日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第三章『争乱篇』

第六十六話『特別』 破

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 時は前日、七月十四日の夜にさかのぼる。
 第一皇女・かみせいの去った首相官邸では、辞職を勧告された首相の前で、彼と同じ運命を告げられた伯爵・ごく遠征軍相とこう国防軍相が言い争っていた。

ごく! 何故なぜ貴様の無能にわたしまで巻き込まれなければならないんだ!」
「無能だと!? 『金色の機体』に好き放題に本土まで乗り込まれた貴様が言えた柄か!」
「その時点で陛下がかいふくするまで侵攻を延期しておけばこんなことにはならなかった!」
「だったらもっと断固として反対すれば良かったのだ!」

 七十を過ぎた――それにしては若作りだが――二人の男が気が狂った様な金切り声をぶつけ合う姿はあまりにもざまで見苦しい。
 そんな二人を、はなんとか抑えようと声を掛ける。

「あの、二人共……」
貴方アンタは黙っていなさいよ!」
「首相がこんな男を留任させるからわたしがね!」
「こっちの台詞せりふだこの野郎!」
「黙れぼんくら貴族が!」

 ごくこうはとうとう取っ組み合いのけんを始めてしまった。
 とても両軍の最上級高官とは思えない醜態である。

 そんな二人の間に、遂にの身体が割り込んだ。
 いな、二人の間を裂く様にの身体が倒れ込んだ。

「え?」
総理……?」

 床に突っ伏したの身体は小刻みにけいれんしている。
 あまりに突然の事態に、ごくこうもすっかり我に返ってしまっていた。

総理! どうしたのですか!」
ごく! 救急車を呼ばんか!」
「その必要はありませんわ」

 動揺する二人に一人の背の高い女が歩み寄る。
 日本刀を抜いたゴシックロリータ服の女――第一皇子・かみえいの近衛侍女・りゆういんしらゆきである。
 予期せぬ来訪者、それも見るからに物騒な姿の彼女を見た二人は声をらせてあと退ずさる。

「救急車は既に手配してあるわぁ。総理にはまだ裁可していただかなければならない案件があるからねぇ。明日の辞任を数日先延ばしにするため、入院してもらうことにしたのよぉ。病院でこんすい状態になっては自分で辞任は出来ないでしょう? ま、入院中にくだんの裁可が済んだらそのままがんで死んでもらいますけど」

 りゆういんは恐ろしい能力を持っている。
 それはに死につながる病を植え付け、そして死期をも都合良く操作せしめるものだ。
 更に、りゆういんは刀身を二人に向けた。

「でも貴方あなた達には今で死んでもらうわぁ」
「なっ!? りゆういん殿、貴女あなたは御自分が何をしているのかわかっているのですか!」
「このようなろうぜきかみ殿下がゆるしになるとでも!?」

 二人の閣僚はあおい顔で壁を背にしていた。
 りゆういんは白い歯を見せて笑い、一瞬にしてこうの胸を刃で貫いた。

「かはっ……!!」
かみ様は弟君のこうきよしんねんを大変悪くされましたわ。その責を問うているのよぉ」

 りゆういんが刃を引き抜くと、こうは噴水の様に鮮血をらして倒れた。
 あかい血に塗れた彼女はごくの方へと冷酷な視線を向ける。

「ヒィィィッ!!」

 ごくは恐怖から錯乱して駆け出した。
 しかし、りゆういんはまたしても一瞬で間合いを詰め、彼の両脚を斬り落としてしまった。

「ギャアアアアッッ!!」

 こうと同じく鮮血を噴き出させて転げ回るごくは、尻餅を付いた状態となってりゆういんを蒼い顔で見上げた。

「お待ちを! お待ちください! 貴女あなたわたしぞんないでしょうが、わたしは本当の貴女あなたを知っています!」
「伯爵・ごくやすあたくしの同志、ごくさぶろうだった男の息子でしょう? 今はあたくしが与えた閏閒うるまみつなりという名前だけれどねぇ」
「でしたらっ……でしたらお待ちください! わたしはまだ……まだ貴女あなたのお役に立てます!」
「これだけの無能をさらしておいてよく言えるわねぇ」

 りゆういんが刃を構える。

わたしはっ! わたしは父の、持国天様のお役に立とうと誠心誠意努めて参りましたっ! それは広目天様、貴女あなたに尽くしてきたということですっ! わたしはずっと貴女あなたの為にっ……!」
「なら死になさぁい。あたくしみつなり君も、貴方あなたなんか要らないわぁ」
「そんな!! お助けください!! りゆういん様!! 広目天様!! つげゆきひめ様!!」

 必死の命乞いもむなしく、ごくりゆういんに首をねられた。
 飛び散る鮮血の中、りゆういんは不快気に顔をしかめる。

「息子だからとしやべり過ぎよ、みつなり君……」

 りゆういんは勢い良く刀を振り、ぶきを壁に打ち付けた。



  ⦿⦿⦿



 こうこく首相官邸でごく伯爵が殺された頃、遠征軍参謀本部では二人の男女が一室で卓を挟んですわっていた。
 どこか気品と威厳のある顔立ちの女は杜若かきつばたみつ大将、大柄な男はかけかつ中将である。
 開戦以来、軍の侵攻作戦は全くく行っておらず、難しい情勢に高官の二人が厳しい表情を浮かべるのも当然ではある。
 だが、二人が直面しているのは戦局とは全く別の事態であった。

「妙だとは思わないかしら、かけ中将?」
「何がでしょう?」

 杜若かきつばたは鋭い眼でかけにらみ、かけは冷や汗をいている。

そもそも、何故こうこくはこれほどめいひのもとの軍に苦しんでいる?」
「やはり敵もまた日本、大和民族の魂が一筋縄ではいかんのでしょう」
「それは否定しないわ。しかし、『金色の機体』といいいっきゅうといい、抑も何故彼らはどうしんたいを導入し、運用出来たのだと思う?」

 かけは机の下で手を動かしている。
 腰に下げた銃を探っているのだ。
 彼は杜若かきつばたが何を言いたいのか、おおむね察していた。

おつしやりたいことが計りかねますが」
どうしんたいの操縦にはしんが必要となる。つまり、それを身に付ける為の薬剤『とうえいがん』が。しかし、とうえいがんこうこく社会秩序の根幹を担う国家機密。生産技術と設備は厳重に秘匿・制限され、極一部の臣民にしか触れることが出来ないはずだ。とうえいがんだけではない。先日捕虜になったはた嬢はしんを無力化する『そうがん』を飲まされている筈」

 杜若かきつばたの足下で硬い音が鳴った。
 軍刀のさやを床に当てた音だろう。
 二人の間に不穏な空気が流れている。

とうえいがんにしてもそうがんにしても、めいひのもとは一体どこから手に入れたのだろうな?」
「大将殿はどうお考えなのです?」
「思い出すのは六年前にそうせんたいおおかみきばが起こしたはんらんの鎮圧だ。あの時、軍や官僚機関の内部にやつらの間諜スパイが相当数入り込んでいたと判明した。奴らはその筋からとうえいがん生産設備の情報を得、あおもりしゅうしもきた半島の隠れ家に持ち去ったと聞く。ならば今回も同じ様に、めいひのもと間諜スパイが紛れ込んでいると考えるのが妥当だろうな……」

 その瞬間、かけは机の下から素早く腕を出し、杜若かきつばたへ銃口を向けた。
 だが杜若かきつばたもそれを呼んでいたかの如く机を蹴り上げ、銃を持ったかけの腕にぶつけてひるませる。

「ぐっ!」
かけ貴様、やはりめいひのもと間諜スパイだな!」

 杜若かきつばたは軍刀を鞘から抜いてかけに振るった。
 しかしかけの姿は既にその場から消えていた。

「バレては仕方が無い」

 かけの銃口が杜若かきつばたの後頭部に押し当てられる。
 今の一瞬で、彼は背後に回り込んでいたのだ。
 消音された銃が杜若かきつばたの頭を撃ち抜き、彼女の身体はその場に打ち捨てられた様に倒れた。

おれは日本国秘密政治結社・じんかいかけだ。お察しの通り、全てはおれが組織の指令で日本へ横流ししていた。バレたのはかつだが、貴女あなたの死を機に遠征軍のトップに立つのも悪くはないかも知れないな」

 かけは涼しい顔で銃を腰に下げようとする。
 だがホルダーにいかけたところで、そのまま再び銃を抜いた。
 まだ彼には警戒すべき理由があった。
 それは部屋の扉を開け、ゆっくりと歩み入ってきた。

杜若かきつばた大将を殺したのか……男爵がお嘆きになるだろうな」
「第一皇子近衛侍女・しきしま……」

 背の高いメイド服に帯刀した女・しきしまである。
 その正体はかつおおかみきばに身を寄せた男爵令嬢・はたであり、杜若かきつばたとは剣術の師弟として面識があった。
 杜若かきつばたみつは新華族男爵家の長女であり、弟に家督を譲って軍で身を立てた女傑だった。
 しきしまはた家の長女として古くから杜若かきつばたと親交があり、彼女に尊敬の念を抱いていた。

こうこくの為、不届きな間諜スパイを斬らせてもらう」

 しきしまは日本刀を抜いた。
 修身院の高等部時代には全こうこくの頂点に立ち、その後は革命戦士として、更には近衛侍女として磨かれ振るわれ続けた剣がかけに向けられようとしていた。

「そうはいかん! おれはまだまだ日本の為に働かなくてはならん!」

 かけはその場で跳び上がった。
 ただ跳び上がっただけでなく、彼の身体はさなが護謨ゴムまりの様に変形し、弾む様な勢いを付けて天井に衝突、跳ね返って更に加速する。

ことじようさまが命懸けで切り開いてくださった勝機、逃す訳にはいかんのだ!」

 かけの能力、それは全身の護謨ゴム化である。
 その体は異常な弾性を獲得し、目にもとどまらぬ速度での移動、エネルギーのでんによる銃弾速度の大幅な向上、そして打撃はおろか斬撃にさえも耐える柔軟性といった特性で攻守両面にける強さを発揮するのだ。

「刀などでおれは斬れんぞ!」
「どうかな?」

 加速を繰り返したかけしきしまに突進を仕掛ける。
 対するしきしまは刀を構え、迎撃の態勢だ。
 能力の相性はかけに優勢――そう思われた。
 だが衝突の直前、かけの胴部に一本の光の筋が浮き上がる。

「斬る!」

 しきしまの刃が翻った。
 かけの身体は胴体で真二つとなり、しきしまの背後で泣き別れした上半身と下半身が跳ねる。

「莫迦な……! 何故……」
わたくしの能力が生み出す光の筋は約束された未来の切断面だ。筋に刃を通せば、対象物の性質とは無関係に切断された未来が実現する。この世にわたくしに斬れぬものなどほとんど無い。皇族方でもない限り、わたくしの刃を防ぐことなど出来んのだ」

 しきしまは刀身の血を拭き取り、鞘に刀を納めた。
 真二つになったかけは白目をいて絶命している。
 くして、部屋には二人の軍人の死体が横たわった。

「偉大なるこうこくあだなす者には死あるのみ。その原則を曲げる慈悲はわたくしの剣に無い。それが出来るのは極々限られた尊きかたのみ……」

 しきしまは部屋から出て遠征軍参謀本部を後にした。
 日本国は貴重な情報源をまた一人うしなってしまった。
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