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第三章『争乱篇』
幕間十『夕餉』 下
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皇宮宮殿・蓮華の間は参殿者の休所として使われる小部屋である。
大理石の壁に掛けられた絵画や掛け軸、立て置かれた花瓶等の美術品が洗練された空間を演出している。
部屋の席では、先程少し話をした第三皇女・狛乃神嵐花がふてくされた態度で一人坐っている。
また、この場に控えるもう二人の皇族は小声で何かを話している。
第三皇子・蛟乃神賢智と第二皇女・龍乃神深花は皇族の中でも歳も考え方も近く、仲が良いらしい。
「龍姉様、彼女と麒姉様はやっぱり険悪だった?」
「ああ、会うなり嫌味を応酬していたよ」
「獅兄様は何て言ってた?」
「仲良くなれそうだ、と」
「はは、相変わらずだねあの人は」
この二人に対しては、魅琴の印象は然程悪くはない。
(第三皇子・蛟乃神賢智……航の危機を伝えてくれたところを見ると、悪い人物ではないのだろう。ただ、攫われる前に止めてはくれなかった。良い人ではあるけど、兄や姉に刃向かえる程には骨太じゃない。あと、雰囲気は少し航に似ているかも……)
また、龍乃神に対しては恩義を感じてすらいる。
(第二皇女・龍乃神深花……航を助けてくれた恩人……。おそらく、皇族では一番信用の置ける人物。ただ、航に粉を掛けようとしているのはいただけない。航の気を引くことに嫉妬は無いけれど、断じてそれは無いのだけれど、航が私以外の好い女を見付けられるのは慶ばしいことだけれど、皇族の女だけは駄目なのよ……)
魅琴にとって、皇族は孰れ敵対する者達である。
航がその者達の側に行くことは、あまり気分が良くない。
(大体、貴族社会で皇族の女は公爵家とかの良家の嫡男と縁談があって、家同士の合意で結婚するものでしょう。航はどう足掻いても愛人にしかなれないし、彼女自身、それは解っている筈。にも拘わらず手を出そうとするなんて航の気持ちはどうなる? 逆に、そんなことも解らず彼女に鼻の下を伸ばすなら航も航だ……)
そんな魅琴の胸中を知ってか知らずか、龍乃神は魅琴に話し掛けてきた。
「麗真さん、急にこんな話が持ち上がって、さぞ困惑しているだろう。だが、あまり心配はしなくて良い。妾に少し考えがある」
龍乃神は魅琴にウィンクして見せた。
その仕草に、魅琴は胸に沈んでいた淀みが洗われるような心地がした。
(皇國の皇族でさえなければ、基本的に好感の持てる女なのだけれど……)
龍乃神が善意の人間であることは確かだろう。
屹度、このまま敵対しなければ彼女はこれからも魅琴を助けてくれるに違い無い。
結論から言うと、この後の食事会で神皇の勅許は降りない。
というのも、魅琴は婚約を前に近縁の伯爵家である鬼獄家の養子になるという手順を踏むことになっている。
これに対して、龍乃神は「別の家に入るからには、魅琴は自身の家族と話し合うべきだ」と提案するのだ。
これに対し、神皇も獅乃神も納得し、婚約は一旦保留となる。
「皆様、夕食会の準備が整いました。翠玉の間へとお入りください」
大覚寺の案内に従い、休所に控えていた魅琴達は食堂・翠玉の間へと向かった。
⦿⦿⦿
魅琴は大覚寺の案内で食堂・翠玉の間へと入った。
これまた、一つ一つの備品や衣装が静かな高級感と気品に満ちた、見事な食堂だ。
(まだ揃ってはいないようね。来ていないのはこの間私を迎えに来た第一皇子の近衛侍女と、私を養女にするという鬼獄伯爵家の当主、それから第二皇子とその関係者か、そして、神皇……)
魅琴にとって気掛かりなのは、何よりも神皇の所在だった。
長年考え続けた、人生を懸けた暗殺の対象である、気にするなと言っても無理だろう。
食卓へ目を遣り、写真を記憶に焼き付けた男の着御を待ち侘びていた矢先、三人の男女が後から入室してきた。
「遅くなりました、姉様、兄様」
「那智、待っていましたよ。まだ時間ではありませんから、改まる必要はありません」
三人のうち二人は第二皇子・鯱乃神那智とその侍女・水徒端早辺子である。
魅琴は軍服姿と兄姉への挨拶から、最後の皇族の到着を察した。
そしてもう一人、軍服を着た壮年の男が彼に伴っていた。
男は着席せずに立ち止まり、雁首揃えた皇族達に向かって恭しく礼をする。
「遠征軍大臣・鬼獄康彌元帥大将、只今参りました。本日は斯様な目出度き席にお招きいただき、誠に光栄の至りで御座います」
「よく来ましたね、鬼獄。さあ、御前の席は麗真魅琴の正面です、着席なさい」
麒乃神に促され、鬼獄は魅琴の正面に着席した。
「初めまして、魅琴お嬢さん。私は鬼獄康彌、貴女の御爺様・麗真魅射殿の腹違いの弟に当たります。謂わば、貴女の大叔父ですな。今回、獅乃神殿下との御婚約に先立って貴女を養女として預かることになっております」
「どうも、初めまして……」
魅琴は目の前の男に素気なく挨拶を返した。
彼女は祖父・麗真魅射から自らの曾祖父が逆賊であり、皇國を嗾けて日本国を脅かそうとしていると聞かされている。
曾祖父の鬼獄姓を名乗っているということは、間違い無くこの男は敵なのだ。
そんな男の養女になるなど、気分の良い話ではない。
「いや、実にお美しいお嬢さんですな。斯様な美女を娘に迎え入れられるとは実に幸運だ。この度の御婚姻は、両日本の友好の象徴として限りない祝福が注がれることでしょう」
「ありがとうございます」
魅琴は最低限の挨拶しか返さない。
気にも留めずに笑っている鬼獄は、魅琴が何の為に此処に居るか知っているのだろうか。
「鯱兄様、遅かったじゃん。毎日毎日訓練ご苦労様だねー。少しは強くなった? 輪田の息子には勝てそう?」
「嵐花、客人の前だ」
着席した鯱乃神は、末妹の狛乃神嵐花から揶揄われていた。
その理由、魅琴は何となく察した。
「おいおい嵐花、兄に対してあまり礼を逸するものではない。俺は那智は能く頑張っていると思っている。今では立派な国防軍人だからな。兄として誇らしい」
「勿体無い御言葉です、兄様」
言葉とは裏腹に、獅乃神に褒められた鯱乃神は眉間に皺を寄せて険しい顔をしている。
(第二皇子・鯱乃神那智、この男の神為は皇族の中ではかなり弱い方だな。それでも私よりは遥かに上だけれど、生意気な妹に舐められる訳だ。おそらく原因は、兄への劣等感。まあ、この兄では致し方ない……)
魅琴はそのまま、これから婚約しようとしている男へと目を遣った。
(第一皇子・獅乃神叡智。おそらく、皇族の中でも別格の強者。性格は良く言えば純粋でお人好し、悪く言えば世間知らずで独り善がりな男。敷島さん曰く、ずっと夢の様な錯覚の世界の中で我が儘放題に生きてきた、究極の箱入り息子。しかしそれでこの人間性に育ったのは、生来の性根が奇跡的に善良だったからだろう。それだけに、反転してしまうと大惨事になりそうな予感がする……)
そして更に、彼の正面に坐っている長姉・麒乃神へと視線を向けた。
(第一皇女・麒乃神聖花。この女は本当に許せない。己を強者と疑わない内心が態度から透けて見える。その自意識が航に酷い事をさせた。おそらく、私が航にやりたかったあんなことやこんなことまで……! ただ、自意識過剰ではない。自負に見合う力は持っている。素の格闘能力では私が遙かに上だけど、神為では逆、そして総合的には多分互角。上の二人は立ちはだかってきたら面倒だ……)
魅琴は六人の皇族全員に目を遣った。
上の兄弟三人との敵対をシミュレートしたことで、一つの憂いが芽生えていた。
(そうか……神皇と戦う時は、皇族も敵になる。解っていた筈だ……。だが今私は避けたがっている。龍乃神殿下や蛟乃神殿下との対立を……。今更……)
龍乃神と蛟乃神には航や双葉、虎駕、その他の仲間達を助けてくれた恩義がある。
また、鯱乃神に仕えている早辺子もそうだという。
神皇暗殺は、そんな彼らの恩を仇で返す行為に他ならない。
(それでも、私は……)
と、そんなとき、何処からともなく男の声が響いた。
「揃ったようだな」
誰も居ない、中央最奥の上座からである。
深く渋みのある、威厳に満ちた声だった。
「一桐綾花がこの世を去って八年か。今再び、叡智に伴侶となるべき女が見付かり、朕の胸中は実に晴れやかだ」
突如として、空席だった最上位の席に一人の小男が姿を顕した。
桜色の髪をした、少年と見紛う姿だが、百年以上の生をも超える貫禄を備えた神秘的な男である。
(神皇……!)
魅琴は遂に、人生の宿敵と相対した。
神皇は魅琴を一瞥すると小さく微笑む。
「麗真魅琴、鬼獄伯爵家の近縁か……」
「初めまして。お会い出来て誠に光栄、恐悦至極に存じます、神皇陛下」
魅琴は起立して深く頭を下げた。
命を賭して、死を覚悟して討つべき相手――しかしそれに相応しい偉大な男――だからこそ、嘘偽りなく敬意もまた確かに抱いていた。
「ふむ、まあ坐れ」
「はい……」
促されるままに席に着く魅琴のことはそこそこに、神皇は子女達の方へ目を向ける。
「嵐花以外の家族とは離れ離れで暮らして久しいのでな、一週間としないうちに食卓を囲むのは不思議な気分だが、嬉しく思う」
魅琴は神皇の言葉、そして視線に一人の父親の姿を見た。
そしてふと、気が付く。
皇國の皇族は、日本国同様に政治に直接関わってはいないが、力で支配する貴族社会の頂点に立つという意味で、権威主義国家の君主という性質を確実に持つ。
にも拘わらず、彼らには多少の諍いや蟠り以上の、骨肉の争いの気配が感じられない。
それこそ、同じ一族の中で皇位継承権を巡った陥れ合い殺し合うといった感じではない。
(彼らは……殆ど普通の家族と言って差し障り無い……)
魅琴は考える。
使命を果たさずに済む未来があれば、どんなに良かっただろうと。
自分は彼らから、父親を奪うのだ――魅琴は眉根を寄せて目を伏せた。
(でも、皇國はこの世界へ来てしまった……。その魔の手が日本に伸びるなら……)
数時間後、日本国と皇國は開戦不可避となり、魅琴は神皇に決死の戦いを挑む。
そしてそれは、航達の運命を大きく変えるのだ……。
大理石の壁に掛けられた絵画や掛け軸、立て置かれた花瓶等の美術品が洗練された空間を演出している。
部屋の席では、先程少し話をした第三皇女・狛乃神嵐花がふてくされた態度で一人坐っている。
また、この場に控えるもう二人の皇族は小声で何かを話している。
第三皇子・蛟乃神賢智と第二皇女・龍乃神深花は皇族の中でも歳も考え方も近く、仲が良いらしい。
「龍姉様、彼女と麒姉様はやっぱり険悪だった?」
「ああ、会うなり嫌味を応酬していたよ」
「獅兄様は何て言ってた?」
「仲良くなれそうだ、と」
「はは、相変わらずだねあの人は」
この二人に対しては、魅琴の印象は然程悪くはない。
(第三皇子・蛟乃神賢智……航の危機を伝えてくれたところを見ると、悪い人物ではないのだろう。ただ、攫われる前に止めてはくれなかった。良い人ではあるけど、兄や姉に刃向かえる程には骨太じゃない。あと、雰囲気は少し航に似ているかも……)
また、龍乃神に対しては恩義を感じてすらいる。
(第二皇女・龍乃神深花……航を助けてくれた恩人……。おそらく、皇族では一番信用の置ける人物。ただ、航に粉を掛けようとしているのはいただけない。航の気を引くことに嫉妬は無いけれど、断じてそれは無いのだけれど、航が私以外の好い女を見付けられるのは慶ばしいことだけれど、皇族の女だけは駄目なのよ……)
魅琴にとって、皇族は孰れ敵対する者達である。
航がその者達の側に行くことは、あまり気分が良くない。
(大体、貴族社会で皇族の女は公爵家とかの良家の嫡男と縁談があって、家同士の合意で結婚するものでしょう。航はどう足掻いても愛人にしかなれないし、彼女自身、それは解っている筈。にも拘わらず手を出そうとするなんて航の気持ちはどうなる? 逆に、そんなことも解らず彼女に鼻の下を伸ばすなら航も航だ……)
そんな魅琴の胸中を知ってか知らずか、龍乃神は魅琴に話し掛けてきた。
「麗真さん、急にこんな話が持ち上がって、さぞ困惑しているだろう。だが、あまり心配はしなくて良い。妾に少し考えがある」
龍乃神は魅琴にウィンクして見せた。
その仕草に、魅琴は胸に沈んでいた淀みが洗われるような心地がした。
(皇國の皇族でさえなければ、基本的に好感の持てる女なのだけれど……)
龍乃神が善意の人間であることは確かだろう。
屹度、このまま敵対しなければ彼女はこれからも魅琴を助けてくれるに違い無い。
結論から言うと、この後の食事会で神皇の勅許は降りない。
というのも、魅琴は婚約を前に近縁の伯爵家である鬼獄家の養子になるという手順を踏むことになっている。
これに対して、龍乃神は「別の家に入るからには、魅琴は自身の家族と話し合うべきだ」と提案するのだ。
これに対し、神皇も獅乃神も納得し、婚約は一旦保留となる。
「皆様、夕食会の準備が整いました。翠玉の間へとお入りください」
大覚寺の案内に従い、休所に控えていた魅琴達は食堂・翠玉の間へと向かった。
⦿⦿⦿
魅琴は大覚寺の案内で食堂・翠玉の間へと入った。
これまた、一つ一つの備品や衣装が静かな高級感と気品に満ちた、見事な食堂だ。
(まだ揃ってはいないようね。来ていないのはこの間私を迎えに来た第一皇子の近衛侍女と、私を養女にするという鬼獄伯爵家の当主、それから第二皇子とその関係者か、そして、神皇……)
魅琴にとって気掛かりなのは、何よりも神皇の所在だった。
長年考え続けた、人生を懸けた暗殺の対象である、気にするなと言っても無理だろう。
食卓へ目を遣り、写真を記憶に焼き付けた男の着御を待ち侘びていた矢先、三人の男女が後から入室してきた。
「遅くなりました、姉様、兄様」
「那智、待っていましたよ。まだ時間ではありませんから、改まる必要はありません」
三人のうち二人は第二皇子・鯱乃神那智とその侍女・水徒端早辺子である。
魅琴は軍服姿と兄姉への挨拶から、最後の皇族の到着を察した。
そしてもう一人、軍服を着た壮年の男が彼に伴っていた。
男は着席せずに立ち止まり、雁首揃えた皇族達に向かって恭しく礼をする。
「遠征軍大臣・鬼獄康彌元帥大将、只今参りました。本日は斯様な目出度き席にお招きいただき、誠に光栄の至りで御座います」
「よく来ましたね、鬼獄。さあ、御前の席は麗真魅琴の正面です、着席なさい」
麒乃神に促され、鬼獄は魅琴の正面に着席した。
「初めまして、魅琴お嬢さん。私は鬼獄康彌、貴女の御爺様・麗真魅射殿の腹違いの弟に当たります。謂わば、貴女の大叔父ですな。今回、獅乃神殿下との御婚約に先立って貴女を養女として預かることになっております」
「どうも、初めまして……」
魅琴は目の前の男に素気なく挨拶を返した。
彼女は祖父・麗真魅射から自らの曾祖父が逆賊であり、皇國を嗾けて日本国を脅かそうとしていると聞かされている。
曾祖父の鬼獄姓を名乗っているということは、間違い無くこの男は敵なのだ。
そんな男の養女になるなど、気分の良い話ではない。
「いや、実にお美しいお嬢さんですな。斯様な美女を娘に迎え入れられるとは実に幸運だ。この度の御婚姻は、両日本の友好の象徴として限りない祝福が注がれることでしょう」
「ありがとうございます」
魅琴は最低限の挨拶しか返さない。
気にも留めずに笑っている鬼獄は、魅琴が何の為に此処に居るか知っているのだろうか。
「鯱兄様、遅かったじゃん。毎日毎日訓練ご苦労様だねー。少しは強くなった? 輪田の息子には勝てそう?」
「嵐花、客人の前だ」
着席した鯱乃神は、末妹の狛乃神嵐花から揶揄われていた。
その理由、魅琴は何となく察した。
「おいおい嵐花、兄に対してあまり礼を逸するものではない。俺は那智は能く頑張っていると思っている。今では立派な国防軍人だからな。兄として誇らしい」
「勿体無い御言葉です、兄様」
言葉とは裏腹に、獅乃神に褒められた鯱乃神は眉間に皺を寄せて険しい顔をしている。
(第二皇子・鯱乃神那智、この男の神為は皇族の中ではかなり弱い方だな。それでも私よりは遥かに上だけれど、生意気な妹に舐められる訳だ。おそらく原因は、兄への劣等感。まあ、この兄では致し方ない……)
魅琴はそのまま、これから婚約しようとしている男へと目を遣った。
(第一皇子・獅乃神叡智。おそらく、皇族の中でも別格の強者。性格は良く言えば純粋でお人好し、悪く言えば世間知らずで独り善がりな男。敷島さん曰く、ずっと夢の様な錯覚の世界の中で我が儘放題に生きてきた、究極の箱入り息子。しかしそれでこの人間性に育ったのは、生来の性根が奇跡的に善良だったからだろう。それだけに、反転してしまうと大惨事になりそうな予感がする……)
そして更に、彼の正面に坐っている長姉・麒乃神へと視線を向けた。
(第一皇女・麒乃神聖花。この女は本当に許せない。己を強者と疑わない内心が態度から透けて見える。その自意識が航に酷い事をさせた。おそらく、私が航にやりたかったあんなことやこんなことまで……! ただ、自意識過剰ではない。自負に見合う力は持っている。素の格闘能力では私が遙かに上だけど、神為では逆、そして総合的には多分互角。上の二人は立ちはだかってきたら面倒だ……)
魅琴は六人の皇族全員に目を遣った。
上の兄弟三人との敵対をシミュレートしたことで、一つの憂いが芽生えていた。
(そうか……神皇と戦う時は、皇族も敵になる。解っていた筈だ……。だが今私は避けたがっている。龍乃神殿下や蛟乃神殿下との対立を……。今更……)
龍乃神と蛟乃神には航や双葉、虎駕、その他の仲間達を助けてくれた恩義がある。
また、鯱乃神に仕えている早辺子もそうだという。
神皇暗殺は、そんな彼らの恩を仇で返す行為に他ならない。
(それでも、私は……)
と、そんなとき、何処からともなく男の声が響いた。
「揃ったようだな」
誰も居ない、中央最奥の上座からである。
深く渋みのある、威厳に満ちた声だった。
「一桐綾花がこの世を去って八年か。今再び、叡智に伴侶となるべき女が見付かり、朕の胸中は実に晴れやかだ」
突如として、空席だった最上位の席に一人の小男が姿を顕した。
桜色の髪をした、少年と見紛う姿だが、百年以上の生をも超える貫禄を備えた神秘的な男である。
(神皇……!)
魅琴は遂に、人生の宿敵と相対した。
神皇は魅琴を一瞥すると小さく微笑む。
「麗真魅琴、鬼獄伯爵家の近縁か……」
「初めまして。お会い出来て誠に光栄、恐悦至極に存じます、神皇陛下」
魅琴は起立して深く頭を下げた。
命を賭して、死を覚悟して討つべき相手――しかしそれに相応しい偉大な男――だからこそ、嘘偽りなく敬意もまた確かに抱いていた。
「ふむ、まあ坐れ」
「はい……」
促されるままに席に着く魅琴のことはそこそこに、神皇は子女達の方へ目を向ける。
「嵐花以外の家族とは離れ離れで暮らして久しいのでな、一週間としないうちに食卓を囲むのは不思議な気分だが、嬉しく思う」
魅琴は神皇の言葉、そして視線に一人の父親の姿を見た。
そしてふと、気が付く。
皇國の皇族は、日本国同様に政治に直接関わってはいないが、力で支配する貴族社会の頂点に立つという意味で、権威主義国家の君主という性質を確実に持つ。
にも拘わらず、彼らには多少の諍いや蟠り以上の、骨肉の争いの気配が感じられない。
それこそ、同じ一族の中で皇位継承権を巡った陥れ合い殺し合うといった感じではない。
(彼らは……殆ど普通の家族と言って差し障り無い……)
魅琴は考える。
使命を果たさずに済む未来があれば、どんなに良かっただろうと。
自分は彼らから、父親を奪うのだ――魅琴は眉根を寄せて目を伏せた。
(でも、皇國はこの世界へ来てしまった……。その魔の手が日本に伸びるなら……)
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