日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

文字の大きさ
201 / 315
第三章『争乱篇』

第六十一話『心労』 序

しおりを挟む
 夜更けのこうこく
 二人の皇族と首相、遠征・国防軍大臣の集まりは解散となった。

「姉様」

 国防軍参謀本部前、議員会館へ戻ろうとするかみせいを弟のしやちかみが呼び止めた。

「どうしました?」
らんの件です。まだ見付かりませんか?」

 皇族の末妹、第三皇女・こまかみらんじんのう襲撃の夜に消息を絶っている。
 警察組織は総力を挙げて行方を追っているが、いまだに捜査の進展は無い。

「いいえ、残念ながら」
「そうですか……」

 しやちかみけんしわを寄せた。
 普段、こまかみしやちかみのことを白地あからさまに軽んじた態度を取っている。
 それに思うところはあるだろうが、しやちかみはそれでも妹の身を案じていた。

「全く、心配と手間を掛けさせて……。帰ったらお仕置きですね」

 かみもまた同じ気持ちらしい。
 しかし、二人の中にはもう一つ懸念があった。

「早急に見つけ出すべく警察組織外からも人員を割かせましょう。有力貴族にも声を掛けなくては。えいしびれを切らしてしまう前に、何としても取り戻さなくては……」
「そうですね。取り返しの付かないことになる前に……」

 今、第一皇子・かみえいは付きっきりでじんのうの看病をしている。
 未だに意識の戻らない父、帰らない妹という状況下で、彼が何を思っているかは肉親とはいえ計りかねるものがある。
 姉・かみと弟・しやちかみかみの心情をかでうれいているようだった。
 何やら切迫した事情があるらしい。

らんには……何としても無事帰ってもらわなくては……」

 しやちかみは沈痛な表情でつぶやいた。
 そんな弟に、かみはもう一つ言い聞かせる。

「それはまえも同じですよ、

 しやちかみは黙ってうなずいた。



    ⦿⦿⦿



 災禍に見舞われた長い一日が終わり、一夜明けた翌日。
 日本国は東京都、とある病院の一室で、二人の男女が隣同士の寝台ベツドで横になっていた。
 といっても、二人共目はえている。

「お帰りなさい。早かったのね」

 窓側の寝台ベツドで、うることはやや意地の悪い口調で隣のさきもりわたるに声を掛けた。
 昨日の激闘の後、気を失ったわたることと同じ病院に運び込まれた。
 当初は別室だったが、夜のうちに意識を取り戻したわたることと相部屋に移された。
 代わりに、一昨日の帰国時からずっとこんすい状態の続いているくもたかは集中治療室に移されていた。

「別に帰って来た訳じゃないんだけどな」

 わたるの中にい心持ちが無いと言えばうそになる。
 格好良く別れた翌日にこの様な形で顔を合わせるとは思っていなかった。
 ことはそんなわたるの心境を見透かす様にらかいの笑みを浮かべている。

「あら、貴方あなたにとってこの病院はある意味実家の様なものでしょう?」
「それは確かにそうかも知れないけど、あの時は他ならぬきみたたまれたんだよ」
「そうだったわね」

 二人が入院しているこの場所は、出会ったばかりの頃にことに散々殴られたわたるが入院した病院と同じである。
 十五年の時が流れ、そこで二人が寝台ベツドを並べているというのも随分奇妙な巡り合わせだ。

つくづくわたし達って離れられないのね」
「そうかもね」
「それとも、一日もたない内にわたしのことが恋しくなっちゃったのかしら? 貴方あなたって、わたし無しじゃ生きていけないものね」
「うん、まあ、それはそう」

 別々の寝台ベツドから二人は互いに顔を見合わせ、ほほみ合った。

「そ、なら今のわたしと一緒ね」

 瞬間、わたるに映ることの姿に出会ったばかりの頃の幼かった彼女の姿が重なった。
 ことのことだ、自分がかつてこの病院でわたるに同じ言葉を掛けたことは覚えているだろう。
 二人の積み重ねた歳月、おもいが、互いに相手無しには生きていけないという比喩に真理の軸を与える。
 二人は強力な磁性にって互いに引き合い、離れていてもまた互いのところへ戻って来る運命なのかも知れない。

「ただ、残念ながらぼくは明日退院なんだよね。その後はまた戦場に行くかも知れない」
「そう……なのね」

 ことの笑みにうれいを帯びた影が差した。
 しかし昨日の様に嘆くことも取り乱すことも無く、ただ静かにもうとしている様に見える。

「引き留めないんだね……」
「そうしたくないと言えば嘘になるわね。でも、貴方あなたと同じでわたしも覚悟を決めたのよ。必ず無事帰ってくると信じる覚悟を……」
「そうか……」

 わたることに微笑み返した。

「そういう覚悟なら大歓迎さ。必ず応えてみせるからね」
「ええ。待っているわ」

 ことはつい一昨日――いな、もっと前からじんのうと刺し違える覚悟を決めていた。
 そんな決死の覚悟と比べれば、今わたるに告げたものは真逆の、生きる希望の覚悟である。
 その心意気はわたるに力を与え、希望の源となるだろう。

「ま、わたし貴方あなたを待ちながら、退院した後のことを楽しみにしておくわ。丁度時間は沢山あるし、色々と調べ物や買い物をして準備しておこうと思っているの」
「調べ物や買い物?」
「ふふ……」

 問い掛けたわたるは、ことの表情に胸の高鳴りを感じた。
 その微笑みはどこか、初めて見せてくれた笑顔を想わせたのだ。
 あの時の気持ちが、感慨と共によみがえる。
 そしてことから返ってきたのは、わたるを更なる温かみに包み込む言葉だった。

「デート、するんでしょ? 恋人として」

 わたることの気持ちは今、確かにつながっている。
 日本国は切迫した情勢に見舞われ、わたるはその最前線にられている。
 しかし今だけは、この瞬間にだけは、つかの新たな平穏と幸福があった。

「覚悟しておきなさいね、わたる
「え? 覚悟?」
貴方あなたよろこびそうなこと、色々調べて考えておいてあげるわ」
「いや、はは……」

 スマートフォンな画面を見せることの微笑みが悪戯いたずらな輝きを帯びている。

「既にこういうのも買ってあるのよ」
「ちょっ……!」
「楽しみでしょ?」

 わたるあつにとられて苦笑いを浮かべる他無かった。
 ことに身も心も絡め取られた彼は、もうどうやっても逃れることなど出来ないのだ。



    ⦿⦿⦿



 病院から短髪とひげの中年男が出て来た。
 それを固太りした中年男が迎える。
 じんかいそうすいいきりゆうろうとその側近・さきじんぞうだ。
 総帥のいきは組織創始者の孫であることを見舞いに来ていたのだ。

じようさまはどういったようでしたか?」

 さきの問いに、いきは首を振った。
 一瞬、さきの表情が曇ったが、いきはすぐに力無く笑って見せた。

「何も問題無く、恋人と御歓談なさっていたよ。わたしが割り込んでは場違いだったから、会わずにそのまま引き返してきた程だ」
「総帥もひとが悪い。しかし、それならば一安心ですな」

 二人はゆっくりと歩き始めた。

「本来、御嬢様にはもっと早くあの様な青春を送る人生があったはずなのだがな」
「それは今言っても仕方が無いでしょう。それに、もう二度と戻らない人生もあるんです」
「……そうだな。緒戦で既に組織の人材を多くうしなってしまった」

 じんかいこうこくと戦うことを目的とした組織である。
 そのために構成員は戦士としてしんの訓練を積み、この時に備えてきた。
 しかし、その戦力がこうこくの侵略を止めるには程遠いこともまた初めからわかっていた。

「こういうことを繰り返していると、遠くない将来に組織は壊滅するだろうな」
「まあ、国家と戦うのは国家でなければならないとは初めからわかっていたことです」
「我々の役割はこの国がこうこくと渡り合える様にぜんてをすることと、その体制が整うまでの繋ぎだ、ということだな」
かいてんと分裂していなければもう少し戦えたかも知れませんね」
「あの様な、組織結成の本懐を忘れた者達と手など取り合える筈も無い。乗っ取られなかっただけマシだ」
「切り捨てた初代総帥の判断は正しかったのですかね……」

 いきは懐から煙草たばこを取り出した。

「滅びる前提で戦うというのは辛いものだな」
「総帥、路上喫煙禁止区域です」
わたしも含め、この戦争で組織の全員が星になるんだぞ? 一服くらい付けても良いだろう?」
「駄目です。条例は守ってください。もっと言うと歩き煙草は傷害になり得ますよ」

 取りつく島もないさきの様子に、いきは渋々煙草を懐に戻した。

「こういう心情には煙草がよく似合うのだがな……」
「本部に戻ったら思う存分吸ってください。健康に悪いとはすがに言いませんから」
「昔はもっと所構わず吸えたもんだがな……」
「もうそういう時代じゃないんですよ」
「世知辛い。我々が守ろうとしている日本の未来はあまり望ましいものではなさそうだ」
「そうですかね? じゃ、やめますか?」

 二人は静かな公園の前を通りがかった。
 十人の老人がゲートボールを楽しんでいる光景がチラリと二人の目に入った。
 自動車が二人と擦れ違う。
 彼らの行く道は随分と空気が良く、至って静かなものだった。

「まさか。未来が無いよりはるかにマシだ」
「ふ、冗談ですよ。ここでやめる訳にはいきませんよね」

 死を決意した二人が歩いて行く。
 おそらく、終戦までじんかいは残らないだろう。

 幸いなことに、この日こうこくの侵攻は無かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

優しい世界のシリウスさん

みなと劉
ファンタジー
ギルドで毎日仕事をコツコツとこなす青年シリウスは 今日も掲示板とにらめっこ。 大抵は薬草採取とか簡単なものをこなしていく。 今日も彼は彼なりに努力し掲示板にある依頼書の仕事をこなしていく

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

異世界帰りのハーレム王

ぬんまる兄貴
ファンタジー
俺、飯田雷丸。どこにでもいる普通の高校生……だったはずが、気づいたら異世界に召喚されて魔王を倒してた。すごいだろ?いや、自分でもびっくりしてる。異世界で魔王討伐なんて人生のピークじゃねぇか?でも、そのピークのまま現実世界に帰ってきたわけだ。 で、戻ってきたら、日常生活が平和に戻ると思うだろ?甘かったねぇ。何か知らんけど、妖怪とか悪魔とか幽霊とか、そんなのが普通に見えるようになっちまったんだよ!なんだこれ、チート能力の延長線上か?それとも人生ハードモードのお知らせか? 異世界で魔王を倒した俺が、今度は地球で恋と戦いとボールを転がす!最高にアツいハーレムバトル、開幕! 異世界帰りのハーレム王 朝7:00/夜21:00に各サイトで毎日更新中!

処理中です...