日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第三章『争乱篇』

第五十九話『亡霊幻想曲』 急

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 しんにらみながら、自身の足下を確かめる様に踏み締めた。

(やや脚に来ているな。随分と重い拳だ。そう何度もらって良いものではないということか……)

 基本的に、血筋の良い者は己の由緒を心の支えに出来るため、自己肯定感が己の神性に良い影響を与え、強力なしんを備えている。
 将軍家のまつえいで公爵令息のひろあきらも例に漏れず、その力が六摂家当主に匹敵するというのも決して過剰な自負心ではない。
 当然耐久力も並外れたものがあるのだが、そのをして一目置かれるしんの攻撃力はかなりのものだ。
 おそらく拉致被害者の中でもわたるに次ぐだろう。

「おい、仮面野郎」

 そんなしんに一歩迫る。

おれの母校だぜ。わいい後輩達や世話ンなった教員達に手ェ出しちゃいねえだろうな?」
「で、あるか……」

 は周囲の状況をうかがう。
 直接的にたいしているのはしんであるが、彼だけでなくふたも自身をたたく為に送り込まれて来ていた。
 ひとふたは戦闘不能に追い込んだものの、の方も警戒を怠ってはならない。
 今のところふたに付いている。

「安心しろ。今のところは手を出してなどいない。だが、ちらとしては今や民間人を非戦闘員とすことが出来なくなっていてな。邪魔立てするならば女子供であろうと容赦はしない、とだけ言っておこう」

 しんの表情が険しくなった。
 無残に破壊された運動場と校舎、恐怖に駆られて避難する生徒達が瞳に映されている。

あぶ君、不用意に飛び出すなよ!」

 忠告する根尾だったが、しんに反応は無い。
 許しがたい光景を見たしんは、額に青筋を立て、まなじりを決して殺気立っている。
 そして忠告を無視し、に飛び掛かってきた。

手前テメエエエッッ!!」

 しんの剛腕がうなり、氷をまとった鉄拳がに向けて矢継ぎ早に振るわれる。
 だがはこれを軽々となし続ける。
 こうこく最強のどうしんたい操縦士は白兵戦に置いても高い格闘能力を誇る。
 特に、回避能力に関しては折り紙付きだ。

「成程、わかったよ」

 は後跳びで大きく間合いを取った。
 彼がしんを挑発したのは格闘能力を見極める為だ。

(戦い慣れしている、そこそこの訓練の形跡も見て取れる。だが、限りなくくろうとに近い素人といったところか。職業軍人たるわたしに及ぶべくもない。一発の威力は脅威だが、当たらなければどうということはないな)

 は右腕を振り上げた。
 てのひらから黒い木瓜紋があらわれ、ほのおの人型に姿を変える。

むしろ格闘能力では彼方あちらの背の高い男の方が脅威。連携されると面倒だ。の外へとっておくとしよう)

 焔の人型が、倒れ伏したふたの方へと向かって行く。
 気を失った彼女が今攻撃を受ければ致命的だ。

手前テメエ、この野郎!」
「落ち着け、あぶ君!」

 ふたかばおうとに背を向けたしんは、との連携に失敗していた。
 母校を荒らされ、どうも頭に血が上っているらしい。
 双葉を守る根尾の姿を見て動きを止めた時には、既にもう一体の人型がしんの背後に回り込んでいた。

「気が早いやつだ。『戦友』を使って揺動したのは貴様ではないのだがな」

 人型がしんに飛び付き、爆発した。
 同時にふたへ向かった人型もに飛び付いて爆発。
 運動場に爆煙と土煙が立ち込める。

わたしの狙いはもう一人の、背の高い男を確実につぶすことだった。先に倒した女はまだ息がある。だが次の爆破が入れば絶命は免れない。つまり、背の高い男は女を庇わざるを得ない。しかしそれにしても、貴様までもが庇おうとしたのは誤算だった。かげで『戦友』のもたらしてくれた戦果は想定以上になったがな」

 はゆっくりと歩き出した。
 しんに爆破がさくれつしたのはもちろん、狙い通りににも喰らわせたことを確信していた。

「……まだ仕留め切れていないか……」

 は煙の中の影をにらけた。

  ⦿

 もうろうとした意識の中、しんは二つの感触を認めていた。
 一つは顔から胸や腹、脚に掛けて押し付けられる地面の感触。
 そしてもう一つは何者かが手首をつかむ感触だった。

あぶ君、しっかりしろ!」
「その声……さんか」

 しんの作り出した人型に突撃され、爆発に巻き込まれた。
 その威力はすさまじく、二人共倒れてしまったのだ。
 あぶしんきゆうは日本国民の中でも指折りの実力者達であり、しんる耐久力強化も一際である。
 しかしその彼らですら、の一撃を受けたダメージは甚大だった。

「済まねえ、さん。頭に血が上って下手こいた」
「立てるか、あぶ君?」
「気力を振り絞りゃなんとかいけるかも知れねえ、ってところかな……」
「立つんだ!」

 の方が寧ろ気力を振り絞っているかの様な声色だった。
 どうやら彼の状態もしんとそう変わらず、ギリギリで意識を保っているらしい。

あぶ君、奴と戦えるのはきみだけだ。おれでは奴に決定打を与えることは出来ん。きみが奴をたおさなければならない。きみは敗けてはならん」

 しんに掴まれている手から力が注ぎ込まれている様な感覚を覚えた。
 力が与えられている――そんな気がした。

「勝て! 勝つまで決して斃れるんじゃない! 力の限り戦い、勝利を掴め! 全神経を覚醒させ、なんとしてでも生還するんだ! 良いな!」

 しんの手首からの手が離れた。
 どうやら限界を迎えたらしい。
 一方で、しんには気力がみなぎっていた。
 地面に手を突き、力強く脚を踏み締めて立ち上がる。

「ああ、わかったよ」

 煙が晴れた。
 しんは前方に仮面の軍人・ひろあきらの姿を認めた。

    ⦿

 ひろあきらは恐るべき能力を備えている。
 主に焔を操り、攻めては間合いも数的不利も物ともせずに敵をせんめつし、守っては害意を敵に跳ね返す、両面にいて優れた能力だ。
 だが彼はいまだにその真骨頂を見せていない。

 は、自らの生み出した焔の人型を突撃させ、自爆させて攻撃する。
 彼らはそれらを「戦友」と呼ぶが、そこには大きな理由があるのだ。

「残るは一人、さっさと始末させてもらおうか!」

 は右腕を振り上げた。
 掌から木瓜紋がひろがり、黒い焔の人型が一人・二人と彼の周囲に降り立つ。
 その有様を目撃したしんわずかにあと退ずさっていた。

「容赦ねえな、おい……」
「貴様らの実力は認めざるを得んからな。出し惜しみはせんよ」

 この燃える人型「戦友」達は、一体一体が衝突時の自爆一発で鍛えられた戦士を戦闘不能に追い込みかねない威力を誇る。
 それが十数体、の周囲に控えているのだ。
 しんからすれば、気の遠くなる光景に違いない。

 もつとも、が勝負を急ぐのはもう一つ、切羽詰まった理由があった。
 彼はある方法でそれを肌で感じ取っていた。

(部下の命が次から次へと消えている。急がねばならんな……)

 が降り立った中学校から虚栄があるが、夢の島では遅れて上陸したちょうきゅうどうしんたい・ミロクサーヌれいしきは全機破壊され、彼の部下達は白兵戦を展開していた。
 彼らはじんかいの戦士達と戦闘を繰り広げているが、戦況は良くないらしい。

(だが、決して無駄ではないぞ。お前達が散った分、わたしは更に……!)

 相対する二人の間にじんが舞った。
 決着は一瞬――そう予感させる風が逆巻いている。

「全軍、突撃!」

 は右腕を振り下ろした。
 それは攻撃開始の合図である。
 彼が周囲に展開した燃える人型達がしんに飛び掛かっていった。

「チイッ!!」

 しんは必死の形相で、じゆうおうじんに襲い掛かる人型の突撃をかわし続ける。
 多くのけんを経験した彼にとって、飛び掛かる敵を互いに衝突させて同士討ちを誘うのは慣れたものだろう。
 しかしそれでも、回避は紙一重だった。
 そんな中で、しんは冷や汗をきながら小さく漏らす。

「こいつら……! 上がってやがる、動きの速さも爆発の威力も……!」
「ほう、気が付いたか」

 ほくんだ。
 彼は今、ほんの少し戦いを楽しんでいる。
 それはひとえに天下を取った戦国大名の血を引くが故の性か。

「その通りだ。わたしは共に戦う仲間の死を糧にしてしんを高めることが出来る。そしてわたしの能力はより強力になっていくのだ」

 爆発の衝撃が大気を揺らし、恐怖の悲鳴が空気を乱す。

「くっ……!」

 周囲では逃げ遅れた中学生や教員が爆発に脅かされながらどうにか避難しようとしている。

「おいお前ら! とっとと此処から離れやがれ! グズグズしてっと巻き込まれるぞ!」

 たまりかねたしんが中学生の後輩に声を掛けた、その時だった。
 燃える人型がしんを前後から挟み撃ちにし、肉薄する。
 この距離で躱すことなど不可能だ。

「しまっ……!」

 爆煙がしんを包み込んだ。
 凄まじい衝撃に、校舎の建屋がゆっくりと崩れ落ちていく。
 爆発は地面をえぐり、運動場を見るも無残な姿へと変えていた。

 逃げ遅れた生徒達も、直撃は避けられたものの巻き込まれ、多くがをしてうめごえを上げていた。
 血を流し、意識の無い者も居る。
 まさに地獄絵図が出来上がっていた。

ようやく片付いたか……」

 勝利を確信したは足早に、酷薄に歩き出した。
 彼の関心は既に、というよりも最初からこの場所には無かった。
 目指すは議会・政府機関。
 はこの燃える人型の能力を駆使し、たった一人で政府を占領しようとしていた。

わたしはやらねばならん。全てはこうこくの、将軍家の栄光の為に。これまで、その為に多くの部下が散った。だが彼らは今もわたしと共に在る。わたしは戦友と共に、こうこくに永遠の安寧を齎すのだ……」

 は信じていた。
 能力で生み出す人型は散っていった戦友の魂だと、彼らが力を貸し共に戦ってくれているのだと信じてまなかった。
 生身で戦うとき、の行く手を阻む者は戦友達が残らず消し去ってくれる。
 丁度今も、跡形も無く消し去ってくれた。

 否、は突如足を止めた。
 背後から気配を感じたのだ。

……な……!」

 間違い無い、立っている。
 挟み撃ちにして仕留めたはずの男がなおも自分を止めようとしている。

「運動会の時によ……」

 しんの背後で、みながら語り始めた。

おれの妹、ぐさは中一の運動会の時によ、初めて徒競走で一着を取ったんだ。おれおややお袋に良いところを見せたいって、最後まで諦めて走ってたっけ。紙一重だったな。走り終わった時のあいつの顔、うれしそうで誇らしそうで、そんで一寸ちよつと照れくさそうだったっけ……」

 は慌てて振り返った。
 ボロボロになったしんがそれでも立ち上がり、拳を握り締めている。
 信じにくい光景だった。

「耐えたというのか……!」
「おうよ。思い出の詰まったグラウンドをこんなちやちやにしてくれやがって。これから楽しい思い出を作るはずの奴らをひでえ目に遭わせやがって。こんなことされたんじゃ、おめおめ眠ってられっかよ……!」

 しんの怒れる眼がを凝視していた。
 通常ならば足をすくませるに充分な迫力がこもった視線だ。
 しかし、は動じない。
 軍人たる彼はこの程度の、覚悟や怒りの眼を向けられるのは慣れている。

「それが戦争というものだ。嫌ならば戦うのをやめて軍門に降れば良い。戦いは終わる。そしてこうこくと一つになれば、二度と外敵に脅かされることもないだろう。永遠の安穏はこの地にもまた訪れるのだ」
「へえ、こうこくは平和だってか。その割には手前テメエらのロボット兵器をよく見掛けたがな。警察署をぶっ壊したり、街中で襲われたりよ。結構色々と暴れ回ってたが、あれはこうこくの偉いさんが送ってきたんじゃなかったか? 今だって、手前テメエらの都合一つでいきなりおれ達の街をぶっ壊しやがったのがこうこくじゃねえか」

 けんしわを寄せた。

「で、あるか。ならば是非も無し……」

 の手がしんに向けて差し出され、燃える人型が不意打ち気味に突撃する。
 それも一体ではなく、何体も連続で。
 しんに躱す力は残されておらず、連続して強烈な爆撃が彼を容赦無く包み込んだ。

「今度こそ耐えられまい……」

 勝利を確信する
 しかし次の瞬間、爆煙から飛び出したしんの姿に彼はきようがくした。
 想定外の出来事に彼の防御は間に合わず、しんの拳が顔面に突き刺さる。

「ぐうぅっっ!?」

 凄まじい一撃に、は大きくった。
 だが耐えた。
 膝を突いてしまったが、それでも倒れなかった。
 とはいえ、一発で脚に来る拳を今一度喰らって無事という訳にはいかない。

(重い、先程よりも格段に! 本当に同じ人間の拳か?)

 しんを睨み付けた。
 今の攻撃で斃しきれなかったばかりか反撃してきたことは意外ではあった。
 だがしんもまた、ふらついて膝を突いていた。

(互いに立てんときたか。ならばわたしの勝ちだ。奴に攻撃の手段は無いがわたしにはある!)

 しんに向けられたの掌から木瓜紋が顕れ、燃える人型をかたどっていく。
 相手は動けない、この一発で確実に仕留める――その意志を宿した「戦友」がしんに襲い掛かる。

 勝った――は今度こそ確信した。
 しかし、またしてもしんは土壇場で底力を見せた。
 地面に着いていた手に力を込め、腕力で空中に跳び上がったのだ。

「莫迦な! 何処どこにそんな力が……!」

 疑問がのうよぎった刹那、は目撃した。
 中空に舞い、に飛び掛かってくるしんの拳が石になっている。
 肉体を土や石塊に変える能力は今戦っている相手のものではない。

「まさかこれは……!」

 石化したしんの拳がの顔面を思い切り殴り付けた。
 今度こそは堪らず吹き飛び、あおけに倒れて後頭部を地面に打ち付けた。
 勢い余って外れた仮面が乾いた音を立てて跳ねていた。
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