日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第三章『争乱篇』

第五十八話『国産』 序

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 東京都千代田区はかすみせき坂。
 五人の男女が向かって来るきゆうどうしんたい四機を遠くに見据えていた。

「三人とも済まない。こうこくへ拉致されて、帰って来たばかりの民間人を国防任務に動員する様なをしてしまって……」

 並び立つ中央で敵機をにらみながら、きゆうは謝罪の言葉を口にした。
 そうせんたいおおかみきばに拉致され、とうえいがんを飲まされたあぶしんずみふたまゆづきの三名は、その効力が切れてしんが消えるまでは政府の管理下に置かれることとなっている。
 表向きは拉致監禁時に投与された薬物の副作用に対する経過観察だが、実質的には驚異的な力を身に付けている三人への監視である。
 その措置にはある種の後ろめたさをにじませていた。

 そんな彼に対し、帰国出来たにもかかわらず帰してもらえないばかりか戦場にまで駆り出された三人の反応は三者三様だった。

「へっ、何言ってんだよ。貴方アンタだって別に軍人でもねえのに戦う気満々じゃねえか。不毛なけんはもう沢山だが、弱え者を守る戦いを強えやつがやるってことにゃ反対しねえよ」

 しんは気合い充分とばかりに拳を鳴らした。
 彼とて、尋常ではない経験をして心に大きな傷を負った。
 しかし、戦いに向かうその表情に悲壮感は見られない。

「この国には普通に生きてる家族が山程居るんだ。そいつらが今まで通りに家族水入らずで過ごす時間を作るためには、一日でも早く平和を取り戻さなきゃいけねえからな」
「そうね。今は誰かが戦わなければならない時。その役目が現状ではわたし達にしか出来ない以上、どうしてもわたし達にお鉢が回ってくる。正直、こうなるだろうとは思ってたわ」

 まゆづきも戦う覚悟は出来ているようだが、しんと比べるとやや不本意さを滲ませている。
 ただ、社会で出世街道をばくしんする彼女は過剰な期待を背負わされ、それに応えることに慣れているのかも知れない。

「普通に生きている人達の、普通の関係性を末永く続かせる平和を取り戻すことが、今のわたし達に課せられた役目なのよね……」
「ま、マジですかー二人共ー? 本当にやるんですかー? ここは自衛隊に任せてわたし達は裏方に回りましょうよー」

 一方、びやくだんあげは露骨に嫌がっていた。
 戦闘向きではない彼女がおもてに立ちたがらないのも無理は無い。

さんひどいですー! わたしには一言も無いんですかー?」
「す、すまんびやくだん。自分から付いてきたものだからてっきり国を守る職業者として覚悟を決めてきたのかと思っていた」
「もー嫌だと言ってもやるしかないんだから仕方なく来ただけですよー! それくらいわかってくださいよー!」

 どうやら文句を言いながらも戦う気はあるようだ。

「やっぱり……やるしか無いんだよね……」

 ずみふたは不安げにかたんだ。

びやくだんさん、怖いのは貴女あなただけじゃないです。逃げ出したいのはわたしも同じ。びやくだんさんだけじゃない。やるしかないけど、それでもみんな命だけは……!」
「その通りだ。いよいよとなったら逃げてくれて良い。その時はおれが責任を取る」

 ふたの意見を首肯した。
 彼にとって、しんまゆづきが勇ましさを見せているのは有難いことだが、同時にふたの視点も忘れてはならず、言い聞かせておかなければならなかった。
 同時に、なかなか言い出しづらいことでもあるので、彼女が口にしてくれて助かった面も大きいだろう。

「来るぞ、みんな!」

 そんなりをしているうちに、四機のきゆうが目の前まで迫ってきていた。
 彼らは彼らで、国防の為の戦いを始めようとしていた。
 全高三メートル程の人型ロボットが四機、五人の目の前に降り立った。

「デカブツ……ってのも言いにくいな。さきもりの奴はもっとずっとでかい奴とやり合ってるんだからよ」
「みんな、油断しないで!」
「あわわわわ、ついに来ちゃいましたー」
「大丈夫、きっ大丈夫。落ち着いて動きを見れば、攻撃は避けられるはずだから。じっくり慎重に……」
びやくだん、援護しろ」

 しんまゆづきふた、そしてがそれぞれきゆうと向き合った。
 びやくだんの指示で下がり、音波で遠巻きに全員の援護攻撃を行うという布陣だ。

 しんたいしていたきゆうが鎌の様な腕を振るい、足下をえぐってつぶてを飛ばした。
 しんとつに腕で防御して身体を守る。
 まゆづきふたはやや行動が遅れ、頭部に礫を受けてひるんでしまった。
 その隙に、別のきゆうが二機、彼女達の背後に回り込む。

「くっ!」

 は振り返って二人のカバーに向かおうとするが、この行動が今度は彼に大きな隙を作ってしまった。
 背後では鎌の腕が振り上げられ、の背中を突き刺そうとしている。

 また、礫を飛ばしたきゆうは防御を固めたしんを狙い、頭部に光を集めている。
 どうやら光線砲を放ち、しんを撃ち抜くつもりらしい。

 四人それぞれに危機が迫っていた。
 このきゆうを操縦しているのはこうこく最強のどうしんたい操縦士・ひろあきらである。
 量産型の雑魚ざこを相手取っていると思うと痛い目に遭うということだ。

 だが、どうしんたい同士の戦闘とは一つ、勝手の違うことがある。
 いっきゅう以上のどうしんたいにはしんが通用しないが、きゆうはこの限りではない。
 つまり、ちらには明確な強みが存在するのだ。

 きゆうの腕の鎌がの背中を貫いた。
 しかしその瞬間、の身体は泥状になって崩れた。

 の能力は基本的には相手の石化だが、自分自身を対象にすることも可能。
 更に、石化の応用で「細かく削られた岩石」であるところの土砂、その水との混合物である泥に変化させるという応用法もある。
 この能力を使えば、攻撃をらう瞬間に自身を泥化させて受け流すことも出来るのだ。

「掛かったな、捕まえたぞ」

 逆にきゆうの腕を捉えたは、そのまま泥化した部分を石に変化させた。
 これできゆうと固定され、彼から逃れることは出来ない。

「確かに、相手が無機物のどうしんたいでは石化させることも命令に従わせることも出来ん。だが、こっちもこうこくと戦うことを想定して色々訓練を積んでいてな。どうしんたいとの戦い方も考えてあるんだよ」

 に捕まったきゆうの動きが悪くなる。
 まるで腕だけでなく、全身が絡め取られているかの様だ。

「石になったのは表層だけだ。中身は半熟卵の様に泥のまま。更に、泥は関節の隙間から内部に浸透する。石から泥に変化出来るということは、粒子を細分化出来るということ。その限度は量子のレベルにまで達する。この状態なら継ぎ目から内側に侵入出来る。そして、入ってしまいさえすれば……」

 きゆうの動きが、まるで苦しみにもだえる様に鈍くなっていく。
 程無くして、その機体全体から火花放電を起こして停止してしまった。

「どんなに優れた機械であっても内部の回路を片端から切断されてはひとまりも無い。ずは一機、これで終わりだな」

 が隙を作ったのは演技だった。
 そもそも彼は一度、立体駐車場で六摂家当主の襲撃を受けた際、拉致被害者達の力を信じると決めていた。
 自分が助けに入らずとも、ふたまゆづきは自分達の力でこの場を切り抜けられると信じていた。

 そしてもちろん、期待を裏切る彼女達ではない。
 二人に襲い掛かった二機のきゆうは木のつるに絡め取られていた。
 ふたの能力はわたりりんろうとの戦いでも敵の動きを封じて勝利に大きく貢献している。
 咄嗟にきゆうの動きを止めることなど訳は無かった。

 更に、これで二機のきゆうには可燃物がまとわりいたことになる。
 つまり、まゆづきが背中からほのおの翼を二枚燃え上がらせれば、二機はあっという間にまれてしまう。
 まゆづきの焔といえど、ただあぶっただけではきゆうどうしんたいの耐熱性を破ることは出来ない。
 しかし全身に纏わり付いた木の蔓が燃えて、長時間そのしやくねつを受け続ければ話は別だ。

「おお、もう三機やっちゃいましたかー。わたしの出番は無さそうですねー」

 びやくだんも楽観しているが、残る一機はしんに向けて光線砲を発射した。
 だがしんはこの攻撃を紙一重のところで回避し、敵の懐へと入り込んだ。

おれもとっとと決めねえとな!」

 しんの右拳が氷に包まれる。
 彼の能力は空気中の水分を一箇所に集めて凍結させるというものだ。
 その過程を分解することで敵を突然水中に捕えることも出来るが、彼が本来好むのはもっと単純な使い方だ。

 ただ拳に氷をまとい、ぶん殴る。
 そして結局のところ、しんにとってはそれが最も強力な使い方なのだ。

「オラァ!!」

 氷を纏ったしんの拳がきゆうどうしんたいの腹をぶち抜いた。
 彼の氷はきゆうの機体を構成する特殊金属よりも硬く、また彼の拳打にはそれを一発で粉々に砕く威力がある。

「へっ、手応えの無い奴らだ」

 全てのきゆうは始末された。
 誰もが終わったと思った。
 だがその時、しんが破壊したはずのきゆうが動いた。
 割られた西すいの様に頭部が開き、無数の羽虫の様な機械が飛び出した。

「これは……しようきゆうどうしんたい!」

 こうこくが運用するどうしんたいの中で、人形大のさんきゅうよりも更に小型のサイズのものは「しようきゆう」に分類される。
 これよりも更に小さな肉眼で見えないサイズの「まっきゅう」が最小だが、それにはすがに殺傷能力は無い。
 しかし、この「しようきゆう」は充分人を傷付け、最悪は殺してしまう。
 これが四方八方に飛び去れば、かなりの被害を生むだろう。

びやくだん!」
「アイアイ!」

 だが、そんな相手に打って付けなのがびやくだんの能力だ。
 通常は催眠効果のある微弱な音を発生させて幻惑するのが用法だが、戦闘に合った使い方も一応は可能である。
 音の出力を上げれば、狭い範囲だが音波で攻撃が出来る。
 それはある程度の指向性を持たせることも出来るが、方向を絞らなければ半径二・三十メートル程度には破壊力がでんする。

 しようきゆうどうしんたいはそのサイズ故に耐久力は高くなく、びやくだんの音波でも充分破壊可能だった。
 無数のしようきゆうは全て残骸となって虫の死骸がく辺りに舞い落ちた。

「どうにか……しのいだか」

 突然戦いに巻き込まれた五人だったが、ひとずの脅威は去った。
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