な不穏さの中にも、守るべき戦いへの決意の熱が宿っている。
彼だけでなく、部下達からも悲壮だが勇敢な覚悟が熱となって渦巻いていた。
航はその熱に触れ、胸が震えた。
「宜しくお願いします! 皆さん、共に生きて帰りましょう!」
航は力強く応えた。
しかし、それはそれとして「共に戦う者」としての決意は表明しておきたかった。
豊中が言う様な、守られるだけの男として此処に来た訳ではない。
自分が生きて帰るなら、彼らもまた生きて帰れるように力を合わせるべきだ。
とその時、豊中の無線に通信が入った。
『此方特殊管制。南東微東より本邦領空に向け、極超音速で接近する飛翔体有り』
「来たか……!」
航と自衛官達に緊張が奔った。
方位と速度からして、間違い無く皇國から迫り来る為動機神体だ。
しかし、無線から漏れ聞こえてきた声が更なる衝撃を寄越す。
『なんだこの速度は……! ミサイルか? マッハ十五以上、超級為動機神体の三倍の速度は出ている!』
「ミサイルだと!?」
豊中は戦慄していた。
もし為動機神体ではなく核ミサイルだとしたら、そこに波動相殺機能が備わり探知が無効化されてしまっているとしたら、恐ろしい結果を招くことになる。
『いや、ミサイルではない。我々の神為が察知した形状は間違い無く為動機神体だ。だが、超級より更に大型だ!』
「一先ずは核じゃなくて良かったといったところか」
少しほっとした一同だったが、その後に入ってきた情報は再び彼らを戦慄の渦に呑み込む。
『此方特殊管制。敵機位置情報修正。既に領空内に侵入……いや、これはもう……!』
「此方豊中。最新の位置情報を送られたし。オクレ」
『と、豊中一尉、位置情報の状況確認に齟齬有り。敵機・三十六メートル級の為動機神体一機を捕捉。現在位置は……ぎ、銀座上空!』
「なんだと!?」
明らかな緊急事態である。
為動機神体はレーダーで捕捉できないため、神為に因って強化された感覚で察知するしかない。
だが日本国自衛隊で運用され始めたばかりのそれは極めて未熟であり、正確な敵の位置情報を把握するのは困難であった。
一応、超級為動機神体の速度としてマッハ五での移動を想定して位置情報を割り出してはいるのだが、今回は敵の速度が想定外だった為、大幅なズレが生じてしまったのだ。
「糞、拙いぞ! 豊中隊、直ちに出撃する! オワリ!」
豊中はすぐさま号令を掛け、控えていた部隊を壱級為動機神体に載せようと振り向いた。
とその瞬間、金色の機体「超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコ」が勢い良く東の空へと飛び出した。
「岬守さん!? あの野郎いつの間に乗り込んだ!」
自衛官達は航の暴走癖を甘く見ていたらしい。
航の操縦する超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコは東へ、敵が既に侵入してしまった銀座上空へと向けて、豊中隊を置き去りに一人で空を駆けていった。
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