日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第三章『争乱篇』

第五十九話『亡霊幻想曲』 序

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 ひろあきら少佐のとつきゆうどうしんたい・ツハヤムスビを追って日本国東京に上陸してきた、こうこくちようきゆうどうしんたい・ミロクサーヌれいしきは七機である。
 さきもりわたるとその搭乗機――日本国産ちようきゆうどうしんたい・カムヤマトイワレヒコは、ツハヤムスビを辛くも打ち破ったその脚で更なる防衛戦へと向かわなくてはならなかった。

 敵の部隊は既に夢の島に上陸していた。
 競技場には鉄の巨人の無慈悲な足跡が穿うがたれ、木々や施設が侵略者にじゆうりんされる。

「勝手に他人の国の土地を踏み荒らしやがって、……ってのはぼくが言えたことじゃないけどな。でも、平穏な日常を壊そうってんなら見逃せない」

 わたるは歯を食い縛り、歯間を通して深い息を吐いた。
 こうこく最強の操縦士・ひろあきらをなんとか撃破したわたるだったが、ひのかみかい発動により大量の神ためを消費してしまった彼は既にろうこんぱいだ。
 カムヤマトイワレヒコの方もツハヤムスビとの戦いでしこの装甲が破損し、おまけに飛行具の一部を失い、耐久力と機動力が大きく落ちてしまっている。

 しかしそれでも、彼が戦わなくてはならない。
 さきもりわたるちようきゆうどうしんたい・カムヤマトイワレヒコ以外に、敵の侵攻を止められるものは存在しない。
 もし敗れれば、日本国は敵を撃退する手段を失い、ただ降伏と亡国を待つばかりとなるだろう。
 そしてこうこくに吸収され、日本国民の自由と生殺与奪権は一握りのこうこく貴族の手中に収まってしまう。

「させるかよ、そんなこと! 何人で来ようが全員返り討ちにしてやる!」

 わたるはカムヤマトイワレヒコを加速させ、夢の島公園の敵集団真只中に降り立たせた。
 その勢いのままに切断ユニットを振るい、敵一機を腹部で真二つ。
 更に、ちらに飛び掛かってきた二機のうち、一機に対しては逆袈裟、もう一機は一度蹴飛ばしてから光線砲で貫く。

『金色の機体っ!?』
『まさか少佐が敗けたのか!』

 残った敵ちようきゆうのうち、二機は動揺から及び腰になっている。

『ええい、ひるむな! しんばそうであったとしても、少佐と戦って無事に済むはずがないだろう!』
『よく見ろ! 機体のが損傷している! これでは満足な性能など出せまい!』

 もう二機のしつによって四機のちようきゆうどうしんたいとうそつが戻った。
 カムヤマトイワレヒコから距離を取りつつ、三機は地上で三角形を作り、一機は上空へ移動。
 三次元的な等距離の陣形で、ミロクサーヌれいしき四機がカムヤマトイワレヒコを取り囲んだ。

『全機、不用意に近付くな! 敵の射撃に注意しつつ、金色の機体を狙撃しろ! 装甲の損傷箇所を狙え!』

 四機はカムヤマトイワレヒコに腕を向け、光線砲で一斉に狙撃しようとする。
 しかしわたるは彼らが狙いを定める間も与えず、両腕の光線砲で地上一機と上空一機をそれぞれ撃墜。
 更に、敵の狙撃をかわしつつもう一機。

『ぐあああっ!?』
な! こんなあっさり残り一機まで……!』

 最後の一機は辛うじてわたるの射撃を回避し、刃を構えて飛び掛かってきた。

隊が敗ける筈が無い! 金色の機体と操縦士はこの場で滅されねばならんのだ!』
られる訳には行かないんだよ。この国に残された希望は、ぼくの誰よりも大切なひとが命懸けで勝ち取った希望だ! 希望を託されたこの命は、そのひとに帰ると約束した命だ!」

 わたるはミロクサーヌれいしきの刃が届く前に、逆に自身の刃で敵機の腹部を貫いた。

「うおおおおおっっ!!」

 そして気力を絞り出す様に叫びながら刃を振るい、敵機を荒川方面へと投げ飛ばした。
 陸地から放り出された敵機は背中から着水、同時に爆発四散して飛沫しぶきと蒸気を上げ、煙に包まれた巨大なてつくずと化した。
 カムヤマトイワレヒコはそのまま膝から崩れ落ち、機体の発光を収めて停止した。

「はぁ……はぁ……!」

 操縦室の中、わたるは大きく腰を曲げ、闇の泥沼に沈みかけた意識を辛うじて水面に保っていた。
 唯でさえとの戦いでひのかみかいを使ってしまった為にしんほとんどを使い尽くしており、その状態でなおも死力を尽くしてようやく残る七機をたおしたのだ。
 あっさりとせんめつした様に見えて、短期決戦で挑まなければわたるの方が危なかったのである。

ぶたが……重い……)

 どろみが意識のけいどうみやくに手を掛けている。
 だがわたるは尚も必死で堪え続けていた。

(まだ……だ……。まだ終わっちゃ……いない……)

 わたるは震える手でそうじゆうかんを握り、ゆっくりと手首をひねった。
 停止したカムヤマトイワレヒコのハッチが開き、更に操縦室「なおだま」の天井も開いて、わたるが外へと出られる状態になった。
 わたるは体にむちって生身で地上へ降り立たなければならない。

やつらのちようきゆう……一機として操縦室を破壊出来ちゃいない……。操縦士は全員生きている……。戦わなきゃ……。ぼくがあいつらを止めなきゃ……)

 勝負を焦り過ぎたわたるは、ただ敵機を破壊するだけで精一杯だった。
 正確に操縦室を狙い撃つことが出来なかったのだ。

 わたるは顔を上げた。
 口を閉じることも出来ず、意識しなければ呼吸もままならない。
 そんな状態で、果たして戦えるのか。
 それでも、戦わなければならない。

 だがそんな彼の視界に中年男の人影が入ってきた。
 鍛え上げられた肉体をした、短いひげと濃い眉毛が特徴的な男だった。

さきもりわたる、この場は我々に任せろ」
「だ、誰だ……?」
わたしじんかいそうすいいきりゆうろうだ」

 じんかい――うることの祖父がこうこくと戦う為に立ち上げた組織である。
 自衛官にとうえいがんが支給され、服用させられたのは、彼らが政府とつながっていたからだ。
 創始者のうるいるは六年前に他界し、その総帥職は現在このいきりゆうろうに受け継がれている。

じんかい……か……。そうか、貴方アンタらも動いていたんだな……」
「当然だ。我々はまさに、この時の為に存在していたのだから」

 わたるにとっては複雑だった。
 じんかいことに苛酷な運命を背負わせた、その象徴の様な組織である。
 だがそれは同時に、その存在意義にまつわる「こうこくと戦う覚悟」が本物であることも疑いのないものとしている。

「夢の島の周囲には既に組織の精鋭を張らせてある。それから、銀座できみが交戦した男のもとへも戦士を向かわせた。貴重な戦力であるきみいたずらに命を散らせるものではない。今はこれを飲んで身体を休めろ」

 いきは水筒の口をわたるの口に押し込んだ。
 中から流れ込んでくる液体の味をわたるく覚えていた。
 これははたとの訓練中に飲ませてもらった、とうえいがんの成分を薄めたという回復薬に違いない。
 わたるは水筒の中身を全て飲み干した。

「……信じて良いのか?」
ことじようさまの覚悟に報いたい気持ちは我々とて同じだ」

 いきの表情と口調にうそ偽り、まんは感じられなかった。
 わたるは少しのあんあらがえず、疲労に身体を預けてゆっくりと眠りに就いた。



    ⦿⦿⦿



 激戦の舞台となった銀座から少し離れた中学校の運動場に仮面の軍人が降り立っていた。
 遠巻きに見守るのはおびえる生徒達と、彼らを守ろうとする教職員達。
 そんな学校関係者達の視線の先では、黒焦げになった数人の男女が軍人の周囲に倒れ伏していた。
 ひろあきらと戦い、そしてやられてしまったのは学校関係者ではなくじんかいの戦士達だった。

あいも無し。めいひのもとの民としては独学でよく鍛えた方だが、将軍家のまつえいたるこのわたしひろあきらの敵ではないわ」
「くっ……!」

 唯一人、残されたはかまの女が木刀を構えてと向き合う。
 じんかいの戦士の一人、はらあんじんかい総帥・いきの命令で数名の同志と共にいちはやくこの場にさんじていた。
 長年、敵対組織・かいてんと戦ってきた彼女達はそれなりの使い手なのだが、の足下にも及ばなかった。

 の身体から薄らとほのおが揺らめいて見える。
 それははらの仲間を蹴散らした能力のざんである。

「切り刻んでやる!」

 はらは木刀を振るい上げた。
 届く筈の無い間合いだったが、彼女のじゅつしきしんがあれば問題ではない。
 振るわれた木刀の軌道上に竜巻が発生し、に向かって行く。

「大層なつむじかぜだが、ちらに届かなければ意味など無い」

 の背後に燃え盛る焔の様な人型の軍勢が現れた。

「全軍、突撃」

 焔の軍勢が竜巻へと飛び掛かる。
 それらは竜巻に巻き込まれ、互いに衝突した瞬間に大爆発を起こした。
 爆発の衝撃での周囲に転がっていたじんかいの戦士達の身体が吹き飛ばされる。
 更に、爆煙の中から別の人型がはら本人へと飛び付き、爆発。

「あああああッッ!!」

 はらは爆炎に包まれ、その場に倒れ伏した。

「国を守ろうという気概は買おう。だが下手を打ったな。きゅうの邪魔をした連中もそうだが、貴様らは明らかに民間人の格好をしたままわたしの行く手を阻み、軍と相違無い訓練された戦力を見せてくれた。今後わたしは民間人であろうと戦士である可能性を排除出来なくなったのだ。つまり、わたしは目に付く者を片っ端から力で排除しながら進まねばならなくなった」

 は周囲に殺気をらした。
 彼の言動はつまり、この場の生徒や教職員の身柄を保証出来ないと示している。
 平和な日常のまなは一瞬にして恐怖の戦場に変わり果てたのだ。

 だがその戦場に送り込まれたのはじんかいの戦士達ばかりではない。
 突如、の頭上に三つの光る鳥居があらわれ、そこから三人の男女が彼を取り囲む様に降り立った。

「第二陣か……。貴様らの顔には覚えがあるぞ」

 光る鳥居は消え去った。
 きゅうずみふたあぶしんの三人がを取り囲み、にらけていた。
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