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第三章『争乱篇』
第六十話『内憂外患』 序
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東京都夢の島。
超級為動機神体を破壊された皇國の兵士達は、白兵となって尚も侵攻を続けようとした。
しかし、防衛の為にその場へ駆け付けた崇神會の戦士達と交戦。
その抵抗の前に、残る兵力は三名にまで追い詰められていた。
三名は輪田隊でも一・二を争う実力者だが、相対する崇神會の面々もまた指折りの戦士である。
「庭中尉・多岐川中尉、油断するなよ!」
「はい、新発田副隊長!」
副隊長の新発田優大尉、それに次ぐ実力者の庭士英中尉、紅一点の多岐川真澄中尉の前に立ちはだかるのは崇神會現総帥・息田琉次郎と二名の精鋭である。
戦いは一瞬だった。
三人はそれぞれ、崇神會の戦士達に軍刀で斬り伏せられた。
「ぐ、糞……!」
「不覚……!」
「輪田隊長、申し訳御座いません……!」
倒れた三人の傍らでは、崇神會の戦士達がそれぞれ肩で息をしていた。
決着は一瞬だったが、実情は皆紙一重の勝利だった。
「こっちは終わったな」
「ええ、どうにか」
「ふひひ、神州を汚す者には死あるのみ、ですわぁ……」
一人危ない女が居るが、これでも三人共が日本を守る為に戦った勇士達である。
彼らの他にも崇神會の戦士達が十数人この場に馳せ参じたが、残ったのは三人だけだった。
数的には有利だったが、そこは敵も職業軍人、一筋縄ではいかなかったということだ。
「総帥、お疲れ様で御座います」
光る鳥居を潜り、固太りした男が顕れた。
総帥側近の眞咲刃三である。
「眞咲、向こうはどうなった?」
「余り良くありません。送り込んだ崇神會の戦士達は久里原も含めて全滅。その後、根尾弓矢に加えて拉致被害者を二名送り込みましたが、残るは一人だけ、という状況に追い込まれております」
「そうか、久里原まで……」
輪田衛士と戦い、そして敗れた崇神會の戦士・久里原安那はこの場に残った二人の戦士達と同格の実力者である。
この戦いで崇神會の精鋭が一気に数を減らしてしまったことは、彼らにとってショックだった。
「しかし総帥、そう絶望的、という訳ではありません。寧ろチャンスが巡ってきております」
眞咲の眼が鋭い光を帯びた。
「残る一人の戦士ですが、底力を見せてくれました。敵の隊長は追い詰められています。ここは残る戦力を一気に送り込み、総力を挙げて叩くべきかと」
息田は目を閉じた。
この戦いで崇神會は半壊状態である。
もしここで日和って敵の殲滅に時間が掛かり、取り逃がしてしまうことになってしまったら、同志達の犠牲が無駄になってしまう。
「解った、行こう。眞咲、私を含めて考えられる全ての戦力を敵隊長との交戦場所に送ってくれ」
「承知いたしました」
眞咲は再び光の鳥居を形成した。
⦿⦿⦿
見るも無残に破壊された母校の運動場で、輪田衛士を殴り飛ばした虻球磨新兒は身体に鉛の様な重さを感じていた。
先程まで不思議な程気力が充実していたが、その理由が今なら解る。
(そろそろ体が石になっちまうな。根尾さんの能力の御陰でここまで実力以上に戦えたが、流石に限界らしい……)
輪田の燃える人型の爆風に倒れた際、新兒は根尾弓矢に手首を掴まれた。
あの時、根尾は新兒に能力を掛けたのだ。
根尾の能力は相手を石化させるだけではなく、その間に相手へ「命令」を与えて従わせることが出来る。
根尾が新兒に下した命令は、力の限り戦い続け、相手を斃すまで倒れないこと、決して敗けないことだ。
(掴まれた手から少しずつ石になっていった分、拳の威力が格段に上がってたんだろうな。普段の俺じゃこんな簡単に仮面野郎をぶっ倒せなかっただろう。だが、もう石になっちまう。幾ら命令だろうが、石化しちまったらもう戦えねえ……)
新兒は眉間に皺を寄せ、歯を食い縛った。
腕から石化が進行し、首から下は動かなくなっていた。
これ以上の継戦は不可能だ。
にも拘わらず、新兒の眼は受け容れがたい光景を映していた。
「う、ぐ……」
仮面の外れた輪田が震えながら立ち上がろうとしている。
先程、新兒は確かに会心の拳を叩き込んだ。
だがそれでも、どうやら輪田を倒し切れてはいなかったらしい。
(畜生、ここまでかよ……)
新兒は無念を抑えられなかった。
諦めることは根尾の能力による命令で許されていない。
それが新兒の心を責め苛んでいる。
と、その時だった。
不意に新兒は背中に掌の感触を認めた。
誰か、知らない人物が手を触れたらしい。
「解!」
背後から男の声が聞こえた。
その瞬間、新兒の体は一気に軽くなった。
どうやら根尾の能力が解除されたらしく、石化していた新兒の体は元に戻っていた。
新兒が振り向くと、そこには短い髭と濃い眉毛の男が立っていた。
「よくやってくれた」
「貴方は?」
「崇神會総帥・息田琉次郎だ」
崇神會――新兒達をこの戦いの場へと送り込んだのもその組織だった。
新兒はすぐに、援軍が駆け付けてくれたのだと察した。
そして同時に、糸が切れたかの様にその場で膝を突いた。
「悪い……もう限界みてえだ……」
「心配するな。後は我々が引き受ける」
新兒と息田の二人は、どうにか起き上がろうとする輪田を睨んだ。
敵も満身創痍とはいえ、まだ戦意は尽きていないらしい。
「藍沢! 井組邊!」
息田の呼び掛けに応える様に、彼の背後に顕れた光る鳥居から二人の男女が顕れた。
二人共軍刀を携えており、如何にも「戦士」といった様相だ。
藍沢侍郎と井組邊麻文、共に崇神會屈指の実力者だ。
「敵の能力は脅威だ! 決して生かしておいてはならん! 弱っているうちに一気に叩け!」
「了解!」
「ヒヒ、殺してやりますわよぉ!」
危ないことを口走っている女・井組邊麻文が、危ない目を剥いて輪田に飛び掛かった。
井組邊は四人に分身し、輪田を四方から取り囲む。
更にその姿は四羽の烏と化し、縦横無尽に飛び回り、輪田を切り刻む。
「ぐぅぅっ!」
新兒の拳で弱った輪田は苦しげに呻き声を上げている。
その真上に烏が集まり、井組邊の姿に戻って軍刀を振り上げている。
「フヒアァッッ! 奸賊死すべェし!」
井組邊は輪田を両断線と軍刀を振り下ろす。
しかしその時、輪田は地面を踏み締めて顔を上げた。
「舐めるな!」
輪田は片腕で井組邊の刀を掴んだ。
そしてその手から黒い焔を放出し、井組邊の体を包み込む。
「ギャアアアアアッッ!!」
「砕け散れ!」
井組邊の体が爆発し、黒い焔が周囲に飛び散った。
「井組邊! お前の死は無駄にはせん!」
今度は男の戦士・藍沢侍郎が輪田に向かって行く。
藍沢の軍刀は地面を抉る様に振り上げられた。
すると地面を鮫の背鰭の様な刃が走り、輪田の皮膚を切り裂いて血飛沫を上げる。
「おの……れぇ……!」
先程の烏といい今回の鮫の背鰭といい、輪田は一歩も動かずされるがままになっていた。
新兒の拳によるダメージが甚大で、躱す脚力が失われているらしい。
だがそれでも、攻撃力の方は健在である。
「ガァッッ!!」
燃える人型が背鰭の刃に突撃し、互いの攻撃が相殺される。
藍沢はすぐさま次の攻撃を振り被るが、燃える人型は本体の方にも飛び込んで来た。
藍沢もまた人型の自爆に巻き込まれ、火達磨となって倒れ伏した。
「藍沢まで……。斯くなる上は私が出る他あるまいな……」
崇神會総帥・息田琉次郎は険しい表情を浮かべて軍刀を抜いた。
麗真魅射が創設したこの秘密政治結社は護国の為に存在し、構成員は例外無くその為の捨て駒である。
そう、総帥ですらも例外無く。
しかしその時、上空からけたたましいプロペラ音が降りてきた。
自衛隊の攻撃ヘリが運動場に降下してきていた。
『皇國兵に告ぐ。直ちに両手を挙げ投降の意思を示されたし。然もなくばカウント10の後に攻撃を開始する。崇神會並びに虻球磨、根尾、久住の面々は至急退避されたし』
「いかん!」
息田は軍刀を放り出し、新兒と根尾、そして双葉の体を担ぎ上げた。
彼らが退避する中、ヘリからカウントの声が響いている。
幸い、新兒や崇神會が戦っている間に生徒や教員は概ね避難を終えていた。
そしてカウントは終わり、ロケット弾が輪田に命中。
中学校は火の海と化した。
「俺の母校が……。滅茶苦茶やってくれるぜ全く……」
新兒達は校門前に待機していた自衛隊の車輌に運び込まれた。
そこには能く知る二人の女の姿があった。
「虻球磨君、それにみんな、大丈夫?」
「ま、戦争が始まっちゃったって感じですねー」
繭月百合菜と白檀揚羽が気を失った久住双葉と根尾弓矢を介抱していた。
どうやら自衛隊が駆け付けたのは彼女達の働きによるものらしい。
火の海と化した校庭では、未だに輪田が抵抗を続けていた。
最早立つこともままならない有様で、しかしそれでも「戦友」達を使って悪足掻きを続けている。
「ロケット弾をあれだけ受けて、どうして生きていられるんだ……」
「攻撃ヘリが一機墜とされただと? 一体、どういう武器だ?」
周囲の自衛官達は輪田の予想外の抵抗に驚愕していた。
しかし、既に大勢は決している。
輪田にはもう勝ち目など無いだろう。
そしてどうやら、本人もそれを悟ったらしい。
目を瞑り、観念した様にその場で胡坐を掻いた。
「是非に及ばず、最早これまでのようだな……」
輪田の身体が黒い焔に包まれた。
その姿はどこか異様な、果てしなく不穏な気配を漂わせている。
逸早く気付いたのは新兒だった。
輪田は攻撃ヘリを血走った目で睨み付けている。
その瞳には強い決意と悪意が満ちている。
「伏せろ!!」
新兒が叫んだと同時に、輪田の身体が眩く発光した。
それはまるで、星が寿命の尽きる瞬間に煌めいているかの様だった。
その姿に、新兒以外の者達も事態を察し、息を呑んだ。
「神皇陛下万歳!!」
次の瞬間、大爆発が起こった。
攻撃ヘリは一瞬にして吹き飛び、校舎は半壊して瓦礫やガラス片が其処彼処に飛び散った。
衝撃は学校の周辺にまで及び、新兒達が担ぎ込まれていた車輌もまた横転してしまった。
輪田衛士は最期に壮絶な自爆をして果て、甚大な被害を齎したのだ。
斯くして、皇國による日本国侵攻の第一幕となった銀座防衛戦は辛くも日本の勝利に終わった。
しかし、輪田衛士が日本国に齎した損害と、残した恐怖の爪痕は決して小さくなかった。
この日、日本国民は思い知った。
戦後八十年以上続いた平和は、最早完膚無きまでに崩れ去ったのだ。
超級為動機神体を破壊された皇國の兵士達は、白兵となって尚も侵攻を続けようとした。
しかし、防衛の為にその場へ駆け付けた崇神會の戦士達と交戦。
その抵抗の前に、残る兵力は三名にまで追い詰められていた。
三名は輪田隊でも一・二を争う実力者だが、相対する崇神會の面々もまた指折りの戦士である。
「庭中尉・多岐川中尉、油断するなよ!」
「はい、新発田副隊長!」
副隊長の新発田優大尉、それに次ぐ実力者の庭士英中尉、紅一点の多岐川真澄中尉の前に立ちはだかるのは崇神會現総帥・息田琉次郎と二名の精鋭である。
戦いは一瞬だった。
三人はそれぞれ、崇神會の戦士達に軍刀で斬り伏せられた。
「ぐ、糞……!」
「不覚……!」
「輪田隊長、申し訳御座いません……!」
倒れた三人の傍らでは、崇神會の戦士達がそれぞれ肩で息をしていた。
決着は一瞬だったが、実情は皆紙一重の勝利だった。
「こっちは終わったな」
「ええ、どうにか」
「ふひひ、神州を汚す者には死あるのみ、ですわぁ……」
一人危ない女が居るが、これでも三人共が日本を守る為に戦った勇士達である。
彼らの他にも崇神會の戦士達が十数人この場に馳せ参じたが、残ったのは三人だけだった。
数的には有利だったが、そこは敵も職業軍人、一筋縄ではいかなかったということだ。
「総帥、お疲れ様で御座います」
光る鳥居を潜り、固太りした男が顕れた。
総帥側近の眞咲刃三である。
「眞咲、向こうはどうなった?」
「余り良くありません。送り込んだ崇神會の戦士達は久里原も含めて全滅。その後、根尾弓矢に加えて拉致被害者を二名送り込みましたが、残るは一人だけ、という状況に追い込まれております」
「そうか、久里原まで……」
輪田衛士と戦い、そして敗れた崇神會の戦士・久里原安那はこの場に残った二人の戦士達と同格の実力者である。
この戦いで崇神會の精鋭が一気に数を減らしてしまったことは、彼らにとってショックだった。
「しかし総帥、そう絶望的、という訳ではありません。寧ろチャンスが巡ってきております」
眞咲の眼が鋭い光を帯びた。
「残る一人の戦士ですが、底力を見せてくれました。敵の隊長は追い詰められています。ここは残る戦力を一気に送り込み、総力を挙げて叩くべきかと」
息田は目を閉じた。
この戦いで崇神會は半壊状態である。
もしここで日和って敵の殲滅に時間が掛かり、取り逃がしてしまうことになってしまったら、同志達の犠牲が無駄になってしまう。
「解った、行こう。眞咲、私を含めて考えられる全ての戦力を敵隊長との交戦場所に送ってくれ」
「承知いたしました」
眞咲は再び光の鳥居を形成した。
⦿⦿⦿
見るも無残に破壊された母校の運動場で、輪田衛士を殴り飛ばした虻球磨新兒は身体に鉛の様な重さを感じていた。
先程まで不思議な程気力が充実していたが、その理由が今なら解る。
(そろそろ体が石になっちまうな。根尾さんの能力の御陰でここまで実力以上に戦えたが、流石に限界らしい……)
輪田の燃える人型の爆風に倒れた際、新兒は根尾弓矢に手首を掴まれた。
あの時、根尾は新兒に能力を掛けたのだ。
根尾の能力は相手を石化させるだけではなく、その間に相手へ「命令」を与えて従わせることが出来る。
根尾が新兒に下した命令は、力の限り戦い続け、相手を斃すまで倒れないこと、決して敗けないことだ。
(掴まれた手から少しずつ石になっていった分、拳の威力が格段に上がってたんだろうな。普段の俺じゃこんな簡単に仮面野郎をぶっ倒せなかっただろう。だが、もう石になっちまう。幾ら命令だろうが、石化しちまったらもう戦えねえ……)
新兒は眉間に皺を寄せ、歯を食い縛った。
腕から石化が進行し、首から下は動かなくなっていた。
これ以上の継戦は不可能だ。
にも拘わらず、新兒の眼は受け容れがたい光景を映していた。
「う、ぐ……」
仮面の外れた輪田が震えながら立ち上がろうとしている。
先程、新兒は確かに会心の拳を叩き込んだ。
だがそれでも、どうやら輪田を倒し切れてはいなかったらしい。
(畜生、ここまでかよ……)
新兒は無念を抑えられなかった。
諦めることは根尾の能力による命令で許されていない。
それが新兒の心を責め苛んでいる。
と、その時だった。
不意に新兒は背中に掌の感触を認めた。
誰か、知らない人物が手を触れたらしい。
「解!」
背後から男の声が聞こえた。
その瞬間、新兒の体は一気に軽くなった。
どうやら根尾の能力が解除されたらしく、石化していた新兒の体は元に戻っていた。
新兒が振り向くと、そこには短い髭と濃い眉毛の男が立っていた。
「よくやってくれた」
「貴方は?」
「崇神會総帥・息田琉次郎だ」
崇神會――新兒達をこの戦いの場へと送り込んだのもその組織だった。
新兒はすぐに、援軍が駆け付けてくれたのだと察した。
そして同時に、糸が切れたかの様にその場で膝を突いた。
「悪い……もう限界みてえだ……」
「心配するな。後は我々が引き受ける」
新兒と息田の二人は、どうにか起き上がろうとする輪田を睨んだ。
敵も満身創痍とはいえ、まだ戦意は尽きていないらしい。
「藍沢! 井組邊!」
息田の呼び掛けに応える様に、彼の背後に顕れた光る鳥居から二人の男女が顕れた。
二人共軍刀を携えており、如何にも「戦士」といった様相だ。
藍沢侍郎と井組邊麻文、共に崇神會屈指の実力者だ。
「敵の能力は脅威だ! 決して生かしておいてはならん! 弱っているうちに一気に叩け!」
「了解!」
「ヒヒ、殺してやりますわよぉ!」
危ないことを口走っている女・井組邊麻文が、危ない目を剥いて輪田に飛び掛かった。
井組邊は四人に分身し、輪田を四方から取り囲む。
更にその姿は四羽の烏と化し、縦横無尽に飛び回り、輪田を切り刻む。
「ぐぅぅっ!」
新兒の拳で弱った輪田は苦しげに呻き声を上げている。
その真上に烏が集まり、井組邊の姿に戻って軍刀を振り上げている。
「フヒアァッッ! 奸賊死すべェし!」
井組邊は輪田を両断線と軍刀を振り下ろす。
しかしその時、輪田は地面を踏み締めて顔を上げた。
「舐めるな!」
輪田は片腕で井組邊の刀を掴んだ。
そしてその手から黒い焔を放出し、井組邊の体を包み込む。
「ギャアアアアアッッ!!」
「砕け散れ!」
井組邊の体が爆発し、黒い焔が周囲に飛び散った。
「井組邊! お前の死は無駄にはせん!」
今度は男の戦士・藍沢侍郎が輪田に向かって行く。
藍沢の軍刀は地面を抉る様に振り上げられた。
すると地面を鮫の背鰭の様な刃が走り、輪田の皮膚を切り裂いて血飛沫を上げる。
「おの……れぇ……!」
先程の烏といい今回の鮫の背鰭といい、輪田は一歩も動かずされるがままになっていた。
新兒の拳によるダメージが甚大で、躱す脚力が失われているらしい。
だがそれでも、攻撃力の方は健在である。
「ガァッッ!!」
燃える人型が背鰭の刃に突撃し、互いの攻撃が相殺される。
藍沢はすぐさま次の攻撃を振り被るが、燃える人型は本体の方にも飛び込んで来た。
藍沢もまた人型の自爆に巻き込まれ、火達磨となって倒れ伏した。
「藍沢まで……。斯くなる上は私が出る他あるまいな……」
崇神會総帥・息田琉次郎は険しい表情を浮かべて軍刀を抜いた。
麗真魅射が創設したこの秘密政治結社は護国の為に存在し、構成員は例外無くその為の捨て駒である。
そう、総帥ですらも例外無く。
しかしその時、上空からけたたましいプロペラ音が降りてきた。
自衛隊の攻撃ヘリが運動場に降下してきていた。
『皇國兵に告ぐ。直ちに両手を挙げ投降の意思を示されたし。然もなくばカウント10の後に攻撃を開始する。崇神會並びに虻球磨、根尾、久住の面々は至急退避されたし』
「いかん!」
息田は軍刀を放り出し、新兒と根尾、そして双葉の体を担ぎ上げた。
彼らが退避する中、ヘリからカウントの声が響いている。
幸い、新兒や崇神會が戦っている間に生徒や教員は概ね避難を終えていた。
そしてカウントは終わり、ロケット弾が輪田に命中。
中学校は火の海と化した。
「俺の母校が……。滅茶苦茶やってくれるぜ全く……」
新兒達は校門前に待機していた自衛隊の車輌に運び込まれた。
そこには能く知る二人の女の姿があった。
「虻球磨君、それにみんな、大丈夫?」
「ま、戦争が始まっちゃったって感じですねー」
繭月百合菜と白檀揚羽が気を失った久住双葉と根尾弓矢を介抱していた。
どうやら自衛隊が駆け付けたのは彼女達の働きによるものらしい。
火の海と化した校庭では、未だに輪田が抵抗を続けていた。
最早立つこともままならない有様で、しかしそれでも「戦友」達を使って悪足掻きを続けている。
「ロケット弾をあれだけ受けて、どうして生きていられるんだ……」
「攻撃ヘリが一機墜とされただと? 一体、どういう武器だ?」
周囲の自衛官達は輪田の予想外の抵抗に驚愕していた。
しかし、既に大勢は決している。
輪田にはもう勝ち目など無いだろう。
そしてどうやら、本人もそれを悟ったらしい。
目を瞑り、観念した様にその場で胡坐を掻いた。
「是非に及ばず、最早これまでのようだな……」
輪田の身体が黒い焔に包まれた。
その姿はどこか異様な、果てしなく不穏な気配を漂わせている。
逸早く気付いたのは新兒だった。
輪田は攻撃ヘリを血走った目で睨み付けている。
その瞳には強い決意と悪意が満ちている。
「伏せろ!!」
新兒が叫んだと同時に、輪田の身体が眩く発光した。
それはまるで、星が寿命の尽きる瞬間に煌めいているかの様だった。
その姿に、新兒以外の者達も事態を察し、息を呑んだ。
「神皇陛下万歳!!」
次の瞬間、大爆発が起こった。
攻撃ヘリは一瞬にして吹き飛び、校舎は半壊して瓦礫やガラス片が其処彼処に飛び散った。
衝撃は学校の周辺にまで及び、新兒達が担ぎ込まれていた車輌もまた横転してしまった。
輪田衛士は最期に壮絶な自爆をして果て、甚大な被害を齎したのだ。
斯くして、皇國による日本国侵攻の第一幕となった銀座防衛戦は辛くも日本の勝利に終わった。
しかし、輪田衛士が日本国に齎した損害と、残した恐怖の爪痕は決して小さくなかった。
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