日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第三章『争乱篇』

第六十一話『心労』 破

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 翌日の夕刻、退院したわたるはタクシーでホテルに戻ってきた。
 そうせんたいおおかみきばに拉致されていた面々は現在、きゆうびやくだんあげの監視下でホテル暮らしをしている。
 とうえいがんを服用し、しんという超常的な力を身に付けた人間は、薬の効果が切れるまで野放しに出来ないためである。
 なおとうえいがんしんの情報は政府に伏せられて表沙汰になっておらず、それ故にこのホテルはわたるたちの貸し切り状態で、外部からの取材も完全にシャットアウトされている。

 もつとも、ホテルと言ってもそれ程豪勢なものではない。
 駐車場も無い、簡素なビジネスホテルだ。

「お帰りなさいませ」

 自動ドアを開けて入館したわたるに従業員が挨拶した。
 従業員達も、びやくだんから秘密じゆんしゆを厳命されている。
 わざわざ言わなくともホテルには守秘義務というものがあるのだが、政府としては念には念を押す必要がある。
 むしろ逆に、供を伴わず一人で戻ってきたわたるや、他の仲間達に向けられた信用の方が異様だ。

「あ」

 ロビーに入ったわたるは、一人すわっていた小柄な女と目が合った。
 つややかなショートボブの黒髪、拉致を切掛に再会した高校時代の友人・ずみふたである。

さきもり君、帰ってきたんだ……」
「まあね。どうしたのずみさん、こんな所で……?」
一寸ちよつと服の洗濯をね。今、乾燥機を回してるんだ」

 小さくほほふたの姿に、わたるかつてを思い出す。
 高校時代、彼女には早い段階でことへの恋心を見抜かれた。
 そして彼女がわたるくぎを刺した警告――早くしなければ他の誰かに横からさらわれる、というものは、こうこくでのてんまつを見るにせいこくを射ていたと言わざるを得ない。
 わたるちようきゆうどうしんたい・カムヤマトイワレヒコでこうこくに乗り込まなければ、今頃ことの命はこうこく第一皇子・かみえいのものだっただろう。

 ふと、わたるは思った。

(そういえば、ずみさんと二人切りになるのはいつ振りだろう……)

 高校時代は大抵、三人一緒だった。
 卒業後は進路が離れ、ふたとは疎遠になっていた。
 拉致されて再会してからは、椿つばきようと一緒かけんしんいがっていたかどちらかだったように思える。

(もしかして、あの時以来なんじゃないか?)

 一度、わたるふたと二人で下校したことがある。
 くだんの警告を受けたのはその時だった。

「ねえさきもり君、二人切りなんて、実はあの時以来じゃない?」
「え?」
「ほら、うるさんが珍しく早退した日、あったでしょ?」

 どうやらふたも同じ事を考えていたらしい。
 彼女は朗らかに、しかしか「そう在ろう」と努めている様な笑顔をわたるに向けた。

「おめでとう。やっとうるさんと付き合うことになったんだね」
「……うん、まあかげさまでね。ありがとう。一時はどうなることかと思ったよ」
うるさんも素直じゃないからなあ……」

 わたるにはふたの表情がどこか大人びて見えた。
 離れていた月日がそう感じさせるのだろうか。
 そういえば、ことわたるのことを「少し見ないうちに変わった」と言っていた。
 拉致からの脱出という困難を越えて成長したように思えたそうだが、ふたも彼女なりに何かをてきたのだろうか。

「ねえさきもり君、せつかくだからこのままもう少し話さない?」
「え?」

 わたるは戸惑いを覚えた。
 ふたは隣の椅子に坐るようわたるへ促す。

「別に良いじゃない。さきもり君がうるさん一筋だってこと、みんなもわたしく知ってるんだし」

 わたるは少しためいを覚えながらも隣に坐った。
 何となく、ふたが口で言っている以上に話し合いを求めている様に思えたのだ。
 乗らなければならない気がした。

 ふと、わたるふたの髪が少し伸びていることに気が付いた。
 一箇月半も経てば当然のことだが、こういったことも印象の変化に影響を与えたのかも知れない。
 緑の黒髪が夕日に色付き、山吹色に輝いている。

さきもり君はすごいな……」

 うれいにふける様なこわいろで、ふたが話を切り出した。

「ついこの間まではきつ普通の大学生だったんだよね?」
「そうだね。ま、大学に入ってからは変なことも無かったからなあ……」
「あ、そういえば高校の時は変なテロリストに学校を占領されちゃったよね」

 忘れもしない、こうこくがこの世界にあらわれたのは丁度その直後だった。
 ふたは続ける。

「あの時も、さきもり君が一人で戦って、テロリストをやっつけちゃったんでしょ?」
「いや、それ程大層なことじゃないんだよ。結局、ほとんどが仲間割れの自滅だった訳だしさ」
こうてんかんから脱出しようと言って、どうしんたいを操縦できるようになったのもさきもり君だった」
「それもさんが助けてくれたからだよ」
「でも、その操縦技術は今日本中で取り上げられてる。英雄・守護神だって、昨日凄い報道されて、SNSでも話題になってたよ」
「そんなおおな……」

 わたるは苦笑いを浮かべたが、ふたの言っていることは事実である。
 彼がそれを知らないのは、帰国してからは報道に一切触れないようにしている為だ。
 見たくない記事に遭遇する可能性があるからだ。

 いつ、亡き友であるけんしんあしざまののしる報道に出くわすかわからない。
 そんなことに煩わされていては、どうしんたいの操縦に影響が出るだろう。
 だから、戦争が終わるまではニュースを見ないと決めていた。

「それに比べて、わたしは全然駄目だな……」

 ふたうつむいて小さくつぶやいた。

一昨日おとといね、わたし達、こうこくの軍人と戦ったの。みんな結構ボロボロになっちゃって、沢山の人が死んじゃって、それでやっと食い止めたんだよ」
「ああ、昨日病院でさんに聞いたよ。大変だったんだってね……」
「うん……」

 ちようきゆうどうしんたい・カムヤマトイワレヒコで特級どうしんたい・ツハヤムスビを撃墜したわたるだったが、戦いがそこで終わった訳ではなかった。
 操縦士のひろあきらは機体から脱出し、白兵にて第二の侵攻を開始した。
 そして地上で生身での交戦となったのだ。
 そこに参加したのはじんかいの戦士の他、きゆうあぶしん、そして彼女・ずみふたであった。

 しかし、表立って戦ったしんと能力で補助したかくふたは殆ど見せ場無くにやられてしまった。
 どうやら、その事を気に病んでいるらしい。

わたし、役に立たなかった……。全然戦えなかったよ……」

 わたるは察した。
 ふたわたると話したかったのはこれだろう。
 自分のなさを一人で抱えきれず、誰かに弱音を聞いてもらいたかったのだ。

「気にすることないよ。ずみさんは頑張ってるじゃないか」
「頑張ってても駄目なんだよ。わたし、多分みんなの中で一番弱い。今回だけじゃないもん。帰国の直前だって、あのギャルの皇女にすぐやられちゃったし……」
「悪いことばかり記憶に残っているだけじゃないかな。ぼくずみさんに助けてもらったこと、色々覚えているよ。特にわたりと戦った時なんか、ずみさんに地割れから拾ってもらったり傷口をふさいでもらったりしてさ、それが無いと今頃ぼくは死んでいた訳だからね」

 わたるの言うとおり、ふたは決して弱い訳ではない。
 ようと協力したとはいえ、六摂家当主の一人である殿でんふしを退けたのだから、弱いはずが無い。
 しかし、どうも彼女は打ちのめされてしまっているらしい。

 わたるには彼女の気持ちが能くわかる。
 どうしようもない現実を突き付けられ、その重みでつぶされてしまったら、一人で立ち上がるのはなかなか難しい。
 ふたは傷口を押さえる様に腕を押さえ、じくたる思いをころす様に呟く。

「目が覚めた時には全部終わっていて、その時初めてわかるんだ。『わたしがすぐに敗けちゃってから、他のみんなが傷付きながらなんとか終わらせてくれたんだ』って……」
ずみさん……」

 ふたの顔に暗い影が差した。
 彼女の自信のなさ、劣等感はわたると似ている様で違う。
 わたるの場合、それは余りにも強烈な光を放つことを基準として生じるものだが、ふたは誰と比べるでもなくただ漠然と自分に自信が無いのだ。
 故に、わたるは自分と照らし合わせて掛ける言葉を選んでも駄目だろうと感じていた。

「ねえ、さきもり君……」

 ふたは顔を上げた。
 もちろん、決して立ち直った訳ではないことは表情から見て取れる。
 そんな彼女は意外なことを言い出した。

さきもり君に一日入院してもらうよう言ったの、実はわたしなんだ」
「え?」

 わたるは少し驚いた。
 考えてみれば、命を燃やして死闘を演じた末にしんを失ったことは兎も角、未だにしんかいふく力を保持しているわたるが入院しなければならない理由は無い。
 それに、戦いの末に意識を失ったことを問題視するなら、無傷で体力が切れたわたるよりも戦いに傷付いたふたしんの方が深刻な筈だ。
 しかし、実際に入院したのはわたるだけだった。

「もしかして、ぼくことが二人切りになれるように気を回してくれたのかい?」
「うん、まあ、それもあるかな……」

 わたるは高校時代、ことと共にふたと交遊していた頃のことを思い出した。
 あの頃、ふたは何かとわたることと良い雰囲気に慣れる様に気を回してくれたことがあった。
 普段はことと一緒になってわたるらかったりもしていたが、実はしつかりとわたることを応援してくれていたのだ。
 それはやはり、今でも変わらないらしい。

 だが、ふたはどうもわたるの推測以外に別の意図を含んでいるらしい。
 力の無い微笑みに、どこか後ろめたさを感じさせる。

わたしね、結構性格悪いんだ。だから、実は狙ってたんだよね。さきもり君が一旦入院してホテルを離れれば、帰ってくるのを待ち伏せしてロビーに居れば、こうして二人切りで話す時間が作れるって……」
「どういう……こと……?」

 わたるは困惑を隠せなかった。

さきもり君、あのさ……」

 ふたすがく様な目をして小さくささやく。

「もう一度脱出しない? 今度はこのホテルから、逃げ出しちゃおうよ……」

 聞かれたくなかったのだろう、極々小さな声だった。
 しかしその言葉がわたるの胸を強く揺さぶった。
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