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第三章『争乱篇』
第六十九話『革命』 序
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岬守航が目を覚ましたのは作戦失敗の翌日だった。
知らないベッド、知らない天井、馴染まない空気――航は気が付いてすぐ「ああ、またか」と感じた。
左を向くと、隣のベッドで雲野兎黄泉が死んだ様に眠っている。
(この感覚、この二箇月で何回目だ? 戦いで力を使い果たして気絶して、覚えの無い場所で目を覚ます……。もうこれで最後にしたいもんだ……)
上体を起こした航の許へ一人の自衛官が歩み寄ってきた。
求来里美乃三尉、このシチュエーションで彼女が来るのも硫黄島の時と同じだ。
あの時は豊中大洋一尉も一緒だったが。
「求来里三尉……」
「お目覚めのようで、何よりです」
航は求来里から事の顛末と今後の話を聞かされた。
今は一先ず、ハワイで待機して次の指令を待っている状態らしい。
「すみません、力になれなくて……」
航は布団の上で拳を握り締めた。
今回の作戦は日本国の命運を賭けたものだった。
しかしそれに失敗してしまっては、いったいどうやって停戦に持っていけば良いのだろう。
航は先行きの不安から暗澹たる心持ちになっていた。
「いいえ。毎度言っている気がしますが、それは此方の台詞です」
求来里は首を振った。
「こんな、国運を賭けた作戦の成否が貴方一人の双肩に懸けられていたこと自体が私達の不甲斐無さなんです。私達こそ、貴方の力になる義務があったのに……」
「今までは……そうだったかも知れません……」
航は小さく溜息を吐いた。
「けど今は僕も国家を守る責を負ってしまっているんです。だからもう、皆さんのお客さんではいられない。自分一人の肩の荷ではなくても、共に支える義務があった。でも作戦には失敗した上、敵に此方の魂胆がバレてしまった。もう同じ作戦は使えない」
海に沈む夕日が窓から差し込んでいる。
落日は遙か西へと世界を燃やす。
「そういえば、カムヤマトイワレヒコはどうなりましたか? 直靈彌玉は無事ですか?」
「カムヤマトイワレヒコの直靈彌玉は無傷で回収されました。しかし、機体は海の底へ沈んでしまった……」
「そうですか……」
為動機神体の操縦室「直靈彌玉」は、機体を再生する際の要となる核部である。
因って、今回のような海戦の後でも回収出来るように、水に浮く設計となっている。
だが鋼鉄の塊である機体は当然沈んでしまう。
カムヤマトイワレヒコは直靈彌玉を無傷で回収されたということで、神為さえ足りれば理論上再生は可能だが、常人が身に付けられる程度の神為では再生に数ヶ月単位の期間を要する。
「すぐには……直りませんよね……」
「まあ、終わったことにいつまでも囚われていても仕方が無いですよ、岬守さん」
「求来里さん……」
求来里の言うことも尤もだ。
過ぎたことを悔やんでも結果が変わる訳ではない。
ならばそれよりも、自分に出来ることを探すべきだろう。
「次の作戦が決まったらその時は僕も力になります。カムヤマトイワレヒコが無くても、他の機体に乗ることだって出来ますから」
「心強いです。でも今は体を休めてくださいね」
航の胸の痞えは求来里と話すうちにすっかり溶けてしまった。
そうだ、まだ終わった訳ではない。
皇族の麒乃神聖花を下したことは間違い無く大きな成果だ。
何より、日本国がここまで戦える状況を整える為に命懸けで絶望に抗った麗真魅琴のことを思えば、航にも勇気と力が湧いてくる気がした。
「ありがとう、兎黄泉ちゃん……」
航は隣のベッドで眠る兎黄泉に小さく呼び掛けた。
生き延びられたのは間違い無く彼女の御陰だ。
今までには無かった力を使ったということは、彼女もまた航や日本国の為に努力してくれたのだろう。
その感謝も一入だった。
「求来里三尉、岬守さんも目覚めたのか」
そこへ、自衛官がもう一人やって来た。
剣持或人二尉――彼もまた豊中隊に所属する顔馴染みだ。
彼はタブレット端末を手に、何やら深刻な表情をしている。
「どうかしたんですか?」
「二人共、これを見てくれ」
剣持は航の膝にタブレットを置いた。
航と、彼の肩越しに求来里も画面を覗き込む。
そこにはニュースの動画が映されていた。
『神聖大日本皇國、全土で叛乱軍が一斉蜂起か』
動画のタイトルにはそんなことが書かれていた。
「よくある陰謀系のデマ動画ですか?」
「二尉、自衛官がそういうの見てるって知られたら逆の陰謀論系に餌を与えちゃいますよ?」
「いや、能く見てくれよ二人共。このアカウント、大手メディアのニュース番組公式だ」
剣持の言うとおり、確かに航達にも覚えがある番組名だった。
「てことはこれ、それなりに信用出来る情報筋ってことですよね」
「ああ、何か皇國で動きがあったことは事実だろう」
航は渋い顔を浮かべた。
皇國の叛逆勢力というと、航には碌な印象が無い。
このタイミングであの「武装戦隊・狼ノ牙」が、航達を拉致して死者まで出したあの組織が何かをやらかそうとしているとすると、絶対に酷い事を企んでいる筈だ。
「あいつら、戦争の混乱を利用して政府転覆するつもりなのか……?」
航はタブレットに映る廃墟の航空写真を見詰め、眉根を寄せて指を絡めた。
⦿⦿⦿
時は皇國時間の八月十三日午後七時に遡る。
丁度、日本国で皇奏手防衛大臣兼国家公安委員長が記者会見を行っている頃だ。
統京のとある高層集合住宅の一室で、電視に映る彼女の会見映像を数人の男女が見守っていた。
彼らは武装戦隊・狼ノ牙の最高幹部「八卦衆」達。
首領補佐からの情報で皇國に混乱が起こると教えられ、叛乱の機を窺うべくこの場所に潜み続けていたのだ。
「聞いたかね、彼女の言葉を?」
加特力神父の様な黒服を着た胡散臭い髭の男、首領Дこと道成寺太は記者会見の内容に北叟笑む。
電視には丁度、過剰な戦果発表に疑問を呈されて会見を打ち切り、逃げる様に去る皇の姿が映し出されていた。
「この状況、あの時代によく似ているとは思わんかね? ヤシマ人民民主主義共和国の建国前夜、八月革命勃発の切掛になった世界大戦敗戦と……」
「確かに……」
参謀役の壮年男・久地縄元毅が顎に手を当てて頷いた。
「皇國の前身、神和維新政府も日露戦争や世界大戦の序盤は優勢だった。しかし、一つの海戦を切掛に戦局は引っ繰り返り、以後立て直されることは無かった。そしてイケイケだった政府は件の海戦に於ける敗北を受け容れず、戦果を都合良く捻じ曲げ逆転させた出鱈目な発表を行った。これは神和政府の愚かさの象徴と言えるでしょうね」
首領Дと久地縄が注目したのは、会見の主題が「重要な作戦の中止」だった点だ。
皇はあくまで中止であると言い張るが、実際は失敗だったということは火を見るより明らかだ。
このような言い換えは、今までの日本国の発表には見られなかった。
つまり、日本を名乗る二つの国の戦争は、確かにこれまで日本国側が優勢であったが、この戦いを機に戦局が反転する可能性が高い――二人はそう踏んでいるのだ。
「やはり、神皇が伏せってしまったことが相当の痛手だったのでしょうな。皇國が敵国を一箇月も降伏に追い込めない時点で、相当弱っていることは明白だった」
「だがそれもここまでということだろうね。ここから先、皇國にとって困難な状況は収束に向かうだろう」
首領Дは電視の電源を切ると、八卦衆の同志達に振り向いて白い歯を見せた。
「だが、もう充分だ。そうだろう、同志久地縄」
「ええ。八社女首領補佐から動乱の予兆を聞かされて以来、ずっと全国の反政府勢力と接触してきました。既に首領の合図一つで彼らは一つの叛乱軍として一斉蜂起します。加えて、遠征軍と国防軍双方の最高戦力が喪失、更には第一皇女まで神為を失って入院している始末。機は熟したと見るべきでしょう」
皇國には武装戦隊・狼ノ牙だけでなく大小様々な叛逆組織があり、久地縄は開戦以来その足で大同盟締結に東奔西走してきた。
彼の術識神為は「対象の素性を隠し、周囲の人間に認識させない」という極めて隠密行動に向いた能力であり、八卦衆は敵だらけの皇國内を自由に移動出来るのだ。
「面白くなってきたな」
八卦衆の紅一点・沙華珠枝は厚化粧した顔を歪ませて笑う。
一度は六摂家当主とも対話した彼女だったが、その胸中には貴族を頂く皇國社会への憎悪が変わらず燃えている。
「宜しい!」
首領Дは高らかに宣言する。
「只今、この時を以て狼ノ牙を中心とした叛逆組織の大同盟『連合革命軍』結成を宣言する! 明日、八月十四日には全国で一斉に蜂起し、弱り切った皇國を叩きのめす! そして明後日、八月十五日! 国会議事堂に省庁、大貴族邸宅、そして皇宮に我らが攻め入り『真・八月革命』を成就させるのだ!」
狂気を孕んだ声が部屋に響いた。
それを受けてか、押し入れの中で何かが動いて扉を激しく叩く。
首領Дは狂気をそのままに扉へと目を遣った。
「おやおや、どうやら雌狗が痺れを切らしてきたらしい。同志逸見、開けてやりなさい」
「はぁい」
女装をした細身の優男・逸見樹が押し入れの扉に手を掛け、勢い良く開いた。
「うふふ、良い格好ね、第三皇女殿下」
押し入れの中で暴れていたのは、開戦直前に航達と戦って神為を失ったところを狼ノ牙に捕えられた第三皇女・狛乃神嵐花だった。
四肢は肘と膝と股関節を折り曲げた状態で拘束固定され、肘膝立ちの四つん這いを強要されている。
身に着けていた衣服はボロボロで、下着が破れた姿は全裸以上に見窄らしい。
おまけに全頭マスクに鼻フックとボールギャグを付けられて汁を垂らし、首輪で繋がれた姿は差し詰め虐待された犬といった様相である。
「嗚呼、なんて無様な姿なのかしら。こんな格好で毎日首領Дに可愛がっていただけるなんて、私、とっても羨ましくって興奮してきちゃう……」
「心外だね。君のことも毎日色々してやっているだろう。この厭らしい欲張りさんが」
逸見は両頬に手を当てて恍惚とした表情を浮かべている。
屹度、日々の痴態を思い出しているのだろう。
首領Дはそんな彼を横目に、押し入れに繋がれた首輪の鎖を外した。
「さあ、明後日は愈々君に働いてもらおうじゃないかね! 先ずは君が狗の民族に相応しい姿をお披露目し、全皇國臣民に手本を見せるんだ! なあに、恥ずかしがることはないよ。君の兄姉や御父上も皆最終的には君と同じ姿になるんだからね!」
首輪を引かれた狛乃神は藻掻いて抵抗するが、神為を失った今の彼女は一人のか弱い少女に過ぎない。
壮年とはいえ大柄な首領Дに力で敵う筈も無く、縛られた手足をバタつかせながら寝台へと引き摺られていく。
「クク、そうだ。君も居たんだったね」
首領Дは寝台の傍らで一人居心地悪そうに佇む男に声を掛けた。
「君に言いたいことは色々とあるが、今は少しでも戦力が欲しい。八社女首領補佐からも悪いようにはしないよう言われているし、処分は当分棚上げとしよう。明後日の働きによっては全て水に流しても良い」
「首領……!」
男は目を見開いた。
「それともう一つ、皇國を革命した後はもう一つの狗の民族の国にもその火を延焼させよう。その際、明治日本の抵抗勢力は君に任せても良いと思っている」
「明治日本……!」
「会いたい狗が居るだろう?」
「はい、是非……!」
男は歓喜に震えていた。
「期待しているぞ、同志屋渡」
屋渡倫駆郎の蛇の様な目が禍々しく光った。
それは復讐者特有の執念の光である。
「待っていろォ……! 岬守航ゥ……!」
斯くして、人知れず皇國で革命の動乱が花を咲かせようとしていた。
知らないベッド、知らない天井、馴染まない空気――航は気が付いてすぐ「ああ、またか」と感じた。
左を向くと、隣のベッドで雲野兎黄泉が死んだ様に眠っている。
(この感覚、この二箇月で何回目だ? 戦いで力を使い果たして気絶して、覚えの無い場所で目を覚ます……。もうこれで最後にしたいもんだ……)
上体を起こした航の許へ一人の自衛官が歩み寄ってきた。
求来里美乃三尉、このシチュエーションで彼女が来るのも硫黄島の時と同じだ。
あの時は豊中大洋一尉も一緒だったが。
「求来里三尉……」
「お目覚めのようで、何よりです」
航は求来里から事の顛末と今後の話を聞かされた。
今は一先ず、ハワイで待機して次の指令を待っている状態らしい。
「すみません、力になれなくて……」
航は布団の上で拳を握り締めた。
今回の作戦は日本国の命運を賭けたものだった。
しかしそれに失敗してしまっては、いったいどうやって停戦に持っていけば良いのだろう。
航は先行きの不安から暗澹たる心持ちになっていた。
「いいえ。毎度言っている気がしますが、それは此方の台詞です」
求来里は首を振った。
「こんな、国運を賭けた作戦の成否が貴方一人の双肩に懸けられていたこと自体が私達の不甲斐無さなんです。私達こそ、貴方の力になる義務があったのに……」
「今までは……そうだったかも知れません……」
航は小さく溜息を吐いた。
「けど今は僕も国家を守る責を負ってしまっているんです。だからもう、皆さんのお客さんではいられない。自分一人の肩の荷ではなくても、共に支える義務があった。でも作戦には失敗した上、敵に此方の魂胆がバレてしまった。もう同じ作戦は使えない」
海に沈む夕日が窓から差し込んでいる。
落日は遙か西へと世界を燃やす。
「そういえば、カムヤマトイワレヒコはどうなりましたか? 直靈彌玉は無事ですか?」
「カムヤマトイワレヒコの直靈彌玉は無傷で回収されました。しかし、機体は海の底へ沈んでしまった……」
「そうですか……」
為動機神体の操縦室「直靈彌玉」は、機体を再生する際の要となる核部である。
因って、今回のような海戦の後でも回収出来るように、水に浮く設計となっている。
だが鋼鉄の塊である機体は当然沈んでしまう。
カムヤマトイワレヒコは直靈彌玉を無傷で回収されたということで、神為さえ足りれば理論上再生は可能だが、常人が身に付けられる程度の神為では再生に数ヶ月単位の期間を要する。
「すぐには……直りませんよね……」
「まあ、終わったことにいつまでも囚われていても仕方が無いですよ、岬守さん」
「求来里さん……」
求来里の言うことも尤もだ。
過ぎたことを悔やんでも結果が変わる訳ではない。
ならばそれよりも、自分に出来ることを探すべきだろう。
「次の作戦が決まったらその時は僕も力になります。カムヤマトイワレヒコが無くても、他の機体に乗ることだって出来ますから」
「心強いです。でも今は体を休めてくださいね」
航の胸の痞えは求来里と話すうちにすっかり溶けてしまった。
そうだ、まだ終わった訳ではない。
皇族の麒乃神聖花を下したことは間違い無く大きな成果だ。
何より、日本国がここまで戦える状況を整える為に命懸けで絶望に抗った麗真魅琴のことを思えば、航にも勇気と力が湧いてくる気がした。
「ありがとう、兎黄泉ちゃん……」
航は隣のベッドで眠る兎黄泉に小さく呼び掛けた。
生き延びられたのは間違い無く彼女の御陰だ。
今までには無かった力を使ったということは、彼女もまた航や日本国の為に努力してくれたのだろう。
その感謝も一入だった。
「求来里三尉、岬守さんも目覚めたのか」
そこへ、自衛官がもう一人やって来た。
剣持或人二尉――彼もまた豊中隊に所属する顔馴染みだ。
彼はタブレット端末を手に、何やら深刻な表情をしている。
「どうかしたんですか?」
「二人共、これを見てくれ」
剣持は航の膝にタブレットを置いた。
航と、彼の肩越しに求来里も画面を覗き込む。
そこにはニュースの動画が映されていた。
『神聖大日本皇國、全土で叛乱軍が一斉蜂起か』
動画のタイトルにはそんなことが書かれていた。
「よくある陰謀系のデマ動画ですか?」
「二尉、自衛官がそういうの見てるって知られたら逆の陰謀論系に餌を与えちゃいますよ?」
「いや、能く見てくれよ二人共。このアカウント、大手メディアのニュース番組公式だ」
剣持の言うとおり、確かに航達にも覚えがある番組名だった。
「てことはこれ、それなりに信用出来る情報筋ってことですよね」
「ああ、何か皇國で動きがあったことは事実だろう」
航は渋い顔を浮かべた。
皇國の叛逆勢力というと、航には碌な印象が無い。
このタイミングであの「武装戦隊・狼ノ牙」が、航達を拉致して死者まで出したあの組織が何かをやらかそうとしているとすると、絶対に酷い事を企んでいる筈だ。
「あいつら、戦争の混乱を利用して政府転覆するつもりなのか……?」
航はタブレットに映る廃墟の航空写真を見詰め、眉根を寄せて指を絡めた。
⦿⦿⦿
時は皇國時間の八月十三日午後七時に遡る。
丁度、日本国で皇奏手防衛大臣兼国家公安委員長が記者会見を行っている頃だ。
統京のとある高層集合住宅の一室で、電視に映る彼女の会見映像を数人の男女が見守っていた。
彼らは武装戦隊・狼ノ牙の最高幹部「八卦衆」達。
首領補佐からの情報で皇國に混乱が起こると教えられ、叛乱の機を窺うべくこの場所に潜み続けていたのだ。
「聞いたかね、彼女の言葉を?」
加特力神父の様な黒服を着た胡散臭い髭の男、首領Дこと道成寺太は記者会見の内容に北叟笑む。
電視には丁度、過剰な戦果発表に疑問を呈されて会見を打ち切り、逃げる様に去る皇の姿が映し出されていた。
「この状況、あの時代によく似ているとは思わんかね? ヤシマ人民民主主義共和国の建国前夜、八月革命勃発の切掛になった世界大戦敗戦と……」
「確かに……」
参謀役の壮年男・久地縄元毅が顎に手を当てて頷いた。
「皇國の前身、神和維新政府も日露戦争や世界大戦の序盤は優勢だった。しかし、一つの海戦を切掛に戦局は引っ繰り返り、以後立て直されることは無かった。そしてイケイケだった政府は件の海戦に於ける敗北を受け容れず、戦果を都合良く捻じ曲げ逆転させた出鱈目な発表を行った。これは神和政府の愚かさの象徴と言えるでしょうね」
首領Дと久地縄が注目したのは、会見の主題が「重要な作戦の中止」だった点だ。
皇はあくまで中止であると言い張るが、実際は失敗だったということは火を見るより明らかだ。
このような言い換えは、今までの日本国の発表には見られなかった。
つまり、日本を名乗る二つの国の戦争は、確かにこれまで日本国側が優勢であったが、この戦いを機に戦局が反転する可能性が高い――二人はそう踏んでいるのだ。
「やはり、神皇が伏せってしまったことが相当の痛手だったのでしょうな。皇國が敵国を一箇月も降伏に追い込めない時点で、相当弱っていることは明白だった」
「だがそれもここまでということだろうね。ここから先、皇國にとって困難な状況は収束に向かうだろう」
首領Дは電視の電源を切ると、八卦衆の同志達に振り向いて白い歯を見せた。
「だが、もう充分だ。そうだろう、同志久地縄」
「ええ。八社女首領補佐から動乱の予兆を聞かされて以来、ずっと全国の反政府勢力と接触してきました。既に首領の合図一つで彼らは一つの叛乱軍として一斉蜂起します。加えて、遠征軍と国防軍双方の最高戦力が喪失、更には第一皇女まで神為を失って入院している始末。機は熟したと見るべきでしょう」
皇國には武装戦隊・狼ノ牙だけでなく大小様々な叛逆組織があり、久地縄は開戦以来その足で大同盟締結に東奔西走してきた。
彼の術識神為は「対象の素性を隠し、周囲の人間に認識させない」という極めて隠密行動に向いた能力であり、八卦衆は敵だらけの皇國内を自由に移動出来るのだ。
「面白くなってきたな」
八卦衆の紅一点・沙華珠枝は厚化粧した顔を歪ませて笑う。
一度は六摂家当主とも対話した彼女だったが、その胸中には貴族を頂く皇國社会への憎悪が変わらず燃えている。
「宜しい!」
首領Дは高らかに宣言する。
「只今、この時を以て狼ノ牙を中心とした叛逆組織の大同盟『連合革命軍』結成を宣言する! 明日、八月十四日には全国で一斉に蜂起し、弱り切った皇國を叩きのめす! そして明後日、八月十五日! 国会議事堂に省庁、大貴族邸宅、そして皇宮に我らが攻め入り『真・八月革命』を成就させるのだ!」
狂気を孕んだ声が部屋に響いた。
それを受けてか、押し入れの中で何かが動いて扉を激しく叩く。
首領Дは狂気をそのままに扉へと目を遣った。
「おやおや、どうやら雌狗が痺れを切らしてきたらしい。同志逸見、開けてやりなさい」
「はぁい」
女装をした細身の優男・逸見樹が押し入れの扉に手を掛け、勢い良く開いた。
「うふふ、良い格好ね、第三皇女殿下」
押し入れの中で暴れていたのは、開戦直前に航達と戦って神為を失ったところを狼ノ牙に捕えられた第三皇女・狛乃神嵐花だった。
四肢は肘と膝と股関節を折り曲げた状態で拘束固定され、肘膝立ちの四つん這いを強要されている。
身に着けていた衣服はボロボロで、下着が破れた姿は全裸以上に見窄らしい。
おまけに全頭マスクに鼻フックとボールギャグを付けられて汁を垂らし、首輪で繋がれた姿は差し詰め虐待された犬といった様相である。
「嗚呼、なんて無様な姿なのかしら。こんな格好で毎日首領Дに可愛がっていただけるなんて、私、とっても羨ましくって興奮してきちゃう……」
「心外だね。君のことも毎日色々してやっているだろう。この厭らしい欲張りさんが」
逸見は両頬に手を当てて恍惚とした表情を浮かべている。
屹度、日々の痴態を思い出しているのだろう。
首領Дはそんな彼を横目に、押し入れに繋がれた首輪の鎖を外した。
「さあ、明後日は愈々君に働いてもらおうじゃないかね! 先ずは君が狗の民族に相応しい姿をお披露目し、全皇國臣民に手本を見せるんだ! なあに、恥ずかしがることはないよ。君の兄姉や御父上も皆最終的には君と同じ姿になるんだからね!」
首輪を引かれた狛乃神は藻掻いて抵抗するが、神為を失った今の彼女は一人のか弱い少女に過ぎない。
壮年とはいえ大柄な首領Дに力で敵う筈も無く、縛られた手足をバタつかせながら寝台へと引き摺られていく。
「クク、そうだ。君も居たんだったね」
首領Дは寝台の傍らで一人居心地悪そうに佇む男に声を掛けた。
「君に言いたいことは色々とあるが、今は少しでも戦力が欲しい。八社女首領補佐からも悪いようにはしないよう言われているし、処分は当分棚上げとしよう。明後日の働きによっては全て水に流しても良い」
「首領……!」
男は目を見開いた。
「それともう一つ、皇國を革命した後はもう一つの狗の民族の国にもその火を延焼させよう。その際、明治日本の抵抗勢力は君に任せても良いと思っている」
「明治日本……!」
「会いたい狗が居るだろう?」
「はい、是非……!」
男は歓喜に震えていた。
「期待しているぞ、同志屋渡」
屋渡倫駆郎の蛇の様な目が禍々しく光った。
それは復讐者特有の執念の光である。
「待っていろォ……! 岬守航ゥ……!」
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