日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第三章『争乱篇』

第五十七話『津速產巢日』 破

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 それは銀座上空に、突如音も無く現れた。
 全高三十六メートルの巨大な人型ロボット兵器の存在に人々が気が付き始めたのは、太陽の光を遮って影を作ったからだ。
 暗雲と呼ぶには局所的で濃い影だった。

『聴くが良い、めいひのもとの民共よ!』

 若い男の声が空から響き渡り、道行く人々は皆空を仰いだ。
 こうなってはすがほとんどの者が明らかに日常からかけ離れた異物に気が付く。
 昼下がりの街並をどよめきが包み込む。
 平和けの日本人は事態を飲み込めていない者が多数いたが、外国人を中心にパニックがほうし始めていた。

わたししんせいだいにつぽんこうこく遠征軍のひろあきら少佐だ。偉大なるじんのう陛下の名の下に、この地の政府に全面降伏とこうこくへの編入を要求する。拒否と抵抗は日本男児の誉れなれど、惨劇をもたらす愚かな選択となるだろう。三時間後までに降伏の意思がこうこくに通達されず、その旨が我が元に伝わらぬ場合、に有る圧倒的武力にしゅうりくにて我が意は達されるであろう』

 巨大ロボット――とつきゆうどうしんたい・ツハヤムスビのは拳を目下の街並に突き出した。
 その腕には砲口が備え付けられている。
 人々はこうこくの巨大ロボット兵器が光線砲で大量破壊兵器並みの破壊力を誇る光線砲を有していると知っていた。
 混乱は抑えようもなく巨大な大渦となって周囲をみ、渦が新たな渦を生んで際限無くひろがっていく。

 今、人々は様々な光景を思い浮かべているだろう。
 外国人は破壊された中露や米国の有様を、そして日本人は八十年前の忌まわしい記憶に焼き付いた光景を幻視しているに違いない。
 この昼下がりの都市で、恐怖と絶望に駆られた人々が思い思いに逃げまとうと収拾が付かず、それだけで大惨事になりかねない。

 とその時、西の空からすさまじい速度で金色のきらめきが飛来した。
 それはまるでせんこうの様に、方位違いのあかつきの様に、空に浮かんでいたこうこくどうしんたいと衝突した。

『ぬぅっ!!』

 人々を恐怖のどん底に突き落としていた巨大ロボットは目下に突き出していた手に日本刀の様な切断ユニットを握り、一回り小さな金色の巨大ロボットの持つ同じ様な武器と刃を交え、つばいの様相を呈していた。

うわさに聞く金色の機体か、待っていたぞ! 貴様を完膚無きまでにたたつぶし、めいひのもとから抵抗の意思と手段を完全に絶つことこそが我が真なる任務なのだからな!』

 こうこくどうしんたいは金色のどうしんたいを腕力に物を言わせてね退け、切断ユニットを剣道の中段の様に構えた。

    ⦿

 自衛隊を待たずにちようきゆうどうしんたい・カムヤマトイワレヒコを動かし、銀座上空で敵機とあいまみえたわたるかつて無い強烈なプレッシャーを感じていた。
 敵機は全高三十六メートルと、全高二十八メートルであるちらの機体と比較して一.三倍に迫るサイズ感である。
 これは、日本人男性の平均身長である一七一センチに換算すると、二二〇センチ近い巨漢とたいするに等しい。
 しかし、わたるが感じている感覚は機体の体格差だけでは説明の付かない、恐るべきものだった。

(こいつ、今までどうしんたいで戦ってきた敵とは何かが違う……!)

 わたるは「受け取ったスーツに着替えていて良かった」と肝を冷やした。
 とよなかの言っていたとおり、確かにこの恥ずかしいラテックススーツを着たことで今までに無く感覚が研ぎ澄まされている。
 間違い無く、今が最もどうしんたいく乗りこなせる状態だ。
 だがそれでも、その状態でなおわたるは嘗て無い苦戦を予感していた。

 そんなわたるに、敵機がしんる伝達で語り掛けてくる。

『我が名はひろあきら。氏はとこしえ、嘗てづち幕府のすいとして日ノ本を治めし旧華族公爵家・将軍家の嫡男である。我が愛機、とつきゆうどうしんたい・ツハヤムスビにて貴様と金色の機体を冥府・かたくにへ送ってやろう。死ぬ前に貴様と搭乗機の名をわたしに告げるが良い』

 わたるは敵ののりから強い自負心を受け取った。
 音声ではなくしんで伝わるが故に、相手の心中の力強さがひしひしと感じられる。

さきもりわたる。機体はちようきゆうどうしんたい・カムヤマトイワレヒコ」

 り返したのは、自身も己を鼓舞して敵のプレッシャーを跳ね返したかったからだ。
 絶対に負けないという気合いを込め、しんで敵機に意思をぶつけた。

『で、あるかァッ!!』

 しかし、敵操縦士・ひろあきらはそれをも更に上回る圧を掛けてきた。
 わたるは無意識にカムヤマトイワレヒコの構えを固めさせられた。

「なんて圧力だ。このしん、多分六摂家当主にも匹敵する……!」
『その通り!』

 敵機・ツハヤムスビがカムヤマトイワレヒコに一瞬で肉薄し、凄まじい速度で刃を振るってきた。
 今度はわたるがそれを刃で受け止め、再び鍔迫り合いとなった。

そもそせいたいしようぐんとは武家のとうりようにして、皇族かその血を引くえんえいのみが任命されていた由緒正しき地位。更に、初代将軍ひろなが公は乱世には魔王として恐れられ、天下統一後は神として崇敬の念を集めたかた。我が血筋、摂関家に何ら引けを取るものではないわ。我がえいの由来、こう府はえいあん京の名に倣い、こうこくに永遠の安穏を齎すべく、この地に伝えられしじんもらい受ける!』

 ツハヤムスビの力が膨れ上がる。
 わたるしんとカムヤマトイワレヒコの馬力では到底太刀打ち出来ない、凄まじい圧殺力だった。

 しかし、わたるの胸中には負けられない思いがあった。
 目の前の敵には目下の町を一瞬でかいじんに帰す凶悪無比な暴威が備わっている。
 このままの好きにさせれば、何万人が犠牲になるか分からない。

 今、わたるの双肩には大勢のの命が重くかっている。
 きつ、昨夜じんのうに戦いを挑んだことの思いも同じだったに違いない。
 わたるの胸にことの決意が重なり、真紅のほのおに変わって燃え上がる。

「させるかよっ!」

 わたるはカムヤマトイワレヒコの体勢をえて崩しつつ、敵機・ツハヤムスビに上段蹴りを浴びせた。
 蹴りは敵機の腕に止められたが、そのひるんだ一瞬の隙をわたるは見逃さなかった。
 蹴りから連続した動作でカムヤマトイワレヒコの腕の砲口で狙いを定め、間髪を入れずに凄まじい威力の光線砲を発射した。

 だが、確実にあたると思われた光線砲は何も捉えられずに空の彼方かなたへと消えていった。
 直後、わたるの操縦技術にきようがくさせられる。
 今度はツハヤムスビが、体をらせて光線砲をかわした動きからすぐさま宙返り蹴りサマーソルトキックに移行し、カムヤマトイワレヒコの胸をち上げた。
 そしてわたるの機体が打ち上げられている間に体勢を立て直し、容赦無く光線砲を撃ち返してきた。

「ぐおォッ!」

 わたるは殆ど勘で背中の飛行具から燃料を射出し、敵の射撃の狙いをわずかに外した。
 とはいえ、敵の光線はカムヤマトイワレヒコの鎖骨辺りをかすめ、装甲の一部をえぐってしまった。

くそ、同じ芸当もこっちより上手く出来るってことかよ」

 ヘルメットの中でわたるの額に冷や汗がにじんだ。
 だがの攻撃は終わっていない。
 息を吐き暇も無く、ツハヤムスビはカムヤマトイワレヒコが回避した方向を二発目の光線砲で狙ってきた。

「くっ!」

 わたるは急ブレーキを掛けて機体の状態をひねった。
 そしてそのまま、光線砲を中心にせんを描く動きで逆に敵機へと迫る。

づらきやがれ!」

 わたるはカムヤマトイワレヒコの切断ユニットを振るい、ツハヤムスビに斬り掛かる。
 両機の刃が三度激突して火花を散らす。

らえ!」

 わたるにはツハヤムスビとの力比べをするつもりなど更々無い。
 刃を振るった狙いは、敵が此方の攻撃を受け止めた際、自機のに備わった光線砲ユニットの砲口が敵機の方へ向けられることだ。

 今度こそててやる――そんな意気込みと共に、カムヤマトイワレヒコの砲口から一筋の光がひらめいた。
 だが、わたるはまたしても驚愕させられた。
 わたるの狙いを読んでいたかの如く鍔迫り合いとなった腕を押し捻り、光線砲の向きをげて狙いを外していたのだ。

「これでも駄目なのかよ!」
『中々やるな! 楽しませてくれる!』

 はツハヤムスビの肩をカムヤマトイワレヒコにぶつけてきた。
 機体の体格差・馬力差からたまらず、めいて後退してしまう。
 また狙われてはかなわない――わたるは機体を大きく上空へ回避させた。

『逃さんぞ』

 ツハヤムスビは両腕を胸の前で交差させ、背中から翼の様な装備を出現させた。
 その節目と先端には光線砲の砲口が備え付けられている。

「マジかよ……!」

 わたるの頭から血の気が引いた。
 の射撃には何度も肝を冷やしているのに、何発もたらめったらと撃ちまくられては堪ったものではない。
 かく逃げ回って的中率を最小限に抑えなければ――わたるは無作為な回避を繰り返した。

 だが、ツハヤムスビの翼の各所から放たれたの光線砲はことごとくがカムヤマトイワレヒコに命中した。
 幸いなことに肩口や脇、二の腕やすねを掠めただけで致命的な損壊には至らなかったが、カムヤマトイワレヒコの多くの装甲が破損してしまった。

「あれだけちやちやに撃ちまくって、こっちも無茶苦茶に動いたのに百発百中で喰らってしまうのか。まいがするな……」
『フ、無意識の操縦には手癖が出るからな。かえって予測が付きやすいのだ』
「ここまでの僅かな攻防でそれを見抜いたってことか。とんでもない野郎だぜ……」
『そうでもないさ。全てが仕留めるつもりで放った射撃だからな。よくぞしのぎ切ったと、むしろ此方が貴様を褒めてやりたいくらいだ』

 わたるはここまでの戦いで痛い程思い知った。
 今回の相手は今までの操縦士と明らかに次元が違う。
 操縦技術・戦闘勘・創造性・経験値・しん・機体性能――どれを取っても弱点の見当たらない、超一流の難敵だ。

(何をやってもこっちを更に上回る返し技で逆に追い込まれる気がするぞ。どうすれば良い?)

 わたるは攻め手を失っていた。
 単純に力と力、技と技をぶつけ合ってはおそらく勝てない。
 しかし、生身のわたるは今までずっとそんな境遇で戦ってきた。
 ただどうしんたい同士の戦いでも同じ様な状況が降り掛かっただけだ。

(こんな劣勢、ことがやった戦いに比べたら……!)

 のうにボロボロになったことの姿が浮かぶ。
 そうだ、こんな程度で弱気になってどうするのか。
 わたるは両脇のそうじゆうかんを強く握り締めた。

さきもりさん、無事か!』

 その時、わたるの元へとよなかから通信が入った。
 西方からやや小ぶりの人型ロボット――自衛隊のいつきゆうどうしんたいが十機、この戦場に辿たどこうとしていた。

とよなかさん、すみません。こいつ、強いです。援護してください」
『最初からそのつもりだ。というか単機で先行されて、撃墜されていたらどうしようかと気が気でなかったですよ』
「すみません。居ても立ってもいられなかったもので」
『いや、此方の手際が拙かった。兎に角、間に合って良かった』

 十機のいつきゆうどうしんたいちようきゆうどうしんたい・カムヤマトイワレヒコととつきゆうどうしんたい・ツハヤムスビを取り囲んだ。

めいひのもとの援軍……。どうしんたいは金色の機体だけではなかったか。しかし、未知の敵と多対一とはいえいつきゆうに後れを取るわたしではないぞ』

 銀座上空の戦いは新たな局面を迎えようとしていた。
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