日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第三章『争乱篇』

第六十六話『特別』 急

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 時を戻し、七月十五日の昼過ぎ。
 帰還して昼食を済ませたさきもりわたるは、拉致被害者達と共にすめらぎかな防衛大臣兼国家公安委員長の事務所に招かれた。

「急な呼び出し、誠に申し訳御座いません」

 先行して到着していたきゆうびやくだんあげ、そしてすめらぎの側に付いているずみふたばんどうあけに見守られながら、わたる達は普段よりも多く用意された椅子に腰掛けた。

「本日皆さんにお越しいただいたのは他でもありません。皆さんの今後のことをわたくしの口からきちんと話しておかなければならないと考えたからです」

 まゆづきが最初に首をかしげた。

「既にその話は済んでいるのでは? わたし達がとうえいがんを服用したのは十二日前の七月三日、おおかみきばから脱出して不時着した川のほとりから中一日で出発した朝のこと。つまりその二八日後の七月三一日でとうえいがんの効果が切れてしんが無くなるまでホテルで待機し、その後身体を検査して異常が無ければ帰宅するはずと聞いていますが……」

 わたるおおむまゆづきと同じ事を疑問に思った。
 しかしすめらぎの方に目をると、すめらぎの脇に控える者達の表情はそれぞれの形で何かをしている。
 はばつが悪そうに厳しい顔をわたる達に向け、びやくだんは自分の境遇に対する諦観を忍ばせたほうけ顔を下に向け、ばんどうは戦々恐々とすめらぎを見詰め、そしてふたは冷めた視線をすめらぎに向け、それぞれの態度でわたる達にとって良くない話を予感させる。

(成程、そういうことか……)

 わたるはこれから話される内容を何となく察した。

「まずはお聴きしましょう」
「恐縮です」

 すめらぎは小さく息を吐いて語り始めた。

「初めに御礼申し上げます。先日は銀座の防衛戦にご参加いただき、誠にありがとうございます。さきもりさんに至ってはその後も何度もどうしんたいで出撃いただき、度重なるこうこくの侵攻から我が国を守っていただきました。皆様の活躍には感謝しても仕切れません」
「はい……」

 頭を下げるすめらぎに対し、わたるは返す言葉を少し迷った。
 わたるちようきゆうどうしんたい・カムヤマトイワレヒコで度々防衛に出ているのは、帰国した夜に彼女から頼まれた結果である。
 うることを救うための選択として、わたる自身の意思で決めたことではあるが、それはすめらぎもく通りだということも承知していた。
 つまり、あまり長々と礼を言ってはまたあの時の様に変な合意をさせられかねないが、一方ですめらぎわたる達の帰国に尽力した恩人であることも事実なので、無体な態度を取るわけにもいかなかった。

「お役に立てたなら幸いです」
「大いに助かっています。わたくし達だけでなく、日本そのものが。て、そのように大変な御貢献をいただいている貴方あなた達ですが、民間人の立場で戦闘に参加してしまうのはわたくし達だけでなく貴方あなた達御自身の立場をも危うくしかねません。その為、貴方あなた達の行為に法的な根拠を与え、無用ないざこざを防がなければならない。国家の要請で国家を守る為に戦った者達に対して、国家には果たすべき責任と尽くすべき仁義があるとわたくしは考えます」

 すめらぎばんどうに目で合図し、わたる達拉致被害者達に書類を配らせた。
 何やら契約書の様だが、後は判を押すだけの状態まで仕上がっている。
 そしてもう一つ、てのひらサイズの手帳の様なホルダーがそれぞれ差し出された。

「これは……?」
貴方あなた達に与える新しい身分に関する契約書と、身分証です」

 わたるはホルダーを拾い上げ、中を開いた。
 所属と名前が記されたカードが挟まれている形は、警察手帳をほう彿ふつとさせる。
 事実、それは警察手帳に近いかもしれない。

「特別警察特殊防衛課?」
こうこくとの衝突に備えて法整備し、新設した組織と部署です。今年の六月に施行されました。ぞんの様にこうこくの勢力が上陸した場合、貴方あなた達の様なしんの使い手が対処しなくてはなりません。その為の組織です。主にしんの絡んだ犯罪・有事を取締り、治安を守ることを目的とした組織。場合によっては自衛隊の指揮下に入り、しん兵器――すなわどうしんたいに搭乗して戦闘を行うことも出来る」

 わたるが計釈書に目を通す傍ら、他の二人も身分証を手に取った。

「かっけー……!」

 あぶしんは無邪気に喜んでいる。
 死んだ彼の父親が警察だったこともあり、その感動もひとしおなのだろう。
 一方でまゆづきげんな表情を浮かべ、ホルダーを卓上に置き契約書を読み始めた。

「日付は……今日ではないのですか?」

 社会人であるまゆづきは、契約日が七月十五日ではなく二日になっていることを見逃さなかった。
 すめらぎは平然と答える。

「特別警察特殊防衛課の任期は一箇月です。これは国家による統制強化を危惧した野党の要求をみ、事態が収束した場合に速やかに組織を解散する為の措置です。しかしながら、今日契約開始にしてしまうと待機期間が終わってから二週間も国家の管理下に置いてしまうことになり、これは好ましくありません。そこで契約の開始日を、たつかみ殿下から合流場所の連絡があり、身柄確保のが立った七月二日としました。これは可能な限り早期に解放しようという日程です。指揮命令者は課長の。A班は貴方あなた達にびやくだんずみさんを加えた五人、B班はじんかいの残り構成員八人となっています」

 わたるは契約書を何度も繰り返し読んでいた。
 どうやら、開戦の夜にこうこくへ乗り込んだこともその後戦ったことも、特別警察として自衛隊の指揮下で動いたことにしてもらえるようだ。
 だが一つ、わたるには気掛かりがあった。

「有効期限が八月二日……」
「政府として、契約開始日を貴方あなた達の生存を確認した日程よりもさかのぼることは出来ませんでした。待機期間より二日延びてしまうことは御容赦ください」
「ええと、七月三一日の二日後……なんですね」

 わたるは一旦すめらぎの目を見た。
 揺るぎない表情からは隠されたいとは読み取れない。
 次に、ふたの様子をうかがう。
 やはりすめらぎを見るふたの視線はすめらぎに何か後ろめたいことがあると示唆している。

 ふたは何か知っている。
 そして二つの日程を整合したとき、る疑念が湧き上がってくる。

すめらぎ大臣、七月三一日に待機期間が終わるのはとうえいがんの効果が切れるからですよね?」
「はい、その通りです」
「特別警察契約の有効期限はその二日後」
「ええ、おつしやる通り」
「契約終了後、身分証はどうすれば良いですか?」
「最終日にちらへ返却しにお越しください」

 わたるすめらぎの執務机の上に置かれた小瓶に目を遣った。
 見覚えのある、というより忘れようのない小瓶だった。
 けんしんが自殺に使用した、とうえいがんの入っていた小瓶である。
 彼の遺体と共に帰国して紛れ込み、どういう経緯かすめらぎの手に渡ったということだろう。

(そういうことだな)

 わたるすめらぎの視線が再び交わった。
 全てを察したわたるに、すめらぎは鋭い視線を返している。

すめらぎ大臣、あまりぼくくびらないでください」

 視線がわたるに集まった。
 しかしすめらぎには動じる様子は無い。

とうえいがんの効力が斬れてしまった場合、再服用には中一日空けなくてはなりません。だからぼくらはおおかみきばから脱出した際に一度効果が切れ、川のほとりで二泊しなければならなかった。そして待機終了日、即ちとうえいがんの効果が切れる日から二日後に特別警察の任期が切れ、身分証を返しにへ来いと仰る……。大臣、貴女あなたの狙いはそのタイミングでぼくらにその机の上にあるとうえいがんを再服用させ、契約延長を持ち掛けることですね?」

 わたるの問いにすめらぎは答えない。
 だが眉根を寄せて目を閉じるや冷めた目をらすふたの反応から、その問いが図星であったことは推し量れる。
 すめらぎが肝心なことを隠したまま話を進めようとしたのはこれが初めてではなく、黙ってだまされるわたるではなかった。
 わたるは椅子から立ち上がり、執務机の方へと歩いた。

さきもりさん?」

 すめらぎは珍しく戸惑った調子でわたるに呼び掛けた。
 そんな彼女をに、わたるは小瓶からとうえいがんを一錠取り出すと、皆の目の前で飲んで見せた。

「なっ……!?」

 ふたまゆづきが驚いて声を上げた。
 声を上げなかったのはすめらぎばんどう――すめらぎは表情を変えず、ばんどうどうもくしている。

「くくっ……」

 唯一、しんうれしそうに笑っていた。
 わたるの行動を彼だけは純粋に気に入ったらしい。

すめらぎ大臣、ぼくの出番が終わっていないのはわかっています。どうしんたいによる防衛の体制が整うまで日本の守りをつなぐのがぼくの役割だったはずだ。だったらぼくは可能な限り戦い続ける。その為には、とうえいがんが切れて戦えない日なんてあっちゃいけない」

 わたるは七月十二日から十四日の三日間で七回にわたって出撃している。
 こうこくの侵攻はそれだけ激しく、本来ならばこの瞬間にも出撃要請が来ておかしくない。
 わたるが一日の空白期間を作りたくないと考えるのも当然だった。

とうえいがんは服用して十日後から二十日後の期間内に再服用すれば効果を途切れさせずに持続出来る。だったら十二日後の今日飲んで、その十八日後の契約期限に再服用すれば八月三十日まで効果を途切れさせずに維持出来る。そうでしょう?」

 手に持った小瓶にわたるの顔がゆがんで映っている。
 わたるはその屈折した虚像に亡きの姿を重ねていた。

「約束したんですよ、あいつをこうこくじゃなくて日本で眠らせるって。誓ったんですよ、あいつに日本を滅ぼさせたりしないって」
「成程、どうやら貴方あなたの覚悟を見誤っていたようですね。おびいたします」

 すめらぎおもむろに立ち上がった。

「しかし、今やとうえいがんは非常に貴重で、此方にも考えがあります。以後、勝手な判断で服用しないでください」
「はい、すみません……」

 わたるは執務机の上に小瓶を置き直した。
 すめらぎは改めて皆に言い聞かせる。

「概ねさきもりさんが仰ったとおりです。場合によっては皆さんに契約延長をお願いすることもあるかも知れません。無論皆様の御意志を尊重いたしますが、どうかよくかんがえください。びやくだんあぶさんとまゆづきさんをホテルまでお送りしなさい。さきもりさんにはもう少し話があります」

 びやくだんすめらぎの指示に従い、しんまゆづきを連れて退出した。
 それを見届け、すめらぎは執務机の椅子に座り直した。

ばんどう貴女あなたずみさんを連れてB班の方へ説明に行きなさい」
「えっ? び、B班ってあの秘密政治結社のじんかいですよね? あの、秘密裏にしんによる殺し合いの技術を磨き、内部分裂してかいてんとかいう過激派テロ組織すら生んだあのじんかい? わたしがあんな人達と話すんですか?」
「そうよ。むしろこの機会だから、一層のこと完全に政府の管理下に置いてしまうの。そうすれば、任期が切れた時に解散させて組織を消滅させることも出来るでしょう」
「いや、あのですね……先生の狙いは解りましたけど、問題はわたしがあの人達と交渉するんですかっていう……」
「良いからさっさと行きなさい」
「ひーん、話そうとしても問答無用で取りつく島も無い!」

 ばんどうは追われる様にふたを連れて部屋を出て行った。

「扨て、これで本当に大事なお話が出来ますね」

 すめらぎは背筋を伸ばし、改めてわたると向き合った。

「大事なお話?」
「ええ。これは貴方あなただけに話しておきたかった。日本国を背負って命懸けで戦った娘を救うべく、この戦争に身を投じる選択をしてくださった貴方あなただけに……」

 ただごとではない雰囲気に、わたるの胸に緊張が宿った。

「どういったお話ですか?」
「ずばり、この戦争の終わらせ方についてです」

 わたるは自身の心臓が強く脈打つのを感じた。

「目途が……あるのですか?」
「ええ。この状況では極めて限られますが……」
「その方法とは……?」

 わたるかたを呑んですめらぎの答えを待つ。
 そしてすめらぎの口が開く。

こうこく本土にどうしんたいの部隊を上陸させ、じんのうの身柄を確保します。作戦には是非貴方あなたのご協力を仰ぎたい……」

 彼女から出た展望に、わたるは気が遠くなる思いがした。
 しかし、一方でわたるは力強く拳を握ってもいた。
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