日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第三章『争乱篇』

第六十話『内憂外患』 破

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 戦いは終わり、こうこくではすっかり夜が更けている。
 そんな時分の皇宮宮殿の大広間で、液晶画面に「銀座防衛戦」――こうこく側呼称「第一次明治攻略」のてんまつが映し出されている。
 それを前に無言で見届けているのは六人の男女。
 中心で美女一人だけが上等な椅子に腰掛け、残る四人の壮年男達と一人の若い男は彼女の周囲で神妙な面持ちをしていた。

 軍服姿なのは遠征軍大臣・ごくやすと国防軍大臣・こうしげゆき、そして二人よりも階級章は下ながらもこうこくの明日を担う人物として第二皇子・しやちかみがんくびを並べている。
 政界からは首相のふみあきが最高責任者として臨席している。
 この四人を差し置いて一人席に着いているのは、そんな権威を持っている女といえば、第一皇女・かみせいである。
 そしてもう一人、一際激しい怒りの表情を浮かべている男が控えていた。

「これが……息子のさいですか……」

 ひろおみ――将軍家の嫡流たる公爵家の当主である。
 彼は息子のひろあきらを無為に死なせた政府と軍部に対して激しい憤りを見せていた。
 貴族社会たるこうこくで公爵家に対する不義理を捨て置くことは出来ない。
 そこできゆうきよかみせいの提案でこの場を設けたのだ。

に随伴した兵が少ないようですが?」

 かみごくを問い詰める。
 無論、彼女はただ将軍家への申し開きだけを目的としている訳ではない。
 政府と軍の失策をただすことで、政界と貴族社会での更なる影響力拡大と盤石をもくんでいた。
 それをわかっている為、ごくは苦虫をつぶした様な表情を浮かべているのだ。

ごくわたくしまえに尋ねているのですよ?」
「は、はい。その、少佐は信を置いた部下のみに殿しんがりを任せる性分でして……」

 ごくの答えは随分と歯切れの悪いものだった。
 彼の回答には、当然容易に反論が想定されるものである。
 現に彼と対立するこうなどは皮肉たっぷりにこう言う。

ごく伯爵、軍の閣僚である以上は当然ぞんでしょうが、少佐とはいえ軍にいて命令に背くことは許されない。つまり、遠征軍はその気になればもっと多勢を少佐の下に付けられたはずだ。そうしなかったのは、結局遠征軍の見通しが甘かったことに他なりませんな」
「ぐっ……!」

 ごくは閉口する他あるまい。
 首相もまた二の句が継げない。
 そんな彼らを尻目に、かみおもむろに席を立った。

「しかし、の嫡男は流石さすがこうこく最高の英雄といったところでしょうか。散ったとはいえやるべき事はきっちりとやってくれました。く行けば、これでめいひのもとを屈服させることが出来るかも知れません」

 不敵な笑みを浮かべるかみは映像の中に何かを見付けたらしい。

「姉様、国防軍参謀本部へ案内しましょうか?」
「流石は、察しが良いですね」

 しやちかみもまた姉の意図に気付いているようだ。
 ただ、他の者達には今一つ理解が行き届いていない。

「両殿下、どういうことですかな?」
「我々の参謀本部へ案内とは、一体……?」
何故なぜ国防軍などに?」

 こうごくは次々に二人の後続へ問い掛けた。
 かみは顔を向けずに答える。

「これからめいひのもとの閣僚に交渉を持ち掛けます」
「交渉……ですと? まだ開戦したばかり、それも緒戦はこの結果ですよ?」

 が不思議がるのも無理は無い。
 こうこくの目的が日本国を屈服させ、吸収することである以上、話し合いでの解決など考えられない。
 そうでなくとも、通常はこの様な早期に、それも自国に不利な状況で講話を持ち掛けるなどあり得ないだろう。
 しかし、かみには違うものが見えているらしい。

「緒戦はこの結果……わたくし達の敗北だ、と?」
「違うのですか?」
「それはこれから決まります。わたくしはここから、緒戦の結果をこうこくの大勝利に逆転させようと考えているのですよ」

 かみは意味深な言葉を残し、弟に先導されて席を離れていった。
 二人を国防軍大臣のこうが慌てて追い越し、遠征軍大臣のごくがそれに続く。
 更に、公爵がふんまんを吐き出す様に溜息を吐いて後を追う。
 最後に残されたが液晶画面の電源を切り、慌てて付いていく有様は、この場で決定付けられた面々の立場を暗示しているかの様だった。



    ⦿⦿⦿



 凄惨な戦いを乗り切り、日本国でもまた夜が訪れていた。
 議員会館の事務所に戻ってきた防衛大臣兼国家公安委員長・すめらぎかなは疲れ切った様子でソファに寝そべった。
 戦いの後で招集された緊急閣僚会議の紛糾と、記者会見での容赦の無い追求を終えたばかりなのだから、無理も無い。

「お疲れ様です、先生」

 そんな彼女を出迎え、紅茶を差し出したのは秘書のばんどうあけである。
 今この事務所に居るのはすめらぎばんどうの二人だけだ。
 こういう時、すめらぎは様々な本音を漏らす。
 自身の野心を語ることもあるが、今回は愚痴を所望の様だ。

「本当にお疲れだわ、全く……。我が国の面々がこうも国家情勢にうといとは、頭が痛くなるわね……」

 すめらぎは頭を抱えて溜息を吐いた。
 彼女はこうこくの顕現よりはるか以前からその脅威を認識し、日本国の防衛力を大幅に強化するにとどまらず、有事に於けるえんかつな危機対策態勢の構築を可能にする大胆な安全保障政策の大改革を訴えてきた。
 その彼女にとって、記者会見での追求は周回遅れとしか言い様が無い、余りにもレベルの低いものだった。

ひとえに、平和けの許された時代が余りにも長すぎたせいかしらね……」
「でも、だからこそすめらぎ先生が今みたいに重用されるようになったんじゃないですか? 先生程、その分野に明るい政治家はう居ませんから」

 すめらぎが本音を漏らし始めた際、ばんどうはほぼ必ず彼女に意見する。
 そうすることで、すめらぎは反論する形で更なる本音を漏らす。
「重用されるのは有難いけれどね、これじゃあ身動きが取れないわよ」
「そうですか? 充分、好き勝手に色々な法案を通してきたように思えますけど」
「好き勝手なものですか。ことごとく骨抜きにされてきたわ。全く忌々しい。国家が滅亡した後に、あいつらが大好きな平和憲法の理念とやらがひとかけでも残るとでも?」
きつ、それを残さずして国だけが残っても意味が無いと考えているのですよ」
「国を残す為に改憲した程度で消える訳が無いじゃない。それを守る為に国を残すのよ」
「そういうものでしょうか……」

 と、このように意見を重ねることですめらぎは言いたいことを吐き出す。
 こうやって適度にストレスを解消させることがすめらぎを扱う上でのばんどうの知恵だった。

「まあ、あの連中はまだ良いわ。少なくとも国防の話をしているのだからね」
「……まだ続くんですか?」
「ええ。わたくしが本当に腹立たしく思っているのは、国の存亡よりも与党のスキャンダルの方に興味を持っている連中よ。いや、普段ならそれも百歩譲って許容するにしても、この状況で国防そっち退けでその話をしたがるのは正気の沙汰と思えないわ」
「ま、まあそれが体制の正当性の根幹に関わると思って重要視している人達も居ますから……」
「要するに、我が党が与党に居てわたくし達が主流派になっているのが気に入らない連中でしょう。単純にあいつらが何処どこまでもわたくし達の正当性を認めないというだけの話に過ぎないわ」
すさんでますねえ……」

 どうやら今回は本当に、相当のうつぷんまっているらしい。
 疲労も手伝っているのだろう。
 その証拠に、すめらぎは特大の溜息を吐いて黙りこくってしまった。
 時計が針を刻む音がい静寂を演出している。

 だが、そんな中でばんどうは妙にそわそわと周囲に視線を泳がせていた。
 まるで何かが目に入り、気掛かりで仕方が無いといった様子だ。
 すめらぎもそんな彼女の態度が気に掛かったのか、徐に体を起こして周囲に目配せする。

ばんどう
「はい」
「どうやら招かれざる客が勝手にわたくしの城へ入って来たようね」
すめらぎ先生も……感じましたか?」

 いつの間にか、事務所には不穏な空気が漂っていた。
 何かが居る――二人の第六感が少しずつ確信を深めていく。

『中々、優れた勘を持っているようですね』

 不意に、室内に鈴を転がす様な女の声が響いた。
 すめらぎばんどうの視線は声のした場所――長机の上方へと向けられた。

『このままでも話すことは出来ますが、それは流石に無礼も甚だしいというもの。今、姿を見せて差し上げましょう』

 突如として、長机の上に背の高い黒髪の美女がすめらぎばんどうに挟まれる形で姿をあらわした。
 余りにも突然の事態に、ばんどうは悲鳴を上げてあと退ずさる。
 しかし、すめらぎは眉一つ動かさずに女の顔をにらみ上げていた。

『お初に御目に掛ります、わたくししんせいだいにっぽんこうこく第一皇女・かみせいまえめいひのもとの防衛大臣兼国家公安委員長・すめらぎかなですね?』

 かみは何処までも尊大なと姿勢ですめらぎを見下ろしていた。
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