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第三章『争乱篇』
第六十三話『高御產巢日』 急
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航は焦りを感じていた。
川西の判断は望むところだったが、彼には一つだけ見落としていたことがある。
「糞、このままじゃすぐ追い付かれるぞ!」
航の超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコを追ってくる鯱乃神の極級為動機神体・タカミムスビは圧倒的な速度で迫ってきている。
鯱乃神は今まで、部下と離れ離れにならないようにタカミムスビの速度を落としていた。
それが今、単機で航を追い掛けるようになって制限を取り払ったのだ。
(僕が言うべきだった。あの特別機も輪田の時と同じように通常の超級よりも速い可能性があると)
鯱乃神が航に追い付けば、必然的に両機は一騎打ちとなる――それ自体は航も一向に構わない。
しかし問題は、航自身が追い掛ける前方の超級十機である。
このまま行くと、自衛隊が導入したという新型機七機と敵の超級十機が交戦することになる。
その数的不利を補う為、後から追い掛ける航と挟み撃ちにするのが今回の判断の肝だ。
(やるしかないか……)
一応、カムヤマトイワレヒコには速度を大幅に上げる手段がある。
日神回路を発動させ、機体の全性能を向上させるのだ。
だがそれは航の神為を大幅に消耗する。
出来ればここぞというとき以外は使いたくない機能だった。
「いや、ここは……!」
ふと、航の中に別の発想が生まれた。
日神回路は追ってくる敵特別機に使いたい、しかしこれを撒いて敵超級を追い掛けるには発動させるしか無い。
だがひとつ考え方を変えれば、今のジレンマは一気に解決するではないか。
航は逆に速度を落とした。
そう、ここで日神回路を加速に使わなくても良い方法が一つある。
カムヤマトイワレヒコは背後から迫る敵に一瞬で距離を詰められた。
計算通りである。
「今すぐ! 速攻で仕留める!」
航は日神回路を発動させた。
眩い光を放つカムヤマトイワレヒコは急転回、そのまま「韴靈劔」でタカミムスビに斬り掛かった。
日神回路発動中の切断ユニットはどんな物でも斬り裂く、とは豊中大洋一尉の言である。
航は敢えて敵を接近させた上で発動し、機体を激しく発光させた。
これだけで相手は突然の光に幾分か怯む筈だ。
更に、間髪を入れず振り向き様に斬り付けるのは、完全に相手の虚を突く攻撃である。
一瞬にして敵を撃破出来る可能性の高い、極めて効果的な一手と言えよう。
「ぐっ……!」
だが「韴靈劔」は止まった。
カムヤマトイワレヒコの最も破壊力のある攻撃はタカミムスビに受け止められていた。
豊中の言葉が嘘だった訳ではない。
タカミムスビは自身の刃で受け止めようとしたが、不意を突かれたが為に咄嗟の動きとなってしまい、二機互いのは刃ではなく拳同士をぶつけたのだ。
「失敗かよ!」
『危なかった……。偶然に助けられなければ終わっていた……!』
だが航の強みはすぐに次の手を仕掛ける切り替えの早さである。
拳には光線砲ユニットがある。
日神回路発動下の光線砲「金鵄砲」を浴びせれば、この状態からでも敵を撃墜出来る。
(いや、拙い!)
しかし航はそうしなかった。
何か凄まじい悪寒が刹那にして全身を駆け巡り、航に別の行動を取らせた。
航はカムヤマトイワレヒコの体を一旦敵機の背後に逃れさせ、転回しながらタカミムスビの背中を強く蹴飛ばした。
『うおおおおっっ!?』
カムヤマトイワレヒコに蹴り飛ばされたタカミムスビは猛スピードで海面に叩き付けられ、凄まじい水飛沫を上げた。
(消耗が大きい。一旦日神回路を解除しないと……)
航は一気に体力を失い、肩で息をしながら日神回路を解除した。
カムヤマトイワレヒコの発する金色の光が弱くなっていく。
(出来ることなら今の一瞬で仕留めたかった。でも、そう楽な相手じゃないか……)
航は今、目の前に再び死闘の時が訪れたのだと確信せざるを得なかった。
タカミムスビは海中から浮上して来ないが、航はその存在感と威圧感を、胸倉を掴まれているかの如く間近で痛い程に感じていた。
⦿⦿⦿
突然の攻撃を仕掛けられ、海中に叩き落とされた鯱乃神は激しい憤りを覚えていた。
全身がわなわなと震え、額には青筋が立っている。
「この私を瞬殺しようとしただと……? おまけに反撃も読まれていた……!」
両機の拳がぶつかった時、光線砲で追撃しようとしたのは航だけではなかったのだ。
(おそらく、先に向かわせた元輪田隊を援軍と挟み撃ちにしようとしていたが、私のタカミムスビに追い付かれそうになって作戦を変えたのだろう。この私を先に、速攻で仕留めようと……! どこまでも舐め腐ってくれる……!)
鯱乃神は大いに自負心を傷付けられていた。
航の選択はつまるところ、自分を輪田よりも格下だと見ているのだと思った。
それと同時に、輪田であればそんな思い上がりに一泡吹かせられたであろうという確信が、そんな航の目算を自ら認めてしまっている。
「フフ、良いだろう……」
鯱乃神は小さく口角を上げた。
其方がその気なら、此方も思いも寄らぬ行動で意表を突いてやろう。
鯱乃神とて国防作戦で場数を踏んだ優秀な戦士である。
そして機体は皇國最強の機体、負ける要素が無い。
(攻撃を仕掛けてきた時、敵機の神為が急上昇したのを覚えているぞ。ならば消耗も甚大だろう。常時発動していたいような代物だとは思えない)
鯱乃神は全高三十六米の機体を海面上に飛び出させた。
再び凄まじい水飛沫が上がり、カムヤマトイワレヒコが身を躱す。
それでいて、タカミムスビへの警戒を怠っていないのは、航も流石である。
だが鯱乃神の狙いは全く別のところにあった。
部隊から完全に孤立している、誰も追い縋れない圧倒的速度を誇る特別機――この状況が意味する一つの危機を、おそらく航は失念してしまっているだろう。
「私を孤立させた戦術、一騎打ちを仕掛けてきた大胆さは褒めておこう! だが、貴様はこれが自軍にとって防衛戦であることを忘れてはいまいか!」
鯱乃神は左方に向きを変え、一気に加速した。
実のところ、彼が「金色の機体」との戦闘に臨むのは個人的な理由でしかない。
そして彼はそんな感情よりも軍人としての任務を優先するという当然の行動が取れる男である。
つまりこの状況でカムヤマトイワレヒコとの戦闘を放棄して硫黄島を目指すのは必然の選択だった。
「フッ、当然追って来るよな……」
後方から慌てた様子で敵機カムヤマトイワレヒコが追い掛けてくる。
鯱乃神は敢えて最高速度を出さず、敵機がギリギリで付いてこられる速度に抑えて、目標の硫黄島へ向かう。
(しかし、置いてきた鯱乃神隊の状況はあまり良くないな。丁度あいつらも少しずつ西へ移動している。助けてやらんとな)
鯱乃神が離脱した部下達は今、川西隊と交戦している。
川西隊は回避を重視した戦い方で、痺れを切らして硫黄島を目指して背を向けた機体を墜とすやり方を取っている。
これが大きな優位は取らないものの、じわじわと皇國機の数を減らしていた。
対して皇國側は、戦いながらじわじわと硫黄島側へ戦域を移動させるという行動を取っている。
(あちらに残る部下は五機、指揮を執っているのはやはり枚辻か。丁度良い、このタカミムスビの最初の首級となれる栄誉をやろうではないか!)
鯱乃神のタカミムスビは硫黄島へ向けて速度を上げ、航のカムヤマトイワレヒコは必死の様子でそれに食らいついていた。
⦿⦿⦿
航はあまりにも迂闊だったと、自分の甘さを悔いていた。
(敵は全速力を出していない。つまりこれは僕を自分の有利な場所へ誘き寄せる為の陽動。だったら敵の作戦ごと破れば良い、そっちはそれで済む。だが問題は別にある)
前方の敵の向かう先にあるのは防衛対象の硫黄島だけではない。
おそらく、このままでは離脱してきた川西隊と敵部隊との交戦にもぶつかる。
(結局、特別機を川西三佐の元へ向かわせてしまう)
航は川西へ連絡を入れる。
「川西三佐、すみません。敵を逃がしてしまいました。今、其方へ向かっています」
『なんやと!?』
川西が驚愕の声を上げたのは当然だった。
しかし、それは航を責めるものではない。
『しもた、しくじったなぁ。こうなったら俺らとの協力でそいつをぶっ潰すしかないで』
「僕が伝え忘れていました。敵の速度のことを」
『いや、これは作戦変更を伝えた俺の凡ミス、大ポカや。しゃあない、大物を仕留めるとするか。後どれくらいで合流する?』
「もう、本当にすぐです」
航は遥か前方に敵部隊・ミロクサーヌ零式の姿を視認した。
どうやら川西隊はかなり健闘したようで、ミロクサーヌ零式は四機まで減っている。
そして、川西隊の壱級は十機全てが健在だった。
『これは覚悟決めなあかんな。総員、カムヤマトイワレヒコを援護や!』
自衛隊の壱級十機は飛び方を変え、タカミムスビを取り囲む様な陣形を取ろうと動こうとする。
だがその時、航はその動きに強烈な違和感と悪寒を覚えた。
「みなさん、何をやっているんですか!?」
『な、何やこれは!?』
自衛隊機は、拳の砲口を構えるタカミムスビの正面、光線砲の軌道上に集まっていた。
否、吸い寄せられていると言った方が正確か。
『動きが取れん! 吸い込まれる!』
「川西さん!」
『糞! ブースターが焼き付きおった!』
次の瞬間、タカミムスビの腕の砲口から凄まじい力の奔流、光の巨川が壱級十機を呑み込んだ。
それはカムヤマトイワレヒコの「金鵄砲」など問題にならない程の、あまりにも巨大な出力の光線砲だった。
壱級十機は完全に消滅、川西隊はたった一発の砲撃で跡形も無く殲滅されてしまったのだ。
「こいつは……ヤバ過ぎるぞ……!」
航は戦慄を覚えた。
タカミムスビは旋回して此方へ向きを変えようとしているが、あまりにも凶悪な兵装だ。
「川西さんは最期、妙なことを言っていた。狙われたら動けなくなる、そんな光線兵器があるのか……?」
『奴らは重力に囚われたのだ。私のタカミムスビが砲撃の際に増幅させる、砲口内の重力にな』
鯱乃神の静かだが威圧的な声が航に突き刺さる。
『通常、為動機神体の光線砲は電子加速器の原理で砲撃に必要な光のエネルギーを取り出す。それは極めて高い力を発揮するが、人類に扱い切れる機構でしかない。だがタカミムスビは砲口の内部で電子を圧縮し、重力崩壊を導く。そこからエネルギーを取り出す機構を扱える皇國軍人は現人神の血族たる私だけだ。その極小の圧縮核が生む絶大なる重力は狙った目標を抵抗不能に束縛するのだ』
航は冷や汗を掻いた。
鯱乃神が態々説明したのは、原理を明かしたところで対抗出来るものではないという自信からだろう。
そんな航の駆るカムヤマトイワレヒコの前に、戦いを生き延びた敵の超級為動機神体・ミロクサーヌ零式が立ちはだかる。
『言っておくが同士討ちは期待するなよ。タカミムスビの光線砲に伴う重力作用は神為による干渉で対象を選ぶことが出来るのだ。つまり、重力に囚われて為す術無く撃ち墜とされるのは貴様だけだ』
恐るべき敵の出現に、航は窮地に追い込まれていた。
川西の判断は望むところだったが、彼には一つだけ見落としていたことがある。
「糞、このままじゃすぐ追い付かれるぞ!」
航の超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコを追ってくる鯱乃神の極級為動機神体・タカミムスビは圧倒的な速度で迫ってきている。
鯱乃神は今まで、部下と離れ離れにならないようにタカミムスビの速度を落としていた。
それが今、単機で航を追い掛けるようになって制限を取り払ったのだ。
(僕が言うべきだった。あの特別機も輪田の時と同じように通常の超級よりも速い可能性があると)
鯱乃神が航に追い付けば、必然的に両機は一騎打ちとなる――それ自体は航も一向に構わない。
しかし問題は、航自身が追い掛ける前方の超級十機である。
このまま行くと、自衛隊が導入したという新型機七機と敵の超級十機が交戦することになる。
その数的不利を補う為、後から追い掛ける航と挟み撃ちにするのが今回の判断の肝だ。
(やるしかないか……)
一応、カムヤマトイワレヒコには速度を大幅に上げる手段がある。
日神回路を発動させ、機体の全性能を向上させるのだ。
だがそれは航の神為を大幅に消耗する。
出来ればここぞというとき以外は使いたくない機能だった。
「いや、ここは……!」
ふと、航の中に別の発想が生まれた。
日神回路は追ってくる敵特別機に使いたい、しかしこれを撒いて敵超級を追い掛けるには発動させるしか無い。
だがひとつ考え方を変えれば、今のジレンマは一気に解決するではないか。
航は逆に速度を落とした。
そう、ここで日神回路を加速に使わなくても良い方法が一つある。
カムヤマトイワレヒコは背後から迫る敵に一瞬で距離を詰められた。
計算通りである。
「今すぐ! 速攻で仕留める!」
航は日神回路を発動させた。
眩い光を放つカムヤマトイワレヒコは急転回、そのまま「韴靈劔」でタカミムスビに斬り掛かった。
日神回路発動中の切断ユニットはどんな物でも斬り裂く、とは豊中大洋一尉の言である。
航は敢えて敵を接近させた上で発動し、機体を激しく発光させた。
これだけで相手は突然の光に幾分か怯む筈だ。
更に、間髪を入れず振り向き様に斬り付けるのは、完全に相手の虚を突く攻撃である。
一瞬にして敵を撃破出来る可能性の高い、極めて効果的な一手と言えよう。
「ぐっ……!」
だが「韴靈劔」は止まった。
カムヤマトイワレヒコの最も破壊力のある攻撃はタカミムスビに受け止められていた。
豊中の言葉が嘘だった訳ではない。
タカミムスビは自身の刃で受け止めようとしたが、不意を突かれたが為に咄嗟の動きとなってしまい、二機互いのは刃ではなく拳同士をぶつけたのだ。
「失敗かよ!」
『危なかった……。偶然に助けられなければ終わっていた……!』
だが航の強みはすぐに次の手を仕掛ける切り替えの早さである。
拳には光線砲ユニットがある。
日神回路発動下の光線砲「金鵄砲」を浴びせれば、この状態からでも敵を撃墜出来る。
(いや、拙い!)
しかし航はそうしなかった。
何か凄まじい悪寒が刹那にして全身を駆け巡り、航に別の行動を取らせた。
航はカムヤマトイワレヒコの体を一旦敵機の背後に逃れさせ、転回しながらタカミムスビの背中を強く蹴飛ばした。
『うおおおおっっ!?』
カムヤマトイワレヒコに蹴り飛ばされたタカミムスビは猛スピードで海面に叩き付けられ、凄まじい水飛沫を上げた。
(消耗が大きい。一旦日神回路を解除しないと……)
航は一気に体力を失い、肩で息をしながら日神回路を解除した。
カムヤマトイワレヒコの発する金色の光が弱くなっていく。
(出来ることなら今の一瞬で仕留めたかった。でも、そう楽な相手じゃないか……)
航は今、目の前に再び死闘の時が訪れたのだと確信せざるを得なかった。
タカミムスビは海中から浮上して来ないが、航はその存在感と威圧感を、胸倉を掴まれているかの如く間近で痛い程に感じていた。
⦿⦿⦿
突然の攻撃を仕掛けられ、海中に叩き落とされた鯱乃神は激しい憤りを覚えていた。
全身がわなわなと震え、額には青筋が立っている。
「この私を瞬殺しようとしただと……? おまけに反撃も読まれていた……!」
両機の拳がぶつかった時、光線砲で追撃しようとしたのは航だけではなかったのだ。
(おそらく、先に向かわせた元輪田隊を援軍と挟み撃ちにしようとしていたが、私のタカミムスビに追い付かれそうになって作戦を変えたのだろう。この私を先に、速攻で仕留めようと……! どこまでも舐め腐ってくれる……!)
鯱乃神は大いに自負心を傷付けられていた。
航の選択はつまるところ、自分を輪田よりも格下だと見ているのだと思った。
それと同時に、輪田であればそんな思い上がりに一泡吹かせられたであろうという確信が、そんな航の目算を自ら認めてしまっている。
「フフ、良いだろう……」
鯱乃神は小さく口角を上げた。
其方がその気なら、此方も思いも寄らぬ行動で意表を突いてやろう。
鯱乃神とて国防作戦で場数を踏んだ優秀な戦士である。
そして機体は皇國最強の機体、負ける要素が無い。
(攻撃を仕掛けてきた時、敵機の神為が急上昇したのを覚えているぞ。ならば消耗も甚大だろう。常時発動していたいような代物だとは思えない)
鯱乃神は全高三十六米の機体を海面上に飛び出させた。
再び凄まじい水飛沫が上がり、カムヤマトイワレヒコが身を躱す。
それでいて、タカミムスビへの警戒を怠っていないのは、航も流石である。
だが鯱乃神の狙いは全く別のところにあった。
部隊から完全に孤立している、誰も追い縋れない圧倒的速度を誇る特別機――この状況が意味する一つの危機を、おそらく航は失念してしまっているだろう。
「私を孤立させた戦術、一騎打ちを仕掛けてきた大胆さは褒めておこう! だが、貴様はこれが自軍にとって防衛戦であることを忘れてはいまいか!」
鯱乃神は左方に向きを変え、一気に加速した。
実のところ、彼が「金色の機体」との戦闘に臨むのは個人的な理由でしかない。
そして彼はそんな感情よりも軍人としての任務を優先するという当然の行動が取れる男である。
つまりこの状況でカムヤマトイワレヒコとの戦闘を放棄して硫黄島を目指すのは必然の選択だった。
「フッ、当然追って来るよな……」
後方から慌てた様子で敵機カムヤマトイワレヒコが追い掛けてくる。
鯱乃神は敢えて最高速度を出さず、敵機がギリギリで付いてこられる速度に抑えて、目標の硫黄島へ向かう。
(しかし、置いてきた鯱乃神隊の状況はあまり良くないな。丁度あいつらも少しずつ西へ移動している。助けてやらんとな)
鯱乃神が離脱した部下達は今、川西隊と交戦している。
川西隊は回避を重視した戦い方で、痺れを切らして硫黄島を目指して背を向けた機体を墜とすやり方を取っている。
これが大きな優位は取らないものの、じわじわと皇國機の数を減らしていた。
対して皇國側は、戦いながらじわじわと硫黄島側へ戦域を移動させるという行動を取っている。
(あちらに残る部下は五機、指揮を執っているのはやはり枚辻か。丁度良い、このタカミムスビの最初の首級となれる栄誉をやろうではないか!)
鯱乃神のタカミムスビは硫黄島へ向けて速度を上げ、航のカムヤマトイワレヒコは必死の様子でそれに食らいついていた。
⦿⦿⦿
航はあまりにも迂闊だったと、自分の甘さを悔いていた。
(敵は全速力を出していない。つまりこれは僕を自分の有利な場所へ誘き寄せる為の陽動。だったら敵の作戦ごと破れば良い、そっちはそれで済む。だが問題は別にある)
前方の敵の向かう先にあるのは防衛対象の硫黄島だけではない。
おそらく、このままでは離脱してきた川西隊と敵部隊との交戦にもぶつかる。
(結局、特別機を川西三佐の元へ向かわせてしまう)
航は川西へ連絡を入れる。
「川西三佐、すみません。敵を逃がしてしまいました。今、其方へ向かっています」
『なんやと!?』
川西が驚愕の声を上げたのは当然だった。
しかし、それは航を責めるものではない。
『しもた、しくじったなぁ。こうなったら俺らとの協力でそいつをぶっ潰すしかないで』
「僕が伝え忘れていました。敵の速度のことを」
『いや、これは作戦変更を伝えた俺の凡ミス、大ポカや。しゃあない、大物を仕留めるとするか。後どれくらいで合流する?』
「もう、本当にすぐです」
航は遥か前方に敵部隊・ミロクサーヌ零式の姿を視認した。
どうやら川西隊はかなり健闘したようで、ミロクサーヌ零式は四機まで減っている。
そして、川西隊の壱級は十機全てが健在だった。
『これは覚悟決めなあかんな。総員、カムヤマトイワレヒコを援護や!』
自衛隊の壱級十機は飛び方を変え、タカミムスビを取り囲む様な陣形を取ろうと動こうとする。
だがその時、航はその動きに強烈な違和感と悪寒を覚えた。
「みなさん、何をやっているんですか!?」
『な、何やこれは!?』
自衛隊機は、拳の砲口を構えるタカミムスビの正面、光線砲の軌道上に集まっていた。
否、吸い寄せられていると言った方が正確か。
『動きが取れん! 吸い込まれる!』
「川西さん!」
『糞! ブースターが焼き付きおった!』
次の瞬間、タカミムスビの腕の砲口から凄まじい力の奔流、光の巨川が壱級十機を呑み込んだ。
それはカムヤマトイワレヒコの「金鵄砲」など問題にならない程の、あまりにも巨大な出力の光線砲だった。
壱級十機は完全に消滅、川西隊はたった一発の砲撃で跡形も無く殲滅されてしまったのだ。
「こいつは……ヤバ過ぎるぞ……!」
航は戦慄を覚えた。
タカミムスビは旋回して此方へ向きを変えようとしているが、あまりにも凶悪な兵装だ。
「川西さんは最期、妙なことを言っていた。狙われたら動けなくなる、そんな光線兵器があるのか……?」
『奴らは重力に囚われたのだ。私のタカミムスビが砲撃の際に増幅させる、砲口内の重力にな』
鯱乃神の静かだが威圧的な声が航に突き刺さる。
『通常、為動機神体の光線砲は電子加速器の原理で砲撃に必要な光のエネルギーを取り出す。それは極めて高い力を発揮するが、人類に扱い切れる機構でしかない。だがタカミムスビは砲口の内部で電子を圧縮し、重力崩壊を導く。そこからエネルギーを取り出す機構を扱える皇國軍人は現人神の血族たる私だけだ。その極小の圧縮核が生む絶大なる重力は狙った目標を抵抗不能に束縛するのだ』
航は冷や汗を掻いた。
鯱乃神が態々説明したのは、原理を明かしたところで対抗出来るものではないという自信からだろう。
そんな航の駆るカムヤマトイワレヒコの前に、戦いを生き延びた敵の超級為動機神体・ミロクサーヌ零式が立ちはだかる。
『言っておくが同士討ちは期待するなよ。タカミムスビの光線砲に伴う重力作用は神為による干渉で対象を選ぶことが出来るのだ。つまり、重力に囚われて為す術無く撃ち墜とされるのは貴様だけだ』
恐るべき敵の出現に、航は窮地に追い込まれていた。
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