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第三章『争乱篇』
第六十八話『個人的仇敵』 急
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電撃に滅多打ちにされたカムムスビの操縦室「直靈彌玉」、その内部で麒乃神が身体を屈めて堪えている。
今の、兎黄泉と融合した状態の航は、カムヤマトイワレヒコの兵装を極限まで強力化させている。
特に、日神回路発動によって破壊力を引き出された光線砲「金鵄砲」と切断ユニット「韴靈劔」は最早為動機神体の領分を遥かに超越している。
刃から放たれた雷光の威力は火星と同じ大きさの火の玉を粉微塵に砕く程に絶大な出力を誇り、これを喰らっては皇族すらも涼しい顔ではいられないのだ。
『っ……!』
電撃が収まった。
直靈彌玉の内部、麒乃神は目を眇めて航を睨み上げていた。
『小癪っ……!』
一方で、航は既に次の行動を起こしている。
振り抜いた機体の腕を曲げ、鋒を前へ向けた構えは刺突の予備動作だ。
そのまま一気に直靈彌玉へ刃を突き入れれば、如何に麒乃神といえども絶命は免れない。
『これで私を追い詰めたつもりですか!』
だが航がとどめの一撃を繰り出そうとした瞬間、カムムスビの直靈彌玉から小さな白い光の球が零れ出た。
それは風船のように中空を漂いながらカムヤマトイワレヒコへと向かって来る、かと思いきや、突如として爆発。
目が消し飛ぶ程に眩い七色の光がカムヤマトイワレヒコの全身を打ち付け、辺り一面の空間を押し潰しながら膨れ上がり、機体を圧迫する。
『左眼ノ禊・嫐波』
恐るべき圧力を掛けられたカムヤマトイワレヒコは身動きが取れない。
機体内部の航さえも耳と目から出血する程、凄絶なる力を掛けられている。
「ぐううううッッ……!!」
『私にこれを使わせた健闘は素直に称賛しましょう。しかし、勇敢なる抵抗も最早終わりです。これなるは神為による擬似的な超新星爆発! 破壊対象を選ばずにその気になれば銀河系をも光で包む! 最期に己の無謀さを思い知り、私の手を振り払ったことを後悔しながら死んでいきなさい!』
カムヤマトイワレヒコの四肢が砕けていく。
(駄目だ……! こんなの、持ち堪えられない……!)
航はどうにかしてこの圧力から逃れる術を探す。
そんな彼に対して勝ち誇る麒乃神の声が聞こえる。
『一つだけ安心させてあげましょう。皇國は御前達明治日本の抵抗に対し、正当なる名誉を保証します。御前達の積み重ねとやらに対する誇りを嗤わせはしません。敵ながら能くやったと永遠に讃え続けようではないですか』
カムムスビから小さな白い光の球がもう一つ零れ出た。
駄目押しの一手、といったところだろうか。
『この眼に焼き付けましょう。散りゆく御前の最期の輝きを!』
航は焦燥を禁じ得なかった。
四肢を失ったカムヤマトイワレヒコは既に胴体の走行も崩れ始めており、完全崩壊は時間の問題だ。
(一瞬、せめてほんの一瞬だけでもこの圧力から逃れられれば……!)
圧力の中、航はどうにか機体を表裏反転させる。
背中を破壊圧に曝せば飛行具が破壊され、墜落を余儀無くされてしまう。
だがそれでも、航には飛行具の推進力を逆向きにする必要があった。
(飛行具が壊れる間際、一瞬だけブースターを噴射する! それで敵の攻撃から僅かに離れられる筈……)
航の目論見通り、カムヤマトイワレヒコは飛行具が壊れる瞬間僅かに浮いた。
同時に、胴体部に細い木の蔓が巻き付く。
(良し、引張れ!)
木の蔓は遥か下方から伸びていた。
空中戦を続けていて顧みられていなかったが、此処はミッドウェー島上空である。
その陸地から伸びている、天まで届く長い蔓がカムヤマトイワレヒコに巻き付いていた。
地上では急成長した蔓の巨大な球根が地表に飛び出していたが、新たな根が伸びて蔓ごと地中へと引き戻される。
この根は「牽引根」と呼ばれ、成長に伴い地上へ飛び出そうとする球根を引き戻す役割を持つ。
遥か上空のカムヤマトイワレヒコはその牽引に引き寄せられて急降下。
航はどうにか敵の攻撃の圧力から逃れた。
とはいえ、最早航に墜落を止める術は無い。
木の蔓は燃え尽き、機体はただ仰向けに墜ちていくばかりである。
『ほう、思い切った躱し方をしましたね。先程から気になっているのですが、御前は複数の術識神為を使っていますね。鏡の障壁に、木の蔓……それらは誰か知り合いの能力ですか? まあ何にせよ、そうなってしまっては私の勝ちですね』
麒乃神は勝利を確信したのか二つの光を消滅させ、機体から外へ出て自らの姿を曝した。
どうやら既に、墜落する機体から脱出する航を追討する準備に入っているようだ。
だがこれは悪手である。
「まだまだ、為動機神体の勝負は最後まで警戒を解いちゃ駄目なんだぜ!」
航もまた機体胸部のハッチを開いた。
機内の航は自身の腕に形成した光線砲ユニットを構えている。
そう、まだ航には術識神為で形成する武器が残っていた。
しかもこの光線砲は能力で作り出すもの故、神為の許す限り破壊力を高められる。
「僕の勝ちだ、麒乃神聖花!」
航の砲口から一筋の巨大な光が奔り、麒乃神聖花をカムムスビごと呑み込んだ。
勝ったと思い込んで機外に出てしまっていた麒乃神は機体を操縦する術を失っていた。
麒乃神が慣れていたのは生身の戦いであり、為動機神体戦の経験不足が徒となったといえよう。
尤も、彼女の腕では斯様に意表を突く攻撃は躱せなかったかも知れないが。
カムムスビは跡形も無く消し飛び、ボロボロになった一人の女が落下していく。
一方で、航とカムヤマトイワレヒコも海面が近い。
先ずカムヤマトイワレヒコが、続いて航が、最後に麒乃神が揃いも揃って着水し、体の大きさに見合った水飛沫を上げた。
「ぶはっ!」
航はなんとか海面上に顔を出し、水面に浮かんでいたカムヤマトイワレヒコの直靈彌玉に縋り付いた。
残念ながら他の部品は沈んでしまっただろう。
(これじゃ作戦続行は無理だ……。おまけに戻ることも出来ない。なんとかして豊中さん達に救助要請を出さないと……)
航は直靈彌玉を開き、通信機能が生きていることを祈って操縦室内に入った。
その間、航の視界に水面を漂う女の姿が映った。
麒乃神聖花は海水を赤く染めながら、航に向かって弱々しく微笑んでいる。
それはこれまでの高慢な彼女が決して見せたことの無い表情だった。
「美事です、岬守航。御前こそ、真の日本男児……」
「マジかよ、あれで死なないのか……」
小さく呟いた麒乃神の唇を読んだ航は呆れ果てて操縦席「荒魂座」に凭れ掛かった。
それと同時に、航から兎黄泉が分離し、副操縦席「和魂座」で眠りに落ちる。
そして航も、最早真面に動く気力すら残っていない。
最後の力を振り絞り、豊中大洋一尉に通信を繋ぐ。
「豊中一尉、聞こえますか……? 此方岬守……」
『此方豊中。岬守さん、無事か? 何があった?』
「敵特別機を撃墜しました。しかし此方も撃墜されての相打ちです。敵操縦士は第一皇女・麒乃神聖花、彼女も生存して海上を漂っています。僕は力を使い果たして救助どころではありません。どうか助けてください。彼女の生死は取引に使える筈です。場所は……」
航は朦朧とした意識の中で掠れる声を辿々しく繋ぐ。
だが戦いの中で受けた傷は深刻で、全てを言い切る前に愈々指一本動かせなくなってしまった。
(うわ……。これ、ヤバいな……。死ぬ……かも……)
航は小島の海岸に直靈彌玉が打ち上げられたと感覚で理解し、そのまま深い深い眠りに落ちていった。
『岬守さん! おい、応答しろ! カムヤマトイワレヒコ、応答せよ! 応答せよ!』
日本時間八月十三日未明、日本国自衛隊の特別作戦は続行断念を余儀無くされた。
豊中大洋一尉と皇國の部隊長は交渉の末、カムヤマトイワレヒコとカムムスビの操縦士をそれぞれ回収。
スイゼイ部隊はカムヤマトイワレヒコの直靈彌玉と共にハワイへと撤退した。
日本国側の損害は超級為動機神体カムヤマトイワレヒコ一機、スイゼイ四機、シキツヒコ十機の喪失に、シキツヒコ操縦士十名の戦死。
カムヤマトイワレヒコは直靈彌玉こそ回収出来たものの、再生には長期間かかり、当分は戦線に復帰出来ないだろう。
尚、カムヤマトイワレヒコ及びスイゼイの操縦士に死者は出なかった。
皇國側の損害は絶級為動機神体・カムムスビ一機、超級為動機神体・ガルバケーヌ弐式九機の喪失に、ガルバケーヌ弐式操縦士七名の戦死。
カムムスビの操縦士は生存したが、戦闘に敗北して神為を喪失している。
また、ハワイでも為動機神体戦が繰り広げられた関係で、パールハーバー・ヒッカム統合基地にも一部施設に被害が及んでいる。
日本国は皇奏手防衛大臣兼国家公安委員長の肝煎りで始めた終戦の為の特別作戦に失敗してしまった。
⦿⦿⦿
皇國首都統京は巨田区、翅田国際空港。
一月前に破壊され、復旧が進むこの場所は、早朝から騒然としていた。
戦闘から帰還した超級為動機神体・ガルバケーヌ弐式から、二人の将校に肩を担がれて麒乃神聖花が重体で運び出されたのだ。
「囃子中尉・枚辻少尉! 早く殿下を此方へ!」
滑走路には既に救急車が乗り入れ、担架と輸液の点滴道具が用意されている。
神為を失い、激しく出血した状態で海面を漂っていた麒乃神は、国防軍に救助された時には既に危機的な状態だった。
囃子鐵男中尉と枚辻磊人少尉による適切な応急処置が無ければ今頃絶命していてもおかしくなかった。
「殿下、もう少しの辛抱です。すぐに皇宮へお運びします。御弟妹の神為をお貸しいただきましょう」
囃子は麒乃神をそっと担架に寝かせ、努めて穏やかな口調で言い聞かせた。
彼は自機を乗り捨ててでも麒乃神を救助した枚辻に同乗し、可能な限りの応急処置と間断無き容態観察をしながら彼女を此処まで運んできた。
枚辻は枚辻で、新華族としての伝を使って逸早く皇宮の侍医に連絡を入れてある。
彼らがこの様に献身するのは、自らの戦場で一度ならず二度までも皇族を死なせる訳にはいかないという思いからだ。
「囃子中尉、僕はガルバケーヌ弐式に戻ります。道が混雑する場合は排除してでも、殿下を最速で皇宮までお送りせねば」
「……ああ、頼む」
枚辻は自分の機体に向けて振り返る。
民草の生活を顧みない貴族ならではの過激な物言いは囃子を躊躇させたが、火急を要する事態に首肯せざるを得なかった。
しかし、戻ろうとする枚辻の手首を麒乃神の冷たい手が掴んだ。
「殿下?」
「なりませんよ、枚辻。皇軍の武威を徒に臣民へ向けるのは……」
麒乃神は力の無い声を絞り出す。
「殿下、どうか御安静に」
「囃子、私のことは皇宮ではなく病院へ運びなさい。深花と賢智は陛下の代わりに皇國を支えねばならぬのです。その神為を私の為に使わせる訳にはいきません」
「な、何を仰いますか!」
驚いて身を乗り出す囃子だったが、背後から枚辻が肩に手を置いた。
振り向いて彼の方を向くと、枚辻は渋い表情で首を振る。
「囃子中尉、仰せのままにいたしましょう」
「枚辻少尉……!」
「殿下の御言葉を、民を思われる御心を蔑ろにしてはなりません」
先程までの威勢は何処へやら、すっかりしおらしくなった枚辻だったが、その眼には有無を言わさぬ強い意志が宿っていた。
囃子はそんな枚辻に、皇國社会の本質を見た。
表向き、軍隊という組織の上下関係が働いているようで、根本的なところで皇族を頂点とし、それに連なる華族に対し、一兵士の囃子には逆らえない領域がある。
この確固たる貴族社会では上流階級による理不尽が罷り通ってしまうが、一方で頂点たる皇族に民草の守護者としての自負心があってどうにか安定を保っているのだ。
「私は……御前達兵士に謝罪しなければなりません。那智の戦死を受け、私は御前達をだらしがないと誹った。しかし、御前達に助けられなければ私は今頃……。戦場を舐めてだらしがない為体を曝したのは私だったという訳ですね……」
「殿下、お体に障ります。どうか御自愛を」
これ以上語らせて負担を掛けまいとする二人の将校に、麒乃神は力無く微笑みかけた。
「信じていますよ。我が愛し皇國の猛き兵達よ……」
麒乃神はそっと両目を閉じた。
⦿⦿⦿
日本時間、八月十三日午後四時。
未明に行われた特別作戦について皇奏手が記者会見を開いていた。
「先程も申しましたとおり、本特別作戦はミッドウェー島上空の交戦による機体の損傷状態を考慮した結果、第一次上陸作戦が中止の運びとなったのであり、失敗とは認識しておりません」
「しかし、結局のところ皇國軍に敗北し撃退されてしまったのでは?」
「それは違います。今回の戦いに於ける我が国の損害は超級五機、対して戦果は特別機含む三十機と報告されています。加えて此方側の機体は全て再生可能な状態で回収されており、既に第二次上陸作戦も視野に入れて準備を進めております」
「大臣、大臣はそう仰いますが、開戦以降防衛省の発表は皇國や海外の報道との大幅な食い違いが指摘されております。この点については如何お考えですか?」
「不確かな情報に惑わされることなく、公的な発表に基づいた正確な報道をお願いしたい所存で御座います」
皇はそう言い残すと、記者達の追求を黙殺して会見を打ち切った。
詰めかける報道陣を警護が身体を張って抑える中、逃げる様に会場を後にする彼女だったが、その眼には一つの思惑に鋭い光を宿していた。
今の、兎黄泉と融合した状態の航は、カムヤマトイワレヒコの兵装を極限まで強力化させている。
特に、日神回路発動によって破壊力を引き出された光線砲「金鵄砲」と切断ユニット「韴靈劔」は最早為動機神体の領分を遥かに超越している。
刃から放たれた雷光の威力は火星と同じ大きさの火の玉を粉微塵に砕く程に絶大な出力を誇り、これを喰らっては皇族すらも涼しい顔ではいられないのだ。
『っ……!』
電撃が収まった。
直靈彌玉の内部、麒乃神は目を眇めて航を睨み上げていた。
『小癪っ……!』
一方で、航は既に次の行動を起こしている。
振り抜いた機体の腕を曲げ、鋒を前へ向けた構えは刺突の予備動作だ。
そのまま一気に直靈彌玉へ刃を突き入れれば、如何に麒乃神といえども絶命は免れない。
『これで私を追い詰めたつもりですか!』
だが航がとどめの一撃を繰り出そうとした瞬間、カムムスビの直靈彌玉から小さな白い光の球が零れ出た。
それは風船のように中空を漂いながらカムヤマトイワレヒコへと向かって来る、かと思いきや、突如として爆発。
目が消し飛ぶ程に眩い七色の光がカムヤマトイワレヒコの全身を打ち付け、辺り一面の空間を押し潰しながら膨れ上がり、機体を圧迫する。
『左眼ノ禊・嫐波』
恐るべき圧力を掛けられたカムヤマトイワレヒコは身動きが取れない。
機体内部の航さえも耳と目から出血する程、凄絶なる力を掛けられている。
「ぐううううッッ……!!」
『私にこれを使わせた健闘は素直に称賛しましょう。しかし、勇敢なる抵抗も最早終わりです。これなるは神為による擬似的な超新星爆発! 破壊対象を選ばずにその気になれば銀河系をも光で包む! 最期に己の無謀さを思い知り、私の手を振り払ったことを後悔しながら死んでいきなさい!』
カムヤマトイワレヒコの四肢が砕けていく。
(駄目だ……! こんなの、持ち堪えられない……!)
航はどうにかしてこの圧力から逃れる術を探す。
そんな彼に対して勝ち誇る麒乃神の声が聞こえる。
『一つだけ安心させてあげましょう。皇國は御前達明治日本の抵抗に対し、正当なる名誉を保証します。御前達の積み重ねとやらに対する誇りを嗤わせはしません。敵ながら能くやったと永遠に讃え続けようではないですか』
カムムスビから小さな白い光の球がもう一つ零れ出た。
駄目押しの一手、といったところだろうか。
『この眼に焼き付けましょう。散りゆく御前の最期の輝きを!』
航は焦燥を禁じ得なかった。
四肢を失ったカムヤマトイワレヒコは既に胴体の走行も崩れ始めており、完全崩壊は時間の問題だ。
(一瞬、せめてほんの一瞬だけでもこの圧力から逃れられれば……!)
圧力の中、航はどうにか機体を表裏反転させる。
背中を破壊圧に曝せば飛行具が破壊され、墜落を余儀無くされてしまう。
だがそれでも、航には飛行具の推進力を逆向きにする必要があった。
(飛行具が壊れる間際、一瞬だけブースターを噴射する! それで敵の攻撃から僅かに離れられる筈……)
航の目論見通り、カムヤマトイワレヒコは飛行具が壊れる瞬間僅かに浮いた。
同時に、胴体部に細い木の蔓が巻き付く。
(良し、引張れ!)
木の蔓は遥か下方から伸びていた。
空中戦を続けていて顧みられていなかったが、此処はミッドウェー島上空である。
その陸地から伸びている、天まで届く長い蔓がカムヤマトイワレヒコに巻き付いていた。
地上では急成長した蔓の巨大な球根が地表に飛び出していたが、新たな根が伸びて蔓ごと地中へと引き戻される。
この根は「牽引根」と呼ばれ、成長に伴い地上へ飛び出そうとする球根を引き戻す役割を持つ。
遥か上空のカムヤマトイワレヒコはその牽引に引き寄せられて急降下。
航はどうにか敵の攻撃の圧力から逃れた。
とはいえ、最早航に墜落を止める術は無い。
木の蔓は燃え尽き、機体はただ仰向けに墜ちていくばかりである。
『ほう、思い切った躱し方をしましたね。先程から気になっているのですが、御前は複数の術識神為を使っていますね。鏡の障壁に、木の蔓……それらは誰か知り合いの能力ですか? まあ何にせよ、そうなってしまっては私の勝ちですね』
麒乃神は勝利を確信したのか二つの光を消滅させ、機体から外へ出て自らの姿を曝した。
どうやら既に、墜落する機体から脱出する航を追討する準備に入っているようだ。
だがこれは悪手である。
「まだまだ、為動機神体の勝負は最後まで警戒を解いちゃ駄目なんだぜ!」
航もまた機体胸部のハッチを開いた。
機内の航は自身の腕に形成した光線砲ユニットを構えている。
そう、まだ航には術識神為で形成する武器が残っていた。
しかもこの光線砲は能力で作り出すもの故、神為の許す限り破壊力を高められる。
「僕の勝ちだ、麒乃神聖花!」
航の砲口から一筋の巨大な光が奔り、麒乃神聖花をカムムスビごと呑み込んだ。
勝ったと思い込んで機外に出てしまっていた麒乃神は機体を操縦する術を失っていた。
麒乃神が慣れていたのは生身の戦いであり、為動機神体戦の経験不足が徒となったといえよう。
尤も、彼女の腕では斯様に意表を突く攻撃は躱せなかったかも知れないが。
カムムスビは跡形も無く消し飛び、ボロボロになった一人の女が落下していく。
一方で、航とカムヤマトイワレヒコも海面が近い。
先ずカムヤマトイワレヒコが、続いて航が、最後に麒乃神が揃いも揃って着水し、体の大きさに見合った水飛沫を上げた。
「ぶはっ!」
航はなんとか海面上に顔を出し、水面に浮かんでいたカムヤマトイワレヒコの直靈彌玉に縋り付いた。
残念ながら他の部品は沈んでしまっただろう。
(これじゃ作戦続行は無理だ……。おまけに戻ることも出来ない。なんとかして豊中さん達に救助要請を出さないと……)
航は直靈彌玉を開き、通信機能が生きていることを祈って操縦室内に入った。
その間、航の視界に水面を漂う女の姿が映った。
麒乃神聖花は海水を赤く染めながら、航に向かって弱々しく微笑んでいる。
それはこれまでの高慢な彼女が決して見せたことの無い表情だった。
「美事です、岬守航。御前こそ、真の日本男児……」
「マジかよ、あれで死なないのか……」
小さく呟いた麒乃神の唇を読んだ航は呆れ果てて操縦席「荒魂座」に凭れ掛かった。
それと同時に、航から兎黄泉が分離し、副操縦席「和魂座」で眠りに落ちる。
そして航も、最早真面に動く気力すら残っていない。
最後の力を振り絞り、豊中大洋一尉に通信を繋ぐ。
「豊中一尉、聞こえますか……? 此方岬守……」
『此方豊中。岬守さん、無事か? 何があった?』
「敵特別機を撃墜しました。しかし此方も撃墜されての相打ちです。敵操縦士は第一皇女・麒乃神聖花、彼女も生存して海上を漂っています。僕は力を使い果たして救助どころではありません。どうか助けてください。彼女の生死は取引に使える筈です。場所は……」
航は朦朧とした意識の中で掠れる声を辿々しく繋ぐ。
だが戦いの中で受けた傷は深刻で、全てを言い切る前に愈々指一本動かせなくなってしまった。
(うわ……。これ、ヤバいな……。死ぬ……かも……)
航は小島の海岸に直靈彌玉が打ち上げられたと感覚で理解し、そのまま深い深い眠りに落ちていった。
『岬守さん! おい、応答しろ! カムヤマトイワレヒコ、応答せよ! 応答せよ!』
日本時間八月十三日未明、日本国自衛隊の特別作戦は続行断念を余儀無くされた。
豊中大洋一尉と皇國の部隊長は交渉の末、カムヤマトイワレヒコとカムムスビの操縦士をそれぞれ回収。
スイゼイ部隊はカムヤマトイワレヒコの直靈彌玉と共にハワイへと撤退した。
日本国側の損害は超級為動機神体カムヤマトイワレヒコ一機、スイゼイ四機、シキツヒコ十機の喪失に、シキツヒコ操縦士十名の戦死。
カムヤマトイワレヒコは直靈彌玉こそ回収出来たものの、再生には長期間かかり、当分は戦線に復帰出来ないだろう。
尚、カムヤマトイワレヒコ及びスイゼイの操縦士に死者は出なかった。
皇國側の損害は絶級為動機神体・カムムスビ一機、超級為動機神体・ガルバケーヌ弐式九機の喪失に、ガルバケーヌ弐式操縦士七名の戦死。
カムムスビの操縦士は生存したが、戦闘に敗北して神為を喪失している。
また、ハワイでも為動機神体戦が繰り広げられた関係で、パールハーバー・ヒッカム統合基地にも一部施設に被害が及んでいる。
日本国は皇奏手防衛大臣兼国家公安委員長の肝煎りで始めた終戦の為の特別作戦に失敗してしまった。
⦿⦿⦿
皇國首都統京は巨田区、翅田国際空港。
一月前に破壊され、復旧が進むこの場所は、早朝から騒然としていた。
戦闘から帰還した超級為動機神体・ガルバケーヌ弐式から、二人の将校に肩を担がれて麒乃神聖花が重体で運び出されたのだ。
「囃子中尉・枚辻少尉! 早く殿下を此方へ!」
滑走路には既に救急車が乗り入れ、担架と輸液の点滴道具が用意されている。
神為を失い、激しく出血した状態で海面を漂っていた麒乃神は、国防軍に救助された時には既に危機的な状態だった。
囃子鐵男中尉と枚辻磊人少尉による適切な応急処置が無ければ今頃絶命していてもおかしくなかった。
「殿下、もう少しの辛抱です。すぐに皇宮へお運びします。御弟妹の神為をお貸しいただきましょう」
囃子は麒乃神をそっと担架に寝かせ、努めて穏やかな口調で言い聞かせた。
彼は自機を乗り捨ててでも麒乃神を救助した枚辻に同乗し、可能な限りの応急処置と間断無き容態観察をしながら彼女を此処まで運んできた。
枚辻は枚辻で、新華族としての伝を使って逸早く皇宮の侍医に連絡を入れてある。
彼らがこの様に献身するのは、自らの戦場で一度ならず二度までも皇族を死なせる訳にはいかないという思いからだ。
「囃子中尉、僕はガルバケーヌ弐式に戻ります。道が混雑する場合は排除してでも、殿下を最速で皇宮までお送りせねば」
「……ああ、頼む」
枚辻は自分の機体に向けて振り返る。
民草の生活を顧みない貴族ならではの過激な物言いは囃子を躊躇させたが、火急を要する事態に首肯せざるを得なかった。
しかし、戻ろうとする枚辻の手首を麒乃神の冷たい手が掴んだ。
「殿下?」
「なりませんよ、枚辻。皇軍の武威を徒に臣民へ向けるのは……」
麒乃神は力の無い声を絞り出す。
「殿下、どうか御安静に」
「囃子、私のことは皇宮ではなく病院へ運びなさい。深花と賢智は陛下の代わりに皇國を支えねばならぬのです。その神為を私の為に使わせる訳にはいきません」
「な、何を仰いますか!」
驚いて身を乗り出す囃子だったが、背後から枚辻が肩に手を置いた。
振り向いて彼の方を向くと、枚辻は渋い表情で首を振る。
「囃子中尉、仰せのままにいたしましょう」
「枚辻少尉……!」
「殿下の御言葉を、民を思われる御心を蔑ろにしてはなりません」
先程までの威勢は何処へやら、すっかりしおらしくなった枚辻だったが、その眼には有無を言わさぬ強い意志が宿っていた。
囃子はそんな枚辻に、皇國社会の本質を見た。
表向き、軍隊という組織の上下関係が働いているようで、根本的なところで皇族を頂点とし、それに連なる華族に対し、一兵士の囃子には逆らえない領域がある。
この確固たる貴族社会では上流階級による理不尽が罷り通ってしまうが、一方で頂点たる皇族に民草の守護者としての自負心があってどうにか安定を保っているのだ。
「私は……御前達兵士に謝罪しなければなりません。那智の戦死を受け、私は御前達をだらしがないと誹った。しかし、御前達に助けられなければ私は今頃……。戦場を舐めてだらしがない為体を曝したのは私だったという訳ですね……」
「殿下、お体に障ります。どうか御自愛を」
これ以上語らせて負担を掛けまいとする二人の将校に、麒乃神は力無く微笑みかけた。
「信じていますよ。我が愛し皇國の猛き兵達よ……」
麒乃神はそっと両目を閉じた。
⦿⦿⦿
日本時間、八月十三日午後四時。
未明に行われた特別作戦について皇奏手が記者会見を開いていた。
「先程も申しましたとおり、本特別作戦はミッドウェー島上空の交戦による機体の損傷状態を考慮した結果、第一次上陸作戦が中止の運びとなったのであり、失敗とは認識しておりません」
「しかし、結局のところ皇國軍に敗北し撃退されてしまったのでは?」
「それは違います。今回の戦いに於ける我が国の損害は超級五機、対して戦果は特別機含む三十機と報告されています。加えて此方側の機体は全て再生可能な状態で回収されており、既に第二次上陸作戦も視野に入れて準備を進めております」
「大臣、大臣はそう仰いますが、開戦以降防衛省の発表は皇國や海外の報道との大幅な食い違いが指摘されております。この点については如何お考えですか?」
「不確かな情報に惑わされることなく、公的な発表に基づいた正確な報道をお願いしたい所存で御座います」
皇はそう言い残すと、記者達の追求を黙殺して会見を打ち切った。
詰めかける報道陣を警護が身体を張って抑える中、逃げる様に会場を後にする彼女だったが、その眼には一つの思惑に鋭い光を宿していた。
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これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
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