日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第三章『争乱篇』

第六十話『内憂外患』 急

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 ばんどうは背後からずと、すめらぎは正面からまじまじと、突如あらわれたこうこく第一皇女・かみせいの姿を見詰めていた。
 それは一瞬本物とまがう程の精度と鮮明さを持った立体映像であった。

すめらぎ奏手大臣、随分と敵対勢力に手を焼いているようですね』

 かみは小さく笑みをこぼした。
 表に出さずとも、ちらを見下す心の内が透けて見えるかの様な笑みである。
 すめらぎは不快感に眉をしかめながら、えて皮肉を込めて笑みを返す。

「皇族ともあろうかたが随分としつけなのですね。今まで多くの外国首脳と会談してきましたが、これ程非常識な態度で臨まれたことはただの一度もありませんでしたよ」

 確かに、突然相手のもとへ問答無用で押し掛け、机の上に乗って一方的に会談を試みるなど、外交欠礼以前の態度である。
 みやびな笑みを浮かべているが、その傲慢極まる振る舞いはある意味皇族らしいかも知れない。
 しかし同時に、すめらぎかみのこの態度を裏付ける一つの事実にも気が付いていた。

「この映像はまつきゆうどうしんたいを使って投影しているのですか?」

 かみは満足気に笑みを深めた。
 その背後ではばんどうが顔をあおくしている。
 すめらぎの推測通りだとすれば、今この部屋で起きていることは二人のみならず日本国そのものの危機を意味している。

『察しが良くて助かりますよ。その通り、今まえの部屋にわたくしの姿を映し出しているのは全長六ナノメートルまつきゆうどうしんたいです。ひろあきら少佐がとつきゆうどうしんたい・ツハヤムスビからきゅうさんきゅうしょうきゅうを展開したのと同時に放たれ、破壊を免れたものを自己増殖させ、そしてそれらの機体を使ってわたくしの姿を投影し、声を伝えているのです』

 かみの言葉はこうこくの技術力が大型機械のみならず精密機械分野に置いても驚異的であることを示していた。
 今の世界の技術では同じサイズの半導体を作るのが精一杯であり、制御可能なロボットを作るなど夢のまた夢だろう。

『そんなにいぶかしげな顔をせずとも良いでしょう。わたくしまえにとって素晴らしい話を持って来たのですから』
「素晴らしい話?」

 すめらぎは表情を崩さずにく問い掛けた。

「果たして、わたくしの期待に応えられるのかしら?」
すめらぎ奏手、聞くところにるとまえは世界最高の権力を欲しているとか。その願い、かなえてやっても良いですよ』
「ほう……」

 すめらぎの目の色が変わった。

「詳しくお聞かせ願えますか?」
『簡単な話です。めいひのもとの所有する三種のじんを此方に明け渡しなさい。そうすれば、じんのう陛下かいふくあかつきまえこうこくの内閣総理大臣に推挙しましょう。陛下は寛大な御方、恭順の意思を示した者は過去に拠らず無限のほうじようを賜ることが出来るのです』

 かみすめらぎを見下ろしながら、鈴を転がすような声で言い聞かせてきた。
 だがその中身は決して穏やかなものではない。

「要するに、降伏勧告ですか。奇妙ですね。たびの戦いにいて、貴国の戦果は我が国にそれを要求出来るようなものだったでしょうか?」
『言っておきますが、まえ達は緒戦の防衛にて首の皮一枚つながった程度。や二国間の絶望的な国力差を忘れ果て、既に勝った気でいるのですか?』

 張り裂けそうな程に険悪な空気の中、二人の高慢な女の視線が暗い火花を飛ばしている。
 その傍らで、ばんどうは肩身狭そうに縮こまっていた。

『それに、今の状況をもう少し深く考えて御覧なさい。まえ達はいまだ、隊から国家の防衛に成功した訳ではないという事実に思い至りませんか?』

 かみの言葉に、すめらぎは苦虫をつぶした様に顔を顰めた。
 そのようなこと、言われるまでもない。
 この映像を生み出しているのがまつきゆうどうしんたいだと察した時から、当然相手の意図にも気付いている。

まつきゆうどうしんたいは自己増殖する、とおつしやりましたね。それらを自在に操縦出来るということは……貴女あなたは今、我が国民を人知れず始末することが出来る。それも無作為に、何人でも……。わばこれは、国民を人質に取った脅迫……」

 恐ろしい真意を解き明かしたすめらぎの向かい側でばんどうが息をんだ。
 すめらぎを見下ろすかみの笑みに邪悪な陰影が帯びている。
 まつきゆうどうしんたいは肉眼で到底確認出来ない程に小さく、その位置と数を把握することは不可能だ。
 である以上、おおな言い方をすれば日本国はいつの間にか人知れず占領されてしまったとさえ解釈出来てしまう。

まえ達とて武力衝突でいたずらに民を死なせたくはないでしょう。幸い、めいひのもとは戦争を放棄した平和主義国家。緒戦での犠牲をうれいて降伏を選んだとしても、まえが責められる道理など無いはずです。わたくしは今、その道筋を作って差し上げたのですよ。感謝してもらいたいですね』
「一方で、ちらの要求を呑めばわたくしの夢は実現させてもらえ、いろの人生を保証してもらえると、こういう訳ですか……」

 すめらぎほおづえを突いてうつむいた。
 その素振りを、ばんどうが不安げに見詰めている。
 好機と見たのか、かみは更に畳み掛ける。

『何も案ずることはありません。こうこくは何も、めいひのもとを植民地にするつもりもその民を奴隷や二等国民として扱うつもりも無いのです。こうこくの国策はあくまで、全ての世界線に於ける日本人をじんのう陛下の名に於いて統合し、誇り高き皇民として共に繁栄をおうすることなのです。ですからまえが世界を手に入れたいというなら喜んで手を貸しましょう』
「成程……」

 すめらぎは小さくほくんだ。

「確かに、わたくしの悲願をじようじゆする為にはそれが一番の近道なのでしょうね。本当にわたくしの地位は保証してくれるのでしょうね?」
もちろん。約束した以上は果たされなければなりません』
「そうですか……」

 かみは勝利を確信して口角を上げた。
 しかし、すめらぎは一転して眉根を寄せた。

「ですがお断りします」
『何?』

 かみの表情から初めて笑みが消えた。
 手に持った扇で口元を隠すのは、知る人ぞ知る彼女の不快感表明である。
 彼女が真っ向から反対されるなどということは、じんのうと皇太子以外にあり得ない反応であった。

『聞き間違いかしら? わたくしの手を振り払ったかの様に思えましたが?』
「いいえ、貴女あなたの耳は正常に機能していますよ。しかし、わたくしの夢についての伝聞には問題があるようです。わたくしは世界最高の権力が欲しいのではありません。世界最強の人間になりたいのですよ」
『それはわたくしが約束する地位と何が違うのです?』
「知れたこと!」

 すめらぎは机を拳でたたいた。

貴女あなたの様な権威主義国家の高慢女から見下されて施される地位の何が世界最強か! わたくしの悲願はわたくしの覇道を歩む果てに辿たどくもの! 誰に軽んじられることも、侮られることも、あわれまれることも無い、一片のも無き頂!」
『そんな大それた願望が叶うとでも? 覇権国家たるこうこく臣民としての地位を獲得せず、こうこくの最高権力者の椅子を蹴って、どうやってその妄言をすというのです?』
「日本国をそこまで押し上げれば済むこと! そうすれば日本国首相こそ世界最強!」

 かみは弓なりに目を細めた。
 すめらぎえた狂気染みた言葉が余程滑稽に思えたのか。
 しかし、扇はまだ口の前に置かれている。
 つまり、なおも彼女の不快感は消えていない。

なことを。今のめいひのもとは衰退し始めているのでしょう? その有様で、こうこくを差し置いて覇権国家になれるなどと、本気で思っているのですか?』
「この戦争が終わる頃に同じ言葉が吐けるかしらね」

 再びかみは笑みを消した。
 すめらぎが言い放った言葉は明確な抗戦の意思表示に他ならない。
 しかしながら、これでは話し合いの余地が無い。
 現に、すめらぎは既に交渉を打ち切るつもりでいた。

「精々今の内に覇権国家の座で胡坐あぐらいているが良い! 話は終わり! ばんどう、お引き取り願いなさい!」

 すめらぎの言葉を受けるかの如く、今までの外だったばんどうの体が光った。
 そして無数の光の筋がかみの映像の周辺に向けて放たれ、何かと衝突して極小規模の爆発を連鎖させる。
 かみの映像はコンセントを抜かれたテレビ画面の様にぶっつりとせた。

 ばんどうあけもまた、同僚のきゅうと同じようにじゅつしきしんとくしている。
 その能力は戦闘用としては頼りないものの、る用途に於いては無類の有用性を誇る。

「先生、この部屋中に探索網を張りましたが、今破壊した以上のまつきゆうどうしんたいは侵入していないようですね」
「そう。御苦労」

 すめらぎは深い深い溜息を吐いて再びソファに横になった。
 グラマラスな胸を上下させて呼吸するその姿からは相当な疲労が見て取れる。

ばんどう、無礼な女を相手にしてかなり疲れてしまったわ。このまま寝る」
「そうですか。災難でしたね」
「朝まで、こうこくが我が国に侵入させたまつきゆうを探索して破壊し続けなさい」
「え!? それって徹夜でぶっ続けってことですか!?」

 驚いた様子で問い返すばんどうだったが、すめらぎから答えは無い。
 既にすめらぎは寝息を立てていた。

「ひーん! 鬼畜ブラック上司!」

 嘆きながらもばんどうは再び体を光らせた。
 ばんどうはある程度対象を特定しさえすれば、極めて広範囲にわたって探索することが出来る。
 対象を発見した後は光の筋で攻撃することも出来るが、引き続き対象の言動をひそかに探り続けることも可能。
 戦闘よりも捜査に非常に向いた能力といえるだろう。



    ⦿⦿⦿



 こうこくは国防軍参謀本部、人一人が入り込める大きさの球体がゆっくりと外殻を開いていく。
 中では第一皇女・かみせいが無表情で椅子にすわっており、普段の雅な笑みも無くゆっくりと立ち上がった。

すめらぎかなえず緒戦の勝ちは譲ってあげましょう。しかし、後悔することになりますよ……」

 かみは球体から外へ出ると、公爵のもとへと歩み寄った。

「期待に添うことは出来ませんでした。御令息の件、残念です」
「そうですか……。いえ、殿下のこころづかいには感謝いたします」

 公爵はかみに深々と頭を下げると、首相とごく伯爵に怒りのこもったいちべつをくれてかかとを返した。

ふたとも、随分と不興を買ってしまわれましたな」

 去り公爵の背を見送りながら、こう国防軍大臣は内心のしみを覗かせつつつぶやいた。

「緒戦で『金色の機体』を撃破してめいひのもとの心胆を寒からしめる計画は見事に失敗。遠征軍ご自慢の英雄を早々にうしない、これからどうなさるおつもりですかな?」
「くっ……!」

 ごくは閉口せざるを得ない様子だ。
 そんな政敵に対し、こうは更に追い打ちを掛ける。

ごく伯爵、遠征軍さえよろしければ、国防軍の戦力をお貸ししましょうか?」
こう殿、それは結構」
「ほう、では少佐ですらたおせなかった『金色の機体』をどうにかする当てが遠征軍にまだあるというのですか? こうこく最強の英雄である少佐を喪ったいまなお
「ぐっ……!」

 ごくみした。
 一方で、緒戦の失態をばんかいしたいこうの言葉に飛び付いた。

こう殿、そういう国防軍にはあるというのですかな?」
首相、何をとぼけたことを。今この場にいらっしゃるではないですか」

 こうは国防軍人でもある第二皇子・しやちかみの方を向いた。
 彼はひろあきらの親友にして、どうしんたい操縦士としては好敵手である。
 そして、の駆るとつきゆうどうしんたい・ツハヤムスビを上回る可能性を持っている。

「我が国防軍の切り札、こうこく最強のどうしんたいを操ることが許された唯一のこうこく軍人、しやちかみ大佐ならば、必ずや少佐に変わり金色の機体を地球上から消し去ることが出来るでしょう」
「なっ……!」

 しやちかみを見て、明らかにためいを見せていた。

こう殿、皇族たるしやちかみ殿下を前線へ送ろうというのですか?」
閣下、わたしは一向に構いません」

 しやちかみは食い気味に答えた。
 そして更に、こうへと申し出る。

こう閣下、御命令とあらばわたしは喜んで遠征軍の指揮下に入り、『金色の機体』と戦いましょう」

 基本的に敵対関係に或る遠征軍と国防軍だが、共同作戦を採ることが無いという訳ではない。
 六年前、そうせんたいおおかみきばが蜂起した際には国防軍の作戦に遠征軍人のひろあきらが参加している。
 今回は、謂わばその時の逆だ。

ごく伯爵、どうですかな?」

 こう、そしてしやちかみの視線が遠征軍大臣・ごく伯爵へと集まった。
 今のごくには彼らの提案を呑むことしか出来なかった。

「承知いたしました……。しやちかみ殿下には我が軍の指揮下に入って頂きましょう。作戦は追って伝えます」
ごく

 かみが厳しい口調でくぎを刺す。

「次はありませんよ」
「肝に銘じます……」

 くして、ひろあきらの侵攻をしのいだ日本国にもたらされる新たな脅威が決められた。
 次なる日本国の敵は皇族軍人・しやちかみと、彼が操るこうこく最強のどうしんたいである。
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