日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第三章『争乱篇』

第六十九話『革命』 破

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 八月十三日夜、そうせんたいおおかみきばしゆかいしゆりようДデー」はこうこく各地のはんぎやく組織に「連合革命軍」の結成と一斉蜂起の指示を伝達した。
 これを受け、八月十四日の深夜から未明、朝にかけて大小様々な組織が各地ではんらんを起こした。
 日本国との戦争に力を裂いていたこうこく軍はこれに対処し切れず、各州に領地を持つ侯爵以上の貴族が私兵団を用いて鎮圧にあたる。
 しかし、正規軍と比べて練度の低い彼らがおもてに立ったことで、連合革命軍はどうしんたいかくに成功し、更に勢力を増していった。

 八月十四日午前七時、日本国でいう大阪府と奈良県に該当する浪華なにわ州の旧いちどう領が陥落、更に三十分後にはふじ稿わら州の旧たかつがい領が陥落した。
 両家は共に、おおかみきばによる拉致被害者に叛逆容疑を着せて追討しようとした際に当主が死亡し、世継ぎがおらず断絶状態に陥っていた旧六摂家である。
 こうこくにとってこれの何がまずかったかというと、この二家の邸宅にはちようきゆうどうしんたいが安置されていたため、連合革命軍がついには新たなちようきゆうを手に入れてしまったのだ。

 更に、午前のうちに日本国でいう京都府、愛知県、滋賀県に該当するこう府、あい州、ちゅうきょう州が相次いで陥落。
 ここまで来るとこうこくも鎮圧に正規軍を本格的に投入し始めたが、はや連合革命軍の勢力はそう簡単にせられるものではなくなっていた。
 結局この日、こうこく軍は連合革命軍の手に落ちた領土を取り戻すことが出来ず、一進一退、泥沼の抗争は日が落ちても日付が変わっても続いていった。

 そして八月十五日午後四時、連合革命軍は遂に首都とうきようへと足を踏み入れた。

 とうきようこうこくの人口の三割が集中している大都市圏であり、突出した経済圏であり、おまけに言うまでも無く政治の中心である。
 この都市でどうしんたい戦が繰り広げられるのはこうこくに甚大な被害をもたらす厄災であった。
 国防軍は戦力の思い切った展開が出来ず、素人集団を相手に思わぬ苦戦を強いられている。
 とはいえ、すがに正規軍が投入されて一日もてば連合革命軍の攻勢も後退を始めていた。

 また、どうしんたいの確保を大貴族からの鹵獲に頼らなくてはならなかった彼らは、当然に全ての人員に行き渡らせている訳ではない。
 大部分の戦士達は白兵にて国会議事堂や省庁を目指し、道中で略奪を繰り広げていた。

「なんということだ。まさかたった一日でこんなことになるとは……」

 薔薇ばらの花を携えた長身の貴公子が、すっかり様変わりした夕刻の都市風景の中にたたずみながら怒りにみした。
 第二皇女・たつかみの侍従、侯爵令息・かいいんありきよである。
 彼の後には更に二人、帯刀した長身の美女――第一皇子・かみえいの近衛侍女・しきしまりゆういんしらゆき、更に近衛兵達が控えている。
 彼らはたつかみからの命を受け、かみも合意の下で連合革命軍の目標となる国会議事堂と公官庁を守る任務に就いたのだ。

どうじよう、愚かにも動いてしまったか。やはり他人ばかり矢面に立たせてきた男、いまだに革命がじようじゆ出来るとでも思っている。自分達が何者を敵に回しているのか、何もわかってはいないのだ」

 しきしまは刀の柄を握り締めた。
 元々はそうせんたいおおかみきばと行動を共にする革命戦士だった彼女である、何か思う処と悲壮な覚悟があるのだろう。

かいいん殿、国会議事堂はわたくしに任せてくれ。やつらは必ずそこに現れるだろう。くなる上は、このわたくしどうじようを斬る」
かしこまりました、御婦人マドモアゼルわたくしは内務省へ向かいましょう。りゅういん殿は大蔵省へ、他省庁は近衛兵に任せます。とはいえ途中までの道は同じですから、しばらくは共闘ということになりそうですね」

 かいいんしきしまは互いにせいかんな顔付きでうなずき合った。
 一方で、りゆういんは他人事の様に冷めた表情で明後日の方角に顔を向けている。

(面倒臭いわねぇ……)

 りゆういんもまた、刀の柄に手を添える。
 しかし、彼女はしきしまの様に思い詰めた心からその行動を取ったのではない。
 視線を周囲に巡らせ、で暴れる連合革命軍のろうぜきに目をる姿は、まるで逃げ道を探しているかの様だ。

しきしまちゃん、かいいん君、あたくしは我慢が出来ないわぁ……」
りゆういん殿?」
「どういうことです?」

 に落ちない様子のしきしまかいいんだが、りゆういんはそんな二人を顧みずにしためずりをして一歩踏み出した。

「だって、こうこくの地はじんのう陛下からの預り物であり、将来的にはあたくし達の主であるかみ様が受け継ぐべきものよぉ? それを我が物顔で荒らし回るていやから、捨て置くなど耐え切れないじゃない……」

 りゆういんは刀を抜いた。

「どの道、あの達はあたくし達の行く手を阻んでいるわ。このあたくしが彼らを斬り伏せて道を空ける。二人はその隙におのおのの守るべき場所へと向かって頂戴」
「待て、りゆういん殿!」

 しきしまの制止を聞かず、りゆういんすさまじい速度で略奪を繰り広げる連合革命軍の方へ懸けていった。

「アハハハハ!! いなごさん達、こっちで一緒に遊びましょう!」

 遠くで斬られた暴徒のぶきが上がる。
 しきしまは溜息を吐いた。

「やれやれ、毎度勝手な……」
しきしま殿、ひとりゆういん殿の言うとおりに我々は我々でこうこくの為に戦いましょう」

 彼らもまた、それぞれの目的地へ向けて走り出した。



    ⦿⦿⦿



 一方で、この蜂起を促して動乱を起こした張本人たるそうせんたいおおかみきばの最高幹部「はつしゆう」達は高層集合住宅タワーマンションの一室から動いていなかった。

「ふぅむ、やはりそうとんとん拍子には都合良く運ばんね」

 窓の外で繰り広げられる戦闘を横目に、しゆりようДデーつぶやいた。
 しかし、彼も同室するはつしゆう達も何ら慌てている様子は無い。
 参謀役のなわが現状を冷静に分析する。

「連合革命軍は各地を占領し、遂にはとうきように入ったものの、こうこくも正規の国防軍を投入し鎮圧に本腰を入れ始めました。こうなってはせつかく同盟を組んだ他組織も長くは保ちますまい。全滅は時間の問題かと……」
「だろうね」

 しゆりようДデーひげの奥で口角を上げ、ゆがんだ笑みを浮かべた。

「つまりは予定通り。勢力を温存した我々『そうせんたいおおかみきば』が連合革命軍の筆頭として揺るぎない地位を得たということ。内ゲバという革命後の不安要素は消えたという訳だ」
「とはいえあまり欲をいて待ち過ぎると、同盟軍が敗退してしまっては革命そのものが不可能になりますよ」
「うむ、頃合いだろう」

 鎖の引かれる音と共に、人としての尊厳をにじられた少女の体が崩れる。
 折り曲げられた状態で固定された肘と膝と股関節、一度倒れたら起き上がることもままならない。
 こまかみらんきながらうめごえの合間に豚の様な鼻音を漏らしていた。

いよいよきみに役立ってもらう時が来たようだ。わがはいは何も、個人的な趣味だけできみにこのような格好をさせている訳ではないのだよ」

 首輪の鎖を引くしゆりようДデーが、こまかみの脇腹を踏み付けた。
 口と鼻から苦痛の声が漏れる。

「今、きみわがはいに対して完全なる隷属状態にある! そしてわがはいにはその様な、管理下に置いた者のしんを自分のものとして預かり、任意の相手に必要に応じて分配する能力があるのだ! しんが使えない状態になっていようが、関係無くね! つまり、どういうことか!」

 こまかみの体が薄らと光を放ち、光はしゆりようДデーの脚を伝って吸収されていく。

『第三のじゆつしきしんシタ

 しゆりようДデーの体が赤く、まばゆくもまがまがしい光に覆われている。
 彼はあふれる力に酔いしれるかの様な、こうこつの表情を浮かべている。

「ふはははは、素晴らしい! これが! これが皇族のしんというものか! たまたま血筋が良かっただけの小娘がこれ程の力を秘めていようとは、それ自体が人民への大罪といえよう! 今からわがはいが世の為人の為にさわしい使い方をしてやる!」

 赤い光は更に強さを増し、部屋中、更には周囲全体、とうきよう、果てはこうこく全土までひろがった。

『第二のじゆつしきしんカモ

 光が収まった。
 同時に、外で戦っていたどうしんたいのうち一方が突然停止した。
 交戦相手の機体から射撃を受け、爆発を起こして部屋の窓硝子ガラスを割る。

こまかみらんきみに絶望的な事実を教えよう。今、わがはいはこの時の為に身に付けた能力を使った。ずばり、わがはいが許可する者以外にしんの使用を禁ずる能力だ。しかもその効果範囲は可変で、しんの大きさに比例して広範囲にわたる。この意味が解るかね?」

 しゆりようДデーだけでなく、この場に集うはつしゆう四人も一様に不気味な笑い声を漏らす。
 これこそが彼らの切り札、こうこくを一気に転覆する為に温存していた脅威の力である。

「皇族のしんを得た今、本来はこの建物の大きさが精々だった効果範囲は比べものにならぬ程に拡大された! ただいまより、こうこく内でしんを使えるのはわがはい達を含めた連合革命軍の戦士達のみ! しんに依存したこうこくと貴族社会、その権力支配構造は一瞬にして終わりを告げたという訳だ! 後は政府に止めを刺し、皇族や貴族をあるべき姿にかえすのみ!」

 外の景色はきようかんの様相を呈していた。
 次々とちようきゆうどうしんたいが撃破されていく。
 しんが使えなくなれば、どうしんたいを動かすことすら出来なくなる。
 こうこく軍は一気に総崩れとなったのだ。

「どうだ! これがわがはいの能力だ! 真に人民を指導するに相応しい力! 強者による権力構造を覆す、偉大なるわがはいの力だ!」

 しゆりようДデーはつしゆうの一人・いつきを指差した。

「さあ同志! きみの能力で我々全員を国会議事堂へ飛ばしたまえ! わがはいから必要に応じたしんを分配された今ならばやすはずだ!」
「ええ、承知しましたァン」

 こまかみも含め、この部屋に居た者達はこつぜんと姿を消した。

じゆつしきしん把巣家把背体下パスカパセティカ

 これこそが彼らの余裕の理由である。
 国の中枢を占拠するなど、いつでも出来たのだ。
 今、革命動乱は佳境に入ろうとしていた。



    ⦿⦿⦿



 国会議事堂では、既に何名かの賊が侵入していた。
 とうえいがんを持つ貴族院議員や軍高官出身の一部軍閥議員はかく、主に学歴を背景として立身出世してきた学閥議員達は無力なもので、既に何人かの死者を出している。

 だが、この場の連合革命軍は既に投降目前である。
 というのも、現在のこうこくいて最強の戦力がしきしまに先んじて辿たどいていたからだ。

きのえくろきよう! とおどうあや卿! 殿でんふるなり卿! どうあきつら卿! 摂関家当主のそうそうたる顔触れ! 最高位の貴族の名に違わぬ圧倒的御力!」

 男女四人の公爵がこの場をほぼほぼ制圧していた。
 しんは家柄や血筋によってその力を増す為、こうこくでも最上位の貴族たる摂関家の当主はいずれも皇族を除いては圧倒的なしんを有するのだ。

「このきのえ、父程に差別的ではないがそれでもせんを違える者共には容赦せん」
アカ共め、性懲りも無く暴れおって。全員、覚悟せぇ」
それがしは姉とは違う。こうこくに揺るぎ無い忠誠を尽くし、じんのう陛下の敵を討つ」
「また愚かな罪を重ねようというのですか。やれやれ、度し難いですな……」

 この四人がそろったからにはもうこの場は安全である――そこに居る議員達の誰もがそう思った。
 だがその時、突如として摂関家当主達と貴族院議員達の足下がふらついた。
 まるで何か、力を吸い取られたと言った様相だ。

な! これはしんが……吸われる!」
「くっ、一体どういうことじゃ?」
「この面妖なるじゆつしきしんは、彼奴きゃつしか居ない!」
「くっ……!」

 今、こうこく中の臣民達が気力を奪われている。
 ここへ来て、そうせんたいおおかみきばこうこく中のしんを奪ってしまったのだ。
 力を失った公爵達は困惑した表情を浮かべていた。

 そしてわずかの時間が遅れ、六人の男女が突如として議会の議長席に現れた。
 しゅりょうДデーことどうじようふとしなわげんわたりりんろうはなたま――彼らは不敵な笑みを浮かべつつ議員達を見上げている。
 いつきだけは不在だった。

「やあ諸君、おはよう。突然だがこうこく中のしんわがはいの手に預からせてもらった。今後はしんの使用にはわがはいからの許可を取って受け取り給え。もつとも、今後などという大層なものがあればの話だがね」

 突然の来訪としんの喪失に、この場に居たほとんどの貴族達や議員達大変な戸惑いと恐怖を感じていた。
 そんな彼らに、しゆりようДデーは高らかに宣言する。

「さあ、真・八月革命を始めようか。社会形態の行き着く果ての、いぬの民族の末路というものを見せてやろうではないかね!」

 今、こうこくの政治体制は最大の危機に見舞われていた。
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