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第三章『争乱篇』
第六十六話『特別』 序
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神皇の寝室は重苦しい空気に沈んでいた。
先程までの、神皇が目覚めた喜びが嘘の様だ。
空気を変えたのは、第一皇子・獅乃神叡智の近衛侍女の一人、ゴシックスタイルの装束を身に纏った貴龍院皓雪。
彼女によって齎された、第二皇子・鯱乃神那智の訃報である。
寝台の上の神皇は沈痛な面持ちで項垂れ、傍らで父を見守っていた獅乃神は目を見開いて何度も瞬きをしていた。
「な……な……」
動揺を隠せない獅乃神の様子を、クラシックスタイルのメイド服を身に纏ったもう一人の近衛侍女・敷島朱鷺緒は蒼い顔で見ていた。
彼女にとって、獅乃神の幸せを破壊するような情報を安易に伝えるのは言語道断である。
そんな中、獅乃神は喉から出かかっていた言葉を漸く吐いた。
「なんで?」
それは普段の尊大な物言いからは想像も付かない、極めて直接的で口語的、そして単純な疑問詞だった。
それだけ動揺しているということだろうか。
「那智は国防軍だろう? それが前線に出ている? それにあの為動機神体は……極級為動機神体・タカミムスビは俺が作り出した皇國軍最強の為動機神体だぞ? 那智は乗り熟していた筈だ。なのにどうして? まるで意味が解らんぞ!」
捲し立てる獅乃神、たじろぐ敷島、不動の貴龍院。
そんな三人を横目に、神皇は大きな溜息を吐いた。
「叡智、やめよ。その者は長年爾に仕えてきた近衛侍女だ、皇族の死を騙り朕や爾を謀るような不届き千万な愚行に興じるほど莫迦ではあるまい。那智の死は真実だろう」
神皇は獅乃神を諫めた。
静かに、厳かに――だがその声には少なからず悲嘆が込められていた。
「悪夢の理由も判った。嘗て全てを喪った、あの革命以来の身内の死……。だが、我が子は初めてだ……! あの時、この世の痛みと悲しみを味わい尽くしたとばかり思っていた……! しかし……息子とは……! 実の息子を喪うというのは……!」
「父上っ……!」
神皇の、小枝の様にか細い指が布団を強く掴む。
そして、伏せていた顔が敷島の方へと向けられた。
「二人共、済まぬが外してはくれぬか? 叡智と、我が子と二人切りで話がしたい」
「畏まりました」
敷島は一礼すると、再び貴龍院を一瞥して揃っての退室を促す。
貴龍院も少し遅れて恭しく頭を下げ、敷島に続いて寝室を出て、静かに扉を閉めた。
そして敷島は貴龍院を問い質す。
「どういうつもりだ?」
寝室の外、廊下へ出た敷島と貴龍院に険悪な空気が流れる。
敷島は貴龍院に批難の目を向けた。
対して、貴龍院は不敵に微笑みを浮かべている。
「主に隠し事をする訳にはいかないじゃなぁい?」
「貴龍院殿、貴女がそれを言うのか?」
「嫌だわ、なんのことかしら? 失礼しちゃうわぁ……」
恍けてみせる貴龍院の態度に、敷島は顔を顰めた。
敷島は今、相方に対して不信感で一杯だ。
何より、獅乃神叡智に対して、彼の世界観を全肯定し夢に浸らせる接し方は敷島よりも貴龍院の方が露骨である。
その貴龍院が、獅乃神に対して不都合な現実を率先して告げた。
基より、敷島は貴龍院のことを快く思っていない。
それは貴龍院が敷島を邪魔に思っていることが透けて見えている裏返しでもあるが、もっと根本的な理由がある。
貴龍院は獅乃神への媚び方がわざとらしいのだ。
それは如何にも、裏で何かを企んでいますと言わんばかりである。
「まあ、貴女の心配事は解るわ、敷島ちゃん」
貴龍院はそんな敷島の内心を見透かした様に口角を上げた。
「でも、それは杞憂というものよぉ……」
「余計な憂いだと?」
「ええ。だって、知っているでしょう? あの御方が、獅乃神様が何と呼ばれているか……」
貴龍院の言葉に、敷島は瞠目し、そして目を伏せた。
苦い記憶の想起が鈍い痛みを生んだ様に、僅かに目を眇めた。
「絶対……強者……」
「そうよぉ。そしてその意味は、単に力の強さだけを意味するのではない」
貴龍院は扉の方へ視線を向けた。
その向こう、神皇の寝室に残された主は、父との話の中で何を思っているのだろうか。
主の行く末に、何も心配は要らないというのか。
「成程……貴女の言うことも尤もだ……」
敷島は顔を顰めて納得させられた。
彼女にとって、獅乃神叡智の強さ以上に説得力のある論理など存在しない。
それを出されると、引き下がらざるを得ない。
「扨て、ところで敷島ちゃん。少し手伝ってほしいことがあるのだけれど……」
「手伝う?」
「ええ……」
貴龍院は口元に笑みを保ったまま両眼を鋭く光らせ、腰に下げた刀に手を添えた。
「皇國の為、主君の為、斬ってあげないといけない仔達が居るのよ」
「主君の為? そういうことならば吝かではないが、無断で動くのか?」
「ちゃあんと事後報告はします。聞けば貴女も納得するわぁ。これは大事なけじめだから……」
訝しむ敷島だったが、貴龍院が告げた名前と罪状を聞いた彼女もまた両眼に鋭い光を宿し、腰に下げた刀に手を添えた。
「あいわかった」
「流石敷島ちゃん、獅乃神様が信を置く優秀な近衛、忠実な臣下だわぁ」
二人は並んで廊下を歩いて行った。
⦿⦿⦿
同じ頃、皇國首相官邸。
内閣総理大臣・小木曽文章、遠征軍大臣・鬼獄康彌、国防軍大臣・縞田成之の三名は、一人の女に雷を落とされていた。
「御前達は一体どこまで失態を重ねれば気が済むのですか!」
第一皇女・麒乃神聖花が珍しく物凄い剣幕で怒りを露わにしている。
獅乃神に伝わったのと同じ様に、彼女にも弟の訃報が入ったのである。
「開戦したその日には皇宮へ賊の侵入を許し陛下の御命を奪われかけ、更には明治日本の超級に防衛線を突破されて統京へ上陸され、賊を逃がしてしまった。夜が明けては輪田隊を明治日本本土へと向かわすも、特級為動機神体・ツハヤムスビを撃破されて全滅。そして今度は、皇國最強の機体である極級為動機神体・タカミムスビを斃され那智すらも死なせるとは……。この責任、四方や誤魔化せるなどとは思っていませんね!」
三人の閣僚はこの世の終わりの様な表情を浮かべて震えていた。
皇族の怒りを買ってしまった彼らの政治生命は最早終わったと言って良いだろう。
それを裏付けるが如く、麒乃神の口から冷酷な宣告が下される。
「御前達、明日にも辞任しなさい。どうせ両院から責任を追及されるのですからね。この国難時に国会を空転させるなど許されませんよ」
「総辞職、で御座いますか……」
小木曽はがっくりと肩を落とした。
彼にとって、思わぬ形で総理の座が舞い込んできたのは僥倖だった。
だが、それは僅か一週間という短命の政権に終わってしまった。
貴族院を裏で牛耳る麒乃神聖花と表立って敵対して、政権を維持することは不可能なのだ。
「まったく……」
麒乃神は大袈裟に溜息を吐いた。
その一挙手一投足が、三人の閣僚を整列させられた囚人の様に戦々恐々とさせる。
既に政治的に終わった三人であるが、彼女の怒りは尚も彼らの首を真綿で締め付けているのだ。
「それにしても、新皇軍が陛下の神為抜きだとここまでだらしがないとは……。まさか再びこの私が力を振るう羽目になるとは思いませんでしたよ」
三人は一様にびくりと身体を弾ませた。
鬼獄が恐る恐る尋ねる。
「十三年ぶりに……殿下が戦場へ出られると……?」
「仕方が無いでしょう、この為体ではね。斯くなる上は嘗ての様にこの私が直々に敵軍を余すことなく蹂躙し、敵兵共を血祭りに上げてやります」
麒乃神は踵を返した。
「既に遠征軍の杜若大将には伝えてあります。最早御前達の出る幕はありません。精々迅速に総辞職の手続を進めておきなさい」
麒乃神はそう言い残すと、首相官邸執務室を後にした。
神聖大日本皇國には嘗て、為動機神体の大軍や為動機神艦の空間転移よりも恐れられた脅威の兵力があった。
それは長い黒髪を靡かせ、学生服姿で優雅に戦場を闊歩する一人の少女だった。
彼女は超常的な力を駆使し、如何なる精強な軍隊も全く寄せ付けず、埃一つ被らぬまま殲滅に至らしめた。
皇國が世界戦を移動した先で敵対した各勢力は、麒乃神聖花を「最終兵器超能力女子高生」と呼び、畏怖と絶望の目を向けていた。
今、嘗て時空を超えて世界を震え上がらせた妖艶なる両性具有の女が日本国へと牙を剥こうとしていた。
⦿⦿⦿
硫黄島での死闘から一夜明けた翌日、七月十五日水曜日。
日本国国会議員会館の事務所で、皇奏手は喜びに拳を強く握り締めた。
岬守航の勝利と防衛の成功に留まらない朗報が齎されたのだ。
「敵兵が第二皇子・鯱乃神那智となると、搭乗していた機体は間違い無く皇國の技術の粋を集めた特別機ね。これを殆ど破壊せずに鹵獲出来たのは大きい。スイゼイの生産は現在進行形のもので中止しましょう。特別機の技術を次の後継機に導入すれば此方の戦力は一気に増強される。運が向いてきたわ」
珈琲に口を付けて北叟笑む皇の様子を、二人の秘書が不安げに見詰めている。
根尾弓矢に並んで長く彼女の下で働く伴藤明美と、つい先日臨時で雇われた久住双葉である。
「しかし先生」
伴藤が皇に疑問を呈する。
「敵皇族の戦死は日本にとってプラスなんでしょうか? なんだか怒りを買ってしまうような気がするんですが」
「逆に、戦意を喪失する可能性もある。こればかりは蓋を開けてみないと判らないわ」
だが言葉の割に、皇は不敵な笑みに自信を覗かせている。
「ふふふ、でもそんなことは関係無いのよ。要は、相手の士気に関わらず戦いを諦めざるを得ない状況を作り出せば良いんだもの。その手は既に考えてあるのよ。スイゼイ後継機の大幅なパワーアップが見込める様になった今、その実現性も見えてきたわ」
「問題はそれまで我が国の防衛線が保つかですよね。前回の銀座や今回の硫黄島と、岬守さんが参加した大事な戦いは勝ててますけど、それ以外の侵攻に対しては岬守さんも対応し切れなくて、総合的な戦局は結構ギリギリで踏み止まっている感じですし」
「スイゼイの戦果が思いの外良かったのも嬉しい誤算ね。撃破された一機も明日には修復完了し、一週間後には現在生産中の七機が新規に追加される。そこからは、豊中隊と池田隊が中心となってより効果的に本土を防衛してくれることが規定出来るわ」
「ま、その分国内の製造業が悲鳴を上げていますけどね。リソースの大部分を為動機神体の生産に半ば強制的に向けさせている訳ですから、この竹篦返しは厳しそうですよ」
「本土が攻撃されて生産拠点が破壊されるよりはマシと御理解頂いているわ。こういう時の為に、国家緊急事態の法制度を整備しておいて良かったといったところね」
「野党や左派メディア言論人からは滅茶苦茶叩かれてましたけどね」
皇と伴藤の会話が弾むのは、それだけ皇がストレスを感じていて伴藤も理解している証左である。
しかし、彼女に弱音は許されない。
基より、世界最強を目指す彼女はこの程度で弱音など吐くつもりなど無い。
「久住さん」
「は、はい!」
突然皇から名を呼ばれ、双葉は背筋を伸ばした。
戦いで役に立てず、弱音を吐いて持ち場を変えて貰ったからには、此処で役に立ちたいという思いがある。
双葉は緊張と共に皇の言葉に耳を傾ける。
「岬守さんを始め、拉致被害者の皆さんと早急に話がしたいわ。何時に会えるかしら?」
「え、えと……」
双葉は皇の要求に困ってしまった。
「あの、わかりません……。他のみんなはいつでも会えるでしょうけど、岬守君はいつこっちに帰ってくるか……」
航は戦いを終え、硫黄島で一夜明かした筈である。
その後の帰還の予定を双葉は把握していなかった。
そんな彼女の不手際に、皇は小さく溜息を吐いた。
「大至急確認して頂戴。最速でいつ横田飛行場へ到着し、そこから此処へ来られる時刻をね。他の皆さんにはその時間に来ていただけるようにアポを取って」
「はい……」
皇は大きく深呼吸し、席を立った。
「さあ、これから益々忙しくなるわよ! 此処が正念場、二人共気合いを入れなさい」
「は、はい!」
皇の叱咤に双葉は気を取り直す。
一方、伴藤は何やら誰かと電話をして驚き瞠目している。
「それは……一大事ですね。はい……はい……解りました、先生にもすぐに伝えます」
何やら伴藤の電話には不穏なニュースが齎されたらしい。
「どうかしたの、伴藤?」
電話を切った伴藤に皇が尋ねる。
「先生、崇神會の息田総帥からです。皇國軍に潜入していたスパイと連絡が付かなくなったそうです」
「何?」
「それと、そのスパイから最後の連絡が入っていたそうですが、皇國の鬼獄遠征軍相、縞田国防軍相が首相官邸で死体となって発見され、更に小木曽首相も病院に搬送され意識不明だそうです」
「なんですって……?」
突如皇國に起きた異常事態。
戦争中の両国の情勢に、不吉な横風が吹いていた。
先程までの、神皇が目覚めた喜びが嘘の様だ。
空気を変えたのは、第一皇子・獅乃神叡智の近衛侍女の一人、ゴシックスタイルの装束を身に纏った貴龍院皓雪。
彼女によって齎された、第二皇子・鯱乃神那智の訃報である。
寝台の上の神皇は沈痛な面持ちで項垂れ、傍らで父を見守っていた獅乃神は目を見開いて何度も瞬きをしていた。
「な……な……」
動揺を隠せない獅乃神の様子を、クラシックスタイルのメイド服を身に纏ったもう一人の近衛侍女・敷島朱鷺緒は蒼い顔で見ていた。
彼女にとって、獅乃神の幸せを破壊するような情報を安易に伝えるのは言語道断である。
そんな中、獅乃神は喉から出かかっていた言葉を漸く吐いた。
「なんで?」
それは普段の尊大な物言いからは想像も付かない、極めて直接的で口語的、そして単純な疑問詞だった。
それだけ動揺しているということだろうか。
「那智は国防軍だろう? それが前線に出ている? それにあの為動機神体は……極級為動機神体・タカミムスビは俺が作り出した皇國軍最強の為動機神体だぞ? 那智は乗り熟していた筈だ。なのにどうして? まるで意味が解らんぞ!」
捲し立てる獅乃神、たじろぐ敷島、不動の貴龍院。
そんな三人を横目に、神皇は大きな溜息を吐いた。
「叡智、やめよ。その者は長年爾に仕えてきた近衛侍女だ、皇族の死を騙り朕や爾を謀るような不届き千万な愚行に興じるほど莫迦ではあるまい。那智の死は真実だろう」
神皇は獅乃神を諫めた。
静かに、厳かに――だがその声には少なからず悲嘆が込められていた。
「悪夢の理由も判った。嘗て全てを喪った、あの革命以来の身内の死……。だが、我が子は初めてだ……! あの時、この世の痛みと悲しみを味わい尽くしたとばかり思っていた……! しかし……息子とは……! 実の息子を喪うというのは……!」
「父上っ……!」
神皇の、小枝の様にか細い指が布団を強く掴む。
そして、伏せていた顔が敷島の方へと向けられた。
「二人共、済まぬが外してはくれぬか? 叡智と、我が子と二人切りで話がしたい」
「畏まりました」
敷島は一礼すると、再び貴龍院を一瞥して揃っての退室を促す。
貴龍院も少し遅れて恭しく頭を下げ、敷島に続いて寝室を出て、静かに扉を閉めた。
そして敷島は貴龍院を問い質す。
「どういうつもりだ?」
寝室の外、廊下へ出た敷島と貴龍院に険悪な空気が流れる。
敷島は貴龍院に批難の目を向けた。
対して、貴龍院は不敵に微笑みを浮かべている。
「主に隠し事をする訳にはいかないじゃなぁい?」
「貴龍院殿、貴女がそれを言うのか?」
「嫌だわ、なんのことかしら? 失礼しちゃうわぁ……」
恍けてみせる貴龍院の態度に、敷島は顔を顰めた。
敷島は今、相方に対して不信感で一杯だ。
何より、獅乃神叡智に対して、彼の世界観を全肯定し夢に浸らせる接し方は敷島よりも貴龍院の方が露骨である。
その貴龍院が、獅乃神に対して不都合な現実を率先して告げた。
基より、敷島は貴龍院のことを快く思っていない。
それは貴龍院が敷島を邪魔に思っていることが透けて見えている裏返しでもあるが、もっと根本的な理由がある。
貴龍院は獅乃神への媚び方がわざとらしいのだ。
それは如何にも、裏で何かを企んでいますと言わんばかりである。
「まあ、貴女の心配事は解るわ、敷島ちゃん」
貴龍院はそんな敷島の内心を見透かした様に口角を上げた。
「でも、それは杞憂というものよぉ……」
「余計な憂いだと?」
「ええ。だって、知っているでしょう? あの御方が、獅乃神様が何と呼ばれているか……」
貴龍院の言葉に、敷島は瞠目し、そして目を伏せた。
苦い記憶の想起が鈍い痛みを生んだ様に、僅かに目を眇めた。
「絶対……強者……」
「そうよぉ。そしてその意味は、単に力の強さだけを意味するのではない」
貴龍院は扉の方へ視線を向けた。
その向こう、神皇の寝室に残された主は、父との話の中で何を思っているのだろうか。
主の行く末に、何も心配は要らないというのか。
「成程……貴女の言うことも尤もだ……」
敷島は顔を顰めて納得させられた。
彼女にとって、獅乃神叡智の強さ以上に説得力のある論理など存在しない。
それを出されると、引き下がらざるを得ない。
「扨て、ところで敷島ちゃん。少し手伝ってほしいことがあるのだけれど……」
「手伝う?」
「ええ……」
貴龍院は口元に笑みを保ったまま両眼を鋭く光らせ、腰に下げた刀に手を添えた。
「皇國の為、主君の為、斬ってあげないといけない仔達が居るのよ」
「主君の為? そういうことならば吝かではないが、無断で動くのか?」
「ちゃあんと事後報告はします。聞けば貴女も納得するわぁ。これは大事なけじめだから……」
訝しむ敷島だったが、貴龍院が告げた名前と罪状を聞いた彼女もまた両眼に鋭い光を宿し、腰に下げた刀に手を添えた。
「あいわかった」
「流石敷島ちゃん、獅乃神様が信を置く優秀な近衛、忠実な臣下だわぁ」
二人は並んで廊下を歩いて行った。
⦿⦿⦿
同じ頃、皇國首相官邸。
内閣総理大臣・小木曽文章、遠征軍大臣・鬼獄康彌、国防軍大臣・縞田成之の三名は、一人の女に雷を落とされていた。
「御前達は一体どこまで失態を重ねれば気が済むのですか!」
第一皇女・麒乃神聖花が珍しく物凄い剣幕で怒りを露わにしている。
獅乃神に伝わったのと同じ様に、彼女にも弟の訃報が入ったのである。
「開戦したその日には皇宮へ賊の侵入を許し陛下の御命を奪われかけ、更には明治日本の超級に防衛線を突破されて統京へ上陸され、賊を逃がしてしまった。夜が明けては輪田隊を明治日本本土へと向かわすも、特級為動機神体・ツハヤムスビを撃破されて全滅。そして今度は、皇國最強の機体である極級為動機神体・タカミムスビを斃され那智すらも死なせるとは……。この責任、四方や誤魔化せるなどとは思っていませんね!」
三人の閣僚はこの世の終わりの様な表情を浮かべて震えていた。
皇族の怒りを買ってしまった彼らの政治生命は最早終わったと言って良いだろう。
それを裏付けるが如く、麒乃神の口から冷酷な宣告が下される。
「御前達、明日にも辞任しなさい。どうせ両院から責任を追及されるのですからね。この国難時に国会を空転させるなど許されませんよ」
「総辞職、で御座いますか……」
小木曽はがっくりと肩を落とした。
彼にとって、思わぬ形で総理の座が舞い込んできたのは僥倖だった。
だが、それは僅か一週間という短命の政権に終わってしまった。
貴族院を裏で牛耳る麒乃神聖花と表立って敵対して、政権を維持することは不可能なのだ。
「まったく……」
麒乃神は大袈裟に溜息を吐いた。
その一挙手一投足が、三人の閣僚を整列させられた囚人の様に戦々恐々とさせる。
既に政治的に終わった三人であるが、彼女の怒りは尚も彼らの首を真綿で締め付けているのだ。
「それにしても、新皇軍が陛下の神為抜きだとここまでだらしがないとは……。まさか再びこの私が力を振るう羽目になるとは思いませんでしたよ」
三人は一様にびくりと身体を弾ませた。
鬼獄が恐る恐る尋ねる。
「十三年ぶりに……殿下が戦場へ出られると……?」
「仕方が無いでしょう、この為体ではね。斯くなる上は嘗ての様にこの私が直々に敵軍を余すことなく蹂躙し、敵兵共を血祭りに上げてやります」
麒乃神は踵を返した。
「既に遠征軍の杜若大将には伝えてあります。最早御前達の出る幕はありません。精々迅速に総辞職の手続を進めておきなさい」
麒乃神はそう言い残すと、首相官邸執務室を後にした。
神聖大日本皇國には嘗て、為動機神体の大軍や為動機神艦の空間転移よりも恐れられた脅威の兵力があった。
それは長い黒髪を靡かせ、学生服姿で優雅に戦場を闊歩する一人の少女だった。
彼女は超常的な力を駆使し、如何なる精強な軍隊も全く寄せ付けず、埃一つ被らぬまま殲滅に至らしめた。
皇國が世界戦を移動した先で敵対した各勢力は、麒乃神聖花を「最終兵器超能力女子高生」と呼び、畏怖と絶望の目を向けていた。
今、嘗て時空を超えて世界を震え上がらせた妖艶なる両性具有の女が日本国へと牙を剥こうとしていた。
⦿⦿⦿
硫黄島での死闘から一夜明けた翌日、七月十五日水曜日。
日本国国会議員会館の事務所で、皇奏手は喜びに拳を強く握り締めた。
岬守航の勝利と防衛の成功に留まらない朗報が齎されたのだ。
「敵兵が第二皇子・鯱乃神那智となると、搭乗していた機体は間違い無く皇國の技術の粋を集めた特別機ね。これを殆ど破壊せずに鹵獲出来たのは大きい。スイゼイの生産は現在進行形のもので中止しましょう。特別機の技術を次の後継機に導入すれば此方の戦力は一気に増強される。運が向いてきたわ」
珈琲に口を付けて北叟笑む皇の様子を、二人の秘書が不安げに見詰めている。
根尾弓矢に並んで長く彼女の下で働く伴藤明美と、つい先日臨時で雇われた久住双葉である。
「しかし先生」
伴藤が皇に疑問を呈する。
「敵皇族の戦死は日本にとってプラスなんでしょうか? なんだか怒りを買ってしまうような気がするんですが」
「逆に、戦意を喪失する可能性もある。こればかりは蓋を開けてみないと判らないわ」
だが言葉の割に、皇は不敵な笑みに自信を覗かせている。
「ふふふ、でもそんなことは関係無いのよ。要は、相手の士気に関わらず戦いを諦めざるを得ない状況を作り出せば良いんだもの。その手は既に考えてあるのよ。スイゼイ後継機の大幅なパワーアップが見込める様になった今、その実現性も見えてきたわ」
「問題はそれまで我が国の防衛線が保つかですよね。前回の銀座や今回の硫黄島と、岬守さんが参加した大事な戦いは勝ててますけど、それ以外の侵攻に対しては岬守さんも対応し切れなくて、総合的な戦局は結構ギリギリで踏み止まっている感じですし」
「スイゼイの戦果が思いの外良かったのも嬉しい誤算ね。撃破された一機も明日には修復完了し、一週間後には現在生産中の七機が新規に追加される。そこからは、豊中隊と池田隊が中心となってより効果的に本土を防衛してくれることが規定出来るわ」
「ま、その分国内の製造業が悲鳴を上げていますけどね。リソースの大部分を為動機神体の生産に半ば強制的に向けさせている訳ですから、この竹篦返しは厳しそうですよ」
「本土が攻撃されて生産拠点が破壊されるよりはマシと御理解頂いているわ。こういう時の為に、国家緊急事態の法制度を整備しておいて良かったといったところね」
「野党や左派メディア言論人からは滅茶苦茶叩かれてましたけどね」
皇と伴藤の会話が弾むのは、それだけ皇がストレスを感じていて伴藤も理解している証左である。
しかし、彼女に弱音は許されない。
基より、世界最強を目指す彼女はこの程度で弱音など吐くつもりなど無い。
「久住さん」
「は、はい!」
突然皇から名を呼ばれ、双葉は背筋を伸ばした。
戦いで役に立てず、弱音を吐いて持ち場を変えて貰ったからには、此処で役に立ちたいという思いがある。
双葉は緊張と共に皇の言葉に耳を傾ける。
「岬守さんを始め、拉致被害者の皆さんと早急に話がしたいわ。何時に会えるかしら?」
「え、えと……」
双葉は皇の要求に困ってしまった。
「あの、わかりません……。他のみんなはいつでも会えるでしょうけど、岬守君はいつこっちに帰ってくるか……」
航は戦いを終え、硫黄島で一夜明かした筈である。
その後の帰還の予定を双葉は把握していなかった。
そんな彼女の不手際に、皇は小さく溜息を吐いた。
「大至急確認して頂戴。最速でいつ横田飛行場へ到着し、そこから此処へ来られる時刻をね。他の皆さんにはその時間に来ていただけるようにアポを取って」
「はい……」
皇は大きく深呼吸し、席を立った。
「さあ、これから益々忙しくなるわよ! 此処が正念場、二人共気合いを入れなさい」
「は、はい!」
皇の叱咤に双葉は気を取り直す。
一方、伴藤は何やら誰かと電話をして驚き瞠目している。
「それは……一大事ですね。はい……はい……解りました、先生にもすぐに伝えます」
何やら伴藤の電話には不穏なニュースが齎されたらしい。
「どうかしたの、伴藤?」
電話を切った伴藤に皇が尋ねる。
「先生、崇神會の息田総帥からです。皇國軍に潜入していたスパイと連絡が付かなくなったそうです」
「何?」
「それと、そのスパイから最後の連絡が入っていたそうですが、皇國の鬼獄遠征軍相、縞田国防軍相が首相官邸で死体となって発見され、更に小木曽首相も病院に搬送され意識不明だそうです」
「なんですって……?」
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これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
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