日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第三章『争乱篇』

第五十八話『国産』 破

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 どうしんたいを操縦出来る自衛官は極めて少ない。
 前提として操縦にはしんの会得――即ちとうえいがんの服用が必須となる。
 これは厚労省の認可が下りていない非合法の薬剤であるためどうしんたい操縦士には志願の段階で秘密厳守の誓約を求められる。
 国防に携わる職業人に対して今更の話だが、とうえいがんの存在は国家の存亡に関わる最重要機密である為、強い念押しが必要なのだ。

 当然、志願者の中にはとうえいがんの服用に二の足を踏む者も現れる。
 また、とうえいがんの服用をれた者の中でも操縦士の適性がある者は限られている。

 つまりとよなかたいよう一尉を筆頭とする日本国のどうしんたい部隊は精神面でも技能面でも選びに選び抜かれた精鋭達なのだ。
 彼らもまた、並大抵の覚悟でこの戦場に辿たどいた訳ではない。
 そしてそれだけのものを背負うだけの経歴を持つ者も多い。

 とよなかたいようは中学時代までは平凡な家庭で育った極普通の少年だった。
 両親と弟の四人家族で、文武両面で可も無く不可も無い、大して珍しくもない少年時代を過ごした。
 しかし、高校時代の家族旅行中に暴走する逆走車と正面衝突し、母親と弟が命を落としてから何もかもが変わってしまった。
 事故の後遺症で父親はすっかり変わり果て、極めて攻撃的な性格となって生き残った息子に辛く当たるようになったのだ。

 彼は父親を憎みきれなかった。
 しかし逃げたかった。
 その為には少しでも早く自立しなければならない。

 とよなかたいようにとって、学費が要らないどころか生活が保障される防衛大学校は単に進学先として都合が良かったに過ぎない。
 いな、それだけではなかったのかも知れない。
 彼がうしなったのは母親と弟ばかりではなく、父親もまた人格的に終わってしまったと感じていた。

 彼は、家族のことを嘆く余裕など無いような環境に身を置きたかったのかも知れない。
 彼は、いよいよの時に率先して死ぬことが出来る職業に就きたかったのかも知れない。
 彼は、もう自分だけ生き残りたくなかったのかも知れない。

 そんな彼だったが、仲間と過ごす時間の中で少しずつ変わっていった。
 元々世をはかなんでいた訳ではない彼はいつからか独りではなくなり、次第に別の感情が芽生えてきた。

 今の彼は、誰かを守れる人間でありたい。
 仮令たとえその為に自分の命を敵国の殺意と暴威にさらそうとも。
 こうしてとよなかたいようは、失うものは何も無く自分さえも捨てることが出来、且つ国家を守る為にどんな危険にも立ち向かう男となり、数多くの修羅場をくぐけて今に至る。
 とよなかたいようこうこくと戦う部隊に志願し、未知の違法薬物の服用もためわず、困難な訓練を経てどうしんたい部隊の隊長となったのは必然だったのかも知れない。

 それ故、とよなかにとってさきもりわたるの操縦技術は衝撃だった。
 昨夜、わたるちようきゆうどうしんたい・カムヤマトイワレヒコでこうこくへ飛び立ったの見て、とよなかはその一瞬だけで「かなわない」と痛感した。
 命懸けで国を守る使命を負って苛酷な訓練に耐え、選び抜かれた自分にさえ全く出せなかった機体性能を、わたるはあっさりと引き出して見せたのだ。

 そして今、わたるの戦い振りを見てとよなかは痛感していた。
 カムヤマトイワレヒコとツハヤムスビ、両機の刃が激突して火花を散らす。
 互いの刃が切り返され、再び交わる。
 切り結ぶ両者の力は完全にきつこうしていた。

(次元が違い過ぎる……)

 とよなかがそう感じるのも無理は無い。
 自分達はが片手間に動かしている、兵力としてはいつきゆうどうしんたいより一段落ちるきゆうどうしんたいを相手に苦戦しているのだ。
 そのと互角に渡り合えるのはわたるを置いて他に居ないだろう。

 カムヤマトイワレヒコはツハヤムスビと刃を交える瞬間に光線砲を発射した。
 この攻撃は敵に読まれていたらしく、ツハヤムスビは上体を反らして攻撃を回避。
 同時に、カムヤマトイワレヒコの顎が蹴り上げられた。

『ぐぅっ!!』

 蹴りをらって大きく体勢を崩したカムヤマトイワレヒコは、その勢いを利用して縦回転。
 斜め下からツハヤムスビに反撃の刃を振るう。
 刃はツハヤムスビにあっさりと受け止められたが、これは次の攻撃への布石である。
 カムヤマトイワレヒコは逆方向からツハヤムスビに膝蹴りを入れた。

『ぬぅっ!?』

 最初は押されていたわたるだったが、戦いの中で急成長したのか、今では一進一退の攻防を繰り広げている。
 とよなから自衛官はきゆうを相手に翻弄されながらそれを遠巻きに見ていることしか出来ない。

 嫉妬が無かったと言えばうそになるだろう。
 だが、それ以上に悔しかった。
 守るべきはずの民間人に、国防の要を譲らなければならないのだ。
 仕事の誇りをられたというより危険な責務を押し付けてしまったことに、エリートとしての自負心以上に一人の自衛官としてざんに堪えなかった。

(だから余計に守らなければならない。国を守る彼のことを我々が守らなければ、我々は何の為にまで来たのか分からない)

 とよなかはそう決意していた。
 そしてその思いは、わたるの戦い振りを見て尊敬の念と共にますます大きくなっていった。

(我々ではあの敵機を撃墜することなど出来ないだろう。だがなんとしても勝たなくては。さきもりさんを勝たせなければ。だからこんなところで……)

 とよなかは両脇のそうじゆうかんを握り締めた。
 今、彼を初めとした自衛官の部隊はの操縦する特級どうしんたい・ツハヤムスビが放ったきゆうどうしんたいに翻弄されている。
 既に自衛官の乗る十機のいつきゆうどうしんたいは七機がとされている。
 何の役にも立てないまま、恐るべき敵と戦う民間人に対して何の力にもなれないまま消え去る訳には行かない。

けんもち二尉、三尉、カムヤマトイワレヒコに対して敵機は攻め切れていない。我々の方へ意識が分散され、本体の動きに影響を与えている模様。どうにかこのままとどまれ。我々が少しでも長く戦い続けられれば、それだけでさきもりさんの助けになる」
『了解』
『やってやろうじゃないの!』

 これがとよなかの、そしてけんもちある二尉・よし三尉が出した答えである。
 片手間とはいえ、他の相手をしながら目の前の敵に全神経を集中出来る訳がない。
 ならばその時間を一分一秒でも延ばし、こうこくの恐るべき兵に全力を出させない。
 戦いの中で成長するわたるが、必ずその時間を生かしてくれる。

「我々の参戦は決して無駄ではない……!」

 を追い詰めるとすれば、それはわたる一人の力ではない。
 どうしんたいを操る自衛官だけでもない。

 彼らが此処へ駆け付けられたのは、敵の襲来を察知して襲撃場所を割り出した裏方の探知が有効だったからだ。
 また、地上では人々の避難誘導が行われている。
 彼らが混乱を抑え、人々が冷静に行動しなければ、足下で起こるパニックに気を取られて戦いに集中出来ないだろう。

 戦う者も、戦いを支える者も、戦いを見守る者も、誰一人として無力ではないのだ。

 しかし、依然としての操縦技能は脅威である。
 とよなかと共に戦う自衛官は二人残っているが、いずれも押し込まれており、撃墜は時間の問題だった。

「二人共、無理はするなよ」
『すみません! 、飛行具破損により脱出します!』

 三尉の操縦していたいつきゆうから操縦室「なおだま」が飛び出した。
 彼女が脱落し、残るはとよなか一尉とけんもち二尉の二人だ。

『一機墜ちたか。金色の機体を制する為の選択肢がまた増えたな』

 二尉を墜としたきゆうは自衛隊機に目もれず、カムヤマトイワレヒコに向かう。
 しかも今度は不用意に接近せず、距離を取って光線砲でツハヤムスビを援護し始めた。

『くっ……!』

 きゆうの光線がカムヤマトイワレヒコの背中をかすめ、装甲の一部がちた。
 その隙を逃さず、ツハヤムスビもまた光線砲で狙ってくる。
 とつに回避行動を取ったカムヤマトイワレヒコだったが、ツハヤムスビの射撃によって飛行具の一部が損壊してしまった。

『しまった! バランスが!』

 カムヤマトイワレヒコの飛び方が不安定になった。
 この状態で、容赦無く光線の雨を降らすツハヤムスビときゆうを同時に相手にし続けるのは至難の業だ。
 実際、わたるは回避が精一杯で防戦一方だ。

『なんとかしないと……!』

 カムヤマトイワレヒコはツハヤムスビときゆうを結ぶ直線上に割り込んだ。
 きゅうを撃ちたくないにとって、この位置関係では光線砲を撃つことは出来ない。
 更にカムヤマトイワレヒコがきゆうへ急接近すると、の採るべき選択は「きゆうを逃がす」のみとなる。
 当然、自機・敵機・きゆうの直線関係を崩すべく、カムヤマトイワレヒコから見て横方向に逃がすことになるが、わたるはその瞬間に機体を急加速させた。

『何?』

 三機の位置関係が入れ替わり、今度はきゆうがカムヤマトイワレヒコとツハヤムスビを結ぶ直線上に挟まれた。
 瞬間、わたるは光線砲できゆうを狙撃し、撃墜。

 かんはつを入れず、カムヤマトイワレヒコはきゆうの上げる爆煙を突っ切ってツハヤムスビに突撃し、右手の刃を左から振るう。
 ツハヤムスビはこれを難なくかわし、カムヤマトイワレヒコの正面がガラ空きになった。
 大き過ぎる隙を曝してしまう、わたるらしくない明らかな失策――かに思われた。

 しかしその時初めて、カムヤマトイワレヒコが左手にきゆうの残骸を持っていると判明した。
 爆煙を突っ切り、逆手で刃を振るったのはきゆうを持つ左を死角にする為だった。
 わたるはその残骸を、勢いそのままにツハヤムスビへと投げ付けた。

 突拍子も無い行動がかすかな動揺を誘い、ツハヤムスビに刹那の硬直が生まれた。
 しかも、きゆうを投げ付けたカムヤマトイワレヒコの左腕は敵機を向いている。
 即ち、至近距離で光線砲の砲口が向けられている。
 わたるついに、の駆るツハヤムスビへと光線砲を直撃させることに成功した。

「美しい……!」

 一連の動きを見て、とよなかは思わず嘆息した。
 わたるの力は驚異的な操縦技術だけではない。
 こうこくの地で強者にあらがい続けて身に付けた機転が、どうしんたいでの戦闘でも生かされていた。
 その苦難が今、大輪の花を咲かせ、ひろあきらとっきゅうどうしんたい・ツハヤムスビという強敵を撃破した――かに思われた。

『すみません! けんもち、これ以上保ちません! 離脱します!』
「何!?」

 けんもち二尉のなおだまいつきゆうから飛び出し、きゆうとよなかへと向かってきた。
 まだきゆうが動いているということは、もツハヤムスビも健在だ。
 現に、カムヤマトイワレヒコの射撃の光が収まると、そこには無傷のツハヤムスビがたたずんでいた。

わたしとしたことが装甲に助けられるとはな。通常のちようきゆうなら即死だったろう』
『化物かよ……!』

 最悪の事態だった。
 カムヤマトイワレヒコの光線砲はツハヤムスビに通らない。
 しかもとよなかは一機相手でも苦戦していたきゆうを二機相手取る羽目になり、ジリ貧に陥っている。
 このままでは勝てない。

さきもりさん、聞いてくれ」

 とよなかは一つの決心を胸に、わたるへと語り掛ける。

「カムヤマトイワレヒコの機能について、一つ伝えていなかったことがある」
『え?』
「その機体には兵装に強力なブーストを掛けるシステムがあるんですよ。大量のしんを消費し、操縦士に大きな負担を掛けるから出来れば封印していたかったが、どうもそうは言っていらないらしい」

 とよなかも確信は無かったが、腹をくくらざるを得なかった。
 今まではわたるの身を案じて伝えないようにしていたが、それは過保護だったと認めなければならない――そう考え、賭けに出ることにしたのだ。

「そのシステムの機動には実戦起動よりも更に深い神性の励起が必要になります。より内側に潜り、沈み、機体との一体性を極限まで高めてください。そうすればシステムが立ち上がる筈です」
『更に深い神性……ですか』
「仮称ではあるが、こう呼ばれている。『ひのかみかい』と!」

 今、とよなかわたるに新たな力を授けようとしていた。
 戦いの行方はわたるが未知のシステムをどこまで使いこなせるかに懸かっていた。



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今後の更新予定について、近況ボードに記載しました。
次回より都度公開予定日を後書きに記載しますが、御確認・御理解頂けますと幸いです。

https://www.alphapolis.co.jp/diary/view/274748
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