日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第三章『争乱篇』

第五十九話『亡霊幻想曲』 破

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 ほんの少しだけ時をさかのぼる。

 国会議事堂前、きゆうどうしんたいを撃退したのもつかきゆうの元にまたしても連絡が入った。

さきもり君、こっちは片付いたぞ。また何か問題か?」
『ええ。敵の撃墜王エースはなんとか撃破したんですが、操縦士に逃げられました』
「……そういうことか。厄介なことになったな」

 は眉根を寄せた。
 敵機の撃破は喜ばしいしらせなのだが、強大な戦力を持つこうこくの兵士を取り逃がしたというのはかなりの痛手だ。
 しんの使い手は白兵となったとしても現代兵器を上回る脅威なのだ。

「それで、敵はどの辺りに降りた?」
『銀座からは少し離れて、かちどきばしを越えた辺りだったかと。ただ、なおだまから脱出されていると、正確な位置まではわかりません』

 わたるの話す通りなら、敵は戦いながら狙ってきた国会議事堂や各省庁の建屋からは若干とおざかったことになる。
 しかしそれは同時に、達が迎え撃とうとするならばかなりの移動を要することも意味する。

『すみません、詰めが甘かったです』
「謝ることはない。きみは充分無理を引き受け、く街を守ってくれた。ならばちらとしても、きみが背負い込んだ無理を少しくらいは引き受けねばな。わかった、なんとかしよう」
『ありがとうございます。ぼくは敵の残兵力の掃討に向かいます』
「そうか、苦労を掛ける。……ああ、心配するな。そして、必ず生きて帰って来い。うる君のためにもな」

 は電話を終え、一つ大きく息を吐いた。
 一難去ってまた一難。
 緒戦から息つく暇も無い有様に気が遠くなる思いだった。

さん、さきもりは何て言ってたんだ?」
あぶ君……」

 わたるの用件を尋ねてきたしんには決意の灯が宿っていた。

「まさか、『きみ達には関係無い』なんて水臭え事は言わねえよな? おれは最後までとことん付き合うつもりだぜ」

 は黙ったままスマートフォンをんだ。
 申し出は有難いし、彼らの助力は喉から手が出る程欲しい。
 だが頼ることに慣れ過ぎてしまうと、いつか手痛いしつぺいがえしをらうのではないか――そんな嫌な予感が拭えなかった。

 だが、今の状況は予断を許さない。
 そんな現実を報せる様に、彼らの前に突如として一人の男があらわれた。

君、迷っている場合ではないぞ」
さきさん……」

 固太りした中年男だった。
 さきじんぞう、現在はじんかいそうすいの補佐的な立場に置かれている。

たびの事態、じんかいは既に動いている。こうこく兵がどうしんたいを降りても驚異的な戦闘力を誇るというのは、我々にとって既知の事実だからな」
「そうですか。初代総帥のいき現総帥にも受け継がれているのですね」
「ああ。流石さすがどうしんたいの相手は例の青年や自衛隊に任せなければならないが、降りたこうこく兵は我々が始末する、そのつもりだった。実際、敵の一般兵に対しては既に総帥以下数名が迎撃に向かった。総帥のお力をもつてすれば、ちらはなんとか止められるだろう」

 さきの目付きは厳しく、不穏な空気が流れる。

「しかし、敵隊長の方へ向かった別働隊は戦況が良くない。元々、敵着陸地点の予想が付かなかったが故に近辺の戦士を順々に送らなければならなかった。今現在、我々じんかいは戦士達を逐次投入によって犠牲にしながらどうにか食い止めているところだが、このままではジリ貧は必至だ」
「つまり、状況を覆し得る戦力を投入しなければならない、と……」

 にとって、さきの言いたいことは想像に難くない。
 基より、そうするしか無いことは重々承知である。

「解りました。さきさん、貴方あなたの能力で我々をそいつのもとへ送ってください。我々が食い止めます」
「え!? 一寸ちょっとマジですかさん!?」

 びやくだんあげが動揺を見せる。
 せつかくきゆうどうしんたいとの戦いで命拾いしたのに、また戦場に送られるなどたまったものではない、と言いたげだ。
 気持ちは充分に解る。
 それに、今回は全員を送るつもりは無い。

「但し、自分を含めた三人で行きます。残る二人はさきさんと共にこの場で待機。もしもの時、要人の護衛と避難を進めてくれ」

 は今回、最悪は自分達も突破されることも考えておかねばならなかった。
 そうなってしまった場合、少なくとも政府の人間を逃がす役割を担う者達はどうしても必要だ。

びやくだんまゆづきさんは残ってくれ。敵のもとへはおれあぶ君・ずみ君の三人で向かう!」

 は一歩前へ進み出て、さきにそう宣言した。
 強力な戦力であるまゆづきと、避難誘導に最適なびやくだんを残す采配だ。
 さきは静かにうなずいた。

「解った。では自分の能力できみ達三人を戦場へ送る。覚悟は良いか?」
「ったり前だ!」
「うぅ、まだ終わってないんだね……」

 拳を打ち鳴らすしんとは対照的に、ふたは表情をこわらせていた。
 だが二人共に続いて一歩前に出る。
 さきが両手を前へ出すと、そんな三人の前に光る鳥居が顕れた。

君にはもう説明する必要は無いだろう。その鳥居をくぐれば、きみ達はくべき場所へと転送される」
さきさん、ありがとうございます。手間が省けました」

 は礼を言って鳥居を潜った。
 しんふたもそれに続く。



    ⦿⦿⦿



 日本国と同様、こうこくにもかつては武士の支配する時代があった。
 尊皇じよう運動を経た倒幕としん維新はその時代を終わらせたが、二十世紀初頭にはまだそのごりがあった。
 しかし、こうこくは更に激動する歴史のうねりにまれ、武士は遠い過去の存在にられた。
 日露戦争・世界大戦・敗戦・八月革命・ヤシマ人民民主主義共和国建国・じんのう帰還・しんせいだいにっぽんこうこく建国……そのくるめく時代と体制の移ろいは、人々から将軍家の存在を忘れさせるには充分だった。

 ほとんどのこうこく臣民は、家といえば魔王として恐れられつつ神君としてたたえられた幕府の初代将軍・ひろなが以外は知らない状態だった――六年前までは。
 嫡男・ひろあきらこうこく最強のどうしんたい操縦士として、そうせんたいおおかみきばはんらん鎮圧に際して英雄的活躍をしたことは、家が再び世の耳目を集める絶好の機会であった。
 以来、彼は武家のとうりようとして戦いに臨むことをあらゆる方面から望まれるようになった。

 だが、どうしんたいの戦闘に敗れた。
 失われた武家の威信の復興を願う家にとって、あってはならない敗北だった。
 くなる上はそれを埋め合わせて余りある戦果を上げるしかない。
 当初はついでの副次的な行動であったが、予定を変更して政府中枢を占拠してしまうのだ。

わたしにはそれが出来る能力がある)

 仮面の奥から、は自身を取り囲む三人に視線を行き来させた。
 運動場でおびえる生徒達や教職員達など、既に眼中に無い。
 今は自身の侵攻を邪魔立てする敵の戦士達をせる方が先だ。

「余り時間を掛けることも出来ん。さっさと消えてもらうぞ」

 の身体から薄らと黒い焔が揺らめく。
 これは能力発動の予兆だ。
 だがが動く前にが一気に間合いを詰めた。

「それは此方の台詞せりふだ。悪いが一瞬で終わらせる!」

 つかかった。
 無機物であるきゆう相手には通じなかったが、彼の能力は相手を石化させてしまうことだ。
 そしてその進行は消費するしんの量に比例して速くなる。
 最大限の力を振り絞れば、触れた一瞬で全身を石化させることすら可能なのだ。

 だが、の腕をつかんだ瞬間に慌てて手を離した。
 石化させようとした瞬間に何か悪い予感を覚えたようだった。

「良い勘をしているな。だが、もう遅い」

 の腕から黒い炎が上がった。
 燃え移ったというより、腕の内部から燃え上がっている様だ。

「ぐおぉアッッ!!」

 とつに自身の腕を泥化させて鎮火し、事なきを得た。
 しかし身の危険を感じた彼は後跳びで大きく逃れ、間合いを取った。
 そんな彼を見据え、は不敵な笑みを浮かべている。

わたしは能力にり、戦友の守護霊の加護を受けている。悪意を持ってわたしに触れた者は裁きの霊火に焼かれることになるのだ。運が良かったな。じゅつしきしんの相性が良くなければその腕は消し炭になっていただろう」

 ふたの方へと視線を移した。

「ヒッ……!」

 迫り来るに恐怖の声を上げたふただったが、咄嗟に敵の足下から木のつるを生やし、を拘束する。
 は自身の身体に巻き付いた蔓の強い束縛力で動きを封じられた。
 しかし、その表情から不敵な笑みは消えない。
 なおは余裕を残している。

「貴様は運が悪いな。木の蔓ではわたしを縛ることなど出来ん」

 を拘束していた蔓から黒いほのおが上がり、全ては一瞬で灰になった。
 更にその焔は人型の、兵士の姿となってふたに襲い掛かる。
 ふたあと退ずさったが、咄嗟の行動も許さぬ電光石火の速さで焔の人型が突撃する。

 そして、爆発。
 ふたは爆煙に包まれ、その場に倒れ伏した。

ずみ君!」
「多人数を相手取るときはつぶせる者から潰すのがじようせき。残るは二人だ」

 は改めてを見据える。
 泥化したの腕は元に戻ったものの、二人の能力はに一方的な優勢をもたらしている。
 人数を減らすことを考えれば、次のターゲットをに定めるのもまた定石だろう。

 だがそれはつまり、残った一人には特別な脅威が残されていることもまた意味している。
 に目を向けるの側部からしんが迫っていた。

してんじゃねえ! こっちにも手前テメエの相手は居るんだぜ!」

 しんからしてみれば、の方が自分に身体を向けながら明後日の方を見ている状態だった。
 ただまつぐ向かって来て正面から殴り付ける拳が、結果的に不意打ちとなっての横面を殴り付けた。

「オラアアアアッッ!!」

 ほおしんの拳がむ。
 これは悪意を持って触れるどころの話ではない。
 当然、の能力に因ってしんの拳は、腕は黒い焔を燃え上がらせる、かと思われた。
 だが、しんにはそれを防ぐ能力がある。

「氷……!?」

 しんの腕には氷がまとわれていた。
 の言う「裁きの霊火」は熱を奪われ発火することが出来ない。

「ぐうぅっ!!」

 めいてあと退ずさり、体勢を立て直す。
 この瞬間、戦いは大まかな情勢を固めた。
 ひろあきらの前に立ちはだかるのはあぶしんだ。

「氷は熱でけて水になる。火は水で消える。小学生でも解る理屈だぜ」
「成程、一番運が良いのは貴様だったようだな……」

 二人は互いに構えを取り、相手と向き合った。
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