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第三章『争乱篇』
第六十九話『革命』 急
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統京皇國大学病院、此処にも連合革命軍の魔の手が及んでいた。
集中治療室に先のミッドウェー島上空の戦いで傷付いた第一皇女・麒乃神聖花が入院しているからだ。
武装した男達数名の歩いてきた道には病院関係者の死体が転がっている。
そして彼らはとうとう目的の扉の前まで辿り着いた。
男の一人が扉に手を掛けた。
「……開かない?」
男は力尽くで扉を動かそうとするが、全くびくともしない。
集中治療室は病院関係者の身分証がなければ解錠されないので、当然のことである。
「どいていろ」
そんな彼らを掻き分け、軽装の男が扉に手を掛け、力尽くで扉を破った。
どうやらこの男が一団のリーダー格で、一人だけ東瀛丸を飲み神為に因って膂力を大幅に向上されているらしい。
「む……」
扉を破った男は室内で眠る麒乃神に目を遣り、何かに気が付いて立ち止まった。
そんな彼の後から、武装した男達が集中治療室に侵入する。
「麒乃神聖花、皇國の貴族主義者の筆頭……!」
「この女だけは生かしておかん……!」
男達は眠る麒乃神に銃を向けた。
だがその瞬間、麒乃神の目蓋が勢い良く開いた。
「不届き者」
次の瞬間、麒乃神は寝台から跳び上がった。
同時に、武装した男達が軒並み薙倒される。
唯一人、異変に気付いて立ち止まったリーダー格の男だけは攻撃をガードする素振りを見せ、寝台の脇に着地した麒乃神を睨んでいた。
「弱った者を手に掛けようとは、如何にも身分卑しき叛逆者の考えそうなことですね」
「よく言う。昨日神為を失い死に掛けたばかりの女がこの大立ち回りか。化物め……」
「そういう御前は他の者と違い私のことを警戒していましたね。何処かで会いましたか?」
「俺は『地上ノ蠍座』の金剛悟だ」
地上ノ蠍座――武装戦隊・狼ノ牙の別働隊で、武力闘争に特化した精鋭部隊であり、嘗て水徒端早辺子の姉・早芙子が所属していた。
しかし、首領Дが早辺子に告げた話に拠ると、六年前の蜂起で壊滅した筈である。
「そういえば居ましたね、その様な名の破落戸共が。私のことは調べていたという訳ですか」
「あの時はお前達皇族に煮え湯を飲まされた。御陰で組織を失い、拠所も無く身を隠す羽目になった。だが、蠍にとって常に砂中に紛れて身を潜めるなど慣れたものなのだ」
金剛悟は麒乃神に銃口を向けた。
「今漸く雌伏の時が終わり、復讐を果たせるよ」
「ほう、此処で私と戦うつもりですか?」
「いや、来てもらう。狼ノ牙の首領Дから皇族共は残らず国会議事堂に連行するように言われているのでな」
金剛の言葉を聞き、麒乃神は不敵な笑みを浮かべた。
「面白い。御前達の趣向に付き合ってあげましょう」
麒乃神は金剛に銃を突き付けられたまま背を向け、背筋を伸ばして優雅に歩き始めた。
⦿⦿⦿
皇國の議会は地獄絵図と化していた。
屋渡倫駆郎の肉の槍が議員達を刺し貫き、粛正という名の虐殺に取りかかったのだ。
「ははははは、好い気味だなァ! 暴力を前に為す術無く殺されるしかない弱者の気分はどうだァ?」
「同志屋渡、程々にし給えよ。閣僚や有力議員の断罪は公開せねばならんからね」
首領Дが釘を刺すも、既に最年長の閣僚である富郷宗典逓信大臣がこの事態のショックで心臓麻痺を起こして息を引き取っている。
「首領Д、同志屋渡が議員を鏖にする前に公開処刑するべき者達を一箇所に集めておきましょう」
「そうだね。では同志久地縄、同志沙華と共に議員や摂関家当主共を壁際に並ばせ給え」
首領Дの命を受け、久地縄と沙華が議場の階段を昇り始めた。
久地縄が閣僚達の許へ、沙華が摂関家当主達の許へと向かう。
「ククク、久し振りだな、十桐綺葉」
「沙華……珠枝……!」
見下ろし嘲笑う沙華、睨み上げる十桐。
嘗ては十桐の絶対的な力の差の前に平伏すしかなかった沙華だが、今この状況では完全に力関係が逆転している。
「我は今、心底後悔しておるよ。あの時貴様に情けを掛けてしまったことをな……」
「耳心地の良い言葉だな。あの時の恩を盾にして命乞いでもしてみるか?」
「いや、そういう意味ではない……」
「あん?」
このような状況にも拘わらず、摂関家の当主達は眉一つ動かさず、至って冷静にただ沙華や八卦衆を睨んでいる。
「神皇陛下は慈悲深い御方じゃ。貴様らに決して希望は与えなんだが、一方で根絶やしにもしなかった」
「それは私達を徒に苦しめて臣民共の見せしめにしていただけだろう。まあ、今はそれが仇になった訳だがな」
沙華は十桐の髪を鷲掴みにした。
「恨むなら、下手を打った莫迦な神皇様を恨むんだな」
「何を言っておる。もう革命を成した気でおるのか……」
十桐は溜息を吐いた。
「我の後悔は寧ろ、貴様のこの先を思ってのことじゃよ。あそこで貴様を殺してやった方が良かった。間違い無く、貴様らもそう思うことになるじゃろう」
「フン、負け惜しみか……」
「そう取ってくれても構わんがの、すぐに思い知ることになる。皇國は神為を奪った程度で転覆出来る程甘い国家ではないぞよ」
その時、一人の女が議場に駆け込んできた。
メイド服に帯刀した長身の女、第一皇子・獅乃神叡智の近衛侍女・敷島朱鷺緒である。
「貴様らぁァァッッ!!」
怒りに叫ぶ彼女は既に抜刀し、返り血に染まっている。
此処へ来るまでに既に何人か斬ったのだろう。
その姿を見た沙華は敵意と歓喜の表情と共に迫る。
「久し振りだな水徒端早芙子、この裏切り者の売女が!」
沙華の髪が伸びて束なり、毒々しく変色して鞭の様に蜿る。
「貴族の御嬢様め、昔からお前のことは気に入らなかった! 命惜しさに皇太子の情婦に堕ちた今のお前なら遠慮無く嬲り殺しに出来るってもんだ! 後で御主人様もあの世に送ってやるから好きなだけ嵌めまくってもらうが良い!」
敷島と沙華が交錯し、血飛沫が舞い散る。
「ギャアアアアッッ!!」
「悪いが神為が無くとも貴様に遅れなど取らんよ沙華。私もこの六年、ただ獅乃神殿下の腕の中に溺れていた訳ではないのでな」
敷島は胸を斬られて倒れ伏した沙華を冷たく見下ろす。
ただ、命が助かっているのは沙華もただ斬られるだけの弱者ではなかったのだろう。
「ち、畜生……」
「今死にたくなければ大人しくしているんだな。神為の恢復力で傷はそのうち塞がるだろう」
敷島の視線が議長席の首領Дに向いた。
そんな彼女に、もう一人の男が迫る。
「沙華め、神為を失った相手に不甲斐無い。やはり狼ノ牙で真の戦士と呼べるのは首領Дと俺だけのようだなァ」
「屋渡か、厄介な相手だ。だが妹が随分世話になったらしいな」
屋渡倫駆郎が異形へと変貌し、八本の槍を敷島へと差し向ける。
敷島は刀一本で屋渡の猛攻を凌ぐも、防戦一歩といった様相だ。
「くっ、流石に強い……!」
「訳あってこの一箇月間鍛え直したからなァ。今なら万全の状態でも貴様を殺す自信はあるぞ!」
一本の槍が敷島の左肩を貫いた。
神為を欠いて大幅に弱体化した状態では、沙華は下せても屋渡の相手は厳しいらしい。
「うぐっ……!」
「水徒端早芙子、俺は一つだけ沙華と同じ意見だ。貴様のことが気に入らん、此処で殺せて清々するというのだけはなァ!」
屋渡の槍、残る七本が一斉に敷島へ向けて伸びる。
刀が下がってしまった今、敷島は絶体絶命であった。
だが七本の槍が敷島を串刺しにするかと思われたその刹那、それらは突如炎上して弾き飛ばされた。
一人の、長い黒髪の女が敷島の前に入って金の扇を振り抜いていた。
「ぐっ、貴様は……!」
「随分と派手に暴れ回ってくれたようですね……」
第一皇女・麒乃神聖花が一瞬にして屋渡との間合いを詰める。
「くっ!」
敷島への攻撃に集中していた屋渡の懐はガラ空きになっている。
とはいえ、蛇腹状の装甲に守られた彼の胴部はそう簡単に攻撃を通さない。
だが、麒乃神が振るった扇はその胴部を激しく打ち据え、屋渡の体を高く舞い上げた。
「ぐおおおおっっ!?」
「やれやれ、やはり神為無しで戦うのは草臥れますね。本来ならば今の一発で粉微塵に潰せていたものを……」
金の扇が振るわれた軌跡が炎を上げている。
どうやら空気との摩擦熱で発火したらしい。
麒乃神聖花は神為を失い、更には瀕死からの病み上がりで尚、超人的な身体能力を発揮していた。
屋渡の体が派手な音と共に議員席に落下した。
「ぬぅっ、麒乃神聖花……。地上ノ蠍座の同志金剛に迎えに行かせた筈だが……」
「ああ、あの男ですか……」
麒乃神聖花は首領Дの疑問に答える様に入り口へと目を向けた。
一人の男が傷だらけの状態でふらつきながら歩いてきていた。
「ど、同志金剛……!」
「首領Д、申し訳御座いません……」
金剛は力尽きてその場に倒れた。
首領Дは冷や汗を掻きながら構えを取る。
「仕方が無い。こうなっては我輩が直々に『椿流剛体術』で相手をしようではないかね」
「おや、嘗て椿忠行がその腕一つで陛下の政権奪還に貢献して男爵位を得た技を、息子の晴明が纏めた格闘術ですね。それを叛逆に使おうなどと、随分と不届きなものです……」
麒乃神もまた、扇を構えて臨戦態勢を取った。
その表情には普段の微笑みは無く、首領Дこと道成寺太を一筋縄ではいかない相手と認識していることが見て取れる。
だがそんな彼女を前にして、首領Дは突如構えを解き、歪んだ笑みを浮かべた。
「隙の無い構えだ、戦って勝てんことはないだろうが、やめておこう」
「何?」
「此方には切り札があるのだよ」
首領Дが指を鳴らすと、彼の傍らに二人の男女が姿を顕した。
女装をした男と、首輪と口枷を嵌められ肘と膝を折り曲げて拘束された少女である。
その姿を見て、議場の誰もが絶句した。
麒乃神も扇を広げて口元を隠し、極めて鋭い目付きで首領Дを睨んでいる。
「こ、狛乃神殿下!」
狼狽して叫んだのは、末期癌で死んだ小木曽文章から内閣総理大臣を引き継いだ元外務大臣・都築廉太郎である。
「貴様ら、年端も行かぬ乙女に何ということを……!」
「ただの乙女ならばな」
久地縄が都築の後頭部に銃口を突き付けた。
「同志逸見、麒乃神聖花が少しでも怪しい動きをしたらどうなるか、見せ付けてやれ」
「はぁい」
女装の男・逸見樹が首輪の鎖に取り付けられた小型制御装置のスイッチを押した。
同時に、電流音が流れて狛乃神が悶え苦しむ。
逸見がスイッチから指を離すと電流は収まり、狛乃神は涙目で呼吸を荒らげた。
「フハハハハ、どうだね諸君! 君達が我々を困らせると、この年端も行かぬ乙女とやらは通電に苦しむことになるのだよ! これでは我輩に手は出せまい!」
首領Дは麒乃神を拳で激しく打ち据えた。
「ぐっ……!」
「おや、我輩の拳を喰らっても膝を屈しないとは、狗の民族とはいえ支配階級だけあって自尊心だけは一人前の様だね。だが、あまり痩せ我慢をしていて良いのかね?」
麒乃神の扇の裏から赤い雫が滴る。
そして咳き込む音――どうやら彼女は吐血しているらしい。
「麒乃神聖花、君は本来安静にしていなくてはならない身なのだよ。つい二日前に死に掛けたばかりの人間が戦いの場に出ようなど、思い上がりも甚だしい」
首領Дは拳を振り上げた。
その時、都築が堪らず声を上げた。
「いい加減にしなさい! このようなやり口、恥知らずにも程があるとは思わんかね!」
都築の訴えに首領Дは拳を下ろしたが、呆れた様に肩を竦めた。
「虫の良い話だね。自分達に不利になった途端に相手の振る舞いを問い詰める君達の方こそ見苦しいと我輩は思うよ」
「黙りなさい。斯様な振る舞い、嘗て理想を掲げて国を獲った君達の御爺様に顔向け出来るのかね。ええ、そうだろう? ヤシマ人民民主主義共和国国家主席・道成寺公郎と首相・久地縄穂純の孫達よ」
都築の背後で久地縄が苦虫を噛み潰した表情を浮かべている。
どうやら彼の言葉に多少なり思う処はあるようだ。
しかし一方、もう一人彼の言葉を向けられた首領Дこと道成寺太は大笑いし始めた。
「ハハハハハ、いやまさか国家の憎き仇敵である二人の名を出すとは、皇國も追い詰められると脆いものだね。一層憐れですらある」
「道成寺……!」
「それに、君の今の言葉は滑稽極まり無い。なあ、同志久地縄」
「そう……ですね……」
久地縄の銃口が都築の後頭部に強く押し当てられる。
「同志久地縄、今こそ言ってしまおうか」
「ええ……」
道成寺はゆっくりと議長席に向かって歩き出した。
「嘗て国を奪われた稀代の英傑・道成寺公郎とその腹心・久地縄穂純は必ずや反動勢力に対して再び革命を起こすと誓った。何年掛かっても、何世代経とうとも……。その為に術識神為を会得し、二人の魂を自らの子孫に転生させ続ける能力を得たのだ……」
議員達の間に響めきが起こる。
道成寺は天井に向けて発砲し、議場を静まりかえらせた。
「そう、それが我輩と同志久地縄の正体。今此処に、道成寺公郎と久地縄穂純が簒奪された政権を奪い返す為に帰って来たのだよ」
道成寺は悪鬼羅刹の如き狂気の表情で、悍ましい高笑いを上げた。
集中治療室に先のミッドウェー島上空の戦いで傷付いた第一皇女・麒乃神聖花が入院しているからだ。
武装した男達数名の歩いてきた道には病院関係者の死体が転がっている。
そして彼らはとうとう目的の扉の前まで辿り着いた。
男の一人が扉に手を掛けた。
「……開かない?」
男は力尽くで扉を動かそうとするが、全くびくともしない。
集中治療室は病院関係者の身分証がなければ解錠されないので、当然のことである。
「どいていろ」
そんな彼らを掻き分け、軽装の男が扉に手を掛け、力尽くで扉を破った。
どうやらこの男が一団のリーダー格で、一人だけ東瀛丸を飲み神為に因って膂力を大幅に向上されているらしい。
「む……」
扉を破った男は室内で眠る麒乃神に目を遣り、何かに気が付いて立ち止まった。
そんな彼の後から、武装した男達が集中治療室に侵入する。
「麒乃神聖花、皇國の貴族主義者の筆頭……!」
「この女だけは生かしておかん……!」
男達は眠る麒乃神に銃を向けた。
だがその瞬間、麒乃神の目蓋が勢い良く開いた。
「不届き者」
次の瞬間、麒乃神は寝台から跳び上がった。
同時に、武装した男達が軒並み薙倒される。
唯一人、異変に気付いて立ち止まったリーダー格の男だけは攻撃をガードする素振りを見せ、寝台の脇に着地した麒乃神を睨んでいた。
「弱った者を手に掛けようとは、如何にも身分卑しき叛逆者の考えそうなことですね」
「よく言う。昨日神為を失い死に掛けたばかりの女がこの大立ち回りか。化物め……」
「そういう御前は他の者と違い私のことを警戒していましたね。何処かで会いましたか?」
「俺は『地上ノ蠍座』の金剛悟だ」
地上ノ蠍座――武装戦隊・狼ノ牙の別働隊で、武力闘争に特化した精鋭部隊であり、嘗て水徒端早辺子の姉・早芙子が所属していた。
しかし、首領Дが早辺子に告げた話に拠ると、六年前の蜂起で壊滅した筈である。
「そういえば居ましたね、その様な名の破落戸共が。私のことは調べていたという訳ですか」
「あの時はお前達皇族に煮え湯を飲まされた。御陰で組織を失い、拠所も無く身を隠す羽目になった。だが、蠍にとって常に砂中に紛れて身を潜めるなど慣れたものなのだ」
金剛悟は麒乃神に銃口を向けた。
「今漸く雌伏の時が終わり、復讐を果たせるよ」
「ほう、此処で私と戦うつもりですか?」
「いや、来てもらう。狼ノ牙の首領Дから皇族共は残らず国会議事堂に連行するように言われているのでな」
金剛の言葉を聞き、麒乃神は不敵な笑みを浮かべた。
「面白い。御前達の趣向に付き合ってあげましょう」
麒乃神は金剛に銃を突き付けられたまま背を向け、背筋を伸ばして優雅に歩き始めた。
⦿⦿⦿
皇國の議会は地獄絵図と化していた。
屋渡倫駆郎の肉の槍が議員達を刺し貫き、粛正という名の虐殺に取りかかったのだ。
「ははははは、好い気味だなァ! 暴力を前に為す術無く殺されるしかない弱者の気分はどうだァ?」
「同志屋渡、程々にし給えよ。閣僚や有力議員の断罪は公開せねばならんからね」
首領Дが釘を刺すも、既に最年長の閣僚である富郷宗典逓信大臣がこの事態のショックで心臓麻痺を起こして息を引き取っている。
「首領Д、同志屋渡が議員を鏖にする前に公開処刑するべき者達を一箇所に集めておきましょう」
「そうだね。では同志久地縄、同志沙華と共に議員や摂関家当主共を壁際に並ばせ給え」
首領Дの命を受け、久地縄と沙華が議場の階段を昇り始めた。
久地縄が閣僚達の許へ、沙華が摂関家当主達の許へと向かう。
「ククク、久し振りだな、十桐綺葉」
「沙華……珠枝……!」
見下ろし嘲笑う沙華、睨み上げる十桐。
嘗ては十桐の絶対的な力の差の前に平伏すしかなかった沙華だが、今この状況では完全に力関係が逆転している。
「我は今、心底後悔しておるよ。あの時貴様に情けを掛けてしまったことをな……」
「耳心地の良い言葉だな。あの時の恩を盾にして命乞いでもしてみるか?」
「いや、そういう意味ではない……」
「あん?」
このような状況にも拘わらず、摂関家の当主達は眉一つ動かさず、至って冷静にただ沙華や八卦衆を睨んでいる。
「神皇陛下は慈悲深い御方じゃ。貴様らに決して希望は与えなんだが、一方で根絶やしにもしなかった」
「それは私達を徒に苦しめて臣民共の見せしめにしていただけだろう。まあ、今はそれが仇になった訳だがな」
沙華は十桐の髪を鷲掴みにした。
「恨むなら、下手を打った莫迦な神皇様を恨むんだな」
「何を言っておる。もう革命を成した気でおるのか……」
十桐は溜息を吐いた。
「我の後悔は寧ろ、貴様のこの先を思ってのことじゃよ。あそこで貴様を殺してやった方が良かった。間違い無く、貴様らもそう思うことになるじゃろう」
「フン、負け惜しみか……」
「そう取ってくれても構わんがの、すぐに思い知ることになる。皇國は神為を奪った程度で転覆出来る程甘い国家ではないぞよ」
その時、一人の女が議場に駆け込んできた。
メイド服に帯刀した長身の女、第一皇子・獅乃神叡智の近衛侍女・敷島朱鷺緒である。
「貴様らぁァァッッ!!」
怒りに叫ぶ彼女は既に抜刀し、返り血に染まっている。
此処へ来るまでに既に何人か斬ったのだろう。
その姿を見た沙華は敵意と歓喜の表情と共に迫る。
「久し振りだな水徒端早芙子、この裏切り者の売女が!」
沙華の髪が伸びて束なり、毒々しく変色して鞭の様に蜿る。
「貴族の御嬢様め、昔からお前のことは気に入らなかった! 命惜しさに皇太子の情婦に堕ちた今のお前なら遠慮無く嬲り殺しに出来るってもんだ! 後で御主人様もあの世に送ってやるから好きなだけ嵌めまくってもらうが良い!」
敷島と沙華が交錯し、血飛沫が舞い散る。
「ギャアアアアッッ!!」
「悪いが神為が無くとも貴様に遅れなど取らんよ沙華。私もこの六年、ただ獅乃神殿下の腕の中に溺れていた訳ではないのでな」
敷島は胸を斬られて倒れ伏した沙華を冷たく見下ろす。
ただ、命が助かっているのは沙華もただ斬られるだけの弱者ではなかったのだろう。
「ち、畜生……」
「今死にたくなければ大人しくしているんだな。神為の恢復力で傷はそのうち塞がるだろう」
敷島の視線が議長席の首領Дに向いた。
そんな彼女に、もう一人の男が迫る。
「沙華め、神為を失った相手に不甲斐無い。やはり狼ノ牙で真の戦士と呼べるのは首領Дと俺だけのようだなァ」
「屋渡か、厄介な相手だ。だが妹が随分世話になったらしいな」
屋渡倫駆郎が異形へと変貌し、八本の槍を敷島へと差し向ける。
敷島は刀一本で屋渡の猛攻を凌ぐも、防戦一歩といった様相だ。
「くっ、流石に強い……!」
「訳あってこの一箇月間鍛え直したからなァ。今なら万全の状態でも貴様を殺す自信はあるぞ!」
一本の槍が敷島の左肩を貫いた。
神為を欠いて大幅に弱体化した状態では、沙華は下せても屋渡の相手は厳しいらしい。
「うぐっ……!」
「水徒端早芙子、俺は一つだけ沙華と同じ意見だ。貴様のことが気に入らん、此処で殺せて清々するというのだけはなァ!」
屋渡の槍、残る七本が一斉に敷島へ向けて伸びる。
刀が下がってしまった今、敷島は絶体絶命であった。
だが七本の槍が敷島を串刺しにするかと思われたその刹那、それらは突如炎上して弾き飛ばされた。
一人の、長い黒髪の女が敷島の前に入って金の扇を振り抜いていた。
「ぐっ、貴様は……!」
「随分と派手に暴れ回ってくれたようですね……」
第一皇女・麒乃神聖花が一瞬にして屋渡との間合いを詰める。
「くっ!」
敷島への攻撃に集中していた屋渡の懐はガラ空きになっている。
とはいえ、蛇腹状の装甲に守られた彼の胴部はそう簡単に攻撃を通さない。
だが、麒乃神が振るった扇はその胴部を激しく打ち据え、屋渡の体を高く舞い上げた。
「ぐおおおおっっ!?」
「やれやれ、やはり神為無しで戦うのは草臥れますね。本来ならば今の一発で粉微塵に潰せていたものを……」
金の扇が振るわれた軌跡が炎を上げている。
どうやら空気との摩擦熱で発火したらしい。
麒乃神聖花は神為を失い、更には瀕死からの病み上がりで尚、超人的な身体能力を発揮していた。
屋渡の体が派手な音と共に議員席に落下した。
「ぬぅっ、麒乃神聖花……。地上ノ蠍座の同志金剛に迎えに行かせた筈だが……」
「ああ、あの男ですか……」
麒乃神聖花は首領Дの疑問に答える様に入り口へと目を向けた。
一人の男が傷だらけの状態でふらつきながら歩いてきていた。
「ど、同志金剛……!」
「首領Д、申し訳御座いません……」
金剛は力尽きてその場に倒れた。
首領Дは冷や汗を掻きながら構えを取る。
「仕方が無い。こうなっては我輩が直々に『椿流剛体術』で相手をしようではないかね」
「おや、嘗て椿忠行がその腕一つで陛下の政権奪還に貢献して男爵位を得た技を、息子の晴明が纏めた格闘術ですね。それを叛逆に使おうなどと、随分と不届きなものです……」
麒乃神もまた、扇を構えて臨戦態勢を取った。
その表情には普段の微笑みは無く、首領Дこと道成寺太を一筋縄ではいかない相手と認識していることが見て取れる。
だがそんな彼女を前にして、首領Дは突如構えを解き、歪んだ笑みを浮かべた。
「隙の無い構えだ、戦って勝てんことはないだろうが、やめておこう」
「何?」
「此方には切り札があるのだよ」
首領Дが指を鳴らすと、彼の傍らに二人の男女が姿を顕した。
女装をした男と、首輪と口枷を嵌められ肘と膝を折り曲げて拘束された少女である。
その姿を見て、議場の誰もが絶句した。
麒乃神も扇を広げて口元を隠し、極めて鋭い目付きで首領Дを睨んでいる。
「こ、狛乃神殿下!」
狼狽して叫んだのは、末期癌で死んだ小木曽文章から内閣総理大臣を引き継いだ元外務大臣・都築廉太郎である。
「貴様ら、年端も行かぬ乙女に何ということを……!」
「ただの乙女ならばな」
久地縄が都築の後頭部に銃口を突き付けた。
「同志逸見、麒乃神聖花が少しでも怪しい動きをしたらどうなるか、見せ付けてやれ」
「はぁい」
女装の男・逸見樹が首輪の鎖に取り付けられた小型制御装置のスイッチを押した。
同時に、電流音が流れて狛乃神が悶え苦しむ。
逸見がスイッチから指を離すと電流は収まり、狛乃神は涙目で呼吸を荒らげた。
「フハハハハ、どうだね諸君! 君達が我々を困らせると、この年端も行かぬ乙女とやらは通電に苦しむことになるのだよ! これでは我輩に手は出せまい!」
首領Дは麒乃神を拳で激しく打ち据えた。
「ぐっ……!」
「おや、我輩の拳を喰らっても膝を屈しないとは、狗の民族とはいえ支配階級だけあって自尊心だけは一人前の様だね。だが、あまり痩せ我慢をしていて良いのかね?」
麒乃神の扇の裏から赤い雫が滴る。
そして咳き込む音――どうやら彼女は吐血しているらしい。
「麒乃神聖花、君は本来安静にしていなくてはならない身なのだよ。つい二日前に死に掛けたばかりの人間が戦いの場に出ようなど、思い上がりも甚だしい」
首領Дは拳を振り上げた。
その時、都築が堪らず声を上げた。
「いい加減にしなさい! このようなやり口、恥知らずにも程があるとは思わんかね!」
都築の訴えに首領Дは拳を下ろしたが、呆れた様に肩を竦めた。
「虫の良い話だね。自分達に不利になった途端に相手の振る舞いを問い詰める君達の方こそ見苦しいと我輩は思うよ」
「黙りなさい。斯様な振る舞い、嘗て理想を掲げて国を獲った君達の御爺様に顔向け出来るのかね。ええ、そうだろう? ヤシマ人民民主主義共和国国家主席・道成寺公郎と首相・久地縄穂純の孫達よ」
都築の背後で久地縄が苦虫を噛み潰した表情を浮かべている。
どうやら彼の言葉に多少なり思う処はあるようだ。
しかし一方、もう一人彼の言葉を向けられた首領Дこと道成寺太は大笑いし始めた。
「ハハハハハ、いやまさか国家の憎き仇敵である二人の名を出すとは、皇國も追い詰められると脆いものだね。一層憐れですらある」
「道成寺……!」
「それに、君の今の言葉は滑稽極まり無い。なあ、同志久地縄」
「そう……ですね……」
久地縄の銃口が都築の後頭部に強く押し当てられる。
「同志久地縄、今こそ言ってしまおうか」
「ええ……」
道成寺はゆっくりと議長席に向かって歩き出した。
「嘗て国を奪われた稀代の英傑・道成寺公郎とその腹心・久地縄穂純は必ずや反動勢力に対して再び革命を起こすと誓った。何年掛かっても、何世代経とうとも……。その為に術識神為を会得し、二人の魂を自らの子孫に転生させ続ける能力を得たのだ……」
議員達の間に響めきが起こる。
道成寺は天井に向けて発砲し、議場を静まりかえらせた。
「そう、それが我輩と同志久地縄の正体。今此処に、道成寺公郎と久地縄穂純が簒奪された政権を奪い返す為に帰って来たのだよ」
道成寺は悪鬼羅刹の如き狂気の表情で、悍ましい高笑いを上げた。
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