日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第三章『争乱篇』

第六十六話『特別』 序

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 じんのうの寝室は重苦しい空気に沈んでいた。
 先程までの、じんのうが目覚めた喜びがうその様だ。

 空気を変えたのは、第一皇子・かみえいの近衛侍女の一人、ゴシックスタイルの装束を身にまとったりゆういんしらゆき
 彼女によってもたらされた、第二皇子・しやちかみほうである。
 寝台ベッドの上のじんのうは沈痛な面持ちでうなれ、傍らで父を見守っていたかみは目を見開いて何度もまばたきをしていた。

「な……な……」

 動揺を隠せないかみの様子を、クラシックスタイルのメイド服を身に纏ったもう一人の近衛侍女・しきしまあおい顔で見ていた。
 彼女にとって、かみの幸せを破壊するような情報を安易に伝えるのはごんどうだんである。
 そんな中、かみは喉から出かかっていた言葉をようやく吐いた。

「なんで?」

 それは普段の尊大な物言いからは想像も付かない、極めて直接的で口語的、そして単純な疑問詞だった。
 それだけ動揺しているということだろうか。

は国防軍だろう? それが前線に出ている? それにあのどうしんたいは……きよつきゆうどうしんたい・タカミムスビはおれが作り出したこうこく軍最強のどうしんたいだぞ? は乗りこなしていたはずだ。なのにどうして? まるで意味がわからんぞ!」

 まくてるかみ、たじろぐしきしま、不動のりゆういん
 そんな三人を横目に、じんのうは大きな溜息を吐いた。

えい、やめよ。その者は長年なんじに仕えてきた近衛侍女だ、皇族の死をかたちんなんじたばかるような不届き千万な愚行に興じるほどではあるまい。の死は真実だろう」

 じんのうかみいさめた。
 静かに、厳かに――だがその声には少なからず悲嘆が込められていた。

「悪夢の理由もわかった。かつて全てをうしなった、あの革命以来の身内の死……。だが、我が子は初めてだ……! あの時、この世の痛みと悲しみを味わい尽くしたとばかり思っていた……! しかし……息子とは……! 実の息子を喪うというのは……!」
「父上っ……!」

 じんのうの、小枝の様にか細い指が布団を強くつかむ。
 そして、伏せていた顔がしきしまの方へと向けられた。

「二人共、済まぬが外してはくれぬか? えいと、我が子と二人切りで話がしたい」
かしこまりました」

 しきしまは一礼すると、再びりゆういんいちべつしてそろっての退室を促す。
 りゆういんも少し遅れてうやうやしく頭を下げ、しきしまに続いて寝室を出て、静かに扉を閉めた。
 そしてしきしまりゅういんを問い質す。

「どういうつもりだ?」

 寝室の外、廊下へ出たしきしまりゆういんに険悪な空気が流れる。
 しきしまりゆういんに批難の目を向けた。
 対して、りゆういんは不敵にほほみを浮かべている。

「主に隠し事をする訳にはいかないじゃなぁい?」
りゆういん殿、貴女あなたがそれを言うのか?」
「嫌だわ、なんのことかしら? 失礼しちゃうわぁ……」

 とぼけてみせるりゆういんの態度に、しきしまは顔をしかめた。
 しきしまは今、相方に対して不信感で一杯だ。
 何より、かみえいに対して、彼の世界観を全肯定し夢に浸らせる接し方はしきしまよりもりゆういんの方が露骨である。
 そのりゆういんが、かみに対して不都合な現実を率先して告げた。

 基より、しきしまりゆういんのことを快く思っていない。
 それはりゆういんしきしまを邪魔に思っていることが透けて見えている裏返しでもあるが、もっと根本的な理由がある。
 りゆういんかみへのかたがわざとらしいのだ。
 それはにも、裏で何かをたくらんでいますと言わんばかりである。

「まあ、貴女あなたの心配事は解るわ、しきしまちゃん」

 りゆういんはそんなしきしまの内心を見透かした様に口角を上げた。

「でも、それはゆうというものよぉ……」
「余計なうれいだと?」
「ええ。だって、知っているでしょう? あのかたが、かみ様が何と呼ばれているか……」

 りゆういんの言葉に、しきしまどうもくし、そして目を伏せた。
 苦い記憶の想起が鈍い痛みを生んだ様に、わずかに目をすがめた。

「絶対……強者……」
「そうよぉ。そしてその意味は、単に力の強さだけを意味するのではない」

 りゆういんは扉の方へ視線を向けた。
 その向こう、じんのうの寝室に残された主は、父との話の中で何を思っているのだろうか。
 主の行く末に、何も心配は要らないというのか。

「成程……貴女あなたの言うことももつともだ……」

 しきしまは顔を顰めて納得させられた。
 彼女にとって、かみえいの強さ以上に説得力のある論理など存在しない。
 それを出されると、引き下がらざるを得ない。

て、ところでしきしまちゃん。少し手伝ってほしいことがあるのだけれど……」
「手伝う?」
「ええ……」

 りゆういんは口元に笑みを保ったまま両眼を鋭く光らせ、腰に下げた刀に手を添えた。

こうこくため、主君の為、斬ってあげないといけない達が居るのよ」
「主君の為? そういうことならばやぶさかではないが、無断で動くのか?」
「ちゃあんと事後報告はします。聞けば貴女あなたも納得するわぁ。これは大事なけじめだから……」

 いぶかしむしきしまだったが、りゆういんが告げた名前と罪状を聞いた彼女もまた両眼に鋭い光を宿し、腰に下げた刀に手を添えた。

「あいわかった」
「流石しきしまちゃん、かみ様が信を置く優秀な近衛、忠実な臣下だわぁ」

 二人は並んで廊下を歩いて行った。



    ⦿⦿⦿



 同じ頃、こうこく首相官邸。
 内閣総理大臣・ふみあき、遠征軍大臣・ごくやす、国防軍大臣・こうしげゆきの三名は、一人の女に雷を落とされていた。

まえ達は一体どこまで失態を重ねれば気が済むのですか!」

 第一皇女・かみせいが珍しくものすごけんまくで怒りをあらわにしている。
 かみに伝わったのと同じ様に、彼女にも弟の訃報が入ったのである。

「開戦したその日には皇宮へ賊の侵入を許し陛下のいのちを奪われかけ、更にはめいひのもとちようきゆうに防衛線を突破されて統京へ上陸され、賊を逃がしてしまった。夜が明けては隊をめいひのもと本土へと向かわすも、とつきゆうどうしんたい・ツハヤムスビを撃破されて全滅。そして今度は、こうこく最強の機体であるきよつきゆうどうしんたい・タカミムスビをたおされすらも死なせるとは……。この責任、せるなどとは思っていませんね!」

 三人の閣僚はこの世の終わりの様な表情を浮かべて震えていた。
 皇族の怒りを買ってしまった彼らの政治生命ははや終わったと言って良いだろう。
 それを裏付けるが如く、かみの口から冷酷な宣告が下される。

まえ達、明日にも辞任しなさい。どうせ両院から責任を追及されるのですからね。この国難時に国会を空転させるなど許されませんよ」
「総辞職、で御座いますか……」

 はがっくりと肩を落とした。
 彼にとって、思わぬ形で総理の座が舞い込んできたのはぎようこうだった。
 だが、それは僅か一週間という短命の政権に終わってしまった。
 貴族院を裏で牛耳るかみせいと表立って敵対して、政権を維持することは不可能なのだ。

「まったく……」

 かみおおに溜息を吐いた。
 その一挙手一投足が、三人の閣僚を整列させられた囚人の様に戦々恐々とさせる。
 既に政治的に終わった三人であるが、彼女の怒りはなおも彼らの首を真綿で締め付けているのだ。

「それにしても、新皇軍が陛下のしん抜きだとここまでだらしがないとは……。まさか再びこのわたくしが力を振るう羽目になるとは思いませんでしたよ」

 三人は一様にびくりと身体を弾ませた。
 ごくが恐る恐る尋ねる。

「十三年ぶりに……殿下が戦場へ出られると……?」
「仕方が無いでしょう、この為体ていたらくではね。くなる上は嘗ての様にこのわたくしが直々に敵軍を余すことなくじゆうりんし、敵兵共を血祭りに上げてやります」

 かみきびすを返した。

「既に遠征軍の杜若かきつばた大将には伝えてあります。最早まえ達の出る幕はありません。精々迅速に総辞職の手続を進めておきなさい」

 かみはそう言い残すと、首相官邸執務室を後にした。

 しんせいだいにっぽんこうこくには嘗て、どうしんたいの大軍やためどうしんかんの空間転移よりも恐れられた脅威の兵力があった。
 それは長い黒髪をなびかせ、学生服姿で優雅に戦場をかつする一人の少女だった。
 彼女は超常的な力を駆使し、如何なる精強な軍隊も全く寄せ付けず、ほこり一つ被らぬまませんめつに至らしめた。

 こうこくが世界戦を移動した先で敵対した各勢力は、かみせいを「最終オメガ兵器ウェポン超能力サイキック女子高生スクールガール」と呼び、畏怖と絶望の目を向けていた。
 今、嘗て時空を超えて世界を震え上がらせた妖艶なる両性具有アンドロギュノスの女が日本国へと牙をこうとしていた。



  ⦿⦿⦿



 硫黄島での死闘から一夜明けた翌日、七月十五日水曜日。
 日本国国会議員会館の事務所で、すめらぎかなは喜びに拳を強く握り締めた。
 さきもり航の勝利と防衛の成功にとどまらない朗報が齎されたのだ。

「敵兵が第二皇子・しやちかみとなると、搭乗していた機体は間違い無くこうこくの技術の粋を集めた特別機ね。これを殆ど破壊せずにかく出来たのは大きい。スイゼイの生産は現在進行形のもので中止しましょう。特別機の技術を次の後継機に導入すればちらの戦力は一気に増強される。運が向いてきたわ」

 珈琲コーヒーに口を付けてほくすめらぎの様子を、二人の秘書が不安げに見詰めている。
 きゅうに並んで長く彼女の下で働くばんどうあけと、つい先日臨時で雇われたずみふたである。

「しかし先生」

 ばんどうすめらぎに疑問を呈する。

「敵皇族の戦死は日本にとってプラスなんでしょうか? なんだか怒りを買ってしまうような気がするんですが」
「逆に、戦意を喪失する可能性もある。こればかりはふたを開けてみないと判らないわ」

 だが言葉の割に、すめらぎは不敵な笑みに自信をのぞかせている。

「ふふふ、でもそんなことは関係無いのよ。要は、相手の士気に関わらず戦いを諦めざるを得ない状況を作り出せば良いんだもの。その手は既に考えてあるのよ。スイゼイ後継機の大幅なパワーアップが見込める様になった今、その実現性も見えてきたわ」
「問題はそれまで我が国の防衛線がつかですよね。前回の銀座や今回の硫黄島と、さきもりさんが参加した大事な戦いは勝ててますけど、それ以外の侵攻に対してはさきもりさんも対応し切れなくて、総合的な戦局は結構ギリギリでとどまっている感じですし」
「スイゼイの戦果が思いの外良かったのもうれしい誤算ね。撃破された一機も明日には修復完了し、一週間後には現在生産中の七機が新規に追加される。そこからは、とよなか隊といけ隊が中心となってより効果的に本土を防衛してくれることが規定出来るわ」
「ま、その分国内の製造業が悲鳴を上げていますけどね。リソースの大部分をどうしんたいの生産に半ば強制的に向けさせている訳ですから、この竹篦しっぺがえしは厳しそうですよ」
「本土が攻撃されて生産拠点が破壊されるよりはマシと御理解頂いているわ。こういう時の為に、国家緊急事態の法制度を整備しておいて良かったといったところね」
「野党や左派メディア言論人からはちやちやたたかれてましたけどね」

 すめらぎばんどうの会話が弾むのは、それだけすめらぎがストレスを感じていてばんどうも理解している証左である。
 しかし、彼女に弱音は許されない。
 基より、世界最強を目指す彼女はこの程度で弱音など吐くつもりなど無い。

ずみさん」
「は、はい!」

 突然すめらぎから名を呼ばれ、ふたは背筋を伸ばした。
 戦いで役に立てず、弱音を吐いて持ち場を変えてもらったからには、で役に立ちたいという思いがある。
 ふたは緊張と共にすめらぎの言葉に耳を傾ける。

さきもりさんを始め、拉致被害者の皆さんと早急に話がしたいわ。何時に会えるかしら?」
「え、えと……」

 ふたすめらぎの要求に困ってしまった。

「あの、わかりません……。他のみんなはいつでも会えるでしょうけど、さきもり君はいつこっちに帰ってくるか……」

 航は戦いを終え、硫黄島で一夜明かした筈である。
 その後の帰還の予定をふたは把握していなかった。
 そんな彼女の不手際に、すめらぎは小さく溜息を吐いた。

「大至急確認して頂戴。最速でいつ横田飛行場へ到着し、そこから此処へ来られる時刻をね。他の皆さんにはその時間に来ていただけるようにアポを取って」
「はい……」

 すめらぎは大きく深呼吸し、席を立った。

「さあ、これからますます忙しくなるわよ! 此処が正念場、二人共気合いを入れなさい」
「は、はい!」

 すめらぎしつふたは気を取り直す。
 一方、ばんどうは何やら誰かと電話をして驚き瞠目している。

「それは……一大事ですね。はい……はい……解りました、先生にもすぐに伝えます」

 何やらばんどうの電話には不穏なニュースが齎されたらしい。

「どうかしたの、ばんどう?」

 電話を切ったばんどうすめらぎが尋ねる。

「先生、じんかいいきそうすいからです。こうこく軍に潜入していたスパイと連絡が付かなくなったそうです」
「何?」
「それと、そのスパイから最後の連絡が入っていたそうですが、こうこくごく遠征軍相、こう国防軍相が首相官邸で死体となって発見され、更に首相も病院に搬送され意識不明だそうです」
「なんですって……?」

 突如こうこくに起きた異常事態。
 戦争中の両国の情勢に、不吉な横風が吹いていた。
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